No.289296

アタシとのぞきと理想郷

”にっ”派生第7話。強化合宿編に入ってから特に大沼監督良い仕事するようになったんじゃないかと思います。スピードとテンポが合ってきたというか。こっちの方は段々殺伐としてきていますが。

2011-08-31 12:14:16 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:6680   閲覧ユーザー数:3571

アタシとのぞきと理想郷

 

 

 強化合宿4日目の夕食が終わる。

 結局アタシはこの強化合宿の間に1度も食事を採らなかった。

 けれど、今に至ってはそんな些細なことはどうでも良い。

「姉上……玉野が、玉野美紀が島田の妹に敗れたそうじゃ。最後の最後まで真のラスボス相手に一歩も引かぬ勇敢な最期じゃったそうじゃ」

「そう」

 声の抑揚をなくして返事をする。

 美紀は最期まで己の成すべきことをまっとうした。

 アタシは玉野美紀という強敵(とも)の存在を誇るべきだ。

 今は、それで良い。

「それで、葉月ちゃんは今どこに?」

「島田の妹は三輪車に乗ってこの合宿所に向かっておるそうじゃ。斥候の報告に拠れば後1時間ほどで到着するそうじゃ」

「つまり、葉月ちゃんはお風呂の時間に間に合うって訳ね」

 それだけ聞ければ十分だった。

 ゆっくりと腰を上げソファーから立ち上がる。

「姉上、どこへ?」

「講習室。アタシはA組女子を率いて1階防衛の指揮を採らないといけないからその打ち合わせにね」

「姉上は覗き撃退には協力しないのではなかったのか?」

 秀吉が首を捻る。

 昨日の代表たちとのやり取りをどこかから見ていたということか。

 まあ、そんなことはどうでも良い。

「高橋先生に直々に頼まれたのよ。でも、アタシはアタシのやるべきことを成すだけよ」

 アタシは優等生。

 先生の言うことはきく。

 でも、先生の言うことを聞くだけの犬に成り下がるつもりはない。

 アタシは新世紀覇者木下優子。

 自分の生き方には矜持を持ちたい。

「秀吉、アンタも自分の成すべきことを成しなさい。人生に後悔がないように」

「ならばワシは明久や雄二と共に戦いに赴くことにしよう。熱き漢たちの夢を叶える手伝いをしようぞ」

「そう」

 振り返らずに講習室に向かって歩き続ける。

 弟は弟で自分の人生を歩んでいる。

 優しいだけの男女かと思っていけれど、いつの間にか強さを兼ね備えるようになっている。

 これなら……たとえアタシが今日いなくなったとしても弟はもう大丈夫だろう。

 ほんの少しだけ肩の荷が降りた思いだ。

 これで心置きなく葉月ちゃんとの決戦に集中できる。

 さあ、決戦の始まりよ。

 

 

 

 午後8時。

 入浴時間が始まる。

 言い換えれば最後の決戦の始まりの刻。

 

「野郎どもぉっ! 全身全霊で理想郷を目指せぇええええぇっ!」

 3Fから大きな声が聞こえた。

 坂本くん、吉井くんたちが決起したに違いなかった。

 続いて2Fでも大きな声が上がる。

 F組男子だけでなく、D組、E組の男子も同時に決起したようだ。

 ううん。昨夜よりも遥かに大きな声が聞こえてくる。

「B組男子っ、この根本恭二に続いて理想郷(アガルタ)に辿り着くぞっ!」

 昨夜は動かなかったB組、C組の男子も動いているようだ。

 どうやったのかは知らないが、坂本くんはより多くの生徒を動員することに成功したらしい。

 さすがは文月学園を代表する策士。

 その計画力と実行力の高さには舌を巻くしかない。

 これで昨夜より戦いが激化することが決まった。

 

 男子には数的優位があり、女子には教員が援軍に付いている。

 総指揮官の坂本くんと高橋先生は共に優れた資質を有しており、総合的な戦力はほぼ互角と見て良いはず。

 となると、勝負の行方を決めるのは現在戦闘に加わっていないA組の男子と女子の行動に掛かっている。

 アタシが率いている代表を除いたA組女子総勢24名、久保くんが中心になっているA組男子25名の動き次第で吉井くんたちの覗きが成功するかどうかが決まる。

 つまり、アタシと久保くんの行動がこの戦いの勝敗を左右するのだ。

「覗き成功可否のキーマンはアタシ」

 だからアタシは自分が成すべきことを成す為に、A組女子部隊を吉井くんたちが既に通り過ぎてしまった3Fの制圧に送った。

 後方から覗き犯を挟撃する為という名目で。

 そしてアタシ独りだけが1Fの警備に残った。

 

「木下さん、何故君は吉井くんに塩を送るような真似をしたんだい?」

 3分後、1Fまで降りてきた久保くんは首を捻りながらアタシに尋ねた。

 久保くんの後ろにはA組男子たちの姿が見える。A組男子の士気も相当に高そうだ。

 久保くんの号令さえあればいつでも覗きに加勢しそうな雰囲気だった。

 A組男子は優等生ではあるけれど、やっぱり男の子ということか。

 久保くんはそのA組男子が覗きに加わるかの決定権を握っている。

 だからこそアタシは久保くんに答えなければならなかった。

「アタシにはここでしなければならないことがあるのよ。それを成す為にはA組の女子や男子生徒たちにこの辺をウロチョロされては邪魔なのよ」

「葉月ちゃん、か」

 久保くんが僅かに顔を伏せた。

「ええ。葉月ちゃんは強い。そして賢い。だから全力で挑まなければ絶対に勝てないわ」

 相手が11歳の小学生だからって手加減なんてできっこない。

 自分より強い相手には全力で挑むしかない。

「そうか。木下さんにとっては葉月ちゃんとの決戦が吉井くんの覗きより大事なんだね」

「自分でもバカな判断だと思うわ。アタシだって姫路さんに負けないぐらい恋する乙女の筈なのにね」

 自分の恋に一途に一生懸命でいられる姫路さんや代表が羨ましい。

 アタシもあんな風に生きてみたい。

 けれど、今、この瞬間は違う。

 羨ましいという感情よりも、アタシが心に誓った決意の方が重要だった。

 アタシの成すべきこと。

 それは葉月ちゃんの野望を打ち砕くこと。

 葉月ちゃんは吉井くんたちが女湯に辿り着き扉を開いた瞬間に湯船の中に浸かっているつもりに違いない。

 そして吉井くんを見ながら「バカなお兄ちゃんのエッチ~♪」と言って一緒にお風呂に入るつもりなのだ。

 そんな桃色展開にはアタシが決してさせない。

 アタシは葉月ちゃんが女湯に辿り着くのを絶対に阻止してみせる。

 それが、アタシの成すべきこと。

 そしてアタシは久保くんにも『決意』を尋ねない訳にはいかなかった。

 

「久保くんこそ、どうしてここにいるの?」

 A組男子の宿泊フロアは2F。

 1Fに降りてくる必要はない。それどころか──

「こんな所をうろついていると久保くんたちも覗き犯と間違えられるわよ」

 警告の意味で鋭く尖った瞳を久保くんに向ける。

「覗き犯と見なされるかなんて小さい問題さ。それよりも吉井くんの真意を確かめること。その方が僕にとっては大事なんだよ」

 久保くんの声に揺らぎは感じられなかった。

「吉井くんの覗きが成功すれば久保くんも停学になるかもしれないわよ」

「覚悟の上さ」

 久保くんは爽やかに笑ってみせた。

「吉井くんの真意を確かめる。それが、久保くんの成すべきことなのね」

「ああ」

 久保くんの声にはいつにもない力強さがあった。

 美紀といい、清水さんといい、秀吉といい、久保くんといい、葉月ちゃんといい、アタシの強敵(とも)たちはこの合宿でそれぞれの道を己が信念を持って歩いている。

 これでアタシだけ人目を気にして全力を尽くさなければ真(チェンジッ!!)・FFF団のみんなに合わせる顔がない。

「久保くん、早く吉井くんたちがいる地下に行きなさい。アタシは玄関に向かうわ」

 久保くんとA組男子たちに背を向ける。

「木下さんの武運を祈っているよ」

「ありがとう」

 背後から地下に向かう沢山の足音が聞こえた。

 これで吉井くんたちは地下を守る代表と姫路さんの戦力に対抗できるだろう。

 

 

 

 玄関と階段の中間地点へとやって来て立ち止まる。

 1Fには女子生徒の防衛隊がいないので男子生徒も素通りする。

 なので戦闘は起きていない。

 地下、2F、3Fでそれぞれ激しい戦いが起きているのとは対照的。

 1Fにはアタシの他には玄関前で生徒の脱走を監視する福原先生がいるだけ。

 静寂が1Fを支配している。

 でも、その静寂はそう長くは続かなかった。

 

 重戦車が走行するような大きな重低音が近付いてきた。

 福原先生はソファーを立ち上がるとゆっくりと玄関正面前に立った。

「そこまでですよ、葉月ちゃん」

 先生の声と共に音が止む。

 そして代わりに小さな足音が聞こえ、ツインテールの髪型をした幼い少女が姿を現した。

「こんばんは、なのです」

 少女、葉月ちゃんは先生に向かって丁寧に頭を下げた。

「はいっ、こんばんは葉月ちゃん」

 先生は爽やかに笑って返した。

「じゃあ、葉月を中に入れて欲しいのです」

 ニコニコしながら中に入ろうとする葉月ちゃん。

「部外者を中に入れる訳にはいきません」

 しかし先生は移動して葉月ちゃんの行く手を再び阻んだ。

「進撃はここまでです、葉月ちゃん」

「あうっ。よく見たらナレーション担当の福原先生なのです」

 葉月ちゃんは先生を大きな瞳でジッと見た。

「世が世なら万の軍勢を縦横に動かす天才軍師ナレーションの福原。福原先生も葉月の邪魔をするですか?」

 いつも穏やかな福原先生がそんな切れ者だったなんて知らなかった。

 普段は昼行灯を気取っていた訳なのね。

「ドイツから式波・アスカ・ラングレーを越える天才少女が日本に戻ってきたとは聞いていました。それはやはり貴方のことでしたか、島田葉月ちゃん」

 やはり葉月ちゃんは真の実力を隠していたというわけか。なるほど。納得だ。

「あうっ。葉月はバカなお兄ちゃんとの愛に生きると決めたのです。だからそこを退いて欲しいのです♪」

「それは出来ません。葉月ちゃんこそ1歩でも動いてみてください。お尻ペンペンですよ」

 2人の静かな、でも熱い闘志がぶつかり合う。

「葉月は急いでいるのですぅ。だから時間稼ぎの余裕は与えられないのですぅ。すぐに通らせてもらうのです!」

 先生の横をすり抜けようとする葉月ちゃん。しかし──

「試験召喚獣……サモンっ!」

 先生はフィールドを張って召喚獣を呼び出した。

 

 ナレーション福原  総合科目  8,011点

 

「8,000点オーバーっ? 学年主任の高橋先生より点数が高いじゃないっ!」

 思わず声を出してしまう。

 でも、それぐらいに驚いてしまう点数だった。

「一介の平教師が学年主任よりも高い点数を取っては色々と不都合なことが多い。それが大人の社会というものなのですよ」

 先生は私に背を向けたまま淡々として答えた。

「ですが、相手は新世紀救世主。全力を尽くさねば相手することはできません」

 普段物静かな福原先生の背中が燃えていた。

 穏やかな口調の中に熱い闘志が溢れ出ていた。

「なら、葉月も全力で相手するのですよ」

 葉月ちゃんは福原先生が呼び出した召喚獣に1歩近づき

「試験召喚獣、サモンなのですっ!」

 右手を挙げて召喚獣を呼び出した。

 

 新世紀救世主島田葉月  総合科目  10,510点

 

「1万点オーバーっ!? そんな点数が可能なのっ!?」

 アタシの総合科目の点数は大体3,500点から4,000点前後。

 つまり葉月ちゃんの点数はアタシの3倍ということになる。

「あうっ。葉月は右手と左手、それから左右の髪を使って4つの問題を同時に解けるのです。だから他の人よりほんのちょっとだけ多くの問題を解けるのです♪」

 4つの問題を同時に解くって彼女の脳はクァッド・コア仕様だとでも言うの?

「あうっ。お行儀悪く両足の指も使えばもっと1度に解けるのですよ♪」

 ……それ以上らしい。

 やはり、彼女は強い。

 アタシはもう1度覚悟を決め直さなければならないようだ。

 この命を捨ててでも葉月ちゃんを止める覚悟を。

「行きますですよ、ナレーションの福原先生っ!」

「クッ!」

 葉月ちゃんの召喚獣が先生の召喚獣に攻撃を仕掛ける。

 

 新世紀救世主島田葉月   VS    ナレーションの福原

   10,510                 0

    WIN                  LOSE

 

 2人の戦いは一瞬で終わった。

 葉月ちゃんの召喚獣がツインテールを伸ばして先生の召喚獣を拘束してレイピアを胸に突き刺した。

 単純な攻撃方法ではあったが、先生に動く間も与えずに初撃で粉砕した。

 この子、召喚獣の戦い方を知り尽くしている!

「新世紀救世主がこれほどとは! 読めなかった。このナレーションの福原の目をもってしてもっ!!」

 福原先生が膝から崩れ落ちていく。

「ナレーションの福原、一生の不覚っ!」

 とても悔しそうな声が玄関に響きわたる。

「それじゃあ葉月はバカなお兄ちゃんと一緒にお風呂に入らなければいけないので先に行くですよ」

 召喚獣を先頭にして葉月ちゃんが地下の女子風呂に向かってゆっくりと歩き始める。

 もう、彼女を止められるのはアタシしかいなかった。

 

 

 

 地下へと続く階段の前に移動して陣を張り直す。

 召喚フィールドを張れないアタシが葉月ちゃんに素通りされない為には幅が狭いこの階段を押さえるしかなかった。

 素通りされない為には……。

 そう。

 今のアタシは葉月ちゃんにとって戦う価値すらない小物に過ぎないのかもしれない。

 アタシの召喚獣ではどう頑張っても葉月ちゃんの召喚獣には勝てない。

 故に召喚獣で勝負を挑むのは無意味。

 なら、この拳で葉月ちゃんの召喚獣を砕くしかないっ!

 幸いにして葉月ちゃんの召喚獣は吉井くんや先生のと同じで物理干渉ができるタイプ。

 アタシの一撃も通じる筈。

 けれど、召喚獣の持つ力は人間に比べて遥かに強い。

 点数の低い吉井くんの召喚獣でさえ人間の10倍近い力を持っている。

 10,000点を越える葉月ちゃんの召喚獣ともなれば、その力は人間の100倍。ううん、1,000倍に達するに違いない。

 そんな化け物にアタシは勝てるの?

「フッ。我ながら愚問だわね」

 アタシは勝たなきゃいけない。

 故に疑問形なんて不要。

 全身全霊の一撃を与えて葉月ちゃんの召喚獣を粉砕するのみ。

 迷う必要なんて微塵もない。

「そうよ。アタシは新世紀覇者木下優子。アタシの剛拳は天地をも砕く。たかが人間の1,000倍程度しか力を持たない獣如き、倒せない筈がないわっ!」

 体中から闘志が漲ってくる。

 アタシは今、最高に充実していた。

 

「あうっ。後はこの角を曲がって階段を降りれば女子風呂なのです。葉月、バカなお兄ちゃんより前に辿り着いて、バカなお兄ちゃんのエッチ♪ってお風呂の中で言うのですよ♪」

 葉月ちゃんの呑気な声が聞こえてきた。

 決戦の刻まで後5秒。

 

 4、

 3、

 2、

 1、

 

 葉月ちゃんが現れる筈のタイミングだった。

「邪魔するや~つは指先1つで~ダウンなのです~♪」

 葉月ちゃんの召喚獣が進路上に立っているアタシに向かっていきなり襲い掛かって来た。

「葉月は最強の強敵(とも)である拳王のお姉ちゃんに手加減なんてしないのです。最初から全力で行くですよっ!」

「アタシのことを強敵(とも)と認めてくれるなんて、嬉しいことを言ってくれるじゃないのっ!」

 葉月ちゃんの言葉が嬉しかった。

 それと共にアタシの内部に眠っていた更なる力が引き出されていく。

「うぉおおおおぉおおおおおおおぉっ!!」

 体中の力を全て右拳1点に集める。

 拳に全ての力、そして想いを乗せながら必殺の剛拳を強敵(とも)の召喚獣へと叩き込むっ!

「これがぁっ、天地を砕く拳王の剛拳よっ!!」

 アタシの拳は寸分違わずに召喚獣の腹部へと命中する。

 召喚獣の体に触れた瞬間、メキメキっと大きな音がした。

 アタシの拳の、手首の、下腕の骨が砕ける音だった。

 けれど、そんな些細なことはどうでも良かった。

 大事なのはアタシの拳が葉月ちゃんの召喚獣を倒せるかどうか。

 ただ、それだけ。

 アタシは更なる力を熱き魂と共に右腕に込める。

 右腕全体の骨が砕けていく。

 筋肉という筋肉が切断されていく。

 でも、そんなことさえもどうでも良かった。

「負けてなるもんですかかぁっ! アタシがぁ、新世紀覇者木下優子なのよぉっ!!」

 右腕が胴に付いているとか付いていないとか、もうそんなことさえもどうでも良かった。

 ただただアタシは、目の前の標的を粉砕したかった。

 それだけがアタシの頭を占めていたことだった。

 そして──

 

 新世紀救世主島田葉月

       0

     LOSE

 

 葉月ちゃんの召喚獣はアナウンスの音と共に消失した。

 

 

 

「あうっ。葉月の召喚獣を倒しちゃうなんて流石は拳王のお姉ちゃんなのです」

 葉月ちゃんは目を丸くして驚いている。

「フッ。舐めないで欲しいわね。アタシが拳王、木下優子なんだから……」

 葉月ちゃんを前にして大人として余裕の笑みを発してみせる。

 勿論、笑みとは裏腹にアタシの体にはそんな余裕はまるでない。

 右腕はまだ上半身にくっ付いているのが不思議なぐらいにボロボロになっている。

 指1本動かせない。

 肩からブラブラとぶら下がっているだけで何の感触もない。

 あんまりボロボロになり過ぎて痛みすら感じない。

 代わりに右腕の剛拳を支えた体全身から激痛が絶え間なく沸き起こってくる。

 けど、今は痛いなんて悲鳴を上げている場合じゃなかった。

「葉月の召喚獣を倒しちゃうなんて拳王のお姉ちゃんは本当に凄いのです。でも……」

 葉月ちゃんが瞳を細めて鋭い視線でアタシを見る。

「召喚獣使いが召喚獣より弱いと思わないで欲しいのです♪」

 葉月ちゃんのツインテールの先が拳の形に変わった。

 それはアタシが初めて直に見る葉月ちゃんの戦闘モード。

「なるほど。確かに召喚獣よりも召喚獣使いが弱いとは言えないようね」

 葉月ちゃんから感じる闘気の量はアタシが決戦を避けてきた島田さんに勝るとも劣らないものだった。

 島田家は破壊神量産の家系だとでも言うのかしらね。

 まあ、良い。

 もう、覚悟は決めたのだからっ!

「砕きたいのなら残ったこの左腕も砕くが良いわ。両目だって抉れば良い。欲しいんならこの両足だって、何なら命だってくれてやるわよ。でも、貴方は絶対にここから先には無傷では通さないわっ!」

 葉月ちゃんにこのイベントを食い潰させはしない。

 

「幾ら拳王のお姉ちゃんの戦闘力が強大でも、右手が使えない状態では葉月には敵わないのですよ」

「敵うとか敵わないとかそんな些細なことは重要じゃないのよ。アタシは貴方を無傷では地下には行かさない。それが大事なのよ」

 戦闘の構えを取る。

 攻撃される体の部位は捨てる。

 けれど、残った体の部位を使って反撃を必ず決めてみせる。

 葉月ちゃんとて無事には済まさせない。

 それがわかっているからこそ葉月ちゃんはアタシを攻撃するのに躊躇う。

 故に動けず、地下へと進めない。

「あぅっ。拳王のお姉ちゃん、早く退いて欲しいのです。でないと痛い痛いなのですよ」

 葉月ちゃんは脅しを掛けて来る。

 勿論、アタシはそんな脅しに屈したりしない。

「だからアタシの命をくれてあげるわ。その代わり、お尻ペンペンの刑よ」

「あぅっ。それは嫌なのです」

 葉月ちゃんは動けない。アタシも動かない。

 これが単純な命のやり取りなら葉月ちゃんはアタシを倒して終わりだろう。

 けれど彼女の目的は女湯への潜入であり、吉井くんに入浴姿を見られることだ。

 アタシの命と引き換えに傷ついてしまった体を見られることは乙女のプライドが許さない。

 故に無傷のまま地下へ行ける方法を模索している。が、それをアタシが拒絶している。

 アタシは自分の命を担保にして時間を稼いでいた。

 そして──

「…………あうっ。今回は葉月の負けなのです」

 葉月ちゃんは大きな溜め息を吐いた。

 それとほぼ同時に地下から

「割に合わねぇ~~っ!」

 男子生徒たちの悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 吉井くんたちは女湯への潜入に成功し、そして夢破れたのだ。

 それは同時に葉月ちゃんの野望が砕けた瞬間でもあった。

 

 

 

「あうっ。あれは拳王のお姉ちゃんの策ですか?」

「まあそうね。女子生徒たちの要望を汲み取っただけとも言えるけれど」

 戦闘態勢を解いた葉月ちゃんに対してこちらも態勢を解きながら質問に答える。

「まずこの施設の職員の人に頼んで女子生徒たちの入浴時間を1時間後ろに変更してもらったの。で、代わりに先にあの人に入ってもらうことにした。それから女子風呂の守りを本気でしてもらう為に姫路さんたち防衛隊や先生方にはその事実を知らせなかった。そして吉井くんたちには万難を排しながらもさっさと覗きに成功してもらうことで、葉月ちゃんの女子風呂潜入を阻止すると同時に男たちの下心を打ち砕いたのよ。あれを見ればもう覗こうなんて2度と考えなくなるでしょうから」

「綺麗なお姉ちゃんたちどころか、先生たちまで騙すなんて拳王のお姉ちゃんは本当に酷い策士なのです」

 葉月ちゃんがアタシのことをジト目で批難している。

「仕方ないじゃないの。ああでもしなきゃ、事態はもっと泥沼に陥っていたんだから!」

 女子生徒たちをそのまま入浴させていたら、A組女子を地下に配置していたら、久保くんたちをアタシが止めていたら……事態はもっと混沌と化していたに違いない。

 そして結局は葉月ちゃんにイベントのオチを乗っ取られていたことだろう。

 それを阻止する為にはアタシが別のオチを準備するしかなかった。

 

「今回、葉月は拳王のお姉ちゃんにも負けてしまいました。でも本当はその前に既に負けてしまっていたのです」

 葉月ちゃんは大きく息を吐き出した。

「美紀、のことね……」

 男パラダイス実現の為に夢なかばで散っていった最高の強敵(とも)のことを思い出す。

 2年男子全員がこの覗き騒動を通じて魂の連帯に成功した。

 今夜はきっと熱い夜が男子部屋で繰り広げられるに違いない。

 覗き騒動の中心吉井くんは総受けもよい所だろう。

 明日の朝まで身が保たないかもしれない。

 その意味で美紀の願いは叶ったと言えるのかもしれない。

「腐のお姉ちゃんに黒王号を奪われたことで葉月は合宿所に到着するのが3日遅れたのです。それが今日の失敗に繋がりました。葉月は腐のお姉ちゃんにもう負けていたのです」

「おめでとう美紀。貴方は真のラスボスに勝ったのよ」

 心の中で美紀に拍手を送る。

「そして葉月の決定的な敗北は昨夜既に起きていたのです」

「えっ? 昨夜?」

 昨夜、一体何が起きたというの?

 アタシにはまるで心当たりがなかった。

「ただの驚き役と侮って何も警戒して来なかった葉月の油断が最大の敗因なのです」

 葉月ちゃんは悔しそうに目を閉じた。

「そうよ、葉月。姉より優れた妹なんか存在しないという大原則を忘れたりするから葉月はメインヒロインに成り損ねたのよ」

 凛とした声を響かせながら2Fからゆっくりと降りてきたのは葉月ちゃんの姉、島田美波さんだった。

 

 

 

「葉月、ウチはね、ドイツのいた頃のように強く凛々しく輝いているお姉ちゃんに戻ることにしたわ。もうウジウジした中途半端なお姉ちゃんはやめるの」

 体操服姿で1Fに降り立った島田さんはいつになく凛々しく自信に満ちた表情を浮かべていた。

「お姉ちゃんっ!」

 葉月ちゃんは驚いた瞳で島田さんを見ている。

 アタシも島田さんの変わりように驚いていた。

「一体、何があったの? 昨日とはまるで別人みたいに変わっちゃって」

 昨夜の女子風呂防衛戦の前の時に会った島田さんはいつも通りの島田さんだった。

 ううん。何かに悩んでいていつもより元気がない島田さんだった。

 それがこの余裕。ナイ胸を反り返すまでの力強さ。一体、昨夜から今日に掛けて何が?

「別に。ウチは驚き役でもサブキャラでもなく“にっ”の聖帝(メインヒロイン)なんだって自覚しただけのことよ」

 唇の端だけをニヤリと歪に曲げて笑う島田さん。

 島田さんがこんな風に意地悪く笑う姿をアタシは今まで見たことがなかった。

「お姉ちゃん……っ!」

 葉月ちゃんは強い衝撃を受けたように呆然と島田さんを見ている。

 こんな葉月ちゃんの姿を見るのも初めてのことだった。

 

「本当に、何が起きたと言うの?」

 ただ事じゃないと思った。

 昨夜から今日に掛けて島田さんの身に何が起きたのか確かめない訳にはいかなかった。

「別に。ウチの身に“にっ”の聖帝(メインヒロイン)として相応しいイベントが起きた。ただそれだけのことよ」

 『ただそれだけのこと』という言葉の割に島田さんの顔は自信に満ち溢れていた。

 それは驚き役の顔ではなくメインを張る者の顔だった。

「具体的には、何があったの?」

「アキにメールで好きだって告白されたわ」

 フッと軽く息を吐いてみせる島田さん。余裕の表情。

「これがその証拠よ」

 島田さんはニヤリと笑いながら携帯を取り出した。

 その液晶画面には吉井くんから島田さんに送られたメールの内容が映されていた。

 

『 もちろん

  好きだからに

  きまっているじゃないか 』

 

それを見せられたアタシは平常心でなどいられなかった。

「吉井くんが……し、島田さんのことを好きだったなんて……」

 やっぱり、いつも一緒にいる女の子が良いの? 毎日会話できる子が良いの?

 “にっ”になってから一言も吉井くんとまともに会話した覚えがないけれど、それが良くなかったの?

 膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 拳王が膝を付くなどありえないと言うのに。

「そしてウチは彼に乞われるまま昨夜アキの部屋を訪れたわ」

「へ、部屋にまでぇっ!?」

 それは再び大き過ぎる衝撃だった。

「ウチはアキと同じ布団に入った。アキの布団でウチはリボンを解いていた。そしてアキの布団からは男女が激しく動き回る音がした。これらの情報の意味、わかるわよね?」

 島田さんは再び意地の悪い笑みを浮かべた。

 島田さんが述べた言葉の意味なんて小学生にだって簡単にわかってしまうものだった。

「それじゃあ吉井くんはもう、島田さんのものになってしまったと言うのっ!?」

 島田さんはアタシの質問には答えずに意味ありげにお腹に手を添えた。

 下腹部に手を添えたってことは……や、やっぱりっ!?

「あうっ。お姉ちゃんは自分に都合良く情報を提示し過ぎなのです」

 葉月ちゃんが小さくぼやいているけれどよく聞こえない。

「とにかく、この強化合宿イベントでアキはウチのものになったのよ。ううん、ウチはアキに攻略されてしまったのよっ! もうアキはウチルートに入ったのよ!」

 バーンッと背景に大きく文字でも出てきそうなほど自信に満ちた島田さんの顔。

「クッ!」

 吉井くんから島田さんに告白したのでは何とも言い返せない。

 

「フッフッフ。そうよ。アキと恋仲になった以上、ウチが“にっ”の聖帝(メインヒロイン)なのよ。瑞希じゃないのよっ! ウチこそが唯一無二のバカテスヒロインなのよっ!」

 サブヒロインという思い込みにより姫路さんに対して強いコンプレックスを抱いていた島田さんはここに来て鬱憤が爆発しているようだった。

 島田さんは爆発の勢いそのままにアタシと葉月ちゃんに鋭い視線を向ける。

「ウチがアキと恋仲となって聖帝(メインヒロイン)になった以上、新世紀救世主も新世紀覇者ももう恐れるに足りないわっ!」

 島田さんの態度はどこまでも尊大でどこまでも不遜だった。

「島田さん、貴方、驚き役はどうするの?」

「そうなのです。お姉ちゃんは驚き役が世界で一番上手なのですよ」

 島田さんはアタシたちの声を聞いて一瞬難しそうに目を瞑った。

 だが、その後目を開けた島田さんから出た言葉はおよそ彼女らしくないものだった。

「驚き役なんて端役は瑞希がやっていれば良いのよ。聖帝(メインヒロイン)たるウチがやるべき仕事ではないわ」

 島田さんの言葉はこれまでの彼女のキャリアを自ら否定するものだった。

「何だったら、木下さんと葉月が驚き役をやってくれれば良いんじゃないの? もう“にっ”にはウチさえいれば他の女子は必要ないのだし。勿論、女性FFF団も不要よ」

「「なっ!?」」

 島田さんの明らかな挑発にアタシたちは驚かされた。

 それと同時に腹が立ってきた。

「島田さんっ、調子に乗り過ぎじゃないかしらっ?」

「……お姉ちゃん」

 葉月ちゃんは戸惑った表情を見せている。いつものような覇気がない。一体、どうしたと言うのかしら?

 

「いいわ。この際だから新世紀救世主も新世紀覇者も2人まとめて相手になってあげるわよ。さあ、掛かって来なさい!」

 拳法の構えを取りながら闘気を体外へと放出してみせる島田さん。

 その闘気の量は葉月ちゃんと同等、ううん、葉月ちゃんを凌ぐものだった。

 自信が、吉井くんと恋仲になったという自信が彼女の力を高めているに違いなかった。

「何て、強大な力なの……」

 右腕を砕かれ、全身の激痛に耐えているアタシには島田さんの発する闘気に対抗できそうになかった。

 悔しいが、今の負傷したアタシでは島田さんの相手にはならない。

 ただ、呻くだけが精一杯だった。

「傷付いて戦えない木下さんはともかく無傷の葉月はどうしたの? 昔みたいに遊んであげるから掛かって来なさいよ」

「…………お姉ちゃん」

 葉月ちゃんは辛そうにお姉ちゃんと呟くだけだった。

 本当、いつもの葉月ちゃんらしくない。

「どうやらウチのヒロイン道を阻める者は誰もいないみたいね。クックック」

 島田さんは歪んだ笑みを浮かべている。

 彼女には全く似合わない笑みを。

「ウチは必ず聖帝(メインヒロイン)としての道を全うしてみせる。アキとの仲をもっともっと親密なものにしてみせるっ!」

 島田さんは完全にメインヒロインの呪縛に取り付かれてしまっていた。

 そして彼女はとても不吉な一言を放った。

「ウチはあの、北斗七星の横に燦然と輝く蒼星にかけて誓ってみせるわ。アキと最期まで愛し合って添い遂げてみせるとっ!」

 島田さんが指を差す窓の外側、そこには確かに北斗七星が見えた。

 けれど、アタシには……葉月ちゃんには……

「お姉ちゃんには、北斗七星の脇の蒼い星が見えるのですか!?」

「ウチの祝福の星よ。どんな星よりも煌々と光り輝いて見えるわ」

 アタシたちには見えないその星を島田さんは光り輝いていると語った。

 死の運命を背負った者だけが視認することができるという『死兆星』の存在を……。

「ウチがバカとテストと召喚獣の聖帝(メインヒロイン)島田美波なのよっ!」

 島田さんの高笑いはいつまでも玄関ホールに響き渡っていた。

 

 

 強化合宿でアタシたちは葉月ちゃんの撃退に成功するという歴史的快挙を成した。

 けれど、強化合宿では同時に吉井くんと島田さんが恋仲になるという思ってもみない事態を引き起こした。

 そして島田さんは驚き役の地位を捨て、聖帝(メインヒロイン)としての道を本格的に歩み始めてしまった。

 真(チェンジッ!!)・FFF団は美紀を失い、女性FFF団は分裂したまま。

 ううん、島田さんが聖帝と化したことで分裂はより一層激しくなった。

 

 アタシたちはこれから、一体どうなってしまうのだろう?

 

 続く

 

 

 

 

 


 
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