「どこへ行くんだ――戯言遣い」
「ぼくはもう、どこにも行かない――」
「家に帰るんだ」
己の意思で引いた引鉄。肩がもって行かれそうな衝撃。人を殺すために作られた兵器。
「それが、お前の答えか。戯言遣い」
だけど放たれた弾丸は、目の前の男のどこにも穴をあけることはなかった。
「ええ、これが、ぼくの答えです」
殺せるはずがない。
「世界を救うんじゃ、なかったのか」
ゴトン、と銃を足元に落とす。
「世界は救います。だけど、貴方も殺さない」
手に持った鉄の塊は、ぼくのような戯言遣いには重すぎた。
「だって、世界のなかには、貴方だっているじゃないか」
数え切れないほど世の中を壊してきたぼくたちだけど、それでもきっと生きていかなきゃいけないんだから。
「そうか……」
西東天は、ぼくの手を見ていた。もう何もない、ぼくの手を見て、彼は何を思うのだろう。
「ならば俺は、次の方法で世界の終わりを目指すだけだ」
やはり、やめられない。走り始めた彼は、回遊魚のように止まれない。本当にちっぽけなプライド。
「いいですよ」
「一生、つきあってあげます」
それが始まり。ぼくと西東天の、世界を賭けた長い長い戦いの始まり。
興味をなくしたのか、彼は視線を外して、背中を向けた。
「なあ、戯言遣い」
「なんですか」
「何で引鉄をひかなかった?」
「ぼくが救いたい世界の中に、あなたもいるから」
ああ、わかってる。そんな答えを、彼は求めてるんじゃない。
「ちげぇよ。そんな理由じゃねぇ。もっとだ、もっと単純な理由。戯言遣いとしてじゃねぇ。×××××。てめぇが何を思って、どうしてそうしたのかを聞いてるんだ」
わかりきってること言わせるんじゃねぇ、とため息をついた。
「家に帰りたいからですよ」
どこの話だったろうか。ぼく自身の話かもしれない。玖渚の話かもしれない。人間失格の話だったかもしれない。どこで聞いたかは覚えてないけど、こんな話があった。
妖精に連れられた少年は、どことも知れぬ場所に迷い込んだ。妖精は帰れないという。だけど少年は帰りたいという。
どうしても帰りたかった少年はずっとずっと走った。止まることなく走り続けた。服が汚れるのも、手が汚れるのも、足が汚れるのもかまわずに走り続けた。
やっとのことで家についた彼を待っていたのは、驚いた少年の両親。全身を汚した少年を怒るわけではなく、ただ愕然としていた。
その顔を見て、妖精の言うことを思い出した。
当たり前だ。全身を妖精の返り血で汚した少年には、帰る家なんてあるはずもない。
帰りたかったはずの家は、もう帰るべき家ではなくなった。少年はずっと、今でも迷い続けている。
「だって、汚れた格好じゃ、家に帰れないじゃないですか――」
箴言とは縁なく、戯言にすらならないツギハギの言葉。だけど嘘偽りのない言葉は、少しでも西東天に響くことはあったのだろうか。
「――さて」
それはどちらの口から出た言葉だろうか。
ぼくも西東天も、背中合わせになって、歩き始めた。
「俺は人類最悪。今後とも末永く、よろしくお願いします」
「ぼくは戯言遣い。これからも変わらぬお付き合いをよろしくお願いします」
西東天と別れて、ぼくは家に帰ろうとした。
だけど向かった先は壊れたアパートなんかじゃなかった。
もちろん西東診療所でもない。
玖渚のマンションでもない。
なら、ぼくはどこに行くのだろう。
わかりきっているはずなのに、そんな自問をしていた。
「戯言だな」
いつものフレーズなのに、ひどく懐かしく感じた。
これはやり直しだ。
一番最初に掛け間違えたボタンが全部外れて、もう一度掛け直すんだ。
ぼくと玖渚の、はじまりのやり直し。
場所は、決まってる。
少女はそこに座っていた。一人で砂の山を作っていた。
少年はそこに辿り着いた。たった一人で、ぼろぼろになって。
「ねぇ、何してるの?」
少年は尋ねた。
少女は答えない。
名前も呼ばない。わかっている。誰よりも心に刻んだ名前だから。でも、そういうことじゃない。
少年は、山を崩した。
少女は、山を作り直した。砂の一粒一粒全部、間違えることなく。同じ山を作り直した。でも、そんなことじゃない。
全部間違えることなく直したんじゃ、いつまでたってもボタンは掛け違えたままだから。
「ねぇ、友――」
だから、ぼくから始めよう。ここから始めよう。
「前に、ぼくに一緒に死んでくれ。て言ったよね」
終わりが始まる前、ぼくを解放する前に。
「ぼくは死ねない。守りたいものがいっぱいあるから」
その中の、一番大事なトコロに玖渚がいるから。
「だから、今度はぼくから言うよ」
手を差し出して。
「ぼくと一緒に生きてくれ。ぼくにはお前が必要なんだ」
生まれて持ってきたモノ。今まで培ってきたモノ。お前を支えてきたモノ全部捨て去って、ぼくと一緒に生きて欲しい。
「……怖いよ、そんなの」
やっと喋った。
ああ、そうだろう。自分を全部捨てろというのは、今までの自分に死ねといってるようなものだ。
変わりたいと思う心は、自殺。
変わってほしいと思う心は、殺人。
だから、
「玖渚、死んでくれ。玖渚を殺して、ぼくは友と一緒に生きる」
どれくらいの時間がたったかはわからない。けど、きっとすごく長い時間だろう。
夕焼けはいつの間にか、真っ暗になっていたんだから。
「ぼく様ちゃん、きっと何もできないよ?」
「今まで何かできたこと、あったのか」
「今まで見たいに機械に強くなくなっちゃうんだよ?」
「原始人にパソコンは似合わないよ」
「この蒼い髪だって、なくなっちゃうんだよ?」
「ぼくは黒髪にだって萌えられる」
「……記憶力だって、いーちゃんと同じぐらいにまで落ちこぼれちゃうんだよ?」
それを最後にもってくるのか……それも落ち込むじゃなくて落ちこぼれるとは。
「いいよ。全部まとめて面倒見てやる」
「お前一人の人生ぐらい請け負ってやるよ」
「それ、潤ちゃんみたいだね」
「違うよ」
人類最強なら、世界人類の人生を請け負ってしまうだろうから。
「人類最弱のぼくには、人生は一人分しか請け負えないよ」
世界を救うことは可能でも、全員の生き方はぼくには背負えない。
崩子ちゃんは愛するものを大事にした。萌太くんは大事なものしか愛さなかった。
ぼくは、玖渚を愛して、玖渚を大事にしよう。
「そっかぁ」
玖渚は、立ち上がって、ぼくに向かい合った。
「それじゃ、人類最弱の請負人さん。ぼく様ちゃんを――殺してください」
蒼色サヴァンを殺して、玖渚友を返して。
泣きそうな笑顔で、ぼくに依頼をした。
「――玖渚友からの依頼、確かに請け負った」
これも戯言と、彼らは言うだろうか。
別に言われたって構わない。これがぼくの、ぼくにだけできる冒険なんだから。
箴言遣いにもなれず、戯言遣いとしても半端だったぼくだけの、誰にも譲れない最初で、末永い物語だから。
「玖渚、お前を殺して解して並べて揃えて――晒してやる。」
ずっとずっと、背負い続けよう。
「いーちゃん……いーちゃん…いーちゃん。いーちゃん、いーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃんいーちゃん」
玖渚はぼくにしがみついていーちゃんと繰り返した。
ぼくも抱いた。小さな身体が折れるんじゃないかと心配するぐらいに強く、強く。
一人で走るのはやめた。
これからは二人で並んで歩こう。
ぼくの腕には玖渚がいる。
ぼくはこの手を離さず歩き続けよう。
追伸:四年後のぼくへ。
きみ達は、幸せになりましたか。
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西尾維新の戯言シリーズ最終巻「ネコソギラジカル下-青色サヴァンと戯言遣い-」第23幕~終幕の間のお話を想像して書いてみました。こんな感じだったらいいなぁ、とかそんなかんじの。いーちゃんかっこいいよいーちゃん。