それからの道中、ダンジョンのトラップや危険生物の襲撃はあったものの、一向は警戒を解くことなくダンジョンを脱出し、ついにセノミまでたどり着いた。
一度昇った太陽はすでに没していた。
暗闇のなかで大鳥居をくぐったナルサワたちはすでに疲労がたまり、動き続けなければ今にも倒れそうな状態である。
そんな彼らの前に、多数の明かりが待ち受けるように灯されていた。
「おかえりー!」
「待ってたぜナル坊!」
「初仕事おめでとう!」
明かりの数に倍する人々がそこに集まっている。
驚きのあまり立ち尽くすナルサワたちだが、すぐに彼らの見知った顔を見て気づいた。
多くの冒険者だけでなく、周囲の旅籠の関係者にいたるまで――ナルサワの帰りを待ち続けていたのだ。
口々に囃し立てる中心に、カワグチがいた。
真っ先に彼のところに歩み寄ると、カワグチはナルサワの体を支えるようにしがみついた。
「よくやったな、ご苦労さん」
「カワグチさん……この人たちは?」
「別に俺が呼んだわけじゃねえ。ダンジョンキーパーが冒険者の救出に入ったからしばらくセノミを閉めるって触れを出したら勝手に集まってきやがった」
呆れるように周りを見て、それにばつの悪そうな顔をする聴衆。
ナルサワも彼らの心情をはかり、なんとなく気恥ずかしく感じた。荷物を降ろして顔を下ろす。
「まあ、奴らなりに心配してたんだろ」
「そうですね」
そう言って改めて顔を彼らに向けた。煌々と照らす明かりに心が暖められるのを感じる。
「皆さん、ありがとうございます!このとおり勤めを果たして参りました」
歓声が一段と大きく鳴り響いた。
そんな中、未だ狛犬型をしたコマが渋い顔をしてナルサワの前に出てきたのだった。
「嬉しいのはわかるが、おぬしら我々が今しがた帰ってきたばかりなのを忘れてはおらんか?だれぞこの怪我人を運ばんか!」
コマの一喝とともに、背中に抱きついているポウを見て人々は慌てたように動き出した。
その様子にポウは薄く笑みを浮かべた。
「イーストの連中は大概こうなのか?」
「いや、奴らが浮かれてただけにすぎん。気にするな」
「そうか」
屈強な男たちによって持ち上げられたポウはそのまま母屋へと運ばれていった。
この後、ダンジョンキーパーとして初の勤めを終えたナルサワのために酒宴をしようと誰かが言い始めたのを皮切りに、集まった人々は再び浮かれ出した。
血の気の多い冒険者たちはなにかと言えば酒盛りをしようとする連中である。
主役であるナルサワがいなくては話にならないと、連れて行こうとして巻くしあげる輩もいたが、さすがに今回は帰ってきたばかりということでナルサワは不参加、「やりたい奴だけが勝手にやってろ」というカワグチからの裁量が下された。
そして境内には誰もいなくなり、静かになったセノミには虫の声だけが鳴り響いていた。
ナルサワも自分の部屋に戻り、一つ溜息をついた。
やりとげたという思いが募り、吐いた息から疲労が抜け出すのを感じる。
言い知れぬ気持ちよさが体を駆け抜けるとともに、ふと床に置いた荷物を思い出した。
「そういえば……これを置いてこないと」
それはポウがこの3日間で集めたダンジョンの宝物である。
人間ひとりなら入り込めそうな大きさの袋を見て、ポウの執念深さを改めて思い浮かべるのだった。
家のため、と言った言葉に反応したあの態度。
家といえば、ナルサワにとってはこのセノミ、ひいてはダンジョンキーパーという一族のことに他ならない。
このままダンジョンキーパーとして生きていくことに不安を覚えるナルサワにとっては「家」とは漠然とした闇に他ならなかった。
その家のためにここまでできるポウは、いったい何者なんだろう。
一度持った興味は尽きることが無かった。
しかも、ちょうどナルサワの足元にはポウの元へと導く格好の「理由」がある。
「……行くか」
疲れた体に鞭打ち、大きな袋を背負ってナルサワはポウの部屋へと向かった。
†
ポウの部屋には明かりが付いていた。
閉められた障子の前に立ち、中の気配を伺うと「誰だ」と声が聞こえた。
どきりと心音が跳ね上がるが、元々この部屋に用があったのだ、と自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。
「ナルサワです。荷物を預かったままでしたので持ってました。入ってもいいですか」
「そうか、すまない。いいぞ」
「失礼します」
障子を開けて中に入る。
6畳間の部屋の中央に布団がひかれ、その中でポウが横たわっていた。
先日部屋を提供したばかりなのでポウの私物らしきものは脇に寄せてある武具のほかに見受けられない。
しかし、初めて他人の、しかも同じ年頃の女の子の部屋に入るという気がもたげてつい部屋を見渡してしまった。
持ってきた荷物をポウの私物の隣の置く。
「荷物はここに置いておきますね」
「ああ、ありがとう」
「どういたしまして。傷の具合はどうですか」
「おかげさまだ。まだろくに体は動かせんが大分よくなったと感じている」
「それはなによりです」
そう言ってナルサワはポウの枕元に座った。
「ちょっと話したい事があるですけど、平気ですか」
「多少はな。なんだ?」
「ウェストの事です。特に、あなたの家について」
「……」
ナルサワとポウはしばし目線を合わせた。
それからポウは体ごと背中を向けてそっぽを向いていしまった。
ランプの炎が芯を焦がす音だけが聞こえる。
ナルサワはぽつりと、言葉を漏らすように話し始めた。
「ご存知のとおり、私の家系はダンジョンキーパーとして、ダンジョンを管理する一族です。数年前に両親が冒険者の救出に失敗して他界し、私が跡を継ぎました。
人生50年と敦盛という歌で歌われるように、人間の寿命は50年ほどです。
私は今年で20になります。あと、30年はこのダンジョンを守り続けることになるでしょう。
それで、最近思うんです。このままでいいのか、と。30年このセノミで暮らし続けて、冒険者をダンジョンへ送り、問題があれば解決、救出に向かう。
冒険者ほどではないでしょうが、それでも危険は付きものです。自分がどんな死に方をするのだろうと思うと不安で仕方ないんです。
ちゃんとこの母屋で死ぬことができればいいんだけど、俺の両親はそれが叶わなかった。
小さい頃に両親の死体を見て、俺もこうなるんじゃないかと思うと……思うと」
「それを私に言ってどうする」
その声にはっと顔を上げる。ポウが背中を受けたままであったが、顔はこちらを向けていた。
「そんな先のことは知らん。それでいいか悪いかは後で考えるものだ。今の自分が信じる道を歩めばそれでいいだろう」
すこし辛そうに、ポウは体をこちらに戻した。
その碧眼は湖のように深く、ナルサワの心を包みこむように向けられている。
「そんな感情的にお前の私生活を話されてはこちらも話さなければならないではないか。絶対に誰にも言うなよ」
ナルサワは軽く頷いた。
一度深く息を吐き出し、ポウは話し始めた。
「私の家はこれでも貴族で、10年ほど前までは町の領主だったんだ。
だが、驕りがあったんだろうな。私が物心付いたころにはすでに傾いていて、昨日あった調度品が今日には無くなっているということがたびたびあった。
父上には商才も無かったし、母上は貴族の妻だけあってただ意味もわからず微笑むだけ。最近になって領主権も他家に譲り、家系を維持するだけで精一杯という有様だ。
ただ、兄上だけは別だった。
剣の腕がすこぶるよく、その腕を買われてウェストの聖騎士に選ばれるほどだった。私の腕前も兄上に教えを受けたからこそ、ここまで戦ってこれたのだ。
その兄上の給金でなんとかやっていけたのだが、我が家系はとことん運が尽きていたらしい。
昨年、兄上が流行り病で死んだ。
他はまだ幼い兄弟たちで、とても家を支えられる金を稼げる年頃ではない。ならば当然、一番年長である私がなんとかするしかないではないか。
生憎、体を売るほど落ちぶれてはいない。 兄上から教わった腕前でなんとかするという手があったが、女である私を雇う軍や傭兵団などはどこにもなかった。
途方にくれていたところでふと、兄上が以前話していたダンジョンというものを思い出したのだ。
遥か東、イーストというところにダンジョンがあり、そこでは一攫千金が狙える宝が山ほどあるという。
それを手に入れてウェストに送れば、家を救えるのではないかと、そう思ったのだ。
まあ、ざっと話すとこんなところだな。だからどうしても金が必要というわけだ。理解できたか」
ポウの独白を聞いたナルサワは、心に刺さったトゲのようなものを感じていた。それにそっと触れてみる。
「一つ、聞いていいですか」
「なんだ」
「いつまで続けるつもりですか」
「無論、家が再興するまでだが」
トゲが指を刺した。
指先から流れ出るものが、心の中に流れ込んで喉元からこみ上げてきそうになる。
「それでいいんですか」
「なにが」
「見たところあなたは私と同じ年頃ですよね。まだ何十年と生きるというのに、家に捕らわれなければならないなんて……」
「もう『俺』とは言わないんだな」
「茶化さないでください!」
「ふん」
見上げるポウの瞳は相変わらず深い。
ナルサワはどうしてもその瞳から顔を背けることができずにいた。
「これも自分の運命だと思っているよ。自ら決めたこと、後悔はない」
「運命……」
「そういうことだ。それにさっきも言っただろう。いいか悪いかは後で考えるんだ。今あれこれ悩んでも、決めた先で必ず『あのときああしていればよかった』と後悔するんだ。だったら、今の自分が信じてる道をひたすら進むしかない。そうすれば『あのとき自分が選んだ道だから』と思うことができる。後悔が少なくなる。それでいいんだと私は思うよ。少なくとも今は、な」
「……」
言葉は続かなかった。
いいか悪いかは後で決める。
自分が信じた道を歩くのみ。
この言葉がぐるぐるとナルサワの頭をめぐっていた。
いままでナルサワは「今の自分がこれでいいのか」と考え続けていた。しかし、それを考えるのは「今の自分」ではなく、「未来の自分」であるとして、置き換えるべきではないのか、と考えるようになった。
「未来の自分が、これでよかったと思えるのか」
未来のことは誰もわからない。守り神であるコマやカラでもおそらくはわからないのではないのだろうか。
だからこそ、今の自分が信じた選択をするしかない。
過去の自分がこれでいいと思ったから今の自分は存在する。そう思えばこそ、後悔はない。
だからこそ未来の自分が後悔しないように、自分がこれでいいと信じる道を進むのだ。
そのためになにができるか。
ナルサワは勢いをつけて立ち上がった。
「もういいのか」
「ええ。あなたのことがすこしは理解できるようになりました。ありがとうございます」
「そうか。出ていくついでにそこの明かりを消していってくれないか。ここに運んでいった者たちが付けてくれたんだが、私の体が動かないということを忘れていったらしい。眩しくて眠れないんだ」
「そうですか、それは失礼しました」
ナルサワはランプの炎を吹き消した。
とたんに明かりが真っ暗となり、月明かりだけが周囲の輪郭を浮かび上がらせるのみとなった。
ポウの体を踏まぬように注意しながら、ナルサワは廊下に出た。
「では、おやすみなさい」
「ああおやすみ」
障子を閉じる。すぐに穏やかな息遣いが向こうから聞こえ出した。
ふと庭を見ると庭に黒い道ができているのが見えた。
何と言うことはない、ナルサワから伸びた影が庭を横切っているだけである。
だが、今のナルサワにはそれが「道」に見えるのだった。
庭に向かって一歩を踏み出す。しかし影も同じ距離だけ離れ、足を入れることができなかった。
「俺は、なにができるんだろうな」
それだけを呟き、自分の部屋へと足を転換させた。
翌日からはまたセノミを開放し、冒険者を迎え、送り出す日々が始まる。
自分の周りには守り神のコマやカラ、カワグチをはじめとした大人たち、そしてポウがいる。ダンジョンキーパーとしての勤めをしながら、追々考えようと思うのであった。
了
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ダンジョンキーパーの7話。ラストです。
とりあえずは自分の持ちネタを一つ消化するつもりで書いてみました。ところどころ説明臭いのが反省点かな。もっと書き慣れしないと。
しばらくは単発のSSを上げながら次のネタを仕込む予定です。