No.220710

『孫呉の龍 第二章 Brown Sugar!! 建業編』

堕落論さん

ごめんなさい。またもや一月かかっちまいました。『孫呉の龍』第二章をお届けさせていただきます。

あいもかわらずの文才の無さですが暫しの御付き合いの程宜しくお願い致します。

2011-06-04 20:15:10 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2705   閲覧ユーザー数:2455

石頭城の客間とも言うべき場所であって、本来なら諸々の使節団等が待機するであろう控えの間で、一刀は難しい顔をして考え込んでいた。その理由は石頭城に着く前に建業の関で孫瑜が躊躇いながらも話してくれた内容の為である。

 

どうやら孫瑜が言うには、今迄の禍根を全て水に流し、三国共に手を取り合って行く事に対して、飽くまで理解は出来ているが納得はしていないと言う事らしい。

 

一刀は先程から心此処に在らずという体で窓から外を眺め、もう何回目かも分からぬぐらい溜息を吐いている。それを横目で見ている龍虎は、今は一刀に何か言葉を掛けるよりも、一刀自身が答えを見つけ出す事の方が先決と考えて、別の憂慮すべき事態について思いを巡らせていた。

 

その憂慮すべき事態とは、この建業で気が付いてから、龍虎の精神と肉体に龍虎自身だけが感じる明らかな変化が有るのだ。

 

龍虎の変化……というよりは、もう一人の龍虎である太史慈が色濃く出て来ているといった方が正解ではあろう。

 

孫瑜達に出会った鍾山は元より、そこからこの建業の街、石頭城に入るにしたがって龍虎は既視感を覚える様になっていた。

 

龍虎が太史慈として存続していた『外史』とこの『外史』とでは全く違うと言う事を理解してはいるのだが、何処か懐かしく心休まる景色に映るのである。

 

『外史』が人の想念が創り出したモノである以上は、人の識閾下における同調性というものがあり、それが三国志を下地にした『外史』と呼ばれる世界の構築に繋がって行くのだとすれば登場人物の差異はあれども、景色等の背景は須らく似てしまうのかもしれない……龍虎はその様に結論付けた。

 

ともあれ、龍虎は此の地に降り立って以来、思考の殆どが太史慈と言う孫呉の武将をベースとして現代人である龍虎の意識が、その足りない部分を補足する様に変化しているのである。

 

一刀、龍虎がそれぞれ思考の海に没頭していると

 

「北郷一刀殿、子義龍虎殿、我が王孫伯符の下にご案内致します。どうぞこちらへ」

 

先程の軽鎧から平服に着替え、若干ではあるが薄化粧まで施した孫瑜が両名に対して恭しく拝礼をした後に、孫伯符や呉の重臣達が待つ玉座の間に案内をする為歩きだした。

 

玉座の間迄の長い廊下を終始三人は無言で歩み、一刀も見覚えのある重々しい扉の前に着いた。

 

「こちらが玉座の間でございます。御二人とも宜しいですか」

 

鍾山からの道のりの時とは違い、飽くまで両名を案内すると言う立場を崩さずに孫瑜が両名に声をかけ、三名ともにその場で揖礼の形を取った後に重々しい扉へ向かい

 

「白き天の御遣い様と紅き龍の御遣い様と思しき方々をお連れいたしました。扉を御開け下さい」

 

よくとおる声で言うと、それに呼応して扉が左右から開かれる。三名は揖礼の姿勢のまま跪いた。

 

「孫瑜将軍、それに御遣い殿、三名とも玉座の前迄」

 

玉座の右側に侍りし女性から下知を受けた三名は揖礼のまま顔を上げずに玉座の下迄進み、そこでまた跪く。玉座に進む間から跪く迄も、龍虎は油断なく辺りに侍る者たちへの警戒を怠らない。

 

部屋には、玉座の女性を中心として左右に会わせて20人程の武官や文官が整列している。一刀に粗方の事は聞いてはいたが、始めてみる龍虎は女性陣の比率の多さに改めて驚かされた。

 

(あの玉座にいるのが伯符なのか……)

 

玉座の間に通された後、一度も顔を上げていない為に、この居城の主である孫策を良くは確認していない龍虎ではあったが、離れた距離からでさえも龍虎自身の肌で感じ取れる程の、呉王としての威厳や覇気は、在りし日に己が心服し仕えた男と何ら変わりの無いものであった。

 

「仲異殿、貴女が御連れしている方々が、先の菅輅の予言にあった天の御い殿でしょうか」

 

王の横に立つ女性が孫瑜に問う、孫瑜は片膝付きの状態で顔を上げて、その問いに答える。

 

「はい、程都督。この方達は、先程鍾山に流星が飛来した際に、その落下場所と思われる中腹辺りで遭遇した方達でございます。」

 

(程都督……ほう、あのオヤッサンが、この世界ではこうなるのか……まあ、仲異殿からしてああなのだから推して知るべしと言ったところか……)

 

平伏したままである為に、音声情報としてしか掴む事が出来ないが、どうやら孫瑜と会話をしているのは、孫呉の重鎮である程普であるらしいと思えた。

 

が、しかしこの考えが果して龍虎の知識としてのモノなのか太史慈の記憶としてのモノなのかは判然としないのではあるが……

 

「しかし仲異殿、いくら先程の流星の件があったとは言え、この両名を菅輅の予言の御遣いと断じる事は、些か早計ではありますまいか」

 

「確かに流星の件だけでは、この私とて御二方を御遣い殿とは考えませぬが、私の後ろに控えし紅き衣を纏いし御方は、私を筆頭にした孫瑜隊の兵士達の前で我が孫呉の守り神でもある周々を、己が闘氣一つで下がらせる事をしてのけられました」

 

「まさか周々を……」

 

「その様な事は伯符様、ましてや生きておられた時の文台様でも御出来にはなりますまいに……」

 

孫瑜の発言を聞いた途端に、程都督は絶句し、玉座の周りの文官や武官達も一斉に怪訝な顔つきと成り、隣同士でヒソヒソと耳打ちを交わしながら奇異な物を見る様な視線を向けて来る。

 

「更にもう御一方は、此処に侍る者の幾名かは顔を見知っている者もいる筈ですが……」

 

未だざわめきを止めぬ重臣達を鎮める様に、孫瑜が慎重に言葉を選びながら発する。

 

「先の大戦の折りに、魏の曹孟徳殿と共にあって天の御遣いと呼ばれた、北郷一刀殿でございます」

 

孫瑜が一刀を紹介した途端、龍虎を奇異な目で見ていた重臣達の顔色は変り、玉座の間には先程迄のざわめきとはまた違った新たな緊張感に包まれるのであった。

「更にもう御一方は、此処に侍る者の幾名かは顔を見知っている者もいる筈ですが、先の大戦の折りに、魏の曹孟徳殿と共にあって天の御遣いと呼ばれた、北郷一刀殿でございます」

 

孫瑜が一刀を紹介した途端、龍虎を奇異な目で見ていた重臣達の顔色は変り、玉座の間には先程迄のざわめきとはまた違った新たな緊張感に包まれるのであった。

 

(ちっ、拙いな……場の雰囲気が嫌な方向に流れて行ってやがる)

 

龍虎は内心で舌打ちをしながら、隣で龍虎と同様に跪いている一刀を素早く見やる。一刀は震えこそはしていないが顔色には血の気が無く目も虚ろである。

 

(ったく、コイツはコイツで覚悟が揺らいでやがるし……)

 

いっその事、この場で一刀を殴って喝を入れてやろうとした龍虎の行動を思い止まらせたのは、思いもかけぬ玉座からの言葉であった。

 

「あ―っははっ、そっかあ、何処かで見たと思ったら、貴方、成都の大宴会の時に城壁で華琳と一緒にいた男じゃない、あの後に天の国に帰ったと聞いていたけれど……その貴方がどうして建業にいるのかしら?」

 

「策殿っ!!」

 

玉座より親しげに一刀に話しかける孫策を、咎める様な目で程普が制するが、それを一向に気にも留めずに孫策は

 

「もう、何怖い顔してんのよお、程普」

 

「策殿、紅き御遣い殿はいざ知らず、そちらの北郷殿は一年前の大戦の折りに、我等孫呉の最大の壁として立ちはだかった魏の御方ですぞっ!」

 

「そんな事、今更言われなくても充分承知してるわよ。それがどうかしたかしら? 程普」

 

「策殿! 彼の者の所為で我等孫呉は一敗地に塗れ、赤壁では宿将の黄蓋を失い、今は国が残ったとは言え実際は曹魏の配下として存続をしているのですぞっ! それもこれも……仲異殿、貴女も貴女です。北郷殿と分かっていながら、この石頭城に御連れするとは……」

 

一刀に対する言葉遣いとしては丁寧なものの程普は忌々しそうな顔で一刀の方に目を向ける。

 

「程徳謀! いい加減にs「そうよっ、コイツさえいなければっ、祭は死なずにすんだんだからっ!!」……ってシャオ」

 

孫策が程普の言動を叱責しようとしたその時、孫策の言葉を遮る様に居並ぶ重臣達の中から、敵意を剥き出しにした少女が飛び出してきた。その少女は呆気に取られている孫瑜の横に立ち、一刀に向かって抑えきれない自分の感情を爆発させる。

 

「アンタさえ、アンタさえいなければ……私達孫呉が負ける事だってなかったのに……それに何よりも赤壁で…祭が、祭が死ぬ事なんてなかったのにっ!!」

 

幼い相貌の両目に涙を湛え、射る様な視線を一刀に向ける。向き合う様な形となった一刀は少女に反論する言葉も浮かばず、かといって少女から目を逸らす事さえ出来ずに固まっている。

 

「小蓮様、御控えなさいませ、我々にとって確かに北郷殿は仇敵ではありますが、今は曹魏との間には同盟も結ばれております。小蓮様の私怨で北郷殿に害を成す様な事があれば、折角呉の民が手に入れられた平和を手離してしまう事態に成りかねませぬ」

 

我に返った孫瑜が小蓮と呼ばれる少女に対して毅然と言い放つが、そんな孫瑜に負けないぐらいの気迫で小蓮は孫瑜に言い返す。

 

「紅蓮! 紅蓮は悔しく無いのっ、こんな訳の分かんない奴の所為で祭がっ、私たちの大事な祭が死んじゃったんだよ……あの強くて優しい祭が死んじゃったんだよ」

 

「尚香様……」

 

尚香の言葉に孫瑜が口籠り、玉座に侍っている重臣達迄もが曹魏憎しの感情を表しだした時に、龍虎の心の内で何かが猛々しく覚醒した。

 

その刹那、揖礼の状態から無礼を承知で龍虎は立ち上りつつ、己が怒気を全開にして玉座の孫策を見据え、次に周りに侍る重臣達を睥睨する。

 

「たっ、龍虎様? 何をっ……あっ……」

 

その様子に驚いた孫瑜が案内役である立場をも忘れて、素の状態で止めに入ろうとするのを先程の馬車内の様に優しく孫瑜の頭に手を乗せる。まるで、大丈夫任せておけとでも言う様に。

 

まず始めに龍虎は自分の前にいた小蓮に視線を向けた。龍虎の怒気に中てられた小蓮は虚脱状態に陥り、若干ではあるが震えているのがわかる。

 

「シャオっ!!」

 

「小蓮様っ!!」

 

尋常ならざる事態に玉座の雪蓮が声を上げるのと同時に、玉座の脇に侍る重臣達の中から目にもとまらぬ速さで龍虎と小蓮の間に割って入る少女がいた。少女は小蓮をその身に庇う様な態勢を取りつつ、直刀を鞘ごと前に翳して龍虎を牽制する。

 

「「明命っ!」」

 

玉座からは雪蓮が、明命と呼ばれる少女の背後からは小蓮が、姉妹共に安堵の声を上げる。多少小蓮の方は涙声ではあったのだが

 

「ほう、隙の無い良い構えだ。それにその闘氣、先程城壁から感じた氣と全く同一か……って事は城壁から感じた視線はアンタかい」

 

「やはり、私に気付いていらっしゃったのですね、よもやとは思いましたが、あれだけの距離を持ってしても私の気配に気付くなど、貴方は……危険な方です。我等が孫呉に害を成す前に、この周泰自らの命を懸けて貴方を葬ります」

 

そう言いながら明命と呼ばれた少女の目が冷酷な光を湛えたのを察知した瞬間に、龍虎は躊躇なく己が殺気を全開にした。その途端、玉座の間に集う龍虎以外の全ての者は、龍虎の凄絶な殺気を浴びて圧倒的な死への恐怖感を否応なく、その身に刻み込まれるのであった。

石頭城に着く前に孫瑜から聞いた言葉は一刀を困惑させるには充分であった。

 

物事に原因と結果が提示されるのが世の常ならば、戦に於いて提示されるもの、それは常に勝者と敗者である。その考えは一刀が玉座の間に跪いてる今も一刀の思考の妨げとなっていた。

 

一刀が大切に思う人々の為にした行動によって、一刀達に敵対した者達が護ろうとした大切な未来を奪っていた現実。その事を全く考えなかった訳では無い。寧ろ、このような事態に陥る事は想定済みで、龍虎の薫陶を受けて一刀自身の覚悟を決めた筈であった。

 

しかし、目の前に飛び出してきた少女に憎悪の籠った眼で見据えられた時、一刀は己の覚悟が揺らぐのを隠せなかった。

 

本来一刀がしなければいけない事、それは小蓮の言にも怯まず己が考えを小蓮だけでは無く、この場に居並ぶ呉の諸将全員に対して毅然とした態度で滔々と述べるべきであった。

 

だが一刀は酷く狼狽してしまったのである。そしてその狼狽が一瞬の隙となり、玉座の間に流れる曹魏憎しの感情を増幅してしまったのであった。

 

(ちくしょう……何で肝心な時に俺は……)

 

以前の一刀ならばいざ知らず今の一刀には、場の雰囲気が悪い方向に流れつつある事を瞬時に覚るぐらいには頭が切れる。今自分が何をしなければいけないのかと言う事も頭では理解が出来るのではあるが、悲しいかな行動が理解に追い付いて行かない。

 

故に小蓮が、一刀に対して怒りを爆発させた時、一刀は言葉を失い固まってしまったのである。

 

その様な不甲斐ない自分自身に対して、心中で怨嗟の言葉を吐きながらも必死にこの場を収める最善の策を探そうと思案している時、隣で同様に跪いていた龍虎の雰囲気が明らかに変化したのを感じた。

 

一刀がその変化を感じた瞬間、龍虎は急に立ち上がり、その龍虎から、今迄一刀が感じた事が無い程に増幅された凄まじいまでの氣が放たれる。

 

(た、龍虎……何を……ぐっ)

 

喋る、考えると言った、人間としての基本的な行動でさえ抑圧される程の強烈な圧迫感を発しながら四方を睥睨する龍虎。

 

その様な龍虎を一刀は初めて見ると同時に、一刀達がいた『外史』で貂蝉と初めて会った時に貂蝉が「龍虎ちゃんのいた『外史』は英雄や英傑が凄まじい迄の武力や知力を持っている『外史』」という言葉を思い出した。

 

その龍虎が一刀の前にいる小蓮に対して視線を向けた。小蓮は既に龍虎の氣に当てられ腰を抜かしてしまっている。

 

(駄目だっ……龍虎! この玉座での揉め事は……)

 

一刀はともすれば意識を失いそうになりながらも必死で龍虎を止めようと身体を動かそうとするが、一刀も龍虎の氣に当てられているのかピクリとも身体が動かない。

 

(龍虎っ……)

 

周泰が小蓮の前に身を呈して立ちはだかるのを視界の隅に確認するかしないかのうちに、一刀の意識は深い闇の中に沈んでいった。

「やはり、私に気付いていらっしゃったのですね、よもやとは思いましたが、あれだけの距離を持ってしても私の気配に気付くなど、貴方は危険な方です。我等が孫呉に害を成す前に、この周泰自らの命を懸けて貴方を葬ります」

 

周泰は己が愛刀【魂切】を構え、小蓮を庇うように背にまわして龍虎と正対する。先程の孫瑜の話だと周々を闘気一つで後退させたらしいが、実際に自身が見た訳では無い。己が目で確認したもの以外は信じぬ様に心がけているのである。

 

だが、諜報任務に特化している為に戦力分析や人間観察等の能力には絶対的とは言えないが、かなりの自信を持っている自分ですらも眼前に立つ、龍の御遣いと思われる男の力は全く未知数である。

 

それでも周泰は己が主を護る為、延いては己が愛する呉を護る為、最悪の場合、龍虎と刺し違えてでも葬ろうと決意して【魂切】を握る手に力を籠めた。

 

 

 

周泰の覚悟の程を感じた龍虎は武人としての周泰の心意気に感じる所はあったが、それ以上に自分が愛した孫呉が疲弊し迷走している事が只々悲しかった。

 

(俺が愛した孫呉か……フッ……どうやら子義龍虎としての想いでは動けぬ様だな。ならばっ……)

 

龍虎は躊躇なく己が氣を殺意に変えて玉座の間全体に発した。その途端に玉座の間に居並ぶ諸将は一斉に、龍虎の殺気に当てられ動く事も出来ず、氣というものに慣れていない文官の中には失神する者までいた。

 

「くっ……」

 

殺気だけで身動きが取れなくなるほどの圧倒的な力の差を見せられても周泰は構えを解かなかった。否、解けなかったと言う方が正しいのかもしれない。

 

「これだけの彼我の実力差を見せ付けられても、まだ愚かな考えを戒めぬか……幼平っ!」

 

「な、何故私の字を……当たり前です。貴方は我が孫呉に災厄を招く者です。ならばこの周泰命を懸けて……」

 

「ほう、この俺と、そこで気絶してる北郷一刀の二人を貴様達孫呉は天の御遣いとしてではなく、災いを招く者としてみると言うのだな」

 

龍虎は冷たい声で、そう言い放つと玉座に座る雪蓮に視線を移した。

 

改めて見る呉の王孫伯符を龍虎は気高く美しい女性だと思うと同時に、遠い昔、自分が終生仕えようと誓った主であり友であった者と同一人物ではないかと錯覚させる程、醸し出す雰囲気が同じであるとも感じた。

 

「御覚悟をっ!」

 

龍虎が周泰から眼を離した一瞬の隙を逃さずに、周泰が【魂切】を抜いて必殺の突きを繰り出してきた。

 

「痴れ者共が――――――っ!」

 

その時龍虎の怒声が玉座の間に響き、必殺の間合いで繰り出した周泰の突きは龍虎の身体まで届かずに止まってしまう。呆気に取られた様子の周泰を歯牙にもかけずに、龍虎はその場で雪蓮を筆頭とした玉座の間に居並ぶ呉の重臣全てに向かい大音声を発した。

 

「江東の虎と呼ばれし先代孫文台が建て、江東の小覇王孫伯符が興した孫呉の重臣共が揃いも揃って此処まで無知蒙昧の輩とはな……今一度思い出せっ! 文台殿が旗揚げし時の決意をっ! そして文台殿が倒れし後、袁公路配下になり辛酸を舐めた苦汁の日々をっ!」

 

龍虎に先程までの殺気は無く、玉座の間に控える全員に向かい叱咤激励する様に言葉を紡いでいく。

 

「確かに小覇王と共に戦いし日々は先の大戦で敗戦と言う形で終りを告げたらしいが、貴女達は幸いにも生きている。曹魏に情を懸けられた事に憤る者もあろうが、それならばこの呉という国を、曹魏が滅亡させなかった事を後悔するぐらいの素晴らしい国にしてやろうと、何故考えぬっ!」

 

自分が言っている事は理想論かもしれない……龍虎は言葉を紡ぎながらそう考える。

 

だが、嘗て自分が愛した『呉』と称される強国。それとは限りなく同じ様に見えて全く違う、この『外史』の『呉』と呼ばれる国の人々が、これから下を向いて生きて行く事を見るのは辛い事であるし、なによりも玉座の王に悲しい顔は相応しくないと龍虎は強く思った。

 

一刀にとっては、この『外史』自体が帰るべき場所である。魏には一刀が家族と呼んでも差し支えが無い仲間達がいる。しかし龍虎は帰るべき大切な場所は既に無く、この『外史』に於いても立位置が特異な者である。

 

それ故に理想論だとか、所詮、余所者の戯言と思われようとも言うべき事は言い、伝えるべき事は伝えようと固く心に誓った。それがこの『外史』で自分がやらなければいけない役回りで有る事を龍虎は充分理解していた。

 

「貴女達には護るべき国が有り、そして護るべき民がいるではないかっ! 己の無力感に苛まれ焦燥感に焦れる暇があるならば城を出て民達と共に汗を掻けっ! 己の国の民達と同じ目線に立たぬ者に政を治める事が出来ようかっ!」

 

龍虎の言に、玉座の間に侍る者達其々は複雑な心境を顔に宿していた。或る者は唇を噛み締め、龍虎を射る様な視線で見詰め、又或る者は両目を閉じて天を仰ぎ、誰一人として言葉を発しようとしない。

 

だが、目の前で周泰の背に庇われる様な状態で膝を付いていた小蓮だけは気丈にも震える膝で立ち上がり龍虎を睨みつけながら

 

「アンタなんかに……アンタなんかに何がわかんのよっ! 赤壁で祭が死んじゃった後、魏に負けちゃって三国同盟を結んだこの一年に、雪蓮姉様やここにいる皆がどんだけ辛い思いをしてきたかなんて、何一つ知らないくせにっ! うわぁぁぁ~~~んっ!」

 

龍虎に向かって精一杯の言葉を放った後、遂に泣きだしてしまうのであった。

「アンタなんかに……アンタなんかに何がわかんのよっ! 赤壁で祭が死んじゃった後、魏に負けちゃって三国同盟を結んだこの一年に、雪蓮姉様やここにいる皆がどんだけ辛い思いをしてきたかなんて、何一つ知らないくせにっ! うわぁぁぁ~~~んっ!」

 

「シャオッ!」

 

「「「小蓮様っ!」」」

 

小蓮の泣き声で、玉座の間の者達は雪蓮を筆頭に皆一斉に呪縛から解かれたかの様に気を取り戻し、口々に心配そうに小蓮の名を呼ぶ。小蓮の側にいた孫瑜は、優しく小蓮の身体を包み込む様に抱きしめた。

 

それを間近で見ていた龍虎の脳裏には、今はもう追憶の彼方に面影しか残さない小蓮と同じ名を持つ少女の姿が、目の前で泣いている小蓮と重ね合わせて思い出された。

 

(尚香……お前もこんな風に呉の為を想っていたんだろうな……)

 

龍虎は慈愛に満ちた表情となり、孫瑜に抱き締められ嗚咽する小蓮と目線が一緒になるぐらいまで膝を折って、孫瑜に話しかける。

 

「紅蓮さん、ちょっと尚香と話しがしたいんだけど……良いかな?」

 

「龍虎様……」

 

何かを言いかけた孫瑜であったが、先程迄とは全く違う龍虎の顔を見て、小蓮の肩を抱く様に、自分の位置を変えて龍虎の方へと向き直った。

 

龍虎と正対する様な形となった小蓮は瞬間、体を硬直させたが、自分の間近にある龍虎の顔を睨みつける様にすると、両目に涙を溜め、精一杯の虚勢を張って震える体から声を絞り出す。

 

「ぐすっ……何よぉっ! アンタになんかっ、アンタになんかっ!」

 

龍虎は、そんな尚香の目を真っ直ぐに見つめて語りかける。その声はこれが先程までと同じ男が出す声なのかと、玉座の間の人々が訝しむ程の優しい声である。

 

「なあ、尚香……先程からお前が言っている赤壁で散った武将とは公覆殿の事なのか?」

 

「そうよっ! 祭は赤壁で、そこにいる魏の御遣いとかいう訳分かんない奴の妖術の所為で死んじゃったんだから……」

 

先の大戦では赤壁の折りに呉の陣内で、即興的に冥琳と祭とで『苦肉の計』を考え実行したのであるが、魏には一刀がいた為にその策は成功しなかった。

 

自分達の味方でさえ欺かれる様な見事な策を、魏陣内では一刀が只一人完膚なきまでに見破った事が、呉の諸将から見れば一刀が妖術を使った様にしか考えられなかったのであろう。

 

「仮に、そこでノビテいる奴が妖術を使ったにせよ、使わなかったにせよ、戦での生き死には時の運。公覆殿程の武将がそれだけの御心積もりが無かったとは考えにくいが……」

 

「えっ……」

 

「俺の知っている公覆殿は力足らずして散る間際でも、残される者に対して自分の意志を伝え鼓舞し、そして自らの死の恨み辛みなどは一切残さぬ様な剛の者の筈だがな」

 

(最も俺の記憶の中の公覆殿は忠義一徹の頑固爺いだが……)

 

真っ直ぐに小蓮の瞳を見つめながら一言一言諭す様に龍虎は話かける。

 

「なっ、なんで、アンタが祭の事を知ってんのよ……」

 

小蓮の消え入りそうな声の呟きが終わるのを待つかの様にして、龍虎は再び話し出す。

 

「尚香……公覆殿は、散り際にお前達に何か言葉を残さなかったか? あの御仁ならばそのくらいの事はしそうだと思うんだが……」

 

「祭が……残した言葉……」

 

小蓮は、赤壁で自分の眼前で数多の矢を受けながらも、祭が最後に孫呉の若い世代へ向けて放った言葉を必死で思い出そうとしていた。同時に赤壁で祭と共に戦った他の呉の諸将も、宿将黄蓋が自分達に残した言葉の意味を改めて考えていた。

 

「祭は……祭は、お母様が建てた呉は自分の死と共に終わるって……これからは私達皆の力で私達が望む呉を創っていけって……でも……今の私達じゃあ……」

 

小蓮が唇を噛んで俯いてしまうのと同時に、孫呉の諸将も又、各々の顔に苦渋の想いを色濃く映し大半が俯いてしまう。玉座の雪蓮でさえも己が拳を握り締め内心の焦燥感を抑え込む様にしていた時。

 

「孫呉の兵達よっ! 何を俯く事があるっ! 地を踏み締めろっ! その胸を張れっ! 己に誇りがまだ残っているのならば、その顔を上げろ――――っ!」

 

先程とはうって変わって、沈痛な雰囲気を漂わせた玉座の間に再度、龍虎の大音声が響いたのだった。

「孫呉の将達よっ! 何を俯く事があるっ! 地を踏み締めろっ! その胸を張れっ! 己に誇りがまだ残っているのならば、その顔を上げろ――――っ!」

 

玉座の間に再度、龍虎の大音声が響いた。その声に玉座の間の者達は一斉に我に帰って声の主の方を注視したが、当の龍虎本人は、それらの視線を全く意に介さず玉座に侍る重臣達を射る様な視線で見回した後に、玉座の雪蓮と正対した。

 

龍虎と雪蓮、両者共に言葉は無かったが、雪蓮は自分を見つめる龍虎の瞳に自分が吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。

 

その様な気持ちに抗おうとして、何か声を発しようとした雪蓮だったが、龍虎はそれを察したかの様に視線を雪蓮から外し、自分の側にいる小蓮、孫瑜、周泰達に向かって諭す様に話し出す。

 

「なあ尚香、漢と言う国を割って呉、魏、蜀、其々が覇権を争った戦は魏の勝利で、まずは幕を閉じた。でもこの国は曹操の……いや、魏のものになった訳じゃあ無い。国というものは、其処に暮らす民達のものであって王と呼ばれる者の所有物じゃあ無い」

 

龍虎は真っ直ぐに小蓮を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「曹操もそれを充分理解しているから、孫伯符も劉玄徳も死に至らしめる事は無く、其々の国の統治を引き続き任せた……その事についてはわかるな」

 

未だ涙目の小蓮が顔を上げてコクリと頷く。

 

「恐らく今からこの国は、今迄の漢王朝の政とは全く違った政が魏の曹操の手によって行われる様になる。好むと好まざるとに関わらず、この呉も、蜀も、その荒波に呑まれていく事になる……」

 

一言一言噛んで含める様に龍虎は、小蓮達に今後この国が進むであろう道筋を話す。

 

「その荒波は激しくうねりながら全ての旧弊を押し流して行く……」

 

「全ての旧弊……?」

 

小蓮は聞き慣れない言葉に首をかしげ、龍虎を見上げる。

 

「そうだ、前漢時代からの悪しき習慣や、古く凝り固まった考え、そして新しく命を得たこの国の成長を阻む様々な要因を須らく破壊しながら押し流して行く」

 

龍虎は語りを終えて一息吐く様に玉座を見上げる。そして今度は玉座の雪蓮から視線を離さずに言葉を発する。

 

「今の腑抜けた様な貴様等では遅かれ早かれその激流に呑み込まれ、二度と表舞台になど出れぬぞ……公覆殿との約定など酔夢の如く儚く消えてしまうが必然。それでも尚、己が現状に留まるか孫呉の者達よ」

 

玉座に侍る者達は雪蓮を筆頭に誰も龍虎に返す言葉を持たない。それを見た龍虎は今一度小蓮達に微笑みかけると

 

「尚香……お前も孫呉の者なら、決して下を向くな。例えこの先どんなに苦しい事があっても決して挫けるな。お前や、伯符殿、それに恐らくいらっしゃるであろう仲謀殿が孫呉の民達の希望なのだ」

 

「私や……お姉さま達が……って、何でアンタが蓮華お姉ちゃんの事迄……」

 

怪訝な顔をして小蓮が龍虎を見上げる。その小蓮の肩に両手を置いた龍虎は、しっかりと彼女の目を見据えて力強く語りかける。

 

「お前達がその明るさを失わず前を見て、この困難な時代に立ち向かう限り呉の民達は、お前達と共にあるだろう」

 

「でも……今の私達だけじゃあ……祭もいなくなっちゃったのに……」

 

龍虎を見上げながら、小蓮その愛らしい顔を歪ませる。

 

「お前達なら例えどんな困難が立ちはだかろうとも、お前たち自身の手で新しい呉が創れる。そう信じて公覆殿は逝ったのだろう。ならばもっと自分達の力を信じろ……」

 

「私達の力をでございますか?」

 

小蓮の肩を抱いたままの状態で孫瑜が龍虎に問う。

 

「そうだ。伯符殿を中心として、呉には公瑾殿や、徳謀殿もおられる。そして此処に幼平がいるのなら、伯言や、興覇、子敬、子瑜達や他の多くの俊才達もいるのだろう……それだけの人材がいるのなら問題はあるまい」

 

龍虎は虚脱状態の周泰を見ながら孫瑜にそう応える。

 

「それに紅蓮さん、貴女だって今からの呉に必要な人材だ」

 

龍虎は此の地に降り立ってから初めての協力者の孫瑜に向かって笑顔で言葉をかける。

 

「そんな私の様な若輩者など……」

 

孫瑜は龍虎の言葉に恐縮してしまい俯いてしまう。それを見た龍虎は孫瑜と小蓮、二人の頭に手を置いて励ます様に話す。

 

「此の地は今は土砂降りの雨かもしれない。でも止まない雨は無い……それに呉の民達に土砂降りを避ける傘を差してやる事が出来るのはこの玉座の間に居る者達だけだろう……」

 

「私達で出来るのかな……?」

 

何かを訴えかける様な眼で小蓮が龍虎に問い掛けると

 

「ああ、必ず出来るさ。此処に居る者達の力を合わせれば出来ぬ事など無いと俺は思うぞ……それでもまだ自分達の力に自身が無いのならば……その時は」

 

「その時は?」

 

「未だ俺自身此の地で何が出来るかは未知数だが、此の孫呉の地、延いてはこの大陸に暮らす全ての民の為に、星見の菅輅が予言したと言うこの『紅き龍の御遣い』の力を持ってお前達を手助けしてやるよ」

 

自分の頭を撫でながら凛と応える龍虎の姿を見ている小蓮は、先程までの敵対している様な気配や自身の無さそうな姿も無く、まるで今迄の暗澹たる気持ちが嘘の様に晴れて来るのを感じるのであった。

後書き……のようなもの

 

 

 

どうもTINAMIユーザーの皆様如何お過ごしでしょうか? 待っていた方(果していらっしゃるのか?)にはごめんなさい。待っていなかった方はお目汚しすいません。初めての方には初めまして(まんまやがな……)遅筆駄目小説家の堕落論でございます。

 

取り敢えず『孫呉の龍』建業編の続きをお送り致しております。今回は玉座の間での続きをお送り致しておりますが、呉のヤンチャ姫の小蓮さんメインで龍虎君との遣り取り如何だったでしょうか?

 

次回も玉座の間での続きとなります。毎度毎度の事ですが果して上手く話が転がせるのかなあ……トホホ

 

 

閑話休題

 

 

まあ、今更ながらの事ですが自分の文才の無さには辟易してしまいます。プロット通りに進まないのは当たり前で、おまけに思っていた以上に言葉を……と言うより表現方法を知らない(泣)

 

短期間に良作を次々とUPさせる他の作家様達なんか化け物に見えちゃいます……ああ、そんな皆様の才能を少しでもこの駄目小説家に分けて頂きたいと切に思う今日この頃です。

 

取り敢えず目標は2週間に一回ぐらい更新と……頑張りたいと思います。

 

 

 

 

コメ頂いたり、支援していただいた皆様へ

 

毎度毎度拙い文に皆様からコメや、支援いただき本当にありがとうございます。結構おっかなびっくり書いている私には皆様のコメや支援が大変嬉しく又、励みになっています。

 

まだまだ駄目駄目小説家ではございますが今後とも本当に宜しく御贔屓の程をお願いいたします。

 

また、このssに対するコメント、アドバイス、お小言等々お待ちしております。「これはこうだろう。」や「ここっておかしくない??」や「ここはこうすればいいんじゃない」的な皆様の意見をドンドン聞かせていただければ幸いです。

 

皆様のお言葉が駄目小説家を育てていきますのでどうか宜しくお願いいたします。

 

 

それでは次回の講釈で……堕落論でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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