日に焼けて逞しく見えるその男は、漁師の多いこの辺りでは容易く人混みに紛れることが出来るだろう。わざわざ高そうな服で着飾っているが、出自の貧しそうな男だと雷薄は感じていた。
男と雷薄は、大きなテーブルを挟んで向かい合って座っている。
「最近はずいぶんと、大人しくなっているようだな?」
「ええ、まあ」
雷薄の言葉に、男は愛想笑いを浮かべながら頷いた。
「しかしそろそろ、活動を再開する予定です。まだ『在庫』はたっぷりとありますがね、お客様からのご要望がおかげさまで増えまして」
「商売が順調なら、良いことだ」
「忌々しい孫策も、いなくなりましたからね。へへへ……」
意味ありげに笑う男を見て、雷薄はわずかに眉を上げた。
「病に倒れたと聞いていたが、お前らの仕業だったか」
「まあ、色々と……恐らくもう、生きておりません」
「裏で画策するのは構わんが、こっちの計画にまで影響が出るようなことにはするなよ」
「わかっております。雷薄様あっての、私らなんで」
大仰に頷きながら、雷薄は内心で男を笑った。目の前の男は、孫策が死んだと思っているようだが、雷薄はその計画が失敗なのを知っている。なぜなら、孫策は数日前に是空が屋敷に運び込んだからだ。
(偶然、どこかで拾ったらしいが……)
自分の計画が上手くいったと信じ、上機嫌の男を雷薄は楽しげに眺めた。バカな男だが、今はまだ使い道のある人間だ。雷薄自身の計画の、要でもあった。
「こちらもそろそろ動く予定だ。わかっていると思うが、私たちの繋がりが知られるわけにはいかない」
「もちろんです。支部と保管場所は別の場所に複数、個々の連絡は最小限にしているので、どこか一つが見つかっても私の元までは辿り着けません」
「例のモノも、預けたらこの街から遠くへやれ」
「すでに話はついてます。いい、隠し場所でしてね」
男は下品に笑った。
起き上がろうとする冥琳を、華佗は押さえつける。
「離せ……私には、やらなければならない事があるのだ……」
「ダメだ! 医者として行かせるわけにはいかない!」
まだ傷が痛むのだろう。冥琳は顔を歪めて、それでも華佗に逆らって起き上がろうとした。あまり乱暴には出来ず華佗が困っていると、騒ぎを聞いて祭がやって来た。
「まったく……華佗、ここは儂にまかせろ」
「頼む。俺は他の患者を診てくる」
交代した祭は、わざと冥琳の傷を叩いて大人しくさせた。
「くっ……祭殿……」
「そう睨むでない。そんな傷じゃ、まともに動くことも出来んじゃろうに」
そう言うと祭は、冥琳の横たわる寝台に腰掛けた。
「少しは皆を信じ、寝ておってもよいのじゃないか?」
「……」
「まあじゃが、策殿を見つけることは出来んじゃろうがな」
「なっ――!!」
祭のあまりの言葉に、冥琳は起き上がろうとする。だがすぐに、両肩を押されて冥琳は倒れるように横たわった。
「落ち着けと言うに。まったく……」
「祭殿が悪いのです。そのような事を言うから」
「お主も知っておろう。本気で身を隠した策殿を見つけることなど、たとえ思春や明命といえども容易くはない。つまりだ、見つからないということは、まだ生きておるということじゃろう」
「……確かに」
雪蓮をよく知る冥琳だからこそ、その言葉の説得力には頷かずにいられなかった。
野生の猿の方が、むしろ人間らしいと冥琳は思ったことがある。それほど、幼少の頃より雪蓮は自然の中に溶け込んで生きていたのだ。
「純粋なかくれんぼならば、私が雪蓮を見つけることは出来ないでしょうね」
「その口ぶりでは、何度か見つけたことはあるということか?」
「はい。雪蓮は、ジッとしていられない性格ですからね。探さないで待っていると、我慢出来ずに自分から出て来るのです」
その時を思い出し、冥琳は小さく笑う。
「策殿らしいな……」
「はい」
きっと本気になれば、何日でも隠れていられるだろう。食べられる木の実、野草の知識はある。ウサギやイノシシを捕ることも可能だ。火をおこす技術もある。気配にも敏感で、身軽に木々を渡ることだって出来るのだ。
「まだ、見つかっていないのですね」
「ああ」
生きている。それだけが今は、冥琳にとっても他の臣下たちにとっても希望だった。これまで袁術の人質に堪えてこられたのも、雪蓮が生きているという思いが強かったからだ。それほど、彼女の存在は大きいのである。
「儂よりも先に、策殿が死ぬようなことがあるわけないわ。そのような事、絶対にな……」
悔しさを滲ませ、祭が呟く。主君を守れなかったという後悔があるだけに、冥琳は祭の気持ちが痛いほどよくわかった。命を賭してまで守り通すはずのものを、二度も失うわけにはいかない。
(雪蓮……)
もしもこの声が届くなら、大切な親友に届けて欲しい。自分は無事だということを。
冥琳はそっと目線を動かし、窓を見る。バツの悪そうな顔で、ひょっこりと戻ってくるのではないか。そんな、叶わぬ幻を求めて――。
北郷一刀たちを乗せた馬車が、街に到着した。
「何だか、前に来た時よりも寂れてる感じがするな」
「ええ……人通りも心なしか少ない気がします」
一刀の指摘に、稟も同意する。その横では、話に興味のない霞がウトウトしていた。
「何かあったのでしょうか?」
「うん……とりあえず、華佗の所に行こう」
一刀がそう言った矢先、突然、三匹の猫たちが馬車から飛び出して行った。
「にゃあ!」
「あっ! ちょっと!」
稟が咄嗟に腕を伸ばすが、届かない。仕方なく馬車を停め、霞に留守番を頼むと一刀と稟は猫たちを追いかけた。
「どこ行った?」
「えっと……あ、あそこ!」
きょろきょろと見ていると、稟がある方向を指で示した。そこには、巨大な影。
「パ、パンダー!?」
大きなパンダに、あろうことか三匹の猫たちが襲い掛かっていたのだ。
「ちょ、ちょっと何なのよー!」
パンダの側にいた女の子が、困ったように猫たちを引き離そうとしている。すぐに一刀と稟も、そばに近寄った。
「こらっ! ミケ、トラ、シャム!」
「あ、あの、申し訳ありません」
一刀が猫を引き離し、稟が側にいた女の子に謝る。
「もう。いきなりだから驚いちゃったじゃない」
「本当にごめん。ほら、お前たちも」
「にゃあ……」
「にゃん……」
「ふにゃ……」
三匹の猫を抱いたまま、一刀も一緒に頭を下げた。
「あっと、別にいいわよ。それじゃ、急ぐから」
女の子はそう言うと、何やら慌てた様子でパンダに跨がると走り去って行った。
「何だったんだろう?」
「さあ……」
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。