「なに!ゆ、誘拐だと!」
8月16日午前11時26分岩戸家の娘岩戸南は誘拐された。
誘拐犯は金を要求。
その金額は2千万円。
岩家にそんな財力はなく途方にくれるものの犯人からの脅迫により警察に連絡する事もままならなかった。
「まさか・・・なぜうちの南が・・・。」
岩戸家は中の中まったく持って一般的な家庭だった。
しかし世は非情。
不幸はどこからともなく不確定に人に襲い掛かるものだった。
「警察に連絡しよう・・・。」
「でもそんなことしたら南が。」
「わかってる!!!だが俺たちじゃどうしようもないだろうが!!!!」
父親は苛立ち、母親は嘆く。
現実は非情だ。
2千万円ものお金が集まるわけもなく。
二人はやむなく警察に連絡する事となる。
娘の心配をしつつも・・・。
己らの無力さに嘆きながら・・・。
「はぁはぁはぁ・・・。やっちまった・・・。・・・大丈夫・・・だよな・・・。」
電話をかけた頃犯人はまだ誘拐した岩戸家の娘を連れ込んだ車で道路を走っていた。
今回のこの誘拐は念密な計画を時を待ちやるしかないと思って挑んだ・・・。
わけではなかった。
先日仕事をリストラされ、つなぎ出始めようとしたバイトは面接で落ちパチンコはまったくあたらず競馬は外れ財布も貯金も底をつき携帯電話の契約が切れたのは先日のこと。
そういった人の救援があるというのを聞き探したものの名前もなく知り合いに聞こうにも電話代など持っているわけもなく待ち行く人には無視をされ自暴自棄になった結果がこれだった。
彼の頭の中には「やってしまった・・・」という現実だけがグルグルグルグルと渦巻いているのだった。
そんななかやっと自分の家につくことが出来た彼は安心のため息と一緒に焦りも吐き出したつもりでなるべくいたって普通に後部座席から少女を車から出したのだった。
バイトが終わり帰宅途中渡辺誠一はお酒でも買おうとコンビニによったため普段通らない道を通っていた。
そう、普段通らない道を。
「・・・ま、迷った?」
後悔していた。
普段行っているコンビニにほしい物がなく確かあそこにもコンビニがあったはずなどと思って足を伸ばしてみたのは既に十数分前。
そしてそのコンビニの帰りたぶんこの道から行ったほうが近道だと判断し脇道に入ったのは数分前。
見渡す風景は住宅街、そして道を歩く人は彼一人。
小学生も驚く完全な迷子ッぷりに彼自身落胆していた。
来た道を帰ろうにも似たような家が並ぶ住宅街に来た道を戻ったつもりがまったく見覚えの無い風景に出てしまったためどうすることも出来ずさ迷い歩くはめとなった。
かれこれ迷子10分経過。
歩いている人は見つからない。
すると前から車が走ってきた。
一瞬「道をふさいで無理やり止めて道を聞くか?」とも考えたがその車は止める前に止まってしまった。
そう止まったのだ。
「やった!!!」と言わんばかりに早歩きで車に近づく。
はじめ少し走ったが10分以上さまよい続けた足は限界らしく50mも行かずに早歩きへと変わる。
車から降りてきたのは30半ばの男性。
この際男女どちらでも聞くつもりではあったが男性のほうが道は聞きやすい。
神を信じるような歳でもないが「神様ありがとう!」などと心で叫びつつごくごく自然体を装って車に近づこうとする。
すると車の運転手は渡辺が100mくらい向こうを歩いている頃降りて来た。
それを見て「やばい」と思った渡辺は速度を速める。
車の運転手は後部座席から一人の少女を引っ張り出した。
どこか不自然なしぐさに疑問を抱きつつもそんなことはどうでもいいとさらに速度を上げて近づいていく。
しかしその男と少女は渡辺に気がつくことなく家へと入ってしまった。
「・・・。」
その距離30m声をかけるのにこの距離はなかなか勇気がいるよね。
などと自分に言い聞かせ今後どうするかを考える。
俺は心を決めたぞと言わんばかりに前を向いて歩き出す。
その希望の先はさっきの車の運転手の家。
家にいるのが分かっているのだ無作為にインターホンを押す事になるよりはましだと思い伊藤家のインターホンに手を伸ばした。
「ふざけんじゃねぇ!!!!!!」
そう叫んだ後自分がまだ家の玄関だった事を思い出し「しまった」と心の中で呟く。
叫んだのはこの少女の親がお金を準備できそうに無いというからだ。
一度深呼吸をして心を落ち着かせた犯人伊藤は今度は冷静に冷静にとこころでささやきながら言葉を放つ。
「2千万円を2時間以内に準備しろ、わかったな。」
「2時間では無理です!それに2千万円なんてとても・・・。」
「う、うるさい!お前の意見なんて聞いてないんだよ!!」
そう言い放つと伊藤は電話を切った。
携帯電話の時刻は12時05分を回っていた。
伊藤は少女を連れて部屋に入っていく。
そして玄関前でインターホンを押そうとしていた渡辺は唖然としていた。
伊藤の声は玄関のドアを通り越して丸聞こえだったのだ。
伊藤は悩んだ。
自分がどうすべきかを。
例え警察に電話をしたとしてもまともに取り合ってくれない気がした。
なんせ自分は声を聞いただけなのだから。
それにもし来てもらったとしてもし勘違いだったらどうなるかを想像するともの凄く恥ずかしい。
早々にその場を立ち去ろうとしたところで渡辺は思い出す。
自分の当初の目的を。
「・・・道を聞かないといけないんだった・・・。」
そう考えると渡辺の頭はものすごい勢いで回転した。
「まず、インターホンを押そう。」
そう、インターホンに出てきて何も不審なところがなければ道を聞いて立ち去ればいい。
何かおかしいと思ったら警察に電話をかければいいんだ。
そう思いインターホンを押す。
しかし反応は無い。
いることはわかっているのでもう一度押してみる。
しかし物音すらしない。
もう一度押しては見るもののまったく同じだ。
そこで不審に思い警察連絡する。
「・・・誘拐事件・・・ねぇ・・・。聞き間違いとかじゃなくって?」
「確かにそう聞いたんです。信じてくださいよ。」
電話の向こう側からの「はぁ」というため息交じりの返事が聞こえてくる。
どうやらまったく信じてもらえていないようだ。
どうしたものかとふとその家のほうを向くとカーテンの隙間から少女の顔が見えた。
その顔はマスクをしておりなにか喋ろうとしたのかもしれないがそれが渡辺に伝わることは無い。
しかし目を見た渡辺は「あの目は助けを求めている」のだと確信にも似た思いを胸に抱いた。
だが警察は取り合わない。
これ以上は無駄だと思った渡辺はその家の住所と車の特徴を伝え電話を切った。
そしてこの状況に渡辺は「もしここで俺が犯人を取り抑えたらもしかして・・・」と思った。
そう考えてしまった。
しかしもし間違っていればただの不法侵入者だ。
自分の心を決めるためなにか決心の行く理由、もしくは理屈を探し家の周りをうろうろする。
すると2階から微かながら泣き声が聞こえてきた。
そしてその泣き声を挙げているのは少女であろう。
先をどの叫び声と同じ同じ男の怒鳴り声が聞こえた。
「おとなしくしてろ!じゃないと・・・じゃないとほんとに・・・。」
その一連の声を聞き渡辺は決心したのだった。
「俺があの子を助けるしかない!」
と、心の中で決意したものの家には入れなければ何も出来ない。
玄関は鍵をかける音を聞いた気がするのでほかに鍵があいているところは無いかと家の周りを徘徊する。
もし全てに鍵がかかっていたら何もしないで立ち去ろう。
などと思っているときほど開いていたりするもので案の定居間の窓が一つだけ開いているのを見つけた。
なんだかだんだん自分が取り返しの付かない事をしているのではないかと心の中では思いつつも窓に手をかけ家の中へと入っていく。
心の中で「どうか犯人と鉢合わせになるなんてことがありませんように」と願いながら。
岩倉夫妻に連絡を受けた警察は彼らの剣幕さに事の重大さを覚え迅速な行動に心がけた。
そのおかげかはじめの電話から30分後位にかかってきた電話を傍受する事に成功した。
しかし犯人の要求を呑むわけにもかといってこれと言った打開策が浮かぶわけでもなかった。
場所もわからないそして情報を集めるには時間が足らない。
さらに言ってしまえば何をするにも人手が足りないと言う現実が彼らの前に襲い掛かる。
捜査に当たる大勢の警察のなかで指示をしている総司令官らしき中年の男性が人を二つに分け一方を要求資金の調達、もう一方は情報集めをしろと周りの人間に指示していると一人の男性が電話を持って彼に近寄った。
「なに?本当か。」
「はい。その家の・・・。」
彼は耳元で何かをささやいている。
そして総司令官が彼に指示を出すと総司令官は岩倉夫妻に近寄りこう言うのだった。
「まだなんともいえませんが案外早く方が着くかもしれません。」
先程彼が持ってきた情報を岩倉夫妻に伝え集めた情報と一致しだいこの住所に向かおうと思います。
そういって紙に書かれた住所を見せた。
その住所はこの家から20分程度のところだった。
そして警察が聞き込みをして手に入れた先程の情報を見合わせ車などの情報が一致している事を確認し現場に向かうまでに20分近い時間を要したのだった。
警察が必死に情報を集めている時伊藤は心を落ち着かせるため水をかぶっていた。
誘拐してきた少女は2階の部屋のベッドにビニールテープで何重にも縛り付けてある。
最近話題の地球温暖化のせいかはたまた気が動転しているせいかあまり冷たさが気にならない冷水シャワーを浴びながら伊藤は今後どうするのかを考えていた。
自分でも「本当に今更だな」などと思いつつも真剣に。
真剣に捕まって刑務所に入れば飯にありつけるんじゃないかなどと思い始めていた。
頭を冷やしたおかげで今の状況をとても冷静に見つめていた。
シャワーを止め呆けたように浴室から出た。
適当に体を拭き先程着ていた服をまた着なおす。
冷静になっていく頭と引き換えにだんだんと身に染みてくる罪悪感。
しかし彼には罪悪感に浸っている暇も何かを決心する時間もなかった。
自分の家の階段を誰かが上がって行く音が物音一つしないはずの家の中で響いていたのだ。
渡辺は家に入ってすぐ居間の机の下に隠れる事となった。
誰かが階段を下りる音が聞こえたからだ。
相手は人を誘拐し身代金を要求している極悪非道の輩でありそいつが何の凶器を持っていてもおかしくなかった。
身を守る盾も持たず、ましてや矛なんて持っているわけのない渡辺はもう少し考えてから行動するんだったと後悔しているがもう遅い。
渡辺は手を組みひたすらその犯人が居間に入ってこないことを祈っていた。
犯人と思わしき男は居間の扉の前を通り過ぎていった。
ドア越しに影が見えたのでおそらく間違いないだろう。
その影が通り過ぎた後どこかのドアが開いた音がした。
とりあえず安心したが渡辺は「何か身を守るものがほしい」と思い音を立てないように身長に机の下から出ると台所に向かった。
そこで何か武器になるものを手に入れておくためである。
しかし拳銃相手に対抗できそうなものまでは期待していない。
「鍋か・・・」
刃物に対して渡り合えそうなものは鍋くらいしかなかった。
しかしその鍋はアルミ製の鍋で持ち歩く分に不便さは無いが強度に一抹の不安があった。
なにより壁にぶつけたりして甲高い音がなったりしたら最悪だ。
とうことで他のものを探すと包丁が目に入った。
包丁と必ずセットで家にあるものがあるはずだ。
そう、まな板である。
まな板なら音も立ちにくいだろうし大きすぎも小さすぎもせず何より強度は完璧に思えた。
渡辺はこれだと言わんばかりに探し出し満足げにいうなずいた。
そしてふと耳を傾けるとおそらくシャワーの音だろう、その音が家中に響いていた。
渡辺はチャンスだと言わんばかりに忍び足で駆け出した。
階段を上がり2つ目の扉を開けたところに窓から顔を出していた少女がベットに縛り付けられているのを見つけた。
ドアを開けた瞬間その少女の顔には恐怖の2文字が見て取れた。
渡辺はすぐに少女の口を塞いでいたガムテープをはがしてあげた。
「大丈夫かい?」
「え・・・?は、はい。」
そう答えはしたものの彼女の顔は困惑していた。
そして彼女はこう言葉を続けた。
「あ、あなた・・・は、だれ・・・ですか?」
その彼女の言葉の指している意味が渡辺にはすぐ理解できなかった。
自分は彼女にとって勇者であるはずだ。
しかしその言葉に続いた言葉で理解できた。
自分がとても無謀で命知らずだった事を。
「・・・あなたは・・・その・・・さっきの人の仲間じゃないんですか?」
そう、普通に考えてそう思われて当然なのである。
何せ本来この家の場所やこの少女が誘拐されたことはそこまで広がっているわけではないのだから。
ましてや彼は警察でもない。
不安になって当然だ。
しかし渡辺の頭の中は違う事でいっぱいだった。
そう、犯人は一人とは限らないのだ。
もしかしたらもう一人、いやまだ数人いる可能性もある。
その現実に命の危険を感じていた。
そして少女にこう問いかける。
「誘拐犯は一人・・・だよね?」
その言葉は強張っていたかもしてないし、勇者と言うには情けない声だったかもしれない。
その問いに彼女は「はい」とだけ答える。
その返事にもの凄い安心感をいたいたのは顔に出ていたかもしれないが一応は取り繕ったつもりで紐を解く作業に取り掛かる。
ここからは慎重に行かなければと心の中で連呼しながら紐を解こうとする。
が、何十にも肩結びされたビニール紐はとても硬く解けそうになかった。
その硬く結ばれた紐に「何か刃物がほしい」と思うがあいにくはさみなど持ち合わせているわけがなくこの家のどこにはさみやカッターがあるかまでは知らない。
自分が唯一知っている刃物の場所を思い浮かべ耳を済ませる。
まだシャワーの音は聞こえていた。
少女に紐を切るための刃物を持ってくると説明し念のためガムテープを再度少女の口元に優しく貼り付ける。
少女に「もし犯人が戻ってきたりしたら危険だから」と説明し部屋を去った。
包丁のある場所はわかっていたためすぐに包丁を台所から持ち出し少女が待つへへと向かう。
しかし階段に差し掛かったところでシャワーの音が途切れたのだ。
なんともいえない危機感が渡辺を襲う。
1階でおそらく浴室のドアだろうキィィと扉の開く音がした。
その音に渡辺は階段を上がってすぐのところの部屋に逃げ込んだ。
そしてその部屋の机の陰に身を隠した。
見つかったときいつでも立ち向かうことが出来るようまな板と包丁を強く握り締めながら。
着替えを終え洗面所から出た伊藤がまずはじめにとった行動は“階段に向かう”ではなく“窓の外を見る”だった。
とりあえず家の周りを警察が包囲していると言う事はなさそうだ。
警察じゃない可能性が高くなりとりあえず一安心だった。
しかし窓の鍵が開いていた。
ただ自分が鍵をかけ忘れただけかもしれない。
しかしそうだとすれば先程の音はなんだったのか。
可能性としては空耳と言う事も十分にありうる。
真偽を確かめるため2階に縛り付けておいた少女の様子を見に行く。
一応武器としてナイフを手に2階へと上がって行く。
少女のいる部屋に入ったが先程の様子となんら変わりは無い。
思い過ごしかと思ったが鍵が開いていた事実もありとりあえず全ての部屋を確認する事にした。
とりあえずは隣の部屋から調べてみる事にする。
隣は空き部屋で倉庫のような場所だ。
隠れる場所があるかはいまいちわからないがおそらくこの家で最もものが散乱している場所だろう。
ドアを少し開き中を確認する。
いつもと同じかどうかはいまいち覚えていないので中に入って確認するしかなさそうだ。
中には・・・ダンボールなどが束になって山積みにされていた。
まぁダンボールだけではないのだが。
その山を蹴り崩しさらに部屋が散らばる。
後は適当に人が一人いそうな膨らみを足で潰しで手で払ってと言うとてもおざっぱな確認の仕方だが下手に時間をかけて調べてもその間に少女を助けられるかもしれないと思うとそう暢気にやってもいられない。
部屋を滅茶苦茶にしスッキリしたのか満足げに部屋を去る。
少女のいる部屋にいないのは確認済みなので次は仕事部屋だ。
少女がいる部屋は本やゲームなどがあった要するに休憩部屋だ。
仕事部屋の扉を少し開き中を確認する。
閑散とした仕事部屋にかつての面影はなく机が寂しげにこちらを見ているような錯覚に陥り目を擦る。
そして部屋の中で隠れることが出来そうなところを確認し最後にクローゼットの中を確認すると部屋を出た。
2階にあるのはこの3部屋だけだ。
そうすると先程の音はやはり空耳だろうかとすら思えれ来るがそう判断するには一抹の不安もある。
そして伊藤はもう一度少女のいる部屋のドアを開いた。
やはり中には誘拐してきた少女一人しかいない。
その少女の顔は先程の音を暴れていたとでも思ったのか驚きや恐怖などいろいろな感情が混ざっているように見えた。
そして部屋の中を見渡すと伊藤は一抹の不安を取り除くため1階へと降りていくのだった。
何かが倒れ崩れる音にビクッと体を強張らせそして安心する。
とりあえずこの部屋には入ってこなかった。
先程隣の少女がいる部屋からドアの音がしたことと隣にしては音が遠い事からもう一つあった3つ目の部屋だと推測する。
ということはおそらく次はこの部屋だッということを頭で考えているときには既に仕事部屋のドアに手をかけていた。
そう少女の部屋に逃げ込もうと持ったのだ。
ここに居ては必ず見つかるといっても過言ではないだろう。
しかし1階に行ってしまってはまだ逆戻りだし1階まで探しに来る可能性も否めない。
そうなると逃げ込める場所はそこしかないように思えた。
しかもすぐに1階に行けば一気に逃げられるかもしれない。
そう思うとドタバタ物が倒れる家の中をすっと隣の部屋に移動するのだった。
ドアを開くと少女が安心の笑みを浮かべたように見えた。
おそらくこの音に取っ組み合いでもしていると思ったのだろう。
渡辺はすぐに少女を解放し逃げようかとも思ったがすぐ戻ってこられたら捕まってしまうかもしれないと思い一先ず身を隠せそうなところを探した。
何か隠れるところは無いかと部屋を見ていると隣の部屋で音がやんだ。
早く隠れなければと焦るがよさそうな場所場見つからない。
そして渡辺の目に映ったのは少女が縛り付けられているベッドの下だった。
キツイが背に腹は帰られないと思い無理やり押し入るとなんとか入ることが出来た。
「「・・・。」」
無言の時間が過ぎる。
先程まで響いていた破壊音が嘘のようにとても静かな時間が過ぎる。
その時間は1分程度だったかもしれない、いや5分はあったかもしてない。
しかし無言無音の時間は唐突に破られる。
この部屋のドアが開かれた。
渡辺はこれまでに無いくらいに驚いた。
さっきの部屋に比べ時間がとても短かく感じたからだ。
そして口を塞ぐ。
もしかしたら今驚いたときに何か言葉を発したんじゃないか、もしかしてどこかにあたって音が鳴ってしまったのではないかと思ったからだ。
しかし男はほんの少しすると部屋のドアを閉じ、その後階段を下る音が確認できた。
その音に安心しそっとベットの下から出た渡辺は持ってきた包丁を使って少女を縛っていたビニールテープを切って少女を解放する。
そして窓を開けた。
「窓から飛び降りるんですか?」
「いや窓を開いておく。そうしたら飛び降りて脱出したと思うかもしれないじゃん。」
「じゃぁ私達はどうするんですか?」
「俺たちは隣の部屋でしばらく様子見しよう。」
そして二人は隣の物置部屋に隠れる事にした。
理由は物がいっぱいあったほうが逃げやすい気がしたからである。
部屋から出るときふとその部屋の時計に目が行った。時計の針は12時30分を指そうとしていた。
1階に降りた伊藤ははじめに居間そしてキッチンを軽く見たあとトイレを確認し先程まで自分が入っていた浴室や階段下収納など人一人は入れそうなところをすべてみて回る。
そして再び居間に戻り居間の机の下から物陰になっているところ、キッチンの引き戸の中や裏の勝手口の外、押入れの中などをくまなく探した。
探したが誰一人見つかることはなかった。
やはり空耳だったのか。
それともまだ確認していないところがあるかと考えるがこれ以上は思いつかない。
おそらく神経質になっているのだろうと思い一回深呼吸をする。
さらにもう一回もう一度。
そして落ち着いた頭でもう一度隠れていそうな場所が無いかを考え無いことを確認し2階へと上がっていった。
おそらくさっき自分が聞いた物音は空耳だったのだと、神経質になって幻聴でも聞いたんだろうと心の中で片付けて。
伊藤が腕時計を見ると時刻は12時40分を回っていた。
伊藤は「ちょっと確認しただけのつもりだったんだが」と思いながら少女のいる部屋のドアを開いた。
するとその直後8月のギラギラした日差しが目を遅いそれと一間おいてじめっとした空気が突風とともに彼の横を通り抜けた。
「・・・風?」
思わずそう呟いてしまった。
窓が開いている。
じめじめとした空気が溜まっている部屋の中にいるはずの一人の人間がそこにいない。
その代わりに開いた窓とおそらくビニールテープを切ったのであろう包丁がブツンと切られたビニールテープと共に床に転がっていた。
おそらく少女と侵入者はそこの開いた窓から脱出したのだろう。
頭が真っ白になった。
追わなければ。
俺が警察に捕まってしまうかも知れない。
逃げなければ。
追いかけるといっても相手がどこに行ったかもわからないのにどうやって追いかける。
とりあえず伊藤はものすごい勢いで2階から下り外に出て走り出した。
どこに逃げたのかなんて事はわからない。
しかし探して見つけ出さなければならない。
そうしないと自分が今度は追われる立場になる。
それだけは避けなければ。
伊藤は走った。
どれくらいだろうか。
空かした腹でこれだけ全力疾走出来たのは自分でも驚いた。
しかし30過ぎの人間の体力はすぐに尽きる。
そして疲れ果てた体と引き換えに冷静さを取り戻すことが出来た。
2人が2階から飛び降りて脱出したのだ。
あの静かな家の中着地などの音に気がつかないわけが無い。
来た道を振り返る。
そして家に向かって歩いているのか走っているのかわからない形で進みだした。
そう、おそらく2人はまだ家にいる。
あの窓は罠だったのだと後悔しながら。
渡辺と少女はドタバタと駆け下りる階段の音に声は上げられないのでガッツポーズを決め2人して喜んでいた。
窓により少し顔を出して玄関から慌てて飛び出て行く犯人の姿に2人は顔を見合わせ喜びを分かち合う。
飛び出て行った犯人の姿が見えなくなって数分そろそろ大丈夫だろうと2人は1階へと降りていった。
警察は情報を掴み確認した後犯人が潜伏していると思われる住所の家を確認し包囲に取り掛かっていた。
次の電話で準備ができたと言い。
犯人が出てきたところを捕まえると言った寸法だ。
とはいっても包囲の配置が完了したのは今しがただった。
先程の電話から40分近くたったが犯人からの電話はもう少し後だろうと思えたので余裕を持って包囲法を完成させていったのだ。
しかしそこに急報が入る。
玄関の扉が開きそこから岩倉家の少女が出てきたと言うのだ。
総司令官はすぐさま指令を出した。
「少女を保護し犯人を捕らえろ!!!!」
渡辺は玄関に行ったところで自分が侵入したことを思い出し侵入した窓に靴を取りに引き返した。
そして外から玄関に戻るとそこには少女ではなく何十人もの機動隊のような人たちが押し寄せてきて渡辺を取り囲んだ。
彼らは渡辺が話す余地もなく取りおさえた。
「12時45分誘拐犯逮捕!!!」
その中の一人の男性が叫ぶ。
それは渡辺誠一がこの誘拐事件の犯人だと言う事をしめしていた。
「違う俺じゃない!!俺はそこの女の子を助けたんだ!!!」
「ちょっとまってください。刑事さんその人の行っている事は本当です!」
一番最初に「え?」と言う顔をしたのは渡辺を取り押さえたま真上に乗っかって放さない刑事だった。
だまされた事に気がついた伊藤が自分の家に戻ろうとすると先程通れた道が通れなくなっていた。
話を聞いたところ自分の家の場所がばれたようだ。
伊藤は終わったと言わんばかりにその場に座り込んだ。
そしてそこに聞こえてきた大きな声。
「少女を保護し犯人を捕らえろ!!!!」
車も無い、自転車も無い、金も無い、しかし伊藤は自分の家からなるべく遠くへと走っていった。
20分前に考えていた自首という選択肢は恐怖の前に消え去っていた。
手錠をかけられた手を開放してもらい事情を説明する。
「なるほど。では君がこの家の住所と車を教えてくれた人だったのか。それはすまないことをした。」
説明をすれば案外簡単にわかってもらうことが出来た。
それもそのはず、少女が必死に弁解をしてくれたのである。
「よし。犯人は車も持っていないしまだ近くにいるはずだ、探せ!」
総司令官は部下たちにそう指示をしていた。
そして開放された渡辺は家に帰ろうとしたところで当初の本当の目的を思い出した。
「あの・・・お忙しいところすいません。俺実は道に迷ってまして・・・。」
この一言はついさっきまでやっていたはずの命に関わる危険性のある何よりも勇気がいる一言となった。
その一言に総司令官をはじめとする岩倉家夫妻や助けてあげた少女までがポカンとしていたのは言うまでもない。
その後ほどなくして犯人の伊藤は捕まった。
伊藤は生きるために仕方なかったと言っていたそうだ。
そして後日岩倉家族からしっかりと謝罪の言葉を聞いたとの教えられた。
渡辺はと言うとあのセリフに岩倉夫妻に大いに笑われた後夕飯に誘ってもらい一人暮らしでは食べる事のない豪勢な食事をいただいた後車で送ってもらっての帰宅となった。
その間ずっとお礼を言われ続けたのは言うまでもない。
しかし世の中そんないいこと尽くしというわけには行かなかった。
実は渡辺は今回の事件で警察にご厄介になることとなった。
理由は不法侵入。
事情が事情だっただけに無罪放免となったのだが両親や警察の人から1時間以上にも上る説教を食らうハメとなったのだった。
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とても勇敢でそして馬鹿な青年の事件解決物語です。