No.275190

とある舟幽霊の過去回想

村紗の過去話を自分なりに膨らましてみました。「グゼ」は舟幽霊の別名ですが作中では区別するために使ってみました。タイトルは「とあるムラサのオールドヒストリー」と読んでください。間違えて消してしまったので、再投稿しました、申し訳ありません

2011-08-16 13:03:39 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:745   閲覧ユーザー数:741

 向こうから小さな船がやってくる。どうやらその船に乗っているのは男一人だけらしい。男の服装などから察するに僧侶のようだ。きっと私を討伐しに来たのだろう。久しぶりな気もするが、ついこの間にも同じような輩が来たような気もする。しかしそんなことはどうでもいい。ここに私がいて、船が来る。そうしたらやることは一つ、沈めるだけだ。私は舟幽霊で、舟幽霊がすることと言えば船を沈めることに決まっているのだから。

「☓☓村の△△和尚が討伐に来た。舟幽霊よ、姿を現わせ!」

男が叫んでいる。名乗ったようだが、別段興味はない。小手調べにグゼを差し向けてやることにしよう。

「「柄杓をよこせぇ…」」

海上に何本もの青白い手が現れて、この世のものではない声を出した。

男は全く動じずにその手たちに底の抜けた柄杓を渡してやる。最早人間に良く知られてしまっている対処法である。柄杓を受け取ったグゼたちは柄杓で掬った水を入れて船を沈めようとするが、底が抜けていてはどうしようもない。

グゼたちが無力化されてしまったが、別段どうってことはない。あの程度をどうにか出来ない奴が私を退治しには来ないからだ。

「このような雑魚には興味はない。ムラサ、出て来い。滅してくれよう!」

男が私の名を呼ぶ。今まで何人もわざと逃がしてきた甲斐あって、私の名前は知られているのだ。そんなことを考えながら、私は海面に出た。

「初めましてお坊さん、舟幽霊のムラサです。短い付き合いになると思うので、名前は覚えなくて結構ですよ。まあ、既に知っているようですが」

海面に立っていたのは、彼女の背丈ほどもある巨大な錨を背負った白い着物の少女だった。男は噂には聞いていたが、多少の驚きを持ってその姿を見つめた。

「私はさっき名乗ったな。たしかに短い付き合いになりそうだ。お前を退治して、すぐにその名前を忘れてやる!」男はそう言いながら、ムラサに向けてなにやら有難そうな文句が書かれたお札を何枚も投げつけた。

飛んでくるお札をムラサはいつの間にか手に握っていた柄杓でこともなげに打ち払った。しかし払い切れなかったお札が一枚ムラサの腕にあたり、火傷のような傷を付けた。

「な…」驚いたのは男の方だった。札の多くをいともたやすく防がれたのもあるが、一番男を驚かせたのは札が当たった所がすこし焼けただけだということだった。あの札が少しでも触れれば、当たった部分から妖怪は消滅するはずだった。そのように己の法力を込めて作った札だったのだ。

「少しはやるみたいですね」火傷のようになった自分の腕を見ながらムラサは言った。

「今度は私の番です」

と言いながら柄杓を一振り

すると、今まで晴れていた空が俄に曇り、雨が降り出した。

もう一度柄杓を振る

雨が強くなっていった。

三度柄杓を振った

大雨に加え風が吹き、目の前すら見えないほどの嵐のような天候になった。

その光景を見た男は圧倒的な力の差を知って、恐慌状態に陥ってしまった。

そんな男の前に立ってムラサは、

「あんなお札だけで終わりではないでしょう。私を退治するとあれだけ啖呵を切ったのだから、まだまだ私を倒す手段を持っているのでしょう。早く使ってきなさい、そうしないと沈んでしまいますよ?」

沈めることに対する舟幽霊としての悦び、その狂気に魅入られた顔と声を男に向ける。

そのムラサの顔を見た男は必死に逃げだそうと、逃げ場の無い船の上にも関わらず後ずさりを始めた。

それを見たムラサは、

「あれで終わりだったの?威勢の割にはつまらないわね…あんたみたいなつまらない奴は魚の餌にでもなっちゃいなさい」そう言って、巨大な錨を振りおろして男の頭を船ごと砕いた。

 

 砕けた船の破片が浮かぶ海の上でムラサは一人空虚な気持で考えに耽っていた。

今まで何艘の船を沈めたのだろうか?

今まで何人の人間を沈めたのだろうか?

今まで何人が私を退治しに来たのだろうか?

今まで何人を見逃してきたのだろうか?

何故沈めるはずの人間を見逃してきたのだろうか?

なんで私は船を沈めるのだろうか…自らの存在の本質を危うくする疑問に往き当たった時ムラサは我に返った。

そして、自分が舟幽霊になった理由も船を沈める理由も忘れていたことに気付いた。

今となっては舟幽霊になった理由を忘れて、舟幽霊だからという理由で船を沈めている自分に気付いた。

なにか目的があって舟幽霊になり、その目的のための手段として船を沈めていたはずだった。それなのにいつの間にか手段が目的に、つまり船を沈めることが目的になっていることに気付いた。

ムラサは「舟幽霊ムラサ」の本質を見失っていることに気付いた。

気付いてしまった。

「舟幽霊ムラサ」としての本質を見失ったムラサはもう「舟幽霊ムラサ」としては生きられない。本質の喪失、これは妖怪の死につながる。

しかしもう一つの妖怪の存在の柱である「恐怖」をムラサは十分すぎるほど持っていた。このおかげでムラサは消えることなく存在出来たのだった。

しかし本質を失った妖怪は救われない。自縛霊である舟幽霊として海に縛られているムラサはその目的を見つけ出して達成しないと、自由になれない、成仏できない。

だから今のムラサは出口のない迷路をさまよっているのと同じ。ただ単に舟幽霊の「義務」として船を沈め続ける。そこにはもう救いが無いと分かっていても…

 

 自らの本質を失ったムラサは人々から「恐怖」されるままに船を沈め続けた。それがまた人々の恐怖を生み、その恐怖を受けたムラサが恐怖される通りに船を沈め続けるという妖怪が恐怖を得る循環を繰り返した。これは同時に「舟幽霊ムラサ」としての個性を失わせる悪循環でもあった。強大化しすぎたムラサは遂に村だけではなく一国の海上網を制圧することになった。このことに頭を悩ませる人々はとある高名な僧侶にムラサの討伐を頼んだ。その僧侶は若く美しい女性であり、飛鉢を操る法力を持ち、剣鎧童子の力を借りて帝の病を治したあの命蓮の血縁者であった。そしてその名を聖白蓮といった。その噂を聞いたムラサはそのような高名な僧侶であれば、返り討ちにすれば今以上の恐怖を得られると考えた。尤も結果としてはこの目論見は外れるのだが…。

数日後、聖白蓮と数人の船員を乗せた船がやってきた。ムラサはありったけの力で法力を破ってやろうと、グゼなどは使わずに初めから自分で相手をした。

「初めまして、白蓮さん。あなたには別に恨みは無いけど、私の為に沈んじゃって!」

柄杓を三度振り嵐を起こすと聖白蓮は何もできずに船はあっけなく沈んでしまった。ムラサが呆気にとられて沈んでいく船と船員たちを眺めていると、海中から白蓮の頭が現れてどんどん海上に出てくるのが見えた。なんと白蓮は沈んだ船とは別の光り輝く船に乗っていたのだった。

「貴方はこの舟を探していたのでしょう?」

白蓮がそう言った時ムラサは全てを思い出した。

「父さんの船、なんで…」

ムラサは父親の船に一緒に乗っている時に嵐にあったのだった。その時ムラサは荒れ狂う海に投げ出され、溺死してしまった。そしてムラサの父親に会いたいという思いがムラサを舟幽霊として海に縛り付けた。普通舟幽霊は溺死した恨みから生者を仲間に引き込もうとする怨念によってなるものであるが、ムラサは違った。船を沈めても船員を見逃したり、時としては浜に流れ着くのを助けたのは「ムラサ」の名前を広めるためだった。名前が広まればその名前で気付いた父親が会いに来てくれるかもしれない、船を沈めると言うのは荒っぽいやり方だったかもしれないが、父親にもう一度会いたいという一心からの行動だったのである。

「あなたの話を聞いて色々調べさせてもらいました。あなたの父上はあなたが海に投げ出された後、なんとか浜にたどりついたようですが、ショックから病になりそのまま亡くなってしまったそうです。そして彼の船も既に朽ち果ててしまったようです。あなたを救うためにはそのどちらかが必要と思いましたが、どちらも無くなってしまったので私の法力であなたの父上の船を創ったのです」と白蓮が説明する。

「ありがとう、私は今まで一番大事なことを忘れていたみたい…あなたのおかげで思い出せたわ」とムラサは泣きながら答えた。

「これであなたはもうこの海に縛られる必要はないわ。そして私の法力で創ったこの船は特殊な舟で操れる者がいません。そこであなたにこの船の船長になってもらいたいのだけれど…」と白蓮が頼むと、

「もちろん喜んで。私に全てを思い出させてくれてこの海から解き放ってくれたあなたの頼みを断る訳がありません。それに父さんの船の船長になるのは生きていたころの夢でした。父さんも喜んでくれるはずです」

 

「と、言うのが私と白蓮の馴れ初めなのよ」と昔話を語り終えたムラサが嬉しそうに言った。

「君は昔はかなりやんちゃというか危険な妖怪だったのだね」とナズーリンが長時間話を聞いていたために多少の疲労の色を滲ませながら言った。

「『昔はワルだった』ってちょっと恥ずかしいわね。でもそのおかげで白蓮に出会えたのだから、結果的には良かったわね」

「それで、気になる事が二つほどあるんだが…」

「なにかしら?」

「その服はどうしたんだい?今の話だと君は昔白い着物を着ていたそうだがだったそうだが…」

「ああ、これね。聖輦船の船長になってから白蓮がくれたのよ。異国の水兵の制服とか言っていたわ。可愛いからけっこう気にいっているわよ」

「そうなのか…」

(香霖堂で似たような服を見たが、店主は女学生の制服だと言っていたな…あれとは別の物だろうか?)

「もう一つは、話の中だと聖輦船は元々は今みたいに巨大じゃないみたいじゃないか。どうしたんだい?」

「あれは元々白蓮が法力で創ったもので今は私が船長をしているから、大きさとかは自由に変えられるのよ」

「そうか…でも、それじゃ君の父上の船とは言い難いんじゃないのか?」

「形なんてどうでもいいじゃない。今となっては私が船長をしていることがこの船の本質なのよ。あと有事の際には巨大ロボットに変形するのよ、非想天則とかいうハリボテとは違う本物の巨大ロボよ。どう、すごいでしょ?」

「そんな事態にはならないように祈っておくよ」とナズーリンは心底呆れた声で言うのだった。

 


 
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