庭先で椅子に腰掛け、一刀たちはお茶を飲んでいた。互いに真名を交換しあったものの、呂蒙こと亞莎が人見知りの性格であったため、どうにもギクシャクしている。霞がその明るさで積極的に声を掛け、何とか会話が成り立つ感じであった。
「これ、亞莎が作ったんか?」
「えっと、はい。ゴマ団子が好きなので……お口に合いませんでしたか?」
「めっちゃ、うまい! うち、これ好きや!」
「にゃあ!」
「にゃん!」
「ふにゃ~」
用意されていた大皿山盛りのゴマ団子を、霞と三匹の猫たちで半分ほど食べていた。
「華佗さんはそれじゃ、孫策さんたちの所なのかな?」
微笑ましくその様子を眺めながら、一刀が亞莎に訊ねる。
「はい、おそらく」
「やっぱりそっか。来るときに、寿春の街で孫策さんと周瑜さんが病気だって聞いたからさ。もしかしてって思ったんだけど」
許昌から呉の街に来る際、途中で寿春の街を通過するのだ。寿春には袁術のいる本城があり、そこに風もいたはずである。
「それでは、程昱さんには会われたのですか?」
亞莎が、霞のコップにお茶を注ぎながら訊ねてきた。
「いや、突然行っても会えるかわからないし、変に思われて孫策さんたちに迷惑かけるのも嫌だったからさ、とりあえず止めておいた」
「袁術さんの本城ですから、警戒も厳しいでしょうからね。孫策さんにでもお会い出来れば、紹介状を書いていただけたかも知れませんが、ご病気とあらば仕方がありません」
「とりあえず俺らは、また孫権さんに頼んでみるよ。俺と霞はまだ会ったことないけど、稟は以前に会ってるから顔見知りだろうし」
そう言って一刀が稟を見るが、稟の顔は何やら曇っている。
「面会出来るかはわかりませんよ。こちらの方は、特に私みたいな吸血鬼が嫌いみたいなので」
「うーん、まあ、話も聞かずに追い出すようなことはしないんじゃないかな? もしもそんな人なら、逆に頼りたくはない」
「……ふふ。わかりました。行くだけ、行きましょう」
孫権の屋敷を訪ねた一刀たちは、用件を伝えると客間に通された。やって来たのは一刀、稟、霞の三人で、さすがに猫たちは亞莎に預けて来た。桂花の指示に従い、一刀から離れようとはしなかった三匹だったが、亞莎のゴマ団子にあっさりと陥落したのである。
「意外に質素な屋敷に住んでいるんだな」
「そうですね……」
部屋の中を見渡しながら一刀が稟とそんな話をしていると、やがて二人の女性が部屋に入って来た。先に入って来たのは髪の長い、品の良さそうな女性で、続いて入って来たのは目つきの鋭い女性だ。
「待たせてしまってごめんなさい」
立ち上がって頭を下げる一刀たちに、髪の長い女性がそう声を掛けてきた。
「あの、お約束もなく突然訪問しまして、申し訳ありません」
「いいのよ、構わないわ。えっと、確か郭嘉だったわね?」
「はい」
返事をしながら顔を上げた稟は、思わず動きを止める。自分と髪の長い女性の間に、まるで割り込むように目つきの鋭い女性が入って来たのだ。
「ちょっと、思春!」
「蓮華様、お下がりください。この者は人ではありません」
「思春! 私の客人に失礼な態度はやめなさい!」
「ですが……」
「思春!」
主に強く言われては逆らえないのか、目つきの鋭い女性は渋々と後ろに下がった。困ったような顔で溜息を漏らした髪の長い女性が、稟に謝罪する。
「ごめんなさい。部下の非礼を謝らせて」
「いえ、いつものことなので」
少し寂しそうに稟がそう言うと、それまで黙っていた一刀が我慢出来ずに口を挟んだ。
「あの、どうしてそこまで吸血鬼を忌避するような態度を取るのですか? 外見だって、言われなければ普通の人間と変わらないし、稟……郭嘉は血を吸うようなこともしません。俺たち、ずいぶん長く一緒に旅していますが、彼女に迷惑を掛けられたことも一度だってないんです」
まくし立てる一刀を、髪の長い女性は少し目を細めて見た。
「あなたが、天の御遣いかしら?」
「そう呼ぶ人もいますが、名前は北郷一刀です。あなたが孫権さん、ですよね?」
「ええ、そうよ」
頷いた髪の長い女性――孫権は、皆に座るよう促し、自分も椅子に腰掛けた。
「北方に比べて南方はね、人外の者に対する恐れが強いのよ。この街を見てもらえばわかると思うけれど、北ではあまり珍しくはないオークの姿も、この辺ではあまり見掛けないでしょ?」
「そういえば、そんな気も……。でも、どうしてですか?」
そんな一刀の疑問を、隣の稟が教えてくれた。
「はっきりとした原因はわかりませんが、推測では気候が大きく関係していると、言われています」
「気候? んー、暖かいから?」
「ええ」
孫権たちも興味があるのだろう。黙って稟の話に耳を傾けていた。
「北方に比べると疫病が発生しやすいため、普通とは異なる生活習慣や種族に対する警戒感は強いのだと思います。現在は多くの病が治療方法や薬があって、発生する原因も知られていますが、昔は理由のわからないものを人間以外の者が呼び寄せると、考える者が多かったようです。それが今も名残となって、南方では忌避する傾向なのだと考えられています」
「なるほど」
稟の見解に一刀は頷き、孫権が甘寧を一瞥して補足する。
「特に漁師や海賊は信心深いから、余計に気にするのよ。けれど徐々に、そういった迷信や差別は減っているわ。だから郭嘉、気を悪くしないでね」
「大丈夫です」
その返答に少しだけ微笑んで、孫権は頷いた。そしてすぐに真顔に戻ると、居住まいを正す。
「本来の目的に戻りましょうか。用件は聞いているわ。袁術の所にいる程昱に会えるよう、紹介状が欲しかったのだったわね?」
孫権がそう言うと、一刀が代表して口を開いた。
「はい。俺たちが訊ねて行っても、会えるかわからないし、面倒な事になると口添えしてくれた孫策さんたちにも迷惑がかかるから、念のためにと思って」
「わかったわ。それくらいは、すぐに用意できると思う」
「助かります」
「どこかに宿を取っているのかしら? 用意出来たら、届けさせるけれど」
「今は呂蒙……華佗先生の所でお世話になっています。紹介状は明日にでも、受け取りに寄らせてもらいます」
そう言って一刀が礼を述べながら立ち上がると、不意に孫権の心に不安がよぎった。大切なものが手の隙間からこぼれ落ちてしまうような、そんな不安だ。思わず突き動かされるように、一刀を引き留めようと手が動く。だが――。
(私、何をしようとしているのかしら?)
我に返った孫権は、結局、その手を伸ばすことは出来なかった。掛けるべき言葉が、喉まで出かかっているのに出てこない。そんなもどかしさを感じながら、孫権は部屋を出て行く一刀たちを見送ったのである。
麓の村で聞き込みをした明命は、山の中に入り目的の小屋を見つけ出した。
「ここが、黄忠さんのお住まいですね」
少し離れた場所から観察するが、人のいる気配はない。周囲も探ってみたが、誰もいないようだ。
(村の方の話では、少し前に村へやって来て娘さんを探していたとのことですが……)
幼い娘と二人きりの生活で、仲もとても良かったようだ。訊ねてくる者もほとんどなく、自給自足に近い生活をしており、村におりてくる事も少なかったとの話だった。
(礼儀正しい方だったようなので、黙って引っ越しをするような事はないと言っていましたね)
明命は窓から小屋の中を覗き、誰もいないのを確認するとそっと戸を開けて中に入った。
「失礼します」
まだ出て行ってから、日はそれほど経っていないのだろう。埃が積もることもなく、中の様子は生活感が残っている。
(無理矢理、連れ出されたような様子でもありませんね。でも、ずいぶんと慌てていたような感じはします)
急いで荷物をまとめたような、跡が残されている。そのいずれも、母親の物だけだ。
(荷造りしたのは、黄忠さんだけ? 娘さんの物は、きれいに残っていますね)
娘に何かあり、慌てて出て行ったと推測するのが自然だった。明命の心に引っかかるものがある。勘に近いものだが、重要な事のような気がした。
「祭様と合流しましょう」
祭は別の候補を訊ねている。情報交換をすれば、何かわかるかも知れない。明命は待ち合わせの場所に向かって走り出した。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。