おあずけ愛紗と世話焼き桃香 ~真・恋姫†無双SS
第二話
馬上でじれったい思いに耐えること半日あまり、ようやく城門の外観のわかるあたりまで来た時のことだ。
見張りの兵とおぼしき人影が数人、城壁の上に立っている。
そのうちの一人。やけに華奢な体格の兵が愛紗たちを歓迎するつもりなのか大きく手を振っていた――――いや、彼女は兵などではない。そもそも愛紗が彼女を他の誰かと見間違えることなんてあり得ないのだ。
やがて手を振るだけでは飽き足らなくなったのか、人影は大声で呼びかけだした。
「おーい、愛紗ちゃーーーん」
呼ばわる声は間違いなく愛紗の義姉のものだった。
「すまんがここはまかせるぞ!」
愛紗はそう言い捨てるなり馬を駆けさせた。
「まったく、桃香様にはいま少しご自身の立場というものを考えていただきたいものだ」
口ではそんな風に文句を言っているものの、馬を飛ばす愛紗は久々に義姉と会えるうれしさで溢れかえっていた。
彼女が城内に入るのとほぼ同時に桃香も城壁から駆け降りてきた。
慌てて馬から降りる愛紗にその勢いのまま桃香は飛びつき力いっぱい抱きしめる。
「愛紗ちゃん!」
「ちょっ、桃香さま……私は逃げませんから落ち着いてください」
力いっぱいとは言ってもさほど鍛えられていない桃香の腕だ。
痛いとか苦しいとかそういうのはないのだが、人の行き来するところでこうも熱烈に迎えられると愛紗でなくても周囲の視線が気になる。
気にはなるものの桃香を振りほどくわけにもいかず、かといって同じように抱き返すこともできず、愛紗の手は半端に宙をふらふらするばかりだ。
「でもでも、愛紗ちゃんに会うのすっごい久しぶりで私うれしいんだもん」
「ひ、久しぶりと言ってもたかだか一月ほどのことではありませんか」
「たかだか、なんかじゃないよ。ずっと会いたかった……それとも愛紗ちゃんは会いたくなかった?」
「それは、その……気がかりではありましたが……」
「じゃあ私と一緒だね」
そう言うと桃香は彼女を包み込む腕の力を一層強めた。
「えへへっ」
桃香のくすくす笑いが愛紗の耳元で聞こえる。
抵抗するわけにもいかずされるがまま彼女の弾んだ声を聞いていると、これも仕方ないか、と許せるような気持ちになっていた。
もともと行為自体が嫌なわけではないし、せっかく桃香が機嫌よくしているのにわざわざ水を差すこともないだろう――――自分のことは棚に上げてそんなことを思いながら愛紗は義姉の温もりに身を任せた。
桃香の熱烈な歓迎は置き去りにした関羽隊の面々が街に入るまで続いた。
身を離した後も桃香はまだ名残惜しげだったが、遠征で疲れた兵を待たせてまで続けられるわけもない。
「そういえば桃香様。護衛の者が見あたらぬのですが……」
解放された愛紗が軽く辺りを見回しながら指摘すると
「……あはは、もうすぐ愛紗ちゃんが着くって聞いたら居ても立ってもいられなくなっちゃって」
「桃香様、私などをそのように思ってくださるのは光栄です」
そうは言うものの、愛紗の目を一際鋭くさせている――――誰かに苦言を呈するときの顔だった。
「ですが、このように軽はずみなことをしてもしものことがあったらどうするのですか。桃香様を害そうとする不埒者がどこに潜んでいてもおかしくないのですよ。その身に何かあればあなた様を信じてついてきた者たちはいったいどうすればいいのですか。最早その身はご自身だけのものではないのですよ」
「平気だよ。みんな、警邏とかがんばってくれてるし」
「私とてこの街の治安維持には皆が力を入れていることは知っています。しかし、万が一ということが――――」
「そのときは愛紗ちゃんが守ってくれるから大丈夫♪」
笑顔でそう言い切る桃香に、彼女はそれ以上言い募ることもできなかった。
(まったく、こうも信頼されてしまっては応えないわけにはいかないではありませんか。ご主人様といい桃香様といい、いつもいつもこうやって誤魔化してしまわれる……。それにしても桃香様にはもう少し自覚というものをして頂かないと……)
愛紗も心の中ではそう思うものの、にこにこと笑いかける桃香にはやっぱり何もいえないのだった。
黙ってしまった愛紗の様子にお説教が終わったと思った桃香は遠征に言っている間のできごとを語りだした。
「――――そうしたらね、鈴々ちゃんが『だったら鈴々が全部食べちゃうのだー』って言って本当に全部食べちゃったの――――」
親しい者たちの変わりない暮らしぶりを聞いているうちに愛紗の感じていたわだかまりも少しずつ解れていく。
そうなれば自然、この場にいない人間をまた意識しはじめる。ある意味当然だろう――――もともと桃香の出現で眩まされていた目が元に戻っただけのことなのだから。
「最近、璃々ちゃんが焔耶ちゃんをいろいろ真似しだしてね、それを蒲公英ちゃんにからかわれるとすぐ追いかけっこになっちゃうの」
「この前のおやすみの日に桔梗さんと星ちゃんがまたお城のお酒を呑んじゃったの、それで紫苑さんがかんかんになっちゃったんだけど、あの時の紫苑さんはすっごく怖かったなー」
「朱里ちゃんと雛里ちゃんの本をこっそり月ちゃんが読んでたのがわかってね、詠ちゃんが大騒ぎしたの……「目を覚まして、ゆえ~」って」
「なんか急に麗羽さんと猪々子ちゃんが金を掘り当てるんだーって盛り上がっちゃってね、斗詩ちゃんが大変だったみたい」
「翠ちゃんが愛紗がいないと手合わせする相手が減ってつまらないって言ってたな。美以ちゃん達もかまってくれる人が減ってちょっと寂しそうだった」
「恋ちゃんがこのところずっと私のところに来て「愛紗、まだ?」って聞くの。音々ちゃんも励ましてるんだけどあんまり元気が出ないみたい――――」
そこまで話したところでなかなか出てこないひとつの名前についにしびれを切らした愛紗が口を挟んだ。
「あ、あの、桃香様。ご主人様はお元気でしょうか?」
「そっかー。そうだよねー」
「な、なんですか、その笑いは……」
だが、桃香は話の腰を折られたことを気にするでもなくただ微笑んでいる。
自分に向けられる、周りからは暖かく見えるその笑みが愛紗を居たたまれなくさせ、彼女は拗ねたように視線を逸らせた。
「もう、いい加減にしてください。人の上に立つものがそのようににやにやと締まりのない顔をしているものではありませぬ。それとも、何か私の顔に変なところでもありましたか?」
愛紗の台詞は行軍中に自身が散々言われたのと全く同じなのだが、それを省みる余裕も今はない。
「変なんかじゃないよ……ただね、やっぱり愛紗ちゃんが一番気になるのはご主人様のことなんだなーって」
「臣下として主のことを気にかけるのは当然でしょう」
「ふーん、そうなんだ。でも、気になる理由ってそれだけなの?」
「……わ、私が好きな人のことを気にするのはそんなに可笑しいですか?」
「ううん、そんなことない。だって、私も気になっちゃうもん」
「そうですか……」
「うん、それでね。ご主人様なんだけど――――」
そうして桃香の話す一刀の騒々しくも平穏な日々は、愛紗の旅立つ前と寸分違わないもので――――彼女は安堵しつつも心にわずかな失望を抱くのだった。
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愛紗メインSSの二話目です。
一話だけだと量が少なすぎるのでこちらもUP。
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