No.235051

Lv100 第五話 「カタパグピンザ -早稀と試験品種3号-」

M.A.F.さん

もし古代の生き物が甦って、しかるべき方法でなら飼えるようになったら?
古き時代に支配者だった者達は、復活したら人間の生活をどのように支配するのか。
化石を通じて彼らに焦がれた人々は、時間という障壁を取り払われて何を見てしまうのか。
"その筋"ではある意味定番の空想を、飼い主の少女達の視点で描くショートコメディ第四話。
◆対象の生き物を好いてない編2。方言だし飼い主じゃないしで他の回と別物。

2011-07-26 20:24:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:590   閲覧ユーザー数:586

 内地から畜産センターに赴任してきた女性が怪物を連れているという噂は、私達の小さな小学校を震撼させた。

 正確には、小学校の男子共を、である。

「見た、見た!まーんてぃ(マジで)!なー、タカ!」

「う、うん!」

 大袈裟なことばかり言うカネケンがまた騒いでいる。腰巾着のタカはうなずくだけ。

「いやー信じられんさ」

「どんなだったか言ってみー?」

 その一言でカネケンは待ってましたとばかりに両腕を広げた。

「三メートルはあったさ、大マズムヌ(化け物)よ!手は大鷲みたいな爪ぇーー(有様が極端なことを示す長音)が付いてて、後ろ脚は太くてがっしり踏ん張って、尻尾なんかはもっと太ぉーーくて電柱くらいあったさー!」

「んじ(じゃあ)、かなます(頭)は?」

「かなますなんか、もう!岩ぁーがそのまんま乗ってる!こんーな盛り上がって、頭突きで何っでも粉々さいが(だろうよ)!」

 こんーな、のところでカネケンは両手を動かしてランドセルより大きい丸を作った。

「まーんてぃ?」「だらか(嘘だ)!」

 教室の男子共は疑いの言葉を口にしながらもすっかりカネケンの講釈に聴き入っていた。

「牙は!?牙ーは生えてたわけ!?」

「牙、牙!包丁みたいな牙ぁーーが口から何十本もはみ出ていたさー!」

 カネケンは両手の指を口の前に垂らし、時代遅れのドラキュラのようなポーズで皆を脅す。

 そこで、ずっと黙ってうなずいていたタカが急に口を開いた。

「クチバシになっていて、牙なんか見えんさいが」

「あっがーい……(何だそうか、やっちまった、だらしねえな、等の意)」

 タカの頭からばしんと良い音が響くのと、休み時間終わりのチャイムが鳴るのが同時だった。全くいつものカネケンのホラ吹きショーだ。

 ホラだと分かった上で皆も盛り上がれるのだから、この平和すぎる島には丁度いいのかもしれないが。

 そんなことを考えていると、後ろから肩を軽くつつかれた。

 振り向いた先には柔らかな微笑。東京からわざわざ越してきた変わり者一家の娘、美雪ちゃんである。

「早稀ちゃん。カネケン君、ホントに見たのかもよ。怪物を」

 笑ってはいても真剣な目で、そんなことを言う。

「……そーな?」

「だって、ずっとカネケン君の言うことにうなずいてたタカヒロ君が、牙のところだけ違うって言ったんだよ。全部嘘だったら、そんなこと言う必要ないでしょ?」

 彼女は、賢い。カネケンに騙されるほど愚かでは決してない。しかしやはり、変わったことに興味を持つ子だと言わざるを得ない。

 どう答えたらいいか分からないうちに先生が教室に入ってきた。

「ホントはどんなのなんだろうね、怪物」

 起立の直前にそうつぶやくのが聞こえた。

 

 久貝昌利さんのヤシが何者かにへし折られたのは、それから一週間も経たないうちだった。

 始めに疑われたのは交通事故。だが折れた位置は大人の腰ほどの高さで、車が折ったにしては高かった。この狭い島で、その日凹みの増えた車も見つかっていない。

 次に悪戯ではないかと声が上がったが、これには昌利さん本人から反論が出た。畑の端に植わった若いとはいえ丈夫なヤシを、作業中の自分が気付かないうちに折るのは難しいだろうという。

 何だか分からないうちに大人達の間ではただのおかしな出来事で済まされたが、子供達にとってはそうはいかない。

 昌利さんの畑は、畜産センターの裏なのだ。

 「ナイチャー(内地屋。他県の人間の意)のマズムヌ、頭突きでヤシをへし折る」の報は瞬く間に小学校を駆け抜けた。

 今日も下校中の道にカネケンを中心とした人だかりができている。怪物と接触し奇跡の生還を果たした勇者というわけだ。

「マズムヌがよ、ぐわーっと岩かなますを下げて頭突きしてきたわけさー!それをさっと避けてよ、横にあった枝で目ぇーを一突きよ!」

 明らかに脚色された武勇伝に、哀れな下級生達が聞き入っている。

 全くこの調子の乗りっぷりには呆れる他ないが、美雪ちゃんは私の隣で楽しそうに笑いながら見ていた。

 カネケン独演会会場を通り過ぎ、美雪ちゃんは突然こんなことを言い出した。

「この後、私の家に遊びに来ない?」

 うん、と私が返事するのに被せて、こう繋げる。

「怪物の正体、分かっちゃったかも」

 

 今時珍しいくらい島の伝統に沿った、赤い瓦と開放的な造り。やはり彼女の両親は変わっている。

 冷たいサンピン茶の載ったお盆を畳に置き、美雪ちゃんは本棚から図鑑を一冊引っ張り出した。

 表紙には恐竜の絵。

「マズムヌは恐竜だわけ(なの)?」

「多分ね。化石から生き返らせた恐竜を飼ってる人も、今では珍しくないんだよ」

 そのとおりなら、見たこともないような生き物自体は飼われていてもおかしくないわけだ。怪物はいる、ということでいいのか。美雪ちゃんの手はページを忙しくめくっていく。

「私もちゃんと覚えてなくって、ええっと……、あ、これ!」

 行き過ぎて戻ったページには、頭の丸い恐竜が二頭描かれていた。一方が、丸く磨かれた石のような頭をもう一方の脇腹に押し付けている。

 名前は、「パキケファロサウルス」とある。

「最初のときもカネケン君は岩みたいな頭って言ってたでしょ?やっぱりあのときのことは牙以外正しいんじゃないかって思うの」

 確かに、後頭部はごつごつと角が生えてさらに岩らしいし、太い尾と後ろ脚、タカが付け足したようなクチバシまである。ここまで合っている生き物がいるとは思わなかった。

 では、大きさは?

「カネケンは三メートルある大マズムヌって言ったさ」

「うん、これは五メートルだって」

「まーんてぃ?」

 ホラのはずだったカネケンの話を超えているではないか。ヤシを折れるのも当然だ。

 焦りが浮かんでいたのか、私の顔を見て美雪ちゃんがまたくすくすと笑う。

「カネケン君は多分高さのつもりで言ったんだよ。そこはやっぱり大袈裟だと思うな」

 人間と恐竜の大きさを比較したシルエット図を指差す。五メートルあるのは前後の長さで、高さ自体は人間より低かった。

 これで少しは安心、いや、できない。人間と並んだシルエットは、やはりそれなりに大きい。牛とどちらが大きいだろうか、こんなのが本当に頭突きしてきたら……。

「ねえ早稀ちゃん」

 図鑑から顔を上げると輝いた瞳があった。

「早稀ちゃんのお家って、畜産センターから近かったよね?本当に怪物を見たら、すぐ教えてね」

 美雪ちゃんは、賢くて、変わっていて、しかしやはり、純粋だ。

「う、うん」

 誰が断ることなどできようか。

 

 すでに陽は傾きかけていた。塀やポストの影が長く伸び始める。

 あまり広くもないこの道を真っ直ぐ行けば、私の家に着く。

 それより先に、畜産センターに。

 怪物の正体は、甦った恐竜。おそらくそれは確かだろう。私はもはやその存在を疑うことを止めていた。

 実在が可能な動物と分かってしまった以上、怪物なんて現実離れしたもの、と一笑に付すことはできなくなった。

 路面は西陽に照らされ、電柱も通行人も、こちら側に濃い影を向ける。

 以前叔父さんに聞かされた。この辺りは元々怪物が出ると言い伝えられている。

 「カタパグピンザ」。見た者に不幸をもたらす、片足の山羊。

 怪物、パキケファロサウルスは、二足歩行。山羊から見れば片足だ。

 カタパグピンザ。パキケファロサウルス。名前までどことなく似ていると感じられる。岩の頭は、化け山羊にふさわしく角が変形したものか。

 言い伝えの怪物が現代の技術で生き返った恐竜であるはずはない。それなのに、私の頭の中で両者は区別がつかなくなっていた。

 今にもその路地から、化け山羊が出て来るのではないか。影にまぎれて、餌食を求めて。

 おかしな音が聞こえてくる。

 しゃり、しゃり、と地面をこする。犬の爪がたてる音に似るが、もっと大きな爪をした二本足のものが歩いてくる。

 音は近付く。私は動けない。

 それは塀の陰から突き出してきた。

 丸い岩の頭。クチバシと角の縁取り。

 やがて現れたその全身は、

 綱を引く女性の腰くらいの高さしかなかった。

「あら?」

 割と若いロングスカートの女性がこちらに気付き、小さな恐竜の足を止めさせた。

「あの、ひょっとしてこの近所の小学校の……」

「は、はい」

「この子のこと、噂になっちゃってるでしょう」

「はい。あの、岩かなますの大マズムヌって……」

 しかしここにいる恐竜は、そんな呼び名にふさわしくはない。

 大きさはせいぜい大型犬くらい。尻尾を含めた長さならカネケンの言ったとおり三メートルあるかもしれない。

 頭は確かに丸い岩のようだが、パキケファロサウルスほど大きくはない。くりっと丸っこくて、可愛らしくすら見える。

 女性は気まずそうな顔で手を合わせた。

「この子を見たこと、秘密にしておいてくれない?本当は連れ出しちゃいけないんだけど、散歩させてあげないと可哀相で」

「あの、その恐竜のこと、友達が知りたがっていて……、その子にだけ教えたら駄目ですか?」

 私がそう言うと女性は顎の先に指を当てて考え込んだ。

「その子は秘密が守れる子?」

「はい、だいずまいふか(とてもお利口)です」

「そう。それなら、こっそり教えてあげてね」

 黄色と緑の斑をした小さな恐竜が、なつっこく頭を擦りつけてきた。出っ張りだらけで少し痛いけど、これは可愛いと言っていいだろう。

「何ていう種類ですか?」

「ステゴケラス、っていうの」

 丸い頭を撫でてみる。いい手触りだ。

「畜産センターの敷地だけじゃ散歩が不充分みたいで……。元気すぎてヤシまで折っちゃったんだけど」

 あ、それはやったのかよ。

 ばっと顔を上げると、女性は滑らせた口を両手で押さえていた。

「秘密にしてね」

「は、はい」

 そっと丸い頭から手を離し、目を反らさず背中も見せないように後ずさりで距離を取る。これは熊から逃げる方法だったか。

「あ、ありがとうございましたあー……」

 もう綱も届かない。引っ張る手を振りほどいたりしないだろうか。

 それから家まで走る速さを緩めなかった。

 

 

 

[ステゴケラス・ヴァリドゥム Stegoceras varidum]

学名の意味:角で覆われた強い屋根

時代と地域:白亜紀後期(約8千万年前)の北米

成体の全長:2~3m

分類:鳥盤目 周飾頭類 堅頭竜類 パキケファロサウルス科

 パキケファロサウルスと並んで代表的な堅頭竜類(石頭恐竜)。パキケファロサウルスと比べると小柄だった。吻部は短く、ドームと合わせて丸みを帯びた顔付きだった。前肢はとても短い。尾は骨化した腱で固められていた。

 堅頭竜類は頑丈な頭骨を特徴とし、種類によっては非常に分厚く盛り上がった骨のドームとなっていた。これをぶつけ合って、地位や異性等を巡る同種間での闘争を行ったと考えられてきた。しかし衝撃やドーム同士がずれたときの力に首が耐えられないのではないかとも言われる。

 従来の考えと違い勢いをつけず頭を突き合わせてから押し合ったか、あるいは相手の脇腹を押したのかもしれない。またドームや角は力比べをしなくとも視覚的なアピールに有効であったと考えられる。

 切り刻むのに的した歯やクチバシで硬い植物の葉を食べたと考えられるが、おそらくは動物の死体や昆虫を食べることもあった。


 
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