「ツン!恋姫夢想 とある外史のツンツン演義」
「第七話。刀は義を宿し、清らかな音を守るのこと~前編~」
-事の起こりは、今から半日ほど前の事だった。
【桂花視点】
「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」
水鏡塾から、新野の町へと向かうその途上、賈駆がふいに一刀へと声をかけた。
「あんたたち、義勇軍を立ち上げるための資金を作る、そのあてみたいなのがあるようなことを何か言っていたけど、ほんとにそんなものがあるの?」
「ああ、そのこと。……実は、さ。これをちょっとした好事家あたりにでも売れれば、それなりの資金になるんじゃないかと思ってね」
賈駆に答えながら、一刀が取り出したもの。それは、四・五本ほどの、細い棒状のもの。それの正体については、私たちは昨日のうちに彼から教えてもらっていたけど、彼女はまだ何もしらないんだったっけ。
「……何よそれ?」
「“ボールペン”っていってね。墨がなくても字が書ける道具さ。上着のポケットに何本か入ってるのに、昨日の夜気づいてね。この時代なら、これは相当なお宝になるんじゃないかと思ったんだ」
「墨がなくても文字が書ける?……あんた、僕をからかってんじゃあないでしょうね」
あー。まあ、確かに、そう思うのが普通よねえ。かくいう私や、焔耶も思春も、最初は本気で眉唾だったもの。
「……だったらその目で確かめてみたら?一刀、それ、こいつに貸してあげなさいよ。紙は……はい、これ」
と、一刀にぼおるぺんを一本、賈駆に使わせて見ればといいつつ、私も懐に入れておいたもう一つの“お宝”から、そのうちの一枚を彼女に手渡した。
「な?!こ、これ、紙なの?すごい。今までに見た紙とは全然質が違う!」
「はは。確かに、この時代のものと比べたらかなり違うだろうね。……それもさ、俺が向こうの世界から持ってきた・いや、持ってきていたというべきかな?ボールペンと一緒に服に入っていたメモ帳だよ」
メモ帳。まあ、要するに記録帳のことだよ。そう言いながらぼおるぺんのうちの一本を、賈駆のその手に握らせる一刀。でもって、そのめも帳の一枚に、ぼおるぺんで字を書き始めた賈駆の反応はというと、
「すごい!本当に墨無しで字が書ける!一体どうなってんのよこれ!?」
「はじめから中にインク…墨代わりの物が入っているんだ。まあ、さすがに詳しい仕組みまでは知らないけど」
「へー。……けど確かに、これならちょっとした金持ちの好事家は欲しがるでしょうね」
ふむふむと。しげしげとぼおるぺんを眺めながら、そうつぶやく賈駆。
「だが一刀。それを売りつける、肝心の好事家のあてはあるのか?」
「そこなんだよね。……思春は誰か、そういう金持ちに心当たりってないかい?新野の町には長く住んでたんだろ?」
焔耶から好事家のあてがあるかと問われた一刀が、思春の方にその顔を向けて問いかける。彼女と出会ったのはあの町だしね。
「いやまあ、そこまで長いこと住んでいたわけじゃあないんだが、とりあえず、好事家というか、知り合いの商人でよければ紹介はできるぞ」
「ほんとかい!?ありがとう、思春!」
「ーーーーッ///!?!?!」
がしっ、と。一刀からの感謝の言葉とともに、その両手を思い切り握られた思春のやつが、その顔を思いっきり真っ赤に染めた。……いや、気持ちはわかるわよ?多分一刀からすれば何気ない行為なんだろうけど、彼を慕っている(筈の)思春からしてみれば、もう、それはとんでもない不意打ちだったはず。
で。そんな光景を見ていた私のほうも、この心に嫉妬の炎がついちゃって、思わずこんな風に叫んでいた。
「ちょっとそこの無節操男!急に女の手を握るだなんて、あんた、こんな山道でいったい何しようとしてんのよ!」
「え?いや、俺は別にただ、思春にお礼をと」
「なッ!?お礼に思春を手篭めにする気だったですって?!このど変態!性欲魔人!歩く全身精液男!ちょっと!こっち見ないでよ!いやー!私まで犯されるー!!」
……いや、ね?われながら、ここまで彼への罵声が出てくるとは思ってもいませんでしたよ。まあ、その実、本心はまったくの逆なんだけど、彼に対してはどうもこういう言葉しか出てこなくなりつつあるわけで。
「……ねえ、魏延?」
「なんだ?」
「荀彧って、北郷のこと嫌いなわけ?」
「……そんなことは無いと思うが」
「……あれだけ罵声を浴びせていて?」
「……多分」
賈駆と焔耶がそんな会話をしているとは露知らず。
「ほんとにいやらしいわね、あんたって男は!」
「だから桂花の誤解だって!俺は何もやましいことは……!」
「……手、手を一刀に握られてしまった……!!い、いや別にそれが嬉しいとかでなくてだな、その……!!///」
一刀に背を向けながら悪態をついている私と、そんな私の誤解(?)を一刀が必死で解こうとしていて。でもってその一刀の後ろでは、真っ赤になったままの思春が、一人で木に向かって何かぶつぶつ言っている。
そんな光景を山道の中に繰り広げつつ、私たちは新野の町へと向かったのだった。
「で?その知り合いの商人ってのはどこにいるのよ?」
「あそこだ。あの、この町で一番大きな屋敷、あれがその商人…張世平の屋敷だ」
思春の指差すほうを一斉に見やる私たち。
……新野の町は、はっきりと言ってしまえばそんなに大きな町ではない。もちろん、周辺一帯を統治する政庁のある町なのだから、それなりに広いことは広いんだけど、それでも、門のある場所から町全体を一望できる、そんな程度の広さでしかない。
「……また無駄に馬鹿でかいわね」
「そだね。周りの建物より、一回りどころか五周りぐらい大きいんじゃないか?」
そう。思春のいう張世平という商人の屋敷は、今いる場所-新野の町の門からはっきりとわかるくらい、かなりの大きさのものだった。……どれだけ儲けていたら、あんなに大きな屋敷を個人で持てるのかしら。
「さて、と。それじゃあ肝心の商談なんだけど、誰が行く?その商人さんと顔見知りの思春は当然として」
「そうね。……焔耶はもちろん、当然、論外として」
「って、おい!私が当然論外とはどういうことだ!?」
「……あんた、そういう交渉とか出来るの?義勇軍立ち上げの資金を作るためには、出来る限り高く、ぼおるぺんとめも帳を売りつけないといけないのよ?……絶対相手に足元みられないようにしてね」
「う……!!そ、それはその……」
シュン、と。私の一言であっさりと縮こまって引き下がる焔耶。……ま、多少の自覚はあったみたいね。
「ま、まあ、それはともかくとして、だ。やはりここは、私と桂花で行くべきだろう。北郷は焔耶と賈駆の二人と一緒に、宿を確保して待っていてくれ」
「そうだね。じゃあ、俺たちは宿で待ってるよ。二人とも、よろしく頼むね」
「ええ、期待して待っていて頂戴。あんたが飛び上がって驚くような額を、その張世平とやらから引き出してきてやるわよ」
「はは。……うん、頼りにしてるよ、桂花」
「べ、別にあんたに頼られたって嬉しくなんか無いっての!これは……そ、そう!私の能力を改めてあんたたちに思い知らせるためにやるだけよ!それだけ!わかった?!」
ふんっ、と。多分、真っ赤になっているであろう自分の顔を見られないように、そんな悪態を吐きつつ一刀から背ける私だったりする。……ほんと、どうしてこうも素直な反応が出来ないのかな?……なにか因縁めいたものでもあるのかしら?
とにもかくにも、私と思春は一刀たちといったん別れ、その張世平という商人の屋敷へと向かった。さーて、いくらぐらいの額を、その商人から引き出せるかしらね。ふふ、腕が鳴るわ。
【焔耶視点】
桂花と思春の二人と別れた後、私たちは新野の町の唯一の宿へと、その足を向けた。今夜の宿の確保はもちろんだが、とりあえず、今は腹が減って仕方がない。確かあの宿は飯店も兼ねていた筈。五人分の部屋を確保した後、まずは食事を済ませておこうということになった。
その途中、私はずっと気になっていたとあることを、一刀に対して聞いてみることにした。
「……なあ、一刀?」
「ん?なんだい焔耶?」
「いや、そんなに大したことじゃあないんだが。……お前のその武の力量だが、確かに私や思春と比べればかなり劣りはするが、それでも一端の武人と言える程度の実力はある」
そうだ。この男のその武、それは確かに“油断さえしなければ”、私も思春もこいつに負けるようなことは決してない。そのことは三日前のあの晩、水鏡塾にいた時に少しだけ手合わせした感じから、そう私は確信を得ていた。……しかし、だ。
「一刀がいた天の国では、確か戦はないと言っていただろう?なのになぜ、それまでの武を得る必要があったのだ?」
「……そんな大した理由じゃあないんだけどね。……俺の爺ちゃんがさ、ちょっとした道場を開いているんだけど、俺をその跡継ぎにしたかったらしくてね。なもんで、小さい頃から色々と鍛えられていたんだ」
そう言いつつ、一刀はどこか遠い目をしながら、青く澄み渡った空を見上げた。
「……まあ結局、何年か前に、俺より強くて、尚且つ才能に溢れたとある人が、ある時道場の門下生になってね。で、爺ちゃんもその人を気に入っちゃってさ。その人に道場を継がせることに決めたから、お前はもう好きなように生きて構わんって言ってくれてね」
「一刀……」
寂しさ。少々長く、自分の過去の話を語りつつ、そんな表現がぴったりの色を、一刀の瞳は宿していた。
「……とはいえ、十年以上も続けてきたことを、いまさら止めるのもなんか気持ちが悪かったし、それに、体のほうがそれを欲していてね。なんだかんだ言いながら、毎日のトレーニング・鍛錬は続けていたんだ。……で、気がついたらもと居た国の全国大会で、ベストフォー…優勝一歩手前位の実力まで身についてた」
もっとも、この世界に来て上にはさらに上がいるのを思い知ったけどね、と。一刀はそう微笑んだ。
跡継ぎにと期待されて、幼い頃から鍛えられていたのに、突然現れた実力者によって、その自分の立場が奪われてしまった。なのに、こいつはそれに腐ることなく、己を高めることを続けて、今の実力を手に入れたわけか。
「……けど、よくそれであんたは納得できたわね?ボクだったら正直納得いかないわよ?」
「んー、なんて言ったらいいのかな?……そりゃあね、悔しいとも思いはしたよ。けどさ、人には『分相応』ってのがあると思うし、なにより」
『……何より?』
「……もし、“ここ”に来ることが俺の運命だったのなら、今はこれだけの武を身につけられた、身につけるきっかけをくれた爺ちゃんには、正直感謝しているよ」
でなけりゃ今頃、とっくの昔に死んでいたと思うしね。と、桂花の奴と出会ったときのことを、そう回想して言う一刀。
「それに、もしそこで死んでいたらさ、こうして焔耶や賈駆さんと知り合えることもなかっただろうし、ね?」
「……べ、べつにボクはあんたと知り合えなかったからといって、悲しいとかそんなことなんか思いもしなかったわよ!!///」
「そ、そうだとも!べつにお前のような軟弱に知り合えてうれしいとかそういうわけではなくてだな……!!///」
とりあえずぶっちゃけると、そのとき私は一刀の顔をまっすぐに見れなかった。……なんでかって?いや、その。……あの微笑を向けられた瞬間、顔がかなり熱くなるのを感じたからだ///
で。それに関しては、どうやら賈駆のやつも同じだったらしい。二人そろってその視線を一刀から慌てて逸らし、なんでそうなったのか分からないといった感じで首をかしげている一刀を、横目で(これまた同時に)ちらりと見ていたりした。
【一刀視点】
なんか急に顔をそらした焔耶と賈駆さんのその態度を不思議に思いつつも、俺はそんな状態の二人を連れて宿の前まで来た。
そして、“今現在”の状況となった原因に出くわしたんだ。
「いい加減離すのです!ねねは何も悪いことはしていないのです!」
「なんだ?」
「あれって、この町の兵士か?……子供を捕まえている……のか?」
数人の兵士が、一人の幼い子供を取り囲み、そのうちの一人が暴れるその子の手を掴んで、なんとか取り押さえようとしていた。
「……あんな小さな子を捕まえるだなんて、一体何をしたっていうのかしら?」
賈駆さんがそんな疑問を口にしたのを、たまたま近くにいた町の人がその耳に捉えたらしく、俺たちにことのあらましを話してくれた。
「何でもあの儒子(こぞう)、兵隊さんの懐から財布を盗もうとしたそうだよ」
「……本当か、それは?」
「……と、兵士のほうはそう言っているがな。儒子の方はそれを否定してるよ。ただぶつかっただけだとな」
その町人さんの話を聞きながら、俺はその子供の様子をじっと見ていた。……頭の先からつま先に至るまで、その身を包んでいる服や靴は、お世辞にも状態のいいものに見えなかった。継ぎ接ぎだらけの服を着こんで、自分の腕をつかんでいる兵士に対し、その子はなおも抵抗を続けている。
「だからさっきも言ったのです!ねねはお前の財布なんか盗んでいないのです!これはねねがそこの道端に落ちていたのを拾って、役所に届けようとしていただけなのです!」
「嘘をつくのも大概にしろよ、このガキ!その財布は間違いなく、さっきまでおれの懐に入っていたやつじゃねえか!それを落ちていただなんて白々しい嘘をつきやがって!おら!とっとと大人しくしろ!」
「嘘なんか吐いていないのです!ねねは本当に……!!」
兵士の方も、子供の方も、お互い自分の意見を一切曲げず、その口論はさらに続く。そして、次に兵士が言ったその一言で、俺の堪忍袋の緒が切れた。
「大体、貧民街に住んでるガキの言うことなんか信用できるかよ!てめえら貧乏人の言うことなんざよお!」
「あいつ!言うに事欠いてなんてことを!!……って、あれ?一刀?」
「ちょっと魏延!あれ!!」
「え?」
……俺の少し後ろで、焔耶と賈駆さんが驚きの声を発していたとき、俺はもうその兵士のすぐそばに立っていた。
「な、何だ貴様!?」
「……ただの通りすがりの旅人ですよ。もう、それぐらいにしておいたらどうですか?いい大人がこんな小さい子を捕まえて、証拠もなしに泥棒扱いするのはどうかと思いますよ?」
「突然出てきて何を言ってやがる!証拠もなしにだと?!こいつの持ってる俺の財布が何よりの証拠だ!」
「痛っ……!!」
ぐり、と。財布を持ったほうのその子の手を、かなり無理やりにひねり、俺の前に突き出すその兵士。
「……それ、本当にあなたの物なんですか?」
「な、何だと……!?」
「あなたのその鎧の隙間から見えてるもの、それ、何です?」
『う?!』
そう。兵士の鎧から覗いているそれは、明らかに少年(?)の持っているそれとは別の財布。……要するに、この兵士たちがしていたのは。
「なるほど。ただの言いがかりか」
「……焔耶」
「おおかた、日ごろの鬱憤ばらしに、いちゃもんつけても文句の言われにくい、まだ小さい、しかも身寄りのなさそうな子供を狙ったってわけ」
焔耶に続き、賈駆さんもいつの間にか俺たちのそばに来ていて、兵士たちがしていたことをそう分析、予測した。
「……その手、いい加減に離してあげたらどうです?それとも、これ以上まだ続けて、町の人たち全員を、敵に回しでもしますか?」
『う、うう……!!』
周囲から、無体なまねをしていた彼らに向けて飛んでくる、野次馬として集まっていた町の人たちの白い視線。
「く、くそ!きょ、今日のところは見逃してやる!だがこのままで済むと思うなよ、このガキ!」
「あっ!?」
「おっと」
兵士が忌々しげにその子の手を思い切り振り解くと、その反動でその子は俺のほうに倒れこんできた。それを思わず受け止める俺に、兵士たちは一瞥をくれて去っていった。
【??視点】
とても温かかったのです。
ねねを掴んでいたぼんくら兵士が、周りの白い視線から逃げるようにして、その場を立ち去ろうとしたとき、ねねは思い切り突き飛ばされたのです。けど、倒れそうになったねねを支えてくれて、やさしく包み込んでくれたその男の腕は。
……だいぶ前に死んでしまった、お父さんに抱かれているような、そんな感じだったのです。
「……しっかし、たちの悪い連中だな。この町の兵たちは、いつからあんなのばっかになったんだ?」
「太守が今の太守に代替わりしてからだよ。ああいうごろつき見たいなのばかりになったのはな」
頭の一部を白く(?)染めた女の一言に、近くにいた町の人がそう返した。
「……ねねはこの町に住んで一年ぐらいですが、半年ほど前までは、あんなに酷い連中ばかりではなかったのです」
「そうなのかい?」
「(こく)……前はみんな、もっと優しい人たちばかりだったのです。ねねたち貧民街に住む者たちのことも、よく気にかけてくれていたです。……なのに」
半年前。この町に賊が押し寄せてきたとき、当時の太守は自ら先頭に立って、防衛のために出陣したのです。……けど。
「そん時の太守さんは、その戦で亡くなられてな。で、今の太守がこの町に赴任してきたんだが、正直言っていい話をまったく聞かねえ。……町の防備のためだといって、税を高くしてかき集めてる」
「……本当に町の守りに使っているんですか?」
「そんなわきゃないだろ?!城壁の修繕がされたって話も聞かないし、徴兵されてくる兵士はあんな連中ばかりだ!」
「……私服を肥やしているだけなのは、疑いようもないってわけ」
ん、と。眼鏡の女の一言に、ねねとその町人さんはうなずいたです。
「……ところで一刀?いったいいつまでその子を抱きしめている気だ?」
『あ』
……すっかり忘れていたのです///
「ごめん、つい話に聞き入っちゃってたよ。……どこか、怪我とかは無いかい?えっと……」
「ねねは陳宮、字は公台なのです。……とりあえず、助けてくれた礼は言っておくのです」
「俺は一刀。北郷一刀だよ。字は持ってない。で、この二人は俺の連れで魏延と賈駆。よろしくな、陳宮くん」
「……“くん”?む~……“くん”ではないのです!ねねはこれでも女なのですぞ!失礼な!」
『……え゛』
あ。信じられないって顔して固まったです。
「……そりゃ、まだねねはこんな体型ですぞ?でもいつかは、そこの魏延とか言うのみたいなばいんばいんになるのです!将来有望なのですぞ!」
「まあ、確かにまだおこちゃまみたいだしな」
「なんですとお!?ねねはこれでも十六年は生きているのですぞ!」
『うっそおっ!?』
「嘘ではないのです!」
……ほんっとに失礼な連中なのです!助けてもらった恩がなければ、今すぐねねの蹴りをお見舞いしてやりたいですぞ!!ふんっ!!
【桂花視点】
「それにしても、まさかこれほどの額になるとはな。さすがは荀文若というところか」
「そうでもないわよ。ただ単に、あれの価値を世平さんが正しく見てくれたというだけ。それに、私たちの志、それにも強く同調してくれたわ」
張世平の屋敷を後にし、私と思春は町の宿へとその足を向けて歩いていた。件のぼおるぺんとめも張は、こちらの想像以上に高く買い取ってもらうことができた。あの張世平という商人、多分、これから世に名を残す人物になるでしょうね。
「あれを基にして、安価で質のいい紙を作らせる。そのための先行投資ですよって、ぽんと大金をはたけるんですもの。……今後とも、何かと贔屓にしたほうがいいかもね」
「そうだな。今の世には数少ない、まっとうで純粋な、商人だしな。……さて、それじゃあ北郷たちと合流して、これからのことをもう少しつめておくとしようか」
「そうね」
昼間の割には人通りの少ない通りを歩き、私と思春は一刀たちが待っているであろう宿を目座す。けど、私たちをそこで待っていたのは、思いもよらない出来事だった。
「?ねえ、なんか、宿の前がやたらと騒がしくない?」
「そうだな。……何かあったのか?」
私たちが目指す宿の前に、大勢の人だかりが出来ていた。いったい何事かと思い、その人ごみを掻き分け、私たちは群集たちの前に出た。そこに居たのは、地面に座り込んでいる一人の子供、だった。
「ねえ、ちょっと。いったい、ここで何があったのよ?」
近くに居た人のよさそうなおじさんに、私はことの顛末を尋ねた。
「ああ。三人ほどの男女がな、役人に引っ張っていかれたんだよ。そこに座り込んでる、そのお嬢ちゃんをかばってな」
「……どういうことだ?」
「……猫の耳のついた、被り物をした女の人……ちょっとそこの!お前が、あ、いや、貴女が荀彧とかいう名前の北郷の連れなのですか?!」
『え』
私のことを見た瞬間、そこに座り込んでいたその子が、突然血相を変えて私に声をかけてきた。
……ちょっと待って。なんでそこで、一刀の名前が出てくるのよ?……まさか。
「あんた、いったいなんであいつの名前を知ってるのよ?あいつがどうしたって言うのよ!?」
「……ねねの、ねねのせいなのです……!!ねねを庇ったせいで、北郷が、北郷が……!!」
……つまりはこういうことだった。
この半刻ほど前、兵士からいわれの無い因縁をつけられていたこの少女、陳宮を一刀たちが助けた。たしかに、一刀なら当然そうするでしょうね。けど、問題はその後だった。そのときの兵士が、大勢の仲間を引き連れて、一刀たちを“逮捕”しに来たのだ。
その理由は、兵士の職務妨害、だそうだ。
単なる腹いせなのは見え見えだった。けど、憤慨する焔耶を押しとどめて、一刀はそれに大人しく従ったそうだ。
「……あいつらは、北郷たちに言ったのです。大人しく縛につけば、周りの人間を巻き込まずに住むぞ、と。薄ら笑いしながら、そういったのです」
唇をかみ締め、うつむいて涙を流し始める陳宮。
「……あんたは、一緒にしょっ引かれなかったの?」
「……ねねも最初は、一緒に連れて行かれそうになったのです。けど、ねねの腕を兵士の一人が掴んだ瞬間、北郷がその兵士を殴り飛ばしたのです」
「なっ!?」
「……自分たちにだけ、兵士たちの関心を向けるために?」
「……だと思うのです」
……あの馬鹿。ほんとに、人が好すぎるんだから……!!
「で、焔耶と賈駆まで一緒に連れて行かれたのか?」
「一緒に居た二人のことなのですか?確かにあの二人も連れて行かれたのです。魏延のほうは北郷と同じように、なおもねねを捕まえようとした兵士を殴って捕まって、眼鏡女の方はその兵士たちを罵倒して……なのです」
……焔耶はともかく、賈駆もなかなかやるじゃない。これからはちょっとだけ、認めてやろうかしらね。
「どっちも、こんなねねを助けようとしてくれたのです……!!ねねは無力なのです……!!あの三人の恩に、何も応えることが出来ないのです……!!」
悔しそうに、自分のふがいなさに涙を流し、陳宮は地面を蹴った。
「……桂花。三人を救い出す手段、何かないのか?」
「……そう、ね。……思春、貴女の昔の仲間たち、集まってくれるように頼むこと、今すぐに出来る?」
「ああ。それは問題ないが」
「それじゃあ、これをもって彼らのところに行って頂戴。でもって、これを使って、もう少し人手を集めてほしいの」
懐から、先ほど張世平から受け取った銭の入った袋を取り出し、思春に手渡しながら一つのとある“策”を教える。
「……わかった。明朝…いや、今夜には必ず戻る。……五百も居ればいいか?」
「ええ、上等よ。……お願い」
「任せておけ」
「……荀彧殿?一体何を」
「決まってるでしょ?一刀たちを助け出す、その策のための下準備よ。陳宮、あんたにも手伝ってもらうわよ。貧民街の地形には、あんた詳しいでしょ?」
「!!……分かったのです!ねねは、ねねは北郷たちを助けるためなら何でもするのですぞ!」
ぐい、と。涙を拭いつつ立ち上がり、真剣な表情を私に向ける、その幼い容姿をした少女。
……待っててよ、一刀。私たちが、必ずあんたたちを助け出して見せるから。
そう。
その結果、例えどんな事態になろうとも、必ず……!!
そうして、私たちは、仲間たちの救出作戦のための準備を始めた。
作戦決行は、今日の深夜。
おそらく、私たちの今後を決めることになる、その行動のために……。
~後編に続く~
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ツン√、久々の更新です。
今回は新野の町で一刀たちに起こった、
とある事件のお話。その前編です。
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