それから樹里の忙しい日々が始まった。放課後は劇の練習に出ているため、バンドでの練習がほとんどできなくなっていた。
いくら貴寛が言い出したこととはいえ、樹里に嫉妬を燃やす女子たちも少なからずいた。
特に貴寛のファンクラブの女子たちは、樹里のことを快く思っていない。しかも衣装係にその女子たちが集中していたため、ここぞとばかりに樹里に嫌がらせをした。しかし樹里は全く負けていなかった。
例えば彼女たちはわざと寸法をきつめに衣装を作り、「太ったんじゃない?」と嫌味を言う。
すると樹里は「そうね。また胸が大きくなったのかしら?」とか「昨日貴寛がおいしいケーキごちそうしてくれたから」と、言い返していた。
もちろん彼女たちがわざとやっているのは、他から見ても一目瞭然だったので、樹里の衣装は沙耶華が担当することになった。
「樹里。あんまり煽らない方がいんじゃない?」
「言われたら言い返さなきゃ。向こうが図に乗るだけだもん」
樹里のその返答に、沙耶華は曖昧な笑顔を浮かべた。
「強いね。樹里は」
「沙耶……」
沙耶華は一拍間を置き、顔を上げた。
「ほら、樹里。リハするみたいだよ」
「……うん」
樹里は沙耶華を気にしながらもリハの準備に取り掛かった。
「沙耶。お前もしかして……」
その様子を見ていた晴樹は心配になり声を掛けた。
「あれ? ハル。まだいたの? ダンスの練習行ったんじゃなかったの?」
突然現れた晴樹に沙耶華は何事もなかったかのように返す。
「お前、まさかまだあのこと……」
「だらしないよね。もう二年も前の話なのに」
沙耶華は自嘲した。
「だらしなくは……ないけど……さ」
こういう時、どう言えばいいか分からない。
「ごめん。変なこと思い出させて。もうあんま気にすんなよ。なっ」
晴樹は沙耶華の肩をポンッと叩いた。
「うん。ありがと」
「ハル。練習行くぞ」
「おう。じゃーな」
恭一に呼ばれた晴樹は、教室を後にした。
その頃、バンドメンバーは、だれきっていた。
「あー。今日も樹里来ねーのかよ」
トランプを投げ出して雄治が叫んだ。
「しょうがないだろ。条件、樹里が勝手に受けちまったんだから」
その場にいなかった涼が腑に落ちないとぼやく。
「おーい。次、虎太郎の番だぞ」
雄治に促され、虎太郎は手持ちカードを出した。
「虎太郎もつまらないんだな。樹里も沙耶もいねーから」
虎太郎の気持ちを察した拓実がそう言うと、虎太郎が頷いた。
「様子、見に行ってみるべ?」
雄治が提案すると拓実に却下される。
「ダメだって樹里に言われてるだろ?」
どうやら演技をしている姿をメンバーに見られるのは恥ずかしいらしい。
「そりゃそうだけどさ。虎太郎は同じクラスだろ? 虎太郎を盾に行ったら?」
「ボクもダメだって」
「何で?」
意外な答えに雄治が噛みつきそうな勢いで聞き返す。
「ハズカシイって」
「ったくー」
雄二は溜息交じりに言った。
「勝手だよな。何も一人で抱え込まなくていいのに」
涼は腹立たしいのか、机を殴るようにカードを出した。拓実も頷く。
「貴寛の魂胆が丸分かりな分、余計腹立つしな」
要するに樹里を相手役にしたかったのだ。そのためにわざと条件をつけて参加させたのだろう。
「頭いいと言うか、ずる賢いと言うか……」
「結局こっちの練習できなくなってんじゃん。これじゃ五人で出るどころか、全然出れねんじゃねーか?」
雄治の言い分はもっともだった。このままでは本当にバンドコンテストの参加自体が怪しくなってきた。
「ちぃーっす」
突然教室の扉が開いた。四人は扉に目を向ける。
「なんだ。ハルかよ」
淡い期待を抱いていた雄治が溜息をついた。
「なんだとは何だよ」
「どうしたんだ?」
喧嘩になると予想した拓実が話題を逸らす。
「雨降ってきたからさ。外で練習できなくなっちまって」
「雨宿りってワケか」
「そうそう」
晴樹の後ろから恭一、要、陽介が「お邪魔します」と入ってくる。
「ハル。樹里の様子、どうなんだ?」
気になった拓実が問う。
「女子どもの嫌がらせを物ともせず、嫌味返ししてる」
「……分かったような。分からんような」
雄二が首を傾げた。
「要するに負けてないってことか」
「そう」
拓実の言葉に晴樹は頷いた。
「劇って何やるんだっけ?」
「美女と野獣」
「……貴寛、野獣の役、よく引き受けたな」
拓実が言うと、晴樹は呆れながら返した。
「魔法が解けたとき、美形であることが条件ってのを知ってたからな」
そう言うと全員が納得した。貴寛の天然ナルシストぶりはよーく知っている。
「樹里の出番が多いってことは、台詞も多いと……」
「しかもなぜかミュージカルなんだよな」
晴樹はそう言いながら、置いてあったジュースを勝手に紙コップに入れて飲み始めた。他の三人にも入れる。
「ミュージカル?」
「歌って踊るのか?」
「まー、そんなとこ」
口々に聞かれ、晴樹はめんどくさそうに答えた。
「曲とかは? 誰かが作ってんのか?」
「んなワケねーじゃん。ディズニーのだよ」
「やっぱりな」
晴樹の言葉に拓実が笑いながら頷いた。
「つっても、三十分くらいに抑えた短縮バージョンだし」
「流石に二時間もは上演できないしな」
陽介の言葉に要が付け足す。
「それに歌とダンス、両方できる人ってなかなかいないからな」
恭一が言うと、陽介が思い出す。
「そうそう。それでもこないだある女子がキレてさ。『納得行かない』とか言い出して、もう一回オーディションすることんなって……」
「で、結局大差で樹里ちゃんに決まったんだ」
陽介の言葉を要が引き継いだ。
「ほー。大変だーね。ハルのクラス」
他人事の雄治がノンキに言う。
「そう言う雄治んとこは何すんだ?」
「おいらんとこはたこ焼き屋」
「いーなー。そう言うオーソドックスな方が楽でいいよな」
晴樹たちは心底羨ましがった。一応拓実にも聞いてみる。
「拓実んとこは?」
「喫茶店」
やはりありきたりな答えに、再び羨ましくなった。
「喫茶店か。やっぱそういう方がいいよな」
「いや。そんなに甘くないぞ」
「へ?」
拓実が頭を抱える。
「ああ。こいつんとこ、女装喫茶」
どこで情報を仕入れたのか、涼が代わりに答えた。
「女装……?」
晴樹が聞き返すと、拓実は両手で顔を覆ったまま、こくんと頷いた。
「マジでぇ?」
「マジで」
聞き返すと拓実は嫌そうに肯定した。
「え? 拓実、女装するの?」
急に女の子の声がしたので、全員が驚き、声のした方に顔を向ける。教室の入り口に樹里と沙耶華が立っていた。
「樹里! 沙耶! 劇の練習してたんじゃ……」
一番聞かれたくなかった二人に聞かれ、拓実の顔が引き攣る。
「今日は早めに終わったの。で、本当なの? 拓実。女装するの?」
樹里はとっても楽しそうだった。
「女装するなら、メイクしてあげる。拓実、絶対かわいくなるよ」
沙耶華が妙にワクワクしている。
「いや。俺は女装しないから」
はっきりきっぱり言うと、二人はつまらなさそうにした。
「えー。何でぇ?」
「俺は主に生徒会の方に回るから、クラスの方は裏方しかやんねーの」
その言い訳は樹里も沙耶華も腑に落ちなかった。
「えー? 貴寛は思いっきりクラスの方出てるよ?」
「それは貴寛の勝手だろ? 俺は生徒会長だしな」
拓実が強くきっぱりそう言うと、二人は声を揃えた。
「つまんないのぉー」
「あのなぁ」
二人の反応に拓実は頭を抱える。
「拓実なら絶対美人さんだと思うなぁ」
「あ、沙耶。今やっちゃえば?」
「そっかぁ」
「おい! やめろって!」
勝手に話を進める二人に拓実がツッコむ。
「さーてと。折角五人揃ったし、さっそく音合わせようぜ」
このままコントが続きそうなので、雄治が伸びをしながら話題を変える。
「そうだね。あ、そうそう。ハイ。これ」
「何?」
樹里は思い出したように恭一にCDを渡した。
「頼まれてたダンスの曲。虎太郎が仕上げてくれたの」
その言葉を聞き、ダンス組の四人の顔が驚きに変わる。
「うわっ! マジで? ありがとう! 聞いてもいい?」
「どぞどぞ。ラジカセがそこにあるから」
樹里が指さした方向にCDラジカセがあった。恭一は早速CDをセットし、再生してみる。
「すっげ。かっけー!」
イントロを聞いた瞬間、恭一たちが叫んだ。
「樹里。いつの間に……」
今までそんな時間なかったハズだ。劇の練習に時間を取られ、家では両親がいない分の家事をこなしているのだ。曲を作るなどと言う時間はなかった、と思う。
「大体はすぐできたんだけどね。結局虎太郎に助けてもらっちゃった」
「にしてもよくできたよな。ダンス用の曲って言うか、インストって初めてじゃね?」
何故か雄治が後ろから樹里に抱きついてみるが、樹里は別に振り払うわけでもない。その光景はまるで兄妹だ。
「うん。だって恭一くんとハルから大体のリズムとかどんな雰囲気がいいかとか聞いてたからね」
「そっか」
何事もないように話す二人を見て、樹里に思いを寄せているダンス組四人は心底雄治が羨ましかった。
「ん? 恭一くん?」
恭一のことを名字ではなく名前で呼んだことに、晴樹が気づく。この間まで名字で呼んでいたのに。
「あ、だって友達なのにいつまでも名字で呼ぶのは変かなーと思って」
「良かったな。樹里に友達として認定されたぞ」
涼が三人の肩を順番に叩いた。
「そういや樹里は友達だと思ってないと名前では呼ばないもんな」
雄治は過去を振り返った。樹里が名前で呼ぶ人間はそういない。
「あ、踊りにくかったら言ってね。アレンジ変えてみるから」
「うん」
名前で呼ばれたのがよっぽど嬉しかったのか、恭一は満面の笑みで答えた。
CDを聞き終わると、再び雄治が声をかける。
「んじゃま、一曲やりますか」
それを合図に五人は楽器を持って、それぞれの配置に付いた。
「何やる?」
「そりゃ、あれしかないでしょ」
樹里の問いに雄治が答える。
「あれね」
「そう、あれ」
『あれ』が何なのか、五人以外は全く分からない。大体何故『あれ』で通じるのが不思議だ。
始まった曲は聞き覚えのある曲だった。この間も演奏していた曲。
「ブラックコーヒー」
沙耶華が突然呟いた。
「飲みたいのか?」
思わず晴樹が問うと、沙耶華は横に首を振った。
「違うわよ。曲のタイトル」
「そうなんだ」
晴樹が驚くと、沙耶華は呆れた。
「知らなかったの?」
「タイトル、初めて聞いた」
晴樹がそう返すと、沙耶華は溜息をついた。普通は曲を聴くと、タイトルも知りたくなると思うのだが、晴樹は違うのだろうか?
「でも何で『ブラックコーヒー』?」
「この曲のイメージがそうなんだってさ」
なんじゃそら、と晴樹は思った。
確か作曲は涼だったはずだ。樹里が聞いた曲のイメージがそうだったのだろうが、音楽に詳しくない晴樹にはよく分からなかった。
曲が終わると続けて違う曲を演奏した。今度は聞いたことがない。
「あれ? 新曲?」
「こないだ雄くんが書いた曲みたい」
晴樹の問いに沙耶華が答えた。そう言えば、テスト前に樹里に歌詞を付けてくれとCDを持参していたのを思い出した。
「沙耶は聞いたことあんのか?」
「うん。デモ段階の時だけどね」
「ふーん」
樹里と沙耶華は仲がいいから、自分の知らないところで二人は遊んでたりする。四六時中一緒にいると言っても過言ではない。
「何? 羨ましい?」
「は? 何が?」
沙耶華がニヤニヤと笑っている。思わず晴樹は眉根を寄せた。
「樹里のこと好きなんでしょ? 顔に書いてあるわよ」
晴樹の気持ちは沙耶華にはバレバレだった。ここで隠しても無駄だと悟った晴樹は観念した。
「ま、まーな。でもお前らは仲良すぎるんだよ」
「だって親友だもーん」
「ハイハイ。どうせ俺は幼馴染止まりですよ」
意地の悪い沙耶華の言い方に思わず幼稚園児のように返す。
「あら? そーとも限らないわよ?」
「え? どういう意味?」
沙耶華の期待を持たせる言葉に晴樹は引っ掛かった。
「ま、『成せば成る。成さねば成らぬ。何事も』ってね」
「何だよ、それ」
ことわざで返されても分からない。言われっぱなしで面白くない晴樹は、言い返すことにした。
「て言うか、お前はどうなんだよ」
「何が?」
晴樹の言葉に沙耶華が聞き返す。
「お前、貴寛のこと好きなんだろ?」
「なっ……!」
沙耶華は本気で驚いた。なぜ晴樹が知っているのか、分からなかったからだ。
「お前こそ顔に書いてあるぞ」
その反応が証拠、とでも言うように晴樹は言った。
「素直になれよ」
「うるさい」
沙耶華はそう言うと晴樹から離れた。
(ちょっと言い過ぎたか?)
思わぬ沙耶華の反応に、一人反省する晴樹だった。
翌日。思えばこの時から少しずつ異変が起こり始めていたのかもしれない。
「ハル。ここのセットの小道具知らね?」
突然、晴樹は劇の準備をしていたクラスメートに問われた。
「さぁ? 俺見てねーけど。お前がどっか置き忘れたんじゃないのか?」
そう言うと、クラスメートは首を傾げた。
「いやぁ? 俺、ここに置いといたハズなんだけどな」
彼は置いてあったと言う場所を指差した。
「昨日はあったのか?」
「うん」
昨日のことを思い出し、彼は頷く。晴樹も首を傾げた。
「おかしーな?」
「うーん。ま、もう一回捜してみるよ。サンキュ」
「おう」
だが結局捜していた小道具は見つからず、再び新しく作る羽目になった。
その数日後。この日のホームルームは劇の準備をすることになっていた。
晴樹は同じ大道具係のクラスメートと一緒に材料や衣装、セットを置いている空き教室のドアを開けた。
「ちょっと何だよ。これ!」
「どうかしたのか?」
教室の扉を開けた瞬間、クラスメートが叫んだ。後ろにいた晴樹が問うと、クラスメートは教室の中を指差した。
「見ろよ、これ」
「うわっ!」
見た瞬間、驚きのあまり晴樹は叫んだ。置いてあった衣装がボロボロにされていた。しかしこの教室には鍵がかかっておらず、誰がやったのかも分からない。
「ひでーな、これ」
晴樹はボロボロになっている衣装を拾い上げた。一緒に置いてあったセットや小道具には手をつけず、なぜか衣装だけがボロボロだった。
「一体誰が……?」
クラスメートが呟いた。同じように晴樹も疑問を口にする。
「何で衣装だけ……?」
「どうしたんだ?」
異変に気づいた恭一たちがやって来た。
「うわっ!」
「何だこれ?」
要や陽介もその惨状に眉間に皺を寄せる。
「おい。小道具とか大道具とか、なくなってるもんとかないか?」
恭一に聞かれ、みんなで調べ始めた。
「特になくなってるもんはないぞ」
一通り確認してみたが、特になくなっている物も、傷つけられている物もなかった。
「じゃあ、衣装だけやられたってことか?」
不思議に思った恭一は眉をひそめた。
「なぁ、特にベルの衣装だけが酷くないか?」
「そう言えば……」
晴樹の言葉にその場にいた全員がその現状に気づく。他の衣装はそうでもないのに、ベル役の樹里の衣装だけ、原型を留めていない状態だった。
「恨みを持っているヤツが犯人?」
陽介の呟きに、恭一が溜息をついた。
「そんなのいっぱいいるだろ? ベルになりたいって女子はたくさんいるんだから」
「そうだよな」
「実はそう見せかけて違うとか?」
晴樹が意見を言ってみると、四人にじっと見られた。
「……ち、違う……かな……?」
あまりにじーっと見られたので不安になる。
「何やってんの?」
なかなか戻って来ない晴樹たちの様子を見に、今度は樹里と沙耶華が入って来た。
「うわ。ひどーい!」
教室の中を覗いた沙耶華と樹里が同時に叫んだ。
「誰がこんなひどいこと……」
沙耶華は自分が作ったベルの衣装がボロボロにされていることに気づき、固まっていた。
「俺、先生呼んで来る」
最初に発見したクラスメートが職員室へ走って行った。
「ひどい……」
沙耶華は自分が作ったベルの衣装を手に取った。衣装と言うより布切れに近い状態だ。
「沙耶。あたしも手伝うからさ」
「いい!」
樹里の申し出をはっきりきっぱり断る。樹里の不器用さを沙耶華はとてもよーーーーく知っている。
しかしあまりにもはっきりきっぱり断ってしまったので、不自然だと思い、沙耶華は言い訳した。
「そ、それより樹里は台詞とか覚えなきゃいけないでしょ?」
「でも……」
それでも納得しない樹里に念押しする。
「大丈夫。これだって一人で作ったんだから。それに、本番までまだ時間はあるし」
「そう?」
心配そうな樹里に沙耶華は深く頷いた。樹里が手伝うとなれば、一人でするより余計に時間がかかりそうだ。まともに雑巾も作れない人が服なんて作れるわけない。
「あ、俺手伝うよ。上手くできるか分かんないけど」
恭一が申し出る。
「ホント?」
樹里の時と反応が違う沙耶華に、樹里はムッとした。
「恭一ばっかカッコつけんなよ。俺も手伝う」
「あ、二人ともずるい! 俺も手伝うよ」
恭一に便乗し、陽介と要も申し出た。
「ありがとう」
三人の申し出に沙耶華は嬉しそうに笑った。
校内で沙耶華の笑顔を見るのは珍しい。彼女は笑顔を樹里や晴樹など幼馴染以外になかなか見せることがないのだ。思わぬ沙耶華の笑顔に三人は少し照れている。
「沙耶ぁ? あたしの時と反応違わない?」
樹里が恨めしそうに見ている。
「そ、そんなことないよ。樹里はベル役で忙しいだろうし。ね?」
沙耶華は一生懸命取り繕った。そんな言い合いをしていると、ようやく担任がやってくる。
「ひどいな、これは」
担任は現場を見て一言呟いた。
そしてクラス全員が教室に集められた。担任が事情を話すとクラスは一気にざわついた。
「はい! 静かに! 犯人は誰だか分からないが、もしこの中にいるのなら、この後に私まで言いに来るように」
担任は『以上』と締めくくると、教室を出て行った。
「犯人が自首するわけねーじゃん」
「やる気ねーな」
担任が去った後も、クラスはざわついている。すると学級委員である貴寛が立ち上がった。
「犯人は誰か分からない。こんなことをされて悔しいよ。でも今は練習をするべきだと思う」
「仁科君の言う通りだわ!」
貴寛のファンの女子が賛同する。
そこでクラスの全員が劇の準備に戻ることにした。しかしなぜ台詞口調だったのかは未だに謎である。
教室の机を全部後ろに固め、劇の出演者たちはいつものように教室の前方で練習を始めた。そして大道具、小道具、衣装係は教室の後ろに集まったり、廊下に出て自分たちに割り当てられた仕事をこなしていた。
他のクラスは喫茶店やたこ焼き屋など飲食関係なので、晴樹たちほど忙しくはないにしても、やはり教室や廊下に材料を広げ、店作りをしていた。
「よお。ハル。どうだ? 樹里の様子」
隣のクラスの雄治が廊下にいた晴樹に声をかける。
「中で練習してるよ。でも本番まで楽しみは取っておいたほうがいいんじゃないか?」
そう言うと、雄治は「そうだな」と笑った。
「でもまさか樹里が劇に出るとは思わなかった。そこまで五人でやりたいとはな」
「うーん。やっぱ今年で最後だから諦めきれないんじゃないか? 五人揃ってのバンドだろ」
「さっすがハル。樹里のことは何でもお見通しだな」
雄治はニヤニヤしながら、肘で晴樹を小突いた。
「そんなことねーよ」
その時、どこで騒ぎを聞きつけたのか、拓実が現れた。
「ハル。大丈夫なのか?」
「ああ。生徒会長は流石に情報が早いな」
「何々?」
事情を知らない雄治が聞いてきたので、晴樹はさっきの出来事を二人に話した。
「衣装……だけ?」
「そ。数日前は小道具がなくなったんだ。それは誰かがどこかに置き忘れてきたんだろってぐらいにしか考えてなかったんだけどさ。今回は衣装だけがボロボロにされてたからさ……」
「明らかに犯人が誰かいるってことだもんな」
拓実の言葉に晴樹は頷いた。
「犯人っつってもさ、教室には鍵かかってなかったんだろ? 全校生徒が容疑者じゃん」
「そうなんだよな」
事情を横で聞いていた雄治が言うと、晴樹はお手上げのポーズをした。
「そういや沙耶が樹里の衣装作ってたんだよな?」
拓実が質問をすると、晴樹は頷いた。
「うん。作り直すってさ」
「一人で?」
「いや。あの三人組が助っ人するって言ってた」
晴樹が指差した教室の中で四人が話しているのが見えた。その光景に、拓実と雄治は驚く。
「……珍しいもん見た」
「ほんとだ」
沙耶華は中学の時にイジメに遭ってから、樹里や晴樹といった幼馴染は別にして、あまり人と接さなくなった。
「沙耶もあの三人にはようやく心開きかけたんじゃねーかな?」
「いい兆候だ」
晴樹の言葉に拓実が嬉しそうに笑った。
「お、樹里。ハマってんじゃん」
衣装を着てはいないが役になりきっている樹里が視界に入る。
「こら! 雄治! サボんな!」
「げっ」
クラスメートに見つかった雄治は自分のクラスへと連行された。
「俺もクラス戻るよ。何かあったら、また言ってくれ」
「分かった」
そうして拓実も自分のクラスへ戻って行った。
数日後。終業式が終わり、夏休みに入る。
樹里は相変わらず忙しい。午前中は劇の練習、午後からはバンドの練習だ。
「歌ってばっかダネ」
虎太郎に言われ、樹里は苦笑した。
「そうだね」
「そっか。劇っつってもミュージカルだもんな」
雄治は自分で買ってきたお菓子を頬張りながら言った。
「大丈夫か? 喉」
「大丈夫。そんな無茶な発声はしてないもん」
拓実の心配は無用だった。発声の仕方はしっかりと身に付いている。
「衣装はどうなった?」
「着々と製作してるみたいよ」
涼の問いに樹里が答えた。
「ダンス組も手伝ってんだって?」
雄治がそう聞くと、樹里はムッとしながら頷いた。
「うん。ひどいのよ。あたしが手伝ってあげるって言った時はいいって断ったのにぃ」
未だにそれが許せないらしい。
「しょーがねーべ。樹里は家事できるのになぜか裁縫だけはダメだかんな」
雄治がズバッと言った。事実なだけに言い返せない。
「不器用なくせに料理の腕だけはいいんだよな」
涼が笑いながら言う。
「だってそれは小さい時からやってたもん」
留守がちな両親の代わりに、祖父や祖母が面倒を見てくれていた時期もあったが、家事は小さい時からやっていたので、身に付いている。特に、何もできない兄がいるので、生きていく上で料理は必須だった。
「まぁまぁ」
ほっとくと果てしない言い合いになりそうなので、拓実がなだめる。
「おー。皆。やってんねぇ」
突然教室に一人の男が入って来た。全員の視線が男に集まる。
「あ、お兄ちゃん」
「やっ」
現れたのは樹里の兄で涼の親友でもある藍田比呂だった。比呂はもこうしてごくたまにバンドの見学に来る。
「何しに来た?」
「遊びに」
親友であるはずの涼の冷たい言い方にも負けず、あっさりと返した。
「バイトは?」
「休み。家にいてもつまんないからさ」
比呂はそう言いながら入ってきて、まるで自分の物のように雄治のお菓子をつまむ。
「そういや、ハルと沙耶は?」
いつもならここに二人が混ざっているのだが、ここ最近は二人ともいない。
「ハルなら裏庭でダンスの練習。沙耶は衣装の復旧作業」
樹里が端的に答えると、比呂は記憶を辿って頷いた。
「ああ。ボロボロにされたやつか」
樹里が「そう」と頷く。樹里に事情を聞いていた比呂は、「うーん」と唸り始めた。
「犯人見つかってないんだろ?」
「うん。だって見つけようがないじゃん」
「全校生徒が容疑者だからな」
樹里の言葉に雄治が付け足すと、比呂は納得した。
「樹里!」
突然、教室の扉が勢いよく開いた。裏庭でダンスの練習をしていたはずの晴樹が飛び込んでくる。
「どうしたの?」
「大変なんだ! とにかく来て!」
樹里は状況が分からないまま晴樹と共に教室を出た。
他のメンバーも好奇心には勝てず、二人の後を追った。
晴樹に連れられて教室に戻ると、貴寛の暗い顔が見えた。劇の準備をしていたクラスメートも数名残っている。クラスメートの顔も何だか暗い。
「貴寛。どうかしたの?」
「困ったことになったよ」
そう言って貴寛は視線を移した。樹里たちもそこに目をやる。
「!」
言葉が出なかった。衣装がボロボロにされた時には無事だった大道具、背景のセットなどがめちゃくちゃに切り刻まれていた。
「ひどい! 誰がこんなこと!」
樹里は眉をひそめながら叫んだ。後から付いてきたメンバーもその惨状に驚き入って言葉が出ない。
「分からない」
貴寛は溜息混じりに首を横に振った。
「衣装がボロボロにされてから、あの教室にも鍵をかけてたんだ。それなのに……」
晴樹は説明しながら言葉に詰まる。大道具担当だった晴樹は、悔しさの余りギュッと拳を握りしめた。
「鍵は、どこに保管してた?」
拓実が問うと、貴寛が顔を上げた。
「職員室。でも誰が取りに来たかなんて、先生たちは覚えてないさ」
「誰でも……取りに行けた……?」
樹里が呟く。
「ナンデだろ?」
ふと虎太郎が呟いた。
「何が?」
隣にいた雄治が問うと、虎太郎は疑問を説明した。
「だって衣装がめちゃくちゃにされたトキ、コレはブジだったんダヨ? なのに、ダレカに見つかるかもしれないリスクがあるのに、二回に分けるヒツヨウ、ある?」
虎太郎の意見に全員が納得する。確かに二回に分ける理由が分からない。
「これを発見したのは?」
拓実が尋ねると、貴寛が口を開いた。
「さっき。午前中は劇の出演者だけが集まって、ここで練習してた。午後になって、大道具係のみんなが劇のセットを作るために、教室を開けた。そしたらこの有様だ」
「でもここで練習してた時、窓とかも開けてたけど、別に不審な人はいなかったし。それに保管してる教室はここのすぐ隣だから、誰かがドアを開けたら音で分かると思うよ。ドアの建て付け悪かったし」
午前中の劇の練習に出ていた樹里が続けた。
「ドアから入ったとは限らねーぞ」
涼の言葉に一斉に涼を見る。
「どういうこと?」
晴樹が問う。すると涼はこっちへ来いと指で合図し、衣装や道具を保管している教室に連れて来た。
「確かにドアは建て付け悪くて、普通に開くと音がする」
涼がドアを開けると、ドアは軋んだ音を立てて開いた。
「だけどな。ここの教室、不思議なことがあってよ」
そう言うと涼は教室の中にずんずんと入って行き、ある場所の壁の前で止まる。
「よっと」
涼は突然腰壁を蹴った。全員が呆気に取られたその瞬間、古い型の木の板が外れる。
「え?」
その場にいた全員が驚いた。そこには小さいながらにも、向こう側の教室に通じているようだ。
「何コレ?」
「なんだ。まだあったのか」
この学校のOBである比呂が笑う。
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「まー。一応卒業生だし」
「この校舎、古いからな」
涼が付け足した。
「ここってどこに繋がってんだ?」
雄治がその壁に近づき、覗き込む。
「あっちの教室」
比呂が隣の教室を指差す。
この教室は丁度北館と中館のつなぎの場所で、今は物置になっている。元々は資料室だったらしい。そしてこの教室は晴樹たちのクラスと隣の空き教室との間にある。涼がぶち抜いた木の枠は空き教室のほうに繋がっていた。ちなみに隣の空き教室もあまり活用されておらず、開けられることは滅多にない。
「懐かしいな」
「おう」
比呂と涼がニヤニヤと笑っているので、樹里がツッコんだ。
「何で懐かしいの?」
「ああ。よくここの板取って、こっちで授業サボってたんだよ」
涼があっさりと答えるが、樹里はじと目で兄を睨んだ。
「お兄ちゃん? そんなことしてたの?」
「……う~……ま、あの……時効だ。うん。時効」
比呂の目線が宙を泳ぐ。そんなやり取りの間に、冷静に分析した拓実が本題に戻した。
「いや。それよりさ。向こうに行けたとしても、あんまし関係ないんじゃないか?」
すると、涼が自分の推理を説明し始めた。
「準備してる時は、ここは開けっ放しだろ? その時に入ってココに隠れる。で、誰もいなくなった時に出てきて……」
「そりゃできるだろうけど。出るときどうすんだよ」
拓実に聞き返され、涼は周りを見回した。
「そりゃ、窓から……」
「ココは三階だ」
拓実は呆れながらツッコんだ。隣の教室も鍵を開けていなければ、出るのは不可能である。
「できるべ。こっちにでっかい木が生えてるから、そこに移ってだな」
「そんな危険冒してまで誰がすんだよ。こんなこと」
雄治の意見に、今度は晴樹がツッコんだ。
「一番有り得るのは……」
樹里の言葉に一斉に樹里に視線が集まる。
「有り得るのは?」
「職員室で鍵を借りるの」
「……」
とても単純な推理に一同固まった。確かにそれが一番手っ取り早い。
「誰が取りに来たかなんて、誰も覚えてないってさっき言ってたじゃない」
「でもドアが開けば音が……」
貴寛が言うと、樹里がきちんと答えた。
「そんなの誰もいない時間にやっちゃえば分かんないでしょ。夏休みだから常に人がいるわけじゃないし」
「そらそうだ」
一同が妙に納得する。しかし、よく鍵を取りに行く晴樹は何かが引っ掛かった。
「でも鍵借りるときって……」
「あっ! そうだよ!」
晴樹の言葉に恭一が気づく。
「「利用者名簿」」
二人同時に言葉を発した。
「利用者名簿?」
あまり鍵を取りに行かない樹里は、聞き返した。
「そう。鍵を借りるときは必ず利用者名簿にクラスと名前書かなきゃ、借りられないんだ。先生が誰もいなかったら絶対に鍵は借りれない」
晴樹が説明する。晴樹や恭一は何度も鍵を取りに行っているので、システムは把握している。
「何で先生がいないと取れないの?」
「鍵を保管しているとこに鍵が掛かってんだ。ダイヤル式の」
「へぇ」
樹里の問いに今度は恭一が答えた。
「その番号は先生しか知らないのか?」
涼が問うと、拓実が口を開いた。
「いや。俺も貴寛も知ってるぞ」
その言葉に貴寛が頷いた。
「生徒では俺ら二人だけだ。秘密厳守でな」
「一般の生徒は知らないってことだよね」
樹里の質問に拓実と貴寛は「もちろん」と頷いた。
「そりゃ知らないだろ。俺、聞いてから口に出してないもん」
「俺もだよ」
「状況からして二人は犯人じゃないし。とりあえず、利用者名簿から調べた方が良さそうだな」
晴樹の提案に全員頷いた。
「うーん。別に怪しい人いないな」
職員室では晴樹と樹里が唸っていた。
大人数で行っても仕方ないので、二人で調べに来たのだ。担任に事情を説明し、利用者名簿を見せてもらえることになった。
「そうだね。ココの鍵借りに来たのって、うちのクラスばっかだし」
「内部に犯人はいないだろうし……」
もしいたとしたら動機が分からない。衣装やセットを壊せば、作り直さなければいけなくなるのは、犯人自身もそうなのだから。
「変……だよね。やっぱり」
「ん?」
呟いた樹里に、晴樹は顔を上げた。
「だってさ。虎太郎が言ったみたいに、衣装がやられたときは何ともなかったじゃない? なのに誰かに見つかるかもしれないのに、鍵まで開けて中に入ってセットを壊すのって、大変だと思わない?」
樹里の言葉に晴樹は頷いた。
「確かにな。今の時点じゃ誰が犯人かも全然分かんないし」
「動機も、だよ」
樹里が付け足す。
「そうだな」
動機は何だろう? 劇を中止させたいのだろうか? だとしたら、ベル役を取れなかった女子恨み? 今のところ動機といったらそれしか浮かばない。しかしそれは内部犯だった場合だ。
外部犯の場合の動機は何だろう? 樹里か貴寛のファンが相手が気に入らないから、中止させようとしているのだろうか? ただのイタズラにしては手が込んでる。
「……ね」
「え?」
考え事をしていた晴樹は、樹里の言葉を聞き取れず、聞き返した。
「やっぱり怪しい人いないよ。……ねぇ。ドラマみたいにさ、ヘアピンとかでちょこちょこってやって開けたとか?」
樹里の冗談に晴樹は苦笑する。
「だとしても素人がやるには難しいんじゃね?」
「そっか。そうだよね」
やっぱりダメかと樹里は苦笑した。晴樹は溜息をついて、一通り見た名簿を閉じた。
「さて、一回戻るか?」
「そうだね」
二人は担任に名簿を返し、職員室を後にした。
教室に戻る途中、他のクラスも準備を進めているのを横目に見ながら、二人は廊下を歩いていた。
「……!」
ふと遠くで叫び声が聞こえた。晴樹と樹里は思わずお互いの顔を見合わせた。
「今、聞こえた?」
「うん。誰かの叫び声」
二人は叫び声が聞こえた方に向かう。こっちには拓実のクラスがある。辿り着くと、拓実のクラスには既に人垣ができていた。
「どうかしたのか?」
晴樹が近くにいた男子生徒に聞いてみた。
「ああ。見ろよ。これ」
指差された方を見ると、そこには無残に切り裂かれた衣装があった。確か拓実のクラスは女装喫茶なので、恐らくその衣装だろう。
「ひどい。何でこんなこと……」
樹里はその惨状を見て、思わず呟いた。
「ざけんなって感じだよな。折角作ったのによ」
彼は怒りをどこにぶつければいいのか分からず、ただグッときつく拳を握った。
「だよな。俺らのクラスは劇なんだけどさ。衣装もセットもやられたんだ」
晴樹がそう言うと、彼は溜息を吐いた。
「そりゃ、ツライな。ったく。誰だよ。こんなことするヤツ」
彼は愚痴りながら教室に入って行った。
「同一犯かな?」
樹里が晴樹に問い掛ける。
「どうだろう? でもその可能性はあるな」
晴樹は切り裂かれた衣装を見つめた。
切り裂かれた衣装、壊されたセット。誰が何のためにしているのかがさっぱり分からない。しかも晴樹たちのクラスだけでなく、他のクラスにも被害が出ている。
「樹里。教室戻ろう」
「え? うん」
二人は急いで自分たちのクラスに戻った。
二人が戻って来た時にはクラスのメンバーは今日は諦めたのか、ほとんど帰っていた。拓実もクラスの人に呼ばれたのか、既にいなくなってる。
晴樹と樹里は残っていた貴寛たちに名簿に怪しい人物がいなかったことを報告をした。もちろん拓実のクラスの事件のことも。
「俺らのクラスだけを狙ってんのかと思ったけど、どうやら違うみたいだな」
話を聞いた貴寛が口を開いた。
「動機が分かんないけど、このままだともっと他のクラスも被害を受けるかもしれない。そうなれば文化祭だって中止しなくちゃいけないかもしれないな」
ポツリと言った貴寛の言葉に晴樹は閃いた。
「それだ! 動機」
「え?」
晴樹の叫びに、一同が驚いた。
「もしかして俺らの劇じゃなくて、文化祭自体を中止させたいんじゃないのか? 俺、さっきまでこの劇に対してあんまりよく思ってない奴が犯人だと思ってたんだ。だけど、文化祭自体を中止させたいとしたら……?」
「他のクラスがやられた理由も分かるな」
恭一が深く頷いた。
「だとしても、何で文化祭自体を中止させたいのかも分からないじゃないか」
「……そっか」
貴寛の言うことはもっともだ。せっかく突破口が開けそうだったのに、一気に振り出しに戻る。
「とにかく今日は帰ろう。樹里たちはバンドの練習してたんだろ?」
「あ、うん」
貴寛の言葉に樹里が頷いた。
「一応鍵しとくよ。後は俺がやっとくから、練習行ってきな」
貴寛は鍵を見せながら立ち上がった。
「分かった。よろしくね」
貴寛の言葉に甘え、晴樹たちはそれぞれの練習に向かった。
「ハル。どした?」
樹里たちと別れ、ダンスの練習に戻った晴樹たちだったが、晴樹の様子がおかしいことに恭一が気づいた。
「いやぁ。さっきのさ……」
「うん?」
「虎太郎も言ってたけど、何で衣装とセットと分けてやったんだろう?」
「……さぁ?」
晴樹の問いに、恭一は首を傾げた。
「まだ考えてんの?」
要と陽介も会話に入ってくる。
「だって気になるじゃん」
「そりゃ分かるけどさ」
陽介は同意するが、未だに考え続けている晴樹には呆れているようだ。
「それと何で新藤のクラスもやられたかってことだよなぁ」
「うん……」
恭一の呟きに、晴樹は頷いた。やはり文化祭を中止させたいからなのだろうか?
「でもさ、今考えたって分かるわけないじゃん。犯人の目的も分かんないし。それより練習しようぜ」
要が立ち上がり、CDを準備する間に、四人は位置に付いた。曲を再生し、一通り完成しているところまで踊る。
「問題はここからだな」
曲の半分ほどまで踊ると、曲を流したまま晴樹が唸った。
「後半はもっとハードなカンジにしたいなー」
「曲も盛り上がってくるところだしな」
恭一の意見に陽介も賛同する。
「ラップ入れてみたらどうだろ?」
不意に要が思いつく。
「ラップ?」
「そう。だってただ踊るだけじゃ、他のグループと一緒じゃん。どうせやんなら他がしないようなことしなきゃ」
「まぁ。確かに今までラップやりながら踊るってのはなかったよな」
要の提案に晴樹が納得する。
「でも誰がラップ作るんだよ?」
「そりゃ俺たちでさ」
恭一の問いに、要が当然というように答えた。
「そんなん無理だよ。歌詞なんて作ったことないし」
陽介は消極的だ。
「じゃあ樹里にコツ聞くか?」
晴樹の提案に全員一致で可決した。
「ラップのコツ?」
「そう」
四人は練習終わりに樹里のもとにやって来ていた。樹里たちもバンド練習をしていたが、晴樹たちが来た時、丁度終わったところだった。
「ラップは作ったことないけど……。でも一番大事なのはやっぱ『韻を踏むこと』なんじゃない?」
「韻?」
晴樹が聞き返すと、樹里は「そう」と頷いた。
「歌詞書くときもそうだけど、ノリのいい曲は韻踏んだ方がリズムに乗りやすいの」
「なるほど」
晴樹が納得すると、要が後ろから声をかけた。
「あとは?」
「あとは……リズムに歌詞が合うようにしなきゃね」
「そりゃ当たり前だべ」
樹里の言葉に雄治が口を挟む。
「意味が通じるようにもな」
拓実がギターを片付けながら、付け足した。
「でもよく考えたな。ラップなんて」
先に片付けが終わった涼は、スポーツドリンクを飲み干した。
「やっぱ他のグループと一緒だと印象には残んねーかんな」
晴樹が答えるが、思いついたのは要である。
「楽しそうだな。ま、がんばれ。んじゃ、俺、先出るわ」
涼は立ち上がると、ベースを持って出て行った。
「さてと。俺らも帰るか」
雄治がそう言いながら、首を回すとゴキゴキと恐ろしい音が鳴った。
「あ、あたしスーパー寄って帰るから、みんな先に帰ってて」
「荷物持ちは?」
晴樹が申し出ると、樹里は笑顔で断った。
「あー、大丈夫だよ。ありがと」
そうして樹里は晴樹たちと別れ、一人で買い物に出かけた。
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晴樹たちは高校最後の文化祭を楽しみにしていた。 しかし事件が次々と起こり,文化祭開催が危なくなる。その魔の手が幼馴染の樹里にも及んで……。
――劇に出ることになった樹里。貴寛のファンに反感を買われながらもこなしていたある日、劇の衣装が切り刻まれていた。