No.213230

真・恋姫夢想 夢演義 腐の狂想曲編

うたまるさん

ど~も~、狼様との他愛無い話から始まった作品を、私も書かせていただきました。
 恋姫夢想 『北朝伝』と『舞い踊る季節の中で』のクロス物ですが、内容はギャグのつもりです。
 アレな内容が嫌いな方はここで回れ右をしてください。
 といっても、ガチでアレな内容ではなく、アレについて恋姫らしく討議すると言うだけの物で気楽に笑って読んでいただけたらと思っています。

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2011-04-24 16:03:36 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:12372   閲覧ユーザー数:8728

真・恋姫無双 二次創作短編小説 ~異聞録~ 其の漆

 

 

 

 

 

 

『 真・恋姫夢想 夢演義 腐の狂想曲編 』

 

 

 

 

 

 

狭乃 征様の【真・恋姫夢想 夢演義 腐の競演編】を見て思い浮かんだので、狭乃 征様に許可をいただき書いてみました。

……でも『北朝伝』と『舞い踊る季節の中で』を知らない方は意味不明の作品かも知れませんm(_ _)m

 

 其処はとある一室。

 個人の部屋でありながらも、部屋の持ち主の多忙さを少しでも減らすため。

 扱う案件の重大性など、多くの事を配慮したその部屋は、まるで何処かの大会社の社長室のように、幾つかに区切られており。

 臨時の会議場にもなる入口側の部屋は、大きな会議用の机の周りには、多くの書物や積み上げられた竹簡書簡に囲まれながらも乱雑とした印象はなく。

 むしろその部屋の持ち主の性格を表すかのように整然とし、部屋の大きさや調度品を損なう事は無く。

 この部屋を訪れた者は威厳すら感じる事だろう。

 

 もっとも幾ら立派であろうが、見慣れた者にとっては何ら感傷を受ける訳でもなく。

 臨時用の会議机を四人の女性が取り囲み、幾ばくかの余暇を楽しんでいる。

 余暇と言っても、その過ごし方は人それぞれ。

 家事に勤しむ者。

 普段やらない事を試みる者。

 暖かな春の日差しを受けながら、昼寝を楽しむ者。

 恋人との楽しい一時を過ごし、更には将来の事で花を咲かせると言うのが、彼女達の年代の女性にとっては最高の余暇の過ごし方、と言えるのかもしれない。

 だが生憎その人物は、所用で魏の曹操の所を訪れているため不在。

 そんな訳で彼女達はたまたま休みが重なったのもあって、趣味の集まりとなったわけだが…。

 

「其処はもっと、情緒に重んじた文脈にした方が良いわよ。

 人物の心象風景をより細やかに書く事で、読み手の心を掴む間と言うものが出来ます。

 手法や表現に凝るのも大切ですけど、読み手を引き込めなければ何の意味も成さないわ。

 軍略の天才と言われた貴女にこう言うのも変ですけど、軍略も本を書くのも人心掌握は最も必要な事の一つよ」

「あわわ。別物と考えては駄目と言う事ですね。 それに確かに自分の言いたい事を書くだけでは、読者はついてきません」

「政務と物語を書く事は、全くの別物と言えますけど。その考え方が全て使えないと言う訳では無いわ。 使える物は使っていく。これも作品に書き手特有の味を出す手法の一つと言えます」

 

 金糸のような長く豊かな美しい髪を、一つの三つ編みにした少女と言っても良い女性は、長い青い髪を左右で分けて結んだ…此方はまた童女を過ぎたくらいの少女の手元を時折見ながら、間違いを指摘するのではなく、少女の良い所を伸ばすための手助けをするように導く。

 優しげな微笑みを浮かべている女性の名は諸葛瑾。真名を翡翠と言い、孫呉の重臣の一人。

 まだギリギリランドセルを背負っているのが似合いそうな外見ではあるが、四人の中では一番の年長者。

 そしてもう一人も、ランドセルが現役で似合いそうな儚げな少女の名は鳳統。真名を雛里と言い蜀の軍師の一人で、この部屋にいる中では年少者の一人。

 何故仕える国の違う彼女達が此処にいるかと言うと。

 

「だ、か、らっ。 其処は展開を早くすべきよ。

 確かにさっきはもっと情景を思い浮かべるように丁寧にって言ったけど、それを只管続けてどうするのよ。

 場面場面で話の展開の速さを変えるのは、物語では当然の事よ」

「はわわ、でも此処では多くの見方が出る訳ですし、やはり此処は主人公がそれを選んだ理由と苦悩を書くべきだと思うのですが」

 

 真っ直ぐな黒髪を雛里と似たような髪型にし、この部屋で最も年上に見える高校生くらいの少女が、闊達な声で金髪のショートカットで雛里と同い年の少女に間違えを指摘し、自分の考えを述べるため少女の目を真っ直ぐ見つめながら。

 

「そりゃあ朱里は可能性の全てを頭の中で同時に展開できるのは知っているし、その才能は正直殺意が湧くくらいあると言うのは認めるわ。でも読み手の殆どは、そんな事できやしない。

 だから一々、全部を書く必要なんて欠片もないわ。

 物語で必要なのは取捨選択。重要性のあるもの以外は捨てるのも大切な選択よ。

 そうでなければ迷う事になるのは、ついてくる兵も読者も同じ事なの」

 

 朱里と呼ばれた金髪の少女は、言われた言葉に数呼吸かけてユックリと染み込ませるように己の中に展開させてゆくと、「はいっ」と言って明る笑顔を見せて再び手元の作業へと戻る。

 そんな朱里の様子をキツイ目元を少し和らげさせ。手に持っていた本に目を落とし始めた少女の名は徐庶。真名を輝里と言い。これまた某国の重臣だったりする。

 そして朱里と呼ばれた少女は、この部屋の持ち主で年の離れた翡翠の妹でありながら雛里と同じ蜀の軍師。

 

 朱里と雛里以外は、そうそう会う事もならない身分にあるにも拘らず、こうして一同会しているのは、自分達の主人に言えない謀をしているのではなく。彼女達の持つ趣味が原因。

 大きな声では言えない趣味なのだけど、かと言って後ろ指差されるものではないと。この場の全員が自信を持っている。

 まあぶっちゃけ、俗にいうボーイズラブ。衆同。ホモ。etc…いろいろ表現や種類はあるけど、四人ともそういう趣味の持ち主であるのだが、やはりそれを人様の前で大きな声で言えるわけもなく。

 彼女達は同類を嗅ぎわける嗅覚をもって五人の仲間を見つけ、こうして結構頻繁に会っていたりする。

 もっとも頻繁と言っても、忙しい彼女達の事こうして会えるのはほぼ一月ぶりなのだが、今回は今までと集まりとあまりにも違う空気に、朱里も雛里も戸惑い困惑していた。

 毎回顔を合わす度に、議論を躱したりして険悪な空気を出す二人が、今日は最初からそんなそぶりも見せずに大人しく、手持ちの本を持ち合い読書を楽しんでいる。

 

 もともと二人は仲が悪いわけではなく。むしろ性格は違えど仲は良いとさえ言える。

 だけど事趣味に関してはお互い譲れないものがあるらしく、意見が衝突する事がしばしば在るため、間に挟まる事になる朱里と雛里が、毎回胃を痛める思いをするだけの事。

 普段は温厚な二人だし、今回も所用で参加していないけど、もう一人がいれば二人をうまく仲裁してくれるため余計な心配は殆どない。

 とにかく二人は朱里と雛里にとって優しく頼りがいのある先輩。

 ましてや朱里にとって翡翠は実の姉であり、自分に素晴らしい趣味を教えてくれた人物。

 雛里にとっても輝里は、朱里と大差はない。

 その上輝里も翡翠も作家としては大成しており。二人にとって尊敬する師とさえ言える。

 軍師や身分としては朱里や雛里の方が上とはいえ、そんな二人に教えを受けるのだ。これが喜ばずにいられようか。

 そんな訳で、二人は前回原稿を間に合わなかった作品を、更に煮詰めて次回の投稿へ間に合わせるために、輝里と翡翠の監修の元で、幸せな気分を心の中で弾ませながら筆を進めているのである。

 

 

 

「それにしても朱里。徐福とは良い題材を選んだわね」

「はい。徐福は始皇帝を騙して多くの援助を受けた上、童男童女を連れ去ったと言われ。いろんな諸説がありますが、皇帝からそれだけの支援を受けれたと言うのは、それなりの政治的立場と手腕があるうえ信頼を得ていたと言う事です」

「其処で旅に出てからではなく、旅に出るまでの宮中の話を描くと言う発想は面白いわ。

 特に最後は詐欺師としてではなく。宮廷争いに敗れた徐福を助けるために始皇帝が、二度と戻れる事のないと分かっている旅に出させた終わらせ方が良いわね。読者の想像を掻き立てる良い終わり方だと思うわ。

 何より地味過ぎない人物の選定と言うのが一番評価できるわ。

 それに徐福と言えば、少し前に偽物が出てちょっとした騒ぎになったから、人の興味も引きやすいわね」

「えへへ、褒められちゃいました」

 

 女学院時代の先輩であり、作家として尊敬する輝里に褒められた事を、朱里は素直な心で受け止め、その喜びを笑みとして表す。

 普段は高度な政治をこなし、汚い所か目を逸らしたくなるような案件も、己が主に変わって裁断や指示を下す朱里だが、その心はまだ見た目通りの少女。

 一度政治の場から離れれば、信頼する姉や尊敬する先輩に甘えたい年頃。

 そんな素直になれる一時を心から楽しむ朱里を、誰が責められるだろう。

 

「やはり名が知れていると言うのは、読み手にとって興味をそそる対象になりやすいと思います」

「そうよ。登場人物の名が売れていれば、余分な説明なんてしなくても済むから、読み手を引き込む事に注ぎ込めるわ。

 大切なのは民の情勢を読み取り、其処から読み手の求める物を、それ以上の物語を描いてこそ真価があるの。 誰かさんみたいに、自分よがりな物語を書いて満足するんじゃ駄目って事よ」

 

 例え喜びの感情に乗って紡ぎ出た何気ない言葉が、今まで偽りの平穏を打ち壊すきっかけになろうとも。

 

「隣が気になるのも分かるけど、今は気にしなくてもいいのよ。

 輝里ちゃんの言う事も確かに正しいけど、それは考え方の一つでしかないわ。

 流行り廃りは確かに大切ですけど、物語の創作の根にあるのは自分の中に在る物語と想いを筆に乗せ、墨と共に紙に託す事。

 読み手はそれを感じ取り、心の中で情景を思い浮かべ物語を完成させる

 完成した物語を心に抱いた読み手は、新たな読み手を誘う事になって行くわ。

 物語は書き手が一人で作るのではなく、読み手と共に創られてゆくの」

「あわわ。読み手と共に紡いでゆく物語。 しょ、しょれは素敵な考え方でしゅ」

 

 隣に立って本を読んでいる翡翠が気分を害さないかと、雛里は輝里の言葉に一瞬心を竦ませながら平穏を祈っていた。

 其処へ心配していた翡翠から、優しく落ち着いた声で語る言葉に安堵の息を吐きながら、その語られた内容に素直に感激する。

 口にした言葉がとちっている事に気が付かずに、尊敬の眼差しで輝かせた雛里の顔は本当可愛らしく。

 それを向けられた翡翠は三つ編みの先を指で弄りながら、僅かに小さく首を傾げ続きを話すように。

 

「流行や読み手の望む考えも必要だけど、それを気にしだしたら自分の書きたい物語を書けなってしまうわ。

 最悪、読み手は喜ぶかもしれないけど、媚を売るだけの作品になるだけよ。

 そんな作品は流行が過ぎれば誰にも見向きもされないって事、覚えておくと良いわ」

 

 平穏と言う名の柱に入った傷を、更に楔を打ちつける。

 可愛い後輩の満面の笑顔に、母性溢れる微笑みを湛えたままに。

 

ぴきっっ

 

 朱里と雛里の二人の耳には確かに聞こえた。

 平穏と言う名の柱に生じた傷がヒビを呼び。

 さらに大きな亀裂が入った音を。

 事此処に至って二人は気が付く。

 裂が入ったのはこの空間を支える主柱であり、放っておけば取り返しの無い事になる事を。

 そして残念な事に二人の実力と性格では、その支柱を直す事などできない事を。

 二人にとって姉のように慕い、師のように尊敬する輝里と翡翠は公の場ならともかく、私事の場においてはどうあっても頭の上がらない存在。

 自分達二人では、この二人が平穏を求めようと、それを維持する事などできないと。

 

「はわわ、雛里ちゃん」

「あわわ、朱里ちゃん」

 

 二人の小さく、そして焦るように毀れ出た言葉と共に交わされた視線。

 其処にどれだけの想いが秘められていただろうか。

 どれだけの会話が瞬時に交わされただろうか。

 大陸でトップを争う頭脳を持つ二人が、嘗ての大戦の時以上に数十、数百の手段が二人の脳裏に浮かんでは消えて行く。

 そして出た答えは……、どれも望まない結果。

 最悪、全てが露呈し世間に知れ渡ると言う事態を生じさせかねないと言う結果だった。

 国の重臣である立場の彼女達が…。

 大陸中に名が知れ渡った彼女達が…。

 公に出来ない趣味の持ち主であるばかりか、それを普及する活動を行っていたなどと。

 更に最悪なのが、この場の全員が思う男性にその事が知れてしまう事。

 それだけは決して防がなければいけない事態。

 

「朱里ちゃん、やはり稟さんがいないと……」

「うん、分かってる。でも今回もどうしても外せない用件があると言っていたから仕方ないよ」

「「はぁ~……」」

 

 重く静かに吐き出された溜息の後に交わされた視線の末、二人はそっと抱き合う。

 身体を縮め、お互いを支え合い。

 二人に気取られないように部屋の隅へと、そっと移動する。

 嵐を過ぎ去るのを、ただ待つしかできない小動物のように……。

 

 

 

 

「一つ確認したいんだけど。 まさか今日は諍いをしないと言う協定を忘れた訳じゃないでしょうね」

「その言葉、そっくりお返しいたしますわ」

 

 二つに結わえた髪の片方を片手で梳きながら、上から見下ろす様に不敵な笑みを浮かべる輝里。

 片や首元の鈴を弄りながら下から微笑みでもって見下ろす。と言う器用な真似をして見せている翡翠。

 ともにその顔に浮かべているのは笑みではあるが、もし今の二人の笑顔を見て微笑ましいと思う人間がいるのならば、其の人間は医者にかかるべきか、誰かに迷惑かけないように部屋に閉じ籠っているべきであろう。

 耳の錯覚か、空気が軋むような音を確かに聞いた朱里と雛里は、黙って震えている事しかできず。

 城の奥に努める守衛や侍女達も、何故かこういう時に限って姿を見せる事は無い。

 

「私としては、今日は可愛い後輩達のために、討議などせずに大人しくしているつもりだったんだけど。

 聞き逃せない言葉があったんだよねぇ~」

「そうですか? 私は一般論を言っただけですよ。

 もしその中に気に障る言葉があったと言うのならば、それは輝里ちゃんがそれを認めていて、気にされているからではないですか?」

「ふ~~ん。『気に障る』……ね。よくそう言う事を言えるわね貴女。

 そっちがそう言う気なら、私だって考えがあるわ」

「争いは好みませんし、全力で回避すべきもの。

 ………ですが降りかかる火の粉を払うくらいの事に躊躇する気はありません」

 

 二人は文官。

 だが文官と言っても朱里や雛里を含む多くの軍師と違い武官としての心得もある。

 しかも将としての働きが出来るほど実力を持つうえ共に双剣使い。

 軍師でありながら武官。その上持つ獲物も酷似している。

 これ程似通っている所を持つ二人が、こうなるのはある意味必然と言えるだろう。

 だが……、今までにその剣が双方に向かって抜かれた事は一度なりともない。

 互いに国の重臣である以上、そんな軽率な真似はけっして許されない。

 だがら互いに用いる獲物は。

 

「流行の何処が悪いと言うのよ。 読み手の求める物を敏感に汲み取って見せるのは当然の事よ。

 確かに軽い作品も世の中に多いわ。 だけど其処から新たな文学が生まれる可能性を認めれないなんて、頭固いんじゃないのっ」

「流行を否定する気はありません。

 幾ら王道と言っても、それだけでは読み手は心を振るわせる事を何時しか忘れてしまいます。

 流行とは、そんな淀んだ空気を中に吹き込んだ一陣の風。

 ですが強すぎる風は時に全ての物を吹き飛ばし、後には無残な荒地しか残さない事もあります。

 王道とは、そんな強すぎる風から大切なものを守る壁であり屋根でもあるんです」

「そうね。王道も大切だと言うのは私も認めるわ。

 でもそれに拘った物をなんて言うか知ってる? 『地味』と言うのよ」

 

 二人は軍師。

 故に用いる獲物は言葉であり、己が持論。

 相手の論を己が理でもって突き崩す。

 飾られた相手の論は一見隙だらけで感情に任せた物。

 ……だが軍師たる二人が、例え私事で趣味の場とは言え、そんな事があり得るだろうか?

 答えは否としか言えない。

 態とそうして見せているのだ。

 見せている隙の内九割は相手の罠。

 反論される事を足掛かりとして、更に相手に畳み掛ける。

 一割の致命的な隙を餌にして。

 罠ごと喰い破られる可能性を考えた上で。

 互いに、一見子供のような論述合戦を繰り広げて行く。

 其処に己が全てを掛けて。

 

「大体、必要なのはそこに行く過程よ。 濡れ場なんて物語に味付けする香辛料でしかない」

「ですが、その香辛料を蔑にしては、成り立たなくなるわ」

「そんなものしっかりとした素材を用意すれば必要ないとさえ言いきれるわ」

「素材が全てと括っては文学の発展は望めないわ。 それこそ輝里ちゃんの言う風と相反する事になります」

「そんなの当たり前でしょ。 私が言いたいのは、あそこまで濡れ場を強調する必要があるのかと言う事」

 

 例え趣味の事とはいえ、けっして負けられない。

 否、趣味だからこそ負けられないと言える。

 言い負かされれば、失うのは余りにも大きい。

 己がアイデンティティーの崩壊。

 趣味に関しては、只管に自分の持てる知識と想いを積み上げてきた二人だけに、自己を形成する足場を失う事になる。

 

 戦なのだ。

 命を失う事はなく。

 手足を失う事もなく。

 血の一滴すら流れない戦。

 だけど、そんなものは戦ではないと言える人間が要るとしたら、その人間は自分に何の価値も見いだせていない人間であろう。

 天秤にかけられたのは己が魂とも言えるべき存在。

 真名を何よりも大切にするこの世界の人間にとって、己が尊厳とも言える魂を賭けたこの戦いを軽視する事のできる人間など何処を探してもいないだろう。

 ………もっとも事情を知っていれば。と言う前提条件が付くが。

 

「……で、王道を重視する貴女の文学に対する挑戦がアレなの?

 確かにあの完成度の高さと、読み手の心を捉えた文章である事は私も認めるわ。

 だけど何よ。獣人化? 男の娘? 挙句の果てに裸前掛けって、書いてある表現はともかく。 よくもあんな破廉恥で恥ずかしい事思い付くわね。 欲求不満なんじゃないの?」

「考え方は輝里ちゃんの異常とも言えるほど美化された英雄像とさして変わりません。

 理想の果てに作られた英雄に読み手は自分を投射し、普段と想いを違う視点を疑似的に得る事で心を充足させる。 私が欲求不満と言うのならば、貴女のそれの方が余程深刻だと思いますよ」

「理想の先にある視点の喜悦か、身近にある変化の発見による悦び……ねぇ。

 そうね。方向性は違えど其処に帰結する事は私も認めるわ。

 でも私が言いたいのは……」

 

 そして、幾ら稀代の軍師であろうと。

 大陸屈指の文官であり、国を陰で支えてきた彼女達であろうと。

 公から離れれば、ただの少女であり女性。

 そして唯の一人の人間。

 幾ら智勇溢れようとも。

 海千山千の経験を持っていようとも。

 事趣味に関しては理屈では測れない事が往々にしてある。

 

 

 

 

「破廉恥過ぎなのよ翡翠さんの文章はっ!

 何であそこまで書く必要があるのよっ!

 貴女、大陸を血で染めるつもり!?」

「別に問題が出るほど事細かく描写していませんよ。あくまで柔らかく遠まわしにです。

 必要なのは其処に至る過程で、結果など付属物しかすぎません。むしろ大切なのはその後の過程や情景だと思っています。

 それに輝里ちゃんの書く物より、濡れ場としては細やかな物ですよ」

「あんなの詳細に書かれるより性質が悪いわよ。 あんな書き方されたら読み手が必要以上に想像してしまうって分かっている確信犯が、虫も殺さない様な笑みを浮かべて誤魔化すんじゃないわよっ!」

「実際、輝里ちゃんが何を想像したかは敢えて聞きませんが、想像を掻き立てられるほど楽しんでもらえたなら何よりの褒め言葉です。

 むろん、私も輝里ちゃんの作品には多々思う所はありますが、楽しんで読ませてもらってますよ」

 

 理は感情に押され。

 やがてその感情も制御されなくなってしまう。

 事趣味の前に熱くなってしまえば、子供に戻ってしまう。

 それが趣味の前の恐ろしさであり、楽しさと言える。

 もっとも、この二人にそんな一般論が当て嵌まればの話だが。

 

「よく言うわよ。黄巾党の騒ぎの前まではドギツイ性表現を使いまくった作品ばっか発表して、発禁を何度も食らって当局に目をつけられていた人間の言う台詞じゃないわよ。

 まぁあんな筋肉達磨がくんずほぐれつなんて作品は、発禁食らって当たり前よね」

「輝里ちゃんの項羽×劉邦だって似たようなものじゃないですか」

「英雄としての肉体美と、不要なまでに誇張された筋肉達磨と一緒にしないでよっ!

 大体私が書くのは劉邦×項羽であって項羽×劉邦じゃないわっ。

 そもそも武に優れ肉体的にも恵まれたからって【攻め】と決めつける固定概念が間違いなのよ。

 肉体的に優れているからこそ【攻め】られると言う逆説的な背徳感に、より身体と心が燃え上がるんじゃない」

「それって自分が力づくで組み敷かれたいってだけの話なのでは?

 はぁ~………欲求不満なのは輝里ちゃんの方ではないですか」

 

 二人とも子供に帰って、力いっぱい自分の主張を恥ずかしげもなく、力いっぱいに振り上げるのは微笑ましいと言える。

 年齢と言うか経験の差で翡翠の方が場を掌握しつつあっても、其処を自覚している輝里が若さを生かした勢いと活力で盛り返そうとしているのも、…………まぁ内容を加味しなければ可愛らしいと言える。

 だが、それだけならば幾多の戦場を潜り抜けてきた朱里と雛里が、此処まで怯えるだろうか?

 幾ら尊敬する先輩である二人であり、頭の上がらない相手であろうと、早々に諦めるだろうか?

 答えは否。

 

「そう言えば翡翠さんの作風が変わったのって、よくよく考えたら一刀さんと翡翠さんが出会った頃よね。

 そっか~~、つまり以前のは男に相手されない女の鬱憤を晴らしてたって訳か」

「………ひくっ」

「で、作風が変わったのは、充実した幸せを皆に知って欲しいって訳ね。もしかして出てきた変てこな濡れ場って経験談? そうだとしたら流石の私も引くなぁ。歳取ってからやっと男が出来て嬉しいのも分かるけど、ちょっと必死すぎ。大人の女の包容力を見せているつもりでしょうけど、焦りが見え見えよ。

 しかもそれをネタに本って、うわぁ~……露出癖も在ったんだぁ」

 

 大仰に肩を竦めながら手で呆れてみせる演出をしながら、言葉通り一歩引いて見せる輝里。

 互いにとって想い人であり恋人であり、自称嫁を主張する一刀の事を口に出すのは、挑発としては十二分過ぎる事。

 ………いや、禁句とさえ言える。

 だが輝里にしろ翡翠にしろ一刀と出会った事により、作家として一皮も二皮も剥けた事は事実であり。一刀との出会いなければ、此処まで作家としての成功はなかったとさえ言える二人にとって、一刀の事が出てきてしまうのは必然と言える。

 そして一刀の話が出てしまえば、普段は理性と諦めにも似た心境によって心奥底に封じ込めていた女としてのプライドが浮上してしまうのは、女の罪業と言うにはあまりにも酷な事。

 罪があると言えば、それは決まってはいるのだが、今此処に居ない人間の事を思っても仕方なき事。

 そして趣味によって熱せられた頭に劇薬を放り込まれた二人は、当然の如く……。

 

「………輝里ちゃん。言いたい事はそれだけですか?」

 

 貼り付けたような微笑みを浮かべたまま、翡翠は何の感情も籠っていない小さな声が、重く沈んんだ部屋に響きわたる。………黒い霞のような物と一緒に。

 

 霞?

 

 そう言うにはそれはあまりにも重く、そして濃厚で、……何より禍々しかった。

 翡翠の身体から滲み出た濃厚な黒い霞は、やがて翡翠の背後で形作る。

 かつて一刀が見るだけで怖気が走り、抵抗する気も失せるほど恐怖のどん底に陥れた二つの巨大な人影。

 その二つの陰から発せられる圧力と、暑苦しいまでの空気に輝里は、自然と一歩下がってしまう。

 先程のように挑発行為としての後退ではなく、本能が理性の制動を押し退けての後退。

 それでも輝里は不敵に笑って見せる。

 背筋を冷たい汗に濡らしながらも、そこで踏み止まって見せる。

 輝里にとってこれは想定内の状況。

 嘗てこの状況下に置かれて、目の前に人物……と言うか人外の影に勝てた事等一度もないとしても、輝里はこれ以上一歩も引く訳にはいかなかった。

 輝里は黒い霞の奥に輝く光、狂気の輝いを灯した翡翠の瞳を真っ直ぐ見つめ。

 

「オバさんはオバさんらしく、一人寂しく枯れた夜の生活していなさいっていうのよ」

「オバさん呼ばわりされるほど歳を取ってませんっ! それに見た目は貴女より若いです」

 

ぶおぉっ!

 

 今迄放たれた事のない禁断の言葉に突き動かされるように、翡翠は言葉と共に黒い影が拳を振り下ろす。

 空気の壁すらなんなく突き破り、周りに衝撃波を放ちながら放たれるそれは、人では防御も不可能な一撃。

 例え軍神と謳われる関雲長であろうとも。

 天下無双と言われる飛将軍呂奉先であろうとも。

 命からがら回避するのがやっとの一撃。

 幾ら武官としての心得が多少あろうとも、輝里は所詮は軍師でしかなく、そのまま壁に叩きつけられるしかない。

 そしていくら一般兵より丈夫な肉体を持とうとも、影の重い一撃の前には何の意味はなく。

 其処から齎される未来は誰の目にも明らか。

 

どがっ!

 

 

 

 

 其処に新たな影が輝里を守るように立ち塞がるまでは。

 翡翠の背後に控える二つの人影とは別の人影。

 黒い霞で出来たその人影は、翡翠のそれと同じく二体。

 だがその形は翡翠のそれと比べ明らかに小さく。翡翠のそれが鍛えられた肉体美を表すかのような形に比べ、輝里のそれは線の細い青年が導師のような服を着たような形を保っていた。

 

「……へぇ~、輝里ちゃんが意味もなく私をあそこまで挑発するとは思ってませんでしたが、それが輝里ちゃんの切り札と言う訳ですか」

「翡翠さんの持つ化け物と違って、よっぽど洗練された形でしょ。 私は華佗と于吉って名づけたわ」

「影に名前を付けると言うのもどうかと思いますが、……どうやら手加減は必要はなさそうですね」

「何時までも良いようにされると思わない事ね。 この炉離妖怪」

 

 そうして、怯える朱里と雛里の予想をも上回った人外の戦いが口火を切る事になった。

 爆発音とも呼べる轟音と共に砕け散る机。

 空気を引き裂くような鋭い音と共に、切り裂かれる大理石でできた壁。

 そして崩れてきたそれは、隅の机の下で震える朱里達に倒れる前に、巨大な肉塊の持つ壁の手によって瞬く間に粉々にされ、その破片すらも突然生じた突風と共に、何処かへと飛んでゆく。

 見れば輝里の前に出た長髪の青年の影が、その手を前に広げ悠然と笑って見せているのが、輪郭しか分からない影から何となく読み取れる事が分かる。

 

「大体、最近の輝里ちゃんの作品だって人の事言えないでしょう。 劉邦×張良をこっそり書いているのは知っているんですからね。 どう読んでも劉邦を一刀君、張良を輝里ちゃんにと投影しているじゃない。しかも普段は優しく、濡れ場となれば殆ど強姦とさえいるほど激く攻められるって、最近御無沙汰だから作品で自分を慰めているだけじゃないっ」

「くっ! 良いじゃないのっ、それくらい。 元はと言えば釣った魚に餌をあげるのを忘れている一刀さんが全部悪いのよ。 それに暴走は若さの特権よ」

「なっ。 自分が痛い所が付かれたからって、そんなふうに開き直るなんて汚ないわよ。

 そもそも輝里ちゃんの場合は暴走と言うより妄想が過ぎるっていうのよ。 どう考えても一刀君が、最初からあそこまで攻め気になる訳がないじゃないっ。

 それに、優しさと理性が煩悩と葛藤している一刀君を、上手く誘導して暴走させるのが醍醐味じゃないの」

「それは私も一緒よ。でも偶には其処まで求められたいって翡翠さんだって思うでしょっ!」

 

 二人の背後に立つ影が、もはや人間では到底ついていけない攻防を広げる中、輝里と翡翠は最早当初の趣旨を忘れ、感情のままに己の内にある不満を互いにぶつけて行く。

 これだけ感情を顕わにしながらも、互いに指一本手を出していないのは、一刀の周りに居る女性達の決めた不文律なのか、互いに国を背に背負っている故の文官としての誇りなのかは分からないが、事情を知っている朱里と雛里からしては、悪質な確信犯である事に何ら変わりもなく。

 そして文句も言えず、災害としてひたすらに耐え、嵐が去るの過ぎ去るしかない理不尽でしかなかった。

 そしてその嵐は、部屋の中で暴れるだけ暴れると、四体の影が開け放った壁の穴から互いの主を肩に抱き上げるかのように飛び出してゆく。

 

 まるで長い悪夢のような時間が……。

 その実、殆ど一瞬と言っても良い時間が過ぎ去った後には……。

 樹齢八百年を超える古代樹から削り出して作った大きな会議用の机は粉々に割られ、その面影が残る大きめの板も無残にも亀裂が縦横に走っており。

 詰まれた竹簡や書簡は、爆風に巻き込まれたかのように引き裂かれバラバラになっていたり、中には鋭利な刃物で一刀両断されたかのように、嘗て家具であった物の破片と共に地面に転がっている。

 部屋の入口の扉は扉の外観は残しているものの、金具が肩や外れてグラグラとぶら下がっているだけの状態を無事と言えるかどうかは、見る者によって意見は異なるだろう。

 なにより大理石の壁に開けられた、大きな穴から見える景色と吹き込む風を見て、この部屋がこの国の宰相の私室と信じられる者が居るだろうか?

 そんな変わり果てた自分の部屋を呆然と見つめる朱里の目に。

 

ばんっ!

 

 唯一部屋の体裁を整えていた扉が、激しい音を立てながら吹き飛ぶ姿が目に映る。

 そしてその吹き飛ぶ扉が舞い起す風が砂埃を舞い上がらせる中、一つの人影が部屋に飛び込んでくる。

 長い黒髪を高い位置で結い上げた女性。

 美髪公と謳われる女性の髪は、まるで濡れたかのように艶やかな輝くを出しながらも風に軽く揺れる様は、その髪が濡れているのでも香油によって輝いているのでもなく、彼女本来が持つ髪質である事が窺える。

 なにより、女性の持つ長大な矛が、彼女が何者であるかを示しており。

 そんな物が無くとも朱里にはそれが誰かなど分かりきった事。

 名を関羽、字を雲長、真名を愛紗と言い。朱里にとって頼もしい仲間であり友人である。

 彼女は戦場に居る時に見せる鋭い目と洞察力でもって、視界を僅かに塞ぐ砂埃をものともせずに、部屋の中から朱里を見つけ出し。

 

 

「朱里、無事だったか。 何やら巨大な"氣"と轟音が在ったので飛んできてみれば、この無残な部屋があるだけと来ている。 いったい何があったのだ?

 

 朱里に尋ねながらも、その視線と意識は周りの警戒に割かれてゆく。

 やがて危険が無いと早々に判断するや、愛紗はゆったりとした足取りで瓦礫の中を朱里の下に歩んでゆく中、彼女は目の前に居る少女が酷く動揺している事に気が付く。

 目の前の少女。 朱里は確かに気が弱く、引っ込み思案の所がある少女ではあるが、こと戦場においては我等に勝利へを導いた軍師。

 非常事態において、慌てる事や舌をかむ事は多々あっても、その思考は冷静で此処まで動揺する事は無い。

 つまり、朱里にとっては意識を戦場に身を置くような事態ではなかったと言う事か。

 その事を今迄の経験則と理から導き出した愛紗は、朱里に冷たい眼差しを向け。

 

「朱里、今一度聞く。 いったいこの部屋で何があった?」

「はわわっ。あ、あの、しょれは…その……」

 

 慌てふためきながら声の小さくなってゆく朱里の姿に、愛紗は自分の考えに確信を持ち。

 目を細めながら朱里を取り詰める。

 

 

 

 

「どうやら朱里の様子から、賊の類と言う訳ではなさそうだが、何があったかを話してもらおうか」

「はわわ、その姉様と輝里ちゃんが」

「子瑜殿と徐庶殿が?

 馬鹿も休み休み言え。あの二人が幾ら武の心得があろうとも此処までできる訳がなかろう。

 だいたい私は音と共に兵を連れて此処にまっすぐ飛んできたのだぞ。あの二人程度の武で我等が見逃す訳は無かろう」

「それはその………はわわ、言ってもきっと愛紗さんは信じてくれないだろうし…。

 そうだ雛里ちゃん。 あれ?雛里ちゃん?」

 

 愛紗のきつい眼差しから逃れるように小さく呟いていた朱里は、さっきまで隣にいた親友の姿がいつの間にかない事に気が付き、周りを見渡すが特徴ある魔女棒が見つかるどころか、その影すらもどこにもなく。

 助けを求めようとしていた新湯の姿を探す朱里耳に。

 

「私がこの部屋に飛び込んできた時にいたのは、朱里お前だけだ。 他に誰かいた気配すらいなかった」

 

 絶望と言う名の声と。

 裏切りと言う名の剣が、朱里の胸に深く突き刺さる。

 やがて隠れる物陰も、逃げ場がない事にも気が付いた兎は、目の前の獅子に只々絶望した眼差しを向け。

 無慈悲な閻魔の裁断を受ける事になる。

 

「大方、私室にて何やら実験をして失敗したと言う所だろう。

 今回は無事だったから良いが、一つ間違えれば大惨事を招いたと言う事に、我らが軍師殿は気が付いていないようだな」

「はわわっ」

「いくら忙しい身とはいえ、私室で実験をするなど言語道断っ。

 ましてや、その罪を誰かに押し付けようなどと言うのは決して見逃す訳にはゆかんっ!」

「ひっ」

「本来であれば、桃香様と御主人様の下裁断していただくところだが、生憎お二方とも不在。

 それ故に私が代わって裁断を下す」

「はわわ、ちょ、ちょっとまってくひゃ・」

「これ以上の言い訳無用! 幸い、怪我人もなく被害も朱里の部屋と限られた事ゆえに、罪そのものは目を瞑ろう」

「……ぁ」

 

 朱里は其処で気が付く。

 これは愛紗なりの優しさなのだと。

 此処で素直に言う事を聞けば、何も見なかった事にすると。

 事情を知らない愛紗にとっては、愛紗が今言ったことが事実であり、それ以外の可能性など何処にも在りはしない。

 ましてや、文官二人の放った禍々しい"氣"が人の形を取り、化け物のような破壊を繰り広げたなどと言う悪夢としか言いようがない与太話を、誰が信じると言うのか。

 そして、それを話したところで目の前の愛紗がそれを信じる訳もなく。

 当然ながらそんな事を話せば、事の経緯である自分達の趣味の事まで話さなければいけなる訳であって、それだけは何としても防ぎたい朱里にとって、愛紗の裁断は例え無実だとして受け入れる以外の手が残っていない以上。黙って無実の咎を受けるしかなかったのだが。

 

「だが無罪放免では他への示しもつかない。

 よって、瓦礫の撤去と後片付けは朱里一人で全て行う事。誰かに手を貸して貰う事はならん。

 むろん、修復にかかる費用は全て朱里もちとする」

「……ぇ」

「何日掛かるか分からぬが、部屋の復旧全てが終わった所で私の部屋に来てもらおう。

 今回の件でじっくりと話がある」

 

 くだされた裁断は、愛紗にとって甘いながらも当然の事。

 だが、非力で体の小さな朱里にとってその裁断は、苦行以外の何物でもなく。

 当然の事ながら、膨大な仕事がそれで免除される訳では無い以上、とても受け入れれるものではない……が、やはり頭の中の冷静な自分が出した答えは、受け入れる以外の道はないと答えをはじき出し。

 早々にこの部屋から立ち去って行く愛紗の足音を聞きながら、それでも心の中に在った想いを力いっぱい涙交じりに解き放つ。

 

 

「うぇぇぇ~~~んっ。 本当に私じゃないのにぃぃぃ~~~~ぃぃ………」

 

 

 

 

 朱里の悲痛な魂の叫びが空高く響き渡っている頃。

 朱里のいる城から遠く離れた森の中は、無残な傷跡を彼方此方に刻みながら進み行く先で、先程まで聞こえていた爆音はいきなり静まりかえる。

 その事実に森に住む動物達は、息を必死に潜めながら様子を見守るもの。今のうちにと音源から遠く離れるものと分かれる。

 そしてその森の中心では、

 

「ねぇ、いい加減止めない?」

「そうですね。 いい加減怒鳴り合うのも疲れました」

 

 輝里の提案に、翡翠はあっさりと頷き。その背にただずんでいた不気味な巨体の影を元の黒い靄に帰すと、その靄は彼女の身体に吸い込まれるように消えて行く。

 その事に輝里の方も身体から力を抜き。同じように二体の影を黒い霞に帰すが、その時に。

 

「今度約束通り【于吉×左慈】を書いてあげるわね」

「誰に言ってるの?」

「さぁ、何となく頭に浮かんだから言ってみただけ、意味はないわ」

 

 輝里の言葉は事実で、何故そう思ったか問いかけてきた翡翠に答えた通り、本人も不思議と理由は分からない。

 ただ、口にした言葉には意味と力があると思っている輝里にとって、今度言葉通り書いてみようと心の中で決めていた。

 そしてそんな輝里の脳裏に、

 

(俺を巻き込むなぁーーーーーっ! 書いたら殺すっ! 何があっても殺すっ!)

(まぁまぁ左慈。そんなに照れなくてもいいじゃないですか。 私がゆっくりと快楽を教えてあげますよ)

(近寄るなっ! 息をするなっ! ええーい、何で俺がこんな目にっ!)

 

 と、なにやら必死な魂の叫びが聞こえたが、輝里にとっては一旦脳裏に浮かび始めた物語の前には、そんな幻聴とも言える怨嗟の声など、抑止力が在るどころか、それさえも物語のネタにしか聞こえず。輝里の脳裏には、左慈が嫌がりながらも于吉に染められてゆく物語の構想の骨組みが出来上がっていた。

 脳裏に浮かんだそれを早速、腰に下げてある帳面に走り書きで記録していると。

 翡翠が自嘲じみた笑みを浮かべながら。

 

「二人には悪いことしちゃったわね」

「そうね。でもまぁ、今回はちょ~~と派手だったけど、何時もと言えば何時もだし。 今度お土産でも持って行ってあげれば、あの娘達だって許してくれるわよ」

「そうですね。 あの娘達にとって、姉は無茶を言うモノと言うのは今更でしょうし」

「………流石水鏡女学院で、伝説となっているだけはあるわね」

「その話は止めて貰えるかしら。 それにあの娘達に対しては、輝里ちゃんだって人の事言えないでしょ」

「それもそうね」

 

 つい先ほどまで、影に人外の戦いを繰り広げさせながら、感情赴くままに口論をしていた二人とは思えないくらい、二人は自然に微笑みあっている。

 別に不思議な事ではない。

 少なくとも二人にとってそれは当然の事。

 認めているのだ。……お互いに。

 互いに冷静で理知的な人間が、趣味についてあそこまで言い争得るほどに。

 だから言い争う切っ掛けは些細な事ならば、争うのを止めるのも些細な事。

 たとえそれが、不意に言い争っている内容に虚しくなったからだとしても。

 

「それにしても輝里ちゃんが、アレを習得するとはね。 ……まぁ一刀君の浮気を見るたびに夜叉に転じてたから、素養はあると思っていましたけど」

「全部一刀さんが悪いんですっ。 人の気も知らないで、誰彼かまわず優しくして見せるんだからっ!」

「それは私も同じ考えですが………輝里ちゃんは一刀君のアレが治ると思います?」

「………そうね愚問だったわ。 考えるだけ虚しくなってきた……」

 

 二人とも同時に吐いた重い溜息は、一人の男性に向けられたもの。

 どうしようもなく鈍感なくせに、女性の心を掴むのだけは異様に巧く、更に性質が悪い事に無自覚なのだ。

 とはいえ、自分一人に収まる男性ではないと思ってはいても、それでも一緒に居たいと思う男性。

 ともに頭を悩ます種でありながら、それでもその男性を想い続ける彼女達にとって、趣味は数少ない癒しなのだろう。

 

「ねぇ翡翠さん。 ちょっと提案があるんだけど」

「何かしら?」

「今回の発端となった件だけど、翡翠さんも一度英傑を書いてみない?

 むろん貴女の身近に感じる人物と言うのも、限定的だけど含まれている話」

 

 輝里の提案に、一瞬驚きに目を広げる翡翠。

 彼女は輝里の言わんとする事を正確に理解し、その上で盲点であったその話に、心は勝手に幾つかの構想を練り上げて行くのを自覚する。

 確かに面白い話が書けそうね。

 

「過去の英雄ではなく現在の英雄でもって、互いの作品に優劣をつけようと言う訳ですか。

 ならば稟ちゃんにも一枚噛んでもらった方が良いですね」

「そうね。三作品在った方が優劣は公平になるわね。 でも稟はこの話に載るかしら?」

「確かに『華琳様をそのような題材に使う事など考えられません』とか言いそうですが、きっと大丈夫ですよ。何せ稟ちゃんですから」

「ぁ~~……『華琳様を汚らわしい男にして、覇道の道を駆ける。 そしてその横には同じく男性化させた私が仕え。やがてその寵愛を……ぶはっ』とか言って、自爆しそうね」

 

 その情景が脳裏に鮮明に浮かんだのか、眩暈に襲われた輝里は軽く頭を振り眩暈を追い払う。

 とりあえず。稟はなんやかんやと文句を言いながら書くだろう。 己が主人を敬愛する稟は、それこそ例え主人を男性化しようとも、全身全霊をもって鼻血が迸るほどの愛を込めて本にするに決まっている。

 ある意味自分達よりすごい作品を書きかねないと危惧するほどに。

 翡翠は自分の国の英雄の事を書くだろう。 身近過ぎて気が付きにくい英雄の姿を、事細やかに書く事が出来る。 志半ばで倒れようとも、その志を受次いでゆく王達の物語を。

 輝里も本当は自分の国の事で書きたいが、それは諸事情で書けない為無理だが、朱里や雛里が話を書く事くらいはできる。その辺りは条件は不利と言えない事もないが、そもそもが自分の最も得意とする英雄譚もの。決して不利とは言えない。

 

「確認しますが、禁則事項は適用するんですよね」

「それは当然。一刀さんは書かないと言うのは私達の中で絶対よ。 もし他の娘の耳に入ろうものなら、命が幾つあっても足りないわ」

「幾ら詳細を知っているとは言っても、流石にそのまんまを書く訳にはいきませんからちょうど良いのかもしれませんね」

「それと、今回はもう一つ縛りを入れましょ」

「直接的な性描写はなしで、読む者が読めばその手の想像が膨らむ内容、と言う事ならば良いですわよ。

 それと、読み手が比較しやすいように表題も決めておきましょう。 私が【呉書】で、稟ちゃんが【魏書】」

「私が【蜀書】ってわけね。良いわね、其れ」

 

 そうして二人は、笑みを浮かべあい脚を街へと向ける。

 今お互いの脳裏には、自分達が描く物語がものすごい勢いで組み上げられている。

 書けるべき事、書けないべき事を取捨選択し。

 禁則事項である一刀を除いた話の展開を、組み上げては壊すと言う作業を行い始めて行く。

 この壊した瓦礫の高さと、積み上げられた瓦礫の面積が、作品の質を左右するとさえ言ってもいい作業。

 故に、せめて今日一日だけは誰にも邪魔されずに構想を練りたいと考えた二人は、今日世話になる予定の城には戻らずに、街で宿を取る事を決める。

 二人に他意は無く。純粋にそう決めただけの事。

 決して自分達の繰り広げた罪から目を背けているとか、逃げているではなく。

 すでに二人の脳裏からは。その事実は綺麗さっぱりと抜け落ちているだけに過ぎないだけの事。

 

 

 

 

 そうして描かれた三冊が、数百年を経て余人の手で幾つか改編され、在る人物が一つに纏め上げて英雄譚を描き、歴史に残る本になる事など、今のこの二人に知るよしもなく、日も暮れ月が空高く上がった頃。

 

 

「ぅぅっ…。一つ積んでは姉のため。二つ積んでは………ぅゎ~~んっ、終わらないよぉ~」

 

 

 城の一角で、涙を堪えながら必死に瓦礫の撤去をしている少女の悲痛な叫びが、夜空高く吸い込まれてゆく。

 そうしてそんな少女を陰ながら見守っていた影は……。

 

「……朱里ちゃん。ごめんね」

 

 そう呟きを漏らしながら、瓦礫の後片付けは手伝う事は出来なくても、せめて仕事だけは自分の方で少しでもお手伝いしようと、心に強く決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづかない

 あとがきみたいなもの。

 

 

 どうも、うたまるで~す。

 狭乃 狼様の【 真・恋姫夢想 夢演義 腐の競演編 】を読んで、私も書いてみたくなったので、狭乃 狼様の許可を得て書いてみました。

 言うまでもなく、この話に出てきた翡翠や輝里の設定は、私の『舞い踊る季節の中で』や狭乃 狼様の『北朝伝』の本編とは何ら関わりもありません。

 暴走です。 夢物語です。 とりあえず読んでくださっている皆さんが笑っていただければよし、と思って書いただけの妄想です(w

 

 とりあえずこの話を書くにあたって、困ったことが二つ。

 一つは最近リアルで忙しいためあまり執筆が進まない事。………まぁこれは、いつもの事のような気がしますのでおいておいて、もう一つは狭乃 狼様の『北朝伝』を読んでいないんですよね。私(滝汗

 読みたいと思ってはいたので、この際読めばよいのですが、やはり前述言ったように今少し忙しくて読み気力がわかないと言うのがありまして……ぶっちゃけ、GWに読むとして今回は Sirius様の絵のイメージから浮かんだ輝里で書いてしまえと言う、もう暴挙ぶりをやってしまいました(w

 この反省は、GWに狭乃 狼様の『北朝伝』を読んで、ぅわぁ~~………と呟きながら後悔の雨に打たれたいと思います。

 この話を書く事に当たり狭乃 狼様に許可をいただけた事、此処に感謝の言葉をあげさせていただきます。

 また、いつも素晴らしい絵を描いてくださっているSirius様、同様に素晴らしい絵を使わせてもらっている金髪のグゥレイト様にも、深い感謝の意を述べさせていただきます。

 

 いつもいつも、ありがとう(゚∀゚)/


 
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