No.283772

真・恋姫無双 EP.81 冒険編(5)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
言葉に表すのが難しい気持ちというのが、あると思います。
もっと、表現力が欲しいです。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-08-24 20:04:40 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3222   閲覧ユーザー数:2946

「私ね、姉様の事が嫌いだった時があるの……」

 

 そう言って、小蓮は鬱積(うっせき)した想いを吐き出すように、ぽつぽつと話し始める。

 

「みんなが私を見る時、その目に映る姿は本当の私じゃない。いつだって付いて回る肩書きは、『孫策の妹』という事。まるでそれ以外の価値がないみたいに、誰もが私をそういう目で見ていたの。だから友達もほとんど出来なかったし、最初は普通におしゃべりしていた子も、私が孫策の妹だと知ると態度を一変してしまう。まるで珍しい動物みたいに、遠巻きに眺められながら毎日を過ごすしかなかった」

 

 小蓮は拳を握り、ぎゅっと唇を噛む。

 

「姉様なんか、いなくなればいいのにって、願ったこともあったの。でもね、本当にいなくなって初めて気付いたんだ。姉様の凄さとか、どれほど自分が支えられていたのかって……」

「シャオちゃん……」

 

 しょんぼりとうなだれる小蓮に、紫苑は掛ける言葉が見つからなかった。そっと抱き寄せようと伸ばし掛けた手も、結局、引っ込めてしまう。

 

(私に、そんな資格はないわね……)

 

 孫策が行方不明になる原因を作ったのは、紫苑なのだ。暗殺は失敗だが、暗殺を指示した人物の思惑が邪魔な孫策の排除なのだとすれば、結果的に成功したとも言えるだろう。少なくとも孫策は、表舞台から姿を消している。

 これまでの経緯を聞きながら、紫苑の胸は痛んだ。大切な家族を失う辛さは、今の自分にはよくわかる。だから小蓮がその小さい体で抱える重圧も、紫苑は同じくらい理解出来た。

 

(私、ひどいことをしたんだ……)

 

 自分の苦しみから逃れるため、別の人間に同じ苦しみを与えている。ただ、娘の璃々を救うことだけで頭がいっぱいだった。けれど冷静に考えてみれば、それは自分がされたことと同じことをしているに過ぎない。

 

「どうしたの、紫苑?」

 

 小蓮が首を傾げて訊ねてくる。しかし紫苑は、上手に笑えなかった。

 

 

 華雄の合図が聞こえた。

 

「離れて聞くと、ますます鳥の声にそっくりね」

 

 はしゃぐ小蓮の横で、紫苑は辛うじて強ばった笑みを浮かべる。その無邪気な笑顔を見れば見るほど、紫苑の心は締め付けられるのだ。

 

(璃々……)

 

 幼い小蓮の表情が、娘の顔と重なった。

 

「お母さん!」

 

 璃々が楽しそうに自分を呼ぶ声が、紫苑の脳裏に蘇った。いつも信頼の眼差しで、じっと見つめてくるのだ。その眼差しに恥じぬ生き方をしたい、その思いは常に心にあったはずである。

 多くの命を奪い、血で穢れたはずのこの手を、まるで宝物のように小さな指を絡ませてくる娘に、何度となく紫苑は救われてきたのだ。

 

(それなのに!)

 

 自分は、あの眼差しを裏切ってしまった。

 

「紫苑?」

 

 考え込む紫苑を、心配そうに小蓮が覗き込んでくる。あの、無垢な眼差しで。

 

「大丈夫よ。さ、行きましょう」

「うん!」

 

 紫苑は弓矢を手に持ち、隠れ家の入り口に向かって走り出す。先頭は大喬と背中に乗った小蓮だ。次に紫苑が続き、最後尾は小喬である。中に飛び込んだ華雄と霞が暴れているのだろう。すでに大勢の怒声が聞こえ、慌ただしく走り回る盗賊たちの姿があった。

 

 

 意識と身体が別々になったような、不思議な感覚の中に紫苑はいた。目の前で繰り広げられている戦闘に参加してはいるが、心はまったく別の場所にあるようだ。

 身体に染みついた動きが、意識せずとも自然と現れる。相手はさほど手強くもない、盗賊の集まりだ。華雄や霞もいて、小蓮たちも十分すぎるほどの戦力となっていた。

 

(このままでいいのかしら……)

 

 紫苑の気持ちは揺れている。璃々の行方を捜し、まだ手がかりすら掴めてはいない。諦めることなど出来はしないが、深い後悔が強い気持ちを鈍らせるのだ。

 

(璃々)

 

 自分の命を賭しても、守り抜かなければならない存在。そのために、自分の身がどれほど墜ちようが構わないと思っていた。けれど、小蓮と出会ったことで一線が引かれてしまったような気がした。どれほど墜ちようとも、決して越えてはならない一線である。

 

(もしも今の私が璃々を救っても、あの子はきっと喜ばないでしょうね)

 

 犯罪者の子、それが与えられる肩書きだった。笑顔を失い、もっと大切なものも失う。

 生きていればいい、そう思う親の気持ちも本当だが、それだけでは不十分なのだ。

 

(私は璃々が楽しそうに笑う、その顔が大好きだもの……)

 

 笑顔で送ることの出来る人生。それを与えることが、母親としての自分が出来る最高の行為なのだとしたら、取るべき道は限られている。

 

「璃々……」

 

 喧噪の中で、紫苑は娘の名を呟く。どんな極限状態にあっても、勇気をくれる唯一の言葉だ。

 

「お母~さん!」

 

 脳裏に蘇る、璃々の甘えた声。ギュッと服の裾を掴んで、自分を見上げてくるのだ。矢を放つ紫苑の目に、涙が溢れた。

 

(会いたい!)

 

 とても、とても会いたかった。

 

 

 気がつくと、いつの間にか戦いは終わっていた。自分が何をしたのか、紫苑はよく覚えてはいない。盗賊たちは全員、縄でしばられて地面に座らされている。

 

「さて、こいつらをどうしたものか……」

 

 華雄が腕組みをしながら、並んだ数十名の盗賊たちを眺めた。

 

「それなら、私が街に戻って兵士たちを連れてくるわ」

 

 小蓮がそう提案し、華雄や霞が賛成する。だが紫苑が黙ったまま何も言わないので、華雄が気に掛けるように声を掛けた。

 

「紫苑、お前はどうだ? 何か意見があれば言うといい」

「えっ? わ、私もその意見でいいわ。ただ……」

「ん?」

「街には私も一緒に行かせて欲しいのだけれど」

 

 紫苑がそう言うと、小蓮が嬉しそうに抱きついてきた。

 

「やったー! 紫苑と一緒ね!」

「では、私と霞でこいつらを見張っていよう」

「そうやな」

 

 こうして、小蓮と紫苑、大喬、小喬は盗賊を引き渡す兵士を呼ぶため、街に出かける事となった。さほど遠い距離ではない。往復でも日が沈む前には、戻って来られるだろう。

 小蓮はピクニック気分で楽しそうだが、紫苑はどこか表情が暗い。

 

「ね、紫苑?」

「えっ?」

「どうかしたの? 何だか、少し様子が変だよ?」

 

 大喬の背中に乗っていた小蓮が、するすると地面に降りて紫苑の手を掴む。だが紫苑は、思わずその手を振り払ってしまった。

 

「えっ……紫苑……?」

「あっ、私……」

 

 自分のしたことに気付き、紫苑は慌てた。だが、悲しそうな小蓮の顔を見て、ずっと迷っていた心が決まったのである。

 

「あのね、シャオちゃん。大事なお話があるの。聞いてくれる?」

「……うん」

「孫策さんが暗殺されそうになったって、言っていたでしょ?」

「うん」

「その犯人……孫策さんを殺そうとした暗殺者はね……私なの」

「……えっ?」

 

 小蓮は、自分の耳を疑った。


 
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