No.281915

恋姫外史の外史 その3【星、輝く夜に】

 どうも、TINAMIのボンビーこと古賀菜々実なのねん。今回もひっそりと同人恋姫祭りに参加します。

【自身の作品説明】
 私、古賀菜々実は恋姫街道へたまに姿を見せたかと思えば、『恋姫外史の外史』という真・恋姫の袁術ルートであったかもしれないような、なかったかもしれないようなエピソードを投稿しています。というわけで毎回の登場人物は美羽と七乃さんになります。仲の良い二人を書けたらな、と思って取り組んでいる次第でございますです。
 永遠の単発拠点フェイズニストなので、続きものは書いてません。私の真・恋姫†夢想(呉)が黄巾の話から先に進めば色々と書くかもしれません。

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2011-08-22 18:36:11 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1772   閲覧ユーザー数:1693

「七乃、起きてるかの」

 うとうとしていたところに、お嬢さまの声が聞こえてきた。

 私はいつの間にか重たくなっていたまぶたを持ち上げ、腕の中のお嬢さまの顔を見る。

「起きてますよ。どうしました?」

「なんだか眠たくないのじゃ。全然眠れん」

 窓から入る月明かりのおかげで、目の前で横になっているお嬢さまの、瞳の色まではっきり見える。お嬢さまの目はぱっちり開いていて、確かに眠気とは無縁そうだった。

「あれだけお昼寝するからですよ」

「あのときは眠かったのじゃ。なあ七乃、こういうときはどうすればいいんじゃろうな」

 翡翠色の瞳はどこまでも澄んでいて、私を真っすぐに捉えている。そのまま心の奥底まで見透かされてしまいそうで、少し怖い。

 でも相手はまだ幼いお嬢さま。もし仮にそんな力を持っていたとしても、使い方さえわからないのがオチ。それに、今の私にやましい考えなんて一切ない。だから怖いのは、ほんの少しだけ。

「仕方ないですね」

 それでも、そんな感情や考えの一欠片も気取られぬよう、私はお嬢さまに微笑みかけた。

「それじゃあ子守唄でも歌いましょうか」

「うむ」

 二つ返事でさっそく歌いはじめた。……お嬢さまが。

「ちょ、ちょっと、お嬢さま」

「ん?」

「お嬢さまが歌っちゃダメですよ」

「なんでじゃ?」

「なんでもなにも……お嬢さまは今から寝るんですよね」

「うむ、そうじゃぞ。今から思う存分歌って、歌い疲れたころに眠たくなるんじゃろ」

 なるほど。そういう考え方もあるか。お嬢さまの、こういう発想の突飛さにはいつも感心させられる。

 だけど私が今ここで褒めてしまうと、本当に疲れるまで歌い続けるだろうから、それはしない。

 安宿で壁も薄いし、お嬢さまに本気で歌われたら隣の部屋の人が文句を言いにくるかもしれない。さすがにそうなったら面倒だ。

「それもいいですけど、大事な喉なんですから、痛めちゃったりしたら大変ですよ」

「じゃあどうするのじゃ?」

「私が歌いますよ」

「七乃が、かえ」

 お嬢さまが意外そうに目を丸くする。

「嫌ですか?」

 今度はふるふると首を振った。

「イヤじゃないぞ。ただ」

「ただ?」

「ちょっと珍しいって思っただけじゃ」

 そう言われて思い返してみると、最近はお嬢さまが私の前で歌うことはあっても、私がお嬢さまの前で歌うなんてことは滅多になかった。でも――

「でも昔はよく歌ってましたよ。お嬢さまがお昼寝されるときに」

「そうなのかや」

「ええ。ずっと昔の、お嬢さまがまだ小さかったころの話ですけど」

 今もまだまだ小さいままだけど。

「ふーん」

「どうします?やっぱりやめましょうか」

「んーん。七乃が歌ってたも。昔にそうやって寝てたなら今も眠れるはずじゃからの」

「じゃあ遠慮なく。お嬢さま、目つぶってくれます?」

「うむ」

 お嬢さまがまぶたを下ろすと、私もそれに倣った。

 子守唄なんて何年ぶりだろ。上手く歌えるかな。

「いきますね」

「んー」

 息を深く吸い込んで、小さめの声で静かに歌いはじめた。

 昔、お嬢さまが聴いた音色。いつか私が聴かされた旋律。優しく、大事に、丁寧に歌って……曲も詩も、今もまだ覚えていることに自分でも驚いた。それが歌い声に表れたりしないよう、やっぱり大事に大事に歌った。

 歌い終わったあと、お嬢さまが寝てるか確認しようとゆっくり目を開いた。

 お嬢さまはまだ寝ついていなくて、それどころか私の後ろのほうをぼーっと眺めている。ちゃんと聴いてくれてたのかな。

「七乃」

「はい」

「空がきれいじゃな」

 首だけそちらに向けてみる。お嬢さまの視線の先、窓の外の夜空には煌々と照る月と、それを取り囲むように数多の星たちが輝いていた。

「ん、しょ」

 お嬢さまは私の腕と布団の中から抜けだすと、私の足の上を飛び越え、寝台の端に腰かけた。

 私もゆっくり起き上がって、お嬢さまのすぐ後ろに座り、その小さな体をそっと抱いた。

「きれいじゃな」

 頭を少し上向きにしたお嬢さまは、もう一度そうつぶやいた。

 私は何も言わずに、雲のない暗い空をただ無感動に眺めていた。

 ……綺麗、か。私はそうは思わないけどな。

 昔から星は嫌いだった。私がまだ子どものころ「亡くなった人はみんな星になる」なんてくだらない話を聞かされてから。

 あのころの私は夜空を見上げるたびに、星々の輝きが地上にいる私を誘っているように感じて、なんだか怖くなってしまった。だからまだ幼かった私は、夜になったらなるべく上を見ないように、上を見ないようにと心の中で何度も自分に言い聞かせていたりした。

 年を重ね、それが迷信だということに気づいても、やっぱり好きになれなかった。

 あれが綺麗なものだとはどうしても思えない。一度染みついた悪い印象は、何度洗ったところで色落ちすることは決してなかった。

 星が綺麗だと感じるのは、あれが命の象徴だから。例えこの世を去ったとしても夜空に輝き続けると、闇雲に信じる人がいるから。

 くだらない妄信だ。頭のいい人間の考えだとはとても思えない。辟易する。

 私はそんなこと考えたくない。いなくなったあとも自分が輝いていられるなんて、そんな能天気な考えなんか持ちたくない。今を生きるっていう意識がなきゃ、生きてる今を楽しめないから。私には今しかないって、そう思わないと。私の大切な、心の許せる人との大切な今しか――

「な、ななの。痛いのじゃ……」

 お嬢さまの声で我に返った。気がついたときには、お嬢さまのお腹を抱く腕にかなりの力が入っていた。

 私は慌ててその腕を解く。

「ご、ごめんなさい。私、ちょっと、ぼーっとしちゃってて」

「う、うむ?妾はべつにいいぞ」

 不思議そうに私を見上げるお嬢さまに、私はまた微笑みかけた。お嬢さまが心配することは何ひとつありませんよ、と。

「んー……」

 あどけないお嬢さまの翡翠色の瞳。心の内を見透かされることはないにしても、何故か、また怖くなる。

「まあ、そうじゃの。七乃がぼーっとするのもわかるのじゃ」

 とりあえずお嬢さまは勝手に納得してくれたみたい。よかった。

「きれいな星空だからのう」

 ……あんまりよくなかった。そんなに綺麗かなあ。

 私はもう一度夜空を見上げてみた。空にはきらきら輝く星、星、星……。

「七乃ぉ」

「はい?」

「さっきみたいにしてくれないのかや」

「さっきみたいに……?」

「体のここをぎゅっ、て。……一応言っとくけど、痛いのはヤじゃぞ」

 眉をハの字にしたお嬢さまが私を見上げながら、自分のお腹の辺りをさする。

 今度はお嬢さまから強く握ったみたいに、私の胸の奥のほうが締めつけられた。

「七乃?」

「……ぎゅーっ」

 さっきと同じように、お嬢さまの体を抱いた。違うのはその体を抱く強さだけ。

「こ、こら、七乃!痛いのはイヤじゃと言ったであろう」

「ぎゅーっ」

「もおっ!やめるのじゃ、痛いのじゃあっ」

 いくらやめろって言われても、やめられませんよーだ。

 私は頭を寄せ、お嬢さまにやられたぶんだけ、お嬢さまを強く抱きしめ続けた。ぎゅっ、と。ぎゅうっ、と

○●○●

 

「七乃ぉ……」

「えへへー。ごめんなさい」

 お嬢さまに怒られた私は、今度こそお嬢さまが痛がらない強さで、後ろから優しく体を抱いていた。

「ふーん、じゃ。七乃なんかもう知らーん」

「ごめんなさい」

 もう一度謝ったことで許してくれたのか、お嬢さまがそれ以上言及することはなかった。その代わり、また星空を眺めている。

「そんなに好きなんですか。星」

「好きってわけじゃないけど。でも、きれいじゃろ」

「そうかなあ」

「きれいじゃぞ」

「お嬢さまのほうが綺麗ですよ」

「それは当たり前なのじゃ」

 謙遜もしないで素直に認めるのがお嬢さまらしい。私は声にださずに、そっと笑った。

「でも、あの星もきれいじゃ」

 お嬢さまはそう言って窓の外を指さした。ここでも相変わらずの素直さだった。やっぱり好きなんじゃないかな、星。

「あそこの月もきれいじゃな」

 今度は少し横にずれたところを指さす。

「月も、ですか」

「きれいじゃないかや」

「まあ……綺麗ですかね」

「太陽もきれいじゃな」

「は、はい」

「こないだ通った小川もきれいだったのう。底のほうまで透けて、きらきらしてたのじゃ」

「そう、ですね」

「今日覗いた店の服もきれいだったのじゃ。ふりふりとかがついてて」

「……はい」

 お嬢さまの言いたいことがなんなのか、今ひとつ理解できない。お嬢さまの頭の中では、綺麗なものでいっぱいなんだっていうのはわかるけど。

「七乃」

 お嬢さまは今日何度目かわからないけど、また私の顔を見上げた。

「七乃と一緒に見るのは、きれいなものばっかりじゃな」

 私もお嬢さまの目を見つめる。これも何度目かわからない。

「これからも一緒にきれいなものが見たいのじゃ」

 何度も見てきた翡翠色の瞳。何度見ても飽きない、翡翠色の、綺麗な瞳。

「な?」

 わかった気がした。お嬢さまの瞳が怖かった本当の理由。

 お嬢さまの瞳は、あの星と同じくらい煌めいていたんだ。同じくらい綺麗で。

「……ええ」

 同じくらい輝いていて……だから怖かった。

「一緒に見ましょう。これからも」

「うむ」

 でもお嬢さまにとってはあの星も、あの月も、あの小川も、あの服も全部同じきれいなんだ。もちろん怖くなんかなくて、ただ純粋にきれいと感じられるもの。

 私に体を預けたお嬢さまと一緒に星空を見上げる。

 あそこにあるもの全てをきれいと感じることはできないけど、これからはそう感じられるような、そんな私になろう。

 お嬢さまとこうして空を見上げるたびに、あの空の端から、少しずつ星たちをきれいだと感じていこう。

 そうすれば今よりお嬢さまに近づけるような、そんな気がする。

「でも、今日はあの星が一番きれいじゃな」

「……そうですね」

 私はしばらく、そんな想いで窓の向こうの星たちを眺めていた。

「お嬢さま」

 どのくらい経ったころだろう。私はお嬢さまに呼びかけた。

「お嬢さまは私と一緒にいて、楽しいですか」

 返事はない。

「私はすごく楽しいです」

 また返事はない……と思ったら代わりに何か聞こえてきた。

「お嬢さま?」

 腕の中の、お嬢さまの顔を横から覗いてみた。いつの間にか寝息を立てている。

「……ずるいなあ」

 いつも気がつかないうちに置いてっちゃうんだから。

 私は少し腕に力を込めた。

「ん、んん……痛い、のじゃあ……んぐぅ……」

 よしっ、満足。……そろそろ私も寝ようかな。

 床につく前にもう一度だけ、夜空を見上げる。

 お嬢さまに言わせれば、今日一番きれいなのはあの星。私が子守唄を歌ってもまるで効き目がなかったお嬢さまを、容易く寝かしつけることができたあの星に、今夜はもう、あの月も私も嫉妬するしかなかった。


 
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