No.237647

夢籠り/ダテサナ

しもはさん

R18はしてないですけど臭わせる描写があるので苦手な方はお気を付け下さいませ。あとねつ造とか史実とかごちゃまぜです。いつとかどこでとか突っ込まない方向でよろしくお願いします…

2011-07-28 04:12:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1544   閲覧ユーザー数:1530

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 薄い闇の中で目を開く

 

 

 眠る前にいくらか泣いてしまったせいか、視界が膜で覆われたようにぼんやり濁る。

 ゆっくりと一度瞬きして、ぐるりとその瞳をめぐらせば、衝立越しの灯りが部屋の隅でひっそりと揺らいでいるのが映った。

 慎ましやかなその灯りを包む静寂に、今がまだ夜半であることを悟り、同時に自身が、何か温かいものに包まれていることに気づく。音を立てぬようにして向けた目線のすぐそばで、端正な貌が穏やかに瞳を閉じていた。柔らかな吐息と、ぬくい衣の感触。常なら顔半分を覆う眼帯は外されており、その右目を隠すものは今は艶やかな黒髪のみだ。両の腕は伸ばされ、その腕の中に抱きしめられるようにして自分がいる。

 

 

 

 

 

 情事の末に意識を落したはずの身体は、いつの間にか清められていて、肩からは肌触りのよい新しい寝衣を羽織っていた。それでも、袖から覗く肌にはいくつもの赤黒い痣が散らばり、体の奥にはまだ、鈍く痛みが残る。自身に刻まれたそれらの名残に先刻の行為を思い起こして、暗がりで幸村は一人頬を染めた。

 髪を梳かれ、首筋に口付けられ、そのまま扱かれ、吸われ、いちばん深いところまで侵される快楽の強さに、すすり泣き、懇願することさえしてしまった。暴かれた箇所はどこも低温火傷のように熱が残り、今もなおじわじわとした疼きを孕んでいる。

 寄り添って触れあった場所から、灯るような火照りがまた生まれる気がして、幸村はそっと指先を伸ばした。

 触れるか触れないかの位置で相手の耳の輪郭を辿り、髪を撫でる。そうして寝息が聞こえるほど近くまで頬を寄せれば、自分を包んでいた腕が、抱きなおすように動いて、刹那相手を起こしてしまったのかと思って、ひやりと相手の顔を覗きこんだが、どうやらそれは無意識の所作だったらしく、変わらず目を閉じ穏やかな寝息を立てることに安堵する。

 

 密やかに額を近づけて、低く小さく、虫の羽音ほどの声で名前を囁く。

 

 「伊達…政宗殿」

 

 

 

 

 

 部屋の空気は少し冷たく、閉め切った障子に映る蔭は淡く蒼い。

 その上の欄間の透かし彫りが、畳に流水のような陰影を落している。

 部屋を仕切る襖は品の良い墨絵で彩られ、違い棚の上に置かれた白い陶磁は、行燈と月と、両方の灯りを優美な地肌に反射する。上田の自分の居室とは違う、それら見慣れない物達に囲まれた場所で、傍らの温度だけが馴染んだもので、その腕の中で幸村はぼんやりと視界の端を追った。

 温い重みに、自分が男と同衾することを受け入れる日が来るとは、と、皮肉めいた思考が過る。政宗と枕を交わした回数など、もうとうに数えるのはやめてしまっていたが、それでも彼くらいの男ならば褥を共にする相手など事欠かないだろうに、なぜよりによって自分などに手を伸ばすのだろうかと、相手の行動を、幸村には今なお理解できずにいた。そうして同じくらい、自身がどうして政宗の手を拒まないのかもわからないままでいる。手首を取られ、引き寄せられて、少し掠れる声で名前を呼ばれるたびに、胸に湧くのは同じ気持ちのはずなのに、その感情に幸村はまだ名前を付けれずにいる。

 

 相手の胸に頬を当てるようにして、そっと身じろぎをする。

 耳奥に、外の風の音が微かに届く。

 さほど体格の変わらぬ腕に、自分の手を添える。肌を重ねた後、正宗はこうやって幸村を抱きしめたまま眠ることが多かった。肩まで腕を廻して、互いの息が絡むほど近づいて、という姿勢は、慣れぬ間は幸村をうろたえさせたが、今はもう、この男の癖のようなものだと思って受け入れている。触れあう温度は心地よく、けれども柔らかさよりも拘束感をもって自分を抱くその行為は、情愛とは異なる別の何かを幸村に想像させた。肌を交わした残り火を惜しむ様な甘さはそこには無く、ただ幸村が自分から離れることを許さない意志だけが込められたような包容。それはさながら喪失を恐れるような、あるいはすでに失ったものを求めるような    そんな焦燥と切実さがそこにはあった。

 

 

 力を込めて、その手の中のものを守る様に、失わぬように

 あるいは――――喪くしたものに縋るように

 

 

  例えば、政宗が自身の父親を自らの眼前で失っていること。

 あるいは、弟と争い殺してしまっていること。

 いつか誰かから、そんな話を聞かされたことを思い出す。それらは、戦国と言う世において、諜報の一環として得た情報であったが、あるいはそれ以外にも、幸村には推し量りようもない虚無を、政宗は抱えているのかもしれない。

 視線を上に向け、眠る相手の面を見遣る。薄闇の中の政宗の肌は白い。

 北国の者らしいその肌が、月明かりに照らされる様は、昼の光のもとで見るよりもひどく儚い。普段は傲岸さの陰に隠されているものたちが、この静寂と闇の中では、そっと滲み出てくるような感覚に、幸村は独り目を眇めた。

 奥州は遠い他国で、そこの年若い王について幸村が知っていることなどわずかにすぎない。国も立場も、互いに同じくすることなどほとんどない。政宗の胸の内など、幸村には未知のことばかりだ。彼がなぜ自分に触れるのか、その理由さえも幸村には理解できない。

 

 仄かな灯に照らされる、黒い髪の下の双眸は未だ閉じたままで、その右目の端は少し皮膚が赤く変色し、周りにはかつての病の名残だろうか、瘢痕が薄く浮いている。

 当たり前のようにさらされているその右半分を見つめながら、常は隠されているこの右目を初めて見たのはいつだっただろうかと、ふとそんなことを幸村は思った。意識するよりも先に手が伸びて、目尻をなぞれば、逆の眼がうっすらと開いた。

 

 「…起きてたのか」

 「伊達殿」

 「眠れないのか」

 

 半分はまだ夢の中なのだろう、幸村の肩をあやすように、よりいっそう引き寄せて、政宗がそんな事を言う。

 「いえ、大丈夫です」

 「そうか」

 短く頷き、そうして小声で何かを異国の言葉を呟いて、ほどなく、再び政宗が寝息を立て始める。

 首を上げ、その薄い唇を見上げる。そのまま柔らかな吐息を食むように、おのれのそれを少しだけ押し当てて、静かに離す。

 強請られても普段は羞恥が過ぎて行えない自身からの口付けも、政宗が眠っている今なら行える。時折、一人目を覚ました時に幸村は、そんな風に政宗にこっそりと口付けることがあった。無論そんなことは、この男は知らない。知らなくていい、と思う。

 幸村もまた、政宗の抱えているものを知る必要はない。

 彼が知らない自分がどれだけいようと、政宗がどれだけ幸村にはわからないことを背負っていようとも構わない。政宗の中にどんな想いがあろうとも、どうせ最後にその身を貫いて、彼の何もかもを手にするのは己なのだ。この男の内にある悲哀も、後悔も、妄執も、狂喜も、願いも、いつかは自分が得ることになる。あるいは、それは、逆なのかもしれないけれども。

 

 

  (―――― これは、俺のものになる人)

 

 

 

 

 伸ばした腕を傍らの相手の背に回し、相手の胸に頬をあて、ぬくい温度に身を寄せる。

 低く伝わる鼓動の音に寄り添いながら、大事な約束事のように、音にならない声でそう囁いて目を閉じた。

 

 
 

 
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