「失礼します」
その声と共に艦長室の扉が開き、入ってきたのは戦闘班班長兼艦長代理の古代進だ。
「艦長、お怪我は…」
「ここには俺と進だけなんだから、いつも通りでいい」
進の言葉を遮るように、艦長と呼ばれた男性―――古代守は言う。
つまり、進とは兄弟の関係になる。
進もそう言われ、ふっと「弟」の表情になった。
「…怪我のほう、どう?」
改めて尋ねる。
「ああ、だいぶよくなってきてる。もうすぐ復帰できるだろう」
「それならいいんだけど、無理しないでくれよ」
「わかってるよ。心配性だな、おまえも」
守はくすくすと苦笑交じりに笑った。
辺境調査及びテスト航行中のヤマト。
その途中で、突如現れた宇宙気流。
それが思いのほか激しく強いもので、艦内ではバランスを崩して怪我をする者が多く出た。
守もより的確な指示を出すのに艦長席から降りようとして、怪我をしてしまったのだ。
そのため、守の怪我が治るまでは進が艦長代理として務めている。
「…そんなことより。“彼”の様子はどうだ?」
「彼?」
にこりと笑う守の問いかけに、進は目を瞬かせる。
「進がよく話してる子だよ。『佑介』といったか」
「ああ…」
途端に、進の表情がとてつもなく柔らかくなった。
「すっかり周りに溶け込んでるよ。医務室で佐渡先生や雪の手伝いとかをしてる」
その顔に笑みを浮かべて。
突然、自分の目の前に現れた少年。「落ちてきた」と言ったほうがいいかもしれない。
医務室で目を覚ましたその少年―――土御門佑介は、自分の置かれた状況に混乱していた。
無理もない。いきなり知らない場所に放り込まれたのだから。
しかも己がいる時代ではなく、200年もの未来へ。
進が説明をして「今はここで過ごすといい。皆にも言っておくから…」と落ち着けた。
本当は心細いだろうに、進に「…ありがとうございます」と言って向けた笑顔がとても印象的だった。
それからは何かと気にかかって。
進たちを心配させまいとする振る舞いの裏に、不安の色も隠せなくてよく人知れず展望室に行っていた佑介。
そんな佑介に、進は初めて、
「佑介は、今は俺たちの『大事な仲間』なんだからな」
そう伝えたのだった。
だから心配するなと。
佑介に接していくうちに、いつしか進の中に佑介のことを「弟」のように思う気持ちが芽生えていたのだ。
「…ほんと、初めはどうなるかと思ってたけどさ。杞憂だったよ」
進は笑顔のまま。
穏やかで、いとおしむように。
「今じゃ…あいつには悪いけど、このままいてくれたら…と思ってしまうんだよな」
「進」
苦笑のような、寂しげな笑み。
進とて、それが最良のことではないとわかってはいる。
わかっているが、それでも…と望んでしまう。
だがそれは、佑介のためにはならない。
佑介にも、己がいるべき場所でやることも、やらなければならないこともあるのだ。
「…情が移っちまったかな、俺も」
はは、と、ばつが悪そうに笑う進に、守は。
「……いいんじゃないか? 今はそう思っていても」
「え?」
兄の言葉に、進は目をわずかに見開いた。
「本来なら、出会うはずがないおまえたちが出会ったんだ。それが運命の悪戯だとしてもな」
「………」
「いつかは、彼が元の世界に還る時が来るだろう。…それまで、悔いのないようにしっかり支えてやれ」
にっこりと、柔らかく笑う守。
「兄さん……」
進はなんとも言えない表情になる。
守にも、既にわかっていた。
進がこの短期間で、佑介のことをどれほど大事に思っているかを。
婚約者の森雪とは、また違う意味だとしても。
こうして自分を見舞うときは、気がつけばいつも佑介の話になっている。
他人にも、そして自分にも厳しい弟の心の扉を開けた『佑介』という少年に、一度会ってみたいと思う守だった。
「そのくらい可愛がったとしても、罰は当たらんさ」
守は明るい声で笑うと。
「…その代わり、俺の怪我が治った時は真っ先に会わせろよ?」
悪戯な笑みを浮かべて言った。
「…うん、わかった」
進もつられて笑った。
「―――佑介。業務が終わったなら昼飯食いに行くか?」
「あ。…うん、もう少ししてから行くよ」
医務室に来た進に、満面の笑みで答える佑介。
「そんなのアナライザーに任しといて、行って来い」
医師の佐渡酒造が手をひらひらさせて言う。
「え、でも;;」
「いいから、ほれっ。行った行った」
それに苦笑しつつ、佑介は一瞬進と顔を見合わせて。
「じゃ、行ってきます」
にこっと笑って、進と医務室を出れば、入り口で雪も笑顔で待っていた。
「…まったく。傍から見れば兄弟と変わらんのう」
じゃれ合いつつ歩く進と佑介を、笑いながら見ている雪。
目を細めて、苦笑交じりに見送る酒造。
「―――いつまで、一緒にいられるかの…」
いつか、来るべき時が来るまでは。
今は、この時間を大事にしたいと思う。
―――そう、今だけは。
この我が侭を、許してほしい。
了
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最後だと思ったら、またまた落っこちてしまった『時空を超える者』外伝です。
今回はちと趣向を変えて、古代くんとヤマト艦長である守にーちゃんの会話です。
佑とは会えなかった守にーちゃんですが、古代くんとこんな話をしてたんじゃないかなあ…と。
守にーちゃんの怪我の理由は、ちょっと無理があるかなと思いましたが、ここは目をつぶってください;;