No.277831

にゃんこを作ろう!

白狛さん

手の平サイズのまどにゃんこ達とまどか達がキャッキャウフフするだけのSSです。サニーデイライフ的なお気楽世界でのある日の出来事。

2011-08-18 21:41:59 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:551   閲覧ユーザー数:550

 

プロローグ・魔法にゃんこ誕生:

 

 

「まどか、準備はいいかい? じゃあ始めるよ」

「う、うん。キュウべえお願い…!」

 

 キュウべえの言葉に頷くと、まどかは手に持ったソウルジェムを胸元でギュッと握り締め、もう片方の手を目の前のテーブルに載せられた白い球体の上に翳した。

 目を閉じて集中したまどかが何事かを念じると、桃色のソウルジェムが脈打つ様に輝き始め、両者の仲立ちをするキュウべえの赤い瞳もそれに同調して妖しく光る。

 

 暫くすると、只の球状だった物体に変化が表れた。

 表面に幾筋もの線が走り、それに沿って凹凸が付いて、徐々に全体の形や色も変化していく…やがてそこに、両手を合わせたくらいの大きさの、濃いピンク色の花の蕾の様なオブジェが出来上がった。

 

「おおぅ…こう来ましたか…」

「桃のお花かしら…? 綺麗ね…」

「そうね…」

 

 私とマミ、さやかが口々に囁く中、目を瞑ったままのまどかが更に魔力を注ぎ込むと、その蕾は徐々に膨らみを増し、綻びて、私達の見守る前でゆっくり花開いていく。

 開ききってテーブルに落ちては桃色の光輝を残して消えていく、幾重もの花弁…その中から少しずつ姿を現したのは、やはり桃色の髪をした小さな小さな女の子だった。

 体のサイズは丁度手の平に乗るくらい。やや大きめの頭には猫みたいな耳が付いていて、お尻からはやっぱり猫みたいな長い尻尾が生えている。

 

 丸まって目を閉じ眠っていたその小さな猫耳少女は、全ての花びらが散り終えてその場に取り残されると、もぞもぞと身体を動かしながら目を覚まし始め、ゆっくり身体を起こすと眩しそうに細目を開いた。

 四つん這いになってキューッと背筋を反らし伸びをした後、少女はペタンと尻餅をついて大きなお目目をパチクリさせ、ピンクの柔毛に覆われた尻尾を揺らしながら周囲の大きな人達の顔を見回す…

 それから何も身に着けていない身体をブルッと震わせて、可愛らしいくしゃみをした。

 

「にゃ…へくちっ」

「………!」

「あらまあ、可愛い…(じーっ)」

「ぶっ!? ま、まどかぁ、確かに可愛いけど、このカッコはさすがにちょっと…」

「えっなに? どうしたの? もう終わった…の…」

 

 魔法に集中していて事態に全く気付いていなかったまどかは、周囲の声にようやく目を開くと、目の前の小さな自分似の猫耳少女が、すっぽんぽんで自分を不思議そうに見上げている光景を目の当たりにし…その顔がみるみる真っ赤に染まっていく。

 

「きゃあああ! 何で!? どうしてこの子ハダカなのっ!? み、見ちゃダメえぇ!!」

 

 まどかは叫び声を上げながら慌てて猫耳少女を抱え上げると、両手でその白い素肌を覆い隠してやりながら、非難の視線をキュウべえに向けた。

 

「もうっ、キュウべえのバカ! えっち!!」

「エッチだって? 酷いなぁまどか。服装に関するキミのイメージが曖昧過ぎたんだよ。それに、猫は普通服を着ないじゃないか」

「そういう問題じゃな~いっ! もーっ…ほむらちゃんも何か言ってやってよ…って、ほむらちゃん? あれ、どこ行くのほむらちゃーん!?」

 

 

 

(どうしてこんな事になってしまったのかしら…?)

 

 まどかの呼び声を背に、鼻を押さえて洗面所へと駆け込みながら、私は数時間前、マミのマンションを訪れた時の事を思い返していた…

1.新マスコットキャラ企画会議:

 

 

「出来るよ」

「え、ホント!?」

「えっ出来んの? マジで!?」

 

 巴家のリビングのドアを開けた途端、鹿目まどかと美樹さやかのビックリした声が響いて来たので、私は面食らった。

 声がした方を見ると、フローリングの床に置かれた三角形のテーブルを囲んで座った制服姿の二人が、テーブルの上に乗ったキュウべえと何やら熱心に話し込んでいる。

 

(キュウべえがまた何か、良からぬ事をまどかに吹き込んでいるのではないでしょうね…?)

 

 そちらの方も気になったが、私はひとまずキッチンに向かい、そこでお茶の準備をしていたこの家の主、巴マミに挨拶をした。

 

「お邪魔するわ、巴マミ」

「あら、いらっしゃい暁美さん」

「…あそこは一体何を盛り上がっているのかしら?」

「あぁ、それがねえ」

 

 私がリビングの二人を指差して問うと、マミは上品に口元に手を遣りながらクスクスと笑った。

 

「?」

 

 マミの態度を不審に思い、私が再度問おうとした時、私の声に気付いたまどかが顔を上げてこちらを向き、手を振りながら呼び掛けて来た。

 

「あ、ほむらちゃーん! いつ来たの?」

「今しがたよ」

 

 ニッコリ笑顔を浮かべたまどかに手招きされた私は、マミに目で会釈をするとキッチンを離れ、質問に答えながらリビングのまどかの側まで歩み寄った。

 

「二人で楽しそうに、一体何の話をしているのかしら? 今日はテスト勉強と聞いて来たのだけれど…」

 

 私は若干トゲのある口調で問い返した。…そう、明日行われる英語の実力テストを前に、例によって結果が不安なこの二人がマミに勉強を見てもらう。

 せっかくだからそのついでに、最近の魔女の傾向と対策も話し合いましょう…そういう用向きで、私もマミからこの席に呼び出された筈なのだけれど…

 パッと見た限り、テーブルの上にはキュウべえが居るばかりで、まだ教科書や参考書などが開かれた形跡は無い。

 

「えへへ、そうなんだけど…その前にちょっと、ね」

「あ、ねえねえほむら、ついでだからあんたの意見も聞かせてよ。これなんだけどさー」

 

 私の言葉にばつが悪そうな表情をし、頬を指でポリポリ掻くまどか。その言葉を引き継ぐ様に、向かいの席に座ったさやかが、テーブル上に唯一開かれたノートを私の方に向け滑らせて来た。

 

「…?」

 

 私はさり気なくまどかの隣に腰を下ろすと、開かれたノートに目を向けた。それは一応英語のノートの様だったが、別に文法を尋ねたい訳では無いのはすぐに判った。

 ノートの見開きページを丸々使って、何やら可愛らしい絵が落書きされてある…その絵に私は見覚えがあった。

 

 今日の英語の授業中、やけに熱心にノートを取っている様に見えるまどかを見て不審に思った私は、軽く時間を止めるとまどかの側まで寄り、彼女のノートを覗いてみたのだけれど…その時に見たのが、描きかけのこの絵だったのだ。

 呆れた私は手に持っていたペンでそのノートの隅に『ちゃんと授業に集中なさい!』と注意書きをし、何食わぬ顔で自分の席に戻った。

 その後、注意書きに気付いたまどかがビックリして辺りをキョロキョロする様子をこっそり観察するのはなかなか愉快だったのだけれど…今再びそのノートを見る限り、どうやら私の忠告は無駄に終わったらしい。

 私の注意書きもそのままに、描きかけだった絵は見事に完成していた。

 

 まどかの描く絵は特別上手という訳では無いけれど、描く対象への愛情の篭った、いかにも女の子らしい可愛い絵柄で、色も丁寧に塗り分けられてあり、もし可能ならコピーして自分の手元に置いておきたい…そんな風に思える暖かな絵だった。

 そこに描かれていたのは5人の小さな女の子で、猫耳の付いた大きな頭に対して身体はやや小柄に描かれており、そのスカートのお尻からは同じく猫っぽい尻尾が生えている。

 それぞれの髪型や顔付きからして、どうやら私を含めた魔法少女達をデフォルメして描いた物の様だが…その絵の上にデカデカと書かれたタイトルを見て、私は目を丸くした。

 

「『新・マスコットキャラ案』…?」

 

 思わず口に出して読んでしまった私に、それまでじっと黙っていたキュウべえが不意に溜息を吐くと、首を振りながら話しかけてきた。

 

「そう。全く、酷い話だと思わないかいほむら? ボクみたいな愛らしい生き物が、全力でキミ達魔法少女をサポートしているっていうのに…彼女達はボクじゃ不満だって言うんだよ」

「ご、ごめんねキュウべえ。別にそういう訳じゃ無くって…でも、たまには変化も欲しいっていうか、キュウべえは一人しかいないし男の子だから、側に居ない時や居られない場所もあるし…だからずっと一緒に居てくれる女の子のマスコットがいてもいいんじゃないかなあって」

「てゆーか、あんた別に可愛いって感じのキャラじゃないしー。別に悪くはないんだけど、私の好みからはちょっと外れてるっていうかさぁ…」

 

 思春期の少女二人の多様な意見に晒されたキュウべえは、何故か私に助けを求める様な視線を向ける。しかし残念ながら私に彼に同情する理由は全く無かった。

 

「まどか達の意見ももっともじゃないかしら…それにあなたは見た目より性格の方に問題があるのよ。いい加減自覚なさいな」

「ふふふ…さすがに言いすぎよ、暁美さん。私は別に今のキュウべえのままで構わないわよ?」

「有難う、マミ。そう言ってくれるのはキミだけだよ」

 

 何処まで本気なのか、ガックリとうなだれていたキュウべえは、見かねた様にフォローを入れながらティーセット片手に歩み寄ってくるマミに救われた様に顔を上げ、感謝の言葉を述べながら赤い瞳を輝かせた。

 マミはティーセットとケーキやお菓子の載ったお盆をテーブルに置くと、そんなキュウべえの頭を優しく撫でてやり…でもテーブルには乗らないでね、と言って首根っこを掴んで強制的に床に下ろした。結局猫と扱いはそう変わらない。

 

「…まあ、事情は大体飲み込めたけれど…それでこの絵を一体どうするというの?」

 

 まどかの英語ノートに描かれた絵を眺めながら、私はこの案をどう具体化するのかさっぱり見当も付かず首を傾げた。

 確かにまどかの絵はとても良く描けていたし、こういうマスコットがまどかに付いていれば、キュウべえなどが纏わりつくより余程私にとっても目の保養になる事だろう。

 しかし例え膨大な魔力を費やしたとしても、この絵から生き物がポンと出て来るとは思えない。大体そんな事に魔力を使うのは無駄遣いもいいところだった。

 

「そこでボクの出番という訳さ!」

 

 先程床に下ろされたキュウべえが私達の前にチョコンと座り、胸を張って宣言する。そして長々と難解な用語の入り混じった解説を始めたのだが…長いので省略する。

 ………………

 ………

 

「…なるほど。要するにあなたの身体を構成するのに使っている物質を流用して、この絵のイメージを具現化させようっていう話なのね。でも…」

 

 キュウべえの説明を聞き終わった私はひとまず納得し、顎に手を置いて頷いた。しかし、いくら見た目が可愛くなっても、中身がキュウべえでは…

 

「うん、ボクも別に新たに作る愛玩用の個体の制御の為に、自分の時間を浪費するつもりは無いよ。まどか、例の猫は連れて来てあるかい?」

「え? あ、うん…エイミーちゃ~ん」

「…ニャー」

 

 キュウべえの長話の途中からずっとウトウトして私に寄り掛かっていたまどかは、ハッと目を覚ますと頷いて何故かエイミーの名前を呼び、何故か近くから返ってくる鳴き声の方へと立ち上がってペタペタ歩いて行った。

 …そして、暫くして隣の部屋から黒猫を胸に抱き戻ってくる。

 

「まどか、貴女…エイミーまでここに連れて来ていたの?」

「エヘヘ…帰り道で偶然会っちゃったから、つい」

 

 まどかはてへへ、と笑うと私に向かって小さな舌をペロッと出してみせた。全く、勉強会の日に野良猫をマミの家の中まで連れ込むなんて、仕方の無い子ね…でもその表情が可愛いから許すわ。

 

 それからまたキュウべえの長い講釈が始まったのだが、これも省略。要はエイミーとまどか達の外見的・内面的特長を上手く掛け合わせて器となる肉体を作り、そこに魔力を注ぎ込んで自律的に動く使い魔の様なものを作り出す…という事らしい。正直かなり胡散臭い。

 どんな理由であれ魔力の無駄遣いを快く思わない私とマミは難色を示したのだけれど、妙に乗り気なまどかと単純に面白がっているさやかに押され、とにかく一度試してみて、その後の事はまた後で考える…という事になってしまった。

 

 そして栄えある一番手に選ばれたのは勿論言いだしっぺのまどか。黒猫とソウルジェムを抱えてテーブルの前に座り、キュウべえが尻尾から分離させた白い球体におずおずと手を差し伸べる。

 

「うぅ、失敗して不恰好なのが出来ちゃったらどうしよう…」

「それはちょっとしたホラーね…でもまどかならきっと大丈夫よ。…キュウべえ、しっかりやりなさい」

「ボクに言われても…まどかのイメージ力にかかっているからね。じゃあ始めるよ」

「う、うん…」

「やるからには頑張ってね、鹿目さん♪」

「女は度胸だぞーまどかー! フレーフレー、まーどーか~!!」

2.まどにゃんこを作ろう!:

 

 

 …そうして、一回目の挑戦は概ね予想以上に上手く行ったものの、色々と別の問題も発生し…

 

 私がようやく平静を取り戻して洗面所から戻ると、丁度まどかが再挑戦に取り掛かろうとしている所だった。

 先程の小さな女の子は、テーブル上で蕾状態に戻っている。しかし元の肉槐にまで戻された訳では無い様で、側まで寄ると中からニャーニャー…と小さな声が聞こえた。

 

「じゃあもう一回…今度はちゃんと服も着せてあげてよね、キュウべえ?」

「正確にイメージしてくれればそれに合わせるよ。それとも全身毛むくじゃらの方がいいかい?」

「ふ・く・を・着・せ・る・の!!」

「まあまあ、鹿目さん…とりあえず、いつもの魔法少女服を着せてあげるのはどうかしら? それならキュウべえも判り易いだろうし」

「流石だねマミ。うん、確かにそれならボクも契約時に細かい構造まで把握しているから大丈夫だと思うよ」

「なら最初からそう言ってよ…じゃあもうそれでいいから、いくよっ」

 

 まどかが手を桃色の蕾に振り翳し、目を閉じて念じると、再びソウルジェムが輝き始め…開花が始まる。

 小さいとはいえ、まどかそっくりの女の子の刺激的な姿を今度は直視しない様、私は微妙に視線を反らして見守っていたが…どうやら杞憂だった様だ。

 花弁の中から現れた猫耳少女は、今回はきちんとまどかが変身した時と同じ、桃色の可憐な魔法少女服を身に纏っていた。

 髪を結んだ両脇の赤いリボンを揺らして、小さな少女は自分の格好が変わっているのをキョロキョロと見回して確認している。それから、黙ったまま自分をぼーっと見下ろしている目の前の主人の顔を見上げ…不思議そうにチョコンと首を傾げると、物問いたげな声で甘く鳴いた。

 

「…なぁ~ん?」

「か…」

 

 その何気ない仕草の破壊力に、私は思わず言葉を失った。他の3人も同様だったようで、一拍置いて見事にシンクロした叫び声がリビングにこだました。

 

「「「「可愛い…!!」」」」

 

 まどかはもう堪え切れなくなった様に猫耳少女に手を伸ばして抱え上げると、その小さな身体を胸元でギューッと抱き締めて頬擦りし始めた。

 

「わあぁい、ふわふわだよぉ…可愛いぃ…本物のまどにゃんこだぁ~♪」

「まどにゃんこ?」

「そうだよほむらちゃん。私のにゃんこだから、まどにゃんこ。さやかちゃんはさやにゃんこでー、ほむらちゃんはほむにゃんこね♪」

「………」

 

 ネーミングの選択権は既に無いのね…でもいいわ。まどかが選んでくれた名前だもの…ほむにゃんこ…ちょっと恥ずかしくて自分では言いづらいけれど、良い名前だわ…

 

「ね、ねえ鹿目さん? その…まどにゃんこ、私にも抱かせて…?」

「え? マミさん、あの…」

「何を言っているの巴マミ。次は私に決まっているでしょう」

「待て待てー! 二人とも待った! ここはひとつ、大親友のあたしが一番ってことで!」

 

 早速取り合いになるまどにゃんこ。

 まだ生まれたばかりだというのに、目の色を変えて殺到する大きな手に揉みくちゃにされ、挙句の果てには私とさやかの間で手の引っ張り合いになって、みーみーと悲痛な鳴き声を上げ始めた。

 

「だ、ダメだよーみんな、にゃんこちゃんが痛がってる…!」

 

 まどかのその言葉にハッと我に返った私は、まどにゃんこを掴んでいた手を離した。

 

「おおっ!? …ととっ」

 

 急に離されて一瞬宙に舞ったまどにゃんこは、しかし何とかさやかの腕の中にぽすっと収まり、一同はホッと胸を撫で下ろす。

 まどかは「もー」と言いながらさやかからまどにゃんこを取り返すと、私の前まで来て子猫を抱いた手を差し出した。

 

「はい、ほむらちゃん」

「まどか…? 私で、いいの…?」

「うん。ほむらちゃんが先に手を離したから…ほむらちゃんが本当のお母さん♪」

 

 …大岡裁き?

 

「本当のお母さんは貴女じゃないの、まどか」

「えへへ、そうかもだけど…とにかく、はい♪」

「………」

 

 手渡されたまどにゃんこを恐る恐る抱き寄せる。ほんのり暖かく、柔らかくて…強く抱き締めると壊れてしまいそうなそれは、私の方を桃色の大きな瞳で見上げながら、少し猫耳を伏せてビクビクとしている。

 

「さっきは…ごめんなさい。痛かった…?」

 

 私は出来るだけ優しく声を掛けてやりながら、指先でそっとまどにゃんこの髪を撫でた。するとまどにゃんこは私に害意が無い事を理解して少しずつ落ち着いてきたのか、控えめに笑顔を浮かべながらフルフルと首を振ってみせた。

 

「許して…くれるの?」

 

 まどにゃんこの小さな柔らかい頬を指先で撫でながら私が再度問い掛けると、まどにゃんこはコクコクと頷き、目の前で揺れる私の指にテシッと両手でじゃれついて、クンクン…と匂いを嗅いだ後、親愛の情を示す様にその小さな舌で指先をペロペロ舐め始めた。

 

(ほむぁ…っ!? ゆ、指、私の指をまどかが…いえまどかじゃなくて猫だけどでも…)

 

 …可愛い…このまま拉致して自宅に監禁し、一生側に置いて飼い慣らして自分だけのものにしてしまいたい…そんな危険な思考が脳内をグルグルと駆け巡る。

 一方そんな事とは知らないまどかは隣でキュウべえと呑気にお喋りしていた。

 

「あ、仲直り出来たみたい。良かったねほむらちゃん…この子は人間の言葉は喋れないのかな?」

「うーん、さすがにそこまでの知性を持たせるのは難しいね。ベースはあくまで猫なんだし…でも、こちらの言う事は概ね理解出来てると思うよ」

「そうなんだ…まどにゃんこちゃーん、私があなたのママですよー?」

 

 まどかは私の腕の中の子猫に手を振って声を掛けた。するとまどにゃんこは暫く小首を傾げた後、理解したのかパッと笑顔を浮かべてまどかに向け大きな声で鳴いてみせる。

 

「にゃ…? にゃにゃあーん♪」

「きゃーっ、お返事してくれたよー! ねっねっほむらちゃん、今この子私の事『ママー』って言ってくれたよねっ!?」

「いえ…それはさすがに…どうかしら…」

「えーっ、言ったもん。そんな事言うほむらちゃんからは、没収!」

「あっ…」

 

 ハイテンションで私の身体を揺すり目を輝かせているまどかを落ち着かせたくて、私は少し言葉を濁して返事したのだけれど、彼女はそんな私の返答がお気に召さなかったのか、ぷぅーと頬を膨らませると私の手からまどにゃんこを取り上げてしまった。手の中の暖かい感触が急に消え失せて、正直かなり寂しい…

 

「あ、鹿目さん次は私ね?」

「くっ、このグーが憎い…あたしってホントバカ…」

 

 背後でどうやら次の順番を決めていたらしいマミがまどかに声を掛け、差し出された手からまどにゃんこを受け取る。

 

「うふふ、可愛いわぁ…よしよし、私があなたのママですよー」

「にゃー?」

「もー、マミさん? 私のまどにゃんこにウソ教えないで下さい!」

 

 手ぶらになったまどかは再び私の側に戻ってくると、楽しげな表情でこちらを見つめ服の袖をクイクイ引っ張ってきた。

 

「ねー、ほむらちゃんもにゃんこちゃん作ろうよー? それで私のにゃんこと一緒に遊ばせたりしよう?」

「…っ!?」

 

 遊ぶ…つまり、私のにゃんことまどかのにゃんこが、ニャーニャー言い合いながら追いかけっこしたり、じゃれ合ったり、毛繕いし合ったり、そのままくんずほぐれつ…

 例え猫同士の事とはいえ、その妄想上の光景はとても魅惑的で、私は思わず何も考えずに頷いてしまいそうになった。

 …でも。ああいった可愛いペットの様な物を率先して欲しがるのは、普段の私のクールなイメージからは少しかけ離れているのではないかしら…? そう思った私は躊躇してしまう。

 

「…? ほむらちゃん、こういうの嫌い…?」

「ち、違うのよまどか。私は…」

 

 私の反応を見て勘違いしたまどかは少し悲しげな表情になる。私は慌てて誤解を解こうとするが、その言葉は突如響いて来た背後からの叫び声に遮られてしまった。

 

「ちくしょーキュウべえ! 次はあたしだー!! こうなったら自分のにゃんこで憂さを晴らしてやるぅー!!」

「ちょ、さやk…ぐえー」

「落ち着いて美樹さん!? キュウべえの首が完全に極まっているわ!」

「…あ」

「………」

 

 どうやら、次はさやかの番と決まってしまった様だった。

3.さやにゃんこを作ろう!

 

 

「うーんでも、このまどっちの絵を見てイメージするってのが…今一つピンと来ませんなぁ」

「まどっち…って、私のこと?」

「鹿目さんは自分の中に確たるイメージがあったから、上手く行ったのよね…」

 

 まどかの絵を前にして首を捻るさやかとマミ。確かに、目の前にまどにゃんこという成功例が居るとはいえ、この正面から見た平面絵だけで他の者が立体的なイメージを膨らませるというのは、それなりに至難の業かも知れない。

 

「大丈夫だよさやか。ボクもさっきので大体コツは掴んだからね。多少イメージの落差があっても修正は可能だよ」

「…それは有難いような、ムカツクような…」

 

 キュウべえの助言にさやかは複雑な表情を浮かべるが、いつまでも悩んでいてもしょうがないと感じたのか、軽く深呼吸すると思い切り良く準備の構えを取った。

 

「んじゃまぁ…いっきます!」

「さやかちゃーん、頑張ってー♪」

 

 まどかの時と同様、片手を翳したさやかが目を閉じ集中し始めると、ソウルジェムからの青い光が辺りを照らし、白い素材球が徐々に青く染まりながら形を変えていく…どうやらここまでの流れは術者が誰であっても共通らしい。ただ、出来上がった花の蕾はまどかの時とは随分形状が異なっていた。

 

「美樹さんのお花は…これはきっと竜胆ね」

「りんどう…っていうんですか? あ、でもちょっとさやかちゃんっぽいかも」

「花だけ見てよく判るわね…」

「あら、女の子の嗜みよ?」

「えーなに? どーなってんの?」

「さやかはそのまま集中して」

 

 5枚の花弁を持つ青い花が、入れ子状に重なり合い、外側から次々に花開いていく…やがてその中から、見覚えのある青い魔法少女服を身に纏った、小さな猫耳少女が無事に姿を現した。ひたすら可愛らしいまどにゃんこと違い、ボーイッシュでやや凛々しい風貌な所も主人と似ているかも知れない。

 やはり最初はかなり眠そうで、しきりに目を擦りながら身体を起こし、2本足で立ち上がると口を大きく開けてファ~…とアクビをしている。

 

「ひゃー、さやにゃんこちゃんも可愛い…♪ さやかちゃん、もういいよー」

「おっ、どうなった…か? って、おおーっと。これは…」

 

 まどかに声を掛けられ、さやかは怖々と片目ずつ開いて結果を確認した。視線に気付いて顔を上げたさやにゃんこと暫し無言で見詰め合い、それから恐る恐る手を伸ばすと、大人しく捕まえられた子猫を顔の前まで抱き上げる。

 

「にぁーん?」

「ね? 可愛いよねー?」

「う、うん…これは…我ながらなかなかの出来…」

「…まあ、見た所どこも歪んだり曲がったりはしていない様ね」

「へへー♪ 羨ましいかっ、ほむら?」

「…別に」

 

 さやにゃんこを抱いた手をこちらに向け、これ見よがしに見せ付けてくるさやか。私はそれに素っ気無い返答をしながら、そんな事より…とまどにゃんこの反応に目を光らせた。

 

 まだマミの腕に抱かれたままのまどにゃんこは、新たに生まれたさやにゃんこの方を興味津々でじ~っと見つめている。さやかにニャーニャー言っていたさやにゃんこも、そのうちその視線に気付いて振り向き、二匹はお互い黙ったまま見詰め合った。

 

「…」

「…?」

 

 …猫同士が視線を合わせるとケンカになると聞いた事があるけれど…このにゃんこ達の場合はどうなのかしら…?

 

「まどにゃんこちゃん、初めてのお仲間見てケンカしたりしないかなぁ…?」

「私とまどかのにゃんこでしょ? 大丈夫だってー」

「それじゃ、ご対面ね」

 

 どうやら私と似た様な心配をしていたまどかに安請け合いをするさやか。その腕の中のさやにゃんこと向かい合わせになる様にして、マミがまどにゃんこを抱いたまま近づける。

 両者は相変わらず黙って互いを見つめていたが…やがてまどにゃんこの方がにぱーっ、と笑顔を浮かべると、さやにゃんこに向け手を振りながら鳴き声を上げて呼びかけ始めた。

 

「にゃー♪」

「にゃ、にゃーん♪」

 

 それを見てさやにゃんこも警戒を解き、二匹は互いに友好的に鳴き交わしながら手足を伸ばして触れ合おうとしている。これなら大丈夫そう…という訳でテーブルの上に下ろしてやると、両者はテテッと駆け寄って手を取り合い、小さなお鼻をチョン、とくっ付け合ってクンクン匂いを嗅いだり、ニャーニャー言い合いながら手を繋いでテーブル上を元気に駆け回り遊び始めた。

 

「まあ可愛い。やっぱりにゃんこでも二人は仲良しさんね♪」

「えへへ、そうかな…?」

「うんうん、何せあたし達は将来を誓い合っちゃってる仲ですからなぁ~♪」

 

(ギリッ…)

 

 さやかの図に乗り過ぎな発言に、私は密かに唇を噛み締めていた。やはりあの時、まどかのお願いに素直に頷いておけば良かったのだ。

 私が一瞬躊躇してしまったばっかりに、猫とはいえまどかの最初のお友達の地位を、またしても美樹さやかに奪われてしまうとは…!

 

 しかも…私はもう一人の要注意人物、巴マミの方に目を向けた。2匹のにゃんこがじゃれ合う様を楽しげに見守る二人の主人の背後で、マミは「いいなー」みたいな感じの表情をして指を咥えている。

 つい先程率先して反対していた手前、なかなか言い出せずにいる様だが…仲間外れを何よりも嫌う彼女のことだ。今にも

 

「やっぱり私も作るわー!」

 

 などと言い出しかねない。このままみすみす2番目のお友達の座までマミに奪われてなるものか…!!

 

 皆が2匹のにゃんこに目を奪われている隙に、私はキュウべえの背後に無音で忍び寄ると、軽く咳払いをして注意を促した。

 

「…(コホン)」

「? キミもやるのかい、ほむら? 確かさっきまでは、あまり乗り気じゃ無かった様な…」

「いいから。黙ってさっさと始めなさい(チャキ」

 

 私は努めて冷静にキュウべえを急かしながら、ワンアクションで取り出したベレッタM92の銃口を彼の頭部に突きつけた。もちろん安全装置は既に外してある。

 

「一体何をそんなに怒ってるんだい? まったく…」

 

 それが人に物を頼む態度かなぁ…などとブツブツ言いながら準備を始めるキュウべえ。

 

「解ってくれればいいのよ」

「あ、次ほむらちゃんがやるの? やったー最高の友達♪」

「!? 暁美さん貴女…裏切ったわね…!」

「さあ、何のことかしら」

 

 先を越されて悔しげなマミに涼しい顔で返事をしながら、私はこちらに振り返って喜ぶまどかに見えない様に銃を仕舞った。やはり米軍制式採用のこの拳銃は、私の小さな手にもしっくり馴染むわね…

4.ほむにゃんこを作ろう!

 

 

 閉じた私の瞼の裏を、紫色の光輝が怪しく照らす。

 

「あ、このお花は私判ります。チューリップ!」

「え~? 何か意外ー。ほむらのイメージと違うー」

「ふふふ、そんな事は無いわよ…?」

 

(…チューリップ?)

 

 集中を切らさない様に注意しながらも、私は内心首を傾げた。そんな子供っぽい花をイメージした覚えは無いのだけれど…。

 契約時に決まる魔法能力や、魔法少女服の細かいデザインなどと同じで、自動的に何らかの基準で選ばれるものなのだろうか。

 …それにしても…チューリップ…

 

 例によってキャー可愛いー! などと言って騒ぎ立てるまどかの声を合図に、私はゆっくり目を見開いた。テーブル上の白い球体のあった場所に立つのは、鏡で見慣れた魔法少女服を身に纏った、黒髪の小さな猫耳少女。彼女を包んでいた花弁の最後の一片がテーブルに落ちて紫光と共に消え、私自身がそのチューリップの花とやらをハッキリと見る機会は結局無かった。

 

「みぃ…」

 

 私に良く似た外見のその子猫…つまりほむにゃんこは、こちらの視線に気付くと上目遣いに見上げて一声小さく鳴き、それから居住まいを正してペコリと丁寧にお辞儀をした。

 なるほど、確かに私に似て礼儀正しい…しかし、紫の毛に包まれた長い尻尾の先を胸の前でギュッと握り締めモジモジする様子が、どことなく自信なさ気で内気そうに見えてしまうのは気のせいだろうか。

 仮にも私の分身なのだから、もう少しクールでミステリアスな雰囲気を漂わせていて欲しいものなのだけれど…これではまるで…

 

「抱っこしてあげないの?」

「え? あぁ…そうね」

 

 まどかに促されて物思いから覚めた私は、手を伸ばすとほむにゃんこをゆっくり抱え上げた。私に触れられるとほむにゃんこは一瞬ビクッとしたが、別段逃げる訳でも無く、こちらを見上げながら手の中で大人しくじっとしている。私はその小さな身体をそっと胸に抱き寄せた。

 まどにゃんこと同じ、柔らかくてほんのり暖かな心地良い感触…私が自然に微笑むと、ほむにゃんこはポッと頬を赤らめて恥ずかしげに俯いた。

 

(他人のにゃんこと違って、何の気兼ねもなく抱いていられるのはいいわね…)

 

 まだ状況に慣れないのか、耳を伏せてオドオドしているほむにゃんこの長い黒髪を優しく撫で付けてやりながらそんな風に考えていると、

 

「にゃー」

「にぁーん」

「…?」

 

 先程まで二匹で遊んでいたまどにゃんことさやにゃんこが、こちらに気付いて寄ってきていた。何やら2匹で鳴き交わしながら、ほむにゃんこを見上げ指差している。

 暖かな腕の中で少しずつリラックスしてきたほむにゃんこは、声のする方へ振り向いて不思議そうに見ているが、まだ自分から声を掛けようとはしない。

 

(…そうだわ、こんなのんびりしている場合じゃなかった。早くこの子をまどにゃんこと親しくさせねば…!)

 

 本来の目的を思い出した私は、ほむにゃんこをテーブルに降ろすと、まどにゃんこ達の方に向けて軽くその背中を押してやる。ほむにゃんこはまた尻尾を握ってこちらを振り向き振り向きしながら、おずおずとまどにゃんこの方へ近寄って行った。

 

「み…みぁ…」

「にゃ♪ にゃあ~ん♪(ムギュー」

「みっ!?」

 

 小声で遠慮がちに挨拶するほむにゃんこを見て、まどにゃんこはまた新しいお友達が来たー♪ と無邪気に大喜びし、両手を広げて駆け寄るとほむにゃんこに思い切り抱きついた。そして鼻同士をチョンとくっつけ合う独特の挨拶をしてくる。

 しかし、そんな突然の急接近にビックリしたのか、ほむにゃんこはポンッと顔を真っ赤にさせるとジタバタして身体を離し、慌ててこちらに駆け戻ってくると私の手にギュッとしがみ付いてしまった。

 

「みぅー! みぅー!(ギュー」

「何してるのほむにゃんこ。ほら、まどにゃんこが一緒に遊ぼうって言ってくれてるわよ?」

 

 私に懐いてくれるのは嬉しいけれど…どうも先程から様子のおかしいほむにゃんこを、私は再びまどにゃんこ達の方に向かわせようとした。しかしほむにゃんこは真っ赤な顔のままブンブンッと首を振って、どうしても私の手から離れようとはしてくれない。

 仕舞いには段々飽きてきたさやにゃんこに「もういいから二人で遊ぼうよー」みたいに手を引っ張られて、まどにゃんこはちょっと残念そうな顔でほむにゃんこの側を離れて行ってしまった…。

 

「ありゃりゃ…ごめんね。ほむにゃんこちゃんは人見知りしちゃう子なのかなぁ?」

「そうね…どうしたのかしら」

 

 何故か申し訳無さそうにするまどかに首を振りながら、私は再びほむにゃんこを抱き上げた。今にも叱られるのではないかとビクビクして涙目になっているほむにゃんこの頭を撫でて安心させてやりながら、私は内心溜息を吐く。

 ひょっとして、私の内面的な性向である気弱さや人付き合いの苦手な所が、この子に影響を与えているのだろうか…? だとしたら一概にこの子を責める訳にはいかないけれど、でも…

 

「ねえねえ、ほむらちゃん…ちょっとほむにゃんこちゃん抱っこさせてもらってもいいかなぁ?」

「…いいわよ。はい」

「わーい♪」

 

 さっきからずっと抱っこしたそうにウズウズしていたまどかに聞かれ、私は何の気なしに承諾するとほむにゃんこを手渡した。そして再び考え事を続ける。

 このままでは、まどにゃんこのセカンドフレンドの地位も危うい…しかしまさか性格的な問題だけを理由に作り直すなんて出来る筈も無いし…一体どうすれば…

 

「はぁー、ほむらちゃんに似て美人さんだなあ…ホントお人形さんみたい…ほらほら、怖くないですよー?」

「…みぁーん…?」

「うんうん、そうだよー。鳴き声も可愛い…もうチューしちゃえ。えいっ♪(チュッ」

「みゃっ…?」

「な…っ!?」

 

 まどかの発言にハッと我に返って見ると、丁度ほむにゃんこの小さな頬にまどかの唇が軽くチュッと触れた所だった。一瞬遅れてほむにゃんこの顔が再びポンッと赤く染まる。

 ………

 …まどかの、マシュマロの様に柔らかな唇が…私ですらまだなのに…あんな子猫に先を越されて…私のまどかのファースト・ほっぺキスを、あんな猫なんかに…

 

「あ、赤くなったー。ふふっ可愛い…♪ ほむらちゃん、ほら、ほむにゃんこちゃんが…ほむらちゃん?」

 

 顔を上げてこちらを向いたまどかが怪訝そうな表情をする。私はそんなまどかにゆっくり手を差し出した。

 

「まどか…やっぱりその猫、返してもらえないかしら…?」

「え、ど、どうしたの、ほむらちゃん…何か顔が怖いよ?」

「そんな事は無いわ…気のせいよ。ほら…(ニコォ」

「ぴっ!?」

 

 何故か少し怯えた様な表情をするまどかの誤解を解こうと、私は意志の力で唇の両端を吊り上げてみせた。するとまどかは何故か更に顔を強張らせ、その腕の中のほむにゃんこも短い悲鳴の様な鳴き声を上げて全身の毛を逆立てている。

 おかしいわねえ、私の使い魔のクセに、主人である私を怖がるなんて…やはりアレは出来損ない…一度元の肉槐に戻して、最初から作り直す必要があるかしら…?

 

「私の事はい・い・か・ら…さあ、さっさとその不届き者をこちらに渡しなさい!」

「だ、ダメだよ、この子怖がってるもん…ほむらちゃん、返したらこの子を苛めるつもりでしょう?」

 

 まどかは顔を青ざめさせながらも健気に首を振り、ガクブル震えるほむにゃんこを抱いた手に力を込めてギュッとその胸の谷間に押し付ける。ああ、あんな柔らかそうなまどかの胸に、ほむにゃんこの顔があんなに強く…私なんてまだ触れた事すら無いっていうのに、あのダメ猫ったらもう…フフ…フフフ…

 

「苛める…? フフフ…苛めたりなんてしないわ…ただ…その猫ちゃんには、ちょっと教育が必要なの…そう、これは躾なのよ…」

「暁美さん、何か全身からどす黒いオーラが出てるわよ? イヤねえ、魔女化の前兆かしら…?」

「コラーほむら! 私の嫁を苛めるなー!」

「フフフフフ…サア、マドカ…」

「え~ん、ほむらちゃん、お願いだから正気に戻ってー!!」

 

 ドタバタドタバタ。

 さやかやマミを盾にしながら、ほむにゃんこを抱えてテーブルの周りをグルグル逃げ回るまどか。そんな彼女に両手を差し出した私がゾンビの如く後を追い回していると、隣の部屋の戸がガラリと開いて、中からまだ寝惚け眼の佐倉杏子が姿を現した。

 

「ふあぁ…んだよテメーらうっせえなぁ…」

「あら佐倉さん。起きたの?」

「おーマミー、腹減ったーメシはまだかー?」

「まだ夕方よ。ケーキならあるけど」

 

 黒タンクトップに短パン姿で大きな欠伸をしながら、まるでこの家の主人の様に横柄に振舞う杏子。それに平然と答えるマミもマミだけれど…

 

「じゃあこの際それでも…ん? どーしたよまどか、そんなに慌てて」

「きょ、杏子ちゃん助けて、ほむらちゃんが…」

「あん?」

 

 余計な邪魔が入ったわ…私は舌打ちするとほむにゃんこの奪還を一旦諦め、髪をファサァ…とかき上げて元のクールな自分に戻った。

 

「貴女には関係の無い事よ、佐倉杏子。…まどか、その子は暫く預けるから、落ち着くまで面倒を見てあげて」

「へ? あ、うん…」

「おっ、何だその人形。お前らのか?」

 

 まどかの腕に抱かれたほむにゃんこに気付いた杏子は、しかしまさかそれが生きているとは思わず、屈んでその小さな顔を何の気なしに指でツンツン突く。

 

「んみゃ…へ…へくしっ!」

「うおっ!? な、なんじゃこりゃー!?」

「あ、えっとね杏子ちゃん。この子達は…」

 ………………

 ………

 

 まどかの簡単な説明が終わると、何がツボにはまったのか、杏子は腹を抱えてゲラゲラ笑い始めた。

 

「んだよー、何やってんだてめーら、アタシが寝てる間に面白そーな事始めやがって…よしっアタシも混ぜろっ♪」

「えー、あんたもやんの?」

「んだよさやか、文句あっかー?」

「べつにー」

 

 …そんな訳で、何故か杏子まで参加する事になってしまった。

5.あんにゃんこを作ろう!

 

 

「あら、このお花は…」

「カーネーションね」

「ふうん、これも何か意外っていうか…」

「でも、杏子ちゃんのお花綺麗…」

「ちっ、うっせーな、ゴチャゴチャ言われたら集中できねーだろ!」

「わー形が歪んだ!? 杏子、しっかり集中してー!」

「お、おうっ…」

 

 ギャラリー達が騒ぐ中、燃える様な真紅の花弁がまだ全て開き切らないうちに、その中からやはり真紅の髪色の猫耳少女が飛び出して来た。黒いリボンで纏めたポニーテールの髪を靡かせたその小さな少女は、空中でクルクルと回転し、テーブルの上にシタッと着地する。

 

「にゃにゃーん♪」

「…杏子、あんたのにゃんこ元気良すぎ…」

「お? おー、こりゃなかなか…我ながらいい出来だぜ。このチビ共の中じゃ一番イケてるんじゃねーか?」

「何言ってんのよ杏子、私のにゃんこが一番に決まってるでしょー?」

「違うわね。まどかのが一番で、私のが二番目よ」

「ああもう、みんな可愛いってばー! あ、杏子ちゃん、あんにゃんこちゃん抱っこさせてー?」

「あんにゃんこぉ…? ああ、いいぜー」

 

 新しく生まれた子猫は、取り敢えず他の主人達の間を回されて抱っこされる。まあ私はまどにゃんこ以外興味無いから遠慮したけれど…

 

「杏子のにゃんこねえ…ま、よろしくね」

 

 最後にあんにゃんこを抱っこしたさやかが、その頭をポンポンと撫でてテーブルに戻す。するとそれを待ち構えていたまどにゃんこが早速駆け寄って来てあんにゃんこに抱き付いた。

 

「にゃあーん♪」

「にゃにゃー♪」

 

 まるで生き別れの姉妹の様に仲良く抱き合い、互いの頬をスリスリして出会いを喜び合うあんにゃんことまどにゃんこ。さやにゃんこはそんな2匹をちょっと面白く無さそうに離れて見ている。

 …まあ実際、時として甘えん坊の妹属性を発揮するまどかと、言動は乱暴でも結局面倒見のいい杏子は結構いいコンビなのよね…私の目の黒いうちは間違っても恋愛フラグなんて立てさせる気は無いけれど。

 それにしても、猫同士とはいえさすがにちょっとベタベタし過ぎじゃないかしら…

 

「にゃにゃー♪」

「…(プイッ」

 

 私が止めに入ろうかと思った時、あんにゃんこはまどにゃんこを離すと、今度はさやにゃんこに元気良く挨拶した。…しかし、直前のイチャイチャが気に入らなかったのか、さやにゃんこは返事もせずにあんにゃんこに背を向けてしまう。

 

「無視された…」

「無視されたわね…」

「なっ!? 何だよさやかー! 何で無視すんだよー?」

「知る訳無いでしょ! 私が動かしてるんじゃ無いんだから…単に聞こえなかったんじゃないの?」

 

 あんにゃんこもそう思ったのか、さやにゃんこの正面に回りこむと再びニャーニャー言って呼び掛けた。しかしまたプイッとそっぽを向かれてしまい…さすがに少しムッとしたあんにゃんこは、背を向けたさやにゃんこに近寄ると、目の前で不機嫌に揺れる青毛の尻尾をおもむろに掴んだ。

 

「あ」

「みぎゃ!?」

 

 …そしてグイッ! と思い切り引っ張る。痛みに毛を逆立て、涙目になって振り返りあんにゃんこを睨みつけるさやにゃんこ…しかし当の相手は特に悪気は無かったらしく、やっとこっちを向いてくれたーと喜びながら呑気に手を振ったりしている。

 さやにゃんこは肩を怒らせながらそんなあんにゃんこに近寄ると、その頭に付いた大きな赤毛の耳を両手でむんずと掴んだ。

 

「あっ」

「みぎゃああ!?」

 

 …そしてビローン! と思い切り左右に引っ張る。

 ………

 

「フカ-ッ!!」

「シャーッ!!」

 

 猫パンチ猫パンチ猫キック猫パンチ…!! 一瞬の間を置き、2匹の間に目にも止まらぬスピードで拳と蹴りが入り乱れ始めた。

 

「…いきなりケンカを始めたわね」

「本当に主人にそっくりね…」

「なっ…ちょっと杏子やめてよ! 何あたしのにゃんこ苛めてんの!?」

「あ、アタシが知るかよ! コイツら勝手に動いてんだ!」

「あんたのにゃんこが先に始めたんでしょうが!!」

「んだとテメー、元はと言えばテメーのにゃんこがアタシのにゃんこをシカトしやがったから…!!」

「あわわ、さやかちゃん、杏子ちゃんも落ち着いて…」

「にゃー、にゃーにゃー!」

 

 まどかとまどにゃんこが慌てて両者の間に割って入るが、主人はともかくにゃんこ2匹の闘争本能はそう簡単には収まらない。両者の闘いは次第にヒートアップして空中戦の様相を帯び始めた。

 魔法こそ使わないものの、さすが猫と感心するジャンプ力で主人達の背丈くらいまで飛び上がると、その頂点で互いにキックやパンチを繰り出し、着地すると再び飛び上がってぶつかり合う…

 しかし例え猫であっても格闘スキルはあんにゃんこの方が上らしく、さやにゃんこは次第に押され始めた。

 

「あ、危ないっ!?」

 

 リビングのスペース一杯を使ってケンカを続ける2匹を追いかけていたまどかが悲鳴を上げる。壁を使って三角ジャンプしたあんにゃんこが繰り出した高い位置からの蹴りをまともに喰らい、錐揉みしながらフローリングの床に落下するさやにゃんこ…その丁度真下にいたまどにゃんこがわたわたしながら両手を広げて受け止めようとするが、結構な勢いで落ちてくる相手にさすがにそれは無理があるのでは…

 一番近くにいるまどかの手はほむにゃんこをまだ抱えていて塞がっているし、ここは私が時間を止めて…と腰を浮かせかけた時、まどかの腕から飛び出したほむにゃんこが素早い動きでまどにゃんこの上に覆い被さった。

 

 …一瞬後、ぼすん…! という鈍い音が響き、ほむにゃんこの背中にぶつかってバウンドしたさやにゃんこの身体を、遅れてダッシュしてきたさやかの手が無事にキャッチした。

 

「ふぅ…ちょっと杏子、いい加減にしてよね…!」

「わ、悪ぃ…じゃなかった、だからアタシは別にさぁ…」

 

 さやにゃんこを抱き締めて杏子に食って掛かるさやかを尻目に、私は床に折り重なって倒れていたまどにゃんことほむにゃんこを慌てて助け起こしているまどかの側に歩み寄った。

 

「ほむにゃんこちゃん! …ねえほむらちゃん、どうしよう…ほむにゃんこちゃんが目を覚まさないの…!」

「…大丈夫よ。これくらいなら…ちょっと気を失っているだけだわ」

「ホント…?」

 

 大袈裟に目に涙を浮かべて訴えてくるまどかを宥めて安心させながら、私はキュ~…と目を回しているほむにゃんこの顔をそっと撫でた。まどにゃんこの方は後頭部に小さなタンコブが出来ているくらいで、何が起こったのかも解らずまどかの腕の中でキョトンとしている。

 

「ほむにゃんこちゃん、私のにゃんこを庇ってくれたんだね…有難う、ほむにゃんこちゃん…」

「…まぁ、私のにゃんこなんだから…このくらいは当然ね」

 

 心から感謝を込めて、ほむにゃんこにお礼を言いながら頬擦りしているまどかに、私は謙遜してみせる。

 …とはいえ、あの気弱なほむにゃんこが、とっさの判断でよくやったものだ…私が心の中でほむにゃんこを褒めていると、薄目を開いたほむにゃんこが小さな鳴き声を上げた。

 

「みぃ…?」

「あっ、ほむにゃんこちゃん気が付いた? 良かったぁ…ううっ、ほむにゃんこちゃーん!(スリスリ」

「まどか、気持ちは嬉しいけれど…あまりベタベタするのは…」

「ほら、まどにゃんこちゃんもお礼言って。ほむにゃんこちゃんが助けてくれたんだよ?」

「にゃあ…? にゃう~ん♪(ムギュー」

「み、みぃ…」

 

 どこまで理解出来ているのか判らないが、まどかの言葉にまどにゃんこは大喜びすると、ちょっと甘えた鳴き声を上げながらほむにゃんこに抱き付いた。ほむにゃんこも今度は逃げ出さずに、少し頬を染めながら微笑んで、スリスリしてくるまどにゃんこを受け止めている…先程まどかから受けた過剰なスキンシップのお陰で多少は耐性が付いたのだろうか。

 しかし、主人に良く似て甘え上手なまどにゃんこの攻勢は止まる事を知らない。すぐ目の前のほむにゃんこの頬に掠り傷があるのに気付くと、何の躊躇も無く顔を寄せて舌を伸ばし、その傷をペロペロ…と舐め始めた。

 

「にゃうーんにゃうーん♪(ペロペロ」

「っ!?」

「わわ、にゃんこちゃん…!?」

「あらあら、うふふ…♪」

 

 あまりの事態に逃げる事も忘れて、茹でダコ状態で硬直してしまうほむにゃんこ…それをいい事に、まどにゃんこは舌を耳にまで伸ばして柔らかな毛をペロペロし、そのまま毛繕いモードに突入してしまった。

 

「ど、どうしようこれ…ほむらちゃんごめんね? イヤだったら私止め」

「い、いいわよ…別に。猫のすることなんだから…気にしないで」

 

(良くやったわ! グッジョブよ、ほむにゃんこ…!)

 

 さすがに顔を赤らめて動揺するまどかに平静を装い返答しながら、私は心の中でほむにゃんこに賞賛を送った。あとは固まってないでお返しも出来る様になれば、めでたくカップル成立なんだけれど…。

 ともかく、これでまどにゃんこの親友の座は確実ね…私はまどかに見えない所で密かにガッツポーズを取った。

 

 

 

「ふぎゃ!? …び~~~~!!」

「コラッてめえ、ケンカすんのは勝手だが、無関係なヤツまで巻き込むんじゃねーよ!」

 

 ゴチン! という結構大きな音と共に騒がしい泣き声がリビングに響く。振り返って見ると、マミのリボンでグルグル巻きにされたあんにゃんこが杏子に説教されている所だった。

 

「わわっ、杏子ちゃん、叩いたら可哀想だよぉ」

「いーんだよ、ガキの躾はこんくらいで」

「でもぉ…」

 

 さすがは杏子、なかなかのスパルタ教育振りだ。でも今回は杏子の猫のお陰でほむにゃんこがまどにゃんこと親密になれたのだし、一応フォローを入れてあげるべきだろうか…

 

「杏子。私とまどかがいいって言っているのだから…そのくらいにしてあげなさい。それにその子が粗暴なのは主人に似たからよ。その子だけの責任ではないわ」

「…ちっ、わーったよ」

「…ほら、さやにゃんこも…これ持ってって仲直りしてきな」

 

 杏子が不貞腐れてそっぽを向いたのを機会に、さやかが自分の猫にポッキーを1本持たせて何やらアドバイスしている。さやにゃんこも主人から叱られたのか、少しシュンとしている様だ…

 あんにゃんこはリボンの拘束を解かれてその場に座り込み、今は頭の大きなタンコブを痛そうに撫でながら涙目でションボリしている…そんなあんにゃんこの目の前に、さやにゃんこはポッキーを無言で差し出した。

 

「…?」

「…んにゃ」

「にゃあ…?」

「にゃん…(コクリ」

「…」

 

 …にゃんこ同士の会話は良く解らない…でも一応仲直りは出来た様だ。あんにゃんこは受け取ったポッキーを半分に折ると片方をさやにゃんこに差し出し、2匹は並んで座ると仲良くポッキーを食べ始めた。

 

「やれやれ…一件落着といったところね」

「闘いの後で友情が芽生えたのかしら?」

「いや、単に可哀想でケンカする気も無くなっただけでしょ…」

6.マミにゃんこを作ろう!

 

 

 さて。まどにゃんことほむにゃんこ、さやにゃんことあんにゃんこがそれぞれ仲良く遊び始めた様子を、指を咥えて羨ましそうに眺めている少女が一人。

 私が横目で眺めていると、その少女…巴マミはキュウべえにススス…と近寄り、猫撫で声で話しかけ始めた。

 

「あのー…ねえ、キュウべえ?」

「何だいマミ」

「あの、私にも…お願いしていいかしら?」

「!? キミはさっき、マスコットはボクだけで十分だって言ったじゃないか?」

「そ、そうだったかしら…? でもね、まさかこんなに出来がいいなんて思わなかったし…私だけ仲間外れっていうのも…ねえ?」

「…さっぱりわけがわからないよ…でも、他ならないマミの頼みだ。わかったよ、ボクは甘んじてその仕打ちを受け入れるとしよう」

「有難うキュウべえ、これからも頼りにしてるわ♪」

 

何だかんだ言いつつマミの言いなりになって準備を始めるキュウべえ。マミはきっと将来旦那を口先三寸で操るいい女房になるわね…

 

 

 

 テーブルの上に咲いた6枚の黄色い花弁を持つ花を見て、まどかが小首を傾げる。

 

「何のお花かなー? さやかちゃん判る?」

「いやーさっぱり。一番詳しいマミさんが居ないんじゃね…ほむらは?」

「私もあまり詳しくないわ。でも別に容れ物の形なんてどうでもいいんじゃないかしら」

「あ、自分がチューリップだったからって僻んでる」

「うるさいわね…」

「ジャスミンじゃねーの? 茉莉花って呼び名もあるぜ」

「わ、杏子ちゃんすごい」

「…何で杏子がそんな詳しいのよ?」

「いいじゃん別に…むかーし身内にそういうの好きなヤツがいてなー」

「ふーん…」

「何か段々お花畑みたいになってきたよ…キレイ…」

 

 開き切った花弁がテーブルに落ちると、それが輝きながら更に幾つかの小さな花へと変化し、大きな蕾の周りに色とりどりの花園の様な空間が生まれていく…こういう不要な部分の演出にも無意識に凝る辺りがいかにも彼女らしい。

 やがて幾重にも重なった蕾の中から、両膝を抱えて座った黄色い髪の猫耳少女が姿を現す。特徴的な縦ロール髪の再現も見事なその小さな少女は、目を開き立ち上がると足元の花畑をふわりと飛び越えて主人の前に進み、スカートの両端をチョンと摘んで腰を落とし優雅にお辞儀をしてみせた。

 

「にぁ~ん♪」

「わぁ、マミにゃんこちゃん綺麗~♪」

「いやー、さすがはマミ先輩のにゃんこっすねえ」

「ふふふ…有難う。これでやっと5匹揃ったわね」

 

 マミの抱き上げたマミにゃんこを囲んで後輩二人が口々に誉めそやしていると、他のにゃんこ達も早速ワラワラと周囲に集まってきた。マミがフローリングの床にマミにゃんこを降ろすと、5匹のにゃんこ達は互いにニャーニャー言い合って挨拶を交わす。

 

「にゃぁ~ん♪(ポフッ」

「にゃっ? …にゃぁ~♪(ポフッ」

 

 そのうち一番人懐こいまどにゃんこがマミにゃんこの大きな胸に抱きついて顔を埋めスリスリし始めた。それを見たさやにゃんこも辛抱堪らず同じ様に抱き付き、マミにゃんこはそんな二人を「あらあらウフフ」みたいな表情で優しく見守り、頭を撫でてやったりしている…。

 あんにゃんこはさすがに抱きついたりはしないが、さやにゃんこを取られてしまったので「ちぇー」みたいな顔で指を咥えていた。

 

「マミにゃんこちゃんはやっぱりみんなのお母さんだねー♪」

「ふふ、嬉しいわ。こんな可愛い子供達に囲まれて…マミにゃんこは、生まれた時からもう一人じゃないのね…何て素晴らしい事なのかしら…(ホロリ」

「マミさん…(ホロリ」

「…一番最後に作ったんだから当たり前でしょう。まどかも、何貰い泣きしているの」

「え、だってマミさんが…私、本当に良かったなあって…」

「いいから。正気に返りなさい」

 

 違うベクトルで感動しているマミと、何故か釣られているまどかを正気に戻していると、少し離れて遠慮していたほむにゃんこがおずおずとマミにゃんこ達に近づき始めた。

 

「…? にゃあーん♪(チョイチョイ」

「!? …み、みぃ…」

 

 気付いたマミにゃんこに笑顔で手招きされると、ほむにゃんこはポッと頬を染めながら更に寄って行き…すぐ側まで来ると、モジモジするほむにゃんこの頭をマミにゃんこは手を伸ばして優しくナデナデし始めた。

 ほむにゃんこはホワーンとした表情になって、たちまちマミにゃんこに擦り寄り懐いてしまう。

 

 …つい先程、まどにゃんこと仲良くさせるのにあれ程苦労したというのに、何なのかしらこの差は…恐るべしマミにゃんこ…

 あの子猫のくせにやたら豊満な胸の膨らみが、他のにゃんこ達を魅了してやまない母性パワーの源だとでもいうのかしら…?

 

「ねえねえ、ほむらちゃん」

 

 私がマミにゃんこの胸をじーっと見つめていると、傍らに居たまどかが私の服の袖をクイクイと引っ張ってきた。

 

「? どうしたの、まどか」

「私思ったんだけど…にゃんこちゃんの身体のスタイルって、別に私達そっくりにしなくても良かったんじゃないかなぁ?」

「…というと、どういうことかしら?」

「えっとだから、例えば…お胸の辺りを、もうちょっと…ふっくらさせたりとか…」

 

 恥ずかしそうに小声で言いながら、マミにゃんこの胸の辺りをチラチラと見つめるまどか。

 …貴女もなの…?

 

「私…もう一回やり直してみようかなぁ」

「…止めておきなさい」

「えー、どうして? だって…」

「そんな事をしても空しくなるだけよ。それに」

 

 私は反対されて不満そうな表情をするまどかに首を振ってみせると、その目をじっと見つめた。

 

「まどかもまどにゃんこも、今のままで十分魅力的よ。妙な背伸びなんてする必要は無いわ」

「そ、そうかなぁ…?」

「それに、胸なんて只の脂肪の塊に過ぎないもの…大きさなんて気にしなくてもいいのよ」

 

 半ば自分に対して言い聞かせる様に言葉を続ける。私はともかく、まどかの小柄な身体には今くらいのサイズがベストフィットだと本気で思っているので、別に嘘をつく必要は無かった。

 私の真摯な気持ちが伝わったのか、まどかはやがて納得した様に頷くと、恥ずかしそうに微笑んでこちらを見上げる。

 

「…うん、そうだよね…わかった。有難うほむらちゃん。にゃんこちゃんの胸を魔力で無理矢理大きくしようなんて…私間違ってたよ」

「分かってくれればいいの。まどかは素直ないい子ね…」

「ほむらちゃん…」

 

 いい雰囲気でお互いを見つめ合う私とまどか…

 

「ちょっとぉ、誰が脂肪の塊ですって?」

 

 …そのまどかの後ろで、こちらを振り返ったマミが唇を尖らせながら睨みつけて来ていたが、私は気付かない振りをした。

 

 

 

「全く、失礼しちゃうわ…ん? どうしたのマミにゃんこちゃん?」

「にぁーん?」

 

 憤慨していたマミは、自分を呼ぶ鳴き声に気付いて前に向き直った。テーブルを見ると、マミにゃんこは主人の顔を見上げて鳴きながら、お盆に盛られた菓子類を指差している。どうやら自分達も食べていいかと聞いている様だ。

 

「あら…そうね。うっかりしていたわ…そうよね、貴女達は生まれたばかりなんだから、きっとお腹空いてるわよね…」

 

 見れば確かにまどにゃんこもほむにゃんこも、クークー鳴るお腹を抱えて若干ひもじそうにしている。先にポッキーをポリポリ食べていた杏さやにゃんこは平気そうだが…

 

「それじゃあ、ちょっと遅くなったけれどお茶の時間にしましょうか。紅茶が少し冷めてしまったけれど…でも、にゃんこちゃん達に飲ませるのならこれくらいで丁度いいかも知れないわね」

「あ、マミさん、私お皿並べるの手伝います!」

「にゃぁーん」

「マミにゃんこちゃんも手伝ってくれるのね? じゃあ鹿目さんと一緒にお願いね♪」

「マミー、アタシはケーキだけじゃやっぱ足りねー! 何か作ってくれー!!」

「はいはい、すぐ作れるのはパスタくらいだけどそれでいいかしら?」

「…じゃあ、私はこのケーキを均等に5等分するわ…」

「いやいやいや、いくらほむらでもそれはちょっと難しいでしょー?」

「72度の角度で切ればいいの…簡単よ」

「6つ切りにして2個アタシが食ってやってもいいぜー♪」

「…杏子、あんたも食ってばかりじゃなくて何か手伝いなよ…」

 ………………

 ………

 

 マミの一声で始まったお茶会の準備は滞り無く進み、やがてテーブルに並べられたお皿の前で各人思い思いにお茶とケーキを楽しみ始めた。杏子はあんにゃんこと一緒に大皿に盛られたナポリタンをガツガツ食べてるし、さやかとまどかはお喋りしながらそれぞれのにゃんこにお菓子を食べさせたり、紅茶を飲ませたり…マミにゃんこはトングを器用に使ってプチケーキやクッキーをお皿に配ったりしている。本当に主人に似て世話好きな猫の様だ。

 

「いつまで怖がってるの。もう何もしないから、落ち着いて食べなさい。ほら、零してるわよ…?」

「みゃ…みぁ…」

 

 私もやっとまどかから取り戻したほむにゃんこを膝に乗せ、スプーンに掬ったマミお手製ワインゼリーを食べさせている…のだけれど、ほむにゃんこはまだ先程の恐怖感が残っているのか、ビクビクチラチラと落ち着き無くこちらを見上げながら食べるので、すぐ服に零したりしてしまう。優しく嗜めながらナプキンで服や口元を拭ってやると、そんな風に世話を焼かれるのがそれはそれで恥ずかしいのか、赤くなって俯いてしまったり…可愛いけれど正直ちょっと面倒くさい。

 

(…この子の髪を三つ編みにして眼鏡を掛けさせたら、さぞや似合うでしょうね…)

 

「えへへ」

 

 ふと気付くと、テーブルの端に腰掛けて両脚をブラブラさせながら、あ~ん、と大きな口を開けているまどにゃんこに、こちらもマミ手作りのレアチーズケーキを切り分けて与えているまどかが、私の方をじーっと見つめていた。

 

「? どうしたの? こっちを見てニヤニヤしたりして」

「ううん、何でもなーい♪」

 

 …まどかったら、何なのかしら。ヘンな子ね…

 

 

 

 ちなみにキュウべえは床でカリカリを食べている。私の哀れみの篭った視線に気付いたのか、キュウべえはカリカリの盛られた皿から顔を上げこちらを向いた。

 

「何だいほむら、この栄養価の高い食物を分けて欲しいのかい?」

「遠慮するわ」

「そうか…ねえほむら、ボクにはさっぱり違いが判らないけれど、その愛玩用の個体は、そんなにいいものなのかい?」

「まあ…そう、ね。悪くはないわ。あなたに言わせれば無意味で非効率的な存在なのでしょうけれど…まどかの様な女の子は、案外こういった物を喜んだりするものよ」

「なるほど。そういう事なら、次の契約交渉の際にセールスポイントとして提示するのもいいかも知れないね」

 

 …この生物は、早速これを自分の営業に生かす道具として考え始めている…妙に協力的だと思ったら、全く油断のならない…

 願わくば、にゃんこ欲しさに自分の命を差し出す様な愚かな少女が居ませんように。まさかいないとは思うけれど…

 

 

 

 …まあ、そんなこんなで。

 私達魔法少女に、新しい仲間となる魔法にゃんこ達が加わったのだった。

エピローグ・にゃんこと帰ろう:

 

 

 帰り道。街灯に照らされた道路脇の歩道を、まどかと肩を並べて歩く。

 

「はぁ~、にゃんこちゃん可愛いよぉ…」

「もう…同じ台詞を何度言えば気が済むのかしら」

 

 パンを入れるのに使う様な小型のバスケットを抱えたまどかが、何歩か毎にその中を覗き込み、柔らかなタオルに包まれて眠るまどにゃんことほむにゃんこの寝顔を眺めては同じ言葉を繰り返すので、私は苦笑した。

 

「えへへ…だって可愛いんだもん」

「この子達の為にも、魔女退治を頑張らなきゃね」

「うん…」

 

 まどかは頷きながらそっとバスケットの中に手を伸ばす。にゃんこに触りたくてウズウズしている様だが、寝ている猫に悪戯してはダメよ、と別れ際にマミに言い聞かされたので、どうにかガマンしている。

 代わりに2匹の上にタオルを掛け直したまどかは、そういえば、と言いながら顔を上げて私の方を向き、可愛く睨みつけてきた。何かしら…?

 

「ほむらちゃん、英語の授業の時、私にイタズラしたでしょう?」

「…さあ。何の事か判らないわ」

「ウソ! あれ絶対ほむらちゃんの字だもん。あんな事出来るのほむらちゃんだけだし…」

 

 字で私だと判ってくれるのね…そう思うと私は嬉しくなった。まあ度々ノートを貸しているのだから当然だけれど…

 

「居眠りしている隙に早乙女先生が書いたんじゃないかしら」

「先生はそんな事しないよぉっ! 居眠りだって今日はしてないもん!」

「大体、授業中に落書きなんてしてるから、授業内容について行けなくなるのではないかしら? 魔法少女だからというのは言い訳にはならないわ…もっとちゃんとしないと」

「うー…でも、今日のはちゃんと役に立ったし…放課後までに、ほむらちゃんや他のみんなを可愛く描きたかったんだもん…」

「…まどか…」

 

 頬を膨らませて可愛く拗ねてみせるまどかに、私はそれ以上小言を言う気にはなれず、フッと表情を緩めた。

 

「まあ…そうね。お陰で、こんな可愛い子達を連れて帰る事が出来たんだし…これは確かにまどかのお手柄ね」

「ねっ? そうでしょー?」

 

 全く…その熱意の何分の一かでも学校の勉学に振り向けてくれれば、明日のテストだって余裕で…

 

「そういえば…まどか」

「? なあに、ほむらちゃん?」

「結局テスト勉強はしなかったけれど、良かったのかしら?」

「あ」

 

 解散時刻ギリギリまでにゃんこ達と戯れていて、今日の集まりの真の目的などすっかり忘れていた様子のまどかは、私の指摘にその場で固まると、ギギギ…と音がしそうな動きで私を振り返り、涙目になった。

 

「うぅ、全然良くないよ…どうしよう、また赤点取っちゃうよぉ…」

 

 そして、明日の悲惨な結末を脳内シミュレートしてさめざめと泣き始める。

 

「あー…うー…」

「はぁ…仕方が無いわね」

 

 結局いつものパターンね…私は溜息を吐きながら自分の鞄を探り、一冊のノートを取り出すとまどかに差し出した。こんな事もあるだろうと思って休み時間に用意しておいたのだ。

 

「ほむらちゃん、これ…」

「明日のテストの範囲が纏めてあるわ。とりあえずこれを明日までに暗記しておけば、赤点は免れる筈よ」

「わぁ…ありがとう! ほむらちゃん大好き!」

「ひゃっ? ちょ、ちょっと…まどか…」

 

 私の言葉を聞き、受け取ったノートと私の顔を見比べていたまどかは、パアァ…と表情を明るくすると、バスケットを置いていきなり私の首根っこに抱き付いてきた。

 思いがけず密着したまどかの柔らかな身体の感触に、私はドギマギしてしまう。

 

「ん~、やっぱりほむらちゃんは私の最高の友達だよ~…♪」

「…もう、調子のいいことばかり言って…次からはちゃんと自分でやるのよ?」

「えへへ、はぁい…」

 

 まどかは舌を出して素直に頷いてみせるが、きっとすぐに忘れてしまうだろう。まあ、こんな役得もある事だし、私は一向に構わないけれど…

 まどにゃんこも可愛いけれど、やはり本物のまどかの方が数段可愛い…再び歩き始めながら、復活したまどかの笑顔を横目で眺め、そう素直に思えてしまう私なのだった。

おまけ1:

 

 

作中に出てきた花とそれぞれの花言葉。

春の花から色と花言葉を見てパッと選んだので、多分もっといいのがあると思います。もっと各キャラにお似合いの花があれば教えて下さい。

 

桃          … 「天下無敵」「チャーミング」「私はあなたのとりこ」

 

竜胆         … 「あなたの悲しみに寄りそう」「誠実」「正義」「悲しんでいるときのあなたが好き」「貞節」「淋しい愛情」

 

チューリップ(紫)  … 「不滅の愛」

 

カーネーション(赤) … 「母の愛」「愛を信じる」「熱烈な愛」「哀れみ」

 

ジャスミン(黄)   … 「優美」「幸福」

 

 

おまけ2:

 

 

「お待たせー」

 

 自宅の玄関から出てきたまどかが、小さな籠を持って駆け寄ってくる。まだ学校の制服のままなので、急いで戻って来たのだろう。私は首を振ると、2匹のにゃんこの入ったバスケットを地面に置いた。

 まどかはバスケットの側にしゃがみ込むと、中に手を伸ばしてスヤスヤと眠るまどにゃんこを起こさない様、そーっと抱き上げて持ってきた籠の中に運んでいく。

 

「パパがね、送ってくれたお礼にお茶でも飲んで行きませんかって」

「それはとても魅力的なお誘いね。でも、今夜は遠慮しておくわ。マミの家でご馳走になったばかりだし、それに早くこの子を連れて帰らないと」

「そっかー。ざんねん」

「お父様には宜しく言っておいて」

 

 まどにゃんこを移し替え終わったまどかが、新しいタオルをその身体にかけてやりながら頷く。

 社交辞令も一段落着いた所で立ち上がるかと思ったのだが、まどかは相変わらずしゃがんだまま、バスケットに残されて眠り続けるほむにゃんこをじ~っと見つめている。

 

「? どうしたの? まどか」

「二人きりになったら、またほむにゃんこちゃんの事苛めたりしない…?」

 

 …心配そうな顔で、何を気にしているのかと思えば…一体何時間前の話をしているのだろう。私はまどかに向かって首を振ってみせた。

 

「そんな事はしないわ。この子がちょっとまどかとベタベタし過ぎていた事なんて、もう全然気にしていないもの」

 

 フフフフフ…私がクールな笑みを浮かべてまどかに保証していると、何故か籠の中のほむにゃんこが身悶えしてうにゃ~うにゃ~とうなされ始めた。

 

「もー、やっぱりまだ気にしてる。あれは私が勝手にしたんだから、ほむにゃんこちゃんは悪くないよ」

「勿論よ。まどかは何も悪くないわ」

「ほむらちゃん人の話聞いてる?」

 

 むー。まどかは何やら唸りながら考え込んでいたが、不意に顔を上げると私の肩をグイッと強く引っ張ってきた。

 屈んだ格好で急に引っ張られ、バランスを崩した私にまどかは身体を寄せてくる。そして…

 

(チュッ)

 

 ………

 

「…はい。これでおあいこね。だからもう苛めちゃダメだよ? じゃあおやすみっ」

 

 ………

 ………ええと…今、何か…暖かくて柔らかなものが、頬に…

 私が急に上手く働かなくなった頭をゆっくり巡らせていると、家の玄関まで駆けて行く途中で「あっ」と呟いたまどかがクルッとこちらを振り向いた。

 

「今の、みんなにはナイショだよ? …じゃあまた明日学校でね~♪」

 

 唇の前に人差し指を立てて、可愛らしく私に口止めしてみせると、まどかはほんのり染まった顔で照れ臭そうに笑いながら手を振り、今度こそ自宅へと戻って行った。

 その姿が見えなくなるまで見送った後、私はバスケットを持ってゆっくりと立ち上がる。もう片方の手でまだ少し感触の残った頬に触れると、そこは妙に熱を持っていた。

 

「…言える訳ないでしょ。バカね…」

 

 誰も居ない玄関先でポツリと呟く。おあいこと言うなら、私がまどにゃんこにキスするのが正しい形でしょうに…本当にあの子は、考え無しで行動するんだから…

 

 …でも。お陰でまた一つ素敵な思い出が出来たわ。生きてるって本当に素晴らしい事よね。まどか…

 私は踵を返すと、足取りも軽くスキップしながら家路についた。

 とりあえず今夜は顔を洗わずに寝よう…そんな馬鹿げた考えを頭に巡らせながら。

おまけ3・にゃんこと帰ろう2:

 

 

 

 ゆらゆら…と揺れる不思議な心地で私は目を覚ました。うっすらと目を開け、暖かなタオルの中でウトウトしながら、耳だけを動かして辺りの気配を探る。

 そこは小さなお部屋みたいで、周りには誰もいない…ちょっと不安になった私はモゾモゾ身体を起こすと、薄暗い部屋の様子をキョロキョロ見回しながら心細い鳴き声を上げた。

 

「みぃー…みぃー…」

「あら、起きてしまったのね。もう少し眠っていても良かったのに」

 

 上から降ってくる声に見上げると、長い黒髪の女の人が大きな紫の瞳でこちらを見下ろしていた。ご主人さまだ。桃色の髪の子は自分のご主人さまをママって呼んでたけど、私はそんな風に呼ぶのはちょっと恥ずかしいので、普通にご主人さまと呼んでいる。

 …そうだご主人さま、あの桃色の子はどこへいったの?

 

「みぁーん?」

「どうしたの? お腹が空いたの?」

 

 違いますご主人さま、お腹は空いてないです。私は首を振って更に尋ねた。あの子はどこ? あの子はどこ?

 

「みぁー? みぁー?」

「どうしたというの、もう…あぁ、まどにゃんこなら、さっきまどかとお家に帰ったわよ。だから今は私とお前だけ」

 

 帰った…? もういない…? …じゃあ、もう会えないの…?

 それを聞いた私はションボリして耳を垂れた。さっきまであんなに賑やかで、桃色の子や、他にも青い子や、赤い子、黄色い子…それからそのご主人さま達がいっぱい居て一緒に遊んで楽しかったのに、眠っている間にみんなみんないなくなってしまった。

 そして、もう会えないのかも知れない…そう考えていたら急にとても寂しくなって、悲しい気持ちになって、涙が勝手に溢れてきてポロポロと零れ落ちてしまう。

 こんなことになるなら寝るんじゃなかった。眠いのガマンしてもっといっぱいみんなと遊んでいればよかった…お別れの挨拶もできなかった…

 

「…っ…みぅ…みぅ…」

「? 何を泣いているの。バカね…まどにゃんこ達となら、また明日会えるわよ?」

 

 ちょっとビックリしたみたいな声と共に、泣いている私の上にご主人さまの手が伸びてきて、そっと頭を撫でてくれる。私は目に涙を溜めたまま顔を上げた。

 ホントに…? ホントに明日またみんなと会えるの…?

 

「…みぁ…?」

「ええ、本当よ。そんな事で嘘をつく訳が無いでしょう?」

 

 頷くご主人さまの言葉を聞いて、私はやっと安堵した。よかった…お別れじゃなかった。また明日会えるんだ…また一緒に遊べる…よかった…

 ホッと一安心すると、そんなことで泣いていた自分が恥ずかしくなって、私は顔が熱くなってきてしまう。慌てて服の袖で涙をゴシゴシ拭いていると、頭を撫でてくれていたご主人さまの手が私の身体をそっと包んで、そのまま部屋の外までゆっくり持ち上げられた。

 

「起きたら独りぼっちだったから、寂しくなってしまったのね…? 大丈夫よ」

 

 ご主人さまの胸にギュッと抱っこされて、再び頭を優しく撫でられる。ご主人さまの静かで、優しい声…怒るとすごく怖いけれど、今は機嫌がいいみたいだ。

 暖かな腕の中で自然に身体の力を抜き、耳をそっと胸に押し当てると、トクン…トクン…というご主人さまの鼓動が聞こえてくる。目を閉じてその音にじっと耳を澄ませていると、何故だかとても心が安らいだ。

 今は二人きりだけれど、でも別に寂しくない。とても暖かくて、とても優しい手に愛されていて、とても安全に守られている…とても幸せ…

 私はしばらく喉をゴロゴロ鳴らして、ご主人さまの胸に甘えていた。

 

 

 

「…?」

 

 再び歩き始めたご主人さまの胸に顔を埋めてクンクン匂いを嗅いでいると、そこからご主人さまとは違う別の匂いがするのに私は気が付いた。誰の匂いだっただろう…? つい最近嗅いだような…

 少し考えて、私はそれがあの桃色の子のご主人さまの匂いだと思い当たった。しばらく抱っこされていたとき、私は何故かとてもドキドキして、桃色の子にペロペロされてしまうのと同じくらい恥ずかしい気持ちになってしまったのだけれど…

 でも今、ご主人さまの身体からその匂いがするのは何となく落ち着かなかった。私はご主人さまの胸に顔と身体をぐりぐりと押し付けて、自分の匂いを付けていく…これで安心…

 そう思っていたら、何か上の方からも同じ匂いがしてくる…私はクンクン鼻を鳴らして匂いを気にしながら、ご主人さまの服に爪を立ててゆっくりと上に這い登っていった。

 

「…? どうしたの?」

「みぁーん」

 

 ご主人さまの肩までよじ登った私は、怪訝そうにこちらを見るご主人さまに鳴いて返事をしながら立ち上がると、間近に迫ったご主人様の白い頬に顔を寄せて匂いを嗅いだ。やっぱりあの人の匂いがしてくる…ここにも自分の匂いを付けなくては…

 

「こ、こら…そこはダメよ。こっちに居なさい」

 

 …でも、伸ばした舌先が触れる直前にご主人さまに止められて、身体を掴まれ…そのまま反対側の肩の上に移されてしまった。

 どうしてダメなんだろう…? 私はちょっと不思議でちょっと不満だったけれど、ご主人さまがそう言うのなら仕方が無い。

 代わりに、私は反対側の頬に顔をすり寄せてグリグリ擦り付けると、少し甘えた声でご主人さまを呼びながら舌でペロペロと柔らかな頬を舐め始めた。ご主人さま…ご主人さま…

 

「みぁ~う…みぁ~う…」

「ふふ…くすぐったいわ。お前達は本当にそうするのが好きね」

 

 違いますご主人さま。舐めるのが好きなんじゃなくて、ご主人さまが好きなんです。だから別の人の匂いがするのがイヤなんです。

 私は鳴いてそう訴えるけれど、ご主人さまはただ微笑んで小首を傾げるばかり。でも一応匂いは誤魔化せたので、満足した私はご主人さまの肩に腰掛け、喉を鳴らしながら夜の街を歩くご主人さまの視界を特等席から一緒に眺めた。

 ここからだと街の明かりがきらきらと輝いているのが良く見えて、とてもキレイ…

 ………………

 ………

 

「…へくちっ!」

 

 ぴゅー、と肌寒い風が吹いてきて、私はブルッと震えると小さなクシャミをした。慌てて尻尾を引き寄せると、ふかふかの毛を両手でギュッと胸に抱いて暖を取る。

 

「夜風はまだ冷えるわね…。お前もいつまでもそんな所に居ると風邪を引くわ。ほら…お家に着くまでもう少し眠っていなさい」

「みぅ~…」

 

 ご主人様に窘められて、私は不満げな声を漏らし首を振るけれど、結局また抱きかかえられて元の場所に戻された。最初お部屋だと思ったのは、ご主人さまが手に提げた大きな籠の中だったみたい。

 元通り寝かされて身体にタオルを掛けられ、最後にもう一度頭を撫でてくれると、ご主人さまは籠の蓋をパタンと閉じる。暗くなった籠の中で何となくまたションボリするけれど、仕方ない…私はタオルを頭から被って目を瞑った。

 

 …闇の中。落ち着いてタオルをクンクン嗅ぐと、そこからあの桃色の女の子の匂いがしてくるのに気付く。私はキュッと身体を丸めてタオルを抱き締めた。

 私の服や髪についたご主人さまの匂いと、タオルについた桃色の子の匂い…二人ぶんの匂いに包まれた私は、少し安心した心地になって再びウトウトし始める。

 私は今独りだけれど、もうあんまり寂しくない。すぐ側に大好きなご主人さまがいて、そして明日にはまたみんなと会える。だから…大丈夫。

 

 これから行くご主人さまのお家はどんな所だろう? 明日はみんなと何をして遊ぼうか。あの桃色の子は、また私に抱きついてペロペロしてくるのだろうか…?

 …明日は私も恥ずかしがらずに、勇気を出して…少しはお返ししてみようかな…

 ………………

 ………

 

 

 

 ゆらゆら…と優しく揺れる揺り籠の中で、大好きな人たちの匂いに包まれて。

 いろんな想いに心を揺らめかせながら、私はいつしか、幸せな明日の夢をみた。

 

 
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