No.211764

真・恋姫†無双 桃園に咲く 2

牙無しさん

一刀の決断。遅々として場面が進みませんなぁ

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2011-04-15 11:34:26 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3192   閲覧ユーザー数:2745

 

 緊急事態であろうと、世界がおかしくなろうと、人体は平等に空腹を訴える。

 我がことながら空気を読むということを知らず唸りを上げる腹に、呆れるしかなかった。

 場所を移そうといわれて追従した先の村で、いくつかの確信を得る。

 ひとつ、いよいよこの世界は西暦2008年でも、日本でも、東京でもないということ。

 簡素なつくりの平屋が密集し、舗装されていない通路をこれまた簡素な衣類を着流した人々が行き交い、荷を背負う牛馬が行き交う。

 間違っても近代都市の様相はどこにもなかった。

 なんだか、それっぽい感じに昔を醸し出している雰囲気が伝わってくる。

 これが古代中国の町並みであるかといわれれば、それはそれで甚だ疑問だが。

 

「お兄ちゃん、何をしてるのだ! 早く来るのだ!」

 

 物珍しげに鈍い足取りで町をほっついていると、業を煮やした張飛が手を振っていた。

 劉備と関羽の足も止まっているところからすると、目的地の食堂に着いたのだろう。

 ポリエステルの制服を身にまとう自分は、確かに町筋を歩く人並みから浮いているが、同じように目の前の3人も十分浮いているように思える。

 身を包む衣服が変なのはお互い様だ。

 そう考えるのも、彼女たちがこの時代の中で特別な存在であることを予備知識として知っている所為なのだろうか。

 

 

 

 

「てんの、みつかい?」

 

 おそらくは自分の事を指すのであろう、尊称をたどたどしく発音する。

 てんの、みつかい。天のみつかい。天の御使い。

 

「そう、この乱世の大陸を平和にするために舞い降りた、愛の天子様だよ!」

 

 ロマンに酔うかのように、手を組み合わせ振り回しながら語る劉備の姿は外見相応の無邪気さを振りまいていた。

 こういってはなんだが、胡散臭い。彼女のいっていることが、というよりか、その名称が。

 そう思っていたのが自分だけではないことが救いだった。

 生真面目なアンバーアイを渋く歪めて、劉備の隣に座っていた関羽がもう少し噛み砕いた説明をしてくれる。

 

「この乱世に平和を誘う天の使者。自称大陸一の占い師、管輅の言葉です」

「東方より飛来する流星は、乱世を治める使者の乗り物だーって、管輅ちゃんいってたの」

「それで、鈴々たちは五台山の麓まで行ったのだ」

「……さっきもいってた、乱世って」

「今の世の中のことなのだ。漢王朝が腐敗して、弱い人たちから沢山税金とって、好き勝手してるのだ。それに盗賊たちも一杯々々いて、弱い人たちを苛めているのだ!」

「そんな力ない人たちを守ろうって立ち上がったのが、私たち三人なんだよ。だけど、私たち三人の力だけじゃ、何もできなくて」

「どうすればいいのか、方策を考えているところで管輅と出会い――」

「占いの場所に行ってみれば、俺が暢気に眠りこけていた。と」

 

 一通り、今までの経緯を整理すると、いかにもな話だった。

 この時代どこにでも転がっていそうな戯言だとしても片付けられそうだが、示された場所に不審人物が転がっていたなら話は別にもなる。

 話を聞く限りで、時代は黄巾の乱の直前。幼帝を巡って外威と宦官とが小競り合いを続けていた時期あたりだろうか。

 ちょうど三国志の物語の初頭に置かれる部分だ。

 ここまでお膳立てがされていると、妙な警戒に背中がむずむずするのも仕方がない。

 暗黒の時代、そこに現れる救世主。まんまRPGみたいな展開だ。

 それも主人公のポストがそれ相応ならの話だけど。

 

「残念だけど、俺はそんな大層な人物じゃないよ? 魔法……というか仙術、っていえばいいのかな? も使えるわけじゃないし、武術に至っては、多分君たちのほうが数倍も数百倍も上だ」

 

 生まれつき手首やら手の甲に痣でもあればいいのだが、湯飲みを持つ右手は適度に日に焼けてこそすれ、特殊な焼印は影一つない。

 ここで一つ何かに目覚めてくれれば一番手っ取り早そうなものだが、全くもってそんな気配もない。

 相変わらずな、一般臭の匂いたつ高校2年生がいるだけだ。

 本当に自分でよかったのだろうか。誰かと取り違えていないだろうかと、宛てのない上に少し見当違いな懸念が心の中に広がる。

 

「えー。仙術使えないのかー。お兄ちゃんダメダメなのだ」

「ホントだよねー。自分でもなんでここにいるんだろって思う」

「確かに、失礼を承知でいわせて貰うと、貴方から英雄たる雰囲気はあまり感じられない」

「自分でもそう思うよ」

 

 こればかりはどうしようもない。

 なんでもない高校生ひっ捕まえて、英雄も何もあったものではないだろう。

 ライターの一つでもあれば仙術まがいのことができたかもしれないが、それなりに品行方正で通ってきた学生が持っている代物でもない。

 第一、そんな小手先の手品で誤魔化しても仕方がないだろうし。

 

「それでも! 貴方がこの国の人じゃないっていうのは、隠し様もないはずです」

「まぁ、ね。この世界の住人ではないのは、確かだと思う」

 

 未だにドッキリでした、なんていうオチが用意されていなければの話だが。

 できればそっちのほうがとも思うけど、最早望み薄だろう。

 

「でしょでしょ! だからあなたは天の御使いってことで確定です」

「……確定、ですか?」

「確定です」

 

 爛々と星を飛ばす碧色にそういわれてしまっては、なんだか否定する気も削がれる。

 サンタクロースを信じる子どもに甘やかな嘘を吐くような、微笑ましい心境だ。

 なんだかホイホイとんでもないことが決まったような気もするけど。

 

 

 

 

「それに、正直にいうと……貴方が天の御使いでなくても、それはそれで良いのです」

 

 そう苦々しく口火を切ったのは、関羽だった。

 御使いかもしれない、っていうのが大切なのだ。と張飛が続けて、一気にきな臭い方向に転がり始めた場の空気を感じる。

 

「……というと?」

「我ら三人、憚りながらそれなりに力はある。しかし我らに足りないもの……それは」

「名声・風評・知名度……そういった、人を惹き付けるに足りる実績がないの」

「あぁそれで、『天の御使い』」

 

 ようやく彼女たちが意図するところが読み取れた。

 確かに本来の三国志でも、劉備たちが歴史の表舞台にのし上がるのはとにかく遅い。

 同じ天下を争うにしても、父親のコネで元々官僚だった曹操や、同じく父親の代から武勇によって名声を馳せていた孫策・孫権と違って、ホントに何もないところから始まったのだ。

 演義では蜀に焦点が当てられているからあまり気にもならないが、それでも自国を持つようになるのなんて物語の中盤もいいところだ。蜀の建国時点で劉備の齢50歳ほどにまでなっているはず。

 そもそも諸葛亮の唱えた天下三分の計が成ったからそうであって当然だったように錯覚も起こすけれど、呉の名軍師周瑜は魏と呉で天下二分の計なんていうものも計画していた。

 それぐらい、蜀ひいては劉備の台頭というのは予想外のことだったのだ。

 

「本来なら、評判は積み重ねていくのが定石なのでしょうが、大陸の状況は、すでにその時間を私たちにくれそうにもないのです」

「そこで天の御使いという風評を利用して、大きく乱世に羽ばたく……か」

 

 3人が一様にハの字に眉を曲げて、目を逸らす。

 別に責めたつもりもないけれど、そう聞こえてしまったかもしれない。

 時代を考えれば、天だの神仙だの、そういった霊験あらたかな存在への信奉は著しい。

 それは今後起きる黄巾の乱の長祖、張角が身をもって証明した事例。利用しようと思えば、いかようにも利用できる。

 天の御使い、劉備の側にありとすれば、一時的な求心力になる。

 そこから劉備という少女に共感するものが出てくるだろう。

 要は神輿だ。そうすれば、空白に近い数十年が一気に縮まる可能性も確かにある。

 

 だからこそ、躊躇いもあった。

 自分の一手が、あるべき世界を歪める。この世界は恐らく自分のいた世界の過去とは異なる(というかそうじゃなければとんでもないことになる)だろうが、少なくともこの世界のあるべき運命を捻じ曲げてしまう。

 これは予想なんて曖昧なものではない、確信だった。

 主要人物の性転換、妙なところでズレた舞台設定。それでも土台はあくまで後漢末期、あくまで三国時代の夜明けなのだ。

 たぶん、今後の展開に大きなブレは生じないだろう。

 歴史に不要な横槍が入っては、その後にどんな影響があるのか。

 バタフライ効果だ。風が吹けば桶屋が儲かり、蝶が羽ばたけば竜巻が起こる。壮大なカオス理論。

 個人が答えを出すには、重すぎる話だ。

 

 

「弱い人たちが傷つき、無念を抱いて倒れることに我慢ができなくて、少しでも力になれたらって、私たちは旅を続けてきたの」

「官匪の横行、太守の暴政。王朝の乱れは乱れを生み、弱きものからの搾取が間断なく行われていく。……そして、弱き者は群れを成して、さらに弱いものを叩く。その負の連鎖が巨大なうねりを帯びて、この大陸を覆っている」

「3人じゃ、もう何もできなくなっているのだ……」

 

 答えを出し渋っていると、ポツリポツリと語られる現在の情勢。

 伏せられた顔は、自分たちの至らなさを恥じているようにも見えた。

 

「それでも、諦めたくないんです。無力な私たちでも、できることがあるって信じたい!」

 

 ままならない今に歯がゆさを覚えながら、それでも前を見て進もうとする。

 無鉄砲で、がむしゃらで、ひたむきで、真っ直ぐな瞳だった。

 純粋さと、それに伴う危うさを併せ持つ碧に、射抜かれた。

 琥珀色と群青色の瞳が真摯な情熱を湛えて見つめている。

 その視線に耐えられなくなって、そのままでは迂闊なことをいいそうになりそうで、天井を仰いだ。

 

 途方もない因果の業と、自身の良心、それと彼女たちの真心を秤にかける。

 そして次の瞬間に、その秤ごと蹴っ飛ばした。

 なんだかものすごく傲慢な気がした。

 なんだかものすごく失礼な気がした。

 一介の青臭い小僧が何様のつもりだと、怒りを通り越して笑えてくる。

 運命を握ったつもりになって、目の前で頭を下げている女の子になにを出し惜しみじみた真似をしているのかと。

 所詮、その因果の一つに過ぎないではないか。

 この場所に来た理由も、本当に自分でよかったのかも、帰る当てもわからない。

 わからないづくしの中で、わかることがあるとすればそれは。

 今こんな自分でもできることがある、求めている人がいるということ。

 

――世に生を得ることは事を為すことにあり

 

 昔、九州で剣術道場を開いている祖父がいっていた言葉を、今になって思い出す。

 自分がこの場所で息づく理由。それはまだわからない。

 それでもそれが事を為すことだとしたら。

 見当違いかもしれない。勝手かもしれない。それでも。

 

――体を捨て、待を捨て去れば、心は自在になる

 

 祖父より伝えられた、剣術の極意。

 その真意に到達できるかわからないけれど、字面どおりの意味に近づけたら。

 

 

 大きく、息を吐く。固唾を呑んで見守る彼女たちに、ようやく正面から視線を合わせることができた。

 

「わかった。その神輿の役目、俺でよければ引き受けさせてもらうよ」

 

 気のせいかもしれないけれど、そのとき驚くほど肩が軽くなった気がしたんだ。


 
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