「ぶはははははははっっっ!!」
畳四畳分程度の小さな部屋に響く、とてつもないほどの大きな笑い声。いすの背もたれが壊れるのではないかと思うほど、その紺のスーツに身を包んだ体をのけぞらせ、一人の男が腹を抱えて笑っていた。
『……馬鹿笑いしすぎではないか?少々うるさいのだが』
そんな彼とは別の、どこかくぐもった感じのその声が、彼一人しか居ないはずのその部屋の中に流れ、男のその大きな笑い声に文句を告げる。
「るっせ。……ひー。あー、もう最高だね、この警察の回は。何度見ても最ッ高。特にあのセンセ、よくまああそこまで無表情のままで出来るわ♪」
ひっひっひ、と。いまだ収まらぬ笑いをこぼしつつ、目の前にあるテレビの画面を見るその男。その画面の中では、何人かの男性がどこかの建物の中に居て、時折仕掛けられてくるさまざまな事態に、笑いを必死にこらえながらも、ついそれに笑ってしまい、『誰々、アウトー!』の声とともに、思い切り尻を棒で引っ叩かれる、といったことを繰り返していた。
要するに、某テレビ番組の特別編を、DVDに録画したものである。
男はそれを見て、先ほどからゲラゲラ一人で笑っていたわけである。
『ふん。こんな低俗な番組の何が面白いのやら。吾にはまるで理解できぬわ』
「そりゃー残念だ。この良さがちっとでも分かるんなら、お前ももう少し丸くなると思ったんだけどな。ま、分からんなら分からんでもいいさ。さって、と」
顔にかけた金縁の眼鏡の下の紅い瞳を、自身の左腕につけた狼を象った手甲に向け、”それ”に向かってそう語りかけた後、ぷつん、と。テレビを消して椅子から立ち上がり、再びその手甲に向かって声をかける。
「……牙。ちょいと、”管理局”に回廊を開いてくれ」
『……構わんが。何をしに行くのだ?ただ遊びに行くだけというなら聞けんぞ、狼(ろう)。回廊を開くためには』
「心配すんな。用ならちゃんとあるからさ。……まあ、あの化け物二人の顔を見るのは、本当は極力避けたいんだがな」
『くくく。流石の貴様も、あの二人は苦手なようだな、剪定者にして記録者たる者。狭乃 狼よ?』
自身を身につける主から、”牙”と呼ばれたその手甲が、主であるその男-あらゆる外史の剪定者と同時に、その記録者でもある”狭乃 狼”-に、少々からかう様な物言いで言葉を返す。
「……うるさい。だいたい、あの二人を苦手にしないような、まともじゃない精神の人間なんぞ、どっかの医者王以外に居たら、こっちがお目にかかりたいわ!」
『……それもそうだったな。すまん、今のは吾の失言だ』
「分かってくれればいい。……じゃ、頼む」
『うむ。……ガアオオオオオオンンンン!!』
狼型のその手甲が、まるで生きているかのようにその顎を大きく開き、世界をも振るわさんとするほどの大きな咆哮をあげる。すると、
ぴかあああっ!
と、部屋にあったたった一つの扉が光り、その柄が、木目調のものからど派手などピンクを基調としたものに変わった。
「……しかし、いつ見ても吐き気がするな、管理局の扉は」
『……仕様だ。仕方あるまい』
「……だな」
ピンクに変わったその扉に手をかけ、狼はゆっくりとその扉を開き、そこをくぐる。その先には―――。
「いらっしゃあぁぁぁい~~~!!」
「いきなり顔面どアップででてくんなあ~~!!」
ぐわきゃっ!!
扉をくぐったその瞬間に出てきた―いや、”あった”、スキンヘッドにおさげのその顔のような物体に、見事な正拳付きをかます狼。
「いきなりひっどいわね~、狼ちゃんてば!命より大事な漢女の顔にな~にすんのよっ?!」
「至極当然の反応だ!いきなり目の前に化け物が出たら誰でもそうするわい!」
「どぅあ~れが黄泉の国から這い上がってきたようなゾンビですって~!?」
『貴様にきまっとるだろうが、貂蝉よ』
殴られた顔を抑えながら、オネエ言葉で猛抗議するその筋肉の塊に、冷静な突っ込みを入れる牙。
「ああん、もう。二人揃ってい・け・ず、なんだからあ~。うん、恥ずかしがり屋さん♪」
『……お゛え~』
その突っ込みに、しなを作ってウインクをしたその筋肉に、たまらず強烈な吐き気を催す狼と牙であった。
「どうしたのだ貂蝉。良い男の気配がしたのだが」
「あら、卑弥呼。狼ちゃんが来てるの~よ」
「褌出たー!!」
「ぬふうううん!いきなりご挨拶ではないか狼よ?わしに熱い想いでも伝えに来たのか?」
「そんなことは誰も言っとらん!」
ヒモパン筋肉だるまこと、貂蝉の背後から現れたのは、これまたどこの変態かという、褌を履いたヒゲ筋肉だった。
「と、とりあず、気を取り直して……実はな、二人にちょっと頼みがあるんだよ」
「あら~ん。わざわざ私たちにお願いだなんて……珍しいことをもあるものね」
「ふむ。だ~りんに負けず劣らずな良き男の頼み、聞かぬ通りはないが……事にもよるの」
「実はな……」
ただいま説明中……。
「というわけで、今言った六人を、こっちで用意した会場に連れてきてしてほしいんだ」
「まあ~、それぐらいならできない事はないけどねえ~」
「外史の人間に境界を超えさせるのは、ちと疲れるからのう」
「協力してくれたら、二人には”これ”を進呈しよう」
渋る筋肉二人に対し、狼が取り出して見せたもの。それは、二枚の写真。
「こっ!これはご主人様の下着姿ポートレート!」
「こ、こちらはだ~りんのものではないか!」
「手伝ってくれるんなら、これを等身大に引き伸ばして抱き枕仕様にして渡そう。……どうだ?」
『もちろん手伝うわん!(手伝おうぞ!)』
「そう言ってくれると思ったよ♪じゃ、俺は一足早く向こうに行って、舞台を整えておくから。後よろしく」
それだけ言って、狼はすたこらさっさと、まるで逃げるかのように先ほどくぐって来た扉へと、その姿を消す。めちゃくちゃやる気満々で、ボディビルダーよろしくポーズをつける、二体の筋肉だるまの姿に吐き気をもよおしながら(笑。
所変わって、ここはとある外史の世界。
正史における三国志の世界を元に、北郷一刀という人物を基点として誕生した、正史とは微妙に異なった世界。
と、回りくどい言い方をするのもいい加減飽きたので(笑)、まあぶっちゃけた話、恋姫無双の世界、それも、すべての武将が因果を無視して共存している、萌将伝の世界である。
「今日も今日とて世はこともなし。……へ~わだね~」
「そうですね、桃香様。……いい天気ですし」
ほんわかとした空気を遠慮することなく醸し出し、庭の東屋にて茶をすする蜀王劉備こと桃香と、それに同調してやさしげに微笑む、美髪公関羽こと愛紗。
「愛紗の言うとおりね。こんな日は、一日ぐらい何もせず、こうしてのんびり過ごすのも悪くないわ。ねえ、桂花?」
「はい、華琳さま。ささ、お茶のお代わりを」
あらありがと、と。自身の懐刀とも言うべき、王佐の才・荀彧こと桂花から、その茶器に金色の茶を注がれて満足そうに微笑む、魏王曹操こと華琳。
「……思春、貴女も今日ぐらいは任務を忘れて、ゆっくりしてみたらどう?」
「……お気使いはありがたく思いますが、私は蓮華さまの護衛です。例え一時たりとも、気を抜くことは許されませんので」
ほんわか、という空気がぴったりの、まったりと和んだ雰囲気に包まれているその面々の中で、ただ一人だけまったく気を緩めていない、鈴の音の甘寧こと思春に、呉王孫権こと蓮華が少しは気を抜いたらどうかというが、本人はそれをやんわりと拒否し、変わらず警戒の気を周囲に放ち続ける。
「ほんとに頑固ね、貴女は。まあ、そこが思春の思春らしいところなんだけど」
ふふふ、と。蓮華がやさしい笑みをこぼすと、周りの者もそれにつられて笑顔を浮かべる。
まったりとした時間。
つかの間の休息。
それらを楽しむ一同であったが、もうお約束となった”それ”は、いつものように唐突に沸いて出た。
「ぶるぁあああああっっっっっ!!」
『化け物でたーーーーーーーー!!」
本当に。どういう仕組みになっているのか、一度じっくり解剖してみたいものだが、東屋にいた一同のまん真ん中に、その化け物こと筋肉だるまが出現した。
「はあ~い!皆さんお久しぶりい~ん!!みんなのアイドル、貂蝉ちゃんぃよお~ん!!」
「ちょ、貂蝉さん……!?びっくりしたなあ、もう。……心臓が止まるかと思っちゃった」
「ほんとに、毎回毎回、どこから現れるのだ貴様は!!」
じゃき、と。どこからともなく取り出した偃月刀を、貂蝉に向けて構えて怒鳴る愛紗。
「そ~れは漢女の、ひ・み・つ・よ♪うっふん」
『……気持ち悪い……』
口に指を当ててウインクした貂蝉に、思わず顔を背ける一同。……その気持ち、よく分かります。
「……それで?今回は一体何の用なの?」
「どぅふふ。貴女たちにね、い~い、お話を持ってきたのよ♪私と同じ、管理者の一端に席を置く子がね、ちょっとしたイベントを用意したんだけど、それに参加してみないかしらん?」
「……いべんと、というと、催し物のことだったかしら?」
確か北郷からそんな事を聞いたような、と。桂花が貂蝉に問いかける。
「そういうことよん。とりあえず、その子の意向でもって、桃香ちゃん、愛紗ちゃん、華琳ちゃん、桂花ちゃん、蓮華ちゃんに思春ちゃんの、以上六人に参加を要請してほしいって、そう言付かってきたの。どうかしら?出てみな~い?」
「……残念だけど、私たちはそんなことに参加している暇はないの。今日はたまたま時間が空いたけど、政務で忙しくてとてもそんな」
「……ご主人様と、温泉旅行にいけても?」
ピクッ!
貂蝉のその言葉の瞬間、全員のその耳は、確かにしっかりと反応した。
「……どういうことかしら?それは」
「もちろん、優勝者への賞品よん♪しかも、一ヶ月間、費用は一切かからずの、ね。ちなみに、優勝者の所属する国の面子全員、もれなくついていけるわん♪」
『……ッ!!』
目の色が変わる、というのはこの瞬間のことを言うのだろう。
(ご主人様と温泉……!!これはちゃんすだよ愛紗ちゃん!!)
(そうですね。ここ最近、我らは何かとご無沙汰でしたし、これを機に、ご主人様の御寵愛を取り戻しましょう、桃香さま!)
と、めらめらと燃え上がっている蜀の姉妹と。
(桂花。みなに伝えておきなさい。一刀との一月もの旅行。どうやって過ごしたいかを、ね)
(はい、華琳さま。……まあ、私はあんな奴と旅行なんてうれしくないですけど、華琳様がお望みとあらばこの桂花!みごと優勝の二文字をささげてみせます!)
ふふふ、と。それぞれ違う意味で不敵な笑みをこぼす魏の主従と。
(思春、拒否は絶対に認めないわよ?絶対に参加して、一刀との逢瀬の権利、我ら呉のものとするわよ!これは命令よ、いいわね?)
(……は。わ、分かりました蓮華さま。……北郷との逢瀬、か……!!わ、私は今何を考えた!?そんな、私が奴との何かを期待するなど……!!)
思うところが微妙に食い違っている、呉の主従。そして、
(どぅふふふふ。どうやらみんな、乗り気になったようね。さ~てと。あとはご主人様を説得しなきゃね。”あっち側”で参加するほかの面子と一緒に♪)
そして、さまざまな思惑の交錯する中、その運命の日は訪れた。
ぶろろろろろ、と。
低いエンジン音を上げて、どこかの田舎道を走る一台のバスの姿がそこにあった。
「結構快適じゃない、この”ばす”とかいう乗り物」
「そうですね~。あんまりゆれないですし」
そのバスの車内に、今回のイベントに参加する面々が、それぞれの思いを胸に秘め、初めて乗るバスの静かなその振動に揺られていた。
彼女たちの目的はただ一つ。
北郷一刀との一ヶ月の逢瀬。
同じ国に所属する、ほかの面子も同行するとはいえ、普段、なかなか独占できずに居る彼を、いつもよりは少ない人数で自由にできる――――。
だが。
彼女たちは、いまだ知らされていない、とても大事なことがあることに、誰一人として気づいていなかった。
イベントの、その内容という、とても重要なことに。
やがて、バスはとある建物の前に停車し、彼女たちはそこに降り立つ。
「ふわあ~。おっきな建物~。……あれ?」
「どうしました桃香さま?……あれは」
コンクリートで出来た、その巨大な建物を、驚嘆と感嘆の目で見ていた桃香が、その建物の門の前に立つ、一人の人物に気がついた。
「よ~こそ、みなさん。わが”せいふらんちぇすか学園”へ」
「な!?あ、あんた、狼じゃないの!な、何でこんなところに居るのよ!?」
思わず驚きの声を上げたのは桂花である。そう、そこに居たのは狭乃 狼であった。
「そう。あの筋肉が言っていたのは貴方の事だったのね。つまり、今回の主催者は貴方なわけ」
「そういうこと。さて。今日六人に来てもらったのはほかでもない。君たちには今回、とあるゲームに参加していただく。優勝賞品はもう聞いているよな?北郷一刀と行く秘境の温泉三十日間の旅、だ。……お前たち!これが欲しいかー!?」
『オー!!』
「では、まずはあそこにあるテントの中で、そこに用意してある服に着替えてもらおう。ゲームの内容については、その後で話して聞かせる。さ、着替えた着替えた♪」
ぞろぞろと。建物の門の近くに設営してあった、少々大きめのテントの中に、彼女たちは入っていく。そして、それから三十分もして。
「おお~。みんななかなか似合うじゃないか。わが”せふらんちぇすか”の制服が」
と、狼が言った様に、どこかで見たことのあるような、とある学園のそれによく似た制服に、全員が袖を通して出てきていた。
「これって、一刀がいた天の世界での学校の服かしら?」
「そうですね。あいつが着ていたものによく似ています」
「それでは諸君。これよりルールを説明するので、そこに一列に並んでくれたまえ」
狼のその言葉に従い、彼女たちは狼の前に横一列に並ぶ。
「さて。これから君たちには、この学園の敷地内に入って、二十四時間、ここで過ごしてもらうことになる」
ふむふむ、と。狼の言葉にうなずく六人。
「ただし」
『……ただし?』
「……この門を一歩でもくぐったその瞬間から、諸君には、一切、”笑う事”を禁止させてもらう!」
『……はあ?』
「例えどんなことがあろうとも、決して、絶対に、なにがなんでも、笑ってはいけない!それが唯一無二のルールである!」
『…………』
ぽかーん。
大口、もしくは半開きに、その口をあけて二の句の告げなくなる一同。
「そして、もし笑ってしまった場合には、きっっっっつい!お仕置きが待っているのでそのつもりで♪」
「お、お仕置き、って。い、一体何をされるんでしょうか?」
「大丈夫。お仕置きとはいえ、暴力なんてものは振るわないから。ちょっとばかり、体にいい事をされるだけ♪」
「……まあ、そんなことなら」
「あ、ちなみに言っておくけど。この建物の中では、君たちの理不尽なまでの武力は封印されるから、そのつもりで」
「んな?!」
「わ、私の武が封印されるだと?!」
狼の言葉に、思わず声を上げたのは、愛紗と思春。それもそうだ。二人は三国の中でもぴか一の力を持った武人である。その武を封印されると聞いては、驚くなというのが無理であろう。
「だって、もしも中で気に食わないことをされたりとかした場合、被害がとんでもないことになるのは目に見えてるからね~。(……オシオキに抵抗されないためにも、ね)」
「……最後の一言がよく聞き取れなかった気がするけど、まあいいわ。とりあえず、笑いさえしなければ良いんでしょう?ふふ。楽勝じゃない」
「……と、華琳さんは自信たっぷりに言っておられますけど?」
「……その自信が、いつまで続くかね?フヒーヒ」
「……やらしい笑い方」
「くっくっく。まあ、いいさ。さてそれじゃあ宴を始めるとしますか。題して!」
『どきっ!?絶対に笑ってはいけない二十四時、in恋姫!』
「ここに開幕を宣言する!!」
狼のその言葉とともに、彼女たちは門の中へとその足を踏み入れる。
そして、その彼女たちを出迎える、一般生徒たち役と思しき人々が掲げる、その歓迎の幕には、こんな文字が書かれていた。
『歓迎!ようこそ、性腐乱血絵酢化(せいふらんちぇすか)学園へ』
『な、なにあのむちゃくちゃな当て字ーーーーーーー!!(笑)』
げらげらと。
思わぬ不意打ちに、彼女たちは、思わず、”笑ってしまった”。
『全員!アウトー!!』
『……あ』
そして、そんな彼女たちの下に、オシオキ役の、黒尽くめの集団が現れ、
『な、何?!』
彼女たちを、彼らが持参したパイプ椅子に無理やり座らせ、その脚をおもいきりわしづかみにする。
「き、貴様ら!一体何をする気だ?!」
「ちょっと!何人の足を勝手に掴んでんのよ!?」
「だから。笑ったらお仕置き、って言ったろ?……やれ」
『へぅーーー!』
その掛け声とともに、黒尽くめたちが取り出したのは、丁字型の小さな棒。そして、
ぐりぐりぐりぐりぐぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!!!!!!!
『アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
足つぼマッサージ。
それは、確かに健康には良い。だが、痛い人にはめちゃくちゃ痛いものである。
「暴力じゃあないよ?これはマッサージだからw健康にいいのも間違ってはいません♪」
笑いと涙の、地獄の二十四時間。
それは、彼女たちの悲鳴とともに、幕を上げたのである。
~続く~
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はいはい。
ラウンジでほわちゃーなマリアさんからいただいた、
笑っちゃいけないイベント。
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