No.287329

真説・恋姫†演義 北朝伝 第六章・第八幕

狭乃 狼さん

華北軍対荊州軍による、一騎打ちでの星取り戦。

残るは一刀と、劉琦こと美咲の戦いのみ。

果たしてその展開は・・・。

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2011-08-28 22:49:16 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:18841   閲覧ユーザー数:12786

 荊州新野県太守劉琦は、前・荊州牧であった劉景升の長女である。

 聡明にして俊才。わずか十にして六韜・三略をそらんじ、また武においても大の男百人を相手の組み手に、息一つ乱す事無く軽々と勝利するという、まさに神童と言うべき才の持ち主である。

 しかし。

 天は彼女に、才だけを与えたけではなかった。その大きすぎる才能の代償とでも言うかのように、彼女は生まれながらにして、心の臓に決して癒える事の無い病を抱えていた。

 「天は二物を与えずというが、わが娘に関してはただの嫌がらせとしか思えぬな」

 と。生前・劉琦の父である劉表が、彼女のその不遇を嘆いて、近臣に語った事があったと言う。劉琦は結局、それがゆえに後継者としては不適格であるとした、劉表の側近である蔡瑁ら保守派の人間の手により、政治の世界からはほとんど遠ざけられていた。だが、父である劉表は彼女の才能をただ埋もらせておくのは、やはり大きな損失であるとして、荊州でも比較的穏やかな土地である、新野県の太守として彼女を派遣。劉琦もそんな父の期待に応え、病気と闘いながらも地道に、かつ的確に政を行い、領民や兵から絶大な信頼を得た。 

 その劉琦を危険視し始めた人物が居た。いわずと知れた、劉琦の義理の叔父であり、荊州において軍部を牛耳る蔡瑁である。だが、曲がりなりにも劉琦は主君の長女であり、そしてまたた兵や民からの信望も篤いので、おいそれと強硬手段に打って出る事もできないでいた。だが、蔡瑁が漢帝である劉協を保護したことで、その事情がわずかに変わった。

 漢の皇帝である劉協に対し、半ば脅しとも取れる手段を用いて、蔡瑁は己の姪であり、劉琦にとっては腹違いの妹となる劉琮を、病死した劉表の後継として正式な荊州牧の牧に就任させたのである。そうなった以上、形式上は只の一臣下に成り下がった劉琦に対し、蔡瑁はもう何も遠慮する必要が無くなった。後は頃合を見計らって、彼女に無理難題を押し付けて大きな失敗を犯させ、命を絶たねばならない状況に追い込むだけだった。  

 だが、劉琦の方とてそんなことは百も承知の事。自身の病弱を逆手に取り、蔡瑁が言ってくる無理な仕事をのらりくらりとかわし続け、荊州における蔡一族の専横を止める、その絶好の好機を伺っていた。そして、そのまたとない機会が、ついに彼女の下に訪れた

 蔡瑁の手によって保護と言う名の虜囚に甘んじている劉協が、そのくびきから逃れるための一手として、劉琦に蔡瑁討伐の密勅を送ってきたのである。 

 「これこそまさに千載一遇の好機。陛下には申し訳ないけれど、荊州のためにこの密勅、利用させて頂きましょう」

 そう決心した劉琦は、かねてから親交の深かった宛県太守にして荊州刺史である丁原と、密かにとある策を練った。蔡瑁の独断により、現在敵対する立場となっている、荊州南郡を治める袁術と密かに手を取り、蔡一族を除くための助力を仰いだ。……その対価として、荊州全域を袁家の領として譲ると、そう条件を提示して。

 

 しかしまたその一方で、彼女はもう一つの天を見定めたいとも、思っていた。

 

 河北にその勢を起こし、烏丸と匈奴という二つの異民族とも手を結び、そして官渡における魏との一大決戦に勝利して、事実上の華北の支配者となっている、天の御遣いこと、晋王・北郷一刀のその器を。そしてその結果如何によっては、袁術との約束を反故にして、荊州北部を晋に、北郷一刀に任せてもいいと、彼女はそう考えていた。そんな彼女に対し、約束の反故は如何なものか、と。丁原と、そして袁術の名代として、顔良と文醜の二人だけを連れて新野の地を訪れた袁紹から、そう辛らつな問いかけをされた劉琦は、二人に対してまったく臆する事無く、こう答えたそうである。

 「……例え世間から背信の者と罵られようとも、民のために一番となる手段を取るのが、為政者たる者の何よりの務めですから」

 

 

 そしてここから、場面は一刀たちの下へと再び戻る。

 「……美咲さん」

 「麗羽さん。どうかされましたか?」

 華北軍対荊州軍による、一騎打ちでの星取り戦も、すでに三戦が執り行われ、現在は華北軍の二勝一敗という状況となっている。そして、最後の大将戦である一刀対劉琦の戦いが、もう間も無く行われようとしていたところに、前線へとでて来た袁紹が、自身の武器であるやたらと刀身の長い剣を手にした劉琦に、悲痛ともいえる表情で声をかけた。

 「……お体の方は、大丈夫なんですの?」

 「ええ。今日はすこぶる調子がいいですよ。……まるでこの日のために、天が今まで生かしておいてくれたのではないかと、そう思えるくらいに」

 「……やっぱり、全力でやり合うおつもりですのね?」

 「……恋ちゃんと同格、いえ、もしかしたらそれ以上の実力者かもしれない人と、剣を交えるんですから。力を抑えていては、勝てるものも勝てませんよ。それに」

 「それに?」

 「……死ぬまでに一度ぐらい、自分の全力を試してみたいのが、武人の(さが)というものですよ」

 ふふ、と。その顔に笑顔を浮かべ、袁紹に対して笑って答える劉琦。そこには悲壮感のようなものは全く無く、むしろ清清しささえ感じさせた。

 「……分かりましたわ。後のことは何も気にせず、思いっきり武人としての誉れを、満喫して来て下さいませ。……北郷さん、貴女のお眼鏡に叶いますかしらね?」

 「……叶った場合のこと、お願いしますね?麗羽さん」

 「ええ。美羽さんには私から、しっかりと言い聞かせて見せますわ。ただし」

 「ただし?」

 「……ちゃんと、貴女がご生還あそばされる事が、絶対の条件ですわ」

 「……はい」

 袁紹のその言葉に、真剣な表情で頷くと、劉琦は己の愛剣である『燕眉尖(えんびせん)』を携え、その歩みを進めた。……対陣する華北軍の、その先頭から同じく歩み出てくる、陽光を照り返して輝くいつもの制服を身につけ、その手に朱雀を既に抜刀している一刀と、この戦いの雌雄を決するために。

 

 そして。

 

 

 「チェストー!!」

 「せいあーっ!!」

 『がぎぃっ!!』

 戦いは開始された。鈍い金属音のぶつかる音が響き、一刀と劉琦、それぞれが持つ二本の長剣が、火花と共に一瞬交わる。

 「フッ!」

 「っ?!」

 その一瞬の交差の後、刃をすべらせながら、一騎打ち相手である劉琦の懐へと、飛び込もうとする一刀。しかし、

 「ッ?!させないっ!!」

 「っと?!」

 その一刀の動きを読んだ劉琦は、そのか細い脚を正面に蹴り上げ、一刀の動きを牽制して足を止めようとする。

 「この間合いで蹴りかよ!?このっ!」

 「!…開いた!」

 「うおっ!?」

 劉琦の蹴りを防ごうとし、朱雀からほんの一瞬だけ一刀が片手を離したその瞬間、その際に出来たわずかな脇腹の隙へ、劉琦が燕眉尖の柄による一撃を入れようとする。

 「……なんとおっ!?」

 「っ!防がれた?!くっ!」

 その劉琦の一撃を、一刀はもう片方の手で握っていた朱雀を、半ば強引に下げおろして、朱雀の握りの部分で何とか受け止めた。その返す形で、今度は一刀が劉琦に、ほとんど密着した状態での蹴りを敢行するが、劉琦はそれを寸手のところでかわし、後方へと飛び退って距離を取る。

 「……参ったね。正直、貴女がこれほどの使い手だとは、全然予想だにすらしていませんでしたよ、劉琦さん」

 「参ったのは私も同じですよ。恋ちゃんとほぼ互角、なんていう風に聞き及んでいたんですけど、噂なんてやっぱり当てになりませんね。……ほんとの天下無双というのは、貴方のことかもですね、北郷さん」

 「そいつはお褒めに預かり至極光栄です。……さて、それじゃあ続きといきますか」

 「……なら、私のほうから一つ、面白いものをご披露しましょうか」

 そう言って、劉琦は燕眉尖を肩口に構え、脚を左右に、肩幅に開いて姿勢を正した。

 「……なんだ、あの構え?……なんか、どっかで見たような」

 「……行きます。ふっ!!」

 短い息を吐き、それと同時に一刀に向かってダッシュする劉琦。そしてそのまま、一刀に向かって、その長さ六尺(約180cm)の燕眉尖を、風の様に鋭く振り下ろす。

 「っ!なんの!(なかなか鋭い剣筋だけど、これぐらいなら容易にかわせ)」

 と、その振り下ろされた燕眉尖を、ぎりぎりの所で避け、反撃に転じようとした一刀。だが、

 「!見えた!燕の軌跡!!」

 「なっ?!」

 振り下ろされ、一刀の体に当たらないまま、その正面をたてに通過した劉琦の燕眉尖だったが、地面にその切っ先が振れようとしたその刹那、劉琦は燕眉尖を瞬時に逆手に持ち替え、一気に斬り上げた。

 「ぐっ!!」

 「な?!い、今のを避けた!?」

 まさに紙一重、と言うやつではあったが、一刀は劉琦が剣を逆手に持ち替えたのを、その視界に一瞬だけ捉え、とっさの判断で体をのけぞらせながら、バック転をしつつその神速が如き一閃を避け、後方へと逃れたのである。

 「……あっぶな~。ほんとに間一髪だった。……まさか、『燕返し』とはね。この世界にその使い手が居るとは、ほんと、油断のならない所だよ、ここは」

 「!?……な、なんで、始めて見る私の技の名前を……!!」

 「……時代劇で見たことがある……っても何の事か分からないよな。ま、天の知識ってことにしといてよ」

 「……」

 

 

 

 『燕返し』

 

 それは、現代日本で暮らす我々であれば、おそらく半数以上の者が知るといっても過言ではない、ある有名な剣豪が用いた必殺の剣。……その剣筋が、まるで燕の動きの如く見えることから、その名がついた、巌流・佐々木小次郎の、あまりにも有名な技である。

 

 「……天の知識、ですか。……ちょっと卑怯な感じもしますね。というか、ずっこいです!」

 「ずっこいって……まあ、気持ちは分からないでもないけど。さて、それじゃあ今度はこっちの番かな。薩摩北郷家の示現流、その奥義の一端をお見せしよう。ふぅぅぅぅ……」

 朱雀を両手でしっかりと握り、それを地に向けたのち、大きく、ゆっくりと息を吐く。そして、

 「……北天示現流、四の太刀。斬心陸甲(ざんしんりくこう)。……チェストオーーーーっ!!」

 「っ!速……って、え?!な、何これ?!北郷が四人、五人、六人…まだ増えっ……!!」

 

 斬心陸甲。一刀の家に伝わる示現流は、他の示現流の流派とは大きくことなる点がある。それは、『型に囚われない』こと。示現流といえば、概ね一撃必殺と言うのが世に共通したイメージではあるが、北郷家に伝わる北天示現流は、その大元こそ一撃必殺の精神があるものの、基本的には、何でもありな流派なのである。それがもっとも顕著に現れている技が、この斬心陸甲という技で、神速の速さで四方八方に動きながら相手に突貫し、ほぼ同時に何十発もの剣戟を打ち込むという技である。技の使用者が何人にも見えるのは、あまりの速さに人の目では追いつけないために起こる、残像が生まれるがためである。

 

 (……今までこいつを防いだのは爺ちゃんただ一人。もしもこれが防がれたら、彼女の実力は完全に、俺と同格ってことになる……!)

 

 「……くっ!これが彼の全力の一端……!!なら!……はああああああっっっ!」

 「な」

 それは、すさまじいまでの気の奔流だった。劉琦を中心にして大気が渦を巻き、それに伴って風が彼女を包み込むようにして上昇を始め、そこに一陣の竜巻が立ち昇った。

 「燕返しは、私の技の中でも最下に位置する技!そしてこれが、最高の奥義!」

 竜巻をその身にまとったまま、劉琦は燕眉尖を頭上に掲げ、上段の構えを取る。……激しく鼓動を刻み始めた、己の心臓を気にする事無く、まるで命の炎全てを燃え尽くさんかのように。

 (……あと少し、あと少しだけもって、私の心臓……!!今この一瞬が、私の生きている証!そしてこの時と場所が、私の……!!)

 迫り来る、何十体にもなった一刀に対し、一歩も引く気配を見せず、劉琦はさらに気を高める。そして。

 

 「……ああああああっっっっ!!『武煌凰牙(ぶこうおうが)』ぁぁぁっっっ!!」

 

 大爆発。

 

 二つの技の激突により、両者の気が触れ合ったその瞬間、閃光と爆音が戦場一帯に広がり、砂塵が大きく舞い上がる。そして、それから暫くして砂埃が収まった後には、互いに剣を杖代わりにして、かろうじて立っていると言う状態の、一刀と劉琦の姿があった。

 

 

 

 「……まいったね。爺ちゃん以外に、こいつを正面から抑えた人は、貴女が初めてですよ」

 「……そう、ですか……それは、光栄……と言ってもか、過言では、な、無いのでしょう、か……?」

 「?……劉琦さん?」

 「……がほっ!!」

 

 『!!』

 

 鮮血。地に膝を着き息を荒くしながらも、一刀に微笑みながら言葉を返していた劉琦が、突如として口から大量の“それ”を吐き出した。

 

 「劉琦さん、まさか貴女……誰か!医療兵をすぐに!」

 「な、何を、おっしゃてるんです、か……戦いは、まだ終わってません……よ」

 「何言ってるんです!そんな状態で貴女は」

 「来ないでください!」

 「!?」

 一刀が自分達の連れて来ている医療兵を呼ぼうとしたのを遮るだけでなく、朱雀を収めて近寄ろうとしたその行動をも、劉琦は必死に声を振り絞って拒絶し、まるで最後の力を振り絞るかのようにして、その場で再び立ち上がろうとする。だが、

 「かはっ!げほっ、ごほっ!」

 「劉琦さん!」

 「美咲さん!」

 再び口から大量の血を吐き、その場に突っ伏して倒れる劉琦。その彼女の下に、大急ぎで駆けつける一刀と袁紹。そして両陣営の医療兵達。日は既に西の空へと傾き始め、辺りを夕日の赤が染め上げていく中、思わぬ事態により一刀と劉琦の一騎打ちは、途中での中断を余儀なくされた。

 「美咲さん!しっかりなさい!貴女がここで死んでしまっては、この先の荊州は……!!」

 「……」

 「袁紹さん、今はそれより、速く彼女を安全に休ませるのを、最優先にすべきです!詳しい話は全部後で!」

 「そ、そうですわね。この私ともあろう者が、取り乱してしまいましたわ。……あ、久遠さん」

 いつの間にか、自身の後ろにやって来ていた丁原に袁紹が気づき、少々大きめの板に劉琦が乗せられているのを見ながら、何かをその目の動きだけで伝える。

 「うむ。……初にお目にかかる、北郷どの。我が名は丁原。宛の太守をさせてもらっている。本来ならきちんと話をしたかったが、事態は急を要しておるゆえ、一言だけ、この場で言わせて貰いたい」

 「……なんでしょう?」

 「うむ。……じつはの」

 

 倒れた劉琦が運ばれていくその最中、丁原が一刀にしたその話は、一刀らの度肝を抜くのに、申し分の無いものだった。

 

 「……今回のこの戦は、あくまでも、襄陽の目をくらますための演技に他ならん、と言うことだ。蔡氏一派はもとより、あの“阿呆”の皇帝達からも、な」

 『……は?』

 

 ~続く~

 


 
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