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真・恋姫†無双 外史の欠片 -刀音†無双- 第8話  彼の戦い

ネムラズさん

こんばんは、第8話が完成しましたので投下します。
予定より遙かに遅れ、同時投下予定だった9話も週末辺りに
延期となりそうですが……。

今回は賊との戦闘、漢中側のお話となります。

続きを表示

2011-06-01 00:05:54 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:2397   閲覧ユーザー数:1896

※注意※

この作品には以下の点が含まれる可能性があります。

 

 

・作者の力量不足によるキャラ崩壊(性格・口調など)の可能性

 

・原作本編からの世界観・世界設定乖離の可能性

 

・本編に登場しないオリジナルキャラ登場の可能性

 

・本編登場キャラの強化or弱体化の可能性

 

・他作品からのパロディ的なネタの引用の可能性

 

・ストーリー中におけるリアリティ追求放棄の可能性(御都合主義の可能性)

 

・ストーリーより派生のバッドエンド掲載(確定、掲載時は注意書きあり)

 

 

これらの点が許せない、と言う方は引き返す事をお勧め致します。

 

もし許せると言う方は……どうぞこの外史を見届けて下さいませ。

 

 

※今回はバッドエンド掲載となります、後書きの後ろに記載されますので苦手な方は

後書きまでで読むのを踏み留まる様お願い致します。

 

第8話  彼の戦い

 

 

 

漢中に押し寄せる賊、凡そ五千。その殆どは刀を腰に差しており一部だけが弓を持っている。

それぞれの持つ武器の差こそあれほぼ全てが歩兵であり実際に漢中へ到着するまでにはまだ余裕があった。

と言うのも今日は既に陽が傾きつつあるのに加え漢中の城や街があるのは深い山道の先、山頂である為夜間行軍は難しい。

賊の方もそれを理解しているのだろう、漢中から一定の距離を置いて進軍を止め野営の準備に掛かっているのが見えた。

 

そこに更なる悪い知らせが届く。現在見えている賊の後方より更に増援が続いているとの報であった。

近隣の村へと出かけていた漢中の兵が増援部隊を発見し何とか見つかる前にと早馬を飛ばし手紙で伝えてくれたのである。

竹管に慌てた筆跡で記された敵の情報は、やや歩兵が多い物の騎兵も数百はおり、兵数はざっと見ただけでも数千だと言う事。

指揮官らしき騎兵の号令に従っている様で、大きく列を乱す訳でもなく纏まって行軍していた事である。

なおその兵がは森の深くにいた為、運良く賊からは見えずに気付かれなかったのだろうと手紙には記されていた。

 

そう言った状況もあり、一刀達は三日程の猶予を得ていると考えられる状況であった。それが良いのか悪いのかはこの際置いておく。

必要なのはその時間を使い何をするか、何が出来るかであると一刀達は考えて意見を述べ合っていた。

 

「増援を待っているのなら、合流次第仕掛けてくるつもりかな……どう見る?一刀君、陳夕さん」

物見に上り賊を睨み付ける様に観察しながら稲穂が問いかける。太守として決断を下す立場にあるという自覚はあるが、

彼女は自身が軍略などについては素人も同然と自覚していた。よって判断材料とする為二人に意見を求めていた。

 

「俺もそれ程軍略に通じては居ないけど……夜襲の可能性はあまりない、とは思う。警戒は怠らない様にすべきだけどね。

あの連中も動かないって事は無いだろう、多分増援の合流が間近になったら仕掛けてくると思うよ。戦闘中に増援が出てくるって方が相手の戦意を削げるし、少しでも兵を削っておきたいと考えるのが自然だからね。ひょっとしたらこっちを野戦に引きずり出そうとするかも知れない」

「しかしこちらが迂闊に野戦を仕掛けて兵力を削られてしまえば、増援に対する備えがより厳しい物になってしまいます。

兵の士気を保つ為にも籠城して凌ぐべきだと思います……ただ分かる事や気に掛かる事もありますけれど」

一刀がしばらく考えてそう意見を述べれば陳夕も一つ頷き言葉を続ける。陳夕の言った気になる事、が思い付かないのか稲穂は首を傾げつつ視線で先を促した。

一刀も陳夕の意見を聞く姿勢を取った為、再度陳夕は口を開く。

 

「今見えている敵の兵数がこちらとほぼ同じと言うのも気になっていましたが……恐らく街に奴らと繋がっている者が居ます。

負傷者や病人として街に入り込んでいる、或いは入り込んでいたのではないでしょうか。二人とも、救護や治療の際に守備兵の数を言ったりしましたか?」

陳夕の言葉に心当たりのない一刀は首を横に振ったが、稲穂は心当たりがあったらしい。僅かに顔を青くして頷いた。

 

「あたし……皆が出発した次の日くらいに、治療院の方で言っちゃった……」

「稲穂ちゃん、誰に言ったかは覚えていますか?」

「う、うん……確か賊に襲われたとかで結構酷い傷を負ってたおじさんだったと思う。母さん達が出陣した日に傷も回復して、

自分は元居た所に戻るけどこの街の守備は大丈夫なのか、って聞かれて……答えたら安心したみたいだったから……」

「多分、こっちの情報を集めに来たんだろうな……となると……稲穂、そいつに話したのは兵数だけなんだな?」

一刀の問い掛けに青い顔のまま頷いた稲穂。それを見た一刀と陳夕は顔を突き合わせてしばらく考え込む。

 

「そいつらが事前に馬を用意していたとして……陳夕さん、稲穂。どれくらいまで行けると思う?」

「通常の行軍より早いとは思いますけれど、それでも本拠地に戻って再度押し寄せると言う時間はないでしょう。

それに西側から来ていると言う事は、予め西に部隊を隠していたと見る方が自然だと思います」

「あたしもそう思う、それに本拠地から出てきてるんだったら母さん達や西涼勢に見咎められずに来てる事になるからさ」

「だとすると本拠地からの増援は無いと見て良いかな?あっちで丁原さん達の相手をしなきゃならないだろうし」

「恐らくは。その上で漢中を落とすつもりなら、予想される敵の総数は……一万五千から二万でしょう。

それ以上の数であれば最初に五千を送り込む事をせず、合流を待って数の差で威圧する方が効果的ですから」

「となると、今こっちに来てる賊と同程度の数の奴らが二、三部隊は来るって事か……」

「え?……えーと、何でそうなるんだ?」

 

陳夕が相手の戦力数を予想した言葉に、よく分からなかったらしい稲穂が首を傾げながら問いかける。

その問いに答えようと陳夕は一瞬口を開きかけるも、説明の前に一刀の方へと視線を向けた。

貴方は分かっていますか?という確認の視線である。一刀もそれを悟り苦笑を漏らしつつ、口を開く。

 

「稲穂、いつもの手合わせで考えよう。陳宮、俺、華陀の3人と手合わせするのと陳夕さんと手合わせするのの違いだと思ってくれ。

俺や陳宮が相手なら一対一なら何とかなるだろうけど連戦や同時に戦うのは辛いだろ?」

「あー……うん、同時とかはきついだろうな。出来ればやりたくないけど、それが今の状況?」

「そうだね。逆に陳夕さんと時間制限無しで戦って、って言うのはどう思う?」

「一刀君はあたしに死ねって言うの!?実力差がありすぎるじゃないか!」

「そう、この場合実力差が兵数差と言えばいいのかな。力量が違いすぎると戦意を削がれるだろ?」

「うん、そうだね……そう言う事か。わかったよ、ありがとう一刀君」

「分かりやすい説明ですけれど……二人とも、今度じっくり特訓しましょうね?」

「「――――――――――――――――!?」」

 

にこにこと笑う陳夕に背筋を凍らされながらも現状把握を進めていく一刀達であった。

 

「そ、それは置いておいて。この状況だと増援を頼んだりは?」

「厳しいと思う。他の太守が居る都市まではどんなに急いでも一週間はかかるしまず間に合わないよ」

「霧ちゃん達に伝え様にもやはり距離がありすぎますからね……私達だけで切り抜けるしかありません」

稲穂と陳夕の言葉に増援は望めないと知りどうした物かと頭を捻る一刀。二人もどうすればよいかと考え込んでいる。

これまでに習った計略を思い返して見るも賊相手に空城の計など試みてもこれ幸いと城を奪われる気がするし、

離間の計を行おうにも相手のリーダーが誰なのかすら分からない為意味がなく、この世界で学んだ計略は役立てられない。

 

(くそ、何か無いのか……せめて罠でも仕掛けか、装備だとか……装備?)

ふと思い浮かべたのは荷物にあった書物の類。あれらに何か参考になりそうな物はなかったか……?

藁にもすがる思いでそう考えた一刀、そのタイミングを計った様に陳夕が一度休憩した方が良いと述べた。

稲穂の賛成もあり、一時間後に再度集合する事となった。二人は食事の準備や兵への指示伝達へと向かう。

その間に一刀も自室へと戻り、書物の類を必死に読み始め……そして。

 

 

 

「え?街への入り口?うん。一刀君の言う通り普段使ってるのは正面の一カ所だけだけど……。

もう一つの門は山奥の墓場と焼き場にしか繋がっていないし。それがどうかしたのか?」

それぞれが休憩を終えて再度集まった際に一刀が確認する様に稲穂へ問うたのは街への入り口の数。

他の大きな街であれば門が複数あってもおかしくはないのだがこの漢中は傷病者の集まる場所でもある。知らない間に病人が出入りすれば疫病発生の恐れもあり、また逆に疫病で死んだ者が出れば

焼かねばならない。しかしこの時代における主流の思想である儒教では親から貰った体を損傷・損壊する行為には眉を顰められる事が多いため、その作業は限られた者のみで密かに行われていた。

当然その為の場所なども公にはされていない。

 

その為に普段解放されているこの町の入り口は一つ、正門と呼ばれる場所のみであった。

 

「そうか……だったら守備兵を分散させずに、一カ所に集中出来ると考えて良いんだな」

「下手に分散する事になるとどうしても指揮官が足りなくなってしまいますし、幸運だったと見るべきですね」

指揮官、将と呼べる人員が稲穂・陳夕・そして一刀の三名だけである現状、一カ所に人材を集中できる事は

効率の面から見ても兵の安全性などから見ても非常に有難い事であった。

 

 

「弓が使える兵はそこそこ居るし弩も二百位はあったと思うけど……え?それで足りるのか?

それに盾に、木材?確か盾は大きいのが武器庫にあったし木材も資材庫にあったと思うけど、何に使うんだ?」

一時間の休憩を終えた後再び集まった一刀が訪ねたのは弓兵や弓の数、そして盾と木材の貯蔵量であった。

元々三国志の時代において、盾はさほど使われては居ない。地面に固定して遮蔽物とする大きな物を指すか、

或いは鎧が使いにくい水上戦などでのみ僅かに使われる程度の代物であったからである。

故に山中にある漢中には盾がないかも知れないと思っていた一刀だが、幸い地面に固定する方の盾は幾らかあるらしい。

それを聞くと一刀は己の意見を述べ始めた。

 

「敵の数がこっちより多いと分かってるなら損害は最小限に抑えたいから、罠や囮を仕掛けたくてね。

相手が弓を持ってるならまずは矢を使い切らせたいんだ。それでこういう手なんだが……」

 

一刀が述べた策は、まず第一に木材を格子状に組み合わせた柵……馬防柵を城門の前に設置する事。

賊の側に騎兵が少ないとは言え、増援が来れば歩兵中心の漢中兵の防御では凌ぎきれないかも知れない。

また歩兵相手でも足を止め、進路を限定させる事も可能であるという点を一刀は指摘する。

 

「完全に道を塞いでいれば柵を壊しに掛かるだろうけど、道が空いているならそっちに来る可能性も高いからね。

それから柵の間や後ろに落とし穴を掘る。穴の底には木材を尖らせたものを仕掛けるんだ……本当は竹が良いんだけど」

落とし穴を避ける為に柵を壊そうと、その先にも落とし穴があれば敵の士気も下がるのではないかと一刀は述べた。

なお落とし穴の内部は以前歴史の授業にて聞かされた、ベトナム戦争時にゲリラが仕掛けたトラップを参考にしてある。

森の中に泥を固めて竹槍を仕込んだスパイクボールなども設置したかったが流石に時間がない上に作った経験も無いので却下した。

 

「空いた道には盾を持つ兵を横一列にして数列並べる、側面にも柵を何重かで建てておいて横撃されるのを防げば結構持つだろう。

一、二列目は盾と戟や槍、三列目は長槍を構えて相手を待ち構える。最前列の兵は盾に身を隠す姿勢で突っ込んでくる相手を迎撃する」

こちらは歴史小説に出てきた、ファランクスと呼ばれる古代ローマ時代の密集陣形を元にした陣形である。

横撃に弱い事と槍を持つ手の関係上、最右翼の兵が危険だというデメリットはあるが迎撃と正面戦には非常に強い。

相手の武器の射程を考えれば射程に優れる槍で先手を打てると一刀は踏んでいた。

更に城壁の上から弓矢・弩による援護射撃があればより楽に戦えるだろう、一刀はそう述べる。

 

「良いと思いますけれど……罠を仕掛ける場所は良く選んでおかないと、仕掛けすぎても逆効果ですね。

そこら中に掘る訳にもいきませんし……それから稲穂ちゃん、武器庫にある矢の数はどれ位だったか覚えていますか?」

「いや、正確な数は覚えてない……なあ一刀君、矢はどれだけ必要になるかわかるか?

もし足りなかったら不味いから武器庫を急いで調べた方が良いと思う。鍛冶屋に頼むにしてもさ」

二人も策その物には賛成だが、より案を煮詰めようと考えを巡らし情報を集める事を提案してきた。

一刀はそれに頷くと、二人に確認作業を頼む。

 

「俺は柵の図案や陣形の説明に行ってくる。練兵場に居るから何かあったら声を掛けてくれ」

二人の了解の声を聞くと、一刀は部屋を出て練兵場に向かった。こうして三日程の時間を使い、

賊へ備える為の作業と訓練が始まったのである。急拵えなのが不安ではあったが……。

 

(訓練だけなら普段からやってる、後はどこまで動ける様になるかだ)

一刀は自ら兵を鼓舞し、動きや役割の説明を行うなど精力的に動き続けたのであった。

戦に慣れていない漢中兵の統率を丁原が置いていった兵達に任せる事で命令系統をはっきりとさせ、

行動の合図には銅鑼を使う事を何度も言い含める。銅鑼が一度鳴れば前進、二度で後退。

また怪我を負った場合は即座に後ろの兵と交代し、待機している衛生兵の手当を受けるようにと命じてある。

幸い医療知識のある者は多い為、傷の処置も適切にしてくれるだろう。

 

やがて資材庫の木材を使い馬防柵や先端を尖らせた木槍が完成すると手の空いている者達でそれらを仕掛け始める。

昼夜を問わず作業を行い、賊への警戒も怠らない様にする為作業に当たる者の疲労は生半可な物ではなかったが、

適時交代して休息を取り、また稲穂を初めとする五斗米道信者らが炊き出しや体調・衛生管理などを行う事で負担を抑える。

調理に回った稲穂や作戦全体の調整を行っている陳夕に内部の事は任せ一刀も柵の設置や落とし穴の作成に掛かっていた。

 

また地面を掘り起こす際に出てきた石も蓄える様にと作業をしている者達に頼み込んだ。投石に使用する為である。

弓が発達して廃れたとは言え投石も立派な攻撃の一つであり、威力も高い。

布を使った投石をやり方を教え、上手く使いこなせる者には後方より投石で援護を頼もうと一刀は考えたのである。

最も慣れなければ味方を巻き込む恐れもあった為、担当となった兵達は必死に修練を積んでいた。

一刀もやり方は知っていたものの実際に行った事は無いため、兵達と試行錯誤して練習をしていたのであった。

 

こうして迫り来る賊に対して漢中は一枚岩となりひたすらに対抗策を講じていたのである。

そして三日後、ようやく日が山の間から顔を出した薄明かりの頃、斥候に出していた兵から報告が来る。

賊の第一陣が漢中へ到着まで後一刻(2時間)だろうという見立てであり、一刀達は一斉に配置に付いたのである。

人数の割り振りは城門前で陣形を組み敵を食い止める兵が千名、城壁の上から投石や弓矢で援護を行う兵が三千名。

五百名が交代要員兼負傷者の運搬・補給を行う兵であり残りの五百名が罠の傍から投石で援護を行う役割の兵である。

彼らの側にも盾を持った兵が配置され、危険な役割の為投石を終えたらすぐに下がる様にと厳命してあった。

 

 

「来たぞ!最前列の兵は盾を正面、二列目は上に構えろ、相手の矢を食い止めるぞ!投石の援護もある、恐れるな!」

山道から姿を現し城門へと駆け寄ってくる賊の群れを前に陣頭指揮を執るのは一刀。彼の叫び声を受け前列の兵は盾を構えた。

柵に囲まれた罠のエリア内で投石役の兵も各々布と石を構え彼らを守る為の盾兵も防御態勢を取った。

弓矢は後続の賊に対抗する為と相手の実力を見ると言う事で温存し、しばらくは城壁の上からも投石を行う事となっている。

城壁側の兵は弓を持った相手を狙う様に、と城壁上にて戦場を俯瞰する陳夕が命令を下していた。

 

兵の布陣は賊から見て正面に城門と守備兵、その左右に僅かな盾兵と投石兵、そして張り巡らされた馬防柵。

城門の前には木を組んで作り上げた物見櫓と指揮所を兼ねた足場があり、一刀はその上で命令を出している。

多少は戦えるとはいえ戦いながら指揮を執れる程に戦に慣れておらず、また陣形の性質上切り込んでいく訳にもいかない。

よって指揮用に刀こそ持っているものの、今回は前線に出ず士気に専念する事に決めたのである。

 

賊の側も馬防柵に驚いた様だったが城門を守る兵の少なさと弓ではなく投石での援護に気を大きくしたのか武器を手に駆け寄ってくる。

弓を持つ者も後方より現れたが城門前は賊が殺到している上に盾がある為、賊を食い止める兵を射ても効果が無いと見たのだろう。

また城壁までも距離がある上に高低差もあり城壁からの投石の方が若干射程が長い。故に弓を持つ賊が狙うのは地上の投石兵である。

 

次々と打ち込まれる矢に、実践慣れしていない漢中兵は驚いて援護の速度が鈍る。だが丁原の兵が檄を飛ばして兵の恐慌を抑え、

盾兵の後方に素早く隠れる様に指示を出したため数人が射られた程度で済んだ。射られた者も腕や足などであり致命傷ではない。

戦意を取り戻した兵達は盾に隠れながらも近づいてくる賊に向けひたすらに石を放ち続けた。

 

 

「前進だ、押し返せ!銅鑼の音を聞き逃すなよ!」

一刀の命と同時に近くにいた兵が銅鑼を一つ叩き、その音に合わせて盾兵達が一歩前進した。突き出された槍や戟に賊が貫かれ、

巨大な盾によってぐいぐいと押し戻される。重量を掛けて押し返そうとしても後方に待機した兵が支えておりそれも不可能。

更に動きが止まれば投石の餌食となる為に、前線はじりじりと山道の側へ押し戻されていった。

無論賊の側もやられてばかりではない、手にした刀――柳葉刀と呼ばれる類の物だったか――を振るって斬りかかるが、

馬防柵や盾に阻まれて横斬りでは対応しきれず振り下ろそうとすればそれよりも早く槍や戟の餌食となる。

突きを繰り出そうとしても兵の頭部や急所は盾に隠れて狙えない。盾ごと仕留めるには柳葉刀では威力が不足している。

 

結果、二千人ほどを失った時点でむやみに突撃しても勝てないと悟ったらしい賊の群れが、後退しようと勢いを止めた。

或いは正面から当たらず馬防柵を破壊して側面から、などと考えたのかも知れない。投石兵を襲う意図もあっただろう。だが。

 

「こんな柵、乗り越えちまえば……あ?」

「な、ぎゃ、足、足いいいいっ!?」

「くそ、こいつら罠を……がぁぁぁっ!?」

柵を越えた先には膝まで埋まる程度の浅い落とし穴、そしてその中には鋭く研がれた木の槍が仕込まれていた。

致命傷には至らずとも足を貫かれれば当然動きは止まり、苦悶の叫びは続こうとした物の足も止める。

そして戦場で、しかも敵の目の前で足を止めてしまったとなればどうなるか。

 

「連中の足が止まったぞ、今が好機だ!防衛隊は更に前進、銅鑼を鳴らせ!投石部隊は足を止めた賊を狙え!」

「上からも援護します、柵の近くの者を重点的に狙って下さい」

「「「「「「オオオオオォォォォォーーーーーーーー!!」」」」」」

一刀と陳夕、二人の命令を受けた兵達は叫びを上げつつ突き進み、或いは石を投げつける。

弓を持つ賊も数を減らし、また混乱して下がってくる仲間に邪魔され弓を構える事も出来ない。

その隙を狙って石を使い切った投石兵や負傷者を城門の内部へ入れて兵の後退を行い再度布陣を終える頃には、

賊の第一陣もその数を凡そ千人にまで減らしていた。

 

 

(これでしばらくはどうにかなったが……増援が到着したら面倒な事になるな。前線の馬防柵や罠は大分やられたし、

連中も警戒しだすだろう……しかし今下げれば士気に影響するかも知れないし……)

「報告します、敵の増援が現れました!第二陣は第一陣と同じく歩兵中心ですが、第三陣は……ほぼ全て騎兵です!

後二刻程でどちらもこちらへ到達すると思われます」

「!?」

兵からもたらされた報告によって一刀はすぐに兵を下げるべきだと決心する。ファランクスを元にして組んだこの陣形は、

弱点も同じくしていると言っても良い。その弱点とは即ち機動力の低さであり、騎兵相手でははっきり言って分が悪すぎる。

馬防柵が前線にも残っていればまだ持ちこたえられたかも知れないが多数が破壊されている為騎兵の足止めも出来ないのだ。

 

「銅鑼を鳴らせ、二回だ!一端兵を下げて陣形を整えるぞ!急げ!!」

銅鑼の音が二度響き、前線に出ていた兵達が後退を始める。無論それぞれがバラバラに下がったりはせず、

鳴り響く銅鑼の音に合わせて前を見据えたまま後ろへ下がるというやり方であった。

 

四半刻(30分)ほどかけて後退を果たし負傷兵を収容、元気な予備兵と交代を行った頃には賊の姿が山の下方に見えていた。

一刻の見通しを超えてかなりの速度で迫ってきていると言う事である。仲間が城攻めを行っており劣勢なのを見て取ったのか、

それとも理由があるのか……そんな疑問を覚えた一刀であったが、城壁の上から聞こえた声で理由を悟った。

 

「おい、あいつ等騎兵の方に追われてるぞ!?旗は……!!『張』!張遼隊だ!」

思わずと言った声で叫んだのは稲穂。彼女の言葉に漢中の兵達は疲れも忘れて歓声を上げた。

強力な敵だと思っていた相手がこちらの味方であったとなれば、必死に防衛線を維持する兵からすれば天の恵みに等しい。

兵達は歓声を上げて喜びを示し、勝利を疑っていない様子で今にも敵に突撃を仕掛けそうな気配さえ生まれた。

だがその気の緩みこそが危険であると悟っている者が居る。城壁の上で指揮を執る陳夕であり城門前で指揮を執る一刀であった。

 

 

「浮かれるな、まだ戦いは終わっていない!今陣形を崩せば雪崩れ込まれるぞっ!敵も必死だ、気を抜くな!

後方の騎兵に追われているなら、追い付かれる前に攻め落とそうと躍起になってくるぞっ!」

一刀の叫び通り、張遼隊に追われる賊の集団は必死の形相で武器を手に駆け寄ってきていた。

最初の設置数より半分ほどになっていた馬防柵を勢いと力のままに打ち砕き、落とし穴を乗り越えて突き進む。

数十人が柵と人に挟まれて押し潰され、落とし穴の底で木槍の餌食となっていく。だが賊の突撃も止まらない。

 

「お前等ぁ!死にたくなければ走りやがれえ!城さえ取っちまえばどうにかなるんだっ!」

「おおーーーー!!」

「どけ、どけぇぇぇぇ!!」

刀で武装する者が殆どの中、一人戟を握り鎧兜を身につけた男が馬上で喚いている。装備の意匠もなかなか凝っており

どこかの兵崩れか、ひょっとすると将を務めていたのかも知れない。

男の叫びにあわせて賊の群れも必死に声を張り上げ足を動かし、突き進んでくる。

 

恐らく賊の行動が整然としていたのも奴が指揮を取っていたからではないか。一刀はそう考えつつ城壁を振り返り、

城壁の上に立っていた稲穂と陳夕もまた一刀に頷くと、深呼吸を一つして口を開いた。

 

「投石部隊は下がれ、追われていると言う事は増援の心配が無くなったと言う事だ!弓兵、弩兵は前へ出ろ!」

「敵の勢いを削ぎ数を減らします、合図と共に一斉射を行うのです。構え……一、二……撃つのです!」

稲穂の号令と共に弓兵や弩兵が整列し、陳夕の合図で射撃を行う。雨の様に降り注ぐ矢の前に賊は次々と倒れていき、

矢を切り抜けた者も城壁前にて守備隊の堅固な防御に阻まれて先へと進む事が出来ない。

賊が必死な様に守備隊も必死なのだ、狂った様に振り回される武器を受け止め、多少の傷を負っても怯まない。

盾の大きさを持って押し返し、槍や戟でもって相手を穿ち、貫き、傷つけられる仲間を救おうと声を上げる。

 

 

しばらく押して押されての均衡状態が続いたが、やがてそれも終焉を迎えた。賊の背後へと張遼隊が食らい付いてきたからだ。

先頭を駆ける張遼は飛竜偃月刀を勢いよく振り回して背を向けた賊を次々と薙ぎ払い、切り伏せていく。

彼女に付き従う部下達もまた己が武器を持って標的を仕留めていき、後背を突かれた形となった賊は混乱しはじめた。

後方に注意が逸れてしまえば守備隊の餌食となり、前方に意識を割けば張遼隊がその隙を突き敵を血祭りに上げていく。

凡そ半刻が過ぎた頃には残る賊も指揮官らしき男とその周辺を固める者達の、凡そ五十名に過ぎなかった。

 

 

「何故だ!何故だ!!碌な経験も無い連中が何故こんな戦い方が出来る!!こいつらは素人じゃなかったのか!?

くそ、こうなったらせめて指揮官だけでも……!!」

半狂乱になって喚く敵指揮官が標的と定めたのは一刀であった。馬を駆り城門前の守備兵を迂回する様に動き、

側面から一刀へと迫る敵指揮官。それに気付いた弓兵達から射かけられた矢の雨に馬が射貫かれ落馬するも、

本人は執念で単騎での突撃を続けていた。一刀がそれに気付いたのは敵の間合いまで後五歩と言った時点であった。

 

「死ねぇぇぇぇっ!!」

「死ぬかよっ!」

傷により動きが鈍っているとは言え、人一人を切り裂くには十分な振り下ろしの一撃は、しかし空を切る。

一刀が攻撃の軌道を読み切り素早く身を躱していたからであった。空を切った刃が捕らえたのは一刀の髪数本のみ。

戟を再度振り上げる時間を与えず、一刀は刀を鞘から抜き払い様に相手の胴を鎧ごと深く切り裂いた。

嫌な手応えと共に広がる鉄の臭いと悪臭に顔を顰めつつも戟を取り落とし腹を押さえる相手を一瞥し……。

 

「これで、終わりだあああっ!」

突き出される刃先が敵の額に突き刺さり、敵指揮官はがくりと全身の力を抜いて倒れ伏した。

同時に味方から歓声が上がり、残った賊の残党もあっさりと殲滅された。

 

こうして後に天の御遣いの逸話が語られる際に、最初の戦争として有名な漢中の戦いは終結したのであった。

 

 

 

今回は此処まで、予定ではもっと早くに投下予定だったのですが……以下、原因の一部の説明を。

私の代理を稲穂として。

 

「あ、稲穂ちゃん。少し良いですか?」

「陳夕さん、何かありましたか?」

「お仕事の時間なのですけれど、今はお昼から夕方でしたよね?」

「はい、おかげさまで大分慣れてきました!」

「悪いけれど来週から朝一の昼過ぎまで勤務に変わって貰いますね?」

「えっ」

「それから仕事内容もがらりと変わるので覚え直しになっちゃいますけれど……」

「ちょっ」

「一週間位したら、手伝い無しの一人でしばらく凌げる様に予定を組みますから」

「なにそれこわい」

 

そして現在に至りました。起床時間が4時間早まると普段執筆に使っていた時間帯に凄い眠気が。

執筆速度が慣れるまではがくりと落ちていると思い亜mすが、どうぞご了承下さいませ。

 

それでは、ここから先はバッドエンドとなります。

 

※注意※

この先に記されているのはあり得たかも知れない外史の欠片、バッドエンドです。

幸せな結末を望むのであればこの外史を覗き込むのは止めておいた方が良いでしょう。

しかし先に待つのが何かを分かっていて尚覗き込むのなら……。

 

 

それはほんの僅かなズレ。もう少し時が違っていれば別の未来もあり得たのかも知れない。

剣戟の響きと血の香に誘われ地に墜ちたる天の話。

 

 

 

 

漢中防衛戦。後世に残されたとある歴史書にてそう呼ばれる賊の群れと漢中兵の攻防戦。

その戦いの最中において彼は城門を守る守備兵の先頭に立ち自ら刀を振るっていた。

以前、兵の実力を計る意味で行った模擬線の結果一人負け知らずだったからであり、

またこの世界からすれば未来において学んだ、この世界の物より遙かに洗練された戦闘技術。

それを修めたというアドバンテージがあるという点もまた彼の強さに一役買っていたのである。

 

彼らに賊の襲撃の報がもたらされたのは三日前の事。部隊を三つ程に分けて襲撃しているという情報に、

一刀や稲穂達はどうにか対抗する策を考え兵に訓練や指示を出していた。

そして将たる自分たちはどうするかと言う話になった際に、最も戦争経験の多い陳夕は全体の指示を行う軍師役。

太守であり医術の心得もある稲穂は陳夕と共に戦場の状況判断や負傷兵への治療、兵の鼓舞と号令を担当する事に。

そうして残った一刀は戦場にて最前線立ち、戦いつつの指揮を行う事になった。

稲穂と陳夕は前線に立つにしても、敵とは出来るだけぶつからずやや下がって指揮を出すべきだと主張したが、

一刀の兵だけに危険な事を任せる訳には行かないという言葉と兵の強い人間を前に出して欲しいという要望、

それらが重なり合った結果として一刀は最前線に立つ事となったのである。

 

指揮官が前線に立てば指揮も上がり少数の兵でも数以上の力を発揮する事があるのも陳夕には分かっていた。

故に不安を覚えながらも一刀の意見に最後には賛同し、彼が前線に立って戦う事が決定されたのである。

 

そうして彼が提案した投石や馬防柵、落とし穴や木槍の罠もあって賊軍の第一陣との戦いは、漢中側の有利に進んだ。

一刀もまた敵が遠くにいれば石を投げ、近づいてくれば刀を振るい奮闘していたのであった。

 

「よし、もうすぐ敵の第一陣も押し返せるぞ!気を緩めるなよ!」

「「「「「オオォォォォーーーー!!」」」」」

彼は兵達を鼓舞し自らも多数の賊を切り捨てていた。人を殺める事に抵抗が無い訳ではなかったが、

賊よりも共に過ごした漢中の者達の命の方が彼の中で比重が重かったのである。

故に、彼はその手を汚す事を決め迫り来る賊の命を刈り取り続けたのであった。

 

 

そうして敵の第一陣を退ける事には、返り血によって彼自身も赤くその身を染めていた。

流石に無傷では済まず全身の至る所に浅い傷も負っていたが、返り血で出血は隠されている。

指揮官の負傷は士気の低下に繋がるため、傷を負った素振りは見せぬ様に彼は気をつけていた。

もっとも守備兵達もこれまでの簡単な賊討伐などとは比較にならぬ実践に緊張し、平静さを失っていたため、

その気遣いも余り意味のある事ではなかったのだが。

 

 

やがて二刻程が過ぎ去った後彼らの目の前に敵の増援が現れる。

歩兵中心の凄まじい勢いで突撃してくる部隊と、彼らの後方から騎馬を駆りみるみる近づく部隊。

最前線に居た一刀には騎兵部隊が掲げる旗がはっきりと見える。張、の文字が翻る旗。張遼隊だ。

 

「皆聞け、敵後方の騎兵隊は張遼隊だ!味方が戻って来たぞ!」

一刀の叫びに兵達の意気も上がる。守備兵達は各々が手にした武器を空へと突き上げ咆吼した。

城壁の上にてその声を聞いた稲穂と陳夕は勢い任せで吶喊しかねないと危惧したが、一刀が押さえ込んだらしい。

守備兵達は再び密集陣形をとり相手の攻撃に備えている……が、その位置が先程までよりかなり前だ。

 

「いけません……後退の合図を鳴らして下さい、あの場所ではこちらの援護が薄れてしまいますっ」

陳夕が傍にいた兵に急ぐように命じるも、一歩遅かった。追われる側として必死であった賊は予想よりも早く到達し、

手にした刃をまさに死にものぐるいで守備兵達に振るい始めたのである。

先程まで楽にとは言わずとも落ち着けば防げたはずの攻撃が、激しさを増した事は守備兵達に恐怖を植え付けた。

弓兵の援護も距離が空きすぎて満足に届かない。一人また一人と盾の防御を抜かれて兵が倒れ伏していく。

一度相手を退け更にこちらの増援も来ている、これならば勝てると思ったその油断の代償が眼前の光景である。

兵達の前線で刀を振るう一刀も声を張り上げつつ守りを固めよと指揮を出すが賊と兵の狂乱の声で命令が行き届かない。

 

やがて張遼隊が賊の背後へぶつかり屠り始めると、ようやく襲いかかってくる敵の勢いが鈍った。

後方から響く仲間の悲鳴に動きが鈍る賊の群れ、その隙を見逃さぬ様に響く銅鑼の音を受け一刀は突撃を命じた。

突き出される槍に貫かれ盾で押し潰される賊達を前に、一刀はようやく終わると安堵の息を吐きかけ……故に、気付くのが遅れた。

 

顔を上げた彼の目に飛び込んだのは張遼隊による攻撃で満身創痍となりつつも、戟を片手に吶喊してくる敵将の姿。

刀を構えて迎え撃とうとする一刀だったが、僅かに遅い。英傑達程の力はないとは言え、仮にも将である相手だ。

いかに一刀が漢中兵との模擬戦で負け知らずであろうとも、兵と将との実力差は非常に大きく。

またせめて敵将一人でも道連れに、という相手の執念もまた凄まじかった。武器をあわせて一合で腕に痺れが走り、

二合で刀が弾き飛ばされる。不味いと思った瞬間には左の肩口に焼ける様な痛みが走り、熱いはずなのに寒くて……。

 

薄れる視界の中で狂った様に笑う敵将の男を偃月刀が切り裂いて……何か遠くで声が聞こえる。しかし眠くて敵わない。

(悪いけど一眠りしたら改めて何を言っているのか聞かないといけないな……)

 

 

 

 

 

古い歴史書に記されたこの戦いにおいて漢中勢は多くの被害を出しつつも何とか城を守りきったと記されている。

太守である張魯を始め戦に不慣れであった兵達は一丸となって奮戦したとも。

 

しかしその数年後、群雄割拠の時代となった後に覇王・曹孟徳の軍に攻め込まれた際は抵抗一つせず降伏している。

むしろ自分たちから進んで降伏し、一本の矢も交わす事は無かったと伝承に残されていた。

この戦いで彼らが何か大切な人物或いは物を失いそれ以降、戦を忌避していたのではないかと言われている。

また太守・張魯の残した書から「我らが短慮により天は地に墜ちた」との一文が残されているが、この時代に天=帝が

この地を訪れていた記録などは残っておらず今も学者達の議論の対象となっている。

 

 

バッドエンド2「短慮の果て」

 


 
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