No.220384

少女の航跡 第2章「到来」 12節「内通者」

ロベルトを捕らえたカテリーナは、彼から、ある屋敷の存在を知り、現地へと向かうのでした。

2011-06-03 12:04:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:730   閲覧ユーザー数:260

 

 カテリーナはロベルトを王宮へと連行し、彼を拘束させた。とは言っても、彼が革命軍の内通

者であるという確たる証拠は無いのである。

 

 拷問して口を割らせるという荒っぽい方法もあるが、ピュリアーナ女王の方針で、『リキテイン

ブルグ』でそれは禁じられているとの事。とりあえずその晩はロバートを拘束し、翌日から尋問

を始めるとの事だった。

 

 だが、カテリーナの行動は決まっていたらしい。

 

 ロベルトと再会した次の日の朝、私は王宮の召使に呼ばれ、カテリーナの部屋へと出向い

た。

 

 するとそこでは、カテリーナが下着一枚で着替えの真っ最中だった。

 

「あ…ッ! ご、ごめんなさい。出直してくるから…!」

 

 だが、カテリーナは、

 

「…何、女同士で恥ずかしがっているんだい? 入ってきていいよ」

 

 と言うので、申し訳なさそうにも、私は彼女の部屋に足を踏み入れていた。

 

 カテリーナの部屋。《シレーナ・フォート》王宮内の他の部屋がそうであるように、どこか私達

人間からは理解し難い構造で、幾何学的な模様が壁や床に描かれている。だが、中の家具自

体は、カテリーナが入れさせたものらしく、それは大陸各地、どこでも見かけるようなベッドやテ

ーブル、椅子ばかりだった。

 

 そして、部屋の一角には、カテリーナの着ている鎧が置いてあった。傍には剣も立てかけら

れ、それはちゃんと鎧立てにかける形で置かれている。

 

 女の体に合わせてできているものの、鎧だけ見ると、随分と無骨な姿だった。重さも結構あり

そうだ。磨かれた金属が、朝の光を乱反射している。

 

 ふと、カテリーナを見ると、彼女は自分のベッドの上で下着姿のまま頭を抱えるようにして座

ったままだ。

 

「どうか、したの…?」

 

 私は、そんなカテリーナの様子が気になって尋ねてみた。

 

「…、ちょっと、変な夢見ちゃってさ…。良く寝れなかった…」

 

 そう言ったカテリーナはいつもながらの声だ。寝起きで肌も露だというのに、油断も隙も無さ

そうな姿は変わらない。

 

 だが、カテリーナにも眠れないなどという事があるのか。少し意外だった。

 

 やがて彼女は立ち上がり、ベッドの向かいにあるチェストを開くと、その中から服を取り出し

つつ言って来た。

 

「女王陛下の許可を頂いた。あの男の言っていた館に行ってみようと思う」

 

 カテリーナは、私の方を向いて言って来る。彼女は地味な色合いのズボンを履こうとしてい

た。上半身はまだブラジャーしか付けていない。

 

 カテリーナの体格は、私よりは頑丈そうだった。肩幅もあるし、腕の筋肉もその形が少し見え

る。成熟し始めている女の体で、胸の大きさも割りとあった。カテリーナはそんな体を覆い隠す

ような、皮でできた丈夫な上着をその上に羽織る。

 

 それには、所々に鎖の網が縫い付けてある。チェーンメイルが体の関節の部分に縫い付け

てあるその衣服は、鎧を着る時、プレートで覆いつくせない場所を守る為のもの。カテリーナが

その上着を着るという事は、部屋に置いてある鎧を着るつもりなのだ。

 

「その館だけど、《斜陽の館》って呼ばれている。元々、この国の貴族が住んでいた館だった

が、彼らが病死して以来、そこには誰も住んじゃあいない。これが、そこまでの地図さ」

 

 カテリーナは、私に、紙に描かれた地図をよこすと、そのまま鎧のある部屋の一角へと歩い

て行った。

 

 地図には、《シレーナ・フォート》と、その周囲の海岸線が描かれ、内陸へ大分入った所にあ

る森の中に、斜陽の館と書かれた文字と点、そしてそれを囲むように赤い丸がしてあった。

 

「やっぱり、行ってみるの…?」

 

 私は、続けて鎧の着付けを自分で始めたカテリーナの姿を見つつ尋ねた。

 

「ああ、そうだよ…。気になっているからね…」

 

 私は鎧の着付けなど見た事も無かったから、彼女が一つ一つその部品を身につけていく様

子を、まじまじと眺めていた。

 

 カテリーナはそんな私の事など気にならないかのように、次々とその身を硬い金属で覆って

いった。

 

「それに、腹の探りあい見たいな話し合いばかり、何日もしていたって、意味が無いだろう?」

 

 そう言って、カテリーナは腕の鎧をはめて、それを肩まで引き上げた。鎧を身に着けるとカテ

リーナの肩幅が広がったように見え、その威圧感が増す。

 

 次いで、胸に胸甲を付けてしまうと、彼女の女性的な肉体の特徴を示すものは減ったが、カ

テリーナはいつもながらの女騎士の姿になった。部屋に差し込んでくる朝日を、彼女の鎧の金

属が反射し、眩しいほどに輝いている。

 

「何事も、行動…?」

 

「そう、だからこそ、私達『フェティーネ騎士団』がいる」

 

 カテリーナはそう答え、私と彼女は一緒に部屋を出た。

 

 

「あなた、自分の国に帰ったんじゃあないの~?」

 

 《シレーナ・フォート》王宮の馬舎に行ってみると、いきなり出迎えてきたのは、魔法使いのフ

レアーだった。彼女は私の姿を見るなり、久しぶりの挨拶と共に質問攻めをしてくる。

 

「大切な事を終えるまでは、帰れないよ」

 

 私は、他の騎士達の馬の中に紛れているメリッサの調子を見ながら答えていた。彼女の調

子は申し分なく、早く外に出て走り回りたいと言っているようだった。

 

「あなたは、どうなの? どうしてここにいるの?」

 

 と、私はフレアーに言っていた。

 

「ルッジェーロがねえ…、あなた達について行きなって、言ったから。何かと手伝えるでしょう、

だって、あたし達だって、まんざら関係が無いわけでもないし…、

 

 そうそう、あとね…、こっちいらっしゃい」

 

 フレアーが馬舎の入り口の方に呼びかける。よく見れば、そこにはフレアーと同じような装束

の青い色違いを身に纏った、外見が12、3歳くらいの男の子の姿があった。彼はフレアーに呼

ばれると、少し困ったかのように首を振る。

 

「ほ~ら、恥ずかしがっているんじゃあ、無いの。あんたも一緒に行くんだからね!」

 

 と、フレアーがその男の子に言うと、彼は私の方に赤面しながらゆっくりと馬舎の中を進んで

きた。

 

「紹介するよ。もう知っていると思うけど。あたしのいとこのスペクター。ほら、このお姉さんに自

己紹介して」

 

 フレアーに言われ、男の子は私の方には目線を合わさずに自己紹介して来た。自信の無さ

そうな、人見知りをした挨拶の仕方だった。

 

「ス、スペクターです…」

 

「よろしくね。ブラダマンテです」

 

 私が、彼の身長に合わせ、少しかがんで顔を覗き込むと、スペクターは帽子のつばの影で顔

を隠してしまった。

 

「ごめんねえ。この子、凄く人見知りする子でねえ。でも、きっと役に立ってくれるよ」

 

「あんた達、遊びに行くわけじゃ、無いんだよ!」

 

 こちらに向かって来るなり、いきなりそう言ったのはルージェラだった。彼女の大きな声に、ス

ペクターはびくっとして驚いたようだった。

 

「お遊びなんかじゃあ、無いって! そのくらいあたしにも分かっているよ!」

 

 フレアーの方は、ルージェラに口答えするのだった。

 

 ルージェラがつかつかとした足取りで行ってしまうと、続いてカテリーナがやって来て、彼女の

方は何も言わずに自分の馬の方へと歩いていった。

 

「フレアー…。あのお姉さん、怖いよ…」

 

 彼女達が行ってしまった後、子供が怯えたかのような声でスペクターがそう言ったのを、私は

聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 少人数で行動する事になったのは、ロベルトの忠告だった。少人数ならば、彼の元仲間警戒

されないまま行動できる。そして、彼の仲間の一人を安全に救出できるのだと。

 

 カテリーナは、まだロベルトの言葉には半信半疑な様子だった。ルージェラなど完全に疑って

いたが、無視できる情報では無いとして、ピュリアーナ女王からの命令が下ったのだ。

 

 私達は、カテリーナ、ルージェラ、そして『セルティオン』から、フレアーとスペクターという2

人、そして私を加え、わずか5人で《斜陽の館》と呼ばれる館を目指した。

 

 だが、ロベルトの仲間を救出しに行くと言うだけで、そこで何が待ち構えているのかも分から

ないし、一体、彼の仲間とは何者なのか、それすらも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 《シレーナ・フォート》の街を出て、海岸線を西の方へと向かう。平原を馬で走り抜けていくと、

昼過ぎになって、ようやく森が現れる。それが、ロベルトの言っていた森だ。

 

 カテリーナは昨晩の内にすでに、《斜陽の館》の位置を確認してあるようだった。地図を片手

に森の中へと足を踏みこんで行く。

 

 平原の中に突然現れ、それが広がっているかのような森だった。その割には深い森で、一度

足を踏み入れたならば、急激に日光の光が遮断され、まるで外界から孤立させられたような感

覚に襲われる。

 

 深い森だった。中に踏み入っただけで、方向の感覚が失われ、土地勘も役に立たなくなる。

どんどん奥に行けば行くほど、自分がどちらから来たのか分からなくなる。

 

 カテリーナを先導として、私達はゆっくりと馬を進めていた。

 

「ねえ…、この森の中、何か怖い気配が漂っているよォ…。あたし、凄く感じているもん…」

 

 怯えたような声でフレアーが言っていた。彼女の体格では馬には乗れないし操れないので、

彼女はルージェラの馬に相乗りしていた。

 

「そりゃあ、あんただけじゃあなくって、皆、感じているわよ…」

 

 と、ルージェラが言った。背後から聞えてきた物音に素早く警戒し、背後を振り向くが、風で草

木が音を立てたようだった。

 

「なあ…、震えているようだけれど、大丈夫か…?」

 

 カテリーナの馬に一緒に乗っている、彼女よりも幾分も小さく、青い装束と帽子に身を包んだ

体はスペクターだった。彼は鳥肌でも立っているかのように体を震わせながら怯えている。

 

「…、あの子、あたしよりも凄く敏感な感覚しているの。だから、危険をすぐ察知できるから、連

れて来たんだけど…」

 

 なるほど、フレアーの言う通りだ。スペクターの帽子の影から見える表情は、私達の誰よりも

何かを感じ取っているようだった。だが、同時にそれは彼に恐怖を抱かせてもしまっている。

 

「スペクター! あんた、何か感じている?」

 

 と、フレアーが声を上げて彼に尋ねた。

 

 だが、彼は体を震わせて怯えているだけだった。

 

「ちょっと、ねえ、あんた、何か感じていないの!」

 

 フレアーはキリキリと頭に響くような声を上げた。

 

「…、呼ばれてる…。ぼくたち…、呼ばれてる…。とても、大っきい…」

 

 スペクターは、カテリーナの前で震えながら小さな声で呟いていた。

 

「呼ばれているって、誰に…?」

 

 カテリーナはスペクターに呟くような声で尋ねた。

 

 次の瞬間、カテリーナの前で物音がした。草木を掻き分けるかのような音が、前方から迫っ

てきている。

 

 それに驚いたスペクターは、まるで飛び上がるかのように声を上げ、思わずカテリーナの体

にしがみ付いた。

 

「ちょ…、スペクター! どさくさに紛れて、女の子に抱きつくの止めなさい!」

 

 フレアーが叫んだが、カテリーナもスペクターも、彼女の声は無視していた。

 

 音が、丁度カテリーナの目の前からやって来て、前方の草木を掻き分ける。彼女の場所を通

過した時、カテリーナの前方に突如、森の中の道が開かれた。

 

 地面の草や、木々が、まるで何かの力によって捻じ曲げられたかのように道を開いている。

木々はなぎ倒されたのではなく、奇妙に湾曲し、そこに道を作り上げていた。

 

 道は私達を誘っているかのように、森の奥へと伸びている。

 

「な、何よォ! これ!」

 

 ルージェラが出来上がった道に向かって叫んでいた。

 

「何が起きたのかは分からないけど、私にも声は聞えた。この道を進んでくるように言われてい

るようだった」

 

 と、カテリーナは誰の方も向かず、森の中に出来上がった道の方を向き、ゆっくりと馬の歩み

を進めて行った。

 

 私達も、カテリーナに従い、警戒しつつも道の中を進んでいった。

 

 湾曲した木々は、私達が通り過ぎた後、次々と元通りの形に戻っていく。そうなった背後には

道など残されておらず、ただ木々が茂る深い森に戻って行った。

 

「ねえ、罠だと思う?」

 

 ルージェラがカテリーナに尋ねた。

 

「…、罠かどうかは別として、私達の目指していたものの一つは、ここにあると思って間違い無

いようだ」

 

 森の中の道を進みながら、カテリーナとルージェラが会話を交わす。その間、私とフレアー、

そしてスペクターは奇妙な森に怯えつつも、きょろきょろしながら辺りを見回していた。

 

 やがて道に終点が現れる。森の先に、空き地のような場所が広がっていた。

 

 空き地に、沈みかけた日光が眩しいほどに降り注いでいる。森の中に突如として現れた空き

地には、館が建っていた。

 

 黒い色をした壁を持つ館。沈みかけた日光をまるで吸収するかのような色を放っている、奇

妙で不気味な館だった。

 

 その有様は、《斜陽の館》という言葉通りだった。

 

 人が住んでいるという気配を感じさせない。窓は木の板で打ち付けられているわけでもない

が、部屋の灯りは灯っていない。もちろん人影も無い。

 

「数十年前、『リキテインブルグ』の南方地方で疫病が流行ったとき、一番最初に病気になった

のが、この家に住んでいた貴族だった…」

 

 カテリーナが呟きだす。そんな話を聞いてしまうと、何だか、この館自体から、その疫病が発

せられているかのような錯覚に襲われる。

 

「…、それまでは『リキテインブルグ』でも有力な貴族だったが、ある世代の跡継ぎが、急にこの

家で塞ぎこむようになった。病気が原因だって話だけれども、その家主が外と関係を持たなく

なった期間は10年以上さ。結婚する事も無く、執事一人を残し、館には自分だけが住んでい

た…」

 

 カテリーナを先頭にし、私達は館から死角となる位置にそれぞれの馬を足止めさせ、そこか

らは徒歩で館の周囲の空き地に踏み込んだ。

 

 西日のせいだろうか、館自体が発している異様な気配のせいだろうか。空き地に足を踏み入

れた瞬間、全く違う世界に足を踏み入れた感覚に私は襲われた。

 

「その館の主が死んでっから…、さあ…、ずうっとここは空き家なのよね?」

 

 ルージェラが、カテリーナに尋ねた。彼女も何かの気配を感じ取っているかのように、背中に

吊るしている斧へと手を伸ばそうとしている。

 

「ああ…、そうさ…。だけれども、この気配を醸し出しているのは一体何だ? 私達が救出しよ

うとしている者が出しているのか、いや違う…。それにさっきの声…」

 

 カテリーナはまるで独り言のように呟きながら、足をゆっくりと館の方へと進めていく。

 

「声って、声が聞えたの? 私達には何も…」

 

 と言ったのは私だ。

 

「ああ…、聞えた…。多分私にだけ…。その声によれば、来るようにとさ。だから私はこのまま

行く」

 

「だから行くって…、あんたねえ…」

 

 ルージャラのそんな言葉など無視し、館の正面に回りこもうとするカテリーナ。彼女は正面に

達するよりも前にルージェラに指示を出した。

 

「ルージェラ…、あんたは裏口から回ってくれ。それで、私と同じようにその拘束されている男を

見つけてくれ。先に発見した方が外で待って合図をする。いいかい?」

 

「はいはいはい、了解です。騎士団長殿」

 

 ルージェラは、半分呆れた様に答え、カテリーナとは反対側の館の裏側へと回りこんでいこう

とした。

 

「彼女1人じゃあ不安だから…、そうだな…。フレアー。あんたも一緒に付いていってあげてく

れ」

 

 カテリーナはフレアーに言った。すると彼女は少し驚いた様子だ。

 

「えっ? あ、あたし?」

 

「そう。あんた」

 

 それだけフレアーに言ってしまうと、彼女はスペクターの方をちらちらと見ながら、急いでルー

ジェラの後を追って館の裏へと向かった。

 

 一方、カテリーナと私、そしてスペクターは館の正面入り口の目の前にまでやって来る。

 

 正面に立つと、この館の不気味な雰囲気を直に感じるかのようだった。3階建ての割と小ぢ

んまりとした館なのに、巨大な城壁の前に立たされているかのような気分だ。

 

 館の正面、そして屋根の上には、大の人間の大きさはあろうかという、悪魔の石の彫像が飾

られていた。ガーゴイルという彫像だった。

 

「ここで囚われている誰か、を助けに来ただけじゃあないの?」

 

 さっきのカテリーナの言葉が気になり、私は彼女に尋ねた。

 

「もちろん目的はそれさ。だけれども、この館の中で待っているものは、それだけでは終わらせ

てくれなさそうだ…。私も、森の中に足を踏み入れて初めて分かった」

 

 2体の不気味なガーゴイルが私達を見つめてくる中、カテリーナを先頭として、館の正面入り

口に立つ私達。カテリーナがその黒塗りの重々しい扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。

 

 中から流出して来るのは、埃っぽい空気。いや、違った。この空気は何だろう。まるで何年、

何十年という間に凝縮して行った、この館の中の空気を一度に感じているようだった。

 

 内部の照明は灯っておらず、薄暗い。私達が入ったのは表側の入り口から。そこからは2階

の吹き抜けになったホールが広がっていた。

 

 足跡がくっきりと残るくらい、敷かれた絨毯には埃が積もっている。天井から吊るされたシャ

ンデリアには蝋燭が残ったまま、埃と錆まみれの残骸と化していた。窓にも埃は積もっており、

西日は少ししかホールに入って来ていない。

 

 スペクターが埃を吸い込んだらしく、しきりに咳き込んでいた。

 

 周囲の様子を確かめた後、私はカテリーナに言う。

 

「ねえ…、誰も住んでいないようだけれども…?」

 

 確かに人の気配は全くしないし、誰かが出入りしているのならば、私達以外にも埃の中の足

跡は残るはずだった。

 

「いや…、誰かいる…」

 

 だがカテリーナはそう答え、ゆっくりと館の奥へと足を踏み入れて行こうとする。

 

 と、カテリーナは突然足を止めた。そして、ホールの右翼を振り向く。後に続いていた私とス

ペクターも同じようにした。

 

 すると、今まで気がつかなかったが、そこには椅子に座った一人の人影があったのだ。

 

 口にパイプを加えていたらしく、その人影はふうっと埃だらけの空気の中にその煙を吐き出

す。白い煙が埃と交わりながら周囲に広がっていく。

 

 その人影は椅子から立ち上がった。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「待っていた。カテリーナ・フォルトゥーナよ。お初にお眼にかかる。ようこそ、我が館へ」

 

 

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13.背信


 
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