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虚界の叙事詩 Ep#.23「最後の審判 Part1」-1

最後の戦いが始まります。主人公たちは強大な存在と化した『ゼロ』を打ち倒すことはできるのでしょうか?

2011-05-07 11:56:57 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:371   閲覧ユーザー数:336

 

《青戸市》《池下地区》

 

4:11 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 夜明け前の《青戸市》。57年前に廃墟と化したその都市では、夜明け前はあまりに静かだっ

た。高層ビルの隙間を吹き荒れ、ビルの窓の跡を笛のように通過する風の音が、不気味に響

き渡るだけの街。そこには人々の影は無く、ただただ、無人の廃墟が広がっていた。

 

 だが、今日は57年ぶりに、その廃墟に変化が訪れる日になりそうだった。

 

 浩は、自分よりも遥かに速い、圧倒的なスピードで攻撃してくる男に手を焼いていた。むしろ

押され気味だったのだ。

 

 『SVO』のメンバー5人がかりで、やっと追い詰める事ができた男、さすがに浩一人であって

は、不利にならざるを得ない。

 

 残像を残すようなスピードは、彼の拳を何なくかわしていったし、敵の鋭い刃を突き出してくる

攻撃によって、浩自身も次々とその手傷を増やして行っていた。

 

 このままではやられるな。浩は既に直感する。

 

 浩は相手の攻撃を受け止めた。真正面から、多分、相手は骨格を変形させて刃を腕に作り

出しているのだろう。それを受け止める。触れただけでも皮膚が裂けそうな刃だったが、彼は

それを、『能力』で硬質化させた筋肉で受け止めた。

 

 だが、彼の皮膚からは血が噴き出していた。

 

 連日の戦いで、浩自身の『能力』も低下している。筋肉を防御のために操作する『能力』が著

しく低下しているのだ。

 

「野郎ッ!」

 

 と、相手を睨み付けた浩だったが、どこか視界がぼやけている。身体もだるく、思うように

『力』を発揮できない。

 

 それが、何の傾向なのか、浩はよく知っていた。

 

 ちくしょう。こんな時に。オレ達は何でもありの『SVO』じゃあなかったのか? こんな時だって

のに、もう『能力』の使いすぎのリバウンドが来るとはな…!

 

 だが、逆に浩は身体を奮い立たせた。もう少しだ。もう少しで、仲間達は、『ゼロ』のいる場所

へと到達する。そして奴を倒す。

 

 それまでだ。それまで自分が持てばいい。その後の事など、知らなかった。

 

 浩は覚悟を決め、目の前の敵へと飛び込み、ぶつかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ事は、ほんの数百メートル離れた場所にいる一博も考えていた。

 

 おれの役目は、先輩達が、『ゼロ』と全力で戦えるよう、目の前にいる敵を引き止めておくだ

けだと。

 

 彼が対峙していたのは、敵本体ではなく、おそらく、その敵が操っているのであろう、車輪だ

ったわけだが、それですら、一博はどんどん体力を減らしていた。

 

 彼の爆発的な力を持ってすれば、車輪の一つを受け止める事はできる。それは、小型車が

激突してくるほどの威力があったが、『力』で活性化した彼のパワーがあれば受け止める事が

できていた。

 

 だが、車輪1つならばまだ良かった。直径1メートルほどの車輪は複数、一博に襲い掛かって

きていたのだ。

 

 受け止めた車輪をそのまま抱え込む。この、瓦礫を寄せ集めて作ったかのような車輪は、ぼ

うっとした紫色の光を放っており、それは一博の腕の中でもまだ回転していた。

 

 腕で抱え込んでいるだけでも、回転する車輪によって、次々と腕を切りつけられて行く。だ

が、一博は、車輪そのものを使って、別の方向から来る車輪を防御しなくてはならなかった。

 

 そして、2つの車輪が激突し、彼の身体は吹き飛ばされそうになる。必死に堪えようとする

が、激突し、一部が砕けた車輪。その破片一つ一つも、まるで意志を持っているかのように、

次々と一博の身体へと襲い掛かってくる。

 

 既に彼の身体には、細かい車輪の破片が突き刺さっていた。そこへ、更に大きな破片。何か

の鉄板の破片だろうか、それが突き刺さる。

 

 一博は呻いたが、力を緩めるわけにはいかなかった。

 

 この車輪を操っている、本体を倒しに行かなければならない。だが、一博は、車輪を防御す

るだけで精一杯だった。

 

 この車輪を操っている『能力者』は、仲間達が倒しに行った。自分は、ただ車輪を防御するだ

けだ。『能力者』が、そして『ゼロ』が倒されるまで、何とか持ちこたえなければならない。

 

 一博は、車輪を抱える自分の力が、だんだんと弱まってくるのを感じた。

 

 そろそろ限界か。『力』を過剰使用しているせいで、その限界が訪れるのも早い。

 

 だが、この車輪を受け止めていなければ、自分は押し潰されてしまうだろう。そして、自分が

ここで車輪を食い止めなければ、標的を始末し終えた車輪が向うのは、先輩達のいる場所

だ。

 

 一博は、何としてでも自分の役割を果たしたかった。

 

 彼の身体から急速に『力』が抜けて行くのは無情だった。車輪を押さえ込んでいる自分の身

体から、急速の力が抜けて行く。活性化している筋肉の緊張が、紐をほどくかのように一気に

失われて行くのだ。

 

 やがて、車輪は一博の身体を押し倒した。彼の巨体さえも、車輪の前では、ただ轢かれてい

くだけの存在でしかなかった。

 

 一博は覚悟を決めた。だが、何より、自分が仲間達の為にあまり役に立てない事がくやしか

った。

 

 

 

 

 

 

 

 隆文、絵倫、香奈の3人は、坂道を一気に下って行き、何としてでも太一達に追い付こうとし

ていた。隆文の持つ暗視鏡は既に、目的地である研究施設を捉えている。衛星写真によれ

ば、そこまでの距離は500メートルと無かった。

 

「静か過ぎる…、いや、そうでもないな…。まるで耳鳴りでもして来そうだ…」

 

 走りながら周囲の様子を見回し、隆文が言った。辺りは夜の暗闇に覆われていて、彼らの照

らす懐中電灯の灯りだけが輝いている。

 

「この気配…、どんどん強くなって来ている…。間違いない。『ゼロ』に近付いて行っているよ

…、あたし達…。ねえ…、絵倫?」

 

 と、香奈は絵倫に尋ねたが、

 

「え、ええ…、確かにそうね…。この、押し潰されそうで、耳にも耳障りな音が響き渡ってくるよう

な感覚、この先から、毒ガスでも漂ってきそうな気配は、確かに『ゼロ』のものよ…、でも、それ

以外に、別の気配と動きを幾つも感じるわ…」

 

 その絵倫の言葉に隆文は反応した。

 

「別の、気配と、動きだと…?」

 

「ええ、確かに感じるのよ。それも、1つや2つだけじゃあない。幾つも、幾つも感じられる…。そ

して、その動きは、わたし達を追って来ている」

 

 隆文は少し血相を変えた。

 

「おいおい、まさか…! あの、『ゼロ』に姿が似た連中が、何人も追っかけて来ているわけじゃ

あないだろうな?」

 

「いいえ、これは、人の形をしたものじゃあないわ…、多分、さっきの車輪みたいな形のものよ

…。」

 

「ねえ? あの、ぼうっと光っている光みたいなのがそれじゃあないの?」

 

 香奈が自分達の走ってきた後方を指差し、隆文と絵倫に呼びかけた。絵倫はすぐに背後を

振り返り、彼女の『力』である風を使って、その動きを識別しようとした。

 

「ええ…、確かに、あれよ。人じゃあないけれども、幾つもわたし達に向って近付いてきている」

 

「俺達の目的は、『ゼロ』だぜ…、幾ら何かが追っかけて来ていたとしても、構っている暇はな

い。さっさと太一達と合流しなきゃあな…」

 

 そう隆文が言い、前方へと進んで行こうとした時だった。

 

「気をつけてッ! 気配は前方からも接近して来ているわ…! しかも、かなりの数よ…!」

 

 隆文は思わず足を止めた。

 

「かなりの数って、どのくらいだ?」

 

「分からない! とにかく沢山って事よ! 紫色の光が見えるでしょう? その数だけあるって

言う事よ」

 

 隆文達の前方には、無数の光が出現していた。それはまるで研究施設を守るかのような位

置に配置されている。

 

「あれが、全部、さっきの車輪だって言うのか…! まるで、『ゼロ』の奴を守ろうとしているみた

いだな…!

 

 あんなの、全部相手になんてしていられないぜ…!」

 

 紫色の光は隆文達に向って、急接近を開始しようとしていた。

 

「あれは、車輪の形をした追尾弾よ…! わたし達は、『ゼロ』と同じ実験を受け、似たような

『力』を使える存在…。敵も、『ゼロ』の影響下で『力』を手に入れた存在…。つまりあれは、わ

たし達の『力』を感じて動いている…」

 

「だから、どういう事なんだ? 絵倫?」

 

 隆文は迫って来る車輪に身構えて言った。もうその距離は、およそ20メートルほどにまで接

近して来ている。

 

「あの車輪は、わたし達の『力』を追跡してくる追尾弾なんだわ…。という事は、もしかして…」

 

 絵倫も、戦闘体勢のままだった、だが、彼女はある事を理解したかのように呟く。

 

「『力』を全く使わなければ、車輪に探知される事は無いって、そう考えているの?」

 

 と、香奈は隆文よりも先に言った。

 

「お、おい…! だが、『力』を発揮していなかったら、俺達はただの人間なんだぜ…。一瞬で

やられちまう…」

 

「だけれども、あの車輪にはやられずに済むかも…?」

 

 と言い、絵倫は、車輪の動きと数を感知するために放出していた、自分の『力』で生み出した

風を解放した。途端に彼女から流れ出る『力』の気配は消え去る。

 

「絵倫…」

 

「問題はこれだけの数の車輪を、例えわたし達の居場所が探知されなくても、全てを避けきれ

るかって言う話よ。『力』を全く使わないんだったら、ほんの少しでも車輪に触れたら致命的だ

わ…。あと、わたし達自身も車輪の動きを、目でしか捉えられなくなる」

 

 車輪の集団は目前に迫って来ている。3人の力だけでは、とても全てを避け切る事はできな

さそうだった。

 

 だが絵倫は、車輪の動きを目で認識し、『力』を使わない可能限りの動きでそれをかわそうと

する。『力』を無意識の内に使ってはいけない。可能な限り抑え込み、車輪をかわすのだ。

 

 隆文と香奈も同じようにして車輪をかわそうとした。

 

 自分のすぐ側を、車が猛スピードで通過していくような迫力が迫る。だが、一回車輪をかわし

ただけでは終わらなかった。

 

 車輪は前後から接近して来ていたから、前方から来ていた車輪だけではなく、後方からやっ

て来た車輪もかわさなければならない。

 

 3人はちょうど、高速道路の車道にいるのも同然だった。しかも、相手は自分達を轢き殺そう

と迫って来ている。

 

「おいッ! 後ろからも車輪が来る…! 避けろ…!」

 

 隆文が叫ぶ。前方から迫ってきていた車輪とすれ違い、後方からの車輪が3人へと襲い掛か

ってくる。

 

 だが、前方からやって来ていた車輪がその方向を修正して、3人の方へと襲い掛かってくる

事は無かった。

 

 すかさず後方から迫って来る車輪もかわそうとする3人。しかし、前方の車輪と合わせて、隙

間無く後方からも襲い掛かってくる車輪を避けるのは至難の業だった。それも、絵倫の言うよう

に、全く『力』を使わない状態では。

 

 隆文は何とか車輪をかわし、香奈も地面に転がるようにして車輪をかわした。だが、前方の

車輪をかわした時に体勢を崩した絵倫は、後方から迫って来る車輪を避け切れそうに無い。

 

「絵倫ッ!」

 

 隆文は思わず叫んだ。そして、彼女を車輪から守らなければ、という彼の意志が、無意識の

うちに、彼の身体組織を活性化させる『力』を使わせてしまった。

 

 爆発的に隆文の身体能力が活性化する。弾丸のように飛び出した隆文は、絵倫の身体をか

き抱え、寸での所で車輪から彼女を救った。

 

 すると車輪は、何かに気が付いたかのように、隆文達の元へと方向転換して来る。すでに避

け切った車輪さえもが、隆文達の方へと方向転換を開始した。

 

「しまった…」

 

 絵倫を救えたのは良かったが、思わず隆文は呟いていた。

 

「ばかね…、わたしの事なんて、放っておけば良かったのに…!」

 

 と、絵倫は、本気で隆文を非難して来る。

 

「そ、そうは行くかよ…!」

 

 迫り来る車輪を前に、隆文はそう言った。前後から襲い掛かってきた車輪が、再びその方向

を転換して、今度は隆文に向って集中的に襲い掛かって来ようとしている。

 

「香奈…! 分かるな…? 『力』を使わない範囲で先を急いで太一達を見つけろ…。奴らと合

流するんだ…!」

 

 1人、車輪の攻撃の範囲から脱出していた香奈に、隆文は言った。

 

 だが、香奈は目の前で仲間のリーダーが危機に瀕しているというのに、自分だけ行ってしまう

という事がどうしてもできなかった。

 

「…で、でも…」

 

「いや、いいから行け! もう時間が残っていない!」

 

 隆文はマシンガンを構え、それを迫って来る車輪に向って乱射した。銃声が鳴り響き、迫って

来る車輪に向って、弾丸が撃ち込まれる。

 

「うおお、早く行け! 香奈!」

 

 隆文のその有様に、香奈は思わず腰を抜かしそうになったが、彼女が行かなければならな

かった。

 

 もしかしたら、太一に助けを求められるかもしれない。そうでも考えたのか、香奈は急いでそ

の場を後にした。もちろん、『力』を使わず、己の肉体から普通の人間が走るほどの速度で。

 

 隆文と絵倫に向って飛び込んでくる車輪は、十数もの数があった。マシンガンを乱射して、彼

は一つの車輪を破壊したが、その車輪は、粉々の姿になっても、隆文達の元へと飛び込んで

来ようとしていた。

 

「絵倫…! お前もまだ『力』を使っていないんだったら、香奈と一緒に行ってもいいんだぜ

…? この車輪達が狙っているのは、俺だけだ。お前の『力』は探知されていない…、だから

…」

 

「あんたが、下手に『力』を使って、逃切れなかったわたしを救っちゃったお陰で、隙間無く車輪

に周囲を覆われているわ…。逃げ場は無いわよ。例えわたしの居所が敵に分からなくても、必

ず轢かれる…」

 

 絵倫は冷静に状況を判断して言った。

 

「う…、そ、それは…」

 

 隆文には言う言葉も無かった。絵倫を救ったお陰で、彼女も一緒に危機に巻き込んでしまっ

ていたとは。

 

 だが、迫って来る車輪の破片を、絵倫は風の『力』を使って偏向させる。そして、隆文と自ら

の身体を守った。

 

「え…、絵倫…?」

 

「でもね…、もしここでわたし達がやられてしまったら、『ゼロ』の元に到達できるのは、太一と

香奈と、あの浅香さんのたった3人だけになってしまう…。それで『ゼロ』を倒せるとはとても思

えないわ…」

 

 そう言いながら、絵倫は自分の周囲に風を集めていった。

 

「え、絵倫…」

 

 どんどん彼女の元へと風が集まっていく。それにつれて、絵倫の『力』が急激に上昇するのを

隆文は感じていた。

 

「2人でこの場所を脱出するわよ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 まるで爆発するかのような衝撃が辺りに振り撒かれ、隆文と絵倫の身体は宙へと舞い上がっ

た。同時に、絵倫の身体から放出された風は、局所的な突風を生み出し、それは次々と車輪

へと襲い掛かった。

 

 突風程度で車輪が破壊される事は無かったが、絵倫と隆文が、車輪の包囲網から脱出する

のには十分だった。

 

 空中に舞い上がった2人の身体は、数メートル離れた地面へと着地し、迫り来る車輪に周囲

を覆われた、絶望的な状況からは脱出していた。

 

「さあ、隆文…! 走るわよ!」

 

 と、絵倫は隆文に呼びかける。

 

「あ、ああ…、だが、お前…?」

 

 だが隆文は、絵倫のある事が気になっていた。

 

「ええ、分かっているわよ! でも、今は走るしかない…!」

 

 自らの身体を奮い立たせるように絵倫は隆文に向って言い放ち、2人はその場から走り出し

た。

 

 もちろん、全速力で走る2人の『力』を感知し、車輪もその後を追跡しだした。十数もの車輪

が、一斉に2人の後を追い出す。

 

「こんなのに追い掛け回されていたら、たまったもんじゃあない! これは、あの車輪に構って

いたらキリが無いって事だ! あの車輪を操っている奴がいたはずだ! そいつを探さなけれ

ば…!

 

 絵倫! 俺は何も感じない! あの、追いかけてくる車輪の気配と、『ゼロ』の気配だけが色

濃く感じられちまって…! あれを操っている奴の居所なんて、感じ取る事もできない!」

 

 全速力で走りつつ、隆文は絵倫に叫びかけた。すると絵倫は、

 

「ええ! 分かっているわよ! だから、今、その気配を感じ取ろうとしているんじゃあない!」

 

 絵倫は再び、その気配を殺していた風を生み出す。おそらく形から、車輪か、それを操ってい

る者の姿を捉えようとしているのだろう。

 

 ほんの数秒もしない内に、絵倫は何か気配を感じ取ったようだった。

 

「この先、前方の方から何かが接近してきているわ! この気配…! ちょうど、人の形をした

何か、よ…!」

 

 絵倫は走りながら隆文に答える。

 

「よし…、そいつが、この後ろからやって来る、車輪を操っている本体だろう…。俺が突っ込ん

で行くから、援護して…」

 

 と、隆文は言うのだったが、

 

「ちょっと! 早とちりしないでよ! わたし達の前方にはまだ、太一達がいるのよ! 彼らかも

しれないわ…!」

 

 絵倫がすかさず隆文を叱咤した。

 

「う…、そ、そうか…」

 

「敵が、わたし達からすぐにわかる位置にいるとは思えないわ…。それにこの車輪…、おそら

く、この研究施設の中に飛び込んで行ったとしても…、その中にまで襲い掛かって来ると思うわ

よ…!

 

 つまり、『ゼロ』をわたし達が倒すのを、妨げようとしている…!」

 

「操っているのが、『ゼロ』本体だったら、どうする?」

 

 隆文は再び走りながら絵倫に尋ねる。すると、彼女の、例え何者に追い掛け回されていても

冷静な思考は素早く回転し、そこに答えを出した。

 

「それは、無いわ…。もし操っているのだとしたら、それは、あの車輪を操っている奴を操って

いるのよ…。それでそいつが、車輪を操っている…」

 

 と、絵倫が言いかけたそこへ、

 

「ならば、私達は、その触媒となっている大男を倒せば良い事になりますね」

 

「あ、あんた…」

 

 隆文と絵倫の前に立っていたのは、舞だった。彼女は既に抜き放っている刀を小脇に抱え、

隆文達のように逃げるのではなく、車輪の方に対して身構えていた。

 

「あなた…、あの車輪の方に向って突っ込んで行くつもり?」

 

 と、絵倫は尋ねたが、舞は、ただただ、向ってくる車輪に対して身構えているだけだった。

 

「ええ、あの車輪を操っている男は、あの車輪の中に紛れ込んでいる…、と私は考えています

から…」

 

「車輪の中に紛れ込んでいる…、だと…?」

 

 隆文は、とっとと車輪から距離を置いて逃げてしまいたかったが、舞は、逃げる事もせず、向

う事もせず、ただ車輪に対して身構えているだけだったので、自分だけ逃げるわけにもいかな

かった。

 

「確かに…、あの車輪の中に紛れ込んでしまえば、この闇と、『ゼロ』の強烈な『力』の気配で、

わたし達には、居所が分からないかも…」

 

 絵倫がそう言っている間にも、車輪は目前に迫ってきていた。

 

「あの車輪は、私達の居場所を正確に探知してくるわ…! 自分と同じ、わたし達の『力』を感

じ取ってね…。だから、こんな暗闇でもあの車輪は正確にわたし達を狙ってくるのよ…!」

 

 それを聞いても、舞はさして驚いた様子は見せなかった。ただ、車輪が迫って来る方向に身

構えているだけだ。

 

「なるほど…、でしたら、私も、『力』を全く使わずに、敵を見つけてみましょうか…」

 

 その言葉に、とっとと、先へと逃げてしまいたい隆文は血相を変えた。

 

「な、何言っているんだ? あんたは? さっきの俺達は、あの車輪を避ける時にだけ、『力』を

使わなかったんだ! もし、全く『力』を使わずに、あんなモノの中に飛び込んで行ったりなんか

したら…!」

 

 だが舞は、

 

「決断を渋る暇はありませんよ…! あなた達は逃げていなさい!」

 

 その一言だけを言い、刀を抜き放ったまま、車輪の中へと飛び込んでいった。

 

「ば、馬鹿な…! おい!」

 

 隆文が制止する間もなかった。舞は、自らの『力』を抑え込み、車輪の中に飛び込むと、彼女

自身の肉体だけで、車輪の動きをかわして行った。

 

 生身の人間が、高速道路の車道に飛び込んでいくようなものだ。いくら舞とは言え、無理があ

るだろう。すぐに車輪に轢かれるだけだ。

 

 そう思っていた隆文だったが、意外にも舞は、暗闇の中でも次々と車輪をかわして行ってい

た。

 

 

 

 

 

 

 

 確かに己の『力』を抑え込めば、いつもよりも動きは鈍くなり、直感も薄れる。自分の身体が

持っている、運動能力そのものを使って動くしかない。

 

 だが舞は、元々持っていた類まれな運動能力を使い、車輪の猛攻をかわして行った。

 

 絵倫の言っていた事は本当だ。確かに、この車輪達は、自分らの『力』を感じ取って追跡して

くる。もし『力』を全く使わないのであったら、車輪は盲目となり、ただ直線で動くものでしかな

い。

 

 そうであっても、十数の車輪が通過する位置にいるのは、生身の人間には自殺行為でしかな

いだろう。

 

 舞は自らを落ち着かせ、集中力を発揮し、車輪を避けて行った。

 

 いや、ただ車輪を避けるだけでは駄目だ。舞は、車輪を避けつつも、周囲を警戒し、あるも

のを探していた。

 

 『力』を感じていないという事は、敵の『力』を感じる事もできない。だから舞は暗闇の中で視

認することしか出来なかった。

 

 舞は地面を転がりつつ、最期の車輪を避け切った。

 

 と、そこへ、彼女の背後へと迫る者がいた。舞は、ほんのわずかな気配でそれを感じ取っ

た。

 

 もちろん相手の『力』を感じる事は、今の彼女にはできなかったが、背後で動いた空気やほ

んのわずかな音で、舞はそれに気付いた。

 

 背後から大男が迫ってきていた。その大男は、巨大な車輪をその手に持っている。『ゼロ』と

酷似した姿のその男は、舞の背後へと迫ってきていた。

 

「私の読みは当たっていました…。あなたは逃げも隠れもしていない。自らの放った車輪と共

に、私達を追跡していたのですね…。

 

 今まで発揮していた私達の『力』が、突然途切れれば、さすがにあなたも不審に思うでしょう

…。直接、気配が途切れた場所を叩きに来るのではないかと思いました。あの車輪は、盲目

的に『力』だけを追跡するのでしょうが、あなた自身は、目でものを見ているようですからね…」

 

 舞のその言葉を聞いて聞かずか、大男は、彼女に向って車輪を振り下ろしてきた。車輪は直

径1メートル50センチはあろうかという大きさのもので、人間だったら簡単に押し潰されてしま

うだろう。

 

 だが、大男はそれを舞に向って、常人では避けきれないほどのスピードで振り下ろしてくる。

 

 瞬間。舞は、自らの『力』を発揮した。彼女の肉体のありとあらゆる能力が活性化され、爆発

的な身体能力が生み出される。

 

 彼女は振り下ろされてきた車輪を避けた。地震でも起こりそうな衝撃が当たりに広がる。大

男が振り下ろした車輪は地面を抉る。次いで、背後へと飛び退っていた舞に向って、大男は更

にその車輪を突き出してきた。

 

 避けきれない。そう思った舞は刀を盾にして大男の車輪による攻撃をガードした。

 

 走行中の車でも直撃してきたかのような衝撃が彼女を襲い、舞の身体は大きく背後へと押し

飛ばされる。

 

 直接の武器としての車輪は相当な破壊力があった。

 

 更に大男は、再び『力』を解放した舞に向って、追跡弾としての車輪をけしかけようとする。

 

 舞の『力』を感じ取った車輪の幾つかは、彼女へと向って方向修正をし、一気に走り出してき

た。

 

 だが、やって来たのは、車輪だけではなかった。

 

 素早く、影のように動く者の姿があった。その者は、車輪に追跡される事なく移動し、大男の

背後にまでやって来る。

 

 大男は、その者が、自分のすぐ背後にまでやって来た事に、すぐには気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 太一は、大男の背後に近付くまで、誰にも気配を感じ取られない事に成功していた。車輪に

も、仲間にすら気配を感じられない彼は、大男を射程の中に収めていた。

 

 さすがに背後に回られたとき、男は自分の気配に気が付いたようだったが、それは遅かっ

た。

 

 太一は警棒を振り下ろし、男の持っている車輪を打ち砕いていた。更に、彼は回転しながら

警棒を振るい、男の巨体を、スタンガンのような電流が流れる警棒で何度も打ちつける。

 

 それは、相手にとって致命傷にはならなかったが、大きく相手を怯ませた。

 

 電流は、一瞬流れただけではなく、青白い光を放ちながら、男の身体に流れ続けた。それ

は、拷問のような苦しみに違いなかったが、男は、再びその手中に、車輪を形成しようとする。

 

 この男は、敵を追跡する車輪を形成する『能力』の持ち主であるようだった。車輪とは言って

も、ただの瓦礫の寄せ集めでしかないようだったが。

 

 太一は男にとどめを刺そうとしたが、最期に、巨体の男に、決定的なとどめを刺したのは舞

だった。彼女の刀の刃が走り、男の身体を車輪ごと両断する。

 

 真っ二つに切り裂かれた男は、大型動物にも似た咆哮を上げ、その切断された身体からは

血ではなく光のようなものを放出しながら、地面へと崩れ落ちた。

『紅来国』《青戸市》隔離施設

 

12月4日 4:13 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 大男を倒した一行は、『ゼロ』がいると思われる研究施設の入り口へとやって来ていた。《青

戸市》に上陸した時は、9人だった一行も、今では、太一、香奈、隆文、絵倫、そして舞の5人

にまで数を減らしていた。

 

「研究施設の表口はここだ。だが、例の地下隔離施設は逆の北側の端っこまでいかなきゃあ

ならない…、そこに、隔離施設へと続く扉がある」

 

 隆文は、激戦の間に薄汚れ、時々エラーを起こすようになってしまった電子パットに地図を表

示し、隔離施設の内部構造を表示させていた。

 

 再び周囲は静かになっていた。5人が歩く音、研究施設の扉を開く音だけが、《青戸市》中に

響き渡りそうな程だ。

 

 研究施設はとにかく殺風景に作られていた。今でこそ、内部に侵入した彼らの懐中電灯が照

らす壁や床は薄汚れ、埃や瓦礫が漂っていたが、それでも、白い壁や、すっきりとした内装の

雰囲気は変わらない。

 

 これが、実際に研究施設が稼動していた時は、更に白い空間が広がっていた事だろう。

 

 だが、5人にとっては、この研究施設から感じられるものは、ただ無機質で、必要以上に清潔

さが保たれている空間ではなかった。

 

 施設の廊下の奥から、はっきりと感じ取れる気配が漂ってくる。それは毒ガスのようなものに

も感じられるし、ただ肌で感じるもの、頭が勝手に、何かが漂ってきていると錯覚しているよう

にも感じられる。

 

 だが、5人ともその気配ははっきりと感じていたのだ。

 

「間違いない、あいつはこの建物の奥にいる。それがはっきりと分かった。外にいた時は、気

配が広がりすぎていて分からなかったが、今でははっきりと分かる…」

 

 施設の奥の方へと歩を進めながら、隆文が、半ば震えた声で呟く。

 

「ええ…、まるで押し潰されてしまいそうな気配だわ…。確かに地下の方から漂って来ているわ

よ…」

 

 と、絵倫。

 

「地下の隔離施設までは、まだ大分距離があるのでしょう…? それなのに、ここまではっきり

と、『ゼロ』の『力』を感じる事ができるとは…。あの者の『力』もそろそろ臨界点という事なので

しょうか…」

 

 舞が言った。

 

「臨界点…、という事は、じゃあ…」

 

 恐る恐る香奈が呟く。

 

「また、大爆発を起こして、外に『力』を解放するのかもな…? 以前は俺達が近付いたとき

に、奴は大爆発を起こした。今回も俺達が近づいて行けば、奴はまた興奮して何をしでかすか

分からない…」

 

 施設内に太一の声が響き渡る。

 

「だが、俺達が何もしなかったら、『ゼロ』は誰にも止める事はできないぜ…?」

 

「ああ、分かっている。言って見たまでさ」

 

 珍しく曖昧な疑わしい事を言った太一に、隆文はちらりと怪訝そうな眼差しを送った。施設内

の暗闇では、太一の顔を見る事はできなかったが。

 

 また、さっきのような、『ゼロ』に酷似した姿の者達が姿を現すかもしれない。周囲に警戒を張

り巡らせながら、太一達は歩を進めていった。隆文が持つ電子パットの案内で、とりあえず、道

には迷わずに隔離施設に辿り着けそうだった。

 

「ところで…、皆?」

 

 香奈が、突然皆に呼びかけた。

 

「どうした?」

 

 『ゼロ』に近付いているという緊張感のせいなのか、隆文の声は少し震えて香奈には聞えて

いた。

 

「さっきまでの、襲って来た人達は、一体何なの…? そういえば、この場所だけでなく、『NK』

や、『帝国』での絵倫達は襲われたんでしょう? 似たような姿の人達に…」

 

 会話をしつつも、一行は隔離施設を目指して歩みを進めていた。

 

「ああ…、確かに襲われた…。というか、俺達に襲ってきた奴は、影に潜む『能力』を持ってい

たらしくてな、あまり姿は見ていないんだが…、人間離れした奴だったよ…」

 

「『ゼロ』に似ていると言えば似ていたわね…。姿だけじゃあない。感じられる『力』の気配も、ど

ことなくあいつに近いものがあったわ…」

 

 と、隆文と絵倫が口々に言った。

 

「じゃあ、一体、何なの…?」

 

「彼らは、『ゼロ』というよりも、むしろ我々に近い存在なのではないのかと、『帝国』側では見て

います」

 

 香奈の疑問に対し、舞が答えようとする。

 

「あ…、あたし達に…?」

 

 香奈は戸惑って言った。

 

「言われて見れば、そうかもしれないわね…。『ゼロ』に近いという事は、必然的に、彼と同じ実

験を受けたわたし達に近いという事でもあるから…、ね」

 

「ええ…。それが何を意味するか分かりますか?」

 

 説明する舞。彼女は『SVO』のメンバー達に、質問を促してくる。

 

「ちょうど、高濃度の放射線が人体に影響を及ぼすかのように、『ゼロ』の『力』は、彼らに変化

を与えたのね…?」

 

 そう答えたのは絵倫だった。

 

「この《青戸市》に上陸してからというもの、襲撃してきたあの3人の男女ですが…、あの者達に

関してはその推測は当てはまりません…」

 

「確かに…。だが、今の『ゼロ』の『力』は、想像を絶するほどのものだ。それだけで突然変異を

起こしたとは考えられないか? おそらく、この《青戸市》に不法移住していた奴らがよ…」

 

 隆文はそう答えを出しつつも、先頭を歩き、皆の道案内を続けていた。

 

「それは考えにくい。この《青戸市》に不法移住している者達が、たまたまそうなるか?」

 

 背後を警戒している太一が、隆文に答えた。

 

「だから私は、彼らは、『ゼロ』の影響で突然変異を起こした人間達とは違うものだと考えてい

ます」

 

 舞は答えた。

 

「では、彼らは一体、何者なのだと、考えているの? あなた達は?」

 

 絵倫が質問した。

 

「これは、あくまで我が国の軍が出した結論などではなく、私一人の個人的な考えと思って下さ

い…。私は専門家などではありません。ただ、彼らの『力』を感じる事ができる人間の一人では

あるのですけれどもね…。

 

 私は、彼らは、私達と同じように、『ゼロ』と同じ実験を受け、『力』を引き出された者達なのだ

と考えています。つまり、この《青戸市》の地下実験施設で『力』を引き出された者達…。我々と

全く同じ人間なのだと思っています」

 

 舞の出した、一つの答えに、一同は押し黙った。どう答えたらよいのかも分からない。今は、

ただただ、前に進む事しかできなかった。

 

 だがやがて、舞のすぐ後ろを歩いていた香奈が口を開く。

 

「では、何故今になって彼らは動き出したのですか…?」

 

「おそらく…、我が国も、あなた方の国の調査団も発見できなかった者達なのでしょう…、彼ら

は。それが、『ゼロ』がこの地に戻って来た事で、彼によって目を覚まされた…。そう考える事も

できるでしょう…。

 

 見た所、彼らには自分の意志は無いようでした…。だからもしかしたら、完全に『ゼロ』の意

のままに操られていたのかもしれません…」

 

「あの、しつこさと言い、戦い方と言い、奴らは『ゼロ』そっくりだったな…。あんたの推測どおり

かもしれないよ…。

 

 って事は、上陸作戦の時に襲ってきた瓦礫の巨人と同じなのかもな…? ただの瓦礫が『ゼ

ロ』の『力』でもって動かされて、俺達に襲い掛かるようになるってな…」

 

 隆文は答えた。一行は角を左側に回り、比較的開けた通路へと出た。がらんとしており、空

気はとても埃っぽい。懐中電灯の光により、無数の細かい塵が照らし出されている。

 

「皆、ここが、地下隔離施設へと通じるメイン通路だ…。この先に扉があり、少し階段を下って

行けば、大型エレベーターがある…。そして、その下が…、『ゼロ』のいる隔離施設というわけ

か…」

 

 隆文は先の通路を懐中電灯で照らし出し、その様子を確認しようとしたが、光は闇に吸い込

まれてしまい、視認はできなかった。

 

 電子パットの建物見取り図を参考に進むしかないようだった。

 

「『ゼロ』がいるって言う…、その隔離施設…」

 

 前に進んで行く隆文達の後について行く香奈が、ぼそりと尋ねた。

 

「私達が、何十年もの間、眠っていたという施設ですか…」

 

 そう答えたのは舞だった。

 

「その場所に、あたし達は戻ってきたという事ですね…。何年ぶりだろう…? 5年ぶり? で

も、何年ぶりかなんていう感覚、あたしには無くって、初めてくる場所だけれども…」

 

「ええ…、そうね香奈…。でもね、それはわたし達だって同じよ…。記憶を消されたんだから無

理も無いわ」

 

 絵倫がそう答えた時、一行は分厚いシャッターが降りる事のできる場所をくぐった。そこから

先は窓も何も無く、照明もついていない為に、深淵の底に潜り込んでいくかのようだった。

 

「つまり、我々は、始まりの地に戻って来たというわけか…」

 

 そう呟いたのは太一だった。

 

 それから一行は、幾つかの通路を通り、階段を幾つも降りた。頼りになるのは、隆文の持つ

電子パットの地図だけで、懐中電灯を頼りに恐る恐る進むしかなかった。

 

 もちろん、まだ敵が、一行は、『ゼロ』からの刺客と見なしていたが、彼らが現れないかと警戒

もしていた。

 

「少し…、心配だ…」

 

 隆文が呟く。その時、一行はちょうど階段を下っている真っ最中だった。

 

「浩達の事を言っているの…?」

 

 絵倫が尋ねた。

 

「ま、まあな…。置いてきちまったのは俺だし…、あいつらが、そう簡単にやられるような奴らじ

ゃあないって事は俺も分かっている…、だが、今回ばかりはちょっとな…」

 

「わたし達も、これから死地に飛び込んでいくのよ。お互い様って考えられない?」

 

 と、絵倫が言うと、

 

「だがな…、俺は死にに行くつもりは無いんだぜ…。確かに『ゼロ』は倒す。もちろんその意志

について変わりはない。だが、そこで死ぬつもりはない…。俺達は確かに奴と同じ存在だが、

奴じゃあない…」

 

 珍しく隆文は、はっきりとした口調と、確固たる意志を見せる。彼の声は、通路に響き渡っ

た。

 

 すると舞は、

 

「…、渡辺さん…。あなたは、"最終攻撃"について、もちろん知っているはずですが…?」

 

「ああ、もちろん知っている。だがな、それはあんたらの作戦だろう…? 俺はそう簡単に死ぬ

気は無いって覚えておいてくれ」

 

「"最終攻撃"がどのようなものかは、あなたもご存知のはずです。高威力原子砲を使うのです

よ? 爆心地の半径数kmは、完全に壊滅状態になりますし、《青戸市》のこの付近にいれば、

間違いなく被爆を」

 

 だが隆文は譲らなかった。

 

「分かっている。分かっている。だが、あんたはこんな所で死ぬつもりなのか? 『ゼロ』と、同じ

実験を、確かに俺達は受けた。だからって、こんな場所を、あんたは死に場所に選ぶつもりな

のか?」

 

 しかし隆文の言葉とは、相反する答えを舞はするのだった。

 

「私は、『ゼロ』を止める為でしたら、全てを擲つ覚悟でいます。現に今までもそうして来ました」

 

「そういう自分が利用されているっていう事を、考えた事は無いの? あなたは?」

 

 今度は、絵倫が尋ねる。

 

「…、確かに、ロバート・フォードは、私を国防長官に仕立て上げ、『ゼロ』を監視させようとしま

した…。ですが、私が今、生きる道は『ゼロ』を止めるという事です。それは結果的に人類を救

う事になりますし、私自身を救う事にもなります…」

 

 舞の言葉が、地下施設に反響していく。その言葉が反響し終わるのまでには大分時間がか

かった。

「安心しな…、俺達だって、同じ気持ちさ…。ただ、ここでくたばるつもりは無い…。それだけは

そう思っている」

 

 階段を降りきった一行は、広い空間へと出ていた。しかしそこは、ただ広いという事が分かる

だけで、どのような姿をしているのかは分からない。

 

 ただ、隆文の持つ見取り図には、その空間の形がはっきりと記されていた。

 

「ところで…、"最終攻撃"を行うっていう艦隊は、いつ到着するんだ…?」

 

 隆文が舞に尋ねる。

 

「残り2時間か…、そのくらいで、高威力原子砲の射程距離内に入るでしょう…。それまでに私

達は、『ゼロ』を地上におびき出さないといけません…。地下に彼がいたままでは、ほとんど原

子砲の効果は無いと言っていいでしょう…」

 

「2時間か…。奴の元に辿り着けるか…? ここにあるエレベーターは動力なしでは動かない

…」

 

 と言った太一。彼は施設の見取り図を見ずとも、その構造を把握しているようだった。

 

「エレベーター?」

 

 絵倫が隆文に聞いた。

 

「あ、ああ…。ここに、大型エレベーターがあるんだ…。この施設の最深部に通じるはずのな

…。太一、覚えていたのか…?」

 

 すると太一は闇の中から答える。

 

「ああ、もちろんな…」

 

 彼の言葉にはどこか含みがあり、裏の意味を持っているようだった。

 

「しかしここのエレベーター…、地下3キロまで伸びているぜ…。動力が無いって事は非常階段

を使わなきゃあ、ならない…」

 

 その言葉に、香奈は少し反応してしまった。

 

「さ、3キロって…、3,000メートル? 今、降りてきた分を合わせても、大きな山の高さと同じ

なんじゃあ…?」

 

「行くしかないでしょう…。本部との連絡が、『ゼロ』の影響で取れないですし、地下では衛星に

よる援護も受けられません。あと2時間で間に合うかどうかは分かりませんが、とにかく降りて

行くしかないのです…」

 

 舞がそう言い、一行が仕方なく大型エレベーターへの非常階段を降りて行こうとした時だっ

た。

 

 突然、完全に死んでいたと思われた、地下隔離施設に、奇妙な音が鳴り響いた。それは機

械音であり、地下の底から広がるかのように施設中に広がって行く。

 

「な、何だ? 何が起こった?」

 

 隆文達がその状況を把握する時間も無く、突然、施設内の照明が点灯した。

 

 思わずその眩しさに目を瞑る彼ら。だが、再び目を開いたとき、彼らには、地下施設の全貌

が現れようとしていた。

 

「照明が…、一体、どうやって…? どこから電気が?」

 

 香奈が思わず声を上げていた。

 

「エレベーターの動力も入っている。大分老朽化しているが、使えるようだ…」

 

 隆文が、大型エレベーターに飛び乗り、素早く動作を確認した。

 

「この施設で『ゼロ』を発見した者の記録にありました…、彼も、このエレベーターを使用したよ

うです…。そして、この施設内の動力も、彼が来た時には入っていたそうです。どこかに動力が

残っているという事は考えられません。もう破棄されて60年以上も経っている施設なのですか

ら…」

 

 舞がエレベーターに乗りながら言った。

 

「それだけではない…、『NK』の調査部隊がここに来たときにも動力はあった。正確に言うと、

この地に脚を踏み入れた時、どこからか誰かが動力を入れたと考えるのが妥当だがな…」

 

 そう言ったのは太一だった。全員、エレベーターに乗った事を確認し、隆文は、エレベーター

の降下スイッチを押す。

 

 斜め45度の角度をエレベーターはスライドしながら降下していく。

 

「太一、まるでその場にいたかのような、言い方をするんだな…?」

 

 太一の方を振り返り、隆文が言った。

 

「『NK』の《青戸市》調査部隊の報告書を、俺は読んでいたのでな…」

 

 彼はそう答えるだけだったが、

 

「隠そうとしても駄目よ、太一。読んでいた、じゃあなくて、その場にいたんじゃあないの? あ

なた」

 

 絵倫も隆文と同じように質問する。

 

「それは…」

 

「ねえ、隠し事は無しにしよう! これから、皆がお互いに信頼して戦わなくちゃあならないって

時に、隠し事なんてしていたら! ねえ、太一!」

 

 香奈が太一の側で、必死になって嘆願する。

 

 地下施設の最深部へと降りていくエレベーターの中、太一はようやくその重い口を開こうとし

ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さっき…、あの車輪を持つ大男にお前が奇襲をしかけた時の話だ…。

 

 お前は、確かに『力』を解放していた。なのに、車輪どころか、敵にもその動きを気付かれて

いなかった…」

 

 下へ下へと斜め45℃の角度を降りて行くエレベーターの上で、隆文は太一に尋ねる。

 

それには、まるで地の底から溢れ出すように感じられる『ゼロ』の気配を、少しでも紛らわそうと

する意識があったのかもしれない。

 

 太一は、いつもと変わらない眼差しで隆文の方を見返した。どう答えたら良いのか分からな

いのか、それともただ単に答えたくないのか、隆文には分からなかった。

 

 そこへ、香奈がやって来る。

 

「あの、リーダーさん、太一は…、」

 

 香奈は2人の間に割り入って何とか言おうとしたが、それは太一によって遮られた。

 

「いや、いいんだ。俺から話す。もう皆知っておいても良いだろう」

 

 太一は皆の方を振り返り、軋んだ音と、重厚な音を同時に放っている昇降機の上からでもは

っきりと聞き取れる声で言った。

 

「太一、どういう事だ?」

 

 と、隆文。やがて太一は口を開いた。

 

「俺は、君達のように『ゼロ』と同じ実験を受けて『力』を引き出されたのではない。俺は3次大

戦前の人間じゃあないし、君達の時代の人間でも無い。つまり、俺は君達とは違うという事だ。

 

 確かに『高能力』は使えるかもしれないが、それは先天的なものだ」

 

 しかし、皆さほど驚かない。今まで一緒に行動していた香奈、隆文、絵倫は、うすうす太一が

『SVO』のメンバー達とは違うという事を感じていたからだ。

 

 その中でも、舞もそれほど驚いてはいないようだった。

 

「俺は原長官と計画し、君らを『SVO』として組織させた人間の一人だ。そして、君達が『力』を

利用した危険な行動に走らないための、監視役として『SVO』の一員となっていたわけだ。

 

 そう、そもそも、俺がこの地で君達を発見したのだからな…」

 

「え?」

 

 香奈が思わず太一に言った。

 

「我々は、《青戸市》の地下に眠る、危険な存在を察知し、それを回収しようと6年前、この地に

調査に向った。そこで地下に眠っていた君達を助け出したというわけさ…」

 

「あなたが、あたし達を救出したの?」

 

 香奈が続けて太一に尋ねる。

 

「そう、君達が『ゼロ』と同じような存在にならないために…、さ」

 

 太一の声は、唸りと軋みの音を激しく上げながら、地の底へと降りて行くエレベーターの中で

も、強い響きを持っていた。

 

「なるほどね…、それで色々な事が分かったわよ。太一」

 

 と、絵倫が言い、隆文が反応する。

 

「どういう事だ? 絵倫…?」

 

「あなたはいつも、何が起ころうとも大して動じる事は無かったわ…、どんな事が起こったとして

も、まるで、そんな事が起こる事を、前々から知っていたかのように…、ね」

 

 絵倫の目は、今では疑いの目ではなく、確信の目へと変わっていた。だが、太一を非難する

ような口ぶりではなかった。

 

「一つ、断っておくが、原長官も言っていたように、俺達は『ゼロ』があそこまでの存在だったい

う事は、本当に知らなかったという事を断っておきたい…」

 

「ああ…、分かっているぜ、太一。お前がどんな目的で俺達と一緒に行動しているにせよ、『ゼ

ロ』を倒すって言う気持ちは一緒なんだろ?」

 

 隆文が太一に確認を取る。彼は黙ってうなずいた。

 

「だったら、安心だな…。もう、俺達が実験された事とかは、恨んでいたりしない…。いやむし

ろ、お前がいなかったら、俺達は今でもこの施設の地下で眠っていたのかもしれないしな…」

 

 太一が秘密を明かしている間にも、エレベーターはどんどん地下へと降りて行っていた。

 

 60年以上も前に建設され、数年前に2度、それも10年の間隔を置いて動かされただけのエ

レベーターは、いつ停止しても不思議ではないかのような音を立てながら、着実に地下へと降

下していった。

 

 エレベーターが降りてきた方向を振り返れば、ずっと深い井戸の底にいるかのようだ。そして

更に深い地の底まで、エレベーターは伸びている。

 

「『ゼロ』の気配が、どんどん強くなって来ているわ。そして、彼も分かっていると思うわよ…、わ

たし達の接近を…」

 

 エレベーターの降りて行く先を見つめ、絵倫は言った。

 

「ああ、それと、どうやら奴はもうこれ以上、刺客を送るつもりは無いらしいな。照明を点けて、

エレベーターを動かしたのも、奴の『力』が動力に流れ込んだせいだ、あいつは、機械を乗っ取

って、操れるらしいからな」

 

 隆文も、同じように地の底を見つめた。

 

「では、今度は奴はこの施設自体を乗っ取ったという事か?」

 

 と、太一。

 

「ああ、そう言えば、お前は『ゼロ』の『力』を感じる事はできないんだったな? 奴の『力』が、そ

こら中から感じられる…。照明や動力パイプだけじゃあない、このエレベーター自体からもな

…」

 

「ま、まるで、『ゼロ』の体内にいるかのような気分だよ…」

 

 半ば青い顔をした香奈が答えた。

 

「こんなに、こんなに、大きな存在だなんて、今までで初めて感じた」

 

「ええ、彼の体内に入り込んで行く感覚…、私も似たようなものを感じます。まるでこの施設全

てが彼自身であるかのようです」

 

 舞も『SVO』のメンバーと同じ気配を感じ取ったようだ。

 

「あいつは、わたし達もろとも、この施設を飲み込んでしまうかもしれないわね? でも、やっぱ

りわたし達は、あの『ゼロ』にとって、特別な存在なのかしら? いつもいつも、あいつは簡単に

人を消す事ができるのに、わたし達だけは、特別扱いをしている…」

 

 絵倫がそう答えた時、一行の視界にはエレベーターの底が見え出していた。

 

 エレベーターが最深部に到着するまで、誰も口を開こうとはしなかったが、底に到着する重々

しい音と共に、太一はその口を開いていた。

 

「それは分からないが、奴とまた対峙すれば、分かるかもしれないな?」

 

 

 

 

 

 

 

 隔離施設の最深部は、完全に外界から隔離されたようになっており、全く外部からの音や空

気は入り込んでいないようだった。

 

 黴臭くも無く、冷たい空気が流れている。それはこの施設に、60年近くも溜め込まれた空気

であるようだった。

 

 照明は薄暗く、足元を照らしている、青色の照明が一行の行く手には伸びていた。

 

「この先に、中央制御室がある。『ゼロ』と、あんたはそこの隣の部屋に隔離されていたんだっ

てな?」

 

 隆文は舞の方を振り向き、言った。

 

「ああ、この中の構造はよく覚えている」

 

 だが返事をしたのは太一の方だった。

 

 最深部まで降りてきたエレベーターを降りた一行の前に現れたのは、巨大なパイプを周囲に

走らせている、トンネルのような横穴だった。

 

 乗ってきたエレベーターの深さと合わせ、とても人工的に作られたものはとは思えないほどの

巨大さをこの施設は持っている。しかも、隆文の持つ電子パットに収められている内部構造図

によれば、この先にも巨大な空間が広がっているらしかった。

 

「こっちだ。俺は奴の気配を感じる事はできないが…、『ゼロ』がかつていた場所になら案内す

る事ができる」

 

 そう言い、太一は横穴の方へと向い出した。

 

 後のメンバーも彼に続いて行く。

 

 まるで深淵の底へと続いているかのように長いトンネルを彼らは歩いていった。どうやらそれ

は幅の広く天井が高い通路であるようで、両側にも幾つもの部屋があるようだった。

 

 おそらく60年前は、日夜ここで研究が行われていたに違いない。今は全くその気配は無い。

ただの洞穴のようになってしまっている。

 

 太一は両側に並ぶ部屋には興味を示さず、ただ奥の空間を目指して行っていた。

 

 やがて一行は、少し広い空間に脚を踏み入れた。その更に奥には巨大なシャッターが、半分

閉まりかけの状態で降りていた。

 

 人がその下を潜り抜けるには、十分な高さにまで降りている。

 

 太一は、そのシャッターの手前で脚を止めていた。

 

「あそこが、中央制御室だ。つい最近、俺達より前に誰かが来た形跡がある…」

 

 太一は静かに呟いた。だが、彼の背後にいる仲間達は、ほとんど口も開けないような状態だ

った。

 

「どうした?」

 

 太一が香奈に尋ねた。

 

「いる、いるんだよ。あいつが、『ゼロ』が、間違いなくそのシャッターの向こうにいるんだよ」

 

 震える声で香奈は言っていた。闇の中で薄っすらと見える表情は半ば恐怖に震え、身体も強

く緊張している。

 

「奴は、俺達を見ている。いや、ずっと見ていたんだろうな。『ゼロ』は『力』でずっと俺達の事を

ここから見ていたんだ」

 

 隆文は、恐怖をこらえようとしているようだったが、声が強張っていて、逆に怖れている事を

強調していた。

 

「もう後戻りはできません。いよいよ彼と決着を着ける時です」

 

 その中でも、舞の声と表情は一段と冷静ではあった。

 

「ええ、覚悟ならいつでもしているんだから、何を今更という感じよ」

 

 絵倫はそう言って、平静さを保とうとしているらしい、だが声は緊張している事がはっきりと分

かる。

 

 太一は、仲間達が間近で直に感じている、強烈な『ゼロ』の気配を感じる事ができなかった。

だが、それがどれほどのものであるかは、百戦錬磨の彼らの声が震え、表情に恐怖が表れて

いる事からも理解できる。

 

 『ゼロ』の気配を感じる事ができないのは幸か不幸か、それはすぐに理解できる。

 

「行くぞ…!」

 

 太一はそれだけ仲間に言い、先陣を切ってシャッターの方へと向った。

 

 恐怖を感じていない太一を先頭に、香奈、隆文、絵倫、そして舞も後に続く。シャッターは、潜

りもせずにただ通り抜けることができるほどの高さに上がっていた。

 

 その先の空間は広く、太いパイプや配線が一箇所に集中する形で配置されたフロアになって

いた。照明は灯っていなかったが、配線やパイプがぼうっとした青い光を放っていた。

 

 空気はひんやりとしていて肌寒い。まるでこのフロアだけが氷点下にまで下がっているかの

ようだった。

 

 そして、その男は、配線やパイプ類が集中している中心部に、まるで佇むかのように座って

いた。

 

 普通の人間が見れば、彼はただの人間にしか見えないかもしれない。それはむしろ痩せ型と

も取れるほどの体格の男であったからだ。

 

 しかし何よりも目を引くのは、その頭髪が、青色に変色し、体色までも青白い事だった。

 

 たとえ、『能力』の事を全く知らない普通の人間が彼を見ても、明らかに人とは違う存在だと

いう事が理解できただろう。

 

 『ゼロ』は、静かに制御室の中央で佇んでいた。周囲に振り撒いている気配とは対照的に、

彼自身は非常に落ち着き、まるで瞑想でもしているかのように座っていた。

 

 揺れ動きながら、彼の体からうっすらと光のようなものが溢れ出している。それは、制御室の

動力チューブに流れ込み、死に絶えた隔離施設にエネルギーを送っているようだった。

 

 彼の体から溢れている光は、『ゼロ』の気配を感じる事のできない太一であっても、視認する

事は可能だった。

 

 制御室に『SVO』と舞の5人が入って入ったとき、『ゼロ』はあまりに落ち着き払った姿を見せ

ていた。まるで、誰かが入ってきたという事に、気付いてさえいないようだった。

 

 これが、2つの大都市をたった一人で破壊した男なのか。そう疑ってしまえるほど、今の『ゼ

ロ』は落ち着いているようだった。

 

 だが、太一を先頭にし、一行がある距離まで近付くと、『ゼロ』はその目を静かに開くのだっ

た。

『紅来国』《青戸市》地下隔離施設

 

4:33 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 太一が近付いていこうとすると、『ゼロ』はその目を開いた。まるで見開かれたかのような彼

の眼は、不自然なまで青い色に染まった瞳を解放していた。その視点は、はっきりと太一の方

へと向けられる。

 

 太一と『ゼロ』が、ほんの5メートルという距離で対峙する。太一は、『ゼロ』の気配を肌で感じ

る事はできなかったが、すぐに背後にいる隆文が警戒した。

 

「気を付けろ!太一!そいつ、何かをするつもりだ!」

 

 隆文は太一に叫びかけ、接近しすぎていた彼は、素早く『ゼロ』から距離を取る。

 

 『ゼロ』の方はというと、佇んでいた姿勢からゆっくりと身を起こした。

 

 再び一行の前に現れた彼の姿は、異形の姿に変化していた今までの彼の姿ではなく、あくま

で人間として違和感が無いような姿だった。

 

 体に妙な幾何学模様が現れる事もなく、長い年月の間に伸びきってしまったのであろう髪

は、だらりと肩に垂れ下がったままだ。

 

 じっと太一達の方を見つめながら、『ゼロ』はゆっくりと彼らに近付いていこうとする。その姿

は力が抜け、どこか頼りが無い。

 

 しかし、体からは変わらず光のようなものが漏れ出し続けていた。

 

「これが…、『ゼロ』?あの『ゼロ』なの?」

 

 香奈が思わず言った。

 

「見た目に騙されてはいけません!『ゼロ』はこの状態でもかなりの『力』を有しているはずで

す!しかし…、これは…、これは、私たちの隔離施設から逃走した時の彼とは…、何かが違う

…!」

 

 舞が警戒しながら太一達に呼びかける。

 

「ええ…、こいつ…、今、物凄い『力』を内在させているわよ…。これは、『帝国』を襲った時より

も、ずっと物凄いわ…!」

 

 絵倫が、半ば震える声で言った。

 

「ああ…、凄まじい『力』だぜ…。いつ爆発してもおかしくないくらいのな…!もう臨界点は超え

ちまっているのかもしれない…」

 

 『ゼロ』は、おぼつかないような足取りで、ゆっくりと5人の方へと近付いてくる。

 

「太一…、そいつから距離を取れ…」

 

 隆文が、『ゼロ』の様子を伺いながら太一に言った。

 

「俺達の目的は、こいつを倒す事だぞ…」

 

 太一は静かに反論する。だが、

 

「お前には分からないんだろう?今、そいつがどんな状態なのか!どれだけヤバいのかって事

が!」

 

 珍しく隆文は声を上げる。

 

「『力』の臨界点に超えるか、超えないか…、そんな所で波打っている感じ!いつ爆発してもお

かしくない!」

 

 香奈が叫ぶ。その間も、『ゼロ』は、ゆっくりと太一達の方に向って歩みを向けてくる。

 

 太一は、『ゼロ』の方へと目を向け、彼がどのような行動に出るのか、警戒をしていた。やが

て『ゼロ』は5人の方へと向けていた足を止め、猫背の姿勢のまま、全身を深く呼吸させるかの

ように一定のリズムで動かし始める。

 

 その『ゼロ』の動きは、ほんの数秒ほど続いた。そして、

 

 心臓が脈動するかのような音は、その場にいた誰もが聞いた。

 

 だが、その音はあまりに巨大すぎるせいで、『ゼロ』から発せられたものであるという事は、す

ぐには誰にも分からなかったのだ。

 

 地下施設に響き渡るかのような『ゼロ』の鼓動音。その正体に真っ先に気付いたのは舞だっ

た。

 

 『ゼロ』が身を屈め、そんな彼の体からは、どんどん光が溢れ出している。光は漏れ出す勢い

を加速させ、それはまるでガスのように充満していっていた。

 

 彼の体が小刻みに震え、やがてそれは痙攣とも取れるような動きと化す。

 

 『ゼロ』は、人の声とは似つかないような咆哮を上げていた。それは、明らかに人の声帯から

出せるような声ではない。

 

 深く、大きく、地下施設全体に響き渡っていた。

 

 地震にも似た衝撃が5人に襲い掛かった。同時に、『ゼロ』の体から発せられたのであろう

か。衝撃波も彼らを煽る。

 

「何だ!?何が起こったーッ!?」

 

 隆文が訳も分からない様子で叫ぶ。

 

「これは…、この感覚は…!」

 

 絵倫も衝撃波の中で叫んでいた。周囲では、制御室の計器類がはじけ飛び、配線はショート

して火花が散っていた。

 

「何だ?どうなるんだ?一体?」

 

 太一も叫んだ。

 

「『力』の臨界点が…!来る…!」

 

 香奈は、激しい衝撃波の中で確かにその感覚を感じ取っていた。

 

 『ゼロ』の方へと目を向ける5人。

 

 彼の体からは、発光体が、ガスのように放出され、彼自身は、脈打つかのような痙攣を続け

ていた。

 

 やがて、彼の背中の一部分が、奇妙な形に蠢き出した。

 

「おいおい、何だ!?変身でもするってのか!?」

 

 隆文はうろたえつつも言った。

 

「臨界点が…!来る…!」

 

 香奈がそう叫んだのと、ほぼ同時だった。

 

 『ゼロ』の背中が、大きく膨れ上がり、彼の体は、背中から現れた質量に耐え切れず、背後

へと倒れた。

 

 『ゼロ』の背中や体の各部分は、異様な形に膨れ上がり、そこからは次々と質量が発生して

いるようだった。

 

 もはや人の形とは言いがたい姿へと『ゼロ』は変貌しようとしている。紫色に変色した彼の体

は、やがて彼の本来の体格の数倍にも膨れ上がって行った。

 

 それは、『ゼロ』という名の肉塊だった。

 

「な、ななな…、何なんだ?こ、これは…?」

 

 訳も分からない『ゼロ』の状態に、隆文はとにかく驚愕するしかなかった。

 

「『力』が、彼のキャパシティを超えてしまったんだわ!この隔離施設や、《青戸市》に残ってい

た放射能…、それに、今まで吸収してきた『力』に、彼自身の体が耐え切れなくなったのよ

…!」

 

「どうする!ここにいては危険だ!」

 

 太一が叫ぶ。すでに膨れ上がる『ゼロ』の体は、制御室の天井にまで達し、天井を破壊し始

めていた。

 

 瓦礫が大きな塊となって、5人のすぐ側の床に落下していた。

 

「距離を置きましょう!私達の目的は、あくまで『ゼロ』を地上へとおびき出す事で、直接倒す事

ではありません!」

 

 舞が叫び、一行は、巨大化していく『ゼロ』の体から逃れる為に、制御室から脱出して行っ

た。

 

 すでに、制御室一杯にまで膨れ上がった『ゼロ』の体は、更に膨張を続けている。

 

「凄いぜ…、奴自身に、全ての『力』が集っていっている…」

 

 隆文が背後を振り返りながら、仲間達の跡を追う。半分閉じられているシャッターからは、ま

るで袋が膨れ上がって行くかのような肉の塊と化している『ゼロ』が、更に巨大化を続けて行っ

た。

 

 制御室一杯になってしまった『ゼロ』は、さらに膨れ上がっていた。

 

 巨大な心臓の鼓動音は、今では、奇妙な重低音となって、地下施設上に鳴り響いていた。そ

れが、『ゼロ』の出している音なのか何なのかすら、すでに5人の理解を超えていた。

 

 制御室のシャッターの下から、『ゼロ』の体はあふれ出ようとしていた。

 

「なあ!あんな状態でも、『ゼロ』は『力』を使えると思うか?」

 

 洞窟のような通路を逃げつつ、隆文は仲間に言った。『ゼロ』からはどんどん距離が離れて

いる。

 

 だが、今は彼から逃げている場合ではなかった。

 

「さあ?あんな状態でも、奴には意志があるかという事が重要ね!」

 

 と絵倫が、答えたときだった。

 

 洞穴のような通路を走る、一筋の紫色の光。それは極太のレーザーとなって、地下施設の壁

の一部を破壊し、溶かした。


 
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