翌日、私達は、『リキテインブルグ』の王都である《シレーナ・フォート》に程近い平原の沿岸
部を移動していた。
《シレーナ・フォート》は、《スカディ平原》の極南部、西域大陸でも最も南に位置する、海上に
ある城塞都市だ。最も南とは言っても、大陸の北部から海岸に沿って降りてくる季節風のお陰
で、暑過ぎない、過ごしやすい気候だと言う。
『フェティーネ騎士団』の中でも、騎士団長であるカテリーナと、将軍であるルージェラ、他数
名の騎士に私を含めた、およそ10名程の騎士達で、《シレーナ・フォート》へと向かう。
そう、私も一緒に行動していたのだ。
あの『セルティオン』での戦いの後、目的である『ディオクレアヌ革命軍』の存在が間近に迫る
世界に置かれた私。
カテリーナを通じ、『リキテインブルグ』の女王、ピュリアーナ女王へと話は伝わった。
何を。元は貴族の娘だったものを、騎士達と行動し、革命軍に接近などできるものか。普通
ならばそう思われてしまうだろう。
だが、今では私は女王からの雇われの身という事だった。女王は、『セルティオン』が奪還さ
れた時、私の存在が非常に役に立ったと、カテリーナ達から聞かされたらしい。とても私の事を
買ってくれているとの事である。
でもそれは、私が『ハイデベルグ』のオルランド卿の娘だから、と考えても不思議ではないだ
ろう。事実、私は、あの時、それほど役に立てたとは自分で思っていない。
だから私が『フェティーネ騎士団』と行動できるのも、カテリーナの、そしてピュリアーナ女王の
口添えがあっての事だ。
「《セイレーネス・フォート》までは、あとどのくらいなんですか?」
相変わらずの愛馬、メリッサに跨る私。1年前から比べれば彼女も大きくはなっただろうか?
馬の年齢で言えば、彼女も立派な大人なのだが、不思議と体格が伸びていない。まだカテリ
ーナ達の乗っている馬の方が大きい程だ。
そして私は、すぐ横を走っていくルージェラに尋ねていた。
「あと、一時間も無いよ。潮風が強くなって来たって感じない? 海が近いんだよ」
私と同じくらいの体格。ドワーフとは言ってもハーフであるらしいから、小柄さはそれほどでは
ない。耳がエルフとは違って上方に尖り、黒髪交じりの短い銀髪を靡かせている彼女。引き締
まった体の上に、直接、鈍い銅色の胴鎧を身に付けている。
私は空気の匂いを感じ取って見る。なるほど、海から吹き上がる潮の匂いが漂って来てい
た。
「ああ、あとちょっと、あなた。今、セイレーンて言わなかった?」
「え、ええ…」
正面に進みながら、横にいる私の方を向いて来るルージェラ。
「気を付けた方がいいよ。セイレーンじゃあなくって、シレーナ! ちゃんと彼女達の言葉で言っ
てあげるの。セイレーンて言うのは、大昔に魔族だった頃の彼女達を言う時と分けて使う時の
言葉なんだから。だから、街の名前もいい? 《シレーナ・フォート》だからね?」
「は…、はい。分かりました!」
私は実は、《シレーナ・フォート》なる王都に入るのは初めてだったのだ。
カテリーナを通じて話が行われたという事で、まだ私自身もピュリアーナ女王からの直接の任
務を頂いているわけではない。今回の王都訪問は、私にとっては、正式な契約の為の面会で
もある。
だが、カテリーナ達『フェティーネ騎士団』にとっては、更に重要な話し合いがあるそうである。
数日前から、周囲が騒がしい。
何でも、各国から有力な者達が、『リキテインブルグ』の王都へとやって来ているそうなのだ。
西域文明の各国から、有力者が訪れる。百年ほど前の戦乱時には、国同士がいがみあって
いたような国々。それが一同に会そうとしている。
よほど重要な話し合いが行われるという事だ。
本日は快晴。平原の遥か彼方まで見渡せるほどにすっきりとした晴れ模様だ。『リキテインブ
ルグ』では突如として大雨に襲われる事もあるのだが、普段は空が開けたように心地よい晴れ
の天候である事が多い。
そして、《スカディ平原》の極南部まで迫れば、海からの心地よい風が吹き上がってくる温暖
な気候。
日光と合わさって、潮風の匂いも心地が良いものだ。
海から昇って来る風に包まれ、空より降り注ぐ日の光を浴び、私達は、緑色の絨毯のような
草原を進む。やがて、視界の中に現れたのは、巨大な城壁だった。
数キロ離れた場所からでも望む事ができる、半島に突き出た巨大な城壁。それは突如として
現れる、山のようだった。ただ山とは違って、それは正確な形を成していて、建造物であるとい
う事が分かる。
海岸は岸壁となっており、直接海へと降りることはできない。巨大な城壁は、海の上に浮かん
でいる。それ自体が出島だ。
その巨大な城壁は、四辺それぞれが約5キロメートルはあるという。これまた巨大な塔が等
間隔で城壁にはあり、その高さも見上げる程のものがある。100メートル以上、それ以上ある
だろうか? 城壁は海の中から聳え立っているようだ。
それこそが、《シレーナ・フォート》。西域大陸の最も南に位置する、自由の強国『リキテインブ
ルグ』の王都だった。
平原からは、岸壁に設けられた下り坂を降りて行く。行き交う人々は私達だけではなく、旅の
者や商人なども多くいた。皆、それぞれが異なる服装をしており、様々な地方からやって来て
いる事が分かる。
整備された下り坂を降りると、そこから先は、海上にかかる、1キロメートルほどの長い橋。
非常に頑丈にできている石造りで、幅も広く、数台の馬車が並んで通る事ができるだろう。
橋の上には、等間隔で兵士が警備に立っており、その姿は物々しかったが、行き交う人々
は、あまり気にしていないようだ。
『フェティーネ騎士団』が橋の上を通り、王都へと向かっている。その光景に、橋の警備兵達
は、皆、整った敬礼で応えている。
「あなた、この王都へ来るのは初めて?」
橋の上に馬の蹄を響かせながら、ルージェラが尋ねて来る。
「え、ええ…。初めてです」
「ああ、そう? じゃあ、びっくりするかもね…? あたし達は子供の時から出入りしているか
ら、あんまり気にならないけど…」
そう言うルージェラだが、既に、見上げなければならないような城壁に、私は圧倒されてい
た。
今、通っている橋の高さでさえ、海面から3~40mあるというのに。迫って来ている城壁の高
さは、それよりも数倍は高かった。
近付いてくるにつれ、見上げても城壁だけで覆われる。その上部を見ようとするならば、後ろ
側へと倒れてしまいそうだ。更に、橋の終わりに位置している城門。現在、解放されているその
門の大きさは、一つの巨大な建造物の形にくり抜いた程の大きさがあった。一度に馬車が何
台通っても問題は無い。そんな門だ。
城門の上には、白い翼を広げた盾の形の紋章。『リキテインブルグ』の旗も、橋に所々掲げ
られている。
そして私達は、《シレーナ・フォート》の城門に入った。
城門の内部だけでも、さながら一つの街だ。入り口付近には、巨大な扉を開閉するための装
置が見て取れ、警備の姿もある。だが、現在、城門から街への出入りは完全に自由となってお
り、門は、不審者を捕えるだけの存在であるかのようだ。
城門の中から見た城壁の厚さだけで何メートルある? 20メートル、30メートル? おそら
く、どんな大群が押し寄せようと、この城壁は突破できないだろう。あまりに強固で強大な壁だ
った。
そして、城門を抜ければ、そこには城下町が広がっていた。
《シレーナ・フォート》の城下町は、城壁の中にある。この一辺が5キロメートルの城壁に囲ま
れた全てが、一つの城なのだ。
中央に位置する、さながら、塔のような建物が、『リキテインブルグ』の王宮。塔が幾つも組み
合わさったような構造になっており、そこには許可された者しか立ち入る事ができない。
そして、その王宮を中心に、街は立体的に広がっている。王宮から放射状に、城門を含めた
八方向へと橋が伸びる。その橋、そして城壁に、まるで張り付いているかのように建物が広が
っているのだ。
幾つもの屋根の色が伺える。街の中には運河も流れ、そこを行き来する船の姿さえも見て取
れる。ここは城壁で囲まれた世界なのに、無数の建物が視界には飛び込んできていた。
およそ、15万人の者が生活をしている。それも、巨大な城壁の内側で。
王宮下の城下町は、巨大な塀の内側とは思えないような街並みだ。私が見てきたどんな街、
故郷であれ、旅の途中で立ち寄った街であれ、『セルティオン』の街、そのどこよりも大きい。
そんな街が、一つの巨大城壁の中に広がっていた。
この街を全て見て周る事など、一人の人間にはおそらく不可能だろう。ただ大きいだけでは
なく、屋根の色や形だけを見ても、それは多種多様、実に多くの文化が入り混じっているよう
だ。
それは、この『リキテインブルグ』が、いかに他国の文化を寛容に取り込んできたかが分かる
のだ。
私は、カテリーナ達と共に王宮へと向かう。街の真上にかかる橋を渡りながら、眼下に広が
る街の光景に目を奪われていた。
橋で途中、すれ違う人々の中には、人間ではない者達も多くいる。私でもようやくエルフやド
ワーフなど、身近にいるようになった人間だが、この《シレーナ・フォート》に出入りする人々は
人間でない者が多い。むしろ人間が稀であるかのようだ。
半獣人、と呼ばれる者が多かった。
人というからには、体の形は、人間と同じか、それに近い事が多い。だが、大抵は頭が違っ
ていた。頭部が犬や猫、中には牛の頭を持つ者もいて、脚の形なども異なる。
一見、人間よりも動物に近いのではないか、と思えてしまうのだが、すれ違う彼らは、普通に
人の言葉を話し、人間のような表情もあった。
こんな世界に交わってしまうと、純粋な人間である私が、どこか特異な存在であるかのよう。
王宮までかかる長い橋から、塔のような形の王宮を見上げ、私はそう思っていた。
そもそも、この『リキテインブルグ』という国自体が、鳥乙女、セイレーンが築き上げた国だと
いうのだから、亜人種も多くて当然なのである。
人間も、所詮は、多くの種族の中に一つに過ぎないようだ。
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5.ピュリアーナ女王
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主人公たちは、この大陸最大の都市となるシレーナ・フォートへとやってきます。