No.212680 境界のIS~第七話 ホントウノボク~夢追人さん 2011-04-21 00:43:36 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:1723 閲覧ユーザー数:1629 |
「い、一夏」
「なんだ?シャルル」
「その、止めようよ。みんな見てるよ?」
「……じー」
「シャルル、俺と一緒はイヤなのか?」
「イヤじゃないけど、恥ずかしい――あっ」
「カナ、びーえるふらぐ」
「世界、どこで覚えたかは知らないけど、早く忘れなさい。それとシャルル。一夏のバカを連れて先に着替えてるから、ゆっくり来てくれて構わないよ」
「あ、ありがとうカナタ」
「カ、カナタ。お前、俺と一緒に着替えたいなんて、まさかアッ――」
「……殴るぞ?」
「ふぅ」
ドアがスライドすると、シャルルは自室の中に入った。
――一夏ってば失礼しちゃうよね。ボクだって恥ずかしいのに
自分のベッドに歩み寄ると、ボフンとダイブする。
――でもカナタって、やっぱり優しいなぁ
転入したてで何事にも不慣れな自分に、あれこれ世話を焼いてくれたのも彼。先程のように一夏に迫られた?ときに、いつもそれとなくフォローを入れてくれるのも彼。一緒の部屋で生活していても、一つ一つの行動に心地よい気遣いを感じていた。
――細かいんだけど、線を引いてるって感じじゃないんだよね
うつ伏せに寝転がったまま、シャルルは脚をゆっくりバタバタさせる。
脳裏に浮かぶ彼の顔は、なぜか苦笑しているものが多かった。
――やっぱり、気づいてるのかな?
照れたような笑みを浮かべる彼が頭をよぎったとき、シャルルはふと考えた。
最近彼方がこちらをじっと見つめてくることが多くなったような気がする。最初は気のせいとばかり思っていた。見られて嫌という訳ではないけれど、やっぱり気になる。しかしそれとなく理由を訊こうとしても、いつも視線をそらして話題を変えてしまうのだ。
――ボクの秘密。話した方がいいのかな?でもでも、向こうにバレたら大変なことになるし、でも……
ベッドの上をゴロゴロする。
友人に隠し事をするという後ろめたさと、本当に秘密がバレていたらどうしようという不安がごちゃ混ぜになる。ミックスされた気持ちは身体の中心からじわりと溢れ出し、どうしようもないエネルギーとなって全身を駆け巡った。落ち着かない。
シャルルは枕に顔を埋めた。
――でも、カナタになら……
仰向けになる。
「どうしたらいいか、わからないよ……」
「……話せば、いいと思う」
「あ、お帰り」
着替えたついでに一夏と夕食をとり、僕が部屋に帰るとシャルルが出迎えてくれた。
「この間カナタが淹れてくれたお茶、今日はボクが淹れてみたんだ。はい、どうぞ」
「あ?あぁ」
「……どう?」
「お湯を淹れてからの時間が長いな。ちょっと苦い」
「やっぱりかぁ。ボクもまだまだだね」
自分の分のお茶を入れ、あははと笑うシャルル。妙な違和感。
「なぁ、シャルル」
「?なに?」
「違っていたら悪いんだが……何かあったのか?」
無理をしている、というやつなのだろうか。さっきのシャルルの笑みには影があった。いつもはぱぁっと咲き誇る向日葵も、今日はくたっと萎れ気味。
せっかく淹れてもらったお茶にも、なんだか変なよそよそしさを感じる。
「……カナタには、分かっちゃうよね」
マグカップを持ったまま、シャルルはポスンとベッドに腰を下ろした。
「ね、カナタ」
「ん?」
「聞いて欲しいことがあるんだけど、ちょっとあっち向いててくれない?」
視線が刺さる。声が本気だ。優しいけれど有無を言わせないその口調に、僕は即座に回れ右をした。
「……」
「……」
背後で、シャルルがゴソゴソやってる。続いて聞こえたのは、スルスルという衣擦れの音。服を脱いでる?着替え?だったら後ろを向く必要はないはず。何やってるんだ?
コチコチいってる壁掛け時計がうるさい。時間がすごく長く感じる。
「……いいよ、こっち向いて」
後ろから掛けられたか細い声に、僕はゆっくりと振り返る。そして彼を見た。
「カナタ、あのね……」
『驚いた』よりも『ああ、やっぱり』という気持ちの方が強い。
結んでいたはずの金髪が、柔らかく輝くロングヘアになってる。ジャージを着こんだ、すらりとした四肢は相変わらず。しかし女性特有の、形のよさそうな胸のふくらみが、上着の下からその存在を主張していた。
「ボクね、女の子なの……」
頬を紅く染めた目の前の彼女――シャルルは言った。
「……成程。シャルルのお母さんはお父さんにとっては愛人で、そのお母さんが亡くなったときにシャルルはお父さんに引き取られた」
「うん。色々検査していくうちにIS適性が高いことが判ったから父の会社……デュノア社のテストパイロットをすることになったんだ。もちろん非公式にだけど」
うつむいたまま、シャルルはぽつりぽつりと話してくれた。
「お義母さんと妹は――本妻の人とその人の娘なんだけどね、いろいろボクに優しくしてくれたんだよ。それでも父には拒絶されて。会社が経営危機だってこともあったんだろうけど」
「経営危機?デュノア社ってIS関係じゃかなりのシェアを持ってる会社じゃないか」
僕は自分のベットに腰かけると、シャルルと向き合った。
「そうなんだけどね。カナタは『イグニッション・プラン』って知ってる?」
「いや」
欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』。その計画の下各国がこぞって第三世代ISの開発を行っているのだが、フランスはこれから除名されたらしい。国家間の援助がなくなり新型ISの開発が困難になったフランス。その中でも第二世代型最後発の会社であったデュノア社は政府からの資金提供を全面カットされ、大きなダメージを受けたとシャルルは語った。
「だから多くの『生きた』データを採るために、ボクはIS学園(ココ)に来ることになったの。各国の最新鋭機とその操縦者たちと接触できるのは、世界中でもココだけだから」
「でも、なんで男装?」
「簡単だよ。男であれば、同じ特異ケースに接触し易い。広告塔(ポスター・マン)としての役割も見込めるからね」
彼女は小さく嘲笑った。
「……」
「ごめんね、こんな話につき合わせて。ホントは話しちゃいけないことなんだけど、カナタには知っておいて欲しくて」
どんどん尻すぼみになっていって、最後の方はほとんど聞こえなくなってしまった。マグカップを持った小さな両手が震えていた。
「そっか……」
シャルルの話を整理する。どれくらいの間そうしていただろうか。彼女は視線を下に落とし、僕は天井を眺めていた。
「シャルル」
言いたいことがようやく形になってきたところで、僕はシャルルに声を掛けた。
「シャルルの話は、よく解ったよ。親御さんのことも、キミがどれだけ頑張ってきたかも。でもね、同情はできないよ」
僕はあくまで僕であって、シャルルではない結局は他人事なのだ。僕にも家族はいる。取り立てて自慢するところはない両親だけれど、それでも僕をここまで育ててくれた。平和な暮らしと愛情を与えてくれた。当り前のように思われるかもしれないけれど、これは間違いなく誇れることだ。
両親がどちらも死んでるとか、親に捨てられたなんてのは僕にとってはフィクションにすぎない。
「可哀そうだなんて言わないし、一緒に泣いてあげるなんてこともしない。けどね――」
さぁ、ここからだ。気持ちをぶつけろ。想いを語れ。話してくれた彼女の決意に、応えてみせろ。向井彼方!
「キミを理解することはできる。話を聞いて、受け止めてあげることは僕にもできる」
シャルルが顔を上げた。互いの視線が交わり、重なり、やがて一本の線を描く。
そのほんの一瞬で。ばちりとスパークするような感覚を通じて、僕と彼女は繋がった。
そうだ。必要なのは付けて足したような同情ではない。黙って彼女の話を聞いて、理解して、どんなことでも受け止めて、受け入れる覚悟だ。
顔も知らないシャルルの父親に、自分のことでもない怒りをぶつける?そんなことをして何になる?「自分はこんなに貴女のことを考えているんですよ」というちっぽけな自己満足にしかなりはしない。そんなもの、全くもってナンセンスだ。
僕は立ち上がると、本棚から一冊の本を取り出してシャルルに手渡した。
「これ、教科書?」
「青の譜線が貼ってあるところがあるだろ?そこ、読んでみて」
「えと、特記事項第二十二。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする――あ」
気づいたようだ。そう、僕らには三年間の猶予期間(モラトリアム)が与えられている。『外的介入』が完全にないかと言われればウソになるが、それでも安心材料にはなる。
「だから悩め。悩んで悩んで、自分の答えを出せばいい。その果てに、どうしても答えが出なかったら――」
僕が味方になってあげる。僕が、キミの居場所になろう。
ただ近くで、何も言わずに、そっとキミを支えよう。
これが僕の、向井彼方の出した答えだ。
「……うん。うんっ!」
シャルルの目に、涙が光るのを見た。一度堤防が崩れれば、流れる涙は止められない。彼女は肩を震わせると、両手で顔を覆ってしまった。
小さな嗚咽が僕たちの部屋に響いた。
「カナタ……ありが、とう……」
彼女の言葉を背中に受け、僕は静かに部屋を出た。
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ここから数話、好き嫌いがはっきり別れる展開が続くかも……
4/21:これまでのシャルルの一人称を“僕”から“ボク”へ
変更。