No.211366

~真・恋姫✝無双 孫呉伝~第二章 拠点

kanadeさん

ただ一言

お待たせしました!!

第二章の拠点をお届けします

2011-04-12 19:07:13 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:12492   閲覧ユーザー数:8419

~真・恋姫✝無双 孫呉伝~ 第二章 拠点

 

 

 

1/香蓮

 

 

 

 ある穏やかな昼下り、暇を持て余していた香蓮は一人街へと繰り出した。

 一刀が警羅隊を発足して以来、街の活気は増すばかりで、香蓮としては感謝してもし足りなかった。

 元々、自分や雪蓮がいるため、悪事を働くなんていう馬鹿は基本的にはそういるものではない。だが、物盗りの様な小物はちらほらと窺えていたのだ。ただ、兵を多く警羅に割けなかった以前では、取り締まりが充分であったかと言われれば、残念なことに首を横に振らざるを得ない。

 一族も臣下も離散していた事もあってあらゆる物事に対して人手不足だった事もまた事実なのだ。

 だから仕方ないというわけではないのだが、一刀の行ったこの試みは見事な形で育ちつつある。

 「民が賑わうのはいいことだな・・・」

 「文台様、おはようございます!お一ついかがです?」

 歩いていると、店先で饅頭を売っているおばちゃんが挨拶をしてきた。

 香蓮も含め、呉王の一族は、親身になって民と接しているため、非常に人望が厚い。

 「ああ、頂くとしよう・・・これで足りるか?」

 「そんな、お代は・・・」

 「そうもいかん。生憎と、今のあたしは将でも何でもなく、街を散策しているだけの身だからな。それに、商売に贔屓はいかんよ。相手が誰であれな」

 流石に、元・王にそう言われては、これ以上否定するわけにはいかず、饅頭を売っていた女将は香蓮の手から代金を受け取った。

 

 「――はむ。・・・うむ、美味いな。・・・一刀にも分けてやりたいくらいだ」

 そこでぴたりと足を止める。

 (あたしは・・・今、なんて言った?)

 最近、ちょくちょくこういった事を自覚する事が増えた。

 何を考えても、一刀へと繋がってしまうのだ。

 「馬鹿馬鹿しい。・・・はぁ、気を取り直すとしよう」

 気分を新たに、街の散策を再開しようと一歩を踏み出した。

 

 ――その時。

 

 「――あれ?香蓮さん、何してるの」

 

 今しがた頭の隅に追いやった顔が、声を掛けてきた。

 

 

 「そっか、仕事が一段落したんだ」

 「ま、まあな。あたしは雪蓮と違って真面目なのさ」

 くくっと笑う香蓮に一刀も釣られて笑う。

 警羅の途中だった一刀と出くわした香蓮は、今こうして彼と肩を並べて歩いている。

 本日燕は、氷花と一緒に書簡整理をしており、今はその真っ最中だったりするのだが、そこは割愛。

 「それで?お前は何をしていた・・・仕事だという事は分かるが、様子が違うからな」

 「ん?ああ、新しく警羅隊に配属になった新人の研修だよ。引き継ぎをしてきたから、今は昼休みってとこかな。今日は、何処で昼ご飯を食べようかなって思って歩いてたら、香蓮さんを見かけたってわけ」

 「ほう、あたしも丁度小腹がすいたところだ」

 ついさっきまで肉まんを食べてなかったか?などと聞くつもりはない。絶対に恍けられるにきまっているからだ。

 「・・・・・・それは、暗に奢れ・・・と仰っているので?」

 「何を言うかと思えば・・・あたしは〝小腹がすいた〟としか言っていないだろう?」

 ニヤリと笑う香蓮。一刀は、やられたと思ったが時既に遅し。ここまで来て今更、〝奢る〟会話の方向を変える事は、彼女が相手では難しい事間違いない。

 「・・・どこで食べようか?」

 「変に勘ぐるから墓穴を掘るのさ。まだまだ青い」

 心から楽しそうな香蓮に。一刀は苦笑しながら、それでもこの人が笑ってくれるならいいかと、口に出さず心で思い、香蓮に手を引かれ歩きだすのだった。

 

 「・・・麻婆を飯に・・・お前、正気か?」

 実はしょっちゅう麻婆丼を注文している一刀。このメニュー、初めてこの店でそれをやった際に、店主がこの料理に衝撃を感じ、独自に改良を重ね、店の商品として、既にこの店の人気メニューとして定着しているわけなのだが、香蓮はそれを若干引き気味で、凄く胡散臭そうに見ている。

ちなみに香蓮は天津(カニ玉)定食を食べている。当然、お酒も一緒だ。

 「むぐ・・・ん、美味しいよ?」

 「・・・・・・」

 些か興味が湧いているのか、ちらちらと視線が麻婆丼に向けられている。

 「・・・食べる?」

 レンゲに掬った麻婆丼をスッと香蓮に差し出すと。どうしろといった顔をした。

 「あ~ん」

 「な!?」

 香蓮は、一刀が初めて見るほど顔を真っ赤にした。

 だが、一刀がどうにもレンゲを下げるつもりがないのを感じ取った香蓮は、暫くして、諦めたか、覚悟を決めたかのような顔をしてレンゲを咥えた。

 

 

 「どう?」

 「・・・・・・」

 咀嚼している香蓮に一刀が聞いてくるわけだが、香蓮は初めて感じる恥ずかしさに、味どころではなくなっていた。

 (・・・どう、だと・・・味なぞわからん。なんだというんだ・・・この気持ちは・・・)

 強く鼓動する胸、全身が熱を帯びているように感じられる。鏡がないので見る事は出来ないが。間違いなくあたしの顔は真っ赤だ。

 そこで、唐突に――本当に唐突に、考えてしまった。

 

 ――夫を愛し、子を儲けたが、今の様な気持になっただろうか。

 

 幸せであったし、そこに不満などなかった。王として、日々を駆け抜けた事に後悔も無かった。

 もし、夫と出会う前に一刀と出会っていたならどうなっていただろうか、と。

 戦さえなく、泰平と言える世であったなら、どうなっていただろうか。

 きっと、今と同じように接して、王として背負わねばならないもので身を固めていた自分を柔らかくほぐしてくれたことだろう。

 そして――〝孫文台〟としてではなく、私をただ一人の女として、〝香蓮〟として愛してくれたに違いない。

 そんな――、そんなもしもがあったなら、それは――。

 

 (ああ・・・それはなんて・・・)

 

 ――幸福なんだろう。

 

 別に、今とこれまでの自分を不幸と言うつもりなんて微塵もない。

 むしろ、これまでの自分があったお陰で今の自分があり、そしてだからこそ一刀に出逢えたのだと強く思う。

 だから、後悔なんてしない。

 今の自分を誇りに思い、これからも生きていける。

 

 「香蓮さん!」

 「!・・・どうした?」

 自分を強く呼ぶ声に香蓮は、我にかえる。何事かと思って前を見れば此方を案じるような顔をしている一刀の顔があった。

 「どうしたって・・・咀嚼したまま、全く表情も変えずにいたから心配したんだよ?」

 「そうか、心配をかけたな。大丈夫だよ」

 「それならいいんだけど・・・」

 安心した顔をする一刀を見て優しく笑う香蓮。

 すると。

 

 

 「一刀、もう一度食べさせてはくれないか?一口では・・・よく分からなかった、から・・・な」

 一度、目をぱちくりとさせた一刀は、にっこりと笑って麻婆丼を掬い、スッと香蓮に差し出した。

 ここで何も言わなければ言いものを、一刀は再び同じ台詞を口にした。

 「はい、あ~ん」

 「あ・・・あ~・・・ん」

 状況の焼き増し、ほぼ同じ光景を繰り返している二人だが、最初に比べれば、まだ気持ちが落ち着いていられた分、今度はちゃんと味わって食べる事が出来た香蓮。

 「これは・・・ふむ、中々・・・これ程のモノとは」

 しっかりと味わった後で香蓮は満足そうに唸っている。

 ちなみに、とても自然な流れでその後で酒を呑んでいる。真っ昼間から何をなどといった無粋なツッコミなど、介入する余地もない。

 

 ――その後、香蓮の天津定食と一刀の麻婆丼をとっ換えて昼を済ませた二人。

 二人は満足感を得て店を後にするのだった。

 

 「ん~・・・いや、満足のいく昼食だった。一刀、礼を言おう」

 「いえいえ、満足していただけたなら何よりです。それで、俺はこれから仕事なんだけど・・・香蓮さんはどうするの?」

 「ふむ・・・特に予定はないな。一刀、燕と氷花は今日は机仕事か?」

 「いや、昼からは二人とも来るよ」

 「・・・よし、あたしも同行しよう。考えてみたら、お前達の普段の仕事ぶりは、報告書で知ってはいるが、きっちり見た事はなかったからな」

 僅か数秒で思考し、結論を弾きだし、提案してきた香蓮はとても楽しそうに見えた。

 

 暫くして一刀と香蓮は、燕、氷花と合流し、その日の警羅を全うするのだった。

 

 ――ちなみに、香蓮がいたことで、一刀はともかく、燕と氷花は、下手な姿を見せる訳にはいかないと、いつもより体がギクシャクしていたのは御愛嬌である。

 

 

 その日の夜、寝台に仰向けに寝そべり、天井を眺めながら、香蓮は今日一日のことを思い返していた。

 (・・・他人にああやって食べさせてもらったのは・・・初めてだな)

 そもそも、今日の様に一日中〝温かな〟気持ちでいられた事自体、初めてではないだろうか。

 

 ――『はい、あ~ん』

 ――『あ・・・あ~・・・ん』

 

 「・・・・・・」

 頬が熱くなる。

 (あ、あたしは何をしていた!?いい年の女があのような・・・ああいった事は蓮華か雪蓮がされるべきだろう・・・あたしのような・・・・あたしのような)

 そんな自問自答を繰り返す香蓮だが、本音を言うならば、決して不満などではない。

 そして、昼間のあの出来事は、当面彼女の脳内で連日連夜、色褪せることなく再現されること間違いなしだろう。

 「一刀と出会ってから・・・調子が狂いっぱなしだな。だが――」

 

 ――悪くない。

 

 別に、誰かに聞かれるわけではないのだが、口にはせずに胸にその言葉を秘める。

 そして、そのまま眠りについた香蓮。

 その寝顔は、満足そうににやけているのだった。

 

 

2/燕

 

 

 

 端的に言うと暇。

 裁縫は気分ではないし、料理をしたくても、今現在は香蓮様や祭様が使用しているため却下。一刀に見られるのは一向に構わないけど、出来る事なら一刀以外の人にはあまり見られたくない。

 氷花と買い物で暇をつぶしたくても、残念なことに氷花は仕事だ。

 

 ――と、そんなこんなで暇となったこの身をどうしようかと考えながらぶらぶらしていると、ある場所で燕は立ち止った。

 「一刀・・・いる、かな」

 ぽっと頬が赤くなっている事に燕は気付いておらず、どうしてこの場まで足が向いたのかという疑問さえ彼女の頭の中にはない。

 彼女からすれば〝たまたま〟なのである。

 「――――」

 衣服の乱れはないか、髪はちゃんとしているかなどいそいそとチェックをする燕。

 最後に深呼吸をして扉を二回ほど叩く。

 

 「どうぞー?」

 

 部屋の主である彼の声を聞いた途端、燕の顔がぱぁっと華やぐ。

 あまり変化の見られないローテンションな表情だが、その実、胸の鼓動は一気に高鳴っており、矛盾するようだが、誰もいなかったら小躍りしたいような気分だった。

 「ありゃ、燕?どうしたの。今日は非番だったよね?」

 「ん・・・でも、暇・・・で退屈」

 「ん~と、少し待ってくれるなら、一緒に出かけてもいいけど」

 「待つ!!」

 あまりにも力強い返事に、一刀は一瞬だがたじろぎ、あははと笑う。返事を返した燕はというと、今しがたの自分を思い出して顔を真っ赤にしていた。

 「じゃ、適当に座っといてすぐに終わらせるから」

 頷き返した燕は、一刀の寝台に腰を下ろす。

 

 それから四半刻待つ事になった彼女だが、その待つ時間すら、燕には退屈ではなく、むしろ、期待が膨らんでいく一方だった。

 待ってる間、燕は足をパタパタと可愛らしくぶらつかせていて、まるでマスコットの様な可愛らしさがあって、一刀はひっそりと内心癒されていたりした。

 

 

 「~~♪」

 仕事をひと段落させた一刀は、燕と共に街を歩いていた。

 手をつないで歩いている二人なのだが、嬉しさ故か、燕の方が一刀よりもほんの少し歩くペースが速く、一歩分前に出ている。

 もっとも、あまり表情に変化が見られない彼女なのだが、一刀からはすれば別。彼女が笑っている事が見て取れるのだ。

 燕は、香蓮達の様に中々ハッキリと笑顔を見せる事は少ない。一刀ですら中々見た事はなく、一番印象に残っているのは、香蓮に紹介されキスをされた時である。

 「燕、なんか嬉しそうだね」

 「ん♪・・・二人、で・・・お出か、けは・・・久しぶりだか・・ら」

 微細な表情の変化ではあるが、やはり彼女は笑っている。それが一刀には嬉しかった。

 「そういえばそうか。よし、それじゃあ・・・」

 ピタリと足を止める一刀。何事かと燕が立ち止まり一刀に振り返ると、一刀は慇懃無礼にお辞儀をした。

 「それではお嬢様、本日はなんなりとお申し付けください。誠心誠意お付き合いさせていただきます・・・」

 「一刀・・・・似合わ、ない・・・よ?」

 「む、カッコいいと思ったんだけどなぁ」

 不満そうに唇を尖らせる一刀。一方、辛口のコメントを返した燕だが、内心胸がバクバクいっていたりする。

 (わわ・・・一刀、嘘・・・だから、ね?本・・・当は、カッコいいって・・・思ってるよ?)

 嬉しくてたまらない燕は、離した手をもう一度繋ぎ、早く歩こうと視線で促す。

 そんな燕の気持ちが伝わったのか、一刀は苦笑して足を動かすのだった。

 

 ――と、その時。

 「一刀に燕?」

 「・・・・・・」

 声の主へと振り返った瞬間、燕の顔から笑顔が形を潜めた。

 そこにいたのは二人。一人は蓮華、彼女だけであったら燕はこんな顔をしたりしない。むしろ、燕は蓮華の事は非常に好きであるが、問題はもう一人の方

 「なん、で・・・いる?」

 「蓮華様の護衛だ」

 甘寧興覇――思春である。

 

 

 「帰れ、思春・・・」

 蓮華との初対面での一件以来、燕は思春の事を嫌っている。

 「それは蓮華様に帰れと言っているのか?」

 「どこを聞いたらそう聞きとれる?お前一人に帰れって言ってる」

 一刀と蓮華は完全に冷汗をかいていた。

 燕の表情と口調の変化は非常に拙い状態である。普段はとぎれとぎれにしか喋らない彼女だが、それが滑らかになる時がある。

 それは主に戦いの時だ。

 手合わせの時、彼女はすらすらと喋るし、その表情は普段の癒し系の緩い表情から〝凛〟としたモノへ変わる。

 つまり、現状の燕はバトルモードなのだ。

 ちなみに、繋いでいた手は解いており、燕は一刀の後ろを歩いている。思春は蓮華の後ろを歩いているわけだが、そのせいもあって非常に空気が悪い。

 「一刀、どうにか出来ないの?」

 「・・・頃合いをみてそれぞれ別の店に入ろう。ってか、それしか思いつかないよ」

 「そうね・・・そうしましょう。幸い、本屋も近いし・・・買いたいものもあるから、そこで別れましょう」

 「了解。今度何かお礼するよ」

 「き、期待はしてないわ。それより、解決策を見出さないといつまでもこのままよ?」

 「それに関しては考えとくよ。さすがに、二人がこのままってのは嫌だし」

 「そう、なら頑張ってちょうだい・・・」

 こそこそと二人で会話をしていると、目的の本屋に辿り着いた蓮華は、思春を連れて店へと入っていった。

 思春の姿が完全に店内に消えた途端、燕は普段の状態に戻った。

 

 「一刀、手・・・繋いで、いい?」

 

 積極的に手を繋いでいた最初と違い、申し訳なさそうに燕は聞いてきた。どうやら、先程の自分を恥じているようだ。

 そんな燕を一刀は叱る事も無くスッと手を差し出して手を繋ぐ。

 繋いだ途端、燕は驚いたように肩を弾ませ、何度も目を瞬かせそして、ようやく一刀の手の温もりを実感した彼女は、最初の頃の様に笑顔を見せ、一刀はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 ご機嫌を取り戻した燕と饅頭を食べながら歩いている時、ふと思った事を一刀は口にした。

 「そういえば、あれからずっとしてるよね?その髪止め」

 それを聞かれた燕はポッと頬を赤らめた。

 「宝・・・物、だから」

 空いてる左手で〝燕〟を模った髪止めにそっと手を触れる。

 この髪止めは、一刀の下に配属されて暫くした頃に、一刀が燕に贈ったものだった。

 その時の事を、燕はハッキリと、色褪せることなく思い出す事が出来る。

 

 燕が、とある事情で落ち込んでいた頃に、一刀が彼女へと贈った物で、燕にとって愛剣である焔澪と肩を並べるほどの価値を持つ宝物。

 あまりにも嬉しくて、目一杯泣いてしまった事は恥ずかしくもある。

 だが、決して忘れたいとは思わない掛け替えのない思い出、

 そして、あの時に改めて少女は剣であろうという誓いを、己が心に掲げた。

 

 それ以来、一日も欠かすことなく燕は、この髪止めを身につけている。

 

 ――大切な人がくれた大切なものだから。

 

 自分と彼とを結ぶ――絆。

 

 「そっか、嬉しいよ。気に入ってくれて」

 「ん♪」

 一刀が笑ってくれた事に応えるように、燕も満面の笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 さて、どうしてこんな状況になってしまったのだろう。

 と、燕はずっと考えていた。

 まず、自分の性格でよくこんな事が出来たと思う。

 だが、自分にとって最高と称しても問題ないこの状況。だから、理由や切っ掛けなんてどうでもいいと、すぐに考えるのを止めた。

 つきあってくれている一刀には感謝してもし足りない。何故なら、今はとても幸福感で満たされているからだ。

 「ん・・・すぅ・・・・」

 「///」

 間違いなくにやけてる。正直、今の自分を鏡で見たいとは思わない。

 もし、見てしまったら恥ずかしさで顔から火を噴くことだろう。

 「寝顔・・・かわ、いい・・・」

 何度表情を引き締めても、にへらっと崩れてしまう。

 日の傾き始めた頃、木陰で眠る一刀と、そんな彼に膝を貸している燕。とても穏やかで、とても静かに流れるこの瞬間がとても幸せだった。

 それから、日が沈みきる少し前、明るさが残る内に一刀を起こし、二人は城へと戻っていくのだった。

 

 

3/冥琳

 

 

 

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 この執政室に沈黙が流れて一体どれほどの時間が流れてただろうか。

 現在、この室内には二人の人間しかいない。

 一人は女性だ。その凛とした佇まいは、刃とは違う――氷のごとき鋭さを湛えている。

 姓は周、名は瑜、字名は公瑾。――そして真名を、冥琳という。

 美周朗の二つ名を持つ呉の筆頭軍師にして、呉王――孫策伯符の断金の契りを交わした才女である。

 もう一人は青年。特別、凛々しさがあるわけでもないのだが――不思議と人を惹きつける魅力を湛えている。

 姓は北郷、名は一刀。――字名はなく、真名もない。だが、〝天の御遣い〟というあまりにも重い――王にさえ並ぶ〝重い〟肩書を背負っている人物だ。

 「あ、冥琳・・・ここなんだけど、これでいいの?」

 「ん?ああ、そのままで進めてくれて。しかし、随分と手慣れてきたな」

 「ま、色んな人に鍛えられてるからね。頭も体も」

 「フッ、そうか・・・しかし、警羅の方はいいのか?仮にもお前はこの件の責任者だろう」

 冥琳に問われて、あははと一刀は苦笑いをした。

 「それに関しましては、このお仕事を任せてくださった人が変わってくれるってさ。ここ数日の缶詰が相当堪えたみたいだよ。有無を言わさない早業で断る暇もなかったもん」

 それを聞いた瞬間、冥琳は軽くこめかみを押さえた。

 恐らく、その光景が鮮明に浮かんだのだろう。〝彼女〟と付き合いの長いのだから。

 「でもさ、よかったの?俺に政務なんてさせて」

 「無論、その点は気にしなくていい。お前がどの程度まで成長したかを見るいい機会だからな。尤も、警羅隊を設立してからのお前の成長は目覚ましいモノがあるから特に心配はしていないがな」

 「あ、そういえば聞こうと思ってたんだけど・・・いいかな?」

 「何をだ?」

 「いや、黄巾の本隊と戦った頃から着るようになったでしょ?コレ」

 自分の着ている服をつまんで見せる一刀。彼が身に纏っているのはフランチェスカの制服なのである。

 「ああ、大した理由ではないのだがな・・・・・・そろそろ、お前の存在を表に出そうと判断したまでさ」

 そっか。とだけ返して、二人は仕事に改めて集中するのだった。

 

 

 「えーっと、冥琳も料理するんだ」

 場所は食堂、一刀は卓に着き、冥琳は前掛けをし、てきぱきと手慣れた様子で作業をしている。

 「意外か?」

 下手な言い訳は無意味だと悟った一刀は肯定の意を頷いて返した。

 すると冥琳はフッと笑って調理を再開する。

 いつもの服にエプロン――非常に破壊力がある。

 一刀としてはその姿に見惚れてしまうしかないのだが、沈黙に耐えきれずに先の問いをしたわけだ。

 「別に作らない訳ではないがな。お前が言う通り珍しいのも事実。・・・過去に私の手料理を食べた事があるのはそう多くはないからな」

 会話をしながらも中華鍋を振る手は止まらない。鮮やかなその手並みに一刀はただただ見惚れるだけだった。

 「北郷、お前は料理は出来るのだったな?」

 「まぁ最低限の家事は出来るよ。腕はあんまり自身がないけどね」

 「そうか?燕は絶賛していたぞ」

 「――」

 話したのか燕――確かに一刀は一度、燕に炒飯を御馳走した事がある。あの時燕は満面の笑みで満足してくれたのだが、まさか他の面子にまで話しているとは思わなかった。

 「いつか披露してくれると嬉しいのだがな」

 「まあ・・・機会があれば。だけどあんまり過度の期待はしないでよ?」

 「別に、一流飯店に出される料理を作れと言っているわけではないよ。お前の気持ちのこもった料理が出れば、それでいいさ」

 そうして盛り付けも終了。

 メニューは青椒肉絲とご飯、中華スープに搾菜の小鉢の四品。どれも抜群に美味そうである。

 頂きますを言い、二人は昼食を摂り始めた。

 

 「・・・あのさ、袁術とか大丈夫なの?最初は独立するまでとか言ってたし」

 「確かに言ったな。だがな、北郷・・・先の黄巾の一件は予想以上に規模が拡大したのだ。これに天の御使いの助力があったればこそと鎮まったという噂と、その御使いが我ら孫呉にいるらしいという噂の力がもたらす効果を考えれば、多少の危険は仕方がないのさ・・・ただ、あそこには張勲はともかく紀霊がいる・・・アレは頭がキレるから此方が力を付けていることぐらい気付いている筈だが・・・さてな」

 冥琳は肩目をつむり何かを思案し始めた。

 一刀はというと、そんな冥琳も画になるなと思いながら箸を進めるのだった。

 

 

 「あ、一刀さんいましたね♪、おや?冥琳様もご一緒でしたか」

 突然の乱入者は穏。ぽわぽわとした雰囲気と破壊力満点の豊満なバストの持ち主である。

 たわわと実るこの果実、一刀は出会う度にドギマギしているのだ。ちなみに、そちら方面に関してならば、実は他の誰よりも一歩先んじていたりするのだが――そちらはとりあえず割愛しておこう。

 「あらら、お昼の真っ最中でしたか」

 「急ぎなの?」

 「いえ、火急というほどではないのですが・・・雪蓮様がどこにいるかご存じありませんか?」

 (あれ、警羅をしてるはずなんじゃ・・・)

 そんなことを考えつつちらりと冥琳に視線を移した、その瞬間――。

 その時確かに一刀は見た。

 冥琳の額に一瞬だが、確かに青筋が浮かんだのを。

 そして身も凍るような怒気も、同時に感じた。一刀はその時、雪蓮の冥福を祈ったという。

 

 穏が去った後、痛すぎる沈黙が二人きりの食堂に満ちていた。

 「アノ・・・メイリンサン」

 「なんだ?」

 「あれ?いつもの冥琳だ」

 「フフッ、お前の言いたいは分からなくもないがな。穏も言っていただろう?火急の用ではないと。第一、火急であるなら、お前に仕事を押し付けた時点で興覇か幼平を差し向けているさ」

 とても自然に、なんの疑念を挟む余地も無く納得できた。

 考えてみれば全くもってその通りである。

 王である彼女が必要である用事がないからこそ、冥琳は一刀からの手伝いの申し出を至極あっさりと受け入れたのだ。

 「はぁ・・・俺もまだまだ未熟だなぁ」

 「そうやって反省出来るなら、お前はまだまだ伸びるさ・・・精進するのだな」

 「承知いたしました・・・と、御馳走様」

 「ああ。・・・北郷、私の手料理はどうだった?」

 「優しい味だった。美味しかったよ」

 「――――」

 冥琳の眼が点になった。数秒の思考停止。

 「そ、そうか・・・ああ、洗い物は私がやっておくよ。お前はこの後、警羅だろう?急がぬと二人がむくれるぞ」

 何度も申し訳なさそうに振り向く一刀を冥琳は、早く向かうように手で振った。

 

 一刀が去った後、卓に着いたまま冥琳は溜息を溢す。

 「頼んだ覚えはないんだがな」

 「でも、まんざらでもなかったでしょ?」

 いつの間にか正面に座っている雪蓮の問いを、冥琳は肯定する。

 「確かに・・・な」

 苦笑とは違う、喜びから来る小さな笑みを浮かべる冥琳。そんな友の顔を見て雪蓮もまた、満足そうに笑う――のだが。

 「だが、その事と北郷に仕事を押し付けた事は話が別だ・・・覚悟はいいな、伯符」

 絶対零度の覇気を放つ冥琳に、雪蓮は逃げる事も出来ずに凍りつく。

 

 ――孫呉の王の長い一日はこれから始まるのだった。

 

 

Ex/祭

 

 

 

 ――ピュンッ

 

 朝、庭に響く弦の弾かれる音。

 いつもなら、一刀が早朝鍛錬をしている時間なのだが、今日は先客がいた。

 黄蓋 公覆――祭だ。

 一刀は中庭に来るなり、彼女の姿を見つけ、今現在、邪魔をしないよう、気配抑えながら見守っているのだった。

 ただ一点、一刀は気になるところがあった。

 弦を摘む指、そこに矢は宛がわれていないのだ。

 祭の視線の先には確かに的である丸太棒がある。だが、そこにはただの一本も矢が刺さってはいない。矢筒に視線をやってみれば、一本だけ矢が入っている。

 しかし、祭は一向にその矢に手を伸ばそうとしない。

 

 ――ピュンッ

 

 また、弦だけを弾く音が響く。

 それにしても、なんて綺麗なんだろう。祭のその立ち振る舞いは、日常で見るそれとも、戦場で見るそれともまるで違う。

 ただただ、美しいと感心するばかりだ。

 

 ――ピュンッ

 

 ――ピュンッ

 

 ――・・・・、・・・・、・・・・

 

 それから暫く続いた、弦のみを弾き続ける単調な動作は、決して褪せることなく美しさを感じさせた。

 「――」

 そして、ついに祭の右手が矢筒に入った一本の矢を掴んだ。

 

 ――――。

 

 静かな時間、周りの音さえ耳に入ってこない。

 一刀には祭の姿だけが眼に映っていた。

 

 ――ピュンッ・・・・・・・・・・ターンッ

 放たれた矢は丸太棒の、真ん中のラインに突き刺さった。

 

 

 「ふむ、上々じゃな・・・と、おう、北郷か。相変わらず早いのう」

 「おはよう祭さん。・・・凄く綺麗だったよ」

 「・・・お主、儂の様な老骨によくもそのような台詞を真顔で言えるものじゃな」

 「本当にそう思ったから言ったのに・・・」

 少しだけ落ち込む一刀を、祭は少し苦笑して肩を叩いた。

 「そう落ち込むでないわ。嬉しくないと言っているわけではないのじゃがな、どうにもこそばゆくてな」

 励まされた一刀は、なんてねと舌を軽く出すと、軽く小突かれるのだった。

 軽くとはいえ、割と痛いのだが。

 と、頭を軽くさすりながら一刀は最初に抱いた疑問をぶつけてみることにした。

 

 「祭さん、なんで一本しか矢を使わなかったの?」

 「ん?ああ、演習ではなく、あくまで儂個人の鍛錬・・・ましてやこのような早朝であれば、一本で充分」

 その意味がよく理解できなかった一刀に、仕方がないと祭は説明を始めた。

 

 「よいか?弓兵にとって、牽制目的ではない矢は的に当たっておるなど当然。先の鍛錬において肝心なのは、儂自身の理想と現実が、全くぶれずに重なる事にこそある。あの突き刺さった矢の場所に何度も何度も〝脳裏〟で命中させ、そして最後の最後で、矢を使い、確認作業をしたというわけじゃ。つまるところ、この鍛錬は自分の程度の確認というわけじゃの」

 そう言われて、ああ、と納得する一刀。

 

 ――どこまで自分の思い描いたイメージと現実を重ねる事が出来るか。

 イメージを再現できたならそれをより高位のモノに昇華するように努力し、イメージからずれたなら、それを治すように努めればいい。

 

 「祭さんでもそういう事するんだ」

 「たわけ、武の道を歩くものであれば常に自身の程度は把握しておくものじゃ。精進するのは結構じゃが、慢心してはいかんからのう。お主とて堅殿や伯符殿に思いっきり現実を叩きつけられるであろう?」

 

 ――貴女にもですけどね

 

 そう言おうとしてその言葉を呑みこむ一刀だった。

 

 

 それから、色々話していく内に手合わせをする事になり、手合わせをした一刀と祭。結果は言うまでもなかった。

 「かっかっか、まだまだ未熟じゃのう。精進するのじゃな」

 愉快愉快と腰に手を充て豪快に笑う祭。忘れているようだが、今現在は早朝、人が起きるには、些か早い時間帯である。

 「とはいえ、北郷・・・お主、決して弱くはない。慰めにはならぬであろうがな、弱さと未熟というのは同意ではないのじゃ。急く必要はない、お主はお主の歩幅で心身ともに精進すればよい・・・さて、儂は顔でも洗ってくるとしようかの・・・北郷、お主はどうする?」

 「もう少し休んでまーす・・・ってか休ませて」

 「おう、ゆっくりと休め」

 そう言って祭は中庭を去っていった。

 

 自身の視界が祭の姿を見失うまで、一刀はその背中をずっと眺めるのだった。

 

 「ふむ・・・綺麗、か。いかんのう・・・どうにも頬が熱くてかなわぬ」

 しかし、そのことにさえ喜びを感じながら、祭は顔を洗うべく、水場に向かうのだった。

 

 

~あとがき~

 

 

 

 よーーーーやく、第二章の拠点をお届けできました。

 長らくお待たせして申し訳ないですはい。

 えっとですね、中々納得のいく文章が書けず、暫くの間、書いたり消したりを繰り返しておりました。

 そうやって紆余曲折して、ようやくこの拠点をお届けするに至りました次第です。

 コメントや応援メッセージは、ちょくちょく拝見しており、その支えはとてもすごいものがあると改めて思いました。

 一作品ごとに期間が開いてしまい、本当に申し訳なく思っております。

 ですが、これからも皆様によい作品と言ってもらえる作品を投稿できるよう頑張りますので応援よろしくお願いします。

 次回、第三章より反董卓連合編開始。

 新キャラ登場。第二章第三幕の末の方で少しだけ登場した彼女がいよいよ一刀と出会います。

 お楽しみに

 それでは次回の作品でまた――

 Kanadeでした。

 

アンケートの集計結果を次ページに掲載します

 

 

拠点アンケート集計結果

 

第一位・・・香蓮――26票

第二位・・・燕――23票

第三位・・・冥琳――20票

 

以上が拠点採用メンバーの獲得票数です・・・・香蓮と燕・・・〝孫呉の外史〟の時から人気者ですね。

祭はexの通り、例外です。これは先のアンケートの際、祭を加え忘れたままアンケートを実地してしまったからです。投票戦に参戦すら出来なかった彼女への救済措置となっております。

四位以降の順位は以下の通り。

 

第四位・・・雪蓮――17票

第五位・・・氷花――15票

第六位・・・蓮華・思春――14票

第七位・・・明命――5、票

第八位・・・穏――3・・・票

 

「お猫様~~~~~!!」

「ふぇ~~~~~ん!!」

 

――ダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!

 

二人は音速を超え、何処かへと走り去ってしまった。

 

確約はできませんがこの二人・・・救済措置を検討しようかと思います

確定ではありませんので措置がない場合は悪しからず・・・・

 


 
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