No.231913

約束ですよ

千歳さん

あやれいむです。

2011-07-26 00:08:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:383   閲覧ユーザー数:367

 

「はい霊夢さん、あーん」

「あぁん?」

「メンチ切られた!? あぁん? じゃなくて、あーんですよ!」

「うっさい! そんな恥ずかしいこと出来ないわよ!」

 

 文と霊夢、二人がぎゃあぎゃあと騒いでいる今この場所は、人里にある喫茶店だった。

 木製のテーブルの上には、注文した抹茶アイスクリームとバニラアイスクリーム。光を反射させて、きらりと光るスプーンでそれをすくい、霊夢の方へとやる。もちろん、霊夢がそんなことするわけもなく、口論に。

 

「アイスにスプーン、そして目の前に自分に好意を持っている女の子がいたら、もうあーんをしないで何をしろと言うのですか!」

「何もするな! 普通に食え! そして、誰もあんたに好意なんて持ってない!」

「霊夢さん、私今の言葉、とってもとっても胸に突き刺さりました。あなたよりも大きい胸に、突き刺さりました」

「よーし、私その喧嘩買っちゃうぞー」

「あのーお客様、店内ではお静かにお願いします」

「……すみませんでした」

 

 怒られた。

 割と普通に、迷惑そうな顔して、言われた。それもそのはず。他にも客がいる中で、ぎゃあぎゃあと騒がれては、店側からすればたまったもんじゃない。

 

「霊夢さんのせいで怒られたじゃないですか」

「この店を出たら覚えておきなさいよ。その抹茶アイスがあんたの最後の食事だと思いなさい」

「んっふっふ~おお怖い怖い。カルシウム採ってますかぁ~?」

 

 わざとらしく語尾を伸ばしつつ、にたぁ~っとした笑みを浮かべる文。明らかな挑発だった。

 霊夢からすれば、ここが喫茶店じゃなかったら夢想封印やら陰陽玉やら博麗お手製☆退魔グッズなどをお見舞いしてやるところだ。

 ぷるぷると震え、怒りを堪えている。

 

「何震えてるんですか? 寒いのですか?」

「くっ……殴りたいわ」

「あっはっは、喫茶店良いですね。この喫茶店はキャッチフレーズを、あなたの食生活も身の安全も守りますにして、喫茶安心生活とかに名前変えれば良いのに」

「何そのださい名前。絶対誰も来なくなるわよ」

「そーですかねー。来ると思うんですが。少なくとも、私は通いますけど。あ、はい、あーん」

「来るわけないでしょうが。あんただけ異常なのよ。あーん……って、何してるのよ!」

 

 文は、とてもナチュラルにあーんを実行した。

 口に入る寸前で、霊夢が気が付いてしまい、失敗に終わってしまった。文は悔しそうに、くぅ~と唸っている。

 妙に焦って出てしまった変な汗を、危ない危ない、と拭う霊夢。

 

「む~、惜しかった!」

「あんたは何がしたいのよ……」

「博麗霊夢にあーんをしたいです!」

「目的変わってるでしょ、それ」

「あれ? そうでしたっけ?」

「あんた、喫茶店の新メニューを取材しに行きたいから一緒に来てくれ、って言ってたわよね」

「あぁ、嘘ですそれ」

「はぁっ!?」

 

 霊夢は文に、新メニューを取材しに行きたいが、喫茶店に一人は寂しいものがあるから、是非ついてきて欲しいとお願いされたから、動いた。ちなみに動いた主な理由は、全て文の奢りだということを聞いたからだったりする。

 しかし、文はそれをあっさりと嘘だと言った。

 

「大体、抹茶アイスとバニラアイスが新メニューなわけがないでしょう?」

「そりゃあ、おかしいなとは思ったけど……」

「あ、もしかして違和感を覚えても私を信頼してくれたんですか? いやー嬉しいですねぇ、やっぱり日頃の行いのおかげでしょうか」

「寝言は永眠してから言いなさい」

「それ寝言無理ですよ。あ、安心してください。奢りというのは、本当ですから」

「あんたが何考えてるか、本当に読めないんだけど……」

 

 ちゃんとお金は払う。だが、取材の話は嘘。文に利益があるとは全く思えない。何か裏があってもおかしくない相手だからこそ、霊夢は警戒する。

 しかし文は、そんな警戒心丸出しの霊夢に対して、ニコッと笑った。

 

「大丈夫、何も企んでいませんよ。先ほども言った通り、目的はあなたにあーんをすること」

「嘘臭い理由で、信じられないのよ。それっぽっちのために、お金を出してまであんたが動くとは思えない」

「あやややや、では言い方を変えましょう。博麗霊夢のこの時間を、お金で買わせて貰いました。人の時間を、お金で買えたのです。これは凄いことですよ? 他人の時間を貰うのですから。それっぽっち、なんて言葉で括れる理由じゃあありません」

「私の時間を?」

 

 それでも、霊夢には分からなかった。

 何故、私の時間を買ったのか。何が目的なのか。霊夢の頭の中をぐるぐると、そんな疑問が回り続ける。

 

「以前から、一度しっかりと取材したいと思っていたんですよ、あなたを」

「でも、それなら別にわざわざ喫茶店に来なくても……」

「霊夢さん、あなたの周りには常に誰かが居ます。人に妖怪に鬼、天人や吸血鬼など、あなたが一人になる機会、ほとんどないんですよ。あったとしても、お酒が入ってたり、素面じゃなかったりするので、取材なんて出来っこないです」

「あー……確かにそうかも」

 

 霊夢は思い返してみると、文の言う通り、確かにいつも必ず誰かが傍に居たことを思い出す。

 だが、特に何をするわけでもない。ただ一緒にお茶飲んだり、ぐだぐだと喋ったりするだけだ。

 

「別に誰かが居ても、取材くらいすれば良かったじゃない」

「うーん、それはちょっと……なんかいろいろ邪魔されそうですから」

「あー……確かに」

 

 おとなしく取材をさせてくれそうな良識ある人物の知り合いが、悲しいことにとても少ないことに気付く。

 博麗神社によく居るメンツは、文が霊夢に取材をしている最中絶対にちょっかいを出してくるであろう面々ばかりだ。

 文が取材をしていても、横から何か口を挟んできて、結局はぎゃあぎゃあと騒ぐいつものノリになってしまっている光景が容易に想像出来てしまい、霊夢は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「うん、取材どころじゃなくなりそうね」

「ですよねー」

「で、あんたは何を訊きたいの? あんたの興味に応えられることなんて、多分無理だと思うけど。最近は異変も無く平和だし、割とそれなりに平凡な日常を送ってるし」

「今回は、あなた自身に突っ込んでみたいと思います。あなたの周りで起こった事件、とかではなく、博麗霊夢自身に」

 

 文の言うことがよく理解出来ず、軽く首を傾げる。

 そして、まだ口をつけていなかったことに気付き、バニラアイスを口に運んだ。王道の味、甘いけどしつこくない甘さ、そしてひんやりと冷たい感覚。どれも、悪くない。自然と笑みが零れるのが、霊夢自身分かった。

 

「基本的には簡単な質問形式で取材しますから、それに答えて欲しいのです。よろしいですか?」

「ま、奢ってもらうわけだしね。それくらいなら、別に良いわよ」

「ありがとうございます。では、最初の質問です」

 

 文はポケットから、いつも持ち歩いている手帳とペンを取り出した。

 

「異変解決以外で、仕事とかはありますか?」

「依頼されたら妖怪退治とか。って、あんたこれくらい訊かなくても知ってるでしょう?」

「まぁ一応ですよ一応。では、巫女としての修業をしていないとの噂ですが、それは何故ですか?」

「面倒じゃない。それに私は忙しいのよ。お茶飲んだり境内掃除しているふりをしたり」

「それ確実に暇を持て余してますよね?」

「暇をどうやって潰すか悩むことに忙しいのよ」

「……まぁ良いですけど。では、霊夢さんは今まで何度かパートナー、つまり誰かと二人一組で異変解決に向かうことがありましたが、その中でやりやすかった、相性が良いかも、と思えた相手は居ましたか?」

「あー……紫はやっぱり安心感があったかも。うさんくさいやつだけど、実力は確かだからね」

「ほうほう、妖怪の賢者と言われる方と組めるなんて、普通はあり得ないですけどね。他の方はどうでした?」

「他? あぁ、萃香も相性良かったかも。あの能力のおかげで、こっちは目の前の敵に集中出来るし」

「萃香さんの力は扱いようによっては、便利な力かつ強力な力ですからね。他の人はどうでした?」

「え? 他に誰かいたっけ?」

「ほら、強くて可愛くて清く正しい……」

「んー? そんなやついたかしら。あ、そういえば私を利用して、スクープ記事書こうとした最悪の天狗ならいたかも」

「誰ですか、それ?」

「確かね、射命丸文」

「ふむ、私と同姓同名ですね」

「あんただけどね」

 

 霊夢がそう言ったとき、文はあらかじめ耳を塞いでいた。

 

「誰でしょうね、それ」

「だからあんただってば」

「あーあーきーこーえーまーせーんー」

「あんたは子供か……他の客も見てるし、やめなさいよ」

 

 子供のように、耳を塞いであーあーと叫ぶ文。

 周りからなんだなんだ、と妙な視線を浴びせられているのが、霊夢にはよく分かった。

 正直、他人のふりをしてやりたいくらいに恥ずかしいものがあった。

 

「ったく、あんた何歳よ……」

「乙女に年齢を訊くなんて、紳士の風上にも置けませんよ?」

「いや、私女だし」

「え?」

「は?」

 

 しばし静寂。

 そして、先に口を開いたのは、文の方。

 引き攣った笑みを浮かべながら、喋り出した。

 

「や、やだなぁ、も、もちろん知ってましたよ、もう。女性ですよね、はい、女性女性。うん、女性女性」

「ちょっと!? 何今知りました、みたいなリアクションを無駄にリアルにしてるのよ!? というか、私何処にも男の人っぽいところないでしょ!?」

「え? 胸がまな板で――すみません全部冗談ですから。いや、本当ごめんなさい。謝りますからその両手に持ってる十枚以上のスペルカードしまってください」

「次、ふざけたら、夢想封印」

「ごめんなさい」

 

 割と本気で怒っている霊夢に、とにかく土下座。

 喫茶店で土下座をしたのは、恐らく文が初めてだろう。

 もう二人は完全に注目の的となっていた。非常に悪い意味で。

 

「あぁもう、土下座はいいから座りなさいよ。周りから変なもの見る目で見られてるじゃない」

「アイスも食べないと溶けちゃいますね。では、次で最後にしましょう」

「あら、予想外に早いわね」

「はい、次に訊きたいことが本命なので。それ以外はぶっちゃけ、割とどうでもいいです」

「じゃあ最初からそれだけ訊きなさいよ……」

 

 霊夢は大きなため息を零す。

 最初から本命を訊いていれば、こんな周りから奇異の目で見られることも無かっただろうに。

 そんな霊夢の気持ちは知らず、文は質問体勢に入る。

 

「では、最後の質問です」

「はいはい、もうなんでもどうぞ」

「次、異変があった場合、もちろんこの射命丸文を連れてってくれますね?」

「は?」

「パートナーにしますね? というか、拒否権ないです。連れて行きなさい」

「ちょ、何よ突然? というか、これ質問じゃないし」

「別になんでもありませんよ。宝船とやらの時に連れてってもらえなかったから怒ってるとか不機嫌だとかちょっと寂しかったなーとか、そんなこと全然ありませんよ」

「……それが理由か。しかもそれが理由だと、それだけのこと言うためにわざわざこんな喫茶店まで……ってことになるけど」

「べーつーにーそれが理由じゃないですよーっだ。ただ、ちょうどネタが無いので次回異変の時はついて行きたいなーってだけですよ。あなたを利用するだけです。勘違いしないでくださいね?」

「利用されるって分かってるなら、また萃香か紫と組んだ方が――」

「ま、霊夢さんは脆い人間ですから。全力でサポートしてあげますよ。風の防護壁とか霊夢さんを抱っこして超高速移動とか、目にも映らない速さの夢想封印とか、もう敵無しですよ。だからほら、素直に私を選びましょう」

 

 物凄く早口でそんなことを言う文に、霊夢は思わず苦笑い。

 二人だけになりたい理由は取材が上手くいかないからだと言っていたが、これを他の奴らに聞かせたくないからではないか。こんなこと言ったら、からかわれることが目に見えているだろう。霊夢はそう思って、素直じゃないのはあんたじゃない、と小さく呟いた。

 その言葉は、文には聞こえなかったようだ。

 突然早口になったせいか、それともやっぱり恥ずかしさからか、文の頬は少し赤みがかかっていた。

 その姿は、霊夢の何倍も人生を過ごしてるようには到底思えない、見た目相応の少女らしさがあった。

 しばらく、二人とも黙っていると、その沈黙に耐えられなかったのか、文がペン先を霊夢にビシッと向けた。

 そして、沈黙を破る。

 

「で、どうなんですか? 次回は私と組むということで、オーケーですね?」

「いや、そんな決定事項みたいに言われても……」

「むむむ……天狗が人間に協力なんて、滅多にないですよ? こんなレアなことを断るというのですか?」

「あんたさっき、紫が協力することが貴重って言ってたじゃない」

「そりゃあ、あの人が誰かと組んで動くなんて珍しいですよ。でも、ほら、私も珍しい!」

「冷静に考えると鬼と組むのも珍しいわよね」

「うぅ……」

 

 確かに、天狗が協力することは珍しいことだ。

 だが、それ以上に紫が協力することや鬼の萃香と組むことの方が、インパクトは強かった。そのせいで、天狗のありがたみが薄れてしまう。

 文は、何か良い説得方法はないかと頭をフル回転させていた。

 そんな文の姿を見て、少しいじめすぎたかと、霊夢はちょっと反省した。

 

「ま、でも、もし次に異変があったなら」

「え?」

「あんたと組むことにするわ。今日奢ってもらうわけだし、ね」

「本当ですか!? 後から、やっぱりなしーってのは許しませんからね! 約束ですよ?」

 

 まるで雨上がりの空のように、ぱぁっと明るい笑顔を見せる文。

 その笑顔がいつもと違って、どこか幼く感じられて、霊夢はそのギャップにしばらく見入ってしまった。

 

「どうしました?」

「え、や、なんでもないわ。うん、約束する。そうそう、パートナーなんだから、ちゃんとアシストしてよね」

「もちろんです! 任せて下さい!」

 

 霊夢よりも確かに大きい胸を張って、言った。

 

「ん、それじゃあアイス食べて帰るとしましょうか。用事は終わったんでしょ?」

「はい。もうこれで満足です。では食べましょう――ってありゃ?」

「あー……溶けてるし」

 

 アイスは既に、半分以上溶けてしまっていた。

 

「もう一つ頼みます?」

「ん、文がそれも奢ってくれるなら」

「はいはい、分かりましたよ」

「あ、私抹茶で」

「では私はバニラにしましょう。そしてあーんを互いにしましょう」

「いや、それはしないから。あぁん!? ならするけど」

「いや、それこそしませんよ。喫茶店でメンチ切ってる二人って、絶対おかしな人ですよ」

 

 店員を呼び、新しく注文し直す。

 アイスが来るまでの間、二人はなんてことない会話を交わした。

 本当にどうでもいいような話だったが、二人はなんだかんだで楽しそうに笑い合っていた。

 

 

 

おまけ。置いてかれたときの文ちゃん。


 
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