No.259478

【夏コミ新刊サンプル】アニマライズ【鳴ライ】

■夏コミで発行予定の鳴ライ新刊「アニマライズ」のサンプルです。
■内容は半獣半人パラレルです。
■サンプルは全年齢ですが、R18ですので、高校生及び18歳未満の方のご購入はご遠慮下さい。
■夏コミ1日目 西1ホール め-16b「PRISMIC」にて当日頒布予定です。
■A5/28P/400円にて頒布予定。

続きを表示

2011-08-04 23:00:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:621   閲覧ユーザー数:613

 

朝の陽光が事務所に射しこんでいる。耳に届くのは外を歩く人々の声、鳥たちのさえずり。それは平和な日常の証拠。

それらに耳を傾けながら事務所の掃除をしていたライドウの背中に、不意に何かが、ずしりとかぶさって来た。

「……鳴海さん」

『んー? 何?』

はたきで棚の埃を落としていた手を止めたライドウが振り返ると、ニメートルをゆうに超える大きな獅子が目の前にいた。

立派なたてがみを持った百獣の王たる雄のライオンは、動物図鑑に載っている写真や絵と寸分違わぬ精悍な容貌をたたえたまま、その巨体でライドウを押し潰さんとばかりに後ろ足で立ってのしかかって来る。

「重いです。どいてください」

しっしっと、手にしているはたきでライドウは、鳴海と呼んだ雄ライオンを追い払おうとする。

『何だよ、ライドウは冷たいな』

 ライオンが人語でライドウに反論した。普通の人間であれば腰を抜かす出来事に、ライドウは顔色一つ変えず平然としている。それどころか、獣相手に言い返す。

「いい歳をして、何をべたべたしているんですか。気色悪い」

『気色悪……ひでえ言い草! それ、上司に言うセリフか?』

「さっさと人間の姿になってください。もうじき、事務所を開ける時間ですよ」

『…………』

ライドウのつれない態度に、ライオンはつまらなそうにちぇっと呟いた。

『仕方ないな』

 もうちょっと可愛げがあってもいいのに……という獅子のぼやきは、ライドウの一睨みですぐさま取り消される。代わりに両の眼を閉じたライオンの全身を碧の光が包む。

蛍のように静かに光るそれが収まった時、そこには四つ足の獣ではなく、長身痩躯の男が立っていた。たてがみにも似た癖の強い焦げ茶の髪。やや垂れ目がちな眼。白の高級スーツと本革のシューズで着飾ったその背格好は、まさに伊達男と評するにふさわしい姿だ。

「……これならいいだろ?」

髪を撫でながら、鳴海はまたもライドウの背中に抱きついて来た。

「人の話、聞いていましたか」

「人間の姿になれ、だろ。ちゃんと聞いたから、こうして変身したんじゃないか」

「その前の部分は」

「え? 何か言ってたっけ? まあいいじゃないか、スキンシップは重要だ」

「もういいです。自分はこれから学校に行きます。後はよろしくお願いします」

これ以上付き合っていられるかと、ライドウは鳴海を引きはがす。はたきを掃除用具箱に戻し、椅子の上に置いていた学生鞄を取り上げた。

そして、お勤め頑張って下さい、という心のこもっていない言葉をかけ、さっさとライドウは事務所をあとにした。

 

 

「ただいま戻りました」

探偵社に帰って来たライドウは、至って平静だった。無論、訓練の賜物と持ち合わせていた本のおかげである。

先刻、電車の中で催した感覚はすっかりなりを潜ませ、ライドウには普段と変わらぬ平常心が訪れていた。

「おかえりー」

机に突っ伏していた鳴海が、ライドウにひらひらと手を振った。このだらけた様子から推測するに、お客は来なかったのだろう。全身から「退屈で死にそうです」という雰囲気を醸し出している。

ならば報告書の一つでも書けばいいとライドウは思うのだが、鳴海は期限間近になるか、気が乗っている時にしか作ろうとしない。どうやら今日はその「気分が乗っていない日」らしいので、当然、彼の机には珈琲カップと新聞しか乗っていない。

「ライドウ。なあ、こっちこっち……」

鳴海は机に顔を押しつけたまま、ライドウを手招きする。珈琲を淹れろか、煙草を買ってこいか、それとも肩を揉めか。

いずれにしても、あまり大した用で呼びつけているようには見えない。それでもライドウは、鞄と外套を間仕切りにかけると、言われた通りに鳴海の傍に寄る。

「何でしょう」

どうぞ用件をおっしゃってくださいと促す。

「……なあ、してくれない?」

予想外の言葉が、鳴海の口から発せられた。

否、今の季節と今朝の鳴海の様子から推測すれば、予想できる範囲だったのだが、ライドウは呆れてしまった。

「お断りします」

どうぞ一人でマスを掻いてくださいと、鳴海に便所を示す。

学生の本分たる学校に通い、さらに探偵業務として調査もしてきた部下が帰社したことに対しての第一声がこれとは、どういう神経をしているのか。全くもって理解不能だと、ライドウは頭が痛くなった。

ヤタガラスに掛け合って、上司を変えて貰った方が良いかもしれないと本気で考えるライドウに、鳴海は抗議の声をあげる。

「ひっでえ! お前だって分かるだろ!」

「何がです」

しかし哀しい哉。上司であり、帝都生活における保護者でもある鳴海を無視することはできない。勿論これには、ライドウの生真面目な性格も一因していることは想像に難くないのだが。

内心うんざりしながらも鳴海の言葉に反応してやると、彼はライドウの鼻先に指を突きつけた。

「季節は春! 俺たちは繁殖期で発情期! そしてこの探偵社で俺とお前は一つ屋根の下で暮らしている! ここまで言えば分かるだろ!」

「分かるつもりはありません。それより、静かにしてください。近所迷惑です」

鳴海の主張に一貫してつれない態度を取るライドウ。この対応に、彼はぐぐぐ、と悔しげに拳を握る。だがそれでも、鳴海は引き下がろうとしない。

「だったら単刀直入に言う。今すぐ俺と寝よう」

「嫌です」

率直に言えば良いというものではない。頭の中が春満開な鳴海に、ライドウは絶対にご免だと拒否を貫く。

けれども鳴海は、なぜかニヤリと不敵な笑みを浮かべている。まるで、こっちには秘密兵器があるんだと言わんばかりに。

「ライドウ、お前は俺に借りがあるはずだぜ? 忘れたとは言わせないからな」

「……ぐっ」

勝ち誇った表情を浮かべる鳴海の言葉を受けて、ライドウは初めてうろたえた。

 

 

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択