ひとつの命が生きながらえるために、他の命を犠牲にすることは、往々にしてあることだ。
この村では年に一度、狩猟で獲た動物たちの魂を、天に還す儀式を行っていた。
昔ながらの土着宗教の祭りとはいえすでに観光行事化していて、祭祀場となる村の広場周辺やそこに至る道には相当数の露店が立ち並んでいた。
私も道すがらコーヒーを買って、ちびちび飲みながらやってきた。
こうも寒いと温かい飲み物が殊に旨く感じる。
適当な場所に陣取って待つことしばし。
近郊からやってきた観光客が広場を埋める頃には、あたりもすっかり暗くなっていた。
広場の中央、一段高くなったところに祭祀を執り行うために村長らが集まり、何事か話している。観光客など部外者はこの段より上に踏み込むことは禁じられているので、結界ぎりぎりで見届けることにした。
篝火が煌々と照らすなか祭りが始まった。
合唱団による鎮魂歌のあと、村長や村の長老ら祭祀を司る立場の者たちが順に祭詞を読み上げていく。朗々とよく響く声で自分たちの血肉となり、財となった獣たちに感謝と敬意を表し、来世での幸福を祈った。
私は粛然とした祭祀の一場面、一場面を正確に記録するかのように撮影していく。
心と体を引き締める清冽な空気は、祭りの夜にふさわしい。
次第に儀式は進み、最後のときを迎える。
白いローブをまとった少年少女が、灯の入っていないランプを持って順に登壇してきた。
祭壇をはじめ結界内に整然と並べられていくランプは、卵形をしたガラスの器のようで、表面をよく見てみると細かくカットされているのがわかった。
ランプを並べ終わるとふたたび鎮魂歌の合唱が始まった。
同時にランプに灯が点される。卵形の上部には穴が開いていてそこから火を入れていく。
すべてのランプに灯が点るころには、広場全体が明るく煌いていた。
揺らめく火の光は細かくきらきらと反射して、あたりに宝石のような輝きを零す。
このランプの表面にはダイヤモンドなどと同じような、計算された特殊なカットが施されていたのだろう。
周囲の観客たち同様、私もしばらく時を忘れて見入った。
徐々に光が滲んだものになっていく。
ぼんやりとした幻のような灯は、どこか温か味があってそれまでの澄んだ光とはまた別のものだった。
私はランプに注目した。なぜ灯明の様子が変わったのか、その答えはすぐにわかった。
このランプはガラスではなく氷で出来ていたのだ。
はじめは透き通っていた氷が火の熱によって溶け出し、表面を伝う水が光の屈折を変えてしまうように作られていた。
現実から夢幻へ、生から死へ。魂に見立てた灯火がその姿を変えていく。
そして、氷のランプが融け、灯が消えかかったころ、すべての火種が取り出されて篝火へと投げ入れられた。
よりいっそう燃え上がった大きな炎は、ひとつの力強い光となって暗い夜空を照らし出す。
小さく爆ぜる音とともに火の粉が宙を舞い、風にさらわれて空高く昇っていった。
火となった魂がふたたび天へと還っていく。
慎ましく生きる村人たちに見送られて。
あるべき所へと。
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2011年1月1日作。天還祭(てんかんさい)=造語。原題は「ランプ」。掲載時に変更。プロット段階で都合により人の魂から動物の魂に変更。偽らざる物語。