一刀ちゃんが生まれて一ヶ月が過ぎた。
「本日は曹操さまの息子の生まれにお祝い事申し上げるためにここまで来ました。蜀にいらっしゃる桃香さまの代わりに、お祝いの言葉申し上げます」
「同じく呉の使者として参りました。息子の出産おめでとうございます」
曹操が無事出産したことを聞いた呉、蜀両国から使者が来た。
蜀からは雛里こと鳳統と、紫苑こと黄忠。
呉からは明命こと周泰と、祭こと黄蓋。
「皆の者、長い道ご苦労だったわね」
そして、玉座にて彼女たちを迎える華琳。
まだ産後時間も短く、政からも手を離しているが、来てくれた使者たちの前に顔を出さないわけにもいかなかった。
「それにしても、呉の蓮華はともかく、桃香は良く自分が来るとか言わなかったものね。てっきり彼女自ら来るとか言って、然程苦労したでしょうね」
「あ、あわわ……」
「ふふっ、ご明察通りですわ。愛紗たちがなんとかして止めて、私たちだけで来れましたけどね」
「あの娘も仕方ないわね」
自分から聞いておいたものだが、実際のことを耳にすると華琳は苦笑した。
「街で騒ぎになっていることを聞きました。一刀様が再び魏の地にまいられたと…」
「今見せてはもらえぬものかの。まぁ、無理とは分かっておるんじゃが」
「ええ、悪いけれど、そうはいかないの。まだ生まれて日も浅いし、あまり外と接触するのも良くないと思って……」
呉の老将のcお言葉を隣の桂花が受けた。
今一刀ちゃんは華琳さまの部屋で眠っている。
周りは出来るだけ清潔を保っている。この時代だと、まだ子供の生存率は安定できないもので、一度病とかになると死ぬこともたまたまるのだ。
それは王族の子だとしても適応されるものだった。
「残念です。一刀様に会ってみたかったのに……」
「明命お主はそのつもりで使者を買って出たのもあるからの」
「はうぅっ!…そういう祭さまだって一緖じゃないですか」
「まあ、否定はせぬぞ」
「はぁ……」
呉の将たちのこのやりとりを見ていると、蜀から来た二人からも軽いため息のようなものが出てくる。
でも、この時代だとこういうことは仕方がない。
まだ百日も経ってない子を誰にも見せて、下手して病にでもなると大変なわけで……
「いいわよ」
「「「「え?」」」」
え?
「宜しかったのですか、華琳さま?」
「私は反対です!いくらなんでも安易すぎます」
両国の将たちが下がって、補佐についていた秋蘭と桂花は各々玉座に近づいて意見を述べる。
「二人が心配していることはわかるわ。大体、私がそんなことを心配しないで許したわけがないでしょう」
「それはそうですが…なら何故……」
「………なんというかね……自慢したかったというか」
「…はい?」
ああ、あああ!
言いましたよ。
言いやがりましたよ、この曹操さん。
つまりアレですね。
自慢したかったわけですね。
これは将来いい親ばかになる兆候です。
「大丈夫よ。一刀に合せる前にちゃんと体も清潔にしてもらうし、万の一の時のために、一刀の百日が過ぎるまでは華佗に許昌に常住してもらってるしね」
「それはそうですけど……」
桂花がまd愚痴を言うのもまた仕方ないことなのが、
現にはまだ桂花たちだとしても一刀ちゃんにちゃんと会うことができなかったのです。
何度か目にしただけで触ってみるとかはまだありません。
それほど用心にしているのに、咄嗟に他国から来た使者たちに見せてあげるというと、流石に少し嫌になるというのも仕方がありません。
「…まぁ、華琳さまがそうおっしゃるのであれば仕方ありません」
「秋蘭?」
「ありがとう、秋蘭」
「ですが……宜しいですか」
「ええ、分かってるわ。他国の使者たちにも合せるのに、皆には駄目というのも不公平だしね」
「!じゃあ……」
「ええ、他の子たちにもそのように伝えておきなさい。明日、ここで皆の前に一刀のことを見せてあげるって」
というわけで、すごく大変なこと(?)になりました。
「なにぃーー!」
「わーい、やったーー!」
「ほんとですか?」
「ああ、本当だ。明日、華琳さまが北郷のことを皆に見せてくれるそうだ」
昼食をとっていた春蘭と季衣、そして二人の食事を作っていた流琉は秋蘭から話を聞いた。
春蘭と季衣は話を聞いた途端食べることも忘れて椅子からパッと立ち上がり、流琉も一瞬鍋のチャーハン焦げることを気づかずに秋蘭の方を見ていた。
それほど、これは魏に置いて一大事だった。
「でも、大丈夫なのですか?今まであんなに用心していたのに…」
「…まぁ、流石に他国からの使者たちがお祝いに来てくれたのに、見せずに帰らせるわけにもいかないしな。私たちはそのついでってものさ」
「そんなものはどうでもいい!とにかく、北郷が見れるのだな」
「ああ、ただし、前のように騒がせて北郷を泣かせば、姉者はもう当分北郷に会うことはできないぞ」
「うっ!あ、あれは……気をつける」
春蘭はこの前、寝ている北郷の頬がおいしそうとかなんとか言いながら一刀ちゃんの頬をつんつんしていたら一刀ちゃんを起こしてしまい、その時その泣き声を聞いた(その前夜まったく寝ようとしない一刀をやっと眠らせたがもう朝だったので当時寝不足でイライラしていた)華琳さまに立ち入り禁止処分をされ、(´・ω・`)ショボーン状態になっていた。
ちなみに季衣も大体同じ感じでやっちゃって、この二人はもうここ一ヶ月ほぼ全然一刀ちゃんの顔を見てない。
流琉の場合は、華琳さまの食事を持っていく時にちょこちょこ見ていたのでそれほど中毒症状はない。
「よかった。あれ以来ずっと一刀ちゃんのこと見れなくて退屈だったのに……うん?流琉、何か焦げてるよ?」
「ふえ?…ああー!チャーハンがー!!」
「チャーハンなんてどうでもいいだろ!それで、いつ北郷に会えるのだ?」
「明日だ」
「何!?今直ぐじゃ駄目なのか?どうせ他の国連中ならもう来ているだろ」
「そう早まっていいものではない。こっちでもいろいろ準備も必要だからな」
「そうですね。春蘭さま、もう少しゆっくりと待っていましょうよ」
「…季衣、蓮華を握ってる手が震えてるよ」
「こ、コレハハヤクルルチャンのオリョウリガタベタイカラダヨ」
「………」
一刀ちゃん中毒、恐るべし。
「ほぉ……」
「……へー」
「なによ、二人とも反応薄すぎよ。もうちょっと喜びなさいよ」
一方桂花は、真っ先に他の二人の軍師にこの事を知らせた。
が、
「いえ、風は何気に毎日一刀君に会いに行ってますので、」
「なっ!そういえば……」
何気に魏で一番自由な風は、誰が止めても他は控えても、自分だけは会いたい時にちゃんと一刀ちゃんに会いに行っていた。
それも、風は一刀ちゃんの邪魔をした時とかは全然ないので誰も風のそんな態度に対して文句は言えない。
何故か風が一刀ちゃんに会いに行く時だけ、赤ちゃんの一刀ちゃんは静かだったので、まるでその真名のように一刀ちゃんに見ては通り過ぎることができた。
いやー、風はすごいね。
反面、稟の場合、
「私は別に桂花たちみたいに飢えてなんていませんので…」
「まぁ、そういうことだろうと思ったけどね、あんたは…」
稟の場合は一刀ちゃんの生前あまり仲が激しくよかったりしなかったのでそれほどじゃなかったという。
もちろん華琳さまの子供に対しての盲目的な好奇心とかはあったが、どうせそこからやけに妄想し始めると厄介なので本人でも自重している。
ちなみに桂花はどうなのかと言うと、
「なんで、私にだけはあんなにギャーギャー喚くのよ」
何故か桂花が華琳の部屋に入ったら泣き出すのであった。
むしろ桂花が泣きたかった。
そういう話は置いておいて、
「まぁ、だけどせっかく華琳さまが一刀殿を皆にお見せなさるのでしたら、この機会を逃すわけにはいきませんね」
「あまり騒がしいと、あっという間で一刀君が起きてしまってお終いって、ということもありうりますよ」
「それなんだよね…何かいい案はない、風?」
「そうですね。睡眠薬とか「風!」冗談ですよ。まぁ、みなさんに気をつけるようにしてもらうことが一番でしょうけど、なんとか一刀君本人の協力を得たいところではありますね」
「本人のって…」
「まぁ、そこんところは風がなんとかしますので、桂花ちゃんは警備隊の皆にも伝えてください」
「ええ、わかったわ。……霞もいたらよかったんだけどね」
霞は三国同盟が結ばれた直後、五胡の地を越え、西へ向かった。
いつも西洋の地に行ってみたかったらしい。
一刀が生まれる頃には帰って来るとのことだったけど、未だに帰ってきたという話は聞こえない。
「まぁ、居ない人は仕方ありません」
「稟ちゃんの言う通りですよ。それじゃあ、風は少し失礼しちゃうのですよ」
風は政務をしていた席から立って、ふらふらとどこかへ行ってしまった。
「私は風と長い間付き合ってますけど、一刀殿が生まれてからの風の不思議さはいつも以上です」
「そうなの?以前もあまりにいお自由奔放だったから私は分からないわ」
「私にはわかります。なんというか、自分が抑えられないって感じでしょうか」
「………」
がらり
風が着いた場所は華琳さまの部屋だった。
「お邪魔します」
「…風」
「少し、一刀君にお話に来たのですよ」
一刀ちゃんは寝床で横になっている華琳の側で眠っていた。
子供なのだから、二十四時間中食べる時以外は寝てるって言えば大体あってる。
といっても、子供はお腹が直ぐ減る。真夜中でもいきなり泣き出すので、ここ最近華琳はかなり寝不足になっていた。
今日も多分、両国から使者がきていなければ、華琳はその時間ゆっくり休んでいただろう。
「………(すー)」
華琳の側の一刀ちゃんは風が来たことにまったく気づかずに眠ったままだった。
「一刀君」
「…………」
名前を呼ばれるても、微動もせずに眠っている一刀ちゃん。
生まれたばかりの姿から、今は少し形が落ち着いてきて、華琳から受け継いだ金髪も、あの時よりは明らかな黄色になっていた。
「最近はなんとなくこの子の中の時間がどうなってるか分かってきたわ。いつ眠くなって、いつお腹がすいて起きるようになるか、この子の時間に合わせられるようになった」
「すごいですね。覇王とか関係なくお母さんというものは強いものみたいですね」
「ええ、…だけど、あなたは私よりもっと早くそれが分かったのね。だから他の皆は時々一刀のことを起こしたりしても、あなたはそんなこともなく、一刀と一緖にいてあげることができた」
「………」
「……うぅ」
「あ」
一刀ちゃんが目をぐっとして少し開ける。
どうやら目が覚めたようだ。
実際のところ、風はこの時間帯を狙ってここに来たのである。
この時間が、一刀ちゃんの機嫌が一番いい時だ。
「……あぅ…」
起きた一刀の蒼い瞳には、母親と風、いつも見る二人の顔が映っていた。
「……あぅぅ<<にぱぁー>>」
「おぉう!!」
風は一刀の顔を見て一歩下がった。
刺激が強すぎたせいか。でもこの短い時間を最大限利用するために、またおそるおそる一刀に近づく。
「……うぅぅ……ぅぅ」
「風は、少し後悔しているのですよ」
「どういうこと?」
風の言葉に、華琳はキョトンとなって聞いた。
「風は、以前の一刀君にはそれほど接した時間が少ないのですよ。それは他の娘たちよりはマシですけど、華琳さまや秋蘭や、桂花ちゃんに比べればずっと短いのです」
「…そうだったわね」
「もっと一緖に外でお昼寝するとか、もっと街の猫たちとじゃれあったりしたかったのです」
「またできるようになるわ。…もうすぐ…」
「風は、とても待てそうにないのですよ。でも…仕方がありません」
風が自分の指を一刀の目の前に差しだして、蝿みたいにその上でクルクルと回す。
そうすると、一刀はそれが不思議そうに見つめる。
そして、その指をつかむために手を伸ばした。
ぐっ
「おおっ」
指を掴まった風は慌てたが、無理やり離しても一刀の機嫌を損なうので、彼がやるまま放っておくしかない。
「………うぅぅ…<<チュッチュッ>>」
「おおっ!…風の指は華琳さまの乳じゃないんですよ」
「ふふっ」
それを面白そうに見てる華琳も、風を助けるつもりはなくただ一刀が風の指を吸ってるのを見ている。
吸ったところで何もでないというのに、一度吸い始めると一刀は風の指を放すつもりはなさそうだった。
「うぅぅ……華琳さま」
「自業自得よ。飽きてまた寝るまでじっとしてなさい」
「……ぐぅー」
「<<チュー>>」
「おおっ!寝ることさえも許してくれないとは、一刀君は欲張りな子に育ちそうなのです」
「そう。それもまた構わないわ。この子には、世界一番に幸せになってもらわなければいけないからね。そう約束したんだもの」
「………」
「まだこの子がお腹の中に居る時は、早く時が過ぎれば、またこの子と遊ぶ日が来るだろうと思っていたわ」
「…そうじゃないんですか?」
「ちょっと嫌かしらね。だって、このままずっと赤ちゃんのままにいてくれると、私がほぼ一刀を独占できるしね」
「……一刀の欲張りは親から来たことに違いありません」
「たしかにね。でも、今はそうでもないわ」
いつかはこの世界のすべてを欲しがった英雄。
でも、今にはたった一人の子供がいたら、その子が幸せになれるのなら、それで満足。
人たちは昔の彼女を覇王と呼んだけど、今の彼女は母と呼ぶだろう。
「明日、一刀ちゃんがおとなしくしてくれればいいのにね」
「むしろ桂花ちゃんたちがおとなしくしていてもらった方が難しいかもしれませんよ」
「あまり大勢に来ると一刀が驚くかしら」
「そうかもしれませんね……何組が分けて入った方がいいかもしれません」
「その方がいいわね……」
「………<<チュッ………チュッ……>>」
一刀が風の指を吸う間隙がどんどん長くなっていく。
また睡魔が襲ってくるようだ。
「もう眠くなっちゃったようですね。長いようで短いようで……」
「今日はいいところは全部風に持って行かれちゃったわね」
「…ぐぅー」
「逃げても無駄よ。この借りはいつか返すわ」
「おぉ…そう言われると怖いのです」
どんどん瞼が重くなっていくと風の指を掴んでいた手の力を失っていく。
「…おやすみなさい、一刀君」
「…………すぅー」
起きていた時間はごく数分。
起きても別にお腹すいたって泣いたりもしないのに、何の理由もなく起きて、そのまま眠ってしまう。
それはもしかしたら、一刀が華琳たちのために眠い間を我慢しながら時間を作っているのかもしれない。
その瞳に、自分たちと前世を一緖にしたお姉ちゃんたちの姿をちゃんと映すために、眠くて眠くてしょうがないその瞳を開けて、母やお姉ちゃんとじゃれ合うこの時間は、きっと一刀ちゃんにとっても一番幸せな時間。
だけど、その時間はとても短い。
それは仕方がないこと。
だって、まだ子供なのだから。
だけど、
どんどん大きくなっていって、起きていられる時間が増えていくと、
また、
お姉ちゃんたちとの新しい思い出を
この平和に向かって歩いている世界で、幸せばかりの思い出を作れるだろう。
その日は、待っているお姉ちゃんたちにとってはとても遠くから来るように覚えた。
だけど、着実に近づいているその日を待ちながら、今日も華琳と風はこの短い和み時間で満足する。
また明日を楽しみにしながら
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もうちょっと未来に行ってもよかったんですけど、まずは風。