No.261150

【epistula】01

水桜月さん

焔が子供の頃のお話です。漆黒ノ月に登場しないキャラクターも出ています。

2011-08-05 23:59:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:486   閲覧ユーザー数:482

 

どんなに君への思いを残しても、きっと足りはしないだろう。

それでも、許される限りは伝えたい。

 

愛してる。愛しているよ。

 

綺麗な生き方なんて、しなくていい。

汚れたって構わない。

 

君が笑っていられる世界が、そこにあるなら。

 

 

 

 

 

「いーい、焔! パパはいまから毎日、焔に手紙を書きます」

「……なんで」

「でも、いま読んじゃ駄目です」

「意味わかんない」

「パパがいなくなってから読んで下さい」

 

 呆れ顔の息子の鼻の先に、ラ・ファエルは指を立てる。

 

「パパはね、焔より先に死んじゃうから、焔が寂しくないように手紙を書くんだよ」

 

 親が子より先に逝くのは、普通に考えれば当然だと、焔は適当に頷く。

 

「お、やっぱり寂しいんだね。パパも寂しいよ、焔っ」

「暑苦しいな……」

 

 頬を摺り寄せてくる父親に、焔は溜息を吐いた。

 どうしてこのひとは、こんなにも元気なんだ。慣れているとはいえ、若干、鬱陶しい。

 

「毎日、一通ずつ。ああ、それじゃ足りないな。朝昼晩で、三通書こう!」

「そんなに書いてどうすんの」

「もちろん、君に渡すんじゃない」

「えー……邪魔だよ」

「こら。もう少し言葉を選びなさい、言葉を」

 

 くしゃりと焔の頭を撫でて、ラ・ファエルはわざとらしく溜息を吐く。

 

「俺はこんなにお前を愛しているのに、いつまで経っても反抗期なんだから」

「反抗してないから、いま俺の顔が歪んでんじゃん」

 

 ラ・ファエルが力いっぱいに頬を寄せているせいで、焔の頬は確かに歪んでいた。

 それでも相変わらず焔を抱き締めたまま、ラ・ファエルは話を続ける。

 

「いまから、手紙の読み方を教えてあげる」

「は……?」

「一年に一通ずつ読むんだよ。そうすれば、長い間、パパと話せるだろ?」

「手紙相手に話してたら、気持ち悪いじゃない」

「あーもう、何もわかってないなぁ」

 

 手を離し、焔を自分の前に立たせると、ラ・ファエルはこつんと額を寄せた。

 

「考えるんだよ。パパが残した言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返して、考えるんだ」

「何を」

「パパがどんな思いで、書いていたか」

「やだよ、面倒くさい」

「…………」

 

 ぴきっと、ラ・ファエルの額に血管が浮かぶ。

 

「ちょっ……は、はは、あはははははは! や、やめてよ!」

「パパの黄金の指先から逃げられると思ったら大間違いなんだからね!」

「くすぐった、ちょ、やめ……あははは!」

 

 思い切り脇を擽られて、焔は必死にその手から逃れようと暴れた。

 

「おっと……。本気で暴れられたら、パパじゃ敵わないなぁ」

 

 ようやく解放されると、焔は息を荒くしながら座り込む。

 涙目で父親を睨み付けるが、ラ・ファエルはそ知らぬ顔で鼻歌を歌っていた。

 

「くそおやじ……」

「ちょっと、どこでそんな言葉覚えてくるの! パパ、悲しいなっ」

 

 はぁと息を吐き、諦め顔で焔はラ・ファエルの隣に腰掛ける。

 

「ふふふふ」

「……その笑い、不愉快」

「はっはっはっ」

「…………」

 

 何を言っても無駄かも知れない。

 焔は仕方なしに、ラ・ファエルの言葉を黙って聞くことを選んだ。

 

「よしよし、素直が一番だよ」

「…………」

「パパが、これからどれだけ生きられるかはわからないけど、少なくともあと五十年くらいは生きられるだろ?」

 

 知らないよ、と口から出そうになったが閉じ込める。

 

「年に一度、パパの手紙を読むんだ。……そうだな。お前の誕生日に読むといい。その方が、パパも書くのが楽しい」

 

 うんうんとひとり納得し、ラ・ファエルは頷く。

 そんな話を長々と聞いていると、やがて睡魔が押し寄せてくる。

 焔はうとうとと首を揺らして、ラ・ファエルに凭れ掛かった。

 

「だから――――……と」

 

 すっかり眠りに落ちてしまった息子に苦笑いし、ラ・ファエルは焔を抱きかかえた。

 そっと額に口付けし、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「……焔」

 

 起こさぬよう、それでも少しだけ力を込めて抱き締める。

 愛した女と同じ色の髪。何度も何度もその髪に唇を落とし、ラ・ファエルは呟く。

 

「俺たちの息子は、いつか幸せだと笑ってくれる。そうだろう? だって俺たちは、こんなにも君を愛してる」

 

 この思いを、この子はエゴと呼ぶだろう。身勝手な願いの塊だと。

 それでも、信じているのだ。与えられた時間を悔やむことなく、生きてくれるはず。

 途絶えることなく燃え続け、神の道を照らす清浄なる焔のようにと、その名を付けたのだから。

 

「ああ……皇帝陛下、感謝します。あなたは、こんなにも素晴らしい命を救って下さった。心から感謝します。……感謝します」

 

 悲しみを知らぬ少年は、頬を濡らす男の手に抱かれ眠る。

 安らぎと愛を、深い夢の淵に残して。

 

 

 

 

 

 

 


 
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