細い指でページを手繰る。長い睫毛が文章を追う瞳を隠す。うっすらと生えた柔らかそうな顎髭はわざとなのかな。だったらやめた方がいい。君には似合わない。
勉強に部活、バイトに恋。それでも、暇だと喚くくらい高校生は忙しいんだ。
放課後。学校の図書室で読書している場合じゃないんだ。
なのに、彼は背中を丸めて本を開く。
僕は、本に飽きたら、君を見つめた。
いつからか分からない。
何故かなんて知りたくもない
気付いたら、僕の視界にはいつも君がいる。
西日がワイシャツを茜色に染める。
読書の邪魔なのか、沈む太陽を一瞥する。
無造作に伸びた襟足をいじる。
僕は、君に飽きる事は無い。
視界を遮る人がいた。
その人は、文芸部とは名ばかりで、図書室でおしゃべりばっかりしている女の子三人組のひとりだった。
確か、『あーちゃん』て呼ばれている。
「なにその、グロい表紙?こっちの方が面白いよ」
あーちゃんは、『パノラマ島奇譚』を僕から取り上げると、一冊のハードカバーを「ハイ」と机に置いた。
『本を読まない人のベストセラー』ってやつだ。本を開いて数秒で閉じた。
「君さ、いつも図書室にいるよねえ」
「いえ、まあ」
「いえ、まあって、どっちなわけ。いるでしょ、あんた」
僕は無言で頷くと、あーちゃんは僕の耳元に唇を近づける。
「じゃあさ、あの人って知り合い?」
あーちゃんがちらりと見た先には黙々と本を読む君がいた。
知り合いなんかじゃない。名前だって知らない。
「マジかよ。友達いないでしょ。あんた。」
あーちゃんが鼻で笑った。
「まあいいわ。ちょっと、呼んできてよ」
一気に鼓動が早まった。
「それは…」
「あのね、乙女が困ってるんだよ。」
『猫だまし』かってくらい大きな音を立てて、手を合わせると「一生のお願い!」とあーちゃんはペコリと頭を下げた。
「…呼んで、どうするの」
「告るの!マジ一目惚れ」
「告るって…」
それ以上、何も言えなかった。締めつけられる感覚が喉の辺りに漂う。
あーちゃんが僕の背中を押した。
ふらふらと、よろよろと、ようやく、僕は君の前に辿り着く。
「あ…の」
読書を遮られて君は不機嫌そうに眉をしかめ僕を見上げた。
君は何も言わない。ただ、僕を見ている。
「あ、あの人が、呼んでるよ」
声を振り絞る。
君は、眉をしかめたまま席を立ち、小さく手を振るあーちゃんの方へ向かった。
二言三言、言葉を交わすと、二人は図書室を出て行った。
図書室には、僕だけが残された。
君の体温が残る椅子に倒れこむように座った。
右手が引っ張られるな。おかしくなったかな。
だらんと垂らした右手を見ると、あーちゃんオススメの本を握り締めていた。
おかしくなったんじゃないんだ。感覚が戻りつつあるんだ。
…多分。
本を、机に置いて広げてみる。
擬音だらけの文章が、売春する女子高生を描写している。
―ぺろぺろ、ぶじゅる、ちゅぱ、ちゅぱ―
これが小説なわけがあるか。
僕は、本の上に伏した。
やばい。涙が出そうだ。唇を噛んで耐える。
泣いてしまったら、泣いてしまったら、僕は認めてしまうことになるじゃないか。
「くぅ…」
静かに、だけど重く時間が流れる。
吹奏楽部のヘタクソな演奏が遠くに聞こえて、西日が耳たぶをじりじりと熱くする。
廊下を走る音。
運動部の掛け声。
引き戸が開く音。
ゆっくりと落ち着いた足音。
肩に感じるぬくもり。
「そこ、俺の席なんだけど」
ドキンとした。
君がいた。
「ご…ごめん」
僕は慌てて立ち上がる。
「べつにいいよ」
君は椅子に腰掛け、視線を下ろし、そして僕を見上げた。
「これ、お前の本?」
そう言って、困った顔で『本読まない人のベストセラー』を閉じた。
「それは、あーちゃんので…」
君は、少し間を置いて、「ああ…」と頷くと、僕に本を押し付けた。
「返しといてよ。俺はもう気まずいし」
「気まずいって…?」
君には僕の声が届いていないようだ。さっきまで読んでいた文庫本をズボンのポケットに捻じ込むと、君は席を立った。
「じゃあな」
そう言い残すと、君は出て行った。
ほのかに残る肩のぬくもり。
静まらない鼓動。
火照る頬。
ぽつんと濡れたページ。
君の声をはじめて聞いた。
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ボーイズラブを理解するために書きました。
本当はモテたくて書きました。
モテませんでした。