「さて、帰ろうか」
雨の日の昼過ぎ、用事を無事に済ませ家へと足を向ける。雨が降っているとはいえまだ昼過ぎ。まっすぐ家に帰るのは勿体ないと感じ、僕はいつもと違う道を通って帰る事にした。
住み慣れた町とはいえ、自分の住んでいる近辺以外はそうそう探索する機会は無い。特に大通りから一本道を入ると、未だに知らない道も見つかったりする。枝道へ入りしばらく進むと、通りを走る車の音は殆ど聞こえなくなった。見なれぬ民家の間を進んでいくと、雑木林が見えてきた。その入り口には鳥居があり、林の奥へと続く道があった。道は舗装等されておらず、土のままで所々草が生えている。
「こんなところあったんだ」
久しぶりの探険に、道の先を知りたくなった。時間はまだ十三時前、遅い昼食の前の腹ごなしがてら、雨でぬかるんだ道を進んだ。
ぬちょっと足が土にのめり込みつつ、少し滑る泥道独特の感覚を楽しみながら奥を目指す。周りは木が生い茂っていた物の、傘をさして歩く事は十分できた。五分ほどかけて曲がりくねった道を抜けると、古ぼけた神社があった。社とご神体と賽銭箱があるだけで他は何もない。僕が境内を進むと、社の縁側にいた黒猫が僕に気付いてどこかへ走り去った。
まずは神社の名前を知るため、あちこち探索した。すると神輿の為に寄付をした人達の一覧が刻まれた碑がすぐに見つかり、そこの最後にこうかかれていた。
八雲神社
「こんなところに神社あったなんて、知らなかったなぁ」
自分の住んでいる地区では無いので、気付かなかったのは当然かもしれない。周りを歩くと、三分足らずで神社の探索は終わった。賽銭箱の前に立ち、もう一度正面から社を見る。古ぼけ、忘れ去られた神社は賽銭箱も苔むしていた。ここで訪ねたのも何かの縁と思い、財布の中に入っていた五円玉を投げ込んだ。拍手をして何か念じようと思ったが、神様に頼む事なんて無い。
「世界人類が平和でありますように」
声に出してお願い事をしたとき、誰かが近づいてくる事に気付いた。
振り向くと、そこには変な女性がいた。
「あら、参拝の方かしら?」
にこりと微笑み、その女性は僕に声をかけてきた。
「え?あぁ、そうです」
驚きつつも返事をして、その女性の姿を改めて見る。
頭には白いフリルのついた帽子をかぶっており、アクセントに赤いリボンが締めてある。服装も同じく白いフリルのついたヒラヒラした服の上に、紫を基調としたチャイナ服を簡素にしたような上着をつけていた。そして右手には扇子、左手には薄ピンクのヒラヒラした傘の柄を握っていた。人間離れした雰囲気を感じるのは服装のせいだけでは無い気がする。
僕が変った女の人(お姉さん?)を見て固まっていると、その人は僕の気を知ってかさらに言葉を続けた。
「珍しいですね、こんな雨の日にこんなさびれた神社へいらっしゃるなんて」
「えぇと…ちょっと気が向いたので、フラフラ歩いてたら辿りつきました」
僕の答えを聴くと、その女の人は右手の扇子で口元を隠しながら笑った。
「まぁ、正直な御方ですね。そういう御方は好きですわ」
綺麗な女性に急に好きと言われビックリし、顔が赤くなってしまった。
「あ、ありがとうございます…えと、お姉さんはこの神社の関係者の方ですか?」
恥ずかしさを紛らわすために、話をこちらから振ってみた。すると「お姉さん」と言われた事が嬉しかったのか、その女性は上機嫌だ。
「まぁ、そんなところね。それよりお姉さんだなんて、あなた口がお上手ね!そうだ、この飴食べる?美味しいわよ~」
上機嫌なお姉さんに流されるままに飴を受け取った。見なれない包み紙を開き、水色の飴を口に放り込む。
「あ、おいしい」
感想を口にすると、さらに三個ほど飴をもらった。
どちらからとなく、社の縁側に二人で座った。雨は未だに止まず、しとしとと降り続けている。じっと黙っているのもむず痒く、場を繋ぐため口を開いた。
「そういえば、お姉さんはここの関係ある方なんですよね?」
彼女の言葉から考えると、それなりの年齢のようで「お姉さん」という年ではないらしい。しかし、今更呼び方を変えて機嫌を損ねても悪いので、もう呼び方は変えられない。
「ここの神社はどんな神様が祭られているんですか?」
僕の質問に、お姉さんはちょっと困った顔をする。
「そうねぇ~何て言ったらいいかしら」
お姉さんの話し方が、随分砕けた感じになってきた。ちょっと考えた後にまた言葉を続ける。
「ここは神社っていうのは良くないのかもしれないわね。祭られているのは妖怪なの」
「え、どういうことですか、それ?」
「人が神様だと思って祭っていたのは、実は妖怪だったのよ」
「昔の人は神様と妖怪の区別がつかなかったんですか?」
「神様も妖怪も、いろんな種類があるのよ。でも人間にしてみれば、どちらも人知を超越した存在ですよね?神様と妖怪の境界にいる妖怪は、神様として祭られてもおかしくないでしょう?」
「そうですね、人間にはその境目は分からないと思います」
女性の言葉に納得していると、先程の黒猫が何処からともなくやってきて、お姉さんの膝の上で丸くなった。
「そんなすごい存在が居たなんて、伝説か何か残っているんですか?」
女性はゆっくりと語り始めた。
昔、この周りは今よりもずっと木が生い茂っていた。今となってはちょっとした雑木林だけど、当時は迷いの森と呼ばれるほど深い森だった。森を通る街道もあったものの、そこを外れれば簡単に遭難してしまうほどで、迷ったまま出てこられなくなった人は少なくなかったという。
森の近くの村にアヤメという女の子が住んでいた。彼女は病弱の母の為に、森の街道を抜けて町まで定期的に薬を買いに行っていた。
あるとき町で用事が手間取り、いつもより帰りがおそくなってしまった。森を通るときには日が落ちてしまい、梅雨の季節でもあったため空模様も怪しくなった。足元も覚束ない状態で森を通ってしまったので、アヤメは道を外れ迷い込んでしまった。
雨が降る夜の森を歩き続けたが、ついに体力の限界になりアヤメは倒れてしまった。もう駄目かと諦めかけた時、アヤメの元に子猫が現れた。子猫も森に迷っていたのかアヤメの元にたどり着くと、心細そうに震えていた。同じ迷った者同士、励ましあうようにアヤメは子猫を抱きしめた。子猫は心細そうにニャーニャー鳴き続けた。
いつまで子猫が鳴き続けただろうか。鳴き声が段々か細くなったころ、アヤメの視界の先がぼんやり明るくなったのが見えた。
子猫にもそれが見えたらしく、先程より強く鳴き出した。すると光がどんどん近付きそれがアヤメ達の前まで来ると、光の正体は金色に輝く九尾の狐だった。
狐が来ると子猫はアヤメの腕を飛び出し、嬉しそうに狐の元に駆けていった。狐はアヤメに気付き、遠吠えを始めた。
遠吠えに引き寄せられたのか、アヤメの後ろにはいつの間にか紫の服を来た女が立っていた。アヤメはその女に助けを求め、村へ連れて行った欲しいと頼んだ。
女はアヤメに目を瞑るように言うと、サッと扇子を振った。女に目を開けるように言われると、そこはもう家の前だった。礼を言おうと振り返るともう誰もいなかった。
アヤメを助けたのは何なのかは分からなかったが、別の土地の者が言うには「紫の服を着た女」は妖怪であると言った。
紫の服の女が妖怪か神かは分からないが、アヤメを助けた事は事実であり、アヤメはその女に感謝し祭ったという。
以来、その女が妖怪かもしれないということは忘れ去られ、神様としてここに祭られている。
「…っていうお話なのよ」
そこまで一気に伝説を語り終えると、お姉さんは流石に疲れたようだ。
「そんなすごい伝説があったなんて知りませんでした。でも、それなのにどうして今はこんなに寂れてるんでしょう?」
「今では森が切り開かれ、森に対する恐れが無くなったからじゃないかしら。森への恐れが無ければ、こんな伝説も人の心に残らないし、結果として廃れてしまったのよ」
「なるほど…それも寂しい話ですね」
「ええ、そうね。でも、その神様も自分を知っている人が少しでも増えれば喜ぶと思いますわ」
「良く分かりませんが…そう言う物ですか?」
「そう言う物ですわ。誰だって、忘れ去られるのは嫌でしょう?神様も同じですよ」
そこまで言うとお姉さんは傘を開き立ちあがった。
「さぁ、これ以上雨の中にいては風邪を引いてしまいますよ」
時計を見るといい時間になっており、そろそろ空腹もつらくなってきた。
「そうですね、ではこれで失礼しますねお姉さん。また今度お話聞かせてくださいね!」
お姉さんに手を振り神社を後にした。あんな話を聞いた後だからだろうか。森を抜けると空気が変わった気がした。慣れ親しんだこの土地も面白い話がまだありそうだ。
「今度図書館で調べてみよう」
次の休みの予定が決まり、軽やかに家路についた。
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「もういいわよ、橙」
黒猫からボフンと煙が出ると、赤いワンピースを着た女の子が現れた。
「紫様、あのお話って私が以前森で迷った時のお話ですよね?」
「ええ、そうよ。私達で外の世界を見に行った時、橙が森で迷子になって大泣きしてたわよね」
「そ、そんなこと無いですよぉ…」
女の子ははずかしそうに俯いてしまった。
「そんなことあったわよ。藍があなたの泣き声を聴きつけて私を呼んだじゃない。もう大変だったわよ~雨が降っている夜の森を探し回るなんて」
「うぅ~ごめんなさい」
「もうあの時の件は時効よ。それにあの一件のおかげでこんな神社を建ててくれるんだもの。人間も面白いわよね」
お姉さん――紫は楽しそうに微笑んだ。
「さ、帰って藍に暖かい物でも作ってもらいましょ」
「はいっ」
紫が差し出した手を橙がニッコリ笑って掴んだ。
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八雲紫の昔話です。
ここに投稿するにあたって、名刺代わりの作品です