その時代を特定するのは困難を極める。
分かっているのはいまだ年号は西暦がもちいられ――いまだ人々は争うことをやめようとはせず――いまだ人は増え続けていることだけ。
人は、ただ増え続けていた。
昨日をかえりみず、今日だけを見て、明日へ策を弄することさえせず。増えた人は大地を圧迫し、蹂躙し、搾取し続けた。
結果、大地は人を見捨て、人は大地を見捨てた。
『ソテル計画』。
人は枯渇した大地を捨て、宇宙にその富を見出そうとした。
それは大筋で成功したのだろう。高エネルギー物質、『ニュード』の発見。
果たしてそれで人類は救われたのだろうか。
否。ニュードはパンドラの箱に過ぎなかった。
ニュードは人体への高い毒性を持っていることが確認された。これは当初国際研究機関「GRF」によって隠匿されたが、後の事故でニュードとともにその事実は地上の人々の頭上に降り注いだ。
<<こちらオペレーターです。ボーダー、聞こえますか?>>
「…………」
やがてGRFの毒性隠匿、事故後の対応に不信感を抱いた人々は反GRF組織「EUST」を結成し、ニュードの汚染除去を名目にGRFとの対立を深めていく。
<<ボーダー、ブラボー8?>>
「…………」
二つの組織、そして人類はニュードというパンドラの箱の底に残されたわずかな希望を求め、衝突していった。
争いはやがて二足歩行型汎用兵器『ブラストランナー』と呼ばれる人型兵器を投入するにいたり、戦場はそれをかる『ボーダー』たちのものとなった。
<<ボーダー、ブラボー8……? こちらオペレーターです、ブラボー8聞こえていましたら応答願います!>>
「…………」
これは、そんなボーダーたちの物語である。
「あ、ああ……聞こえるよ……」
<<どうしたんですか、妙に緊張した声で……ベテランのあなたらしくもない?>>
「い、いや、いいんだ気にしないでくれ……」
<<そうですか……?>>
「……それより今日の戦場は旧ブロア市街地らしいな」
戦場への直行便。輸送機内でブラストランナーのシートに深く身をゆだね、ベテランの兵士はまぶたを静かに閉じた。
輸送機の立てる鈍重な微震が、ブラストランナーを通して男の体に伝わってくる。戦場まではあと少しだ。
強襲装備の機体をカタパルトにしっかりと固定し、屈伸姿勢のまま待機。出撃までのほんのわずかな休息。そのつかの間の安息に彼は何を思うのか。
彼の頬を汗がつたった。
<<え? ああ、はい……我々EUST側は市街地の西にコアプラントを建設し、ここを拠点として、東側GRFのコアプラントへ強襲を……とこれはすでにミーティングで聞いていますよね>>
「ああ、そうだな……旧ブロア市街地といえば、だいぶ高低差のある戦場だな……」
ベテラン兵士がそっと、つぶやいた。それはもしかしたら、彼にとって独り言だったのかもしれない。
けれどオペレーターの女性は、それに対して律儀に返事をした。
<<ええ、市街地ゆえの放棄された民家や、中央を流れる河川、それに丘と守りやすく攻めにくい地形です……>>
オペレーターは一度区切って、続けた。
<<しかし、それはあくまで通常兵器に限ってのことです……三次元的な戦いを想定されたブラストランナーにとっては、何の問題はありません。それどころか、遮蔽物の多い市街地戦はブラストランナー、特に強襲装備にとっては隠れる場所や奇襲を容易に行える、優れた環境です……と、ベテランのあなたには釈迦に説法でしたか>>
そんな風に黒髪の女性オペレーターは、冗談めかしてクスクスと笑った。相手も微笑み返しくれることを期待しながら。
けれど、ブラストランナーの中にいるベテランボーダーからの反応は予想外のものだった。
「釈迦か……祈ったら、助けてくれるかな?」
ベテランボーダーは顔中を汗だくにして、そんな弱音を吐いた。
<<……え?>>
オペレーターは耳を疑った。
あの百戦錬磨のベテランの彼の口から、そんな言葉が出るなど信じられない。
彼女がこの席についてからはじめてのことだった。これほど弱気な彼を見たことがなかった。
今回の作戦とて決して楽なものではない。いや楽な戦場など、一つとしてない。戦場は常に命の不安と隣り合わせだ。
だが、だからといってもっときびしい戦場はあったはずだ。それに今回の作戦で、彼にとってそれほどプレッシャーになるような要素は彼女には思い当たらなかった。
「なんてな、はは……釈迦は祈っても助けてくれないな、祈るなら神じゃないとな」
ボーダーは疲れきった笑いと一緒に、冗談とも本気ともわからない言葉を口走った。
<<そ、そうですね……>>
「…………」
<<あの……>>
「…………」
<<…………>>
それきり彼は黙ってしまった。
ベテランボーダーを心配する彼女は何か声をかけようとした。
でも、できなかった。
男のあまりに差し迫った様子がヘッドホンごしに聞こえてきたのだ。彼の荒く乱れた呼気を聞き取り、不安にかられたが、それ以上は彼女でも話しかけられない雰囲気になってしまった。
今日の彼はどうしてしまったのだろう。このままいつもどおり何事もなければいいのに。どうか、無事で帰ってきて。
そう、彼女は神に祈った。
「…………」
<<ブラボー8、もう間もなく目的地に到着します。行けますか?>>
「ああ、大丈夫だ……ハッチをあけてくれ……」
その通信がすぐさま輸送機の作業員にも伝達され、男の目の前の鋼鉄の扉が上下に開け放たれる。
一瞬、輸送機内部に強風が吹き荒れた。ブラストランナーの足元で発進準備のサポートを行っていた作業員たちは、手近な物につかまって風をしのぐ。
これは空と輸送機内をつなぐ儀式みたいなものだ。すぐに、やむ。
その証拠に内と外の気圧差から生じる風は、気圧差がなくなるとすぐさま止まった。
まっすぐ正面に見えるのは、見慣れた空。淡く、澄んだ青空だった。
ブラストランナーは輸送機から直接、空へと飛び出す。そして光学迷彩を利用して、地上へ降下する。
男の目にうつるのは青く澄み渡り、雲ひとつない空。今日は快晴だ。
けれど、男の表情は晴れない。
<<10カウントから、秒読み開始します……10……9……>>
(は、早くしてくれ……!)
男は心の中で叫んだ。
彼はあせっていたのだ。
<<……5……4……>>
(神よ……仏よ……悪魔でさえいい! いるならなんでもいい!)
彼は祈った。
(頼む……! どうか、この戦場だけは……今日だけは!!)
<<……2……1……発進お願いします!>>
オペレーターが言い終わると同時に、ゴーサインが出た。
ブラストランナーを乗せた、カタパルトが射出される。
男の搭乗した機体ごと、輸送機内でごく短い加速を始める。
ボーダーにとってありふれた感覚、いつもの感覚だった。この数秒間、この加速度こそが日常と戦場を切り離す役割をはたしていた。慣性の法則にしたがって、急激な加速は男の体へと負荷をかける。顔がひきつり、体がしめつけられる感覚。
ボーダーによってはその感覚を気持ちいいとさえ思う。またあるボーダーにとっては戦場への期待と過度の興奮をおさえるための、抑制剤でもある。
どちらにしてもボーダーにとっては一般的な感覚。慣れ親しんだ、重力加速。
彼とて何十回とこなした、日常。
「……うっ!?」
だがしかし、今日は違った。今日だけは違ったのだ。
今日の彼にとってその重力加速は、まるで地獄の鬼たちに意地悪な拷問を受けているようなものだった。多大な苦痛を彼にもたらした。
だが男が神仏に祈ろうと、悪魔に心をささげようとも、その加速は止まることはない。その装置に、一度走り出したものを止めるための機構はそなわっていなかった。走り出したが最後、ブラストランナーを空中に放り出すまでカタパルトは止まらなかった。
だから男はまた、祈った。一秒、一瞬、一刹那でもこの加速が終わりますように、と。
「だ……ダメ、だ……!」
男はいま一度、激しくうめいた。
額からいままでよりもさらに多くの、いくつもの汗がにじみ出している。尋常な汗の量ではない。
男は顔面蒼白になりながら、何かに耐えるようにブラストランナーの操縦レバーを強く握った。握り締めた。
(いかん、こ、このままでは……!)
これは遠い未来、ニュードを巡り――
ブラストランナーと呼ばれるロボットをかって戦場をかける、――ボーダーたちの物語である!
(いかん、このままではケツが……も、漏れる!)
- 俺のケツが、ボーダーブレイク!! -
空が見えた。
そこには青い、あおい、群青の空が広がっていた。
輸送機に設置されたカタパルトは十分に機体を加速させ、ハッチから彼のブラストランナー機外に放出させることに成功した。
ブラストランナーの戦場への投入は、一般的に空挺降下によって行われる。合わせてその際、ごく短時間ながらも光学迷彩をもちいて、無防備な空中での的からの狙撃をかく乱する施しもなされている。
もちろん今回もベテランボーダーである彼が乗るブラストランナーも、例にもれず戦場へは降下によって侵入する予定だった。そこに何の問題もないはずだった――当初は。
(うっ、うお、うおおぉぉっ、漏れる、漏れるううぅぅ!)
問題が起きたのは、ブラストランナーに搭乗したあとだった。
輸送機内でカタパルトに機体を固定し、発進までのんびりとまっているときだった。
急激に腹痛を覚えたのは。
(く、やはり昨日の夕飯……天一はまずかったか!?)
昨日の夜。
よく作戦を共にする若輩の兵士らと彼は天下一品に来ていた。
明日は作戦なので、ここは一つ先輩として景気付けおごってやろうという太っ腹な提案だ。
わかい食い盛りの兵士が誘いに乗らないわけがなかった。
「さあ、どんどん食え、今日は俺のおごりだ、がははは!」
「いいんですか、俺たち遠慮ないっすよ?」
「かまわんかまわん、若者はそうでなくっちゃな!」
「あ、俺ラーメン大盛り、こってりニンニク入りで!」
「俺はそれにライス大つけてー!」
「ギョーザ、ギョーザ、どんどんもってきてー!」
「よしよし、俺はラーメン特盛りだ!」
以上、回想終わり。
(ああ、ちくしょう、スープ全部飲むんじゃなかったー!)
いまさら後悔しても後の祭りである。
「ぐ、ぐうううっ……うう、うううっ!」
ブラストランナーが空中に投げ出され、降下を始める。
彼は降下の浮遊感に、歯を食いしばった。
ただし、決して力みすぎないように。
「はあ、はあ……あと、少し、あと少し……!」
やがて大地が近づき、浮遊感からの開放を予感させる。
着地予測地点である、コアプラント周辺の施設がくっきりと目にうつった。もう少しだ。
やがて施設が拡大されていき、モニタの中でその輪郭をはっきりしたものへと変えていく。あと少しだ。
あと1秒もない。1秒の何分の1かの時間。時間とも呼べないわずかの間――そして、地面。
――ドシン!
ブラストランナーは鈍い衝撃と砂煙と共に降下を完了した。
同時に男はいまこの戦場で、開戦を待たずして最大の山場を迎えていた。
(ああ、ああっ! 着地の衝撃でケツが、ケツが割れる!)
それは元からだろう、などというありきたりのツッコミはよそう。
なぜなら彼は本気だったからだ。どこまでも本気で、ボケている余裕などなかったからだ。
「――ッ! ……ッ、ふぅはあ、ふぅはあ……あぁ」
なんとか接敵を前にしての『-10pt』は間逃れたようだ。
その内に便意もおさまり、ベテランボーダーは一つため息をついた。
そのとき仲間のボーダーから通信が入る。モニタに映し出されたのは、昨日おごってやった若輩のボーダーだった。
短髪で、瞳は澄み渡りいかにも純粋そうな好青年である。ベテランボーダーはそんなボーダーには珍しい好青年である彼のことを気に入って、一番目をかけてやっていた。二人な歳こそ離れていたが、馬の合う名コンビだった。
おそらく彼とはどんな戦場でもうまくやっていけるだろう。彼らは永遠の名コンビだった。
<<それでベッさん(※1)、今日はどんな作戦でいくんだ?>>
「ベッさん言うな! 俺はその呼び方が一番嫌いなんだ!」
男の中で名コンビ解散フラグが立った瞬間だった。※1、ベテラン+おっさん=ベッさん。
「うっ……!?」
叫んだのがよくなかったのか、再び猛烈な腹痛が彼を襲う。
この話をお読みになられている読者諸君は、宇宙人か文字の読めるロバでもない限り人間だと思われるので説明の必要はないだろう。
人の便意には一般的に、波がある。
急激な腹痛も、あるときを境にふぅっとまるで最初からなかったかのように、消えてなくなってしまう。
しかしそれは痛覚神経の甘い罠である。奴らはかならずやってくる。第二、第三の腹痛となって。
「ぐ、ぐううぅ……ふぅ、ぐっ!」
<<ど、どうしたベッさん何かあったのか……?>>
「だ、だからベッさん、言う、な……ああっ!」
腹痛は歴戦のベテランボーダーさえも、簡単に平伏させてしまう。
男はブラストランナーの操縦席でくの字に体を折って、なんとか腹痛に耐えようとした。
だがそんなことを知るよしもない若輩ボーダー。彼はベテランボーダーの様子をモニタごしに見て、仲間の全機へ通信回線を開いて叫んだ。
<<お、おおい、みんな大変だー! ベッさんが何か苦しんでるぞ!?>>
(……!? よ、余計なことを……絶対、コンビ解散だあああ!)
ちなみにどうでもいいが、このとき[解散フラグC1]は[解散イベントB5]に昇格した。
<<えっ!? ベッさんが!?>>
<<どうしたの、ベッさん……大丈夫?>>
<<ベッさん、具合悪いなら、司令部に報告するよ?>>
「ぐっ……くぐっ……だ、大丈夫ダ、心配するなッ!」
もはや腹痛に耐えればいいのやら、ベッさんという不名誉なあだ名がもうすでにチーム内に浸透している事実に耐えればいいのやら、ベテランボーダーは極限状態での比較的どうでもいい選択を迫られることになった。
ともかく仲間に必死にウンコ我慢してるとばれるわけにはいかなかった。
ベテランボーダーとして、一人の男として、何より人として。
「す、すまん……少し休んだら行くから、お前たちは先に行ってくれ」
<<そうか? ベッさん、あんまり無理すんなよ……>>
<<ベッさん、何かあったら遠慮なく言ってね?>>
<<サポートは任せてよ!>>
<<とにかくベッさんが本調子じゃないいまは俺たちが何とかしなきゃな。みんな、まずは近くのプラントを占領しに行くぞ!>>
<<おおー!>>
長髪の優男の言葉に従って、仲間たちはコアプラントから脚部ブーストを吹かして戦場へと駆りだしていった。
「……ふぅ」
コアプラントには彼の機体を残し、あとには誰も残っていなかった。自動防衛設備だけがもくもくと周囲を警戒し、自分の責務をまっとうしていた。
周囲に仲間がいなくなったことで安心したのか、彼は一つため息をついた。
緊張がほぐれた瞬間だった。
「って、ううっ……!?」
気が緩んだばっかりに、大事な場所まで緩んでしまったらしい。
あわてて括約筋をしめて、なんとか窮地を乗り切ろうとする。
だが事態はそのときの我々の予想をはるかに裏切り、急展開を見せていた。
(や、やばい、あ……頭が、出てッ……!)
絶体絶命である。
普通の人間だったら、まずあきらめていまごろ、言い訳や隠蔽の方法を模索しているところだ。
しかし彼は違った、彼はベテランだったのだ。
そう幾多の戦場を駆けて、無敗のベテランボーダーだったのだ。
自分はなぜ幾多の戦場を駆け抜けてきた。自分はどうして生き残れた。自分はどうしていまここに立っている。
それはボーダーとしてよく考え、戦況を見極め、何より気迫で敵に勝っていたからだ。
だから、まさにベテランボーダーとしての意地を見せるのはいましかないのだ。
(そ、そうだ、こういうときは息を吸い込んで腸を膨らませて、大便が内部へ戻るための隙間をつくってやればいい!)
ベテランボーダーは長年の戦場でつちかったノウハウとはまったく関係なしに、その場の思いつきで難所を乗り切った。
「ふぅ、危ないところだった……しかし、これからどうすれば……」
とりあえず災難は去った。
しかし繰り返しになるが、奴らは必ずやってくる。便所に行かない限り、奴らはかならず地獄の底から蘇る。便意という名の悪魔たちは。
「考えろ、考えるんだ……」
作戦時間は約10分間。
ただこのまま動かずに、10分間耐えしのぐ。
駄目だ。
このまま動かずにコアニートなど、ベテランとしてのプライドが許さない。
だいたい、たとえコアニートという不名誉な称号を頂戴することを我慢したとして、だ。敵がコア凸してこない保障はどこにもない。そうなれば再びコア防衛に戻ってきた仲間と敵に囲まれた中、必死に応戦しながら――。
などと、そんなことは絶対に阻止しなければならない。それだけはあってはならないことだ。
では、あまり大きな戦闘は、特に接近戦は避けて遠くから手榴弾を投げ続けるなり、プラントの防衛をするフリを続ける。
駄目だ。
前線に出ればそれだけ接敵の機会が増える。そうなれば必然的に接近戦にうってでるしかない状況もありえよう。またプラント防衛するにしても、敵の奇襲が何よりの問題だ。我慢することに集中して周囲警戒がおろそかになっているところに敵が。そんなことになればいっかんの終わりだ。彼の括約筋が耐えられようはずもない。
そもそも10分という時間が最大の敵だ。
再三にわたり言うが、便意には波がある。これは誰でも知っていることだ。
しかしこの事実に読者諸君はお気づきだろうか。
波は第ニ、第三と回数を重ねるごとに脅威度を増すということを。
同じ腹痛でも第二より、第三のほうが。第三よりも、第四のほうが、耐えることさえ叶わぬほど、この世のものとは言えないほどの痛みをともなう。
何もせずにじっと黙って座っていようが、歩き回っていようがとてもこのビッグウェーブにあながう術はないように思う。
絶望だ。何もかも失う。
ベテランボーダーとしての評価も、頼れる先輩としての威厳も、愛機のシートも。
そしてベッさんというあだ名も。
(いや、最後のはいらんぞ!!)
どれもこれも、駄目だ。まったくと言っていいほど妙案も、稚拙な小細工さえ思いつかない。
とにかく少しでも早く、戦闘が終わってくれれば。そうすれば、なんとかなる。そう、できるだけ戦闘が長引かないようにするにはどうすればいいのか。
「……あ!」
今度こそ長年戦場を駆けてきた戦士の知識が役に立った。
彼は気がついたのだ。ベテランボーダーとしてのプライドと尊厳を守るための方法を。この戦闘を一刻も早く終わらせるための方法を。
(コア凸……!)
彼のひらめいたアイデア、それは敵コアへの強襲である。
コアプラントは味方側はもちろん、敵側とて絶対死守しなければならない最終防衛ラインである。それを破壊されるということは、それ以後の戦闘行為の中断を余儀なくされ、破壊された陣営は否応なし撤退へと移行するより他なくなる。
そう、たとえいくらブラストランナーが健在であろうとも、いくら戦況が有利であろうとも。
いくら作戦行動時間が残っていようとも。
だからこそのコア凸である。
(し、しかし尻に爆弾を抱えたままコア凸……できるのか、そんなことが?)
コア凸には、当然ながらさまざまな危険がつきものだ。
何せ、コアを破壊されれば双方それで終わりなのだから、その防衛にボーダーたちは神経をすり減らす。
まず強襲ルートの決定、敵のレーダー、センサー類、カメラによる目視から逃れ、コアプラントの防衛砲台、およびレーダードームの破壊。ここまでに時間をかければ巡回の敵機に発見される可能性が高まる。さらにコアを攻撃しはじめれば、即座に敵機へとその情報が伝達される。そうすれば当然コアへと防衛に戻ってきた敵機とはちあわせだ。
(ふ……不可能だ……)
そう、不可能なのだ。
けれど。
「うううっ、うお、おおっ!」
そんな事情はおかまいなしに腹はまた腹痛の波をおこしはじめた。
これでもう第何波であろうか。もう一秒の猶予もない。
(不可能か、可能か……ではない。これは……やるか、やらないか、だ!)
その言葉を胸中で強く叫んだときの彼は、男として輝いていた。
ただし、右手で尻を押さえてなければの話であったが。
男は操縦桿のグリップをしっかと握り締めた。
やる、俺はやると何度も胸中で呪文のように繰り返した。
あとはブーストをふかすだけ、ふかすだけだった。
「うおおおおおおおおおおお! 俺はやる、やってやるぞおおおおおお!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そのときのことを、後にEUST側のボーダーはこう証言した。
一陣の鉄の風が通った。最初は誰かがサワードコングでも撃ったのかと思った。
そうだ、それはまさに弾丸だった、と。
<<うおおおおおおおおおおお! 俺はやる、やってやるぞおおおおおお!>>
――ゴアアアアアアアッ……!
<<うわああっ!!>>
<<どうした、誰だ、この通信は……!?>>
「な、なんだぁ!」
長年ベテランボーダーと組んでいた相方の彼。みんなからは『熱血』と呼ばれていた。
その短髪の若輩ボーダーは、ものすごいブーストの音に驚いて周囲を警戒した。
この独特の音は、ほぼフルで吹かしているときのものだ。そんな状況といえば、あまり数多く思い浮かばない。
何より思いつくのは、開戦直後の敵の強襲か。
そう思ったが違ったようだ。
<<ベッさんが急に叫んで……え、嘘なにあれ!?>>
おっさんが?
そのとき熱血と仲間はコアプラントの近くにある二つのプラントを占領している真っ最中だった。まだ手前のプラントさえ占領しきっていない。この作業が終わるのはもう少しあとだ。
そんなときにこの混乱である。
どうやら通信で叫んでいたのは相方のベテランボーダーであったようだが、さっきまで調子悪そうにコアプラントにとどまっていた彼が、どうしたのだろう。
あんなに叫んで、何があったというのだろうか。
そして、彼は理解する。
「な、なんだありゃ!?」
プラント占領の手を休めて、後ろを振り返った彼の目にうつったもの。
それは、丘陵からブーストを全開にして駆け下りてくるベテランボーダーだった。
中年戦士は仲間が唖然と見守る中も、一切減速しなかった。ブーストが焼ききれるほどの出力で丘陵を下り、手近なプラントを無視して、旧ブロアの民家の間を通る石畳を抜け、河川の上にかかった大きな橋へと到達した。
「は、速い……じゃなくて、プラントはいいのかよベッさん!」
<<うおおお……おおおおっ、おおおおっ!!>>
<<ベッさん、おい、返事をしないか、どうしたベッさん……ダメだ、全然応答しない!>>
「気でも違ったのかよ……!」
<<ね、ねえ、みんなマズイんじゃない? あの橋は……>>
<<あっ……!>>
童顔の仲間が指摘したことに、みな息を飲み込んだ。
ベッさんがいまにも侵入しようとしている、大橋。その橋に全員の視線が集まった。
あの橋は、マズイ。
旧ブロア市街のど真ん中を流れる河川。その上にかかるいくつかの橋がある。
中でも戦火をまぬがれ、いまでも健在である中央の石造りの橋は西側と東側をつなぐ、双方陣営の主要な侵攻ルートである。
だがそれは容易に敵に索敵、迎撃されるということでもあり、何より障害物にとぼしく見晴らしのいい橋は恰好の狙撃の的である。
そしてもう一つ、懸念すべき問題がある。
「ベッさん、ちくしょう間に合え……!!」
若輩ボーダーはプラントの設置された小高い建物の上から飛び出した。
ブーストをまず上昇につかってジャンプする。そして着地の衝撃を相殺するために短く地面に向かって吹かし、今度は水平方向に開放して直進力を得る。橋へ向かって一直線だ。
とにかく彼を引き戻さねばならない。
なぜなら。
<<ベッさん、戻れ、戻るんだ! 危ない、お前も戻れー! 『榴弾』が来るぞ!!>>
長髪の彼――仲間内ではクールと呼ばれている男が、警告する。
だが熱郎とて、経験が浅いとはいえそれなりに戦場へ立ったことのある若者だ、そのくらい知っている。
榴弾砲。
重火器兵装が背中に背負う遠距離爆撃型装備の総称だ。
その威力はすさまじく、かするだけでも装甲が剥げ落ち、直撃など受けたさいには機体が爆散してしまうほどだ。
それからこの榴弾砲の特徴は一度上空へ弾を打ち上げ、それを離れた場所へ投下するという攻撃方法にある。このため発射と着弾に大きな時間差が現れると同時に、遠距離からの砲撃も可能となる。
それは開戦直後、敵の侵攻ルートを先読みして投下することができるということであり、この戦場において橋は何よりの標的だった。
そんなことはわかっている。わかっているからこそ、速く駆けつけなければならないのだ。
けれど無情な風切り音が若輩ボーダーの耳に響く。
――ヒューヒューヒューン!
その甲高い音は、上空高く舞い上がった榴弾が、雨あられとなって降り注ぐ合図だ。
「ぐ、うっ……間に合わなかったか!?」
<<戻れ、戻るんだ……!>>
「ちぃっ!」
脚部ブーストを前方へ反転、全出力を使って吹かし全速バックする。
――バ、ンッ、バグンッ、ゴンゴッゴゴッ、ドゴンッ!
「はあ、はあ、はぁっ……!」
目の前で榴弾が大爆発をした。しかも一発では終わらない、次々に榴弾は降り注ぎ、地面をえぐり、黒く焦がす。振動がブラストランナーへ、ブラストランナーの振動がボーダーへと伝わる。激しい地響きだ。
もう少し判断が遅れていたら、機体もろとも地面の一部となっていただろう。
熱血はため息をついた。
「はっ、そうだ、ベッさんは!? ……や、やられたか!」
<<うおおおおっ、おおおっ……!>>
「この声……ベッさん!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
<<ベッさん、戻れ、戻るんだ! ……>>
(ええい、どいつもこいつもベッさん、ベッさんと。もうあいつらとは口聞いてやらんし、天一にはいかんからなっ!)
天下一品には何の負い目もなく、完全なとばっちりだった。
(榴弾……)
機体が橋の中腹にさしかかった。
そのとき重い金属の塊が落ちてくる、ボーダーにとって耳障りな音が聞こえた。
(ふん、そんなものは“無視”すればいい……)
ボーダーは操縦桿のボタンに指を乗せ、声高く宣言した。
「AC、起動する!」
男が搭乗した強襲装備のブラストランナー、その背後に設置された装置が青白い光を放つ。背部の装置、格子状の隙間から青白い粒子が漏れだす。
――と、次の瞬間。彼の機体は橋の上から消えていた。
だが、榴弾の直撃を受けて爆散したのではない。
事実、彼の機体はまだ地上に直立し、健在していた。
無傷だった。
それから、彼の姿は橋の向こう。
そこにあった。
そう彼の機体はすでに橋を踏破していたのだ。橋を渡りきっていた。
まったくもってあり得ないスピードで。視界から掻き消えるほどの加速で、榴弾の嵐を自機後方の風景へと変えたのだ。
ブラストランナーの移動力を飛躍的に加速させる装置、それが脚部ブースタ。燃料を発火させてその圧力で加速する。これによってブラストランナーは高機動を行える。
しかしそれよりも、さらなる加速を産む装置が存在する。
AC――アサルト・チャージャー。
強襲装備にだけ許された特権。特別装備、それこそがACだった。
この強襲装備の背部に設置された装置は、一時的にだが破格の加速性能をブラストランナーに約束する。一度起動すれば最後、敵陣の真っ只中を駆け抜けるという荒業さえ可能とする。
もちろん、長時間の使用には耐えられないため、そう多用はできないのだが。
(う、うぅ……ACの加速Gのせいでまた便意が……っ)
ちなみに彼の場合、別の理由で多用できないようであった。
<<よかった……ベッさん、一度戻れ!>>
「……熱血、悪いがそれはできない」
<<どうしてだ……!? 死にたいのか、ベッさん!>>
「男にはな……男には戦わなきゃいけないときがあるんだよ!!」
<<ベッさあああああああん……!>>
熱血の通信が虚しく男の背中に響いた。
しかし男はその叫びを無視する。
なぜなら。
(ううー、漏れる漏れる!)
もちろん余裕がなかったからである。
「どうしてだよ……ベッさん」
熱血は自分の声が届かない無力さに、シート脇の壁を殴りつけた。
<<あ、思い出した!>>
<<お嬢、何を思い出したんだ?>>
<<ベッさんが、なんで今日に限ってひどくふさぎこんでたり、こんな無茶な行動を取るのかよ……>>
<<何、それは本当か、教えてくれお嬢!>>
熱血はせかすように、熱っぽく通信モニタを揺さぶった。
お嬢と呼ばれた女性ボーダーは多少たじろぎながらも、静かにこう答えた。
<<私聞いたことがあるの……今日はベッさんの妹の誕生日なのよ……>>
<<な、なんだってー!?>>
衝撃の事実だった。
<<しかもその妹さん、昔から病気がちで入退院を繰り返してるの……>>
<<そんな、それじゃ早く帰らないと……>>
<<だからよ! だから早くこんな戦闘を終わらせて、妹の誕生日に駆けつけたいのよ!>>
<<……!>>
みんな、言わずとも意見は一致した。
<<みんな、ベッさんのサポートに行くよー!>>
<<了解したぜ、ったく水臭いぜベッさん、俺たちも混ぜろよ!>>
<<ふっ、俺も一肌脱がしてもらうかな>>
<<いやクール、服は脱がなくていいのよ……気持ち悪いから、ね……>>
お嬢は本当に戦闘スーツを脱ぎだしたクールにツッコミを入れた。
(は、腹が……限界だ……!)
ベテランの腹の調子はとうにマックスをすぎていた。
もういつ爆発してもおかしくない。
とにかくコア凸せねば。
まず橋から近くの広場を通って、背の低い民家の間をすり抜けるルート。もう一つは街道を直進して敵側丘陵の裏からコアを目指すルート。
どちらの侵攻ルートでいけば。
いや考えてる暇などない。
(最短の距離でいかなければ間に合わない……!)
選択できるのは第三の道。広場目の前にある丘へ。そこは敵コアがある丘へと通じる高台がある。この高台へ民家の屋根を踏み台にして登り、高台プラントからコアを目指す。
すなわち小細工なしの、中央突破。
そこへ熱血からの通信が入る。
<<ベッさん、一人でなんて水臭いぜ、事情はわかった!>>
「な、何!?」
ベテランに電流走る。
(まさか、ば、バレた……俺がウンコを我慢していることを……!?)
<<誕生日だったなんてな、そうならそう言えよ>>
「は……え?」
ベテランボーダーは熱血の言葉に戸惑った。
いったいどういう意味だろうか、誕生日、誕生日。
(まさか……俺のウンコのか!?)
そこへ別の声が入る。
通信は童顔でいつもショタとみんなから呼ばれてる男のからだ。
<<まったくベッさんも、ホントに(妹さんのことが)好きなんだねー>>
「へ……?」
好き、好き、えっと。
え、何が。
えっと何だ。
好きって、ウンコがか。
ウンコ、が、好き。
「い、いやいやいや……誰が! 好きじゃない、むしろ見るのも嫌いだ!」
<<またまた嘘つくなよ、ベッさん、大好きなんだろ?>>
「ありねーだろ、人としてー!」
すっと、クールが通信に割り込んで言った。
<<素直になろうぜ、ベッさん……俺のようにな?>>
「へ、変態かー、貴様!?」
<<ええー、変態じゃないよ。僕も、素直になったほうがいいと思うけどなー>>
「ちょ、ショタお前までか!?」
<<そうよ、私にだって兄弟がいるんだから分かるわよ……我慢できなくなるときくらいあるわよね?>>
「ぶううーっ、お、お嬢まさかのカミングアウト……!?」
大混乱だった。
腹痛も忘れてベテランは青ざめた。
まさかいままでチームを組んでいた人間がここまで変態的な奴らだったとは。
は、もう俺がウンコを我慢していることがバレているとしたら、こいつらの俺のを狙って。
「お、お前ら……俺は漏らさんからな、絶対漏らさんからなー!!」
<<え? いや僕たち別に妹さんの(情報)欲しいわけじゃないから……>>
「妹!? 貴様、ショタのくせにロリピーか!? よ、よるな変態!!」
ベテランはわけのわからないことを口走りながら、ACを起動した。
高台から敵コアへとかかる橋をいままでにないほどのスピードで爆走しはじめた。
<<クソッ! みんな、ベッさんに追いつけー、はは、突撃だー!>>
<<おおー!>>
「よるなああああああ、変態どもがああああああっ!!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ、コアニートは楽でいいなー」
<<兄貴ー、俺たちコアニートじゃないっすよー>>
<<そうっすよー、コア警備員なんすからー>>
「ああ、そうだな、俺たちはコアを防衛してる立派な支援兵様だからな、ガハハハ!」
<<そうそう、コア警備員、コア警備員……ま、敵が来るまで暇だからー、適当にくつろいでるんすけどねー>>
「まあいいや、俺は寝る。レーダーとか自動砲台壊されたら起こしてくれ、じゃな……ふあ~あ」
支援兵装のブラストランナーに乗った三人のGRF側のボーダーは、そんな会話をしながらコアプラントの中で悠々とくつろいでいた。
そしてリーダー格の男が機体内で大胆にも居眠りしようとしたとき、事件は起こった。
<<うおおおおおおおおっ、俺のウンコは誰にもやらんからなああああああ!>>
「ぶほおおっ!? な、なんだあああ!」
男は飛び起きた。
<<あ、兄貴、全域回線でおっさんがわけのわからないことを叫びながらツッコンできます!>>
「こ、コア凸だとぉ! 開戦してまだ何分もたってねーじゃねーか、どうなってんだぁ……!?」
<<兄貴ダメです、EUST側の奴ら束んなって、馬鹿みたいにツッコンできます!>>
男はブラストランナーのモニタを見て驚いた。
コアプラント内部に敵機が侵入していた。しかも一機ではない。
先頭にありえないほどの速度で突っ込んでくる、強襲兵装のフルクーガー。そしてその少し後ろに4体のばらばらの兵装をしたブラストランナーが迫ってくるのが見える。
コアニートを決め込んでいた男たちには、まさに寝耳に水だ。
慌てて男は支援兵装の主力武器である、ショットガンを構える。
「あ、あわてんな、こういうときはまず深呼吸してだな……ばっちゃんの言いつけを思い出すんだ」
<<ば、ばっちゃんの言いつけっすか?>>
「そうだ、俺のばっちゃんはな、昔こう言ってたんだ……」
“お前よくお聞き、床掃除をするときはね、使い終わったおちゃっぱを使うといいんだよ”
<<へえ、兄貴そうなんすか?>>
「ああ、そうすると細かい埃がおちゃっぱにまとわりつくだろう。そしたら箒でそれをかき集めておしまいってわけさ」
<<なるほど、さすがの兄貴のばっちゃんですね!>>
「だろう?」
<<で、それがいまの状況でどう役に立つんすか?>>
「…………」
もちろん次に三人が叫ぶ言葉は決まっていた。
「意味ねえええええええええ!」
<<死ね! 俺の貞操のために!>>
ベテランがかる強襲兵装のブラストランナー。
その手に握られたマーシャルソードが鈍く、三人の頭上で輝いた。
――ドゴ、ドゴ、ドゴンッ!
「よし、次はコアだ!」
三機同時撃墜を達成し、ベテランはすぐさまコアに向かって銃火器を乱射する。
<<ベッさんに負けるな、俺たちも撃つんだ!>>
熱血たちも負けじと敵コアに銃撃を浴びせる。
(うおおおおおおっ、クソが……もう、限界だ!)
次第に敵コアが火花を散らしはじめた。
同時にベテランの尻も火花を散らしはじめる。
「く、くおっ、おおおっ、負けるかあああああ!」
あとは気力と気合、根性での勝負だった。
敵コアを破壊するのが先か、ベテランのケツがボーダーブレイクするのが先か。
果たして勝負の行方は――。
「あっ……!」
――ドゴッッッ! ドゴンドゴン、ドゴゴンッ!
程なくして敵コアは盛大な爆炎をあげながら、倒壊しはじめた。
ぼろぼろとコアプラントの破片が周囲に降り注ぐ。
「あは、あはは、やった……やったぞおおおおおお!」
<<ベッさん、やったな……これで妹の誕生日に間に合うな!>>
<<よかったね、よかったね、ベッさん妹さんに、会いにいけるね……僕、グス……>>
<<ふ、俺たちもその妹とやらの見舞いに行ってやるかな、もちろん上半身裸でな>>
<<やめなさいって、あんたは……>>
みんながそんな二人のやりとりに朗らかに笑い合っている中、ベテランは言った。
「は、妹? 俺の? そんなんいないぞ?」
<<はあ?>>
その言葉に、一同ぽかーんと口をあけた。
「いないいない、誰だそんなこと言ったのは?」
<<おいおい、お嬢が言い出したんだぜ?>>
<<嘘……でも、この前ベッさんが……>>
「ああ、酒の席でのことか? ありゃあの場の勢いで言った、口からでまかせ、嘘っぱちだ、がははは……は?」
<<…………>>
みんなの冷たい視線がモニタごしに降り注ぐ。
<<じゃあ結局ベッさんはなんでそんなに急いでいたのさ?>>
ショタが根本的なことをたずねた。
「え、それは……お前ら……ううっ――!」
ここで、読者諸君に問おう。
人は便意をもようしたとき、極限まで我慢して我慢して、大抵の場合無事トイレで用を足すことができる。
けれど、中には不幸な人間もいるもので、満足に用を足せないこともある。
さて、ここで疑問だ。
人の我慢が一線を越えてしまうのはどんなときでしょう。
答え:緊張が解けて、安心しきったとき(※2)。
※2……類似、コア凸に成功して敵コアを破壊したとき。
――ブッ――プツンッ!
<<…………>>
みな、その音が聞こえた瞬間ブラボー8を示す通信回線を遮断し、沈黙した。
「…………」
<<…………>>
いやな沈黙が場を濁らせた。
この沈黙をいち早く破ったのはクールであった。
<<司令部、聞こえるか? 敵コアを破壊した、作戦は終了……これより全機ブラストランナーは帰還する>>
その通信を合図に、みな無言でブースターを吹かして敵コアプラントより一目散に離脱した。
いや、正確には一機残った、棒立ちで立ち尽くす強襲兵装のブラストランナーから一刻も早く遠ざかるように。
西暦21XX年。
増え続ける世界人口により深刻なエネルギー不足に直面した人類は
宇宙空間にその解決策を求めた。
「ソテル計画」
国際研究機関「GRF」による、太陽系全域を対象とした
新資源探査プロジェクトである。
軌道上の巨大研究施設「エイオース」を軸として行われたこの計画は、
10年の後、ついにある物質の発見をもって実を結ぶ。
「ニュード」――そう名づけられたその物質は、
高いエネルギー価値と、自己増殖性を併せ持つ性質から、
エネルギー問題への救世主として脚光を浴びる一方、
人体への高い毒性という負の側面はGRFによって隠蔽された。
そんな折、エイオースを襲う突然の爆発事故。
爆散した施設の一部とともに、
貯蔵されていた大量のニュードが地上に落下してしまう。
ニュードの毒が地上を蝕み、恐怖と不安におののく人々。
他組織へのニュードの拡散を恐れたGRFは、大規模な回収作業を開始する。
一方、事故によるGRFへの不信感は国際的な抗議運動へと発展し、
反GRF組織「EUST」が発足。
ニュード汚染の除去と平和利用のための活動に乗り出す。
ニュードを奪い合う2組織の対立は、
ついに二足歩行型汎用兵器「ブラストランナー」と
その搭乗者「ボーダー」を使った武力衝突に発展。
そして今、1人のベテランボーダーが
戦場へ棒立つ……。
時代が変わる“臭い”がする! ボーダーブレイク!
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ボーダーブレイクの二次創作です。かなり昔に書いたもの。
あと食事中の人はそっと戻るを押して、食べ終わってからゆっくりと見てください。