北伐
成都、漢中から北上した蜀軍は快進撃を続けていた
懸念された街亭は紫苑と桔梗がきっちり防備を固め、晋の攻撃を防いでいる
このまま本隊が進めば長安は目と鼻の先だ
~北伐軍本陣~
北伐の総指揮を任される詠は、今日も地図とにらめっこ
眉間には皺が寄り、北伐の成功にかける気迫は並々ならぬ物がある
「・・・・おかしい、こんなはずないわ」
詠を悩ませる理由
それは、晋の抵抗が予想よりも弱いこと
激戦と思われた北伐も、気がつけば蜀の圧勝ムード
晋の盟主は華琳だ
華琳がこんな甘い防備を引くだろうか
「何かあるはずなのよ。何か・・・・」
(長安を捨てた?いいえ、捨てる理由が無いわ)
「防備を薄くしても守りきれる理由があるはずのよ」
その理由はなんだ
伏兵?奇襲?どこかに兵を隠している?
密偵を常に派遣し、周囲の警戒は万全を喫している
なのに大軍が見つかったなどと言う報告はない
「嫌な予感がするわ」
言葉に表せない嫌な空気を感じていた
ここから大逆転されてしまうような悪い空気を
「あわわ、詠さん、詠さん、大変です」
「どうしたの雛里?」
いつもおとなしい雛里が両手を振り上げ駆け込んできた
「桃香様から勅令です。北伐軍は至急成都に全面撤退せよと」
「は?」
「呉が・・・・・」
(まさか・・・・・)
詠の全身に鳥肌が立った
「呉が裏切りましたぁ~~~~」
(やられた・・・・・)
まさかの呉の裏切り
(そうか、華琳の狙いは最初からこれだったのね)
「あわわ、桃香様は私達の撤退後、呉討伐の勅をお出しするとまで仰っているそうで」
「勅を・・・・落ち着いて雛里、一体何があったの?」
「それが・・・・・愛紗さんたちが・・・・」
「・・・・愛紗が?」
「呉のだまし討ちに遭い、さらに晋の攻撃を受け壊滅・・・・・その後の消息は不明・・・・・・」
詠の表情が歪む
詠は天井を見上げた
泣いていたのかもしれない
数秒天井を見ると、元の表情に戻りもう一度雛里に視線を向けた
「分かったわ。でもね、北伐は続行するわよ」
「しかし桃香様からの勅です。勅を否定してしまったら」
「責任は全て私が負う。雛里と・・・・そうね、星に一隊を率い成都に戻ってもらうわ
成都に戻ったら、今は防備を固めるよう桃香に説くの。
そして、長安を取ることが晋に一矢報いることになると伝えて。出来るわね雛里」
「・・・・分かりました。あの、詠さん」
「何?」
「その・・・・詠さんにまで何かあったら・・・・」
「成都の月を残して死ねるもんですか。安心しなさい」
詠の予感は当たった
最大戦果を前にした大敗の報
詠の心は震えていた
「・・・・ふっふっふ、いいわ。そっちがその気ならもう容赦しない」
詠の心を渦巻く怒り、それは反董卓連合軍による敗北から続く
自己への怒りだったのかもしれない
「華琳、あんたの失敗は、この賈文和を敵に回したことだって思い知らせてあげる」
華琳は北伐の総指揮を朱里か雛里が取ると考えていたはず
二人のどちらかに指揮権があったなら、華琳の構想通り蜀軍は撤退しただろう
だが、北伐を指揮しているのは詠だ
詠は月に忠誠を捧げており、桃香の勅だからと縛られることはない
桂花と雛里は詠の柔軟性を見抜いていた
だからこそ、二人は小芝居を使い、詠が北伐の指揮権を取るよう桃香を誘導した
詠は地図の長安を拳で叩くと
「あんたの姑息な策略の代償として、長安は頂くわ」
詠の表情から眉間のしわが消えた
その顔は自信に溢れ、それまでの自己嫌悪も消えていた
「まずは鈴々達に事情を説明しないとね。頭が痛いわ」
詠の新しい心配事、それは鈴々ら古参将軍が愛紗の仇討ちを主張することへの対処
その気持ちを長安へ向けさせる必要がある
まだまだ詠の仕事は山積みだ
~成都~
呉、裏切る
その後、呉が晋と和睦を結んだとの報を受けると、成都を絶望が包み込んだ
愛紗達の消息不明を伝えられた日から、桃香は私室に篭っていた
食事も取らず明かりもつけず
朱里は何度も戸を叩いたが、生返事が帰ってくるだけだった
朱里が桃香の私室前に向かうと、食事を運ぶ月が立っていた
「月さん、桃香様はお食事を取られましたか?」
月は悲しそうな表情で顔を横に振った
「そうですか・・・・」
あの日を忘れない
桃香の絶望、そして憤怒
朱里は呉討伐をやめさせようと桃香を説得したが受け入れてもらえなかった
朱里の進言を否定し、自己の主張を押し通したのは蜀建国以来始めてのこと
呉討伐の意思は硬い
「はわわ・・・・・」
呉に攻め込んで荊州を奪還したとしても、晋と呉の連合軍から荊州を守ることは不可能
勝っても負けても地獄
今出来ることは益州の天嶮の要害を利用し、時が来るまで徹底的に防備を固めること
それ以外に道はない
「このままでは、北伐軍が帰還したときが、蜀の終焉かもしれません」
桃香の意思を曲げさせなければならない
しかし、朱里の進言は受け入れられない
暗い表情のまま廊下を歩く朱里だったが、はっと顔を上げる
あることを思い出したのだ
1人、桃香が進言を受け入れるかもしれない人物がいることを
「最後の手段です。あの人ならもしかしたら・・・・」
朱里の脳裏に浮かぶのは、黄金のクルクル髪を携えた、高飛車な女性だった
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蜀最大のピンチ