No.221019

恋姫外史の外史 その2−1【熱くなれ】

もぉとぉー、もぉとぉー、あつくなれぇー。
タイトルは、良いのを思いつかなかったので大黒さんにしました。
遅ればせながら、『第1回同人恋姫祭り』に私も参加します。

【作品説明】

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2011-06-05 23:38:36 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1528   閲覧ユーザー数:1444

○●○●

 

暑い。

「暑いのじゃ……」

暑い。

「暑いのじゃあ……」

妾は今、布団を何枚も体にぐるぐる巻きつけた格好で、焚き火の前に座っていた。

布団の中は外の何倍も何十倍も暑くて、ずっと体中のあちこちから汗が出ている。

まるで拷問ではないか。

なんでこんな目にあってるんじゃ?

なんで……

 

●○●○

 

「なんじゃ、あれ」

新しくやってきた村の中を歩き回ってた妾は、たくさんの人を見つけて立ち止まった。

「なんでしょうね」

隣の七乃も不思議そうにそっちのほうを眺めている。

「覗いてみます?」

「うむ。行ってみようかの」

妾は走って、そっちへ向かった。

みんな同じほうを見て色々騒いでるみたいだったけど――

「……見えないのじゃ」

妾より背の高いやつばっかりで全然見えない。

なにも見えないから、周りの話を聞こうと思ったけど、がやがや騒がしくてなにを言ってるのか全然わからない。

「七乃ぉ」

妾は背伸びをやめて、あとからついてきた七乃を見上げた。

「はーい、ちょっと待ってくださいね〜。えーと……」

七乃も背が足りないから、体を右に左に揺らしてどうにか見ようとしている。

「大会……?うーん……ここからじゃはっきり見えませんね」

「大会?大会ってなんのじゃ?」

「なんでしょうねぇ……」

すると前のほうを向いてたおっさんが急にこっちを振り返った。

「あんたたち、よその人?」

「えぇ。ついさっき立ち寄ったばかりで――あの、ここでなにか行われるんですか?」

「うん。毎年この時期恒例のやつがね。まぁ、もうちょっと列が進んだらわかるよ」

おっさんはそう言って腕を組んだまま、また前を向いた。

「結局なにするのかわからんのう」

「ですねぇ」

妾はきょろきょろと辺りを見回す。

周りはおっさんだったり、もっとおっさんだったりがいっぱいいる。

いっぱいいて、みんながみんな楽しそうにしていた。

「なんか、楽しそうじゃの」

「そうですねぇ」

前のおっさんがちょっと進むと、妾たちも一歩前に歩く。

おっさんが進む。

一歩前に歩く。

おっさんが進む。

一歩前に歩く。

いつもなら、それを続けてるうちに飽きてきそうだけど、今日はそうでもなかった。

前の前の、もっと前のほうになにがあるか見たかったし、周りのおっさんたちの楽しそうなのがうつって、妾もちょっと楽しかった。

「なんか、面白そうじゃな」

「面白そうですよねぇ〜」

なんだか七乃も楽しそうにしている。

ひょっとしたら七乃も楽しそうなのがうつったのかの?

それもあって、前の前の、もっと前のほうにあるものが妾の中で、『面白そうなもの』からだんだん『面白いもの』に変わっていった。

 

◇◆◇◆

 

暑い。

「暑い……」

暑い。

「暑い……」

私は今、厚みのある布団を何枚も体に巻きつけた格好で、焚き火の前に座っていた。

布団の中はまるで蒸し風呂のようで、体や顔から噴き出る汗が止まらない。

これじゃ、拷問だ。

なんで私までこんな目にあってるんだろう?

なんで……

 

◆◇◆◇

 

最近、めっきり日射しが強くなった。

気温は高いけど湿気はないから、時々思いだしたように吹く風が心地いい。

暑いのは人より得意なほうじゃない。

だけど天気のいい日が続くこの季節は嫌いじゃなかった。

通りすがりの人くらいしか余所からは訪れないようなこの田舎の村に、私たちは訪れている。

宿に荷物を預け、お嬢さまを先頭に村の中を散策していた。

村の外れまでやってきたとき、お嬢さまが急に立ち止まった。

「なんじゃ、あれ」

お嬢さまの視線をたどる。

その先には、村の人全員が集まっているんじゃないかと思うくらい、大きな人だかりができていた。

「なんでしょうね」

群れをつくっているのはみんな男の人のようだった。

全員が全員、ここからだと屋根だけ見える大きめの建物に向かってなにやら騒いでいる。

そこになにがあるのかは全く見当がつかなかった。

だけど、横にいるお嬢さまが興味を持った様子でうずうずしていることは肌で感じとれた。

「覗いてみます?」

「うむ。行ってみようかの」

私が聞くと、お嬢さまは返事も言い終わらないうちに駆けだしていた。

基本的に面倒屋なのに、一度興味を持てば自分から駆け寄っていく。

こういう姿を見る度に、お嬢さまは本当にわかりやすい性格だなと改めて思う。

でも……

「……そういうところがかわいいんだもんなぁ」

その反面、飽きるのも早いけど、それまでは付きあってあげなくちゃ。

背の高い男の人たちに阻まれたお嬢さまが、つま先立ちで向こう側を覗こうと悪戦苦闘している。

お嬢さまのそんな姿に笑みをこぼした私は、ゆっくり歩いてそこまで近づいていった。

「七乃ぉ」

私がたどり着くのと、お嬢さまが私の顔を見上げるのはほぼ同時だった。

代わりに見てくれ、ということらしい。

「はーい、ちょっと待ってくださいね〜」

私もさっきまでのお嬢さまと同じように、少し背伸びして向こうのほうを見ようとした。

だけど私も背が足りなくて、全然見えやしない。

「えーと……」

次に私は、前のほうに立っている人と人の隙間から建物の様子を窺うことにした。

短い階段の上にある木造の建物は四阿らしく、四方に壁はない。

その四阿の階段の前には机が置いてあって、机を挟んでこちら側と建物側に男の人がそれぞれ立っている。

こちら側の人は右手に筆らしきものを持って、なにかを書き込んでいる途中みたいだった。

もう少し情報が欲しかったけど、前の人たちもじっと立ったままなわけじゃないから、なかなか建物の中までは見えてこない。

そんな中、かろうじて見えたのは机の横にある木でできた立て看板だった。

「大会……?」

下半分の文字だけ目に飛び込んできた途端、また前の人たちの体や手で隠れて見えなくなってしまった。

私は諦めて覗こうとするのをやめる。

「うーん……ここからじゃはっきり見えませんね」

「大会?大会ってなんのじゃ?」

さっきの私のつぶやきを聞いたお嬢さまが、私を見上げたまま軽く首を傾げる。

こういう仕草一つ取っても、やっぱりかわいい。

「なんでしょうねぇ……」

私がお嬢さまに満足のいく答えを返せないでいると、前を向いていた若い男の人が急に私たちのほうを振り返った。

「あんたたち、よその人?」

「えぇ。ついさっき立ち寄ったばかりで」

そこで私は事情を知っていそうなこの人に尋ねてみることにした。

「あの、ここでなにか行われるんですか?」

「うん。毎年この時期恒例のやつがね。まぁ、もうちょっと列が進んだらわかるよ」

そう言って男の人は前を向いてしまった。

焦らされているようで、あまり気分のいいものじゃない。

「結局なにするのかわからんのう」

お嬢さまのその言葉に私は「ですねぇ」と相づちを打ちながら、周りにいる人たちの様子を窺った。

周りにいるのは若い人からお年寄りまでの男性ばかり。

ざっと辺りを見回しても女性は一人もいなかった。

ごちゃごちゃしていて最初はわからなかったけど、周りは行列をつくっている人たちと、そうじゃない人たちで分かれていることに気づいた。

私たちがいるのは、どうやら行列の最後尾らしく、その長い列は四阿の階段前の机まで続いている。

そしてもう一つ気づいたこと。

列をつくっている人とそうじゃない人の共通項。

なぜかどちらからも、この季節に負けないくらいアツい熱気を感じた。

「なんか、楽しそうじゃの」

お嬢さまはその熱気を『楽しいもの』と感じているらしい。

私はまた「そうですねぇ」と適当に返事をしながら、周りの人たちの騒がしい声に耳を傾けた。

そうしているうちに、また気づいたことがある。

周りの人たちの気になる単語が、何回か口をついている。

我慢大会、と。

「……なーんだ」

私はお嬢さまに聞こえないくらいの大きさでつぶやいた。

つまり、この列をつくっているのはその我慢大会への参加者であって、そうじゃない人たちはたぶん見物客かなにかなんだろう。

そうとわかれば、早く列から外れないと。

参加者じゃないんだし。

……いや、ちょっと待って。

我慢大会。

なにをするかはわからないけど、我慢大会と銘打つだけあって色々と我慢させられるんだろう。

そこへお嬢さまが参加すると――

我慢させられるお嬢さま……

困難に耐えるお嬢さま……

私に助けを求めるお嬢さま……

あえて助けに入らず見守る私……

大会が終わったあとの、へろへろなお嬢さまへの手厚い介抱……

手厚い……

介抱……

様々な未来像が次々に頭の中を駆け巡る。

――これは参加させなくちゃいけない。

絶対に。

「なんか、面白そうじゃな」

「……面白そうですよねぇ〜」

そうと決まれば、お嬢さまには大会の内容を知らせないようにしなくちゃ。

お嬢さまの中でこの未知の行列が『楽しいもの』のままであるようにしないと。

あれから私は列が少しずつ進む間、お嬢さまを飽きさせないように話しかけ続けた。

「きっとこの大会で目立てば、簡単に忠義の兵が集まるはずです」とか「誉れ高い袁家のお嬢さまは優勝できて当然です」とか「きっとみんなお嬢さまの活躍を目にしたいはずです」とか適当な言葉を吹き込み続けた。

お嬢さまはその度に「それはまことか!?」とか「当然じゃな!」とか「もちろんじゃ!」とか感触のいい反応ばかりしていた。

よし、準備は整った。

あとはお嬢さまの熱気が冷めないうちに――とか考えている間に、いつの間にか私たちは列の先頭まで達していた。

「参加される方は、こちらにお名前の記帳をお願いします」

受付係の男の人に机の上に広げられた記帳簿を示され、私はそばにある筆をとった。

筆に墨を含ませながら私は疑問を口にする。

「男性の姿しか見当たりませんけど……女性も参加して大丈夫なんですよね?」

「はい、もちろん老若男女問わず参加自由ですよ。――そっちのお嬢ちゃんも、よかったら参加してみるかい?」

「うむ!妾は参加するぞ!ちょちょいのちょいで妾が優勝してやるのじゃ」

「ははっ、そんなに早く勝負がついたらいいんだけどねぇ。おじさんはお嬢ちゃんを応援してるからね」

「うむうむ。期待にはしっかりと応えてやるからのう」

もう、すぐ調子に乗っちゃうんだから。

でもそういうところがまた……

私は記帳簿の白紙部分にお嬢さまの名前を書こうとして、少し考えてから、別の名前を記入した。

「――ん?なんじゃ、これ?妾の名前じゃないぞ」

お嬢さまが私の書いた文字を指さす。

「これは、『とくめいきぼう』と読みまして――実はこの名前には意味があって、優勝するであろう絶対的な王者にしか与えられない称号なんですよ」

「そうなのかや!?」

「えぇ。ちなみに現在この名前を使うことを認められているのは、大陸中でもお嬢さま一人しかいないんですよ。せっかくですから今日はこの名前でいきましょう」

「そういうことなら、そうするのじゃ!」

私はお嬢さまを簡単に丸め込むと、筆をもとの位置に置いた。

この前も追いかけられたばっかりだし、こんなところで袁術の名前を使えばまた危ない目にあってしまうかもしれない。

これから一切使わないわけではないけど、使いどころがくるまではなるべく避けておかないと。

「参加はお一人でいいんですか?」

「はい、参加するのはこの子だけで私は――」

「おい!」

参加しないと言おうと思ったら、四阿の階段から降りてきた別の男の人の大声でかき消されてしまった。

「どうした?」

「どうしたもこうしたもないだろ!もう予定時間から半刻は過ぎてるぞ。そろそろ始めないと」

「そんなこと言ったって受付が済まないと、どうにもならないだろ。ほら、今年は去年より参加者が多いんだし」

「そんなのパパッと済ませろよ。早く始めろって、先に受付済ませたやつらがうるさいんだよ。とにかく、早め早めで頼んだぞ」

やってきた男の人は私と目が合うと「参加者ですか?」と尋ねた。

「いや、私は――」

「おい!いつになったら始まるんだよ!」

「もう待てねーぞ!」

「さっさと始めろ!」

私の言葉は、今度は何人かの男の人の怒号にかき消された。

「ああ、もう!こんくらい我慢できないで、よく参加したもんだな。――さ、あなたも受付が済んだなら早く来てくださいよ」

男の人に腕を掴まれ、引っ張られる。

「えっ、ちょっ、ちょっと――」

「おぉ!七乃も参加するんじゃな!」

「お、お嬢さま!?いや、だから私は――」

勘違いしたお嬢さまに後ろから押されてしまう。

「でも、優勝するのは妾じゃからな!」

「私は参加しな――」

「ほら、早く!」

話を聞かない二人に無理やり牽引され、私はそのまま四阿に続く階段を上がっていって……

 

△▲△▲

 

暑くない。

「ふぅ……」

このくらい、暑い事はない。

「ふぅ……」

私は今、分厚い布団を何枚も体に巻いた格好で、焚き火の前に座っていた。

布団の中は灼けるような暑さで、流れる汗が顔を伝い落ちている。

まるで拷問のようだ。

……面白い。

勝負はこうでなければいけない。

過酷な状況であればあるほど、この環境に負けないくらいに私を熱く燃え上がらせるのだ。

この場を与えてくれたあの老爺に感謝しなければなるまい。

勝負はまだ始まったばかりだ。

勝敗が決まるには、まだまだ時間を要するだろう。

私は勢い良く燃え盛る火を眺めながら、事の経緯を静かに思い起こしていた。

 

▲△▲△

 

当てもなく、長閑なこの田舎の村をぶらぶらと歩いていた。

当てのない……全くその通りだ。

私は自嘲気味に笑って、つい先刻に受け取った金の入った小さな麻袋を見つめた。

用心棒として、この村まで依頼主の男を無事に送り届けた私への報酬。

一時には将軍を務めていた私の末路が、これだ。

いつか黄巾の残党を狩ってからというもの、あれから私は戦場に立っていない。

仕えるべき主君がいないのだからそれも当然か。

あの時分はそれでもいいと思っていたが、いざ自由になるとそうもいかなくなった。

鍛練は続けていても、実践が無ければどうしても体は鈍ってしまう。

私は、私の力を奮いたいのだ。

私が立つべき場で、私の力を奮う。

一人になり、それさえもが得難いものになるとは思わなかった。

そして一人になってもう一つ分かったことがある。

どうやら私は、どこにも必要とされていないらしい。

三国の力はほぼ均衡になってはいるが、この乱世の時代にもそろそろ終焉の兆しが見え始めている。

時代は確実に移ろっているのだ。

しかし、そこに私はいない。

私がいなくても時代は動くのだ。

その事実が、私にはどうしても……

「……やめよう。私らしくない」

麻袋を中身の少ない荷物袋に放り込み、私はまた荷物袋を肩に担いだ。

場が無いのなら、作ればいい。

私の力を奮える場所を。

その為には今日を生きなければならない。

生きるためには金が必要だ。

だから私は今日も、それが不本意だと承知しながらも用心棒などという仕事をこなしている。

いつか、その時が来るまで。

 

△▲△▲

 

しばらく歩くと、大きな建物の前に人だかりを見つけた。

男ばかりが集まり、大勢で何やら騒いでいる。

祭りか何かを行うのだろう。

以前に訪れた村が、やはり大勢の男連中で集まって祭りの準備をしていた。

この時期はどの村でも祭事を行うものらしい。

「呑気なものだな」

私はその人だかりにさして興味も持てず、そのまま通り過ぎようとした。

「ちょいと待ってくれんかの」

後ろから呼び止められ、私は振り返った。

そこには腰の曲がった背の低い老爺が、私を見上げるようにして立っていた。

「おや、意外とべっぴんさんだったの」

「……何か用か?用が無ければ、失礼させてもらう」

「いやいや、用事はあるぞい。大事な用じゃ」

老爺が杖をつきながら、私に近づいてくる。

「お前さん、アレに参加してみないかい?」

アレと言って顎をしゃくったのは、向こうに見える人だかりだった。

老爺が私をどう見ているのかは分からないが、誘ったということは、少なくとも参加する可能性はあると思ったのだろう。

そう考えると、少し可笑しかった。

「生憎私は、祭り事に興味は無いのでな」

「祭りじゃないぞい。我慢大会じゃ」

「我慢大会?祭りと似たようなものだろう」

「いや、全然違う。これは戦いなんじゃ。祭りなんかとは全然違う」

私の言葉に老爺は向きになって反論する。

老人相手に私まで向きになる必要は無いので、もう少しだけ付き合ってやることにした。

「分かった分かった。しかし悪いが、私も暇ではない。我慢大会に出るような時間は持ち合わせていないのだ」

「……そうか。うん、そうか。わかったわい」

老爺は目を伏せ、途端に大人しくなってしまった。

私は断っただけだというのに、こんな態度をとられてしまうと、何かばつが悪くなってしまう。

「……先を急いでいる。私はこれで失礼するぞ」

「――ま、待ってくれんか」

行こうとすると、また止められてしまった。

「話だけでも、聞いてもらえんか?」

「……あまり長くならないのならな」

急いでいるというのは、もちろん嘘だ。

時間も、ある。

話をして満足するのなら聞いてやってもいいだろう。

「毎年この時期にやる我慢大会なんじゃが、昔は儂も参加していたんじゃ。じゃが、年をとるとどうにも厳しくてな。引退したんじゃ。それからは息子が儂の代わりに参加するようになった。……息子には、娘が一人いる。儂の孫じゃ。それはもうかわいい女の子じゃ。しかし、その孫は生まれつき体が弱くてな。お医者の話では、あまり長くないらしいんじゃ」

老爺はそこで話を一旦切ると、建物へと視線を移した。

「この村の我慢大会は、次の年の今頃まで皆が健康で過ごせるようにと願いが込められてるんじゃ。息子は娘のために、娘が健康で生きられるように、毎年欠かさず参加して、毎年優勝しておる。娘の健康のためには参加するだけじゃなくて、優勝くらいしないと効果がないと思っておるらしい。事実、あの子は病弱のわりに元気で明るい子に育っておる。……だけどな、今年はそれも無理なんじゃ。息子はつい一昨日に仕事で大怪我をしてしまって、今は家で布団から一歩も動けない状態なんじゃ。一年間健康でいられるはずの我慢大会で毎年優勝してる男が大怪我なんて、笑える話じゃろ?でもな、息子はそれでも今回の我慢大会に参加しようとしてたんじゃ。あの子に健康でいてほしいと思って。でも体を動かすことはできない。儂は、歯痒そうな息子に何も言えなかったよ。何も言えなかった。……でも言えなかったぶん、儂にできることはしたいんじゃ。じゃが、儂も参加することはできん。それならせめて代わりに参加してくれる人を探そうと思っての。そこで現れたのがお前さんだったんじゃ。見たところ、健康そうな娘さんじゃから優勝くらい容易いんじゃないかと思ったんじゃが……忙しいなら、仕方ないの。他を当たることにするわい」

老爺は長くなった話を終えると、その場から立ち去ろうとした。

私は反射的に、その背中に声をかけていた。

「なんじゃ?」

「……参加しよう」

「へ?」

「私が貴方の息子の代わりに参加しよう。そして優勝もする。それでいいのだろう?」

「ほ、本当かい!?」

私は微笑んで、力強く頷いてみせた。

「あぁ、ありがとう。ありがとう」

「礼など必要ない」

「いや、それでも言いたいんじゃ。ありがとう……」

私は荷物袋を置き、何度もありがとうと言う老爺の肩に手を置いた。

「それなら、私が優勝した後にもう一度聞こう。それまではその言葉、大事に取っておいてくれ」

「……わかったよ」

荷物袋を拾い上げ、私は人だかりへと歩いていった。

「娘さん!」

私は立ち止まり、今度は振り向かなかった。

「絶対に優勝しておくれよ!」

私は右手に握った金剛爆斧を上げてみせ、再び歩み出した。

 

▲△▲△

 

人の為、とは思わない。

戦う理由が出来ただけだ。

例えそれが剣を振り、弓を構えるような戦ではなくとも、戦いである事には変わりない。

私は私の力を奮える場をようやく見つけたのだ。

これは私の為の戦だ。

だから、あの老爺に感謝する事はあっても恩を売るような真似はしない。

私は久しぶりに戦場の空気を感じ、そして勝利を掴む。

それだけだ。

 


 
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