No.224985

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:そんな平日

一郎太さん

大学の課題が早めに終わったので、本日2つ目。
以前、とある方のコメントにあったシチュをSSにしてみたが、違和感バリバリで途中で断念した奴を書き上げてみた。
さて、どなた様のリクエストでしょう?
ではどぞ。

2011-06-27 00:49:36 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:10000   閲覧ユーザー数:6167

 

 

 

そんな平日

 

 

さて今は月曜日であり、つまるところ俺や恋が学校に行かなければならない日である。いつものように朝5時には目を覚まし、ランニング・組手と鍛錬を終えた俺たちは―――正確には俺にとって―――久しぶりの光景を目にした。

 

「………ごはん、ない?」

「あれ?婆ちゃんまだ起きてないのかな?」

 

時たま爺ちゃんが俺達の早朝稽古に顔を出さない事は、これまでもあった。俺に当主の座を明け渡してから気が緩んだのか、そのすべてが寝坊故であり、今日も道場に顔を出さなかったことは、まぁ今はいい。

問題なのは、居間の状況だった。いつもなら婆ちゃん特製の味噌汁が湯気をくゆらせ、漬物や焼き魚などが置いてあるはずのテーブルには、茶碗ひとつ置いていない。毎日朝6時には眼を覚まして朝食の準備をしている婆ちゃんが、今日は居間にも台所にもその姿を見せていなかった。

 

「恋、悪いけど起こしてきてくれないか?俺は爺ちゃんを起こしてくるから」

「ん…」

 

俺の言葉に恋は軽く頷くと、婆ちゃんの寝る和室へと入る。俺はその隣の部屋の襖を開いて布団でイビキをかく爺ちゃんの身体を揺すった。

 

「おい、ジジイ。朝だぞ。さっさと起きろ」

「………ぬ?おぉ、一刀か。どうせなら恋に起こされたかったのぅ」

「恋は俺の彼女だからな。その特権を渡しはしねーよ」

「朝からお熱い奴じゃ…それじゃぁ、儂も起きるとする―――」

「どうした?」

 

爺ちゃんが言葉を詰まらせる。部屋を出ようと襖に手をかけていた俺が訝しんで後ろを振り返ると、そこには、上半身を起こそうとした体勢のまま右手で首を抑える爺ちゃんの姿があった。

 

 

首を寝違えたとか抜かす爺ちゃんを放置して、俺は隣の部屋へと移動した。婆ちゃんもたまには寝坊する事もあるが、こんなに遅いのは珍しい。恋もそろそろ婆ちゃんを起こした頃かと見計らって部屋に入った俺は、恋の表情に固まった。

 

「………だいじょうぶ?」

「えぇ。ごめんなさいね…おばあちゃん、ちょっと寝坊しちゃった………」

 

言葉だけを捉えれば、ただ寝坊しただけのように思えるが、実際にはその声音は辛そうな響きをもち、恋もまたそれを理解しているのか、心配そうに眉をひそめている。

 

「嘘ついちゃ、だめ…おばあちゃん、つらそう………」

「婆ちゃん、ちょっとごめんな」

 

恋の言葉通り、婆ちゃんは起きるのも辛そうだ。俺は一言断ると、彼女の額に手を当てた。

 

「………やっぱり。熱があるよ。朝ごはんはいいから、今は寝てな」

「でも朝ごはんが………」

「だめ。寝てる」

「………ごめんなさいねぇ。少し休ませてもらうわね」

 

俺たちの食事を心配して身体を起こそうとするが、恋のいつになく強い言葉に困ったように笑うと、婆ちゃんは再び布団に身を横たえた。

 

「朝飯は自分たちでなんとかするから、婆ちゃんはとりあえず寝ててよ。後で病院まで連れて行くからさ」

「そんな大ごとじゃないわよ、まったく心配性なんだから」

「だめ、ちゃんと、一刀の言う事きく………」

 

これが母親ならばそこまで言うこともなかったが、流石に婆ちゃんも年だからな。俺と恋の視線に、婆ちゃんはようやく納得し、もう一度だけごめんねと呟くと、瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

俺は恋と連れ立って再び爺ちゃんの部屋に戻る。婆ちゃんの不調を伝える為だ。だが、部屋に入った俺と恋が見たのは、先ほどの上半身を起こした爺ちゃんの姿ではなく、膝立ちになり、右手で首を抑えながら、何故か虚空に手を伸ばして固まっている爺ちゃんだった。

 

「………何してんだ?」

「………………………………………」

「何してんだ、って聞いてんだよ」

「………腰も、捻った」

「………は?」

 

曰く、寝違えた首をひねったままなんとか起きようとした爺ちゃんだったが、変な体勢で立ち上がろうとした所為か、腰までやってしまったらしい。

 

「………婆ちゃんも風邪だってのに、何やってんだよ」

 

俺が溜息と共に洩らした言葉に、しかし爺ちゃんは盛大に反応する。

 

「なんじゃと!?儂の愛しの婆さんが風邪じゃと!?こうしちゃおれん!救急車を呼べぃ!いや、救急車なんぞ待ってられるか。儂が背負って病院まで連れていってやるぐぼらっ!?」

 

婆ちゃんが病気だという現状に爺ちゃんは叫びだし、立ち上がろうとしたが、如何せん首だけでなく腰もやってしまった状況ではどうしようもないらしい。無理な体勢が祟ってか、尻を突き出したまま上半身を布団へと沈めるのだった。

 

「………婆ちゃんは俺が病院に連れてくから、爺ちゃんは湿布貼って寝てろ」

「………………すまぬ」

「最近は朝の鍛錬もサボってるからそうなるんだよ。運動不足だ。これに懲りたら、今度からちゃんと朝の稽古にも参加しろよ」

「くぅ…孫の言葉が身に染みるわぃ………」

 

本当にそう思っているのか、婆さんを頼むと一言残し、爺ちゃんは尻を突きあげたままの恰好で、布団に顔を埋めるのだった。

 

 

 

 

 

 

爺ちゃんの腰に湿布を貼った後、婆ちゃんを病院に連れて行くからと恋を送り出す。最初は渋った恋だったが、婆ちゃんの「恋にはちゃんと学校に行って欲しい」という言葉に説得され、渋々ながらも家を出て行った。朝飯代は渡してあるから、コンビニで何か買うだろう。

俺は学校に電話をして、俺が遅刻する旨を伝える。これまで皆勤賞だった俺が遅刻をすると宣言したのだから担任は大層驚いていたが、北郷家の現状を説明すると納得し、来れる時間でいいから来いと残して電話を切った。

 

「ほら婆ちゃん。タクシーが来たぞ。立てるか?」

「えぇ。少し待ってね」

 

電話で呼んだタクシーに、婆ちゃんの腰と肩を支えて乗せ、その隣に俺も乗り込む。近くの総合病院を行先に指定すると、タクシーはゆったりと走り出した。

 

 

病院の待合室で名前を呼ばれるまで待つ。思うのだが、どうしてこう平日の病院には老人が多いのだろうか。どこも悪そうに見えない老人もいれば、中には知り合いどうしなのか、会話に花を咲かせる人たちまでいる。

 

「今日は田中さんはおらんのか?」

「なんでも、今日は風邪をひいて来れんらしいぞ」

 

………………アホか。

 

 

診察ではただの風邪という事で、2日分の薬を貰って、再びタクシーに乗って家に帰る。婆ちゃんを再び寝間着に着替えさせた俺は、婆ちゃんにお粥を用意し、爺ちゃんにも簡単に握り飯を用意して家を出た。

病院から戻っても、爺ちゃんはまだ朝のままの恰好だった事には多少呆れたが、いじってやるのも可哀相だと何も言わずに枕元に皿を置いた俺は、だいぶ優しいと思う。

 

 

午前中の授業の教科書類はすべて机に置き、だいぶ軽くなった学生鞄を持って、俺は家を出る。この調子なら、昼休み中には着きそうだ。恋も待っているしな。いつもよりも若干早足で通学路を歩く。いつもよりも短い時間で学校に到着した俺は、校門の前に佇む小さな影を見つけた。

 

 

 

 

 

 

「繋がらないよー…どうしよう………」

 

聞こえてくる独り言。背丈から判断するに、小学生くらいだろうか。小学生が何故こんな時間に、とも思ったが、困っている少女を素通りして学校に入るほど俺は人間が出来ていない。手に携帯電話を持った困り顔をする少女に、俺は声をかける事にした。

 

「どうしたんだ?」

「えっ!?あの、その………」

 

俺の問いかけに、少女は慌てる。そんなに怖い顔してるかな、俺………?

 

「困ってるみたいだけど…君、ここの生徒じゃないよね?」

 

当り前だ。

 

「はい…その……兄が忘れたお弁当を届けに来たのですが、携帯がつながらなくて。流石に勝手に入るわけにもいきませんし………」

 

だったら俺が届けようか?言いそうになるその言葉を飲み込む。教師ならいざ知らず、流石に初対面の男に家族の弁当を預けるわけにもいかないだろう。俺はしばし考えて、折衷案を切り出した。

 

「クラスと名前を言ってくれれば、呼んできてあげるけど?」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!私の兄は――――――」

 

少女の言葉を受け、俺は絶句した。

 

 

 

 

 

 

「お、かずピーやん。遅かったな」

「おばあちゃん、だいじょうぶ………?」

「あぁ。病院に行って薬をもらってきた。ただの風邪だってさ」

 

クラスに入れば、昼休みも始まったばかりであり、クラスメイトは銘々弁当を広げて昼食を楽しんでいた。そんな中、自分の机に鞄を置いた俺に、級友が声をかけてくる。その横では、恋がいつもの場所に座って俺を見上げている。一応昼食も考慮して朝は多めにお金を渡したのだが、どうやらすべて朝食に使い切ってしまったらしい恋は、その手に何も持たずにただ座っている。

 

「それより及川。お前に耳寄りな情報がある」

「なんや?」

「校門のところでな、お前に会いたい、って待ってる美少女がいるぞ」

「マジか!?それをはよぅ言ってぇな」

「あぁ。早く行ってこい。可愛い女の子がお前を待ってるぞ」

「すまんなー、かずぴー。ようやくワイにも春が来たようで」

「もう秋に入りかかっているがな」

 

そんな俺のツッコミを無視して及川は立ち上がると、そのまま教室を走って出て行った。

 

「恋、追うぞ」

「?」

「いいから。おもしろいものが見られるぞ」

「………いく」

 

俺も、恋と連れ立って教室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

「カワイ子ちゃーん!ワイを待っててくれたん――――――」

 

級友を追いかけてグラウンドに出た俺と恋が見たのは、すでに校門へと駆けていく及川だった。口からは救いようもない言葉が放たれている。

 

「もう、兄様!なんで電話に出てくれないのよ!」

「――――――あれぇぇぇぇぇぇええええええっっ!!?」

 

校門で佇んでいた少女の言葉に、及川はお笑い芸人もかくやという勢いで、顔面から地面に滑り込むのだった。

 

追いついた俺達の前には、腰に両手をあてて兄を見下ろす少女。そして、顔面をグラウンドに突き刺したまま、妹に見下ろされる青年。と、その青年はがばと起き上がり、いきなり俺の胸倉を掴んできた。

 

「かずピーの嘘吐き!!どこに美少女がおんねん!?」

「そこにいるじゃないか。美少女の部類に入ると思うのだが?な、恋?」

「ん……可愛い………」

「び、美少女だなんて………」

 

美少女と呼ばれた少女が何事か呟きながら、両頬に手を当ててくねくねしている。

 

「どこの世界に自分の妹を美少女なんて言う兄がおんねん!」

「だって、お前。妹系のエ〇ビデオとか好きじゃないか」

「やめてー!家での兄を見る目が変わってまうから、そんな嘘言わんといてー!!?」

 

ふむ、どうやら自分のコレクションの事は家族には内緒にしているらしい。

 

「モノローグでパチこくのもなしや!」

「人の思考に突っ込むな」

 

時に、人は思いも寄らない能力を発揮する。

 

「まぁ、お前の性癖はいいとして―――」

「性癖言うな!」

「―――いいとして、妹が折角来てくれたんだ。さっさと要件を済まさないと、昼休みが終わるぞ?」

「くぅぅ……えぇわ。こうなったら、次の『魍魎の宴』でかずピーのある事ない事吹聴してやるからな」

「あ?」

「………ナンデモナイデス、ハイ。………で、流琉はなんでこないなトコにおんねん?今日は創立記念日で学校は休みやなかったか?」

「そうだよ。だから私がこうして、兄様が忘れてったお弁当を届けに来たんじゃない!」

「へ?ワイ、弁当忘れとった?」

「そんな事にも気付かないなんて、どれだけ頭が悪いのよ、もう………」

 

溜息を吐く少女は、手に持った鞄から男性用の弁当箱の包みを出す。

 

「はい、お弁当。携帯にも出てくれないし、困ってたんだから」

「おおかた、授業中にエロサイトでも見ていて電池が切れたんだろう」

「………どんびき」

「せやから、変な嘘言うなて!今日は出会い系の方、や、で………」

 

俺のブラフに盛大にひっかっかった及川は、恐る恐る妹を振り向く。果たしてそこには、どす黒い瘴気を振りまきながら、世にも恐ろしい笑顔を浮かべる少女がいた。

 

「ニイサマ?」

「………は、はい?」

「もう出会い系サイトはしない、ってお母さんと約束したよね?」

「………せやったかなぁ~」

「こないだ、変な請求がきて、そう約束したよね?」

「せ、せやった気もしないでもない事もないっちゅー事もない気が………」

「………………」

 

言い訳がましい兄に、少女は笑顔でヨーヨーを取り出すと(え、スケバン?)、それを巧みに操って兄をボコボコにするのであった。

 

 

 

 

 

 

あの後ボロボロにされた及川を中庭のベンチに寝転がして、俺は一旦恋と校舎に入る。購買でいくつかパンを買うと、俺たちは再び中庭へと戻った。

 

「お待たせ」

「………お待たせ」

 

俺たちが戻る頃には既に及川も回復していて、嬉々として弁当の包みを開いているところだった。

 

「おぅ。一緒食おうやないか………って、相変わらずいっぱい食べよるな」

 

及川が声をかける俺の手にある紙袋には、多種多様のパンが20個近く入っている。

 

「まぁな。それより、流琉ちゃんは帰らなくて平気なのか?」

「あ、はい。大丈夫です。お父さんもお母さんも仕事で、お昼ご飯は帰ってから食べますから。それに、兄様との話もまだ終わってませんし」

「なんでっ!?」

 

サラっと告げる妹に、及川は箸を取りこぼしそうになる。妹さんの名前は、先ほど聞いた。

 

「そっか、だったら―――」

「………ん。これ、あげる」

 

彼女の言葉に、恋が袋からコロッケパンとチョココロネを取り出して、流琉に手渡した。俺もアイスティーの紙パックを渡す。

 

「え!いいんですか?」

「ん。みんなで食べると、おいしい…」

「えぇと……いいのかな、兄様?」

「ん?くれる言うんやから、もらっとき。それに、流琉も家に戻ってから作るのもしんどいやろ」

「そんな事はないけど………えと、ありがとうございます」

「ん……」

 

兄の言葉に、はにかみながら恋からパンを受け取る。つい先ほどは世話のかかる兄を持つしっかりした妹のように思えたが、この表情を見ると、年相応に見える。

 

「………いただきます」

「はい、いただきます!」

 

俺たちは、残り少ない時間を昼食で過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、なんで『兄様』なんて古風な言い方をしてるんだ?」

「あの、それは………」

「ワイが昔読んだ漫画の影響でな。物心つく前に流琉に『兄様』って呼ぶように仕込んだんや。刷り込みってヤツか?いまだに『兄様』呼んどるんやで?笑えるやろ」

「兄様酷いっ!」

「ドン引きだな」

「………死ねばいいのに」

 

1人は弁当を、3人はパンを食べるなか、会話をする。ふと、及川が切り出した。

 

「そういえば、なんでかずピー遅刻したん?」

「あれ?恋から聞いてないのか?」

「聞こ思てたら、ちょうどかずピーが来たからな」

「そっか。婆ちゃんが風邪をひいてな。病院に連れて行って遅刻したんだよ」

 

俺の言葉に、及川が納得したように返す。

 

「なるほどなー。せやから今日は恋ちゃんも弁当持ってなかったんか」

「一応多めに金は渡してあったんだけどな」

「………朝ごはん、いっぱい食べちゃった」

 

睨んでいるわけではないが、横目で見る俺に恋が少し縮こまりながら申し訳なさそうな顔をする。まぁ、それはいい。

 

「まぁ、そういう訳で弁当がないわけだ。夕飯もどうなるかわからないし………というか、今日は作らせる気はないけどな」

「………おばあちゃん、休まないとダメ」

 

こうは言うが、実際には大問題だ。恋ならばおかずが1種類でも黙々と米をたいらげそうだが、それは申し訳ない。かといって、惣菜を買って帰るというのもな。

 

「恋ちゃんは料理作られへんの?」

「………食べるのなら得意」

「俺もたいしたものは作れないからな。どうしたものか………」

 

及川の問いに返事をしながら、本気でどうしようかと考えていると、救いは予想外のところからやって来た。

 

 

 

 

 

 

「あの……だったら私が作りましょうか?」

「へ?」

「………いいの?」

 

それは、流琉ちゃんだった。チョココロネを半分ほど減らして、こちらを見上げている。どう返答したものか迷っていると、今度は兄の方が口を開いた。

 

「せやな。こんなんやけど、流琉の料理は美味いで?ワイの弁当も流琉が作ってくれてるしな」

「………マジ?いやいや!申し訳ないよ」

「………………ばんごはん」

「でも、今日はこうして助けて貰って、お昼まで御馳走になってますし。お礼をさせてください」

「せやせや。ワイも久しぶりにかずピーん家に行きたいしな」

「え、お前も来るの?」

「兄様も来るの?」

「………くうき、よめ」

「………………………………orz」

 

と、冗談はさておき。

 

「願ってもないけど………本当にいいのか?」

「………いいの?」

「はい!それに、家族以外の人からも料理の評価を聞きたいです」

 

なんという渡りに船。兄の許可も得ている事だし――――――。

 

「だったらお言葉に甘えさせて貰おうかな。ありがとな」

 

そう言って、流琉ちゃんの頭を撫でる。

 

「あ、あの……おまかせください………」

 

途端、顔を真っ赤にして俯いてしまった。ちょっと不躾だったか?

 

「恋も」

「………はいはい」

 

いまだ両手両膝をついて失意を具現する級友を放置して、俺は2人の頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「………ただいま」

「「おじゃましまーす」」

 

放課後。一旦家に帰った流琉ちゃんと再び合流して、4人連れ立って俺の家へと帰る。部活は事情を話して休ませてもらった。

 

「大きいですね」

「剣術の道場も併設してるからな」

「せやで?流琉、かずピーを捕まえたら玉の輿やから、いまのうちに唾つけてもらっとき」

「ちょっと、兄様!何言ってるのよ!」

 

余計な事を言ってヨーヨーで殴られる及川(兄)を放置して、玄関を上がる。恋に兄妹を居間まで案内させて、俺は婆ちゃんの部屋に入った。

 

「ただいま、婆ちゃん。具合はどう?」

「おかえりなさい。お薬が効いてきたのかしらね。だいぶよくなったわ。でも、いつもより早いけど、部活は?」

「婆ちゃんも爺ちゃんも病人だからな。休ませてもらったよ。恋も一緒だ」

「そう…ごめんなさいねぇ」

「言いっこなしだ。熱、計るよ」

 

婆ちゃんの額に手を当てる。………うむ。どうやら落ち着いてきているみたいだ。と、そこで婆ちゃんはやはり予想通りの言葉を口にする。

 

「それじゃぁ、お夕飯の準備するからね。朝は作ってあげられなかったから、美味しいものたくさん作ってあげるから」

「言うと思ったよ」

 

起き上がろうとする婆ちゃんを制止して、再び座らせる。

 

「今日は夕飯の心配はいらないよ。色々あって、友達が作りに来てくれたんだ」

「あらあら……女の子?」

 

問いかける婆ちゃんは、意味深に笑っている。少し怖い。

 

「正確には友達の妹だよ。及川、覚えてるだろ?偶然なんだけど、あいつの妹をちょっと助ける機会があって、そのお礼にって言ってくれたんだ。だから、婆ちゃんは休んでること」

「………ホント、お爺ちゃんに似たんだから」

「?」

 

よくわからない事を言って溜息を吐く婆ちゃんを寝かしつけて、俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

居間へ向かう途中覗き込んだ和室では、爺ちゃんが朝の体勢のまま突っ伏していたが放置して、俺は居間へと入る。隣の台どころで音がするので見に行けば、流琉ちゃんが早速準備にとりかかっていた。

 

「本当にありがとな。材料は好きに使っていいから」

「あ、はい!それにしても、おうちと同じで、和食がメインなんですね」

「あぁ。婆ちゃんの料理はどれも美味いけど、やっぱり和食は群を抜いているかな」

「そうなんですね。羨ましいな」

 

材料を出しながら呟く。

 

「でもアイツの弁当も流琉ちゃんが作ってるんだろ?今日見た感じだと、全部手作りみたいだったじゃないか。その年であれだけ出来れば十分すごいよ。俺なんか、ほとんど作れないしな」

「そんな事ないですよ」

 

そうは言いながらも、嬉しそうにしているあたり、やはり料理が好きなのだろう。折角作ってくれると言っているのだ。邪魔しては拙いと、俺は台所を後にした。

 

 

「そういえば2人の姿が見えないな………まさか」

 

嫌な予感がした。俺は居間を通り抜けて廊下へ出ると、階段を上がる。予想通り、俺の部屋のなかから2人の声が聞こえてきた。

 

「―――でな?かずピーはここに隠してんねん」

「………何を?」

「まぁ、見ときぃ―――」

「させねえよ!?」

 

俺は部屋のドアを思い切り開け放つ。はたしてそこには、机の引き出しを探る及川と、その中を覗きこむ恋の姿があった。

 

「何をしてるんだ?」

「おぉ、かずピーやんか。なに、恋ちゃんにかずピーのコレクションを見せてやろうと思てな」

 

相変わらずアホな友人を持ってしまったものだ。本当にアホすぎる。

 

「甘いな、及川。そこにはねぇよ」

「なんやて!?……ない…………ないっ!?かずピーの性癖がたっぷり詰まったエ〇本がどこにもあらへん!」

 

くくく……甘いな、及川。恋が来ると決まった夜、俺が何も対策を講じなかったとでも思っていたのか。恋が俺の机を探るとは思えないが、万が一という事もある。俺はしっかりと別の、もっと入り組んだ場所に隠して――――――

 

「一刀の本なら…ここ………」

 

――――――なかった。

 

 

 

 

 

 

「なんでだよっ!?」

「おっ!恋ちゃん、流石やで!」

 

恋が参考書の並んだ本棚から数冊取り出し、その奥に横向きに立ててあったブツを持っていた。

 

「え、なんで?なんで知ってんの!?」

「………こないだ、お爺ちゃんが教えてくれた」

「あのクソジジイ!」

 

俺は部屋を飛び出して階段を駆け下り、階段下すぐの和室に飛び込む。突っ伏したままの色ボケ老人の腰を踏みつけて、部屋へと戻った。階下からはいまだに悲鳴が聞こえてくるが、天罰だ。あと50年くらいは死にそうにないし、大丈夫だろう。

 

「なんや、かずピー。やっぱかずピーも男やな」

「………一刀は、こういうのが好き?」

 

部屋に戻れば、2人は畳に座って俺の本を広げていた。はい、どう見てもエ〇本ですありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

1時間もすれば、いい匂いが漂ってくる。俺達3人は階下へと降りて、居間へと入った。

 

「あ、もうすぐ出来ますからね」

「………いい匂い」

「あぁ、楽しみだな」

 

見れば、流琉が食卓に食器を並べているところだった。

 

「確かにいい匂いじゃな。婆さんにも引けを取っておらんわ」

「だよな」

 

………ん?

 

「どうした、さっさと座らんか。儂はもう腹ペコじゃ」

「ん……」

「………………待てジジイ」

 

見れば、いつもの位置に爺ちゃんが座り、夕刊を広げていた。

 

「なんじゃ。客人もおるのじゃから、もう少し言葉遣いに気を遣わんか」

「なんで普通にしてるんだ?」

 

そう、爺ちゃんは首を寝違えたうえにぎっくり腰で動くことすらままならなかったはずだ。それがどうして………。

 

「それなんじゃが、お前に踏まれて跳び上がったら、治っとった」

「は?」

「ついでに、その起きた勢いで首も元に戻ってな?いやいや、偶然とは恐ろしいものじゃ」

「………お爺ちゃん、すごい」

「………………」

「かっかっかっ!儂もまだまだ現役じゃからな」

 

有り得ないだろ、常考………。

 

 

 

 

 

 

そんな異次元の会話をしているうちに、夕食の準備が出来上がったようだ。俺は婆ちゃんを起こして居間へ連れて来る。

 

「あらあら、かわいいお嬢ちゃんねぇ」

「喜べ婆さん。儂らのひ孫じゃぞ!」

「ちげぇよ」

 

婆ちゃんのエプロンをつけた流琉ちゃんの姿はどうにもちぐはぐな感じだが、料理に関しては決して負けていなかった。煮物とほうれん草の和え物の小鉢が人数分置かれた卓の中央には、土鍋が鎮座している。蓋は開けられ、湯気の中には野菜たっぷりのスープが入っていた。

 

「お婆さんが風邪と聞きましたので、今日は雑炊にしました」

 

台所から入ってきた流琉ちゃんは、お櫃を抱えている。

 

「なんや、流琉。雑炊なのに米と汁が別々なんか?」

 

確かに。それは俺も思った疑問だ。

 

「ウチは食べる量が決まってるからいいけど、恋さんがたくさん食べるって聞いたから別にしたの。一緒に入れちゃったら、ご飯が水を吸い過ぎて美味しくなくなっちゃうじゃない」

「あらあら、本当に料理が上手なのね」

「い、いえ…それほどでも………」

 

婆ちゃんに褒められて、まんざらでもない様子だ。顔を赤くしながら、器に米をついでいく。6人分用意すると、今度は土鍋からスープを注いでいった。見れば、白菜やニンジン、モヤシの他にも細かく切った里芋や豆腐、鶏肉など、消化によい具材がたっぷりの雑炊だ。しっかりと考えられている。

 

「コイツは美味そうじゃな。よし、それでは頂くとするかのぅ」

「………おなか、すいた」

「流琉ちゃんって言ったかしら?美味しそうよ、ありがとうね」

 

俺たちはそれから、ゆっくりと流琉ちゃんの料理に舌鼓を打つのだった。

 

「………あつい」

 

恋はもう少し落ち着きなさい。

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとな、流琉ちゃん。あと及川も」

「ワイはついでかいな!」

「いえ、お婆さんにも今度料理を教えて貰えると言われたので、私も楽しみです」

 

どうやら予想以上に仲良くなったようだ。

 

「………恋も、一緒に練習する」

「はい!頑張りましょうね」

 

そして此処にも友情が芽生えたらしい。夜も遅いしと2人を見送って、俺たちは家に入る。

 

「さて、それじゃぁ風呂に入るか」

「………ん」

 

片づけも恋と流琉ちゃんがやってくれたし、あとは休むだけである。部屋に戻って着替えをとり、風呂場に向かおうとしたところで、恋が口を開いた。

 

 

 

「今日は、恋が洗ってあげる………ご主人様」

 

 

 

………………俺の趣味をばらさないでください。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

というわけで、こっそり投稿。

とある方のコメントで、

流琉が陸上部の誰かに忘れ物を届ける時に一刀と出会う

みたいな流れがいいとあったので、こうなりました。

そして名も知らないモブキャラよりも、誰かしら出そうとしたら、こうなった。

 

及川リア充じゃねぇか。

 

そして、オチを何も思いつかなかったので、困った時の恋ちゃんオチw

 

楽しんで頂けたら幸いです。

 

 

ではまた次回。

バイバイ。

 

 

 


 
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