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レッド・メモリアル Ep#.01「新たなる歴史 Part1」-1

■前作『虚界の叙事詩』と世界を同じにしていながら、登場人物は全く新しいものとなっており、新しい物語となっています。
■世界規模の戦争が懸念される、“静戦”の時代―。 西側の世界『タレス公国』では、 軍に属する、リー・トルーマンが、伝説の捜査官、 セリア・ルーウェンスを呼び出し、 対テロ捜査を進める。

2011-07-27 11:04:31 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:296   閲覧ユーザー数:261

 

『タレス公国』《プロタゴラス市内》

 

128丁目

 

γ0080年4月4日 11:34P.M.

 

 

 

 

 

 

 

 雨降りしきる夜。世界の西側の政治の拠点となる都市にて―。

 

 その国の、政治と経済を動かす都市の中心地からは離れた、郊外の寂れた地区。その男は

やって来た。

 

 今日は雨が降っている。これは『タレス公国』特有の気候で、どうしても雨が多い。『タレス公

国』のしかも《プロタゴラス》に住んでいる者ならば、そんな雨などもはや慣れているはずなのだ

が、その男にとって、今日の雨はどうしても不安を拭い去れない。

 

 これから会う男の事、そして懐に忍ばせたある物の事を考えているから、だろう。

 

 男は、あるカフェにやって来た。《プロタゴラス》の郊外。夜になれば、浮浪者や、ハイになっ

ている若者がうろつくような地域だ。待ち合わせ場所のカフェだって、外見からして寂れたもの

だったし、客層は、《プロタゴラス》の高級官僚などを対象にしたものでももちろん無い。

 

 ここらの界隈に住む、貧しい階層が大半だろう。

 

 男がカフェに入って行くと、中には店主を除いて3人いた。目当ての男は背を向けていてカウ

ンター席に座っていたが、すぐに分かった。

 

 何も言わずにカウンター席にいき、その男とは一つ椅子を隔てた場所に座る。カフェの店主

はすぐにやって来て、注文を尋ねたので、男は飲み物を注文した。

 

「リー・トルーマン」

 

 カフェに入ってきた男は、注文のすぐ後にそう呟いた。

 

 一つ席の間隔を置いて座っている男。年齢で言ったらおおよそ40歳ぐらいだ。体格は決して

大柄ではない。細身と言っても良いくらいで、整ったスーツを着ている。この辺りの界隈には少

し似つかわしくない。滲み出ている雰囲気が、何よりも無機質で人間的でない。まるで、サイボ

ーグであるかのようだった。

 

 監視カメラのように、決して油断のないような目が、カウンター席の上に置かれているコーヒ

ーの中へと注がれている。

 

 リー、と呼んだ男に話しかけた男は、話を続けた。

 

「あんたが欲しがっている情報は、手に入れたぜ。だが、そもそもこれをあんたらに渡す事で、

俺は国に恨まれる。裏切ったと思われる」

 

 そういって、男はリーに、向けて小さな、指ほどのサイズのメモリースティックを、カウンター席

を滑らせるかのようにして渡した。

 

「そもそも、あんた達のような連中と取引したなんて事がばれたら、俺は…」

 

 男はいいかけたが、リーはただ一言だけ口を開く。

 

「ヴォーイ、これを渡したんだったら、さっさと出て行った方が身のためだ」

 

 と、心の底から響くような声で言い放った。

 

 ヴォーイと言われた男は、結局、運ばれてきた飲み物に手をつける事もできずに、カフェを出

て行くしかなかった。

 

 彼はずっと、周囲の様子を伺うかのようにして行動していた。

 

 一方、リーという男は、一度もその男とは目線を合わせる事をしなかった。

 ヴォーイは、カフェを出て、128丁目の通りへと出ていた。この時間は車の交通量も少ない。

彼は職業柄、自分の車を使う事を避けていた。リーのような相手と取引するときは、特に尾行

や追跡装置などに注意をしなくてはならない。

 

 今回も取引こそ終えたが、まだ油断をすることはできなかった。肝心なのは、この取引自体

が、無かったことになるかどうかにある。

 

 ヴォーイは、開けた通りまでやってくると、道路の中に埋め込まれた軌道の上を自動的に走

っていく、全自動のバスに乗ろうとした。停留所で専用のパスを読取装置にかざせば、次に来

るバスが自動的に停止するシステムになっている。

 

 ヴォーイのパスは、自分の身分を偽って作られている。彼がどこのバス停でどこまで行こうと

も、それが外部にバレるような心配は無かった。

 

 ただ、それは一部の者達を除いての話だったが。

 

 ヴォーイの目の前にバスがやって来た。夜も深夜だったから、バスの運行本数は少なく、乗

客も少ない。ヴォーイにとってはちょうど良いが、用心に越した事は無かった。

 

 彼を乗せると、バスは、深夜の《プロタゴラス》市内を走り出した。

 

 バスに乗って3分もしないうちに、ヴォーイは異変に気付く。数名の乗客達に混じって、フード

を被った、背の高い男がヴォーイよりも前の席に座っていた。

 

 路面を走るバスの、わずかな振動に合わせ、その男の体が揺れている。

 

 ヴォーイは、フードを被ったその男が怪しいと直感した。顔が伺えず、まるで背中側でもヴォ

ーイ自身を見張っているかのように見える。

 

 その男が、少しでも怪しいからには、一つバスを遅らせるしかない。用心に越したことは無い

のだ。例え、前に座っている男が、ヴォーイにとって敵でも障害でもない、ただの一般市民の男

であったとしても。

 

 降車スイッチをヴォーイが、誰の注意も引かずに押そうとしたときだった。前に座っているフ

ードを被った男が突然振り返り、降車スイッチを押そうとしたヴォーイの腕を掴んできたのだ。

 

「き、貴様は!」

 

 ヴォーイは思わず叫んだ。彼の口から漏れだしたのは、この『タレス公国』の言葉ではない、

別の国の言語。『ジュール連邦』の言葉だった。

 

 次の瞬間、ヴォーイは自分の腕が、一気に焼けていくのを感じた。とはいっても、それは一瞬

でしかなかった。

 

 腕を掴んできた男の手が光りだし、やがてそれが、男自身の全身へと広がっていく。

 

 あっという間だった。ほんの1秒もしない内に、《プロタゴラス市内》を走っているバスは、大爆

発を起こした。

 

 内部から破裂するかのように炎が溢れ出し、その炎は深夜の街を一気に照らし上げた。バ

スは一瞬にして屋根が吹き飛び、車体の上半分が粉々に吹き飛んでいた。バスは爆発をして

も急停車をせずに、数十メートルは進んだ。黒焦げになった車体が濛々と炎を吐き出しなが

ら、夜の道路を数十メートルも進んでいく。

 

 それは、乗客たちも、自分が爆発に巻き込まれた、という事さえ理解できないほどに一瞬にし

て起こった出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 その情報は、爆発の直後、《プロタゴラス》の市街地から50km離れた、《プロタゴラス空軍基

地》へと伝えられ、

 

 『タレス公国軍』はこの事件を、テロ攻撃として処理した。

《プロタゴラス空軍基地》

 

4月16日 8:22 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『WNUA』こと、西部連邦統合参謀本部は、『タレス公国』を初めとする、東部大陸の主要7カ

国で形成された軍事組織である。

 

 40年以上前、当時から軍事力、経済力の面で世界でも影響力を持っていた国によって形成

されていた。

 

 世界的に最大規模の力を持っていた国家、『ユリウス帝国』『NK』が共に壊滅的打撃を受け

たのは23年前の話だ。しかし、『WNUA』は、それよりも以前から機能している組織だった。

 

 『ユリウス帝国』の国力が衰えてからと言うもの、この7カ国が作り上げる軍事的組織は、事

実上世界最強となった。

 

 23年前、『ユリウス帝国』と『NK』という、軍事国家と経済国家は、ある一つの存在によって

壊滅させられた。

 

 『ゼロ』と名づけられた、その世界に脅威を与えた存在は、この世から抹消される事はできた

ものの、世界経済や、世界自体に及ぼした影響は計り知れなかった。

 

 特に『ユリウス帝国』の国力が大きく衰えたことによって、かねてから対立していた西の共産

主義国家『ジュール連邦』が、第3世界に及ぼす影響力は格段に上昇していた。

 

 『WNUA』に加盟している7カ国を除けば、最大の国力を持っているのは『ジュール連邦』で

ある。

 

 そして『ジュール連邦』は周辺諸国に次々と共産主義の波を伝えていっていた。この23年間

の間に、世界の版図は大きく激動し、軍事的、経済的な力も『ジュール連邦』か、『タレス公国』

を初めとする『WNUA』の7カ国か、に2極化していた。

 

 元々、共産主義と資本主義と言う、相反する2つの勢力であったため、その激突は避けられ

ない。

 

 しかし、軍事的な衝突はまだ無かった。

 

 この両者のにらみ合いは、静かな戦争、“静戦”と呼ばれている。

 

 今までは、そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「昨晩に起きた事件により、先月から続く、我が国に対しての爆弾テロの攻撃は7度目に…。

今月に入ってからはすでに3度目です。幸いな事に、一般市民への被害は、ごく小規模に抑え

られていますが、被害者の多く、15名が、軍事関係者です」

 

 《プロタゴラス空軍基地》の指令室にある、軍の高官の為の会議室では、『タレス公国軍』の

対テロ部隊司令官の助手が、スライドを回し、深刻な顔と口調のまま説明していた。

 

 集った軍の高官達。彼らのついたテーブルの上にあるのは、立体スクリーンである。光学技

術が織り成す光の技術は、真に迫ってくるほどリアルな3Dを実現していた。

 

 爆弾テロが起きたという現場の様子を詳細に表しており、さながら、精巧なミニチュアを爆発

させているかのような光景が流れる。それは爆発物の破片の散乱の仕方、残骸などから解析

された再現映像だ。

 

 しかし、テーブル上で起こっている出来事は、バーチャルリアリズムであっても、これらの現

場では、実際に人が死んでいるのだ。

 

 しかも『タレス公国軍』の高官達にしてみれば、この爆弾テロ事件はそれ以上の、さらに大き

な意味を持っていた。

 

「爆弾テロの犯人が『ジュール連邦』側の人間だという確証は、まだ無いのかね?」

 

 そう言ったのは『タレス公国』のカリスト大統領だった。

 

 《プロタゴラス空軍基地》側からは、まるで部屋の奥へと続くかのように立体映像が伸びてお

り、その先に大統領の姿は登場している。そのまま《プロタゴラス》の上院議会場の大統領執

務室に繋がっているかのような錯覚に陥るような光景だ。

 

 空軍基地の壁は四方に、そのような映像が現しており、それぞれ『WNUA』で影響が強い

国、情報機関と繋がっていた。そのせいで、外部から入ってきた者にとっては、部屋はまるで4

倍以上の規模があるかのような錯覚に陥るだろう。

 

 カリスト大統領はつい一ヶ月ほど前に『タレス公国』大統領に就任したばかりだった。彼は、

『ジュール連邦』側の国家や対テロ対策、政策には強行派として知られている。

 

 『タレス公国』の大統領も、対外政策に対して、穏健派だったドレイク大統領の頃から比べ

て、23年で大分変遷してきたものだった。

 

 カリスト大統領の顔には、追い詰められた表情が表れている。つい昨晩も、爆弾テロで国が

攻撃されたことで、更に対応に追われているのだ。

 

「まだはっきりと、『ジュール連邦』側の攻撃が認められたわけではありません。実際、爆発物

のようなものが、現場から一切発見されていないのですから」

 

 《プロタゴラス空軍基地》のゴードン将軍が言った。彼の言った事実こそ、この一連の爆弾テ

ロ事件を一層不可解にしていたのだ。

 

 そもそも、実際は、テロ攻撃なのかさえも分かっていないのだ。

 

「ですが、『ジュール連邦』政府も黙ったままです。我々に対し、一切の情報の開示を拒んでい

ます。何らかの係わり合いがあると思って間違いないでしょう」

 

 と、言ったのは、『WNUA』に加盟している『テレス共和国』の軍事幹部だった。

 

 彼らは何とかして、一連の事件の責任を『ジュール連邦』へと押し付けたがっていた。実際、

その可能性は非常に高い。

 

 そうすれば、『ジュール連邦』側、東側諸国への宣戦布告への動機となれる。

 

 現にこのテロ事件が起こる前からも、しばしば、『タレス公国』内での『ジュール連邦』側工作

員の活動があった。

 

 しかしこれほど、攻撃とも取れる動きは始めてだったのだ。

 

「カリスト大統領。しかしとは言っても、まだ確たる証拠も無いのに、『ジュール連邦』側に対し

て、強行姿勢をとるのは非常に危険であると言えます。何より彼らには…」

 

 ゴードン将軍が言った。彼は《プロタゴラス空軍基地》という、『タレス公国』内でも特に軍事的

拠点となる基地の将軍の立場にいながら、慎重な姿勢を見せるタイプだった。

 

 だが、大統領を初めとする政府幹部は違った。

 

「構わん。もしこれ以上わが国に、テロ攻撃が仕掛けられるようならば、これは戦争行為でしか

ない。我が国は東側の戦争行為と認める」

 

 それは、カリスト大統領が、数日前から言い張っている事だった。

 

 ゴードン将軍としても、大統領に攻撃命令を出されれば逆らえない。

 

 しかし、ゴードンは食い下がらず、ある助け舟を呼んだ。

 

「大統領。その前になのですが、我が基地の、対外工作員である、リー・トルーマン少佐が昨

日、ある情報を入手しました。その入手元こそ、昨日の爆弾テロで犠牲になった、東側の密告

者なのです」

 

 と、ゴードンが言うと、

 

「まさか、密告者なぞを殺すために、バス一つを吹き飛ばしたのか?」

 

 『タレス公国』の情報局の人間が画面の向こうで言っていた。

 

 そんな聞えてきた言葉など無視し、一人の男が椅子から立ち上がって、室内の映像を管理し

ている装置まで歩いていった。

 

 上背が高く、表情薄で顔の堀の深いその男は、さながらマシーンでもあるかのように行動して

いた。席から立ち上がって、手にした小型のメモリを装置へと挿入する。それだけの動きでも、

彼の人間性が、とても無機質なものであると伺えるかのようだった。

 

「君が、トルーマン君かね?」

 

 カリスト大統領が尋ねた。

 

「はい、大統領」

 

 カリスト大統領に、無機質な響きを持つ声でリーは答えた。答えるのとほぼ同時に、映写装

置からは、メモリからデータが呼び出され、情報が流れる。

 

「私が接触していた、密告者はヴォーイという男。『ジュール連邦』側の情報に詳しい男で、もと

もと東側で情報局の仕事を担っていたものです。彼に接触したのは攻撃の始まった、今から一

ヶ月ほど前ですが、昨晩は、ようやくキーになる情報を手に入れたと、私に呼び出しがあったの

です」

 

 リーがスライドのように流すデータには、様々な写真、そしてデータなどが含まれていた。その

どれもが『ジュール連邦』側の言葉で掛かれている。

 

「これは、『ジュール連邦』側の情報かね?」

 

 カリスト大統領が尋ねて来た。しかしリーは、

 

「はい、ヴォーイは、あちら側からの情報を我々へと提供してくれていました。しかし、彼の渡し

たこの情報が示すものは、『ジュール連邦』が我々へと攻撃している事を示すものでは有りま

せん」

 

 リーの言葉が、空軍基地の会議室のみならず、通信で繋がる、『WNUA』の重役達へも伝わ

って行く。

 

「それは、一体、どういう事だ?」

 

 と言ってきたのはゴードン将軍だった。リーにとっては直属の上司となっている。

 

「ヴォーイがよこした情報によれば、今回の連続爆弾テロを起こしているのは、海外からのテロ

組織ではなく、国内の組織である、という事です」

 

 場が俄かにざわついた。皆が、鼻から『ジュール連邦』こそ、今回のテロ事件を起こしている

と思い込んでいるのだ。

 

「それは、本当かね?」

 

 誰かがリーに対してそう言って来た。

 

「はい。ヴォーイ達は以前からある組織に目を付け、接近しようとしてきました。ですが、今回の

ような事態に…。恐らくテロ組織側もヴォーイ達の捜査には気がついていたんでしょう」

 

「それで、その組織とは、一体どこの組織なのだね?」

 

 ゴードンが尋ねて来る。リーは、映写装置を操作して、更にスライドを動かしていった。そこに

は、『タレス公国』系の人種であると思われる、大柄な男を遠巻きで写している写真が載ってい

た。

 

 それだけではない、その男のすぐ隣には、スーツ姿でサングラスをかけた男がいる。2人は

人目が付かない場所で人と会って、何かの会話をしているようだった。

 

「これは、誰だね?」

 

 ゴードンが尋ねると、すぐにリーは答えた。

 

「男の名前は、ジョニー・ウォーデン。《プロタゴラス》を根城にしているとされる、ギャング組織、

ヤング・ソルジャーのボスです」

 

 リーは、この場所に通信している全員にはっきりと聞えるほどの声で言っていた。

 

「この男が、今回の爆弾テロ事件に関与しているという理由は?」

 

 《プロタゴラス空軍基地》内の、ある高官がリーに尋ねた。

 

「今のところ、ヴォーイから受け渡されたこの情報が指し示しているから、としか言う事はできま

せん」

 

 リーは、高官相手でも臆することなくそう言った。

 

「つまり、信頼できるかどうかも分からん鼠のような密告者の情報というわけだ。この、何とかと

いう組織に、我々の目を背けさせる事が理由かもしれん…」

 

 その高官がそう言いかけた時に、ゴードンが割り言った。

 

「トルーマン少佐。この男と一緒に写っているスーツ姿の男は、一体誰なのだね?」

 

「現在調査中です。しかし詳細については、ジョニー・ウォーデンに接触すれば理解することが

出来るでしょう」

 

 リーがそこまで言ったところだった。

 

「よし。とにかく、手がかりはその組織にある。という事だな」

 

 カリスト大統領が、さっさと場を取りまとめるかのような口調でそう言い放った。

 

「その組織から、今回の爆弾テロ事件に繋がる情報を、何でも良い。捜し出せ。特に『ジュール

連邦』側に関する情報は絶対に見逃すな。もしかしたら、その男も『ジュール連邦』側に繋がる

一人かもしれんからな」

 

 リーは、一度もジョニーという男の組織が『ジュール連邦』とかかわりがあるとは言わなかった

が、カリスト大統領は勝手に決め付けてしまった。

 

 しかも、その場にいるほとんどの人間が、カリスト大統領のいう事には賛成であるかのようで

ある。

 

 リーはまるで、異端審問会にかけられる異端者のような目で見られていた。

 

 リーは思った。結局この者達も、『ジュール連邦』と戦争をしたいだけなのだ、と。

 

 

 

 話し合いの後、リーはゴードンによって呼び止められた。そのリーの直属の上司は、リーの

1.5倍はありそうな巨漢でありながら初老の男だ。しかしリーは、そのような男を見上げても、

まるで臆することは無い。

 

 むしろ、影を落としているかのようなリーの表情によって、彼の方がより強い貫禄があるくら

いだった。

 

「トルーマン少佐。さっき言っていたことだが、ジョニー・ウォーデンなる男の組織をどうするつも

りだ?」

 

 ゴードンはこの《プロタゴラス空軍基地》で最もトップにある男だったが、対ジュール連邦諜報

活動をするリーには、直々に命令を下す。リーとゴードンの間には中間階級がおらず、実質、

リーこそが、対ジュール連邦諜報活動部隊を動かしていた。

 

 だから、ゴードンにとっても、リーこそが、テロリストによって、管轄内でテロを起された場合の

頼みの綱でもあった。

 

 だが、そんな頼みの綱であるはずのリーは、まるで感情が篭っていない、ただし、すでに用意

していたかのような声で答えてくる。

 

「ウォーデンのチームに潜入捜査をします。それで、奴のバックに誰がいるかを調べる。ここま

で大規模のテロを、一組織のごろつきどもが実行する事はできない」

 

「そうそう簡単に潜入捜査ができるような輩なのか?」

 

 ゴードンが尋ねると、リーは、一枚の書類をめくった。

 

「ジョニー・ウォーデンの組織は、わが軍でもマークされている。もちろん国内で働くギャングとし

て、武器の密売などに関わっているというものだが、確たる証拠が、無い。

 

 しかし、我が軍が、奴らの組織に目を付けている点は、あくまでギャングとしてではなく、『能

力者』が組織内にいると疑われているから、と」

 

 リーは書類に書いてある事を読み上げている、と言うよりも、自分の知識の中から話している

ようだった。

 

 ゴードンは、書類を読み上げたリーを見つめた。

 

「君はこの基地に来て、まだ3ヶ月しか経っていないのに、随分と詳しいな?」

 

「本部にいた時に、この基地の行なった作戦についてはチェックをしていたので」

 

 リーはそう答えたものの、ゴードンはその疑る目を止めない。空軍基地を治める初老の男

は、そのまま話を続けた。

 

「そうだ。そのジョニー・ウォーデンの組織内の『能力者』の存在が、前の捜査で疑われたの

だ。作戦は検挙にまでは至らなかったし、武器も押収されていない…。

 

 『能力者』の存在は、例え一般市民であったとしても、われわれが把握しておかなければなら

ない。何故なら、時として国家をも脅かす存在になりうるから…」

 

 リーは、そんな事はすでにお見通しといった様子だった。

 

「私がこの基地に呼ばれたのは、対『能力者』テロリストの作戦指揮を取るため。ですので、ウ

ォーデンの組織に潜入する必要があると判断した今、その目的は果たさせてもらいますよ…」

 

「ああ、それは分かっている。だが、潜入捜査はそうそう簡単にできるものではないことを知っ

ているな? おそらく次のテロが起こるとしたら、それまでには間に合わん。最低でも一週間は

…」

 

 だがリーは、ゴードンの言葉を遮るかのように、次の言葉を話し始めていた。

 

「セリア・ルーウェンス」

 

 リーは、一人の名前を発した。

 

「彼女はγ0077年に、このウォーデンの組織、ヤング・ソルジャーに潜入した。『能力者』の存

在こそ明らかにしたものの、決定的な武器密売の証拠は発見できず、検挙には至らなかった」

 

 ゴードンは身を乗り出した。

 

「いや、セリアは、ルーウェンスは、駄目だ。再び潜入捜査などできない」

 

 身を乗り出してまでそう言ってくるゴードンを、リーは冷ややかな目で見つめた。

 

「しかし、セリアは、ウォーデン達の信頼を獲得するまでに至った。と書いてある。準備無しにウ

ォーデンの組織に潜入するための、偽造身分、逮捕記録もまだ生きている」

 

 リーは、書類をめくり、さらに続けた。

 

「いや、だから、駄目なのだ」

 

 ゴードンもさらにそう言った。

 

「何故? 彼女がその潜入捜査の数週間後に名誉除隊しているから? 除隊理由は一身上の

都合、ふむ。」

 

 リーはゴードンの言う事など、まるで気にもしていないかのようにそう言った。おそらくそれ

は、リー自身が、『タレス公国』の国防総省からやって来た人間、だからであろうと、ゴードンは

踏んでいた。

 

 現場に出る、軍服組の言う言葉など、リーは余計な事と考え、気にもしていないのだ。

 

「おい、リー。言っておくぞ。セリアは駄目だ。彼女を再び任務に戻させても、おそらく仕事をし

ない。一度決めたら割り切ってしまうような相手なのだ。それに、例え任務に戻るようなことが

あっても、彼女が一体、どんな人間なのか、知っているのか?

 

 ブロンドで写真の見た目が良い事は認めるが、外見だけで判断するな。性格は乱暴だ。軍に

は忠実だったかもしれないが、超えてはならない一線を超えるタイプだ」

 

「ええ、強行な捜査と、被疑者への暴力行為、さらに、器物破損などで10件以上の審問を受け

ている。なるほど…」

 

 リーはそんなことなどお見通しといった様子だった。

 

「それがどういう事か分かるか? 時に君達のような役人にとって嫌うような人間と言うことだ

よ」

 

「いや、まさにそれです。この手の事件にはそんな人材が必要だ」

 

 と、リーはゴードンが想像している事とはまさに反対の事を言ってのけるのだった。

 

「何、だと?」

 

「どちらにしろ、ヤング・ソルジャーに潜入できるのは彼女しかいないのですから、連絡を取って

みようかと」

 

 ゴードンにとっては、意外だった。彼はセリアを良く知る人物の一人だったが、まさにリーのよ

うな役人タイプの軍人に嫌われ、そして彼のような人間との激しい摩擦に嫌気がさして、セリア

は休職してしまったようなものなのだから。

 

「ああ、好きにしろ。連絡先は分かっている。だが、彼女は今、長期の休職中だ。電話には出

るかどうか分からないぞ、それと、そうそう」

 

 ゴードンはさっさと行ってしまおうとするリーを呼び止める。

 

「何か?」

 

「特に君のような人間は初対面でも嫌われる。そういう女なのだ」

 

 ゴードンは念を押してリーに忠告するのだった。

《ペルタゴラス》

 

『タレス公国』北部山岳地帯

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、セリア・ルーウェンスは、いつ終わるとも分からないような休暇を満喫してい

た。

 

 元軍人たるもの、国家の危機には、現場に戻らなければならないという使命感が、セリアの

中のどこかに残り続けていた。

 

 だがセリアは、自分が上層部側にとって忌み嫌われている存在だとよく理解していたし、まし

て、今のようにデリケートな事態となっていては、ますます嫌われるだろう。そう思っていた。

 

 だから今セリアは、『タレス公国』でも有数と言われている釣りの名所で魚を釣る。ただそれ

だけだ。湖にボートで漕ぎ出し、ただ、ボートにセットした竿に魚がかかるのを待つだけだ。

 

 たとえ魚が連れなくても、《ペルタゴラス》のような土地には雄大な自然があり、その中で一人

ぼっちになって、つまらない事を考えているのも、今まで毎日のように軍の任務に追われてい

たときに比べれば、気楽なものだった。

 

 だが、セリアは元々このような場所には似つかわしくない。

 

 ラフなシャツとパンツを身に付けた彼女は、長い金髪を巧みにセットしており、田舎で暮らして

いるというよりは、都会で、男達の魅力の虜となっている方が似合うだろう。

 

 それでいながら、セリアは背が高く、そのように魅力的な髪とは相反して、体躯もしっかりとし

ていた。目付きも、ただ男を魅了する目的のためではない、軍人として引き締まった顔、そして

鋭い眼光を持っている。

 

 ボートに置いてあった、防水性の携帯電話の音に反応するのさえ、普通の人間が反応する

のよりも圧倒的に早かった。

 

 それは、セリアが持つ持ち前の反射神経であり、さらに軍にいたときに培ってきた反応の速

さでもあった。

 

 しかし、休暇中だというのに、まるで任務中であるかのように携帯電話を素早く取る。というの

も、セリアが自分自身でも嫌になる事だった。

 

 そうなのだ。どうせ、政治的圧力で窮屈な軍の捜査組織など、とっくに辞めてしまったつもりな

のに。

 

 何故電話を取ってしまったのか、それはセリアが自分自身でも良く分からないことだった。

 

 さっさと通話ボタンを押して、セリアは電話に出た。どこからかかって来たのかはディスプレイ

を見るまでも無く分かっている。自分に電話をかけてくるような人間は、どうせ軍の人間だけな

のだから。

 

「もしもし?」

 

 セリアは、アルト歌手であるかのような声量を持つ声で電話に出た。

 

「セリア・ルーウェンスだな? 私は、《プロタゴラス空軍基地》で対外テロリスト対策の任務を行

っている、リー・トルーマンと言う」

 

 案の定、電話に出たのは知らない男だった。

 

 口調からして、現場や戦場に出て、直接実戦の任務を行なうようなタイプには思えない。この

声のタイプは、おそらく役人だろう。

 

 セリアは、自分とは相反するような何かを、この男の口調から読み取った。

 

「私は休暇中なの。邪魔しないで」

 

 という口調も、相手が役人口調でなかったら、もっとましなものになっただろうと、自分でも思

うのだった。

 

 だが、そんなセリアの口調など構いはせず、リーと名乗った男は続けた。

 

「セリア・ルーウェンス。γ0072年に、空軍士官学校卒。その後、空軍の対テロリスト任務に

つき、昨年まで数々の実績を上げてきた。君の話は本部でもよく聞くし、君の任務の成果は

我々も認めている」

 

 リーが電話先から送ってきたのは、案の定、セリアを褒め称えるようなものだった。

 

 だが、役人口調でそんな事を言われても、セリアはちっとも良い気分に離れなかった。むしろ

身構えてしまう。

 

 この男の意図するものは何だ? と。

 

「私に一体、何をさせたいの? あなたは?」

 

 どうせ、このような人間が言ってくる事は決まっている。褒めて、褒め称えて、最終的には何

らかの任務をやらせにかかって来る。それだけだろう。

 

 セリアはそのように鷹をくくったが、リーが持ってきたものは、セリアの思ったとおりであった。

 

「ジョニー・ウォーデンという男と、ヤング・ソルジャーと言う組織を知っているか?」

 

 セリアの頭はすでに予期していた事に対しては、異様な速さで回転した。まるで、毛嫌いして

いるものを、本能的に避ける時の行動のように。

 

「ああ、その手の話なの? 言っておくけどね、私の軍での立場は、もう首に縄がかかっている

も同然なの。だから、そういった事は本部の組織の人間にででも任せた方が良いわよ」

 

 セリアは電話を切ってしまおうとも思っていたが、何故か通話を続けていた。

 

 多分、相手を口で言い負かしてやりたいから、今まで、散々自分を蹴落とそうとして来たよう

なタイプの人間を、自分の口で言い負かしてやりたいから、だろう。

 

 それが子供っぽく、わがままな行為なのは、セリアも自分自身で分かっていた。

 

「ジョニー・ウォーデンに近づけるのは君だけだ。彼は昨晩に起きた爆弾テロ事件、さらには、

ここ一ヶ月内に起きている事件に関わっていると見られる」

 

 セリアはその男の事をもちろん知っていた。任務の標的となった相手、むしろ汚れ仕事とも

言われている潜入捜査の潜入先は全て記憶に残っている。

 

 だがセリアは、

 

「それで、私に一体、何をさせたいって言うの?」

 

 ボートの上で体の向きを変え、セリアは相手の出方を伺った。このリーとか言う男、そう簡単

には引きそうにも無いし、プライドなどで感情的になったりしなさそうだった。

 

「その組織に再び潜入して欲しい」

 

 だがセリアは、

 

「私に任せる理由は他にもあるんでしょ? ただの潜入捜査なら、軍は扱いにくい私を使ったり

しないわ」

 

 長い金髪をかきあげながらセリアは尋ねた。もう、ボートにセットしてある釣竿の事なんてどう

でも良い。このリーとか言う男が、魚なんかよりもどうしても油断ならない。

 

「ああ、軍が君に対して任務を任せるときは、必ず、そうだったな。いや、そもそもジョニー・ウォ

ーデンが『能力者』である可能性があるからこそ、軍は君に潜入捜査を任せていたのだろ

う?」

 

「ご名答よ。でも、ジョニーは残念ながら自分が『能力者』だっていう片鱗を見せもしなかった

し、彼の組織に『能力者』がいたという気配すらなかったのよ」

 

 セリアは、当時の事を思い出しつつそう言った。そのようにリーと電話で会話している時も忘

れない。セリアはしっかりと釣竿にかかる獲物がいないかと、目を光らせていた。

 

「だが、私の情報筋では、奴らの組織には、『能力者』がいるとされている。それも、ジョニー自

身が『能力者』であるという可能性が非常に高い」

 

 と、電話先のリーは言ってきた。彼はセリアを疑う事も、彼女のように粗野な人間を差別する

かのような口調も見せない。言葉は任務に集中している。セリアの嫌味を言っているわけでは

ない。

 

 少しは話せる人間かもな、とセリアは思った。

 

 しかし、

 

「それで、私の登場と言うわけね。でも駄目よ。私はあくまで休暇中。決して動いたりしないんだ

から。もし、私という重い石を動かしたいんだったら、大きな刺激が必要よ。この私もびっくりし

てしまうような、刺激、をね」

 

 セリアは、35を過ぎた女には似合わないような、悪戯っぽい声で言ってみた。

 

「人が、死んでいる。それも軍事関係者を中心としてだ。メディアでは爆弾テロと言っているが、

あれは『能力者』の仕業なのだ。『能力者』が、爆弾テロを起こしていて、爆発物の痕跡すらな

い」

 

 リーには、そんなセリアの冗談も通じないようだった。

 

「あらそう?だったら、どこかの国相手に戦争でもすればいいじゃない?」

 

 セリアはきっぱりと言ってのけた。このまま電話を切ってしまっても良かったが、リーは沈黙

の中で何かを思考しているようだった。

 

 それは、セリアにもはっきりと伝わってきた。彼は何かを思考し、そしてそれを実行に移そうと

している。例え沈黙の中とはいえ、セリアにも伝わってきた。

 

 この男、何をするか分からない。セリアがそう直感したとき、リーは口を開いた。

 

「刺激が欲しいと言ったな?上を見てみろ」

 

「は?上?」

 

 リーに言われるがままに、セリアはボートの上から上空を見上げた。

 

 するとそこには、一機のヘリが湖に影を落として、今正に降りて来ようとしている所ではない

か。

 

 リーとの電話、そして釣竿にも注意を払っていたせいか、セリアも全く気がつかなかった。

 

「そのヘリに乗って、我々の元へと戻ってきてくれるか?セリア?」

 

 リーは電話先からそのように言ってくる。だが、セリアが降り立とうとしているヘリを見つめて

いえる言葉は一つしかなかった。

 

「全く、あんたは大した仕掛け人よ」

《プロタゴラス空軍基地》

 

4月16日 11:34 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 『能力者』という存在がこの世にはいる。

 

 今に始まったことではない。『能力者』はさまざまな名称の呼ばれ方をし、この世界に古くから

存在していたのだ。

 

 『能力者』が社会に及ぼす影響力は計り知れないものがある。しかし同時に彼らは、社会に

は知られないか、もしくは脅威となる存在でもあった。

 

 『能力者』の存在の認識は、『能力者』同士か、ごくごく一部の人間に知られるだけに留まり、

長年の時、存在し続けた。

 

 『能力者』は、時として、人間を超越した存在、とさえ言われていた。彼らは、何かしらの『能

力』を持っていた。

 

 その『能力』は、古くから、『非能力者』と言われる一般人からは、超能力、サイキックとして称

え上げられ、同時に忌み嫌われても来たものだ。

 

 『能力者』と言われる存在の定義は、『能力』を使えるという言葉を示していた。更にこの『能

力』でも、非常に高度な水準のものを使える場合、これを『高能力者』と呼ばれる場合もあっ

た。

 

 『能力者』は無から火をも生み出せるし、時には物質、空間さえ制御し、銃火器を持った人間

をも相手にした戦闘も可能になるという。

 

 この、超人類を、軍組織やテロリストが見逃さないはずは無かった。

 

 『能力者』であるか否かは、先天的なものがほとんどで、後発的に『能力』が発現する場合で

も15歳までが限界だった。『能力者』は、古くからその存在を知られていたものの、軍や戦争

で使うには、数が少なすぎたし、戦闘用の『能力者』、『高能力者』ともなればその人数はぐっと

減る。

 

 しかし、世界的規模の最後の大戦争、3次大戦の直前に行なわれたという、ある計画が軍や

テロリスト達を、『能力者』獲得へと突き動かしていた。

 

 それが、『能力者』を意図的に生み出すという実験だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴードン将軍は、端から、セリアを連れ戻すのは無理だと決め付けていたが、ヘリに乗って彼

女が《プロタゴラス空軍基地》に現れたときは、彼女の存在に驚かされた。

 

 あれだけリーのような役人を毛嫌いし、また彼らとの摩擦によって、半ば軍を追放されていた

ような女が戻ってくる。ゴードンにとっては信じられないような話だったが、現にセリアは目の前

に現れているのだ。

 

 だが、セリアはまだ完全に説き伏せられたわけではなかったようだ。

 

「潜入捜査の作戦内容を見せて。もし、万全に整えられていなかったら、私は乗ってきたヘリに

そのまま乗せてもらって帰る事にするわ。そうそう、あとジョニーの組織の内の誰かが『能力

者』だって言う確実な証拠も見せてよ」

 

 セリアは要求を次々とぶつけてくる。だがリーは、そのような要求はすぐに満足させることが

できるようだった。

 

「ああ、秘密作戦室でな」

 

 セリアは、ラフなシャツとパンツ姿だった。手荷物は何も持っていないし、化粧だってしていな

い。そうであっても、彼女が36歳の女だと言っても誰も信じられないだろう。

 

 どうやって、軍という粗野な世界で、そんな美貌を保ってきたのかは分からない。それも情報

技術官や通信兵などではない。実戦部隊の兵士だったのだ。

 

 長い金髪、白い肌。少し冷たい眼光こそ持っているが、魅力的な目など、むしろファッションモ

デルの方が似合うのではないのか、と誰しもが思う。

 

 しかしセリアは正にバラであり、鋭く長いトゲを無数に持っていた。美しいと思えるのは外見だ

け、という人間もいる。

 

 今、そんな彼女の一面はリーに対して向けられていた。

 

 一方、セリアと並んで歩くリーは、ブルーのスーツに身を包み、その濃い茶色の髪と、堀の深

い顔が、まるでマシーンのようである。確かに役人にも見えなくは無いが、そこには、更に地位

を高望みをするような野心も感じられなかったし、目先の結果だけに捕らわれない、幅広い視

野を持っているようだった。

 

 リーもセリアも、軍人としてはかなり浮いた存在だ。彼らの外見だけではなく、その行動、そし

て態度、全てにそれが滲み出している。

 

 

 

 

 

 

 

「君が潜入捜査をしたとき、ジョニー達が借りていた倉庫には、無数の武器があるはずだっ

た。そうだな?」

 

 極秘作戦を行なう際の会議室に古い作戦報告書を持ち込んだリーとセリアは、ある任務につ

いての情報を交わしていた。

 

 秘密作戦室にいるのはリーとセリア、さらにゴードン将軍、そしてまだ若い風貌をした、赤褐

色肌の軍人だった。彼は軍人としての格好をしておらず、ダークスーツを着ている。それが《タ

レス公国軍》陸軍の捜査官の正装だった。彼はゴードン将軍の部下で、名前はデールズ・マク

ルエム。リーと共にこの作戦に参加する事が決まっていた。

 

 そんな数人程度の環境の中、セリアが話し出す。

 

「ええ。ヤング・ソルジャーは、海外から《プロタゴラス港》にやって来るといわれている武器を、

国内の組織に取引を通じて横流ししていたって言うのよ。その際に、莫大な利益を生むように

してね。

 

 ああ、そうそう、国内の武器を海外へと横流しするという逆の方法も取っていたわ。つまり奴

らは、不法に武器の貿易をしていたの」

 

 長い金髪をかき上げながら、セリアが呟いた。どうも退屈そうな様子である。

 

「君の潜入捜査中では、港内にある武器を発見できなかったし、取引にも参加できなかったの

だな?」

 

 リーがセリアに尋ねる。すると彼女はあさっての方に目線をやった。

 

「さあ、どうかしらね?」

 

 するとゴードン将軍が間に割り入る。

 

「私が、止めさせたのだ。セリアは強行にジョニー達の取引の現場を抑えようとした。だがそれ

は時期尚早だったし、肝心な事が分からなければ、ただの武器の違法取引にしか過ぎない。

その肝心なこととは」

 

「ジョニーの組織の誰か、もしくはジョニー自身が、『能力者』であるという事よ。そうすれば、

『能力者』として、わたし達はあいつらを拘留することが出来る」

 

 と、セリア。

 

「その通り。だがセリアはその命令をも無視し、強行に現場を押さえようとした。だから、わざと

逮捕させたように見せかけ、身柄を回収した」

 

 ゴードンがそう言っても、セリアは表情を変えることはなかった。

 

「セリアが我々軍の人間であるという事はバレてはいない。しかし、ジョニー達の逮捕には至ら

なかったのだ」

 

「それで、新たな証拠って、何よ?」

 

 セリアがゴードンの言葉を遮るかのように言ってきたので、リーはすでに動かしていた、会議

室内のスライドを動かし、別の写真を表示させた。

 

 どこかのテロリストらしき人間のアジトらしき場所だった。銃撃戦でもあったのか、内部は荒

れたばかりの様子そのものである。それが検挙直後に取られた写真であるという事は明白だ

った。

 

 これは『タレス公国』ではない。捕らえられているテロリストらしき者達の風貌からして、『ジュ

ール連邦』、それも特に旧植民地と言われる、『ジュール連邦』奥地の地方の者達の風貌だ。

 

「先日『ジュール連邦』が拘束した、テロリストのアジトでこんなものが見つかった。全て純正の

爆弾だったり、銃火器などの武器だったりする。しかし…¥」

 

 リーが画面に表示させた画像では、マシンガンのようなものが、コンクリートの中に埋もれて

いた。それも、ただコンクリートをくりぬいて埋め込んだのではない。まるで水の中に入れて、そ

れを凍らせたかのようだった。

 

 他にも似たようにコンクリートに埋め込んだかのような、手榴弾。ロケット砲などが表示され

る。

 

「これは、ただコンクリートに埋め込んだわけ、ではないな?」

 

 ゴードンは、そのコンクリートの破片を凝視して言った。まるで、見たこともないものを見て言

ったかのような顔をしながら。

 

「ええ、これはそんな生易しい方法でやっているのではない。瞬間的にコンクリートを固めること

ができなければ不可能だと。しかも専門家に言わせれば、このコンクリートは、セメントから固

められたものではなく、コンクリートを溶かし、それをまた固めて、中に武器を隠しこんだのだそ

うだ」

 

 リーは説明するが、セリアはその内容に飽きてきてしまったようだ。

 

「それが一体、『能力者』の存在を示す証拠になるわけ? ただ、調べ方が甘かったからじゃあ

ないの?」

 

「だが、このテロリストに言わせれば、ジョニー・ウォーデンという男と、この武器弾薬について

取引をした、と、言っていた。それが証拠だ」

 

「あらあら、じゃあ、さっさとジョニーを捕らえなさいよ。国外のテロリストに武器弾薬を密売する

のは、立派な犯罪だわ」

 

 と、セリア。

 

「だが、そうもいかん。私たちの部隊が動けるのは、その組織が先日の爆弾テロに関わってい

る場合であり、また相手が『能力者』である場合のみだ」

 

 リーは無機質な声で、ゴードンとセリアに言って見せた。

 

「だがリーよ。疑わしい組織は全て調査せよとの命令だ。もしお前が今我々に示した情報が、

昨日暗殺された男から渡された情報ならば、このジョニー・ウォーデンと言われる男は、捜査を

する価値があると思うが?」

 

 と、ゴードンがリーとセリアの間に割り入った。

 

「そう。だから君を呼んだ。セリア。もし、ジョニー達の組織に『能力者』がいるのならば、通常の

強行な作戦は無意味なものとなる。一般兵ではとても、『能力者』には太刀打ちできないから

な。つまり、潜入捜査が不可欠だ」

 

「ふん。ジョニー達の組織から、爆弾テロへと繋がる確たる証拠があるのならば、私も動いてあ

げても良いわよ。

 

 でも、何の目的も見せないで、ただ闇雲に潜入捜査をするのは、気が引けるわ」

 

 セリアが言う。彼女はずっと椅子の上で腕組をしたままだった。

 

「セリア」

 

 リーが一言、彼女を呼んだ。

 

「何よ。下手な取引には、応じたくないわ」

 

「聞いたよ。君には生き別れになった娘が、いるんだってな?」

 

 突然、セリアの不敵な表情に翳りがさした。だが、リーは構わず話を続けた。

 

「君は、探偵まで雇って、自分の娘の居所を探そうとしている。しかし18年前の話だ。君はも

う、娘を探すことはできない、と諦めかけている」

 

 リーは手にした書類を整えながら、セリアにそう言うのだった。

 

「だから、どうしたって、いうのよ、あんた! そんな昔の話、今頃持ち出して、何を言いたいの

よ!」

 

 リーは、机の上で手にした書類の角を整えながら、セリアに近付いていく。

 

「私が以前勤めていた、国防省には、犯罪捜査のための、国でいや、世界でも最大級の身元

追跡センターがある。本来ならば、そのセンターの追跡シミュレーション装置は、捜査関係者

が政府の許可を得て利用できるものだが、セリア。君にそれを使わせてやっても良い」

 

「最初から、そうやって、私を餌で釣るつもりだったのね、あんた。娘のことまで調べて!」

 

 そう言うと、セリアは荒々しくリーの持つ書類を叩き落した。だが、

 

「いいわ。やってあげる! ただ、捜査が成功したにしろ、失敗したにしろ、その追跡センター

は利用させてもらうわよ。それが条件。私がこの潜入捜査に参加させてもらうという時点で、取

引成立。いい?」

 

 リーはセリアに凄まれても、少しもその表情を変えることはしなかったが、

 

「いいだろう。それで取引成立だ」

 

 と、リーが言うと、セリアは鼻を鳴らした。そして、少し軽蔑の目でリーを見るのだった。


 
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