No.210645

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:こんな日曜日

一郎太さん

外伝

2011-04-08 19:41:21 投稿 / 全17ページ    総閲覧数:12190   閲覧ユーザー数:8012

こんな日曜日

 

 

俺はいま黒板の前に立っている。ただし、ここは俺が通う大学ではなく、よって俺が教師に指名されて問題を解こうとか、あるいは発表をしようとしている訳ではない。

 

「じゃぁ、次の問題を………」

「はーい!」

「お、やる気十分だな。じゃぁ、答えて見ろ」

 

ここでは俺が教師、ありていに言えば、塾講師のアルバイト中である。

 

「よし、正解だ」

「やった!」

 

解答を終えた生徒を労い、説明と補足を加える。黒板に別解を書き、赤いチョークでラインを引いて、今度は黄色いチョークを使ってポイントを書き込んでいく。生徒が背後で写していくシャーペンの音を聞きながら、俺は前回のバイトの時の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「特進クラス、ですか………?」

 

仕事も終わってあとは帰るだけとなった時に、俺は塾長に呼び寄せられた。何かまずい事をした覚えはないが、子ども心はわからない。変なところで不評を買ったのかもしれないな。俺は再び鞄を置いて事務スペースに入ると、彼女の傍に寄る。そうして出てきたのが、俺を別のクラスに配置したいとの事だった。

 

「あぁ。北郷君はよくやってくれているし、生徒の評判もいい。実際に、君が教えている生徒は成績を上げているからな」

「はぁ…」

「君もうちのバイトの子が一人事故で入院したのは知っているだろう?」

「はい。確か男の先生でしたよね」

「あぁ、彼が教えていたのがその特進クラスだったのだよ。それで、そのクラスの理数の授業を誰に任せるかという事になってね」

 

塾長は長い髪を掻きながら顔を上げる。まだまだ20代であるが、こうして一つの教室を任せれているという事は、相当の実力者なのだろう。

 

「もうわかるだろう?これまでは緊急事態として私がやっていたが、それもそろそろ限界なのだよ。仕事も溜まってきているしな。で、今日めでたく新しい理数担当のバイトが決まり、君に白羽の矢が立ったわけだ」

「………」

「で、引き受けてくれるかな?」

「えぇと、僕自身もそれほど経験があるわけではないんですが………」

「そうか…なら仕方がないな。気にするな。なに、他に適任者がいなければ私がやるだけだ」

「すみません…」

「だから気にするなと言っているだろう。大丈夫だよ。私の睡眠時間が一日3授業分減るだけの話だ。あと、夜中に生徒の家庭に電話をする訳にはいかないから、休日も返上して仕事をするだけさ。こんなご時世で残業代も出ないが、まぁ、君が気にする事ではない。睡眠時間もなく、遊ぶ時間もなくなり、私にストレスで10円禿げが出来るかもしれないが、それでも気にしなくていい。それに―――」

「わかった、わかりました、わかりましたよ!引き受けさせて貰います」

「なにっ!いいのか!?」

「いいのかも何も、最初からどうやってでも僕に任せるつもりだったくせに、よく言いますよ」

「ふふふ、物わかりのいい子は好きだよ」

 

そう言って艶めかしく俺を見てくる塾長に、俺は帰りますとその場を辞した。

 

 

 

 

 

 

そして、いま授業を行っているのが、その特進クラスな訳である。これまで教えてきた標準クラスとは違って生徒たちのモチベーションがもとから高く、俺が教室に入った時点でみなが席につき、テキストを開いているようなクラスだ。

 

「では次の問題だけど―――」

 

まぁ、その事は別にいい。授業内容はもちろん難しくなるが、それでも中学生レベルである事に変わりはないし、また生徒の学力が高い分、懇切丁寧に解説をする必要もなくて逆に楽になったくらいだ。その事はいいのだ。俺がそんな事よりも気になっている事がある。それは―――。

 

 

 

「おっと、チャイムか。じゃぁ授業はこれでおしまいだ。次は英語だからテキスト準備しておけよー」

 

スピーカーから鳴るチャイムに授業を終える。前のクラスではその途端に生徒が立ち上がって友達と話に花を咲かせ始めたりするのだが、こちらでは落ち着いたもので、トイレに行く生徒以外は椅子に座ったまま隣の席の子と授業でやった問題について話したりするくらいだ。

 

「先生、あの、少しいいですか?」

「あぁ、質問か?」

 

俺が気になっている事、それは目の前に立つ他の子たちよりも2回りくらい小さな2人の女子生徒だ。最前の席で授業を受け、しっかりと問題を解いたりしていたが、その速度が異様に速いのだ。単純な計算式を飛ばし、方程式であれば一気に答えに辿り着くような、そんな生徒。最初から答えを覚えているのかと一瞬訝しんだが、アドリブで俺が出した問題もしっかりと解けていた為、そのような事もない。そんな、出来のいい生徒。

 

「えぇと、この問題なんですけど………」

「どれどれ……え?」

 

その子が出してきたのは、私立の入試問題。それも相当ハイレベルな高校のそれだった。確かにこのクラスは中学3年生向けのクラスだから入試に興味がいってもおかしくはない。だがしかし、学校よりも授業の内容が早まっているとはいえ、この単元はまだ教えていない筈だ。だが、塾講師として指導している以上、断るわけにもいかない。俺は不要のプリントの裏を使ってそれの解き方を2人に説明してみせる。

 

「あ、こうして解くんですね!」

「やっとわかったね、朱里ちゃん」

 

俺の解説に納得したのか、うんうんと頷き合う2人に、俺は声をかけた。

 

「わかったならいいけど、そこは学校でも此処でも教えていない範囲だぞ?少し気が早い気もするが………」

「はわわ、そうなんですか?どうりで解けない筈だね、雛里ちゃん」

「うん、難しかったのはその所為かぁ………」

 

と、そこまで会話を聞いて、俺はふと思い出す。そういえば、俺の解説にはまだ教えていないどころか、学校でも通常は教えない、むしろ高校で教えるような公式を使った。それをただ見て、そして聞いただけで理解するとは、この娘たちは相当学力が高いに違いない。

 

「また、わからない問題があったら質問に来な」

「「はい!」」

 

ただ、その事を聞こうと思ったが、もうすぐ次の授業が始まってしまう。俺はこの時はそこで切り上げて、2人を促した。

 

 

 

 

 

 

授業も終わり、他の講師が帰っていくなか、俺は塾長に声をかけた。

 

「どうした、北郷君」

「この娘たちの事なんですが………」

 

俺は座席表を彼女の前に置いて、先ほどの2人を指差す。

 

「あぁ、朱里ちゃんに雛里ちゃんか。この2人がどうかしたのか?」

「思ったんですが、この2人って出来すぎじゃないですか?」

「出来すぎとは?」

 

俺は先ほどの事を塾長に話して聞かせる。すると、彼女はどうしてかうんうんと頷くと、事務机の引き出しを開き、一つの分厚いファイルを取り出した。

 

「彼女たちはな、特進クラスの中でも…いや、むしろこの塾でも特別なんだよ」

 

そう言って彼女はパラパラとファイルを捲り、該当ページを開くと俺に差し出す。

 

「特別?」

「あぁ、見ればわかる。彼女たちはいくつだ?」

「いくつって、そりゃ中3に決まって………って、え?」

 

そこに書いてある生年月日を見て俺は驚愕する。そこにある誕生年を見れば、彼女達はまだ小学生のはずだ。

 

「もしかして………」

「あぁ、ご察しの通り、彼女たちはまだ小学生だ。ただ、向こうの希望でこうして中学3年生の授業を受けさせている」

「………」

「と言っても勘違いはするなよ?親御さんどころか、彼女達が自らそう言ってきたんだ。『小学校の勉強は全部わかるから、中学生の授業を受けさせて欲しい』とな」

「マジですか……」

「大マジだ。流石に私の独断でそれを認める訳にはいかないから、私立の難関中学の入試問題を解かせたところ、もちろん満点。算数だけならまだしも、国語にいたってもその解答は非の打ちどころのないものだった。それを持って本社に問い合わせ、許可を得たのが去年の四月」

 

他の講師が皆帰った事に気がつくと、彼女は窓辺に移動する。

 

「去年ってことは…」

「あぁ、最初の3ヶ月で中1の範囲を英語や数学だけではなく、5教科すべてマスターし、夏期講習は中2の1学期復習コースを受講した」

 

塾長は窓を開けると、スーツの胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。

 

「そのまま2年生の授業を受け続け、今年の4月からは3年のクラスの仲間入りだ。特別な待遇である事には違いないが、2年の最後の塾内模試も2人は全教科満点でクリアし、こうして特進クラスに籍を置くに十分な理由を持っている」

 

紫煙をくゆらせながら、彼女は微笑む。いったい何を思っているのか。そのような天才児を抱えている事に対する喜びか、あるいはある意味手に負えないような生徒を持つ事への自虐の笑みか。その事を俺は知る由もない。

 

「それは凄いですね………というか、ここって禁煙じゃないんですか?」

「私はここで一番偉い。だから別に問題はないさ。それに、この位置なら誰かが来てもすぐに煙草を隠す事くらいはできる。本社から視察に来る時機でもないしな」

 

そういって再び微笑む。今度は悪戯をしている最中の子供のような笑みだった。

 

「質問は以上か?」

「はい。精々舐められないように頑張りますよ」

「そんな事は気にしなくていい。2人は自分たちが特別である事を理解していないから、それを鼻に掛けたりもしない。安心して授業をしていれば、いつの間にか高校のコースへ進んでるかもしれないさ」

「………それはそれで凄いですが、一応講師としてのプライドもあるんですよ、俺には。たとえ学期途中で3年の内容をマスターしても、俺の授業を受けたいから残る、って言わせてみせます」

 

俺がそう言うと、何がおもしろいのか、彼女は笑い出した。俺の疑問はそのまま表情に現れていたらしい。彼女は煙草をコーヒーの空き缶に入れると、口を開いた。

 

「いやなに、君もなかなか負けず嫌いなのだと思ってな。自称も変わっているぞ。なに、気にするな。そちらの方が好感が持てるというだけの話さ」

「じゃぁ、2人しかいない時はこうさせて貰いますよ」

「あぁ、そうしてくれ。それではもう少し仕事をしたら私も本部に戻る。君も気をつけて帰れ」

「わかりました。それでは失礼します」

 

再び席についてパソコンに何かを打ち込んでいく塾長を背に、俺は自動扉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

それからも、俺は特進クラスで授業を行っていく。塾長が言った通り、朱里と雛里の吸収力はとてつもないものだった。教えたばかりの公式を使いこなし、次の授業までの休み時間にはその公式を使った発展問題まで聞いてくる始末だ。

だが、俺も負けてはいない。1つの問いに対して2つも3つも別の解き方を用意し、問題を解き終ったら別の解き方も考えてみろと生徒に指示する振りをして2人をけしかける。時間が余った生徒用にさらに発展問題を準備したりもした。

授業終わりに2人が質問に来ることもあれば、2人はさっさと解き終ってしまう事もしばしばだ。そうして、このクラスを任されてから2ヶ月が経過した。

 

そしてとある日曜日。

 

俺は公営の図書館へと赴いていた。大学で出された課題にと本を借りようと思ったが、大学の図書館のそれは既に貸出中だったためだ。検索機にキーワードを打ち込んで目当ての本を探し出す。本棚の間を進んでいる時、ふと横を見ると、見慣れた2つの影を見つける。勉強や読書用のスペースに問題集とノートを広げた2人の少女がいた。

 

「………ここって、どうなるのかな?」

「んー…こうかなぁ?」

「でも、答えと違うよ、雛里ちゃん」

「あわわ、計算ミス…でもないよね………どうなってるのかな?」

 

近づいていけば、囁くような、そんな話し声。見ると、どうやら数学の問題集らしい。2人は相変わらず難関私立の問題を解いているようだが、その解答が違うみたいだ。俺は机に置いてあった1本のシャーペンを手に取ると、ノートに計算式を書いていった。

 

「これはこうやって解くんだよ」

「あ!そっか、1次関数の応用だね」

「ホントだ!そっか…2年生の内容も使うのか………って、あわわ!」

「雛里ちゃん、声が大きいよ!…って、はわわ!せ、先生!?」

「2人とも静かにな。ここは図書館だよ」

 

どれだけ問題に集中していたのかがよくわかる反応だ。俺は2人を宥めると、右に座る雛里のさらに右隣の椅子に腰を降ろした。

 

「よっ、2人とも勉強か?偉いな」

「はわわ…そうですぅ………」

「あの、先生こそどうしたんですか?」

「俺?俺は大学の課題用に本を探しに来たんだよ」

 

俺は検索機から出てきた紙片をポケットから取り出した。

 

「大学ですか……大学の勉強っておもしろそうだよね、朱里ちゃん」

「うん、きっと凄く難しいんだろうね、雛里ちゃん」

「まぁ、教授次第だな。物凄く難しい内容もあれば、テキストを読めば分かるような授業もある。重要なのは先生が言う雑談に出てくる内容の方かな」

「「へぇ…」」

 

2人は声を揃えて口を開く。この2人はずっと参考書や問題集で勉強しており、そこから正解を導き出す習慣があるからこそ、俺の言葉の意味がわからないのだろう。

 

「ま、朱里と雛里は、まずはこの問題集だな」

「はい…あの、先生」

「どうした?」

 

俺の言葉に、朱里が不安そうに問いかけてくる。

 

「やっぱり…この問題集も解けないようでは駄目でしょうか?」

「………?」

 

だが、その言葉の意味がわからなかった。

 

「だって、先生みたいに大学生の人はこんな問題なんて簡単に解けちゃうんですよね………私達、大学生にちゃんとなれるのかなぁ」

「うん、心配だよね……」

「………待て待て待て」

「え?」

 

見れば、雛里も同じように哀しげな顔をしている。ようやくいつかの塾長の言葉を理解できた。この2人は、これだけ頭がいいくせに、自分たちがどれだけ凄いのか理解していないのだ。どう説明したものかと俺は悩んだ挙句、とりあえず2人を連れ出す事にした。流石にこれ以上図書館の中で会話し続ける訳にもいかない。

 

 

 

 

 

 

 

「何が飲みたい?」

「はわわっ!?そんな、申し訳ないですぅ………」

 

俺は一旦2人を図書館の外の休憩コーナーへと連れ出した。自販機にお金を入れて問いかければ、予想外に慌てる2人。

 

「2人はまだ子供なんだから気にするな。何が飲みたい?言わないとブラックコーヒーを3本買うぞ?」

「あわわっ!?あの、その…私はオレンジジュースで………」

「はわわ!私は、えぇと……私も同じがいいです………」

「あいよ」

 

今さらだが、俺は2人の口癖に気づく。驚くとどうもこの「はわわ」「あわわ」が飛び出してくるらしい。俺は2本のオレンジジュースと、自分用にコーヒーを買って、ベンチへと腰を降ろした。2人は俺を挟むように座ってくる。思っていた以上に好かれてはいるらしくて安心した。

 

「それで、2人が大学生になれるかどうかの話だけど………」

 

俺は一度缶を傾けて口を湿らせると、2人に話しかける。朱里と雛里は両手でそれぞれ缶を持ってジュースを飲みながら、俺の言葉を待った。

 

「そんな事はまったく心配しなくていい」

「………え?」

「それはどういう………」

「まず、2人はどれだけ自分が出来るか理解していないだろう。はっきりと言う。朱里も雛里も、うちの塾ではトップクラスだ。いや、それどころか全国でもトップかもしれない」

「はわわ!?」

「あ、あわわ…そんな事ないです………」

 

俺の言葉に2人は同時に缶を落としそうになる。それほど驚くことでもないが。

 

「だって、2人と同じ年で中学3年の授業を理解できる子がどれだけいると思う?いない事はないと思うが、それでも本当に数える程度さ」

「そう、なんですか?」

「そうだぞ、朱里。このまましっかり頑張れば、2人ならきっと行きたい大学に入れるさ。東大だって夢じゃない」

「あわわ………」

 

雛里が顔を赤くする。どれだけ衝撃なんだろうと微笑ましくなる。

 

「2人の勉強しようという意志は素晴らしいものだ。これからもその調子で続けて欲しいと思う。でもな、俺はそれよりももっと大切な事があると思うんだよ」

「大切な事、ですか?」

「あぁ。2人が勉強を好きだという事も、見ていればわかる。でも、2人くらいの年の子は、もっと遊ぶべきじゃないかな」

「遊ぶ…」

「そうだ。勉強はこのまま続けてもいい。でも、学校の友達と遊ぶ時間くらいとったっていい。今日だってこんなにいい天気なんだ。図書館に引きこもってばかりいないで、遊びまわるにはいい日だぞ?」

「「………」」

 

2人は黙り込んでしまう。ひょっとしたら、俺は悪い事をしているのかもしれない。勉強をしたいという2人の意志を否定し、別の事に興味を向けようとしているのだから。それでも俺は思う。もっとさまざまな人間や物事と触れ合うべきだと。

 

「繰り返すぞ?勉強も大事だ。でも、それと同じくらい大切な事はいくらでもある。家族との時間、友達との遊び、映画や読書にだって、学校の授業では教わらないが学べる事は多い。2人はそんな風にして過ごすことは?」

「………あまり、ないです」

「うん…いつも朱里ちゃんと勉強してる気がします」

 

やっぱりな。

 

 

 

 

 

 

「勉強をしたいなら、学校の授業と塾の授業、それから夜にでもやればいい。昼間の明るい時間は、もっとたくさん遊んだ方がいいと先生は思うな」

 

それは、自分自身を振り返る言葉。ずっと剣術一筋で生きてきた俺が言うのもどうかと思うがな。ただ、俺は自分の長くはない人生を思い返して考える事がある。俺は自分が学んできた剣術を誇りに思うし、その事に関しては後悔していない。だが、もっと他に出来る事もあったのではないか、と。もう少し寄り道をしてもよかった気もするんだ。

 

「でも…私達、他に友達がいなくて………」

「ずっと勉強ばかりしてたから、友達と遊ぶこともあまりなくて、それで………」

 

思ったより深刻かもしれない。コミュ力がどうとか言う気はない。そんなものは練習しようが身につきなどしないからだ。大切なのは、それを実地で覚えていく事だと思う。そんな時、俺はふと、彼女の言葉を思い出した。

 

『このくらいの年頃の子にとって、大学生の知り合いがいるのって結構重要よ?精神的な成長にも繋がるわ』

 

それも手かもしれないな。俺は携帯を操作し、メールを送信した。

 

 

 

 

 

 

「で、これはどういう状況、一刀?」

 

あの後俺は図書館から本を借りると、2人を連れて近所のそこそこ広い公園へと来ていた。俺と俺を挟む2人の前には背の高い女性が3人と、背の低い女の子が2人。初対面の相手が5人もいるという状況に、朱里と雛里は俺のズボンを握る。そんな2人の頭を撫でると、俺は目の前の5人にサムズアップをして声高らかに宣言した。

 

「これから俺達と遊ぼうぜ!」

「……ん、遊ぶ」

「「「「「「………………」」」」」」

「一刀」

「言うな、冥琳」

「………いつもとキャラが違わないか?」

「言わないでくれ」

「自覚はあるようだな………」

 

わかってるよ無理してんだよ察しろよこの野郎。

 

という訳で、俺の前には恋と雪蓮と冥琳、そして月と詠が立っている。俺が呼び出したわけだ。

 

「まぁ、いい。恋、こっちに来い」

「………ん」

 

俺は先ほど肯定の意を示した恋を呼び寄せるた。これで4対4だ。

 

「さて、これからこのメンバーで遊びたいと思うのだが………」

「待ちなさいよ、一刀。そんな事聞いてないんだけど?」

「細かい事は気にするな。で、雪蓮、遊ぶのか?遊ばないのか?」

「遊ぶに決まってるじゃない!」

 

爽快なほどの即決だった。そう叫んで雪蓮もこちら側へと来る。これで5対3だ。

 

「月、詠。俺達と遊ばないか?」

「待ちなさいよ、一刀!そんな事の為にボク達を呼び出したの?これから2人で買い物に行くところ―――」

「はい、私はいいですよ」

「―――って、月ぇっ!?」

 

にっこりと笑って、月が肯定する。これで6対2。ちなみに、初対面の頃と比べて詠のキャラが違うが、こっちが素らしい。

 

「詠ちゃんも一緒に遊ぼ?買い物はいつでも行けるよ」

「お、月はいい娘だな。よし、お兄さんが撫でてやろう」

「へぅ…恥ずかしいです………」

「も、もう!わかったわよ!月だけじゃ心配だからね。勘違いするんじゃないわよ!」

「よしよし、詠も俺が撫でてやろう」

「いらないってば!」

 

そんな風にじゃれ合っていると、恋が俺の手を引く。

 

「恋も…」

「そうだな、恋は一番にこっちに来たもんな、ほらほらー」

「………(和んでいる)」

「ちょっと、一刀、あたしも!」

「子どもか、お前は」

「ひどっ!?」

 

だが、これで7対1。残すは冥琳だ。

 

「さぁ、冥琳も俺達と遊ぼうぜ!」

「………私は大学の課題をやりたいのだが」

「そんなの冥琳なら1時間で終わるでしょ。素直になりなさいよ」

「いや、課題以外にも………」

 

それでも彼女は渋る。

 

「………わかったよ、冥琳」

「分かってくれたか―――」

「あぁ、俺が折角遊び慣れていないこの娘たちの為に手を尽くしたというのに、冥琳がそれを無下にしてもいいさ。そんな非情な人だとは思ってなかったけど、それも冥琳だ。安心しろ。これからも友達は続けていくから。あぁ、あとこの幼い娘たちの心に、遊びの誘いを拒絶されたという大きな傷を負わせる事になるだろうけど、それも気にするな。俺たちが頑張ってその傷を癒していくよ。これがトラウマになって、この娘たちが中学生になり、高校生になっても友達が出来なくなるかもしれないが、それも気にしなくていい。俺達がしっかりとケアしていくから。それから―――」

「あぁ、もう、わかったから!わかったから、そんな酷い事を言わないでくれ」

 

そう言って頭を抱えながら歩み寄る冥琳。

 

「ほら、俺の友達はみんな気がいいやつばかりだろ?」

「はい!凄いです、先生」

「どの口がそれを言うか………」

 

そんな冥琳の小言を聞きながらも俺たちは遊ぶこととなった。

 

 

 

 

 

 

さて、何をして遊ぼうかと考えていると、遠くから叫ぶ声が聞こえてくる。見れば、公園の入り口に2人の少女。………この2人の方がよかったかも。

 

「一刀じゃないか!何やっているんだ?」

 

この偉そうに腰に両手をあてて胸を張る少女は以前俺をストーキングしていた春蘭。

 

「待ってよ、姉者………って、一刀さんに恋さんだ。何してるの?」

 

そして、その後ろから走って追いかけてきたのが、春蘭の妹の秋蘭だ。どんどん大所帯になっていく。

 

「ちょうどよかった。お前達も一緒に遊ぶぞ」

「え、あの………え?」

「わかった!」

 

戸惑う秋蘭を放置して、即座に春蘭は頷いてくれる。馬鹿な子ほどかわいいというのは本当かも知れない。

 

「………という訳で、総勢10人で遊ぶ事になった」

「多くない?」

「気にするな」

 

いつになく冷静にツッコミを入れる雪蓮を放置して、俺は先を続ける。

 

「さて、これからこのメンバーで遊ぶ事になったんだが、何がしたい?まずは、恋」

「………お昼寝」

「却下。月」

「へぅ…思いつかないです………」

「次、詠」

「アンタが主催なんだから、自分で考えなさいよ」

「パスだ。冥琳」

「読書などはどうだ?」

「そもそも遊びじゃない。雪蓮」

「大人の遊びとかどうかしら?一刀とあたしの2人きり―――」

「意味が分からない。朱里」

「はわわ!」

「新しい遊びだな。雛里」

「あわわっ!?」

「似たようなゲームか?次、春蘭」

「缶蹴りとかどうだ?」

「春蘭に期待した俺が馬鹿だった。最後、秋蘭」

「あの、姉者はふつうの事言ったと思うけど………」

「………やり直しだ。もう一度、春蘭」

「缶蹴りとかどうだ?」

「それだ!流石春蘭、このお金でジュースを買って来い。スチール缶な。買ったら飲んでいいぞ」

「やった!」

 

一気に走り抜けた所為で、春蘭を飛ばしてしまった。彼女に小銭を渡して入り口付近の自販機に向かわせる。

 

「という事で、缶蹴りをする事になったが、通常のルールに加えていくつか追加しようと思う。鬼は相手を見つけるだけじゃなくて、相手に触れなければいけない事にしよう」

「理由は?」

「見つけるだけなら俺か恋が鬼にいればすぐに終わってしまうからな。そして鬼が捕まえなければいけない代わりに、缶を踏まなくてもいい事とする。警ドロを混ぜたような感じだ。幸いここには障害物も多いから、そう簡単には終わらないだろう。それに、鬼がずっと缶のそばに張り付いていれば千日手になってしまうからな。あと鬼役と逃げ役の交代はなしだ。缶を蹴るか、全員捕まえるかでその勝負は終わる事とする」

 

雪蓮の質問に俺は補足する。春蘭も戻ってきたようだ。

 

「ではチーム分けだが………はい、冥琳」

 

どのように分けるかを議題に挙げると、冥琳が挙手をする。さすが我が軍の軍師、何か案があるようだ。

 

「一刀と恋が一緒になると戦力差が生じてしまうだろう。よって、恋と一刀は別チームに分かれて、そうだな………半々ではなく鬼は4人くらいにしておくのがいいと思うが?」

「採用だ。褒美に、冥琳には今度ブックオフで荷物持ちをしてやる………雪蓮が」

「ちょっと!」

「ふふふ、頭脳戦なら任せてくれ」

「そういう事で、チーム分けするぞ。恋、鬼と逃げるのどっちがいい?」

「………逃げる方」

「わかった。ではまず鬼の1人はこの俺がやろう。残り3人を決めてくれ」

 

残りの8人がじゃんけんをしていく。もしかしたらこのまま勝負がつかないかもしれないが、それもまた遊びのうちだ。

 

「………長くなりそう」

「そうだな………じゃぁ、恋、お題を出してやろう」

「…ん」

「新連載『敏腕秘書・小鳥遊かおり』その衝撃の第1話のタイトルとは」

「………『第1話・社長!小鳥遊かおり』」

「いきなりタイトルをぶっちぎったな。ありだ。次」

「………『第1話・すべては秘書がやった事です』」

「主人公が捕まってるじゃないか。というか政治家の秘書だったのか?ありだ。次」

「………『第1話・社長はいま療養中です』」

「タイムリーだな。病院から引き摺り出せ。ありだ。次―――」

 

そんな会話をしながらじゃんけんが終わるのを待つ。そして出た結果が―――。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、始めるぞ。範囲はこの公園内、捕まった泥棒はこの円の中で待機。質問は?………よし、蹴ってくれ」

 

チーム分けは以下の通り。

 

鬼(以下チームA)

俺・冥琳・春蘭・雛里

 

逃げ役(以下チームB)

恋・雪蓮・秋蘭・月・詠・朱里

 

周囲を見渡せば、ブランコやジャングルジムといった障害物は多く、また茂みや木々など隠れられる場所もたくさんある。恋が缶を蹴りにいく様子を見ながら俺は………

 

「って、恋が蹴るのかよ!」

「そうよ!さぁ、恋。あの林の中に蹴り込みなさい!」

「………任された」

「待て待て待て―――」

 

カァァンと甲高い音と共に缶が飛んでいき、逃げ役の6人は散っていく。これはひどすぎだろう。

 

 

 

チームA side

 

「どう動く、と聞きたいところだが………」

「あぁ、分かってるさ。今日は雛里と朱里が主役なのだろう?ならば私は口を出すまい」

「流石だな」

「あれだけ無理矢理盛り上げようとしていればな」

「あぁ、あれはキャラじゃないな」

 

冥琳は俺の意図に気づいていたようだ。それに雪蓮も聡い娘だ。おそらく彼女も気づいているだろう。

 

「私は春蘭だ!で、さっきのが妹の秋蘭だ。よろしくな」

「あわわ、あの、その…雛里と呼んでください………」

 

4人一緒に缶が飛んで行った方に向かい、春蘭が雛里と自己紹介をするなか、俺は雛里に話しかけた。

 

「さて、雛里よ。今日は君がこのチームの軍師だ。どのように動くか指示を出してくれ」

「あわわっ!私ですか!?」

「軍師とな?2人は孫子でも読んでいるのか?」

「冥琳じゃあるまいし」

「いや、流石の私も小学生の頃からそんな本は読まないぞ。せいぜい孔子くらいだったよ」

「………それはいいとして。普段遊び慣れていない雛里と朱里が主役だからな。普段の勉強の成果を見せるチャンスという訳だ」

「なんだ、一刀。雛里とあいつは友達がいないのか?」

「あわわっ!?」

 

直球を投げつける春蘭に慌てる雛里。俺たちは林の中を、缶を求めて探索する。

 

「とりあえず敵戦力を説明するぞ。まず、恋の運動能力は半端ない」

「適当な説明だが、それ以外にあれを説明する言葉はないな。恋を止められるのは一刀くらいだぞ」

「次に雪蓮だが、彼女もまた運動が得意だ。というか、空から飛び降りてきても違和感はないくらい突拍子もない事をするから気をつけろ」

「一刀、お前たまに酷いこと言うな」

「で、春蘭の妹の秋蘭。彼女も運動は得意だが、春蘭の方が上だ」

「あぁ!姉として妹に負ける訳にはいかないからな!」

「最後に朱里だ。あの娘の実力は雛里が一番知っているだろう。彼女に関しても雛里に一任する」

「あわわ……怖いですぅ………」

 

テストでは同じ成績なのにな。まぁ、100点満点だからそうなるだけで、200点のテストならその差があらわれるのかもしれない。そんな事より。

 

「時間はあまり残されていない。しっかり考えてくれよ」

「あわわ…はいっ!」

 

元気のよい返事だ。さて、そろそろ時間だな。

 

 

 

 

 

 

チームB side―――。

 

「さて、それじゃ作戦会議を始めるわね」

 

一刀たち鬼が缶を探しながら話し合っている頃、逃げ役チームも円になって話し合っていた。

 

「まず鬼役でもっとも注意するのは一刀よ。彼の運動能力は半端ないわ。対抗できるのは恋くらいね」

「…ん」

「はわわ、そんなになんですか?」

「そうねぇ………喧嘩だったら10人相手でも楽勝だし、人ひとり抱えて走るくらい訳ないわね。月と詠なら2人抱えても問題なさそうね」

「あと、蓋の空いてないスチール缶を潰した事もある、って姉者が言ってました」

「………それは知らなかったわ。どうりで顔を掴まれると逃げられない訳ね」

「へぅ…」

「………(震えている)」

 

かつての光景を思い出し、恋と雪蓮、そして月は顔を青ざめる。が、時間もないし、と雪蓮は先を続けた。

 

「で、秋蘭。貴女のお姉さんの春蘭だっけ。あの娘は運動得意なの?」

「はい、学校では一番脚が速いし、喧嘩は高校生が相手でも勝ってます」

「そら凄いわ。どうして一刀の周りにはこう、イロモノばかり集まるのかしら」

 

自分もその一人だという自覚もないまま雪蓮は説明していく。

 

「で、冥琳は頭脳派だけど、今回は心配しなくていいわ」

「へぅ…どういう意味ですか?」

「簡単よ。朱里」

「はわわっ、は、はいっ!」

「そんなに緊張しないでよ。取って食おう、ってわけじゃないんだから。で、それなんだけど………朱里、今日は貴女とえぇと、雛里、だっけ?この2人の為に集まったのよ。あたしの想像だけど、貴女たち友達他にいないでしょ?」

「はわわ!?」

 

図星を突かれて慌てる朱里の頭を撫でる雪蓮。その光景を見ながら、詠が代わる。

 

「で、その体つきから判断するに運動も苦手、と」

「………はぃ」

「でも勉強は得意?」

「は、はい!」

「おおかた一刀のバイト先の生徒といったところかしらね」

「…その通りです」

「詠ちゃん、凄いね」

 

どんどんと暴かれる事実に、朱里は不安げな表情を浮かべた。

 

「だから、緊張しないでいい、って言ってるでしょ。で、2人の為に、今日はこの集まりが開催された。つまり、貴女たち2人が活躍できる場を彼は用意した、って事よ。あたし達と仲よくなる為にね」

「………先生が」

「という事で、鬼側は司令にあの雛里って娘を使ってくるわ。よって、ボク達も朱里が作戦を立てなさい。貴女と貴女の友達の勝負ってわけね」

 

ようやく合点がいったと、朱里だけでなく秋蘭と月も頷いた。恋はよくわかっていないが、とりあえず雰囲気に流されて頷いておく。

 

「さて、時間も少ないし、頑張って作戦を立ててちょうだい。小さな軍師様」

「は、はわわっ!頑張りましゅ、ますぅ………」

 

雪蓮の言葉になんとか返事をすると、朱里はさっそく顎に手を添えて考え始める。少女の頭の中では雛里がとるであろう策をいくつも想定しているのだろう。その表情は、先ほどまでのおどおどとしたものではない。

 

「(一刀も相変わらずお人好しね………ま、そこがいいんだけどね)」

 

 

 

 

 

 

 

 

チームA side

 

「あんなに飛ぶとは思ってなかったぞ」

「相変わらず恋は凄いなぁ」

 

感心する春蘭と冥琳を他所に、雛里が手を挙げた。

 

「作戦は決まったか?」

「はひっ!あわわ、はい……まず、ここで缶を見張るのは冥琳さんと私でやります。先生と春蘭ちゃんは相手を探しに向かってください」

「ふむ。定石だな」

 

作戦となるとスラスラと言葉の出てくる雛里に、冥琳は眼鏡のつるを抑えながら頷く。

 

「はい、策が必要になるのは何人か捕まった後です。皆さんのお話だと、要注意なのは恋さんと雪蓮さんなので、おそらくその2人は最後になるでしょう」

「という事は、まずは残りの4人を先に片づけておくか。朱里がいなければ向こうも作戦を立てられないからな」

「それで何人か捕らえた後ですが―――」

 

雛里の説明に、3人は頷く。

 

「それでは先生と春蘭ちゃんはお願いします」

「あぁ」

「任せておけ!」

 

雛里の合図に、一刀と春蘭はそれぞれ反対方向に走り出す。ゲームスタートだ。

 

 

 

チームB side

 

「―――と、雛里ちゃんなら考えます。実際まだまだゲームは始まったばかりで、4人で缶を守っていても意味がないですし」

「そうだね。姉者だったら引き分けなんて絶対に考えないだろうし」

「そうね。一刀もいるし、冥琳もなんだかんだで負けず嫌いだからその線はまずないわね………そうだ、いまのうちに全員連絡先交換しない?携帯で連絡取り合えばだいぶ手の打ち方が代わってくるわよ」

「はわわ、いいのでしょうか?」

「大丈夫よ。だって一刀は携帯禁止なんて一言も言ってないし」

「へぅ、詠ちゃんが悪い顔になってるよぅ………」

「いいのよ。それじゃ、さっさと済ませちゃいましょう」

 

ルールで携帯使用可とは言っていないが、使用不可とも言われていない。まさにルールブックの穴を突いた作戦であった。6人はそれぞれ電話番号とメールアドレスを交換し、さらに朱里の作戦でそれぞれ散っていった。

 

 

 

 

 

 

チームA side ~一刀~

 

「さて、こちらには誰がいるのやら………」

 

一刀はいま、公園内の遊歩道を歩いていた。これだけ堂々と歩いていれば見つけてくれと言っているようなものだが、少しでも慌てる気配があれば、それを逃すような一刀ではない。ただ歩いているように見せかけて、その実360度すべてに注意を向けていた。

 

「(………あの茂みが怪しいな)」

 

彼の視線の先にあるのは、幾本かの背丈の低い木々の作りだす茂みだった。何も知らなければ気にすることのない風景の一部だが、逆に誰かがいる可能性を考えると、そこだけがぽっかりと浮かび上がってくる。

一刀は一旦そこを通り過ぎ、カーブを曲がって木々に遮られた瞬間に走り出し、その裏手へと回った。そこには―――。

 

「………一刀さん、行ったね」

「えぇ。もうしばらく此処にいましょう」

「誰が行ったって?」

 

後ろからかけられた聞き覚えのある声に月は硬直するも、詠の行動は早かった。

 

「月っ、逃げて!」

「詠ちゃん!?」

「いいから早くっ!!」

 

振り向いた瞬間に後ろに立つ鬼の腰にしがみつくと、親友に叫ぶ。一言ごめんと叫ぶと、月もすぐに背を向けて走り去った。

 

「詠一人抱えたくらいで俺の脚が遅くなるとでも思ったか?」

「行かせないわよ」

「………まぁ、いいか。今回はその友情に免じて月を見逃してやる。一緒に本陣まで来てもらおう」

 

彼の言葉通り、詠のように軽い娘であれば担いだまま月を追いかけ、そして捕まえることも可能だ。しかし、その献身を目の当たりにし、一刀はそれをしなかった。月が完全に視界から消えた事を確認すると、詠も大人しく一刀から離れる。

 

「それじゃ、行こうか」

「わかったわよ」

 

逃げ役・詠の脱落である。

 

 

 

チームB side ~秋蘭~

 

秋蘭は一人、公園内の別の区画を物陰に隠れながら歩いていた。周囲に鬼の気配はない。もし鬼が見つければ、彼女を追いかけ、その分鬼側の手が薄くなるという朱里の指示からの行動だった。実際にその読みはほとんど当たっており、ちょうどその頃一刀が詠を捕らえて本陣に引き連れている為、敵の手がちょうど1人減ったところであったからだ。ただ、その朱里にも読めない事が一つだけあった。

 

「見つけたぞ、秋蘭!」

「あ、姉者!?」

 

それは、春蘭の野生である。ガサガサっと茂みから音が聞こえたかと思うと、秋蘭の前に飛びだした彼女の頭や服には、何枚もの葉っぱがついていた。

 

「ふははは!こっちに誰かいそうな気がして来てみれば、まさか実の妹だとはな。やはり私達は双子のようだ!」

 

じりじりと妹に近づきながら、タイミングを窺う。両腕は上げられ、いまにも飛びかかってきそうな雰囲気であった。

 

「(どうしよう…姉者は私よりも脚が速いし………)」

 

いつでも逃げ出せるように体勢を整えながら考える秋蘭だったが、ひとつ思いつく。考えてみれば、相手は実の姉・春蘭なのだ。彼女の性格は自分がよく知っている。意を決した彼女は、右手を伸ばして人差し指だけ姉の後方に向けると、驚いたように声を上げた。

 

「あぁ!あんなところで一刀さんがご飯を食べてるっ!?」

「なにっ!?一人だけずるいぞ!!」

 

その声につられて振り向けば、春蘭の視界の先にはベンチに広げた包みから、和菓子を手に取る老夫婦。

 

「しゅ、秋蘭!騙した…な………」

 

そして前を向き直れば、そこには誰もいない。

 

「くそぉおおっ!秋蘭めぇえええええ!!!」

 

秋蘭の作戦勝ちであった。

 

 

 

 

 

 

チームA side ~雛里~

 

本陣に詠を連れてきた一刀を再び見送り、その場には鬼役の冥琳と雛里、そして捕虜となった詠が残っていた。

 

「………」

「………」

 

チラチラと横目で冥琳を見上げる雛里。会話はない。

 

「………」

「………」

 

冥琳もその視線に気づいているが、あえて気づかないふりをする。どうも、見ているところが顔ではなく、少し下のようなのだ。

 

「………あの、冥琳さん」

「なんだ?」

 

そしてようやく話しかけてきた雛里に冥琳は返事をする。

 

「………どうやったら、そんなに大きくなるんですか?」

 

なんとも不躾な質問だった。いや、これは雛里なりの場を和まそうとした冗談なのかもしれない。

 

「黙秘権を行使す―――」

「あのバカが揉んだのよ」

「―――って、詠!?」

「あわわっ!?」

 

冥琳だけでなく、雛里も慌てだす。見た目によらず、耳年増なのかもしれない。そしてそれは詠なりの盛り上げ方。しかし、ここにいるのは上に馬鹿が付くほど真面目な2人。気まずい空気が流れるなか、3人はそれぞれ別方向を向く。敵はまだ、姿を現さない。

 

 

 

チームB side ~詠~

 

「(やっぱり予想通りね………)」

 

一刀に強襲されて捕虜となってしまった詠であったが、それは朱里の作戦であった。本陣の動きを味方に知らせる為の、いわゆるスパイのような役割。誰がその役に当たるかまでは想定できなかったが、それでも、頭脳派の彼女がその任に就いた事は逃げ役にとっては僥倖であった。

 

「(本陣には冥琳と雛里。一刀は西に向かった。春蘭はわからない………と)」

 

それぞれ円の外側を向いている冥琳と雛里に隠れて詠は携帯を操作し、一斉送信する。と、すぐに全員宛てに返信があった。

 

「(春蘭は遊歩道の方か。月は無事かしら………)」

 

それは姉を撒いた秋蘭からの報告であった。そしてその報告で朱里の作戦が決まる。本陣を守る鬼役が半減している今が好機だ。詠の携帯が、音も振動もなくメールを受信した事を伝える。

 

そして、ゲームは動き出す。

 

 

 

 

 

 

朱里が携帯を操作してメールを送る。

 

『きっかり3分後に作戦開始です。配置についてください』

 

それだけを送ると、朱里は携帯を閉じて腕に巻いた小さな時計でカウントを開始し、移動を始める。そのメールを受けた他のメンバーも、それぞれ当初の作戦通りに動き出すのだった。

 

 

 

「雛里よ」

「はい…おそらく、そろそろ来る頃です」

「(な、まさかバレてるの!?)」

 

本陣では冥琳が眼鏡の奥で瞳を光らせ、雛里も頷く。詠は心の中で舌打ちをしながらも、作戦の成功と友の無事を祈っていた。そして―――。

 

「やはり物量作戦か!」

「冥琳さんは雪蓮さんを!私は月さんに行きます!春蘭ちゃん、先生!」

 

地面に引かれたサークルを中心に、ちょうど正方形の四頂点を起点として四方向から飛び出す影があった。恋、雪蓮、秋蘭、そして月である。

 

「任せろ!」

「恋には俺が行く!」

 

そしてそれを見計らったかのように、一刀と春蘭も物陰から飛び出した。雛里は月に向かい、春蘭は秋蘭目掛けて駆けていく。冥琳と一刀もそれぞれ応戦に向かうが、それを目にした雪蓮と恋はそれぞれ向きを変え、お互いに近づいていく。一刀たちもそれに合わせて本陣を守るように2人と円の中間へと駆けていき、そして、冥琳が雪蓮に触れようとしたまさにその時―――

 

「いまよ、恋!」

「ん…」

 

―――雪蓮が前傾姿勢をとった。

 

「なっ!?」

 

そして慌てる冥琳の目の前でその背に乗るのは、恋の靴。雪蓮を踏み台とし、恋は冥琳を跳び越える。

 

「落ち着け冥琳!そのまま雪蓮を!」

「あ、あぁ!」

 

一刀の叱咤に一瞬で落ち着きを取り戻すと、そのまま勢いを殺しきれず、しかし体勢を崩した雪蓮に冥琳は触れる。そして後ろを振り返った瞬間、今度こそ彼女の眼は驚きに見開かれた。

 

「行かせないぞ、恋!」

「…朱里」

「ぃ、行きましゅっ!」

 

雪蓮の背から飛び上がった恋の背には、さらに朱里の姿。そして彼女は思い出す。一刀の身体能力同様に、恋もまた、人ひとり背負っていたからといってその動きを鈍らせるような存在ではなかった事を。

 

「うおっ!マジか!?」

 

一刀が空中の恋に手を伸ばすも、その右手が触れる直前に恋の背から朱里は飛び立った。

 

「いただきでしゅっ!」

 

春蘭は秋蘭を捕らえ、雛里は月と相対し、一刀の手が恋に触れるなか、朱里は着地する――――――

 

「………はわわっ!?」

 

――――――地面に描かれたサークルの中心に立つ、スチール缶の上に。

 

「しゅ、朱里ちゃぁぁあん!?」

「はわわわわぁぁぁ………」

 

雛里の声が響くも、それをさらに圧倒する光景に声はかき消される。朱里はそのままバランスを崩してしまい、ゴロゴロと地面を転がって、そしてジャングルジムにぶつかってようやくその動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か!?」

 

勝負中である事も忘れて、皆が地面に転がった朱里に駆け寄る。うつ伏せになった朱里はピクリとも動かない。

 

「………朱里ちゃん?」

「………」

 

そして親友を心配して近寄り、そばにしゃがみ込んだ雛里は気づく。

 

「………っ」

「朱里…ちゃん………?」

 

倒れ伏した少女の身体が小刻みに震えている事に。

 

「くっ…ぅぅ………」

「あの、だいじょ―――」

「う、うわぁぁあああぁん!」

「あ、あわわ!朱里ちゃん………」

 

そして、堰を切ったように泣き出し―――

 

「うぅ、ひっく、ぇぐ、痛いよぅ…でも……楽しいよぉ………うわぁぁああん!」

 

―――次いで笑い出す。痛みに涙を流し、そして涙に濡れながらもくしゃくしゃの笑顔を向ける朱里につられて瞳を潤ませる雛里。そんな2人を見て、一刀たち大人だけでなく、春蘭たち子どもまでもが優しい笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

その後落ち着いた朱里を水道まで連れて行き、傷口を洗い流す。月が簡易の救急セットを持っていた為、手当は月と詠に任せて、俺たちはベンチのところで待機していた。

 

「それにしても、ちょっとやり過ぎじゃないか、あれは?」

「あれって?」

 

冥琳の質問に雪蓮は質問で返すが、すぐに最後の朱里の大ジャンプの事だと思い至り、苦笑する。

 

「あれは朱里が考えた作戦なのよ?『貴女が想像しているアクロバットな動きは恋も一刀も全部できるから、それを踏まえた上で作戦を立てなさい』って言ったら、あんな思い切った事言いだすんだもの。こっちがびっくりしたわ」

「そうか。こちらも雛里が色々と指示を出していたが、2人とも本当に頭が切れるな」

 

雪蓮の説明に、作戦を立てていた時の雛里を思い出して冥琳も苦笑した。

 

「まぁ、俺の教え方が上手いからな」

「はいはい。本当のところは?」

 

冗談めかして言う俺に雪蓮が返し、恋に冥琳、そして春蘭と秋蘭も俺を見てくる。

 

「簡単に言うと、小学生の癖に塾で中3の特進コースを受けている。休日も遊ばず勉強ばかりで友達もいない。今日、たまたま図書館で出会ってその話を聞いたから、みんなを集めた」

「だいたい予想通りね」

「そうだな」

 

俺の言葉に冥琳と雪蓮はやっぱりという顔をする。秋蘭は小学生で中学生の授業を受けているという事に衝撃を受け、春蘭は塾という単語に、眉間に皺を寄せていた。

 

「…でも、楽しい、って言ってた」

「あぁ。皆もありがとうな」

「いいさ。久しぶりに童心に帰れて楽しかったぞ」

「あら、最後まで渋ってたのはどこの誰だったかしら?」

「うるさい」

 

雪蓮と冥琳がじゃれ合うのを見ていると、秋蘭が声をかけてきた。

 

「それで、これからどうするの?朱里ちゃんも怪我しちゃったし、あまり激しい遊びは出来ないよ?」

「そんなもの気合でなんとかなる!」

「それは姉者だけだよ………」

 

相変わらずの春蘭に和むが、どうしようかと考える。すると、冥琳が雪蓮の頭を押さえつけながら話しかけてくる。

 

「それよりも一刀、大丈夫なのか?」

「何が?」

「塾の外で生徒と会うのは拙いのではないのか?」

「………あ」

 

忘れてた。

 

「しかも怪我なんてさせちゃって。クビだけじゃ済まないかもよ?」

 

そして追い打ちをかける雪蓮。どうする?素直に家まで謝りに行くべきか?いや、行った方がいいんだろうな?でも…。そうして俺が出した結論は―――

 

「春蘭、秋蘭。おやつでも食べに行かないか?」

「いいのか!?」

「ケーキが食べたい!」

 

―――後で考える、だった。

 

「…恋も食べる」

「よし、じゃぁ恋も行くか」

「ちょっと、あたし達だって行くわよ!」

「そうだな。忙しいなかわざわざ時間を割いてやったんだ。今日は御馳走になるとしよう」

 

恋が乗り、雪蓮と冥琳も便乗する。

 

「ちょ、全員分か!?」

「そこのおちびちゃん達!これから一刀がケーキ御馳走してくれるってー!」

「いやいや―――」

「誰がおちびちゃんよ!」

「はいはい。それで行くの?行かないの?」

「そこのバカの奢りなら行くに決まってるじゃない!」

 

結局全員分奢る嵌めになってしまった。後でお金をおろさないといけないな。

 

 

 

 

 

 

駅前まで出てファミレスへ入り、軽食をとる。恋と春蘭の所為で倍の人数分のお金が飛んで行った。

 

「それじゃ、私達はここで」

「まったく、アンタの所為で買い物に行けなかったじゃない」

「あわわ、ごめんなさい………」

「あ、いや、雛里たちの所為じゃないわよ!」

 

途中で月たちと別れ―――

 

「じゃぁまたな!」

「バイバイ」

 

春蘭と秋蘭と別の道を行き―――

 

「なんだかんだで楽しかったよ、今日は」

「そうね。朱里と雛里もまた遊びましょうね」

「はわわっ、いいんですか?」

「いいに決まってるじゃない。だって友達でしょ?」

「………はい」

 

雪蓮と冥琳もそれぞれ帰路につく。俺と恋、朱里と雛里は連れ立って住宅街を歩いていた。夕暮れが家々を赤く染め、俺達の影を伸ばす。

 

「楽しかったか?」

「はい!」

「凄く楽しかったでしゅ!はわわ……」

「ん…恋も楽しかった………」

 

手や足に貼られた絆創膏も厭わずに笑顔で返してくれる朱里に、俺の頬も自然と緩む。こんな風に子どもの頃の遊びに興じるのも楽しいものだと、俺はふと郷愁のようなものを感じる。そんな経験はほとんどなかった筈なのにな。

 

 

 

 

 

無事2人を送り届けた俺と恋は2人、手を繋いで家路につく。もの凄く緊張して訪ねた朱里の親は怒るどころか、こんな風に怪我をするくらい遊ぶなんて今までなかったと、逆に感謝され、さらにはこれからも遊んでやって欲しいと頼まれてしまった。俺が2人の通う塾の講師をしている事も一応伝えたが、どうやら朱里も俺の事を話していたようで、それなら勉強も遊びもよろしくなどと言われてしまう。恋が一緒にいたし、朱里がしっかりと説明してくれたからというのもあるが、結果的に問題はないようで喜ばしい限りだ。

 

そうして夕陽が沈みゆく様を眺めながら歩いていると、ふと恋が口を開く。

 

「………一刀は、すごい」

「何がだ?」

「…一刀は、色んな人と仲良くなってる」

「そう言えば、そうだな」

「一刀がいると、恋もたくさん仲良くなれる」

「そうだな」

「………」

 

恋が口を噤んで足を止め、俺も手を引かれるように立ち止まる。

 

「どうしたんだ、恋?」

「恋は時々、不安………」

「……?」

「…一刀と出会うまで、恋は一人だった」

 

それは、俺達の中で暗黙の禁忌となっていた過去。

 

「一刀と出会わなかったら、恋は…今もひとりだった………」

 

もう克服してくれていたと思っていた、恋にとって苦痛でしかない記憶。

 

「一刀はいっぱい仲よくなる…友達もいっぱい増えてる………一刀が、もしかしたら恋を置いて、別の人とずっと一緒にいるかも………って、恋は時々不安になる」

「………」

 

忘れていたい筈の――――――。

 

「一刀は…恋を、おいていかない………?」

 

それは、一度は捨てたはずの眼差し。その深く哀しげな瞳に、俺は恋との出会いを思い出していた。

 

 

 


 
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