No.22043

an early spring day

嘉月 碧さん

受験をようやく終えた耕平。
受験のために離れ離れになっていた彼女が忘れられずに……。

2008-07-27 23:10:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:520   閲覧ユーザー数:499

「受験が終わるまで、お互い会わないようにしよう?」

 突然彼女がそんなことを言った高校三年の冬。恋愛と勉学を両立できないと彼女は付け加えた。

「うん。分かった」

 突然のことに耕平はただそれだけしか言えなかった。引き止めても無駄だと思った。

 

 その後、電話やメールをしても、電話にも出ず、メールも返信してこなかった。

 体のいい振り方をされたのだろうか?

 そんなことを考えていても、仕方がない。耕平は全て受験が終わってから決着をつけようと思っていた。

 

 それから耕平は一人で勉学に励んだ。辛くなかった、とは正直言えない。彼女のことが忘れられず、勉強に支障をきたすことも多かった。

 だけどこれさえ終われば、きっとまた会えると信じ、耕平は死に物狂いでがんばった。

 

 合格発表当日。

 掲示板の前に立った耕平は、握り締めていた受験票を開いた。少し力が入りすぎてしわが寄っている受験票を、綺麗に引き伸ばす。

 一度深呼吸をし、掲示板に目を移した。

(あんなに勉強したんだから、絶対合格してるはず……)

 自分の番号の近くを発見し、一度目をそらした。呼吸を整えてもう一度見る。

「あ……った……」

 何度か受験票の番号と掲示板の番号を見比べる。

「やったー!」

 掲示板の前で思わず万歳した。他の受験生も同様で、喜んでいる者もいれば、肩を落としている者もいる。

 でも無駄じゃなかった。今までがんばってきたことが報われたのだ。耕平は手放しで喜び、携帯電話で家と高校に連絡を入れた。

「合格おめでとう」

 そう言われ、夢じゃないんだと確信する。

 電話を切り、携帯画面を見ると、何故か彼女の顔が浮かんだ。

『春になったら、受験が終わったら会おうね』

 彼女とはそう約束した。

(そんな約束、きっと覚えてないだろうな……)

 耕平は携帯電話をコートのポケットに突っ込んだ。

 

 肩の荷が下り、心なしか気持ちが軽い。彼女に……会いたい。

 そう思ったときだった。目の前に人影が揺れる。

(まさか……)

 耕平は目を見張った。現れたのは、彼女、美沙だった。

「み……さ……?」

 驚きながらそう問うと、美沙はにっこりと笑った。

「久しぶり。耕平くん」

 目の前に居るのに、何だか信じられない。

「え? 何で……?」

「忘れたの? 『受験終わったら会おう』って言ったじゃん」

 美沙はそう言いながら、耕平に近づいた。

「でも……お前……俺のこと嫌いになったんじゃ……」

「えー? 何それ?」

 耕平の言葉に美沙が苦笑する。

「嫌いになる訳、ないじゃん」

 美沙は優しくそう言った。

「でも……電話も……メールも……」

 一切返ってこなかったのに。

「辛かったよ。我慢するの。でももし受験失敗して、また会えなくなったりした方が辛いじゃない?」

 美沙は耕平の手を取った。

「耕平くん、浮気しなかった」

 悪戯っぽく笑う彼女に、妙に安心する。

「す、するわけないだろ! ……お前を……美沙を忘れられないのに……」

 つい本心が出てしまう。すると美沙は「ふふっ」と笑った。

「そういや、美沙は……どうだったんだ?」

 一瞬きょとんとした美沙は、次の瞬間ニコッと笑った。

「もちろん合格」

 Vサインを作ってみせる。

「おお! やったな」

「耕平くんは?」

「俺も合格」

「わー。おめでとー」

 美沙は自分のことのように喜んでくれた。

「これでまた一緒に居られるね」

 美沙は優しく微笑んだ。愛しさが沸く。

 次の瞬間、耕平は目の前に居る美沙を抱きしめていた。温もりが伝わる。

「耕平くん?」

 美沙が驚いた声を出した。

「会いたかった。ずっと……会いたかった」

 今まで押し殺していた想いを吐き出す。

「うん。あたしも会いたかった」

 美沙は耕平の腕の中で呟いた。

 

 もう二度と離れたくない。

 耕平は美沙を抱きしめてそう思った。それはきっと美沙も願っているはずだ。

 少しだけ早く訪れた春に、二人の心は温かくなった。

 

 ――春、爛漫。


 
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