好きになった人がいる。付き合っている人がいる。出会って120年近く、付き合ってまだ3ヶ月。初めてのデートは付き合って半月後、手を握ったのは初デートの帰り際の宿舎に着く直前。キスはまだしてない、抱きしめるのでさえあまりしない。友達だった期間が長すぎて、俺たちの恋は酷く健全で、正直なところ、男としてそれだけだとモノ足りなかった。
「……で、なんでそれを僕に話すのかな」
「だってお前、在来のリーダーだろ?」
「……」
当然だろ、と言う俺の返事に京浜東北は溜息を付き、渋めのコーヒーに口を付けた。実際、他に相談できる奴がいないってのも事実だ。常磐はからかって話にならなそうだし、ジュニアはあまり会えないし、埼京や武蔵野に至っては論外だ。頼みの宇都宮がもやもやの中心にいるから、まさか本人に打ち明けるわけにもいかない。ていうか恥ずかしい。
「でも以外だね、とっくにやること済ましてると思ってた」
宇都宮って独占欲強そうだしね、と運ばれてきたガトーショコラにフォークをさし、一口大に切って口の中へ。ちなみに俺の前にはさっきから水しかない。金欠は辛い、宿舎に帰れば宇都宮が何かしら作ってくれるのに。まぁ貸付だけど。
「俺も、宇都宮から何かしてくるかなーとか思ってたんだけど、実際何も起きないし…」
「まさか、彼もそっちの方ダメだったりしてね」
「っそんな、第二の中央?!」
いやいやそれはないだろ、とは思いつつも、直にこの目で見たことはないのでイマイチ否定しきれない。いやまさか、まさかだろ。混乱する俺を、京浜東北は面白そうな目で見ていた。
「ねぇ高崎、混乱しているところ悪いけど一つ突っ込ませてもらう」
「あ、え、何?」
「高崎と宇都宮ってまぁ、一緒に育ってきたも同然だよね?」
「あぁ」
「夢精、したでしょ彼」
「あ」
そうだ、遠い記憶すぎて忘れていた。俺たちは確かに、まだ体が小さい頃に夢精した。てことは、宇都宮がそっちがダメってことはないってこと……!何だかやけに救われた気持ちになった俺は、思わず京浜東北にありがとうと言った。
「まぁ彼がその気になるように、左手の薬指にでも何か嵌めとけば?」
最後の一口のガトーショコラを消化し、京浜東北は鞄を持って立ち上がった。ごちそうさま高崎、とにっこり笑って去る後ろ姿に、いいカモにされただけかもしれないと今頃気付いた俺は、それでも藁にすがる思いで、次のデートは薬指に何か嵌めようと決めた。
「……で、それはどうしたの?」
「へ?」
1ヶ月ぶりのデートは上野だった。といっても近くの酒屋に入って話すだけの、デートというよりは飲みに行ってるの方が正しいかもしれない付き合い。有名なチェーン店に入って少し経った頃、宇都宮がふと口を開いた。一瞬、何を言っているのかと首を傾げた俺に、その薬指、と一言呟いた。
「え、あぁその……」
京浜東北の一言から指輪をしようと思ったはいいけれど、買いに行くのは恥ずかしくどうしようかと悩んでいたところを、通りがかった常磐と武蔵野に遊ばれた。落し物の大量のビーズを組み合わせて作ったチャチな指輪は、もの凄く歪な形をして俺の薬指に収まっている。
「その、何?」
暗くてよく分からないけれど、宇都宮が密かに怒っているような気配を感じ、冷や汗をかく。こういう時の彼に嘘は付くなと本能が忠告するままに、ビーズの下りを話す俺を静かな目で見ていた。もの凄く恥ずかしいんですが。
「……で、付けてたの」
「まぁ……。付き合ってんのに指輪の一つもねぇのかよってバカにされたし」
話し終えた時、宇都宮は呆れたような溜息を吐いて酒を煽った。京浜東北のアドバイス、とは言わない方がいいかなと考えながらチラッと彼を見ると、珍しく酔っ払っているようだった。
「それで、君はお友達作の指輪を付けてのこのこ僕とデートしてる、と」
「え、あ、う……ん?」
明らかに声の調子が怖い宇都宮に、冷や汗どころではなく今すぐ帰りたい気持ちいっぱいの高崎。そんな彼をしばらく見つめた後、宇都宮は急に席を立った。
「行こう」
「え、どこに?おい、待てよ!」
さっさと会計の方へ行く宇都宮を急いで追い、店を出る。まだ8時を過ぎたばかりの上野は賑やかだ。俺の手を掴んで足早に人混みを抜ける宇都宮の後を必死で付いていき、行きついた先はジュエリーショップだった。
「お、おい宇都宮……?」
「入るよ」
立ち止まって一瞬、看板を見上げた宇都宮はスタスタと中に入っていく。後を追わないわけにもいかず、入った店内は明るかった。今まで居酒屋にいたから目に眩しい。とあるショーウィンドウの前に立つ宇都宮の背中から中を覗きこむと、そこにはシンプルな形の指輪が綺麗に並べてあった。
「あのー……、宇都宮さん?」
思わず敬語で話しかけた高崎の声に、宇都宮はチラッと高崎を見、指輪を見、高崎の左手を掴んだ。そのまま自分の左手も一緒に店員の前に付きだし、このデザインで僕らの指に合うサイズの指輪を下さい、と言い放った。
「畏まりました」
まずサイズを測らせていただきます、という店員の冷静な言葉に逆に恥ずかしくなって、サイズを測ってもらっている間、俺はずっと下を向いていた。あんなチャチな指輪でも嫉妬するんだ、なんて嬉しくなってしまったことはきっと気付かれてない。
「この……指輪は、どうされますか?」
「捨てて下さい」
もの凄く言いにくそうに歪な形の指輪の行方を聞いた店員に、宇都宮は笑顔で言い放った。いやもうそれは凄く上機嫌に。あわれ、武蔵野と常磐の渾身の作のビーズ指輪はジュエリーショップのゴミ箱行きとなってしまった。
「じゃ、行こうか」
指輪の入った紙袋を受け取り、宇都宮が笑顔で俺の手をとった。店員さんがいやに愛想よく、ありがとうございましたと言って見送るその姿に、バレてる……と思ったがまぁいいか。今は夜だし、ここは東京だ。そんなカップルがいても大目に見てくれるだろう。
連れていかれた先は、夜も更けた不忍池だった。今頃は蓮が綺麗な蕾を付け、今にも咲かせようとしている時期で、昼間ならカメラを持った人がたくさんいる。しかし今の時間帯は、池を囲むように設置された遊歩道をランニングする人がいたりホームレスがいたり、備え付けのベンチにカップルがいたりするだけの、そんな空間。
「宇都宮ー……?」
色んなものを隠すその闇の遊歩道をツカツカと歩き続ける宇都宮の後を付いていく。いったいどこまで行くのか、と思ったところで急に立ち止まった。いきなりの事に立ち止まれなかった俺は、そのまま宇都宮の背中へ、というか身長が一緒なもんだから俺のデコは宇都宮の後頭部に鈍い音を立ててぶつかった。
「っ……!」
「ってぇ!」
2人してぶつかった個所を押さえてその場にしゃがみ込む。高い身長を折り曲げて蹲る二人の横をランニングしている人が不思議そうに見ながら通り過ぎていく。宇都宮は涙目で恨めしそうに高崎を睨み、高崎は高崎でデコを抑え痛みに耐えている。
「……座ろうか」
ほどなくして回復した宇都宮が近くにあるベンチに行きさっさと座った。高崎もよろよろと立ち上がり宇都宮の隣りに腰かける。まだジンジンするデコをさすりつつ、目の前に広がる蓮の花を眺めた。そういえばここ、亀住んでるよなぁ……。
「高崎」
デコをさすりながらボーっと池を眺めている高崎の手をとりつつ、宇都宮が名前を呼んだ。その手には先ほどの指輪があり、大切なものを扱うかのような手つきで高崎の左手の薬指にそっと嵌めた。宇都宮は満足そうにそれを眺め、高崎を見る。
「どう?」
あんなビーズより、全然いいでしょ?そう言う宇都宮に、思わず顔が赤くなる。嫉妬、嫉妬。あの宇都宮が、嫉妬している。見た目には分からないけれど、これは相当気に食わなかったはずだ。だって、酔った勢いとはいえすぐに別の、自分が選んだものを買ってしまうほどの。
「あり、ありがとう」
顔を真っ赤にしてどもりながらお礼を言う俺に、宇都宮は満足そうに頷いてその唇に軽くキスをした。暗い空間、宇都宮の気配が色濃く伝わってきて、心臓が破裂しそうだ。吹き抜ける風に一瞬、気をとられた隙にまた軽くリップ音。高崎の心臓は限界だった。
「あぁぁあぁあのさ!」
「何?」
またされない内に、と必死で言葉を紡ぐ高崎に宇都宮は冷静に返した。もう酔いはさめてしまったのか、そうではないのか。もともと顔に出るタイプではないので分からない。もうどうとでもなれ、と高崎は宇都宮の左手を掴み、包みの中に残っていたもう1つの指輪を持った。
「お、俺も付けていい……?」
「どうぞ」
おずおずとした申請に、宇都宮は面白そうに笑って答えた。震える指で薬指にそっと嵌める。同じ身長、同じガタイ、なのに宇都宮の指の方が綺麗に見えるのは何故だろう。そっと離したその手は、今しがた嵌めたばかりの指輪をキラキラとチラつかせ高崎の動きを奪った。
「う、つのみや……?」
抱きすくめられて顔が見えない。そっと伸ばした手をその背中に回し、ギュッと抱きしめ返した。大好き、と耳元で声が聞こえた。
***
え、終わりが中途半端だって?いつものことです\(^q^)/
不忍池には亀が住んでらっしゃるんですよー
あと無駄にでかくなった鯉もいます
今の時期は蓮がちょう綺麗なのでぜひ一度、見に行ってみて下さい
背の高い二人がイチャコラしてるかもしれません……脳内で
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うったかです、自分のサイトにupしたものをこちらにも。誤字脱字ありましたらご報告してくださると泣いて喜びます\(^q^)/ 誤字脱字を修正して少しばかり書き加えたりなんだりしました。本当に少しですので、まぁ気付かないとは思いますが、一応報告(9/6)