「暑いな……」
「暑いわね……」
季節は只今夏真っ盛り。室内は熱気に包まれていて、座っているだけでも額に汗が浮かんでくる。開け放たれた窓から、時折吹き込んでくる風がわずかな涼をもたらしはするけれど、それも所詮は一時しのぎに過ぎないわけで。
「……暑いよな……桂花」
「……お願いだから、そう何度も暑いと連呼しないでよ。その言葉を聞くたびに、また暑くなるじゃない」
いやまあ、もちろんそんな言葉を聞いただけで、本当に気温が上がるわけじゃあないわよ?けど、暑さも寒さも気の持ち方しだいで、随分体感温度は違ってくる。
「……心頭滅却すれば火もまた涼し。そんな言葉が天界にはあるって、そう言ってたのはあんたでしょうが」
「いや、確かにそうは言ったけどさ。……これだけ暑いと、それも本当だかどうか疑わしくなってくるよ……」
どんだけ精神修養すれば、その境地に達せられるんだか。そう言いつつ、手に持った扇子で顔を仰ぐ一刀。
「……だから!その言葉を言うなって言ってるでしょうが!」
「む。出てくるものは仕方ないだろ!実際暑いのに違いはないんだからさ!」
「そんなことはわかってるって言ってるの!私が言いたいのはいちいち言葉にするなってこと!言わなくてもわかってるんだから黙ってなさいよ!この万年発情期!」
「今はそれ関係ないだろ!?」
「ほんとに関係ないのね?!だったら!今から私が下着姿になっても、絶対欲情なんかしないと誓えるわよね!?この歩く孕ませ機!!」
……正直言って、この時は多分、あまりの暑さで頭がどうかしていたんだと思う。自分が今なにを言っているのか、さっぱり分かってなかったと思う。
「あったりまえだ!大体、桂花のまったいらなんか見たって、そんな気になんかなるわけないだろ!?」
多分、一刀もこの時は熱でおかしかったのだと思う。普段の彼ならば、そんな体型がどうのなんてことを、本人を目の前にして言うはずがない。
けど、お互いに、すでに半日近くこの暑い部屋の中にいたものだから、すでに頭のねじが相当緩んでいたんだと思う。売り言葉に買い言葉。一度走り出した意地の張り合いが止まることも無く、こんな馬鹿な勝負を始めてしまった。
「だったら一つ賭けでもしようじゃないの!もしあんたが、夕刻まで私に何もしないでいたら、明日一日、あんたの言うことなんでも聞いてやるわよ!」
「よーし、その勝負乗った!もし俺が負けたら、逆に桂花の言うことなんでも聞いてやるよ!」
夏のとある昼下がり、そんな馬鹿なことを始めた私たちであった。
「ふぅ~……あ~涼しい(ちら)」
「う!?そ、そうだな。ちょっとだけ涼しくなってきたかもな」
はだけた服の胸元を、これ見よがしにパタパタさせて一刀に見せ付ける私。それから、さも興味がありませんよ~という感じで、わざとらしく視線を泳がせる一刀。
「……そうかしら?ちょっとまだ暑いし、もう一枚脱いじゃおっかなー」
「そ、そうか?だったら別に、俺なんか気にせず、いくらでも脱げばいいだろ」
……ちっ。割と我慢強いじゃないのよ。……だったら。
「やっぱり暑いわね~。……上着脱いじゃおうっと」
「?!」
ふぁさ、と。上着を一枚脱いで、上半身だけ下着姿になる。
「……なによ?やっぱり欲情したんでしょ?この無節操男」
「ぐ。……そ、そ~んなわけ無いさ。桂花があられもない姿をしてるくらいで、いちいち欲情なんてしていられやしないっての」
「ふ~ん、そう?……じゃ、こっちも脱いじゃおっかな~」
といって、今度は下にはいているズボンに手をかけ、したり顔で彼の方をちら見する。
「い、いいんじゃ、ないか?す、涼しくなって、さ。は、ははは」
「そうね~。じゃあ、思い切って脱いじゃおうっと♪」
「わぷっ?!」
ぽいっと。それを勢いよく、わざとらし~く、彼の頭に放り投げる。
「あ、ごめんなさいね~」
「……」
ふるふると。私のズボンが顔かかったまま、肩を震わせる一刀。
(……さあどうよ?これならもう我慢も限界でしょうが)
と、すでに何のために始めた勝負なのかも忘れ、一刀の反応を待つ私。
「……桂花」
「あによ?」
「……服はきちんと、たたんでおいたほうがいいぞ?しわになったら困るだろ」
「っ!?……わ、分かってるわよ!!」
予想に反して、冷静さを保っている一刀からズボンを受け取り、それを横にある予備のいすの上に置く。……ちょっとだけ、予想外だったわね。まさかこいつがここまで耐えるなんて。……まさかとは思うけど、本当に私に魅力を感じていないんじゃないでしょうね?魏の種馬と呼ばれるこの男が、下着姿の可愛い女の子を目の前にして、ここまで反応しないなんて……ん?
「……ちょっと。なんで前かがみになってんのよ?」
「ぎく。……そ、それはその、だな。えと」
「……ふ~ん。そういうこと」
表面上は冷静さを保っているけど、この男、やっぱり……そういうことなら。
「……え~っと。確かさっきの書類はこっちに置いたわよね~」
といって、わざとらし~く、一刀から背を向けて、彼からよく見えるように、お尻を高く上げて下のほうにおいてある書類を取ろうとする。
「うおっ!?」
ふふ。反応した反応した。ほらほら、さっさと我慢を止めちゃいなさいって。でもって私を……と、そう思ったときだった。
……服を脱いだ分、いくらか本当に涼しくなったせいか、急激に頭が冷えていく感じがして、私は自分がしていることにいまさら気がついた。
(……ちょっと待って。何で私、北郷の前で下着姿になんかなって、こんな挑発的な格好を)
……そう思った時には、もう完全に手遅れだった。
「…………もう……もう……もう、限、界、だあ~っっっっ!!」
「ひっ!?ちょ!ま、待って!これは何かの手違」
「けいふぁ~!!」
「馬鹿!止め!ちょ!北ご」
「馬鹿で結構!もうとまらない!こんな可愛い桂花を前にして我慢なんか無理!」
「か!可愛いだなんて何馬鹿言ってんのよ!この万年発情期の無節操!全身精液の自動孕ませ機!ど変態種馬ーーー!!」
~中略~
「……なあ、桂花」
「……なによ」
「……暑いな」
「……誰のせいよ」
真夏の真っ昼間。とある一室にて、全身で息をしながら、思いっきり汗をかいて、すっ裸で重なり合う男女二人。
「……水風呂でも、入りにいく?」
「……腰、抜けちゃってるんだけど?」
「お姫様抱っこして運ぶさ」
「……誰にも見つからないようにしなさいよね?」
「……恥ずかしいから?それとも、邪魔されたくないから?」
「……馬鹿///」
でもってその翌日。
「な~、桂花~。まだあるのか~?」
「あったりまえよ!今度は華琳様への贈り物を買うんだからね!ほら!文句言わずにちゃっちゃと歩く!」
一応、例の賭けは私の勝ちだったわけなので、今日はこうして、一刀を荷物もちとしてこき使っている私。
「せめてどこかで、お茶ぐらいしよう?……手がめちゃくちゃ痛いんですけど」
「だ~め。ほらほら、日が暮れるまでにあと六軒、回るからね?」
「うへ~……」
がっくりと、肩を落としてため息をつく一刀。そんな彼を後ろ目に、私は上機嫌で街を歩く。
「……一日くらい、あんたを独占したって、たまにはいいじゃないよ」
「へ?なんか言った?」
「なーんにも。ほら!さっさと次のお店に行くわよ!」
そう。
普段、貴方のことが嫌いだと、そんな“演技”をしているのだから、たまには独り占めする日があったっていいわよね?
たとえ言葉は素直じゃなくとも、たとえ態度はそっけなくとも。たとえ昨日のように、貴方に愛してもらえる日が少なくても。けっして、この本心を打ち明ける日が来なくても。
荀文若が、北郷一刀を愛している。
それは変えようの無い真実だから。
「ちょっと!何ぐずぐずしてるのよ!荷物もちもろくに出来ないわけ!?この種馬は!」
「……馬にだって、重いのが嫌いなやつが、どっかに居るかも知れないだろ?」
「屁理屈言わない!ほら!早く来なさいよ!」
へばりかけている彼を叱咤しつつ、私は街の通りを歩く。そんな私に、嫌そうにしながらも、なんのかんの言いながらついてくる彼のその優しさに、心の充足感を感じつつ。
金木犀(きんもくせい)は秋の花。
けど、夏に花開く金木犀があってもいいと思う。
桂花。
夏に咲き誇る、ちょっとだけひねくれた、ただ一人のためだけの金木犀。
北郷一刀の傍に咲く、この世でたった一輪だけの、ね?
~えんど。
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はい皆さんこんにちは。
いつも小生の駄文をお読みいただきありがとうございます。
普段、私めが執筆している、
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