僕のクラスには、学園のヒロインと呼ばれるくらいの女子がいる。
噂だけれど、容姿は街を歩いていたら雑誌の読者モデルにスカウトされたとか声を掛ける男性が後を絶たないとか、とにかく校外でもずば抜けたレベルの美人。
成績は常に全科目トップで学術コンクール(っていうのかな、僕はよく知らない)にも推薦されたらしいし短距離走や高飛びも校内スコアトップ保持者。
そして性格も家庭的でお淑やかと非の打ち所もないような女子だから、男子からも女子からも尊敬され親しまれている、それが三段壁涙という2年1組の女子生徒だ。
ある日の昼休み。
僕は購買部へ牛乳とあんパンを買いに行って屋上で食べることにした。
何事もなく牛乳とあんパンを買い、屋上の指定席に向かうとそこには何も持っていない三段壁が座っていた。
「コウバラくん」
三段壁が僕を呼んだ。コウバラとは僕の名字で、フルネームは
「……三段壁さん、僕のこと知ってるんだ」
「うん、変わった名前だから」
確かに出席名簿の前の名前がこんな珍名だったら嫌でも記憶に残るだろうな、と思いながら三段壁のもたれている給水タンクの横に少し離れて並んであんパンを食べ始めた。僕に用でもあるのか?学園のヒロインが、名前くらいしか特徴のない僕に?
「紅原くん、お願いがあるんだけど……いいかな?」
飲み込もうとしたあんパンを喉に詰めそうになって、噎せた。
あの学園のヒロインが、僕にお願い?
疑問符だらけの思考を牛乳を飲んでどうにか落ち着かせて、話を聞くことにした。
「三段壁さんが、僕にお願いって……何?」
「私の病気を治す、手伝いをしてほしいの」
「病気……?三段壁さん、何か患ってるの?」
席が隣ということもあって彼女はよく目にするけれど、何か病気を患っているような素振りは見たことがない。僕が認識していないだけかもしれないけれど。
暫くの間を置いて、三段壁は言った。
「私、幸福アレルギーなの」
あんパンが手から離れて、つぶあんがべちゃりと屋上のコンクリに付着した。三段壁の告白は、そんなことが些事に思えるような中二病もいいところな発言だった。
僕の動揺を無視して三段壁は続ける。
「幸せっていうのが、私には害虫を見たような気分にさせるの。
幸せそうな人の笑顔とか、そういうのがとてもダメ。吐きそうになるの。
でも、いつまでもそんなんじゃいけないかなって思ったんだけど、私に話しかけてくる学校の人たちは絶対に分かってくれると思えない。
紅原くんは私の隣なのに私にはまるで無関心だったし、紅原くんならリハビリを手伝ってくれるかなって思ったんだ」
確かに、僕は三段壁に自分から話しかけたことなんてなかったし彼女に興味も無かった。
そんな僕が彼女の『幸福アレルギー』を治すリハビリの手伝いをするなんてこと、正直に言うとどうでもよかった。三段壁が極度の幸福嫌いだろうが学園一の才女だろうが、僕には全く関係のない話だし興味も沸かない。
しかし、僕の悪い癖が出てしまった。
つまり、『三段壁の人生に何か仕掛けてみようか』という悪戯心が顔を出した。
「僕で力になれるなら、協力するよ。…よろしく、三段壁さん」
繕った笑顔で手を差し出すと彼女は握り返して表情一つ変えないまま、
「涙、でいいよ」
そう言った。だから僕も、
「なら僕も青でいいよ、涙」
そう返した。
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えせ恋愛ストーリー。
幸福を拒絶する女子生徒と嫌悪を愛する男子のどこか狂った青春物語。