No.271029

a happy ending

マ子さん

(注意事項)
・前作同様少女漫画空折となっております。
・大好きな曲を使って書かせて頂きました。作品タイトルと同じ曲名です。
・勝手な解釈の上、好きすぎて全部盛り込んだ結果まとまりのないものになっております。
・知っている方には分かると思いますが、お金はある設定です。原曲通りだと駆け落ちしか浮かびませんでした。

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2011-08-12 14:26:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:603   閲覧ユーザー数:594

 

 

「一緒に暮らそう、この部屋で。」

そう言ってどこか緊張した面持ちで告げたのはキースだった。

 

 

 

 

久しぶりの休日は当然恋人との時間に充てられた。

キースは期待に胸を膨らませながら、少しの不安も滲ませつつイワンの到着を待っている。

待ち合わせ場所はお互いの家からちょうど中間地点にある簡素な公園。

そこにただ一つだけある、二人の思い出のベンチに腰をかけていた。

今日はいつものデートではない、とっておきのサプライズを用意しているのだ。

イワン君は喜んでくれるだろうか……

一人物思いに耽っていたキースだが、それから程なくして待ち人である恋人、イワンが訪れたのだった。

 

 

軽くランチをした後は映画館へ向かう。

先日イワンが興味深そうに特集記事を読んでいた映画のチケットをこっそりと購入しておいたのだ。

このチケットをみせたときイワンは大層喜んでくれた。普段感情表現が人よりも少し控えめな彼が少年のようにはしゃぐのを見てキースも同じように喜んだ。

これがサプライズ?いやいや。

 

その後、映画鑑賞を予定通り終えた二人は夕食の買い出しに行くことにした。

もとより今日の締めくくりはキースの自宅で手作りのディナーを食べることになっていたのだ。

この界隈では裕福層が顧客となっている――キースはここのお得意様である――所謂高級スーパーに入って食材を見て回る。

「何にしましょうか?」

カートを押すキースの隣でイワンが尋ねた。

「昼はハンバーガーだったから…魚料理とかの方がいいですかね?でもお腹が空いてるならもっとがっつりした物の方が…」

食材を見つつ話しかけてくるが、自分の中で会話をしているのかどんどんと小さくなっていくイワンの声。その横顔は悩ましげに眉間に皺を寄せ少し唇を突き出している。」そんな表情も可愛らしいと思いつつキースは返した。

「予定を変更してすまないが夜はゆっくり過ごしたいから、すぐ用意できるものにしよう。」

そういってキースは出来合いの物が並ぶコーナーへ向かった。

 

それぞれに食べたいものを何点かとカット済みのバケットをカートに入れ、ドリンクは飲みきりサイズのミネラルウォーターを2本。そして甘口の白ワインを一本選んだ。

これで買い物終了かと思われたが、次に向かった先はレジではなく日用品がそろえられたコーナーだった。そこでキースは大きめのキャンドル5本とワイングラス2つをカートに追加した。

「これも買うんですか?」

おとなしくついてきたイワンは入れられた品に目を向けたあと、顔を上げ不思議そうにキースを見つめた。

「あぁ、ちょっと必要になってね。」

そう言って決まり悪そうに笑って見せたキースの表情を見て、イワンはなんだろう?と疑問には思ったが、別段追及するようなことでもないか…と自己完結させた。

買った量は多くはなかったので清算後の袋詰めはすぐに終わる。それぞれ一つずつ袋を持ち

――以前、キースが荷物をすべて一人で持って帰ろうとた際、女性扱いしないで下さいとイワンに拗ねられたことがあったのだ――キースの自宅へと向かった。

 

 

あれ?

イワンがそう思ったのはいつもの交差点を逆に曲がった時だった。

疑問を口にしようとしたその瞬間キースが先に口を開いた。

「ちょっと行きたいところがあるんだが、付き合ってくれるかな?」

こちらの顔を見ずにそう言う。

否定する要素が一つもないイワンはただ「はい。」とだけ答えた。

それからのキースはいつも以上に饒舌だった。会話を途切れさせないようにしているのだろうか。

会話が止まったことで生まれる間に、イワンの質問が飛んでくるのを恐れていたのかもしれない。

このときキースは自分が何を話しているのか良く分からないほどに緊張していた。

何か聞かれたら、どこへ向かっているのか追及されたら思わず全てを話してしまいそうだったのだ。

 

そんなキースの様子を見ていたイワンは何か感じ取ったのか、踏み込んで欲しくない話題なのだろうと納得し、またもや疑問は自分の心にしまって相手の話に付き合うことにした。

言いたくないなら言いたくないで、それでいいんだ。嫌な気はしないし。むしろなんだか一生懸命で可愛いし。

子供が母親へのサプライズを必死に隠そうとして取り繕っているみたいだなぁ。

そんなふうに思いながら隣を歩いた。

 

 

スーパーを出てから30分弱といったところだろうか。ようやくキースの足はあるマンションの前で止まった。

元々ここいら一帯は高級街と呼ばれるエリアであるのだが、その中でもここは最新高級マンションと銘打って宣伝がなされていた建物であった。

 

ここのマンション…昨日CMで見たような…

「あ、あの…」

連れてきたかった場所ってここですか?

言葉には出さずイワンは目で訴えた。それが伝わったのか、キースは照れ臭そうにうん。とだけ返し、イワンの空いている手を掴みひっぱるようにしてエントランスをくぐる。

住人はまだいないのだろうか、誰一人としてすれ違うことなくエレベーターに乗り込むとキースは備え付けられたパネルに手をかざした。

エレベーターは自室がある階のみ止るシステムで階数ボタンは存在しない。

動き出した箱の中、思考はフル回転しているがどちらもアクションを起こさなかった。

 

キースは何度もイメージトレーニングをしたにも関わらずこれからのことを考えるとどうにも落ち着かなかった。繋いだ手に思わず力が籠る。

 

快く受け入れてくれるだろうか、それとも…拒否される可能性の方が高いかもしれない…

いや、でも…。たった一言告げるだけだ、それさえ出来れば後は押せ押せで攻めていけばいい…彼は存外押しに弱いところがあるから……

……はぁ……駄目だな、イワン君の嫌がることは絶対にしないと誓っているのに。私は焦りすぎているのだろうか。

 

おとなしく連れられているからといって何も考えていないわけではない。元来勘の鋭いイワンはこれから起こるであろうことを察知していた。

…もしかしたら…いや、でも…そうだとしたらすごく…嬉しい…嬉しいけど……やっぱり駄目だ…

 

箱は稼働音を響かせているだけであったが、それも最上階に辿りつくとおとなしくなる。

ドアが開く。視線の先には直結した部屋が広がっており、一歩踏み出すとそこは人が大の字で寝られるのではないかという位に広々とした玄関があった。

未だに会話のないまま二人は奥に進みリビングへと抜ける。

「うわぁ…」

感嘆の声を漏らしたのはイワンだ。

眼前に広がったのは、茜色に染まった空とそれに照らされ同じ様にセピアに輝く街並みだった。

広い部屋には何もなくがらんとしている、一面ガラス張りの窓にはカーテンも掛かっていない、そんな状態だから余計に眺めがよくみえた。

 

部屋の中心まで来てキースとイワンは互いに向き合った。

ずいぶんと久しぶりに目が合ったような気がする。イワンに捧げる眼差しはいつだって包み込むような優しさを孕んでいたが、今は違う。

射抜くような真剣な目にイワンは心なしか息が浅くなっていることを自覚した。

全身がドキドキいっている。なぜだか初めてキースに想いを告げられた日のことを思い出していた。

あの時もこんな目をしていたなと。

 

心臓が口から飛び出そうとはこういうことなのだとこんな時に納得したキースはイワンと同様にあの日のことを思い出していた。

キースは大抵のことをそつなくこなす男だとの評価を周囲から受けている。自分自身でもそう思ってい

た。

だがイワンに関することとなるとそうはいかない。情けないことに手の平には汗がにじんでいる。ゆっくりと深呼吸をし、声が震えないように下っ腹にグッと力をいれ、見つめる眼に一層の想いを込めた。

前置きは必要ない。

「一緒に暮らそう、この部屋で。」

そう告げるとイワンは驚き眼を見開いた。

 

 

「君のそばで過ごす時間が増えたらどんなに幸せだろうかと考えていたんだ。お互い忙しい身だからね、帰る家が同じだったら素敵だなと。」

イワンはただこちらを見つめるだけで何も言わない。

「この部屋からの眺めにとても感動してね、見学してすぐに契約してしまったんだ。きっとイワン君も気に入ってくれるだろうと思って。今は何もない部屋だけど、これから二人で色々とそろえていこう…。」

次第に俯いてゆくイワンにそれでもキースは言葉を紡ぐ。

「…あぁそうだ。ここはベランダも広くてね、だからイワン君の好きな…ボンサイ…だったかな?私も手伝うから一緒にたくさん育てようじゃないか。」

「………。」

キースが口を噤んでしまえばそこは物音1つなく無音が広がるのみ。

するとそこに、水が滴り落ちる様な音が響いた。

小さいはずのそれはこの空間にはとても大きく聞こえた。

 

「…何も聞かずに決めてしまって悪いとは思ってるんだ…でも君と生活を共にできたらきっと…いや、

絶対に毎日が今以上に幸せになる。そう確信しているよ。」

俯いたままのイワンの頬をそっと両手で包みこみ顔を上げさせる。

そして涙を零すアメジストの瞳を見つめ微笑みながら、頬に添えた親指で溢れた涙をぬぐった。

「うれし泣きかな?それだったら私も嬉しいのだが…。」

違うというのは分かっている。

当初のように顕著ではなくなったが、イワンは未だにキースと恋人であることに対して何か思うところがあるらしく、時折ふと表情を曇らせるような事があった。

 

 

やはり少し焦りすぎただろうか。

イワン君の私に対する想いは十分に理解しているつもりだ。

愛されているのだと感じさせてくれるし、なかなか言葉をくれないのはとてもシャイな性格ゆえだとも分かっている。

イワン君の愛を疑っているわけではないが不安なのだ。

いつ自分の手から離れて行ってしまうかと考えると苦しくて仕方がない。だからそうなる前に、一刻も早く自分の手の内に囲ってしまおう。

逃げ場なんてない…隙も作らせない、こんなに魅力的な恋人なのだから少しでも眼を離したら、他の誰かに攫われてしまうに違いない…。そんな思いが拭えないのだ。

一生自分のそばに置いておきたいだなんて…独占欲の強い男は嫌われてしまうかな…。

 

もちろん根本にあるのは、ただ単純に好きな人とはいつでも一緒にいたいという気持ちだ。

ただその奥の奥に小さく黒く渦巻いた不純な動機が隠れていることも事実なのである。

 

 

ズッと鼻をすする音がした。

「……僕とあなたは違いすぎる…」

イワンはそう言って、またポロリと涙をこぼした。

「それは…一緒には住めないということかな?」

そう問えば、こくりと縦に頭が振られる。

しかし本人に自覚はないのだろう。その縋るような眼は自分の思いを否定して欲しがっているようにもみえた。

 

「何が不安なんだい?2人一緒の未来は幸せで温かいイメージしかわかないよ。」

キースは両手をイワンの背に回しギュッとしがみついた。

「ほら、こうして抱き合えばいいんだ。何も違うところなんてないさ、イワン君も私も同じだよ。」

そう言ってイワンの肩口に埋めた頭をあげ、おでこ同士をくっつける。

「どうか笑っておくれ、君も僕を愛してる。そうだろう?」

見つめた先の瞳はじわじわと潤いを増していった。

 

「…ぼっ…僕は……怖いんです…これ以上近づいたら、離れられなくなる…」

キースの意に反し、イワンは苦しそうな表情でボロボロと涙を零す。

そして自分を真っ直ぐに射抜く瞳に耐えきれなくなるとキースの胸に顔を埋めた。

「これ以上踏み込んだら…もう戻れない……これから…ずっと一緒にいられるなんて確証は何処にもないんです……いつかあなたが僕から離れていってしまうかもしれないっ…ふっ…うぅ……そんなの耐えられないっ…」

キースのジャケットを握りしめ、涙に震えた声色で話す。

「だから…だから……今くらいが調度いいっ…今以上に愛されることに慣れてしまったら…僕はっ……」

なんて健気で臆病な恋人なのだろうか。

告白を聞いたキースは切なさに任せてイワンを力強く抱きしめた。

 

「私よりも魅力的な人間はたくさんいる…もし離れてしまうとしたらそれは…私がイワン君に捨てられてしまったときだよ。」

キースはその時のことを想像して苦々しく眉間にしわをよせ、それを聞いたイワンからは力強く否定の言葉が飛び出した。

「そんなことありえない!…絶対離れたりなんかしないっ…ずっとずっと……一緒にいます…。」

声はだんだんと弱くなっていき最後は絞り出すように言葉を吐き出した。それとは逆に、ジャケットを掴んだ手には次第に力が籠っていった。

そんな苦しそうな姿を見せる恋人に愛しさが募る。自分を愛する故のことだと思うと何とも言えぬ気分になる。酷い男と言われるだろうか。

 

「私だってイワン君を離すつもりはないよ。二人ともしわくちゃだって言われるようになるまで一緒に

いよう。その時もこうやって抱きしめて、今も昔も何も変わらないんだってことを証明するよ。」

一旦身体の強張りをとき、また新ためてイワンの身体に腕をまわす。

「不安になったら抱き合えばいい。そのためには抱きしめ返してくれる手が必要だ。」

そう言って、イワンの手が背中に回るのを待つ。

キースは抱きしめ返してくれることを信じて疑わなかった。

そして数秒の間の後、その背中にはじわと温かな感覚が広がったのだった。

それからは何も言わずただただ抱きしめあっていた。

 

 

ぴったりとくっつけあった身体からは互いの鼓動が響いている。

心地よい抱擁に身を任せ、どれくらいそうしていただろうか。

先に口を開いたのはキースだった。

 

「二人の気持ちは同じだよ。私もイワン君を愛してる。」

「…ふっ…うぅっ……はいっ。」

小さいけれどはっきりと聞こえた声に自然と顔が綻ぶ。また泣かせてしまったようだ。

この気持ちを伝えきるにはどうしたらいいのだろうか?とてももどかしいけれど、どこか幸せでせで…残惜しかったが、身体を離して顔を見合わせる。

 

「…生まれ変わってもずっと…愛しているよ。」

証明のしようもないことだが、本当にそうなのだと心から確信していた。

見つめ合いゆっくりと顔を近づけるとイワンの瞼は静かに降ろされる。

この気持ちに嘘偽りなどないのだと、誓いのキスを送った。

 

 

私の美しい人。私のそばでどうか笑っていて欲しいんだ。

 

 

「ねぇイワン君、私と一緒に暮らそう…。」

 

 

 

 

 


 
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