No.257874

ホワイトデーの逆襲

草香祭さん

タイトルそのまんま。

2011-08-03 22:42:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:735   閲覧ユーザー数:714

■ホワイトデーの逆襲

 

 

 告白をしたら、玉砕以前のところで話が止まってしまったあの日から一ヶ月。嬉しくもなんともないホワイトデーがやってきた。

 バレンタインデー以来、ある程度の距離を置いてミカエルを観察していたが、今のところ目立った問題は見られない。

 それでラファエル自身、平静を装って日々を過ごしていたのだが、ホワイトデーの今日ばかりは、どうにも無理だった。どうしてもバレンタインデーの玉砕が思い出されて仕方がないのだ。

 ラファエルは朝から、不機嫌な顔でクッキーを焼いた。殆どやけくそのように焼いた。これを、プレゼントをくれた子全員に配り歩くつもりだった。

 バレンタインに贈り物をくれた子は、思った通り大半が義理というか、軽い気持ちのものだったようで、こちらも軽く返して問題がなさそうだった。中にはほんの数人、本気で告白してきていると思しき子もいたが、彼女達には、丁寧なお断りの言葉と共に、これを渡すつもりだ。

 ミカエルにはこのクッキーは一個もあげないと決めている。絶対あげない。誰がやるものか。

 彼はあれからこちらも、まるで変わらぬ態度で、相変わらず毎日毎日、勉強熱心だ。もしかしたらあの時のラファエルの告白など、少しも覚えていないかも知れない。

 いや、さすがにそれは無いだろうと思うのだが――多分そんなことはない、と思いたいのだが――とにかく少しも変わりがないのだ。

 最近じゃ、ミカエルのことを考えると複雑な気分になってしまう。愛しいことには変わりはないが、胸が苦しい。あちらはこっちのそんな気持ちは、ちっとも知りやしないのだろうと思えば、ほんのちょっと恨みがましい気分にもなった。

 とは言っても、実際にミカエルを目の前にしてしまうと、やはり愛しいばかりなのだが。

 

 朝から山ほど作ったクッキーは、殆ど意地になってタネをかき混ぜた割にはいい出来で、味も形も完璧だ。

 女の子にあげるのだから、可愛い方がいいだろうと、レースペーパーで包んでリボンをかけ、ラッピングまでもが完璧だった。

 そう言えば、冬雪だった頃に、家庭科の調理実習でクッキーを作ったときも、うちに持って帰ったら夏海が大喜びしていたっけ。あんまり喜ぶものだから、確か二、三度作ってやったことがあったはずだ。

 ミカエルはきっとラファエルのことをずぼらだと思っているだろうが、実は案外マメなところもあるのだ。……世話を焼かれるのが嬉しいから、甘えているだけで。その辺、少しくらいは分かっているだろうか。

「……ふん」

 久し振りに焼いたクッキーは素晴らしい出来映えだったが、ちっとも嬉しくない。紙袋に全部詰め込んで、もう一度鼻を鳴らし、学校に向かった。

 

 教室に入ると、ミカエルが即座に立ち上がる。

「お早うございます、ラファエル様」

「……お早う」

 顔を見たらひとりでに唇が笑ってしまいそうになったが、今日は拗ねていたい気分だったから、敢えて渋面を作った。 ミカエルは不思議そうに首を傾げている。

「どうかなさったんですか?」

 どうやら不機嫌だということくらいは、お分かりくださっているらしい。……ふんだ。

「べーつにぃ。どうもしてないけどぉ?」

「それがどうもしてないっていう態度なんですか?」

「どうもしてないものは、どうもしてないんだもん」

 目の前を素通りして、教務準備室に向かう。クッキーにかまけていたら、職員会議の時間ぎりぎりになってしまったものだから、今日の朝は宿舎からそのまま職員室に向かった。おかげで手にはクッキーの袋を抱えたままだ。ミカエルが匂いに気付いて首を傾げた。

「ラファエル様、それなんですか?」

「ああ、これ」

 ラファエルは袋を掲げてみせる。

「バレンタインデーのお返し。クッキー焼いてきたんだ」

「……クッキー?」

「そ」

 手短に答えて、ちらりとミカエルを見る。何だか知らないが、ミカエルは複雑そうな顔をしてこっちを見ていた。

 実のところ、クッキーは一袋多い。別にミカエルにあげようと思って、大目に作った訳じゃないのだ。ただちょっとタネが余ったから、一袋余分が出てしまっただけで。ラッピングがひとつだけ凝っている気がするのも気のせいだ。なにしろミカエルには絶対にあげないと決めている。

 ラファエルはこほんと咳払いをする。

「あー、ミカエル?」

「……はい」

「欲しいなら、一袋分けてあげてもいいけど。……食べる?」

 軽く訊ねたつもりだったのに、ミカエルはやけに真剣な顔をしている。

「……そんなことより、お聞きしたいんですが」

「うん?」

「そのクッキー、全員にお返しなさるんですか? 告白をしてきた人、全員に?」

「そうだけど?」

 それがどうしたというのか。不機嫌に答えたラファエルを見て、どういうわけだか、ミカエルは急に気色ばんだ。

「こっ、断りの手紙を書くっておっしゃっていたじゃないですか!」

「あー、あれ? めんどくさくなっちゃった」

 実際に考えてみたら、やっていられるかという気分になったのだ。

 何しろラファエルはもてる。もらったプレゼントはかなりの量だった。 その全部にわざわざ丁寧に手紙を書くなんて、普段の自分ならまだしも、今みたいに荒んだ気分だと、とてもとても。大体、大半が義理なんだし。

 だがミカエルは拳を握りしめて、意地になったように言う。

「不実です!」

「……へ?」

「だ、だってそれって、全員とお付き合いするってことじゃないんですか!?」

 ……どうしてそういう話になるのだ。というか、なんで怒られなきゃいけないのだろう。

「あのさぁ、ミカエル。前にも説明したと思うんだけど、こういうのは一種の礼儀みたいなもので、必ずしも――」

 そこまで言いかけて、ちょっと意地悪な気分になった。ラファエルはクッキーを教壇に置いて頬杖をつき、ミカエルを横目でちらりと見る。

「……そっか。じゃあ、告白してくれた子の中から、好きになれそうな子をひとりだけ選んで、このクッキーを全部あげることにするよ。それなら問題無いんだろう?」

「…………え?」

「だってぇ、ミカエルが言っているのは、そういうことだろ?」

 ミカエルは口をぱくぱくさせた後、眉を下げて、なんとも微妙な顔つきで黙り込む。

「ミカエル、返事は?」

「そ……そうですよ。そうですけど……で、でも、それは駄目なんですよ?」

「は? なにそれ」

 呆れて聞き返したら、今度は真っ赤な顔でまくし立てはじめた。

「だ、だって、ラファエル様は天使なんだし、天使はそういうことをしてはいけないものなんです!」

「誰が決めたの、そんなこと」

「だ、誰って、えっと、えっと――」

 ミカエルは大あわてで天使マニュアルをめくっている。

「それって勝手なイメージだよねぇ。誰もそんなこと言ってないよ。僕には誰かを選んでお付き合いする自由も権利もあると思うんだけどなぁ」

「そ……っ、そうかもしれませんけど、でも、駄目ですっ、絶対駄目です!」

「……君さぁ。自分が何言ってるか分かってる?」

「わ、分かっていますとも! 僕は天使としてどうあるべきかを、ラファエル様に説いているだけで」

「天使学校の教官に、候補生が?」

 畳みかけたら、ミカエルはまた言葉をなくして、あうあうと口を動かすだけになってしまった。

 ラファエルは頬杖をついて、ミカエルを見つめる。

 そうしてしばらくの間にらみ合いを続けているうちに、とうとう苦笑が漏れてしまった。みるみるうちに潤みはじめた大きな瞳を見ていたら、怒る気が失せたのだ。

 ――何だかなあ。

 まったく、なんて勝手なことばかり言ってくれるんだろう。

 ……そして、どうしてこうも可愛いのだろう。

 ラファエルはポケットに両手を突っ込んでミカエルに歩み寄る。そして額だけを華奢な肩に落とした。

「あ……あの、ラファエル様……?」

 最近はあまりくっつかないようにしていたから、久し振りの接触だ。ミカエルは狼狽えた様子だったが、逃げようとも避けようともしない。ラファエルはぎゅっと唇を噛んだ。

 ――なんでだろう。君は多分、僕のことが好きだと思うのにな。

 胸の内だけでこぼす。

 ――君はきっと、僕のことが好きで……うぬぼれではなく、そうだろうと思うのに、でも、ちっとも言葉が通じている気がしない。

 一体何がすれ違って、自分たちはこうも噛み合わないのだろう。

 胸が苦しい。告白する前、きっと想いは通じていると信じていられた頃の方が、ずっとずっと、毎日が幸せだった。

「あの、ラファエル様、どうかなさったんですか……?」

 そっと服を引っ張られて顔を上げると、心配そうに自分を見上げるミカエルがいる。やっぱりこんなふうに間近に顔を見てしまうと、抱きしめたくなる気持ちを抑えるのが精一杯だ。

 ラファエルは首を振って笑った。

「……分かった。お返しはやめる。本気で僕のこと好きだって言ってくれた子には、ちゃんと断りの手紙を書くよ」

 ミカエルが目に見えてほっとした顔をするものだから、また悪戯心が沸いた。ラファエルは意地悪に片方の眉をつり上げる。

「でもさあ、その代わりぃ、条件があるんだけどぉ」

 言いながら、教壇の上を指さした。

「あのクッキーは、ミカエルが全部食べてね」

「……え?」

 ミカエルはぱちりと瞬きして、教壇に乗った大量のクッキーを見ている。

「だってぇ。配っちゃ駄目なんだろ? じゃああれ、どうするの」

「…………」

「僕、早起きして焼いたんだよ。まさか全部捨てろなんて言わないよねぇ?」

「そっ、そんなことは。でもあの量を全部僕ひとりで食べるのは――」

「言いだしたのは君なんだから、責任取ってくれなきゃ」

「…………」

「じゃあ決まりだ。ランチは教務準備室でクッキー。分かった?」

 ミカエルの言い分なんか、聞いてやらない。きっぱりと言い切ってやったら、根は素直な性分の彼のこと、引きつった顔をしながらも頷いた。

「う……は、はい……」

 

 

 そして昼休み。教務準備室の自分の机に向かって、ラファエルはひたすら、便せんにペンを走らせていた。

『お手紙どうもありがとう。気持ちは嬉しいのですが、僕には好きな人がいるため、お付き合いすることは出来ません』云々。

 ……同じような文面を、もう何通書いたやらだ。

 ラファエルは横目でちらりと、隣を見る。

「美味しい?」

「……はい」

 教室から椅子を引っ張ってきたミカエルが、ラファエルが入れたコーヒーを片手に、クッキーをもそもそと食べ続けていた。

「手が疲れちゃったなあ」

「…………」

「ミカエル、代わりに一枚書いてみない?」

「そんなこと出来ません」

「だよね。冗談」

 ラッピングを解いたクッキーは、大皿に山盛りになっている。食べ始めて二十分ほど経つが、山は半分ほどにしかなっていない。昼休みが終るのと、ミカエルがギブアップするのの、どっちが早いだろうか。多分もうお腹いっぱいだろうと思うのだが、文句も言わずに食べ続けているその根性は認めてやってもいい。

 またしばらくペンを走らせていたら、視線を感じた。横目で見ると、ミカエルがこっちをぼんやりと見ていた。ちょっとだけ顔が赤い。ラファエルと目が合うと、慌てた様子で視線を逸らす。

 ……まったく。見とれるくらいなら、もうちょっと素直になってくれたっていいと思うのだが。

「コーヒー、もう一杯どう?」

「…………いただきます」

 サーバーから空になったマグカップに注いでやって、椅子に腰を戻す。

「一個ちょうだい」

 身を乗り出して口をあーんと開けたら、ミカエルが硬直した。

「ご……っ、ご自分でお食べになればいいでしょう!?」

「僕、お手紙書くので大変だもん。ミカエルが書けって言ったんだから、ミカエルが食べさせてくれなきゃー」

「何仰って――」

「あーん」

「…………」

「口、開けっ放しだと疲れちゃうんだけどぉ。ほらぁ、早くちょーだい」

 ミカエルはますます赤くなって困り顔をしていたが、それでもクッキーを摘んだ。

 わくわくしながら口を開け続けていたら、おずおずと口元に差し出される。ラファエルはすかさず、指ごとクッキーを咥えてやった。

「うわぁっ」

 ミカエルは耳から首筋から、見えるところは全部朱に染めて、慌てて手を引っ込めている。

「……なっ、なんてこと、なんてことなさるんですかっ!」

 項垂れてその手を抱え込んでいるのが、なんともまた。

「ありがと。美味しかったよ」

 ふふんと笑って唇を舐めた。美味しかったのがクッキーじゃ無かったのは、きっと本人はちっとも分かってはいないだろうが。

 ミカエルは天使としてはどうかと言うかも知れないが、このくらいの意趣返しは、許してもらったって良いと思うのだが、どうだろうか?

 

 

おわり


 
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