俺が今まで生きてきた中で、一番の失敗談を話そうと思う。
中学生の頃の話だが、俺は友達だと思っていた幼馴染(もちろん女性)に告白されたことがある。……自慢話じゃないぞ。
しかも校舎裏という告白する場所ベスト三に入りそうな、ベタな場所で告白された。
当時の俺はというと、その幼馴染のことは友達としか思っていなかったので、当然きっぱりと断った。
その後一週間ほど気まずくて話せなかったが、ちょっとしたきっかけから元の関係に戻ることができた。
さて、このままだとこの話は失敗談かどうか怪しいところだが、今の俺を話すことでようやく失敗談となる。
今の俺は高校二年生。帰宅部で、テストの点数は全教科赤点スレスレ。
そんな俺だが、恋をしている。その相手は幼稚園からの付き合いで、今も一緒の高校に通っている。
つまりはその相手というのが、中学の頃に告白してきた幼馴染であった。
……俺って、本当に馬鹿。
冬真っ盛りの寒い日である。
なぜこんな寒い日に登校しなきゃならないのか、そんな疑問さえ浮かぶほどに寒い。
俺は首にマフラーを巻きつけ、手袋を履き、学生服の下にはジャージを着込んでいる。そんな厚着でもやっぱり寒い。
周りを見れば、俺と同じような格好で登校する生徒を何人も見かける。中には寒さを感じないのか、季節外れの夏用制服を着ている奴も数人見える。
「馬鹿なのか」
誰にも聞こえないよう呟く。呟いたときにでた吐息が白く染まった。
「誰のことを言ってるんだ?」
誰にも聞こえないよう言ったはずだったが、隣から返答されてしまう。
首を隣へと向けると、そこには幼馴染の姿があった。まあ、一緒に登校しているから当たり前なのだが。
黒末光。ちなみに、下の名前はひかるではなく、こうと読む。
肩に届かないほど短い髪に、ほおから鼻頭まであるそばかすが彼女の特徴である。あとは、近所から安産型と評判の尻くらいか。
「……さっきから何を見てるんだおまえは?」
「この冬場に夏用の制服を着て登校する馬鹿をだ」
あ、そうだ。彼女の服装は年中夏服です。
「その馬鹿を舐めるように見るおまえは何だ?」
「かっこよくて、優しい幼馴染だ」
「へぇ、そうなのか。私は変態かと思ったがな」
そう言われ、少し考えてみる。
朝っぱらから同年代の少女をじろじろと観察する男。えらく犯罪チックな文章だ。
「……そんなことはないさ」
「ふーん」
訝しげな目で見つめられ、段々と空気が重くなる。
とりあえず、話題を変えることにした。
「さ、最近どうだ?」
「なにが?」
なんでしょう……。
考えてなかったので、思いついた言葉を口にする。
「将来の夢とか、ほら」
「ほらと言われても、秘密だ」
「そ、そうか」
少々微妙な雰囲気になったが、話をそらすことに成功した。
成功したはいいものの、この雰囲気をどうにかせねば。
そんな思案をし始めたところで、光に声をかけられる。
「おい、立ち止まってたら遅刻するぞ」
声につられて周りを見渡せば、いつの間にやら登校していた他生徒の姿が見当たらない。
どうやら、のんびりと話過ぎたらしい。
先に走りだす光の姿を見て、俺は慌てて後を追った。
下足いれ。下駄箱。色々呼び名があるが、どれも自分の靴を入れるという用途が名前にある。しかし、今日に限って俺の下駄箱にはその用途にそぐわない物が入っていた。
上履きの間に挟まれていた一枚の紙。紙面には、放課後に体育館裏に来るよう書かれている。
ラブレターか、いたずらか。はたまた人違いか。
「下駄箱に入れるとは古風だな」
呟いてから思った。同じクラスの光がまだ隣にいる。
もしかして俺がラブレターを貰ったことに、嫉妬の一つでも覚えてくれているのか。いや、そんなわけないな。
……参考ばかりに訊いてみるか。
「なあ、光」
「な、なんだ?」
「ラブレター貰ったことあるか」
「ああ、あるぞ」
その答えに動揺するものの、表情には出さないようにする。
「どうすればいいと思う」
「なにがだ?」
「今貰ったんだよ、ラブレター」
「そうか。……どうすれば、という質問には答えられないな」
「え? なんで?」
「それはな――」
光は俺の眼前に右手を持ってくる。その指先には、一枚の紙。光さんへ、などと書かれていた。つまり、
「――私も、今初めて貰った」
光もまた、ラブレターを貰ったのだ。
教室。そして昼休み。俺は机に上半身を任せ、頭を抱えて悩んでいた。
「よよ、なにを悩んでんの? キャラに合わないことしないでよ」
そんな俺に失礼な物言いで、友人が話しかけてきた。
立派な八重歯が特徴で、あだ名が『吸血鬼』の友人である。
「なにがキャラに合わないだ。美少年には何でも似合うんだ」
「美少年? いったいどこにいますの?」
とぼける友人を睨みつけてみるが、卑しい笑みを浮かべるばかりだ。
本当に自分のことを美少年とは思っていないから、別にいいんだが。
「それで、なにを悩んでんの? ああ、光ちゃんのこと?」
「うるせえ」
図星である。
「いやぁ、全くもってヘタレだねぇ。仲良いくせに告白しないなんて」
「おまえは事情を知ってるだろうが」
「げらげら。そうでしたっけ?」
げらげらとは友人の口癖である。ただただ気色悪い。
事情というのは俺が一度、光の告白を断っていることだ。
自分で言うが、行動力はあるほうだと思う。その事情がなければ、きっと告白できいるはずだ。
「無理無理。あんたは事情がなくても告白できないって」
声に出していないのだが、なぜだか答えられた。
「……なんでだ?」
「あんたはたぶん、シュチュエーションがないと告白できない。雰囲気、後押し。そんなもんがないと無理ですって」
「なんだとげらげら吸血鬼。俺がそんな意気地なしというのか」
「あれ、違ったの? ヘタレ魔人」
「やんのか吸血鬼?」
「やりますかヘタレ?」
殴りあう度胸はないので、じゃんけんをした。ちょきをだして俺の勝ち。 情けないとは思わないで欲しい。友人は意外と力が強いのだ。
放課後。呼び出された場所で待っていると、後輩の女生徒がやってきた。
いわく、中学生の頃から俺のことが好きだったらしい。
結果だが……、丁重に断った。その代わり、その子と一日付き合うことになったけど。
いわく、吹っ切れるのに必要らしい。
そんなことを考えながら、俺は帰宅路を歩いていた。
「よっ」
背後から声をかけられ振り向いてみれば、そこには光の姿があった。
「まだ帰ってなかったのか」
「帰ってたほうが良かったのか?」
「いや、そんなことはないが」
答えると、光は小走りで俺の隣へとやってくる。少しだけ歩く早さを抑えた。
そうえば、気になることがあった。
「光もラブレター貰ったんだよな?」
「あ、ああ。それがどうかしたのか?」
「俺は体育館裏に呼ばれたんだが、光はどこに呼び出されたんだ?」
「えっと、天井裏」
「呼び出した相手は忍者なのか……」
「違った。校舎裏だ」
絶対わざと間違えただろ。
もう一つ。本題を訊くことにする。
「告白、されたんだよな」
「ああ」
「受けたのか?」
「おまえはどうなんだ」
「断ったけど」
「そうか」
そっけない言葉だが、安心しているようにも聞こえた。
「それで光は?」
「断ったよ」
「そ、そうか」
一安心だ。心の底から安心だ。
短い問答が続いたぶん、なぜだか沈黙してしまう。俺と光の足音だけがやけに聞こえてきた。
よくよく考えれば今は人気がないし……、告白のチャンスなのか。
昼休みに言われた友人の言葉を思い出す。俺はそんな意気地なしでは、ないはずだ。
「なあ、光」
「ん、なんだ?」
するのか、告白。できるのか、やる。
「お、俺と、そのだな」
「なんだ? はっきり言え」
「……俺と」
「俺と?」
「付き合ってくれないか!」
言った、けど。
「どこにだ?」
流された。それはもう綺麗に。
「文房具、買いにだ……」
「今度の日曜に私が買っといてやるよ」
ここでもう一押しできない俺は、やっぱり意気地なしか。
友人のげらげらという卑しい笑みが、頭に浮かんだ。
日曜日。この前告白された子との約束で、俺は商店街に来ていた。
その子とも並んで歩いており、少し周りからの視線が気になる。
「先輩、無理言ってしまってすいません」
「別にいいよ」
特に当てもなくふらふらと歩いていく。後輩の子は文句も言わずについてくる。気まずい。
この空気を察してか、後輩の子から話しかけてくれた。
「先輩は、誰かとお付き合いなされているんですか?」
話しかけてくれたのはいいが、よりによってその話題か。
「……いないよ。でも好きな奴はいる」
「そうですか」
興味がなくなったのか、そっぽを向かれる。
仕方なく、俺も前を向いて歩く。すると、一人の少女が目に留まった。
「な、なんでこういう時に……」
髪が短くて、顔にそばかすがあって、ただいつもと違うのは夏用制服ではなく私服であること。ともかく、そこには商店街を歩く光の姿があった。
そうえば、文房具を買うって言ってたような。
「どうかしましたか? 先輩」
「ああ、どうかした」
「私に惚れたとか」
「それはない」
勢いでひどいことを口走った気がした。一応、後輩の子の反応を確認するが、気にしている様子は見られない。よかった。
それよりも、この場面を光に見られたら勘違いされる可能性がある。後ろめたいものなど無いが、早急にこの場を離れねば。
「悪いが場所を移さないか?」
「嫌です」
まさかの拒否。自分勝手は嫌われるぜ。……この状況こそ俺の身勝手だけども。
「頼む。あいつにこの場面を見られるわけにはいかないんだ!」
「……そうですか。たぶん、もう見られてますよ」
「え?」
光のいた場所を見れば、走り始めている光の姿があった。
なんで走ってるんだよ。
「ショックだったんですかね?」
「分からん。けども!」
このままだと俺の恋路は、今以上に悪くなることは分かる。
一旦屈んで、靴紐を結びなおす。これで充分走れるはずだ。
「この埋め合わせは、いつか必ずするから!」
「お待ちしております」
後輩の子はそう言って、俺にお辞儀をした。
いい子じゃないか。どうか俺よりいい奴を見つけて付き合ってくれ。
「それじゃあな」
俺は光を追って走り出した。
景色が巡り巡っていくなか走り続ける。
ちなみに走者は俺だけでなく、目の前には光の姿があった。
「なんで走ってるんだよ!」
光に向かって不満を叫ぶ。正直いうと、疲れてきた。
「追いかけてくるなぼけ!」
「なら止まれよ!」
「うっさい!」
話も聞かずに光は走り続ける。俺も光を追って走り続けた。
光が疲れて立ち止まったところで、やっと追いつくことができた。
見渡してみれば、場所は全く人気のない公園。
俺は息も整えず話しかける。
「なんで、走ってんだ。この、あほ、が」
「息、整えてから、話せ、馬鹿」
もっともな反論なのでお互いが深呼吸を始めた。
高校生にもなって、街中を全力疾走するとは思わなかった。
「それで、なんでおまえは走ってたんだよ」
「……察しろ」
走ったせいか、顔を真っ赤にしながら光は言った。
察しろ言われても、あの状況だと嫉妬しか思いつかないんだが。
「し、嫉妬したとか?」
「するわけ……、ないだろう」
そう言うと、光はうつむいてしまった。
「ああそうか、残念だ」
まずい。つい本音が出た。
「おまえだって、告白されたの断ったはずだろ」
「やっぱり、あの場面見たのか?」
「当たり前だ。私に嘘をついてまで付き合おうしてたのか」
「なんでそうなるんだ。あれには妙な事情があってだな」
「幼馴染なんだから隠さなくてもいいだろ!」
「隠してねえよ! そもそも、俺が付き合いたいのはだな――」
ここで言葉を切る。
ああ、そうか。こういうのが後押しというか、シュチュエーションというやつなのかもしれない。
友人のしたり顔が浮かぶが、関係ない。俺は言葉を続けた。
「――光、おまえなんだよ!」
言えた。今の俺はどんな顔をしているだろうか。
光はというと、俺の告白を聞いて呆けている。
「おい、聞いてたのか?」
声をかけても、呆然として突っ立ったままだ。
答えが聞けないので、段々と不安になってきた。もしかして、嫌すぎて固まってるとかないよな。
「あのさぁ、光?」
「え、あ、うん。なんだ?」
もう一度声をかけ、ようやく反応をしてくれる。
「……答えを貰えると嬉しいんだが」
そう訊くと、急に光が膝をつく。そして、
「遅い」
光は一言そう言った。
「え?」
聞き返しながら、俺は屈んで光と目線を合わした。
「遅いんだよぉ! なんで今になってぇええ!」
大声でそう叫ばれ、俺はすぐさま両耳を手のひらで塞ぐ。
「おおおお? すまん!」
「本当だよぉ! 謝れ馬鹿!」
光は勢いよく俺に抱きついてきた。両腕を首に回され、耳元で叫ばれる。鼓膜が大きく振るわされた。
最初は戸惑ったものの、俺もゆっくりと光の背中に腕を回す。
こういう時にはなんて言うんだ。
「その、光。答えは……?」
あれだけうるさかった光が、その言葉で黙った。
そして、俺の胸に顔を埋めてなにか呟く。さすがに聞き取れない。
「光。聞こえないんだけど」
そう言うと、光は顔を上げて俺を鋭くにらんできた。怖い。
「もう一度だけ言う。私は、今でもおまえのことが――」
その言葉を最後まで聞いて、俺は光を強く抱きしめた。
次の日。学校の教室。放課後に友人と話している。
「それで? なんですのん」
面白くないという表情を隠さず、友人は言う。
光と付き合う経緯を聞いた友人の反応は、えらく素っ気無いものだった。
「それでじゃないだろ。もっと、言うことないか?」
「結局その場の勢いか。ヘタレ」
「けんか売ってるのかおまえは?」
「売るくらいなら大事に取っとくよ」
意味不明なことを友人は言って、見せつけるようにあくびをした。
たまには一発殴るか。そんな考えが頭をよぎる。
「こんな所にいたのか!」
声が聞こえて振り向くと、教室のドア付近に光の姿があった。
俺が気づくと、光は教室に入ってきて俺に近づいてくる。
「ああ、悪い。アホ吸血鬼に捕まってたんだ」
「あんたが話してきたんでしょう。ヘタレ馬鹿」
俺の言葉に、友人は呆れを混ぜて言い返してきた。
友人に別れを告げ、光と一緒に教室を出ようとする。
その時、友人から呼び止められた。
「お二人さん」
「なんだよ?」
「なんだ?」
友人はげらげらと笑った後、言った。
「おめでとうございます。二人がくっついて、僕は嬉しいですよん」
照れもせず友人は言い切って、またげらげらと笑う。
「うっせえ。おまえもさっさと彼女をつくれ」
少々気恥ずかしく、憎まれ口でそう返した。
帰り道。
いつもと同じように、光と一緒に帰る。
「同じじゃないぞ。関係が違う」
「口に出したか、俺?」
「いや、顔に書いてある」
「嘘つけ」
「あ、顔じゃなくて服だった」
「アホか」
書いてあるわけない。……ないよな。
「にしても、あれだな」
「なんだ?」
「俺、中学の頃おまえの告白断っただろ?」
「ああ、そうだな」
なんとなく、気になったことを訊いていく。
「心変わりとかしなかったのか?」
「……あきらめが悪いんだ。私は」
「そうかよ」
「それにだな」
光は俺の前に回りこみ、言葉を続ける。
「おまえみたいな変態馬鹿は」
「酷い言いようだな」
「茶化すな。真面目な話だ」
そう言って、咳払いを一つして話し出す。
「おまえみたいな変態馬鹿はな、私が面倒をみたいんだ」
光は、俺の彼女は笑って言った。
「……願望かよ」
「そうだ。それが私の夢だ。いい夢だろ?」
光の顔は真っ赤だけど、きっと俺の顔も真っ赤のはずだ。
なぜなら俺は、今の言葉を聞いて――。
「ああ、そうだな」
面倒みられたいとも、思ってしまったのだ。
逆に、光の面倒をみたいとも思った。
俺と光は笑いながら、一緒に帰った。
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三作品目ですよ。今まで書いたオリジナルはこれで最後だよ。