「・・・こいつはまずいね」
立ち上る黒煙に向かって走り出した左近が目にしたのは村を襲おうとする賊とそれを守ろうとする軍勢という光景だった。
村に近い丘の上にいる左近からは白色で統一されている軍勢が賊に挟撃され、苦戦している状況が手に取るように分かる。
(賊の方が数が多い上に挟撃されている・・・。このままでは軍勢の方は長く持たないな。それにしても・・・大陸風の旗に『公孫』とはね)
左近は戦況をすぐに理解出来たが、それとは別の事に驚いていた。
白い軍勢が立てている旗は左近には馴染みが薄い物ではあるが見覚えがある。
太閤・豊臣秀吉の命令によって主君・石田三成と共に左近が大陸に渡った時に見た明の軍勢が掲げていた旗に似ているのだ。
薄々気がついてはいたが、自分が日の本ではない土地にいる事を確信した左近はため息をついた。
「ま、見捨てる訳にもいかないし・・・いっちょやりますか!」
気を取り直した左近は改めて戦場となっている村を見渡す。
(見たところ幸い白い軍の方はまだ余力を残している・・・。ここで俺が敵の本陣に奇襲をかければまだ盛り返せる筈だ)
「・・・あれだな」
長年の戦場生活で鍛えられた観察力によって賊の頭を見つけた左近は愛刀の斬轟一閃刀を構えると一気に丘を駆け下りる。
そして素人故に後備《うしろぞなえ》(後方の敵に備える予備軍)など置いていなかった賊の頭がいる集団の後ろに移動すると手にした愛刀に気を込めて一気に振り下ろした。
「ハァァァァーーーー!!」
左近の斬轟一閃刀が振り下ろされると同時に刀に込められていた気が衝撃波となって賊に向かって襲いかかっていく。
ドゴォォォーーーーン
「「「「ウワァァァーーー!!!」」」」
左近の放った衝撃波によって10人を軽く超える賊が空に舞った。
「な、何だ!?」
「人が吹き飛ばされたぞ!?」
いきなり仲間が吹き飛んだ事で今まで村人や公孫賛軍を攻撃していた賊達の視線が左近へと集まる。
その事を確認した左近は刀を再び構えると大きく息を吸う。
「石田三成が家臣、島左近!義によって助太刀致す!!」
戦場全体に響き渡るように名乗りを挙げた左近はそのまま賊の頭がいる集団へと切り込んだ。
左近の名乗りは賊の挟撃によって苦戦していた公孫賛軍にも届いていた。
公孫賛には詳しい状況は把握出来なかったが、島左近と名乗る人物が賊の後方で暴れている事は理解出来る。
賊が吹き飛ばされて空を舞う光景は公孫賛がいる位置からも見えており、周囲で戦っている賊に動揺が走っている事が見てとれた。
「好機だ!敵は混乱しているぞ!反撃だ!」
公孫賛が叫んで周囲を鼓舞しながら自ら馬に跨って賊に向かって斬りかかっていく。
「敵は怯えているぞ!皆、私に続けー!!」
「「「オオオッ!!!」」」
主君自ら敵に向かって突撃する姿に鼓舞されてそれまで防戦一方だった公孫賛軍の兵達が一斉に賊に向かって反撃を始めた。
攻勢に出た公孫賛軍は元々人数が少ない元から村を襲っていた賊の集団を一気に壊滅させて背後の憂いを断つと賊の本隊への攻勢を強めていく。
その結果賊は前面から公孫賛軍、背後から左近に攻められて逆に挟撃される形となり、賊の頭は焦った。
「お、おい、てめーら!良く見やがれっ!後ろはたった一人だぞ!一気にぶち殺せっ!!」
賊の頭が大声で叫ぶもその声には焦りと不安が含まれており、それは手下達へと伝染していく。
それでも賊の頭の言葉に従って何人もの賊が左近をめがけて襲いかかっていくのだが・・・
「おやおや、たったこれだけとは俺も舐められたもんだね」
左近は全く慌てた様子もなく逆に賊に向けて突撃していく。
ブンッ 「うぎゃああああ!」
斬轟一閃刀の一振りで数人を斬り倒し、
ドゴッ 「うわああああ!」
刀を地面に叩きつけて気を爆発させ、
ブオンッ 「ぐわああああ!」
刀から放たれる気の衝撃波で賊をまとめて吹き飛ばす。
まさに鬼神とも言えるような左近の戦いぶりによって次々と賊達は倒されていき、またたく間に左近に向かっていった賊は全員が地に倒れ伏した。
「ヒ、ヒィィィーー!!」
「ば、化けモンだ!!」
あまりにも圧倒的な左近の力を目の当たりにした賊の中から恐怖に駆られた者が逃げ出し始める。
「お、おい、テメーら逃げるんじゃねえ!!」
賊の頭はそれを押しとどめようとするが一度決壊した水門を押し留めることは容易ではない。
頭が脅すように声を上げても部下は逃げだすばかりだった。
「おいおい、戦の最中に他所見は禁物だぜ?」
「へ?」
ふと傍で聞こえた声に頭が振り向くとそこには斬馬刀を振り上げた男・・・左近の姿があり、その刀が振り下ろされる光景が賊の頭の見た最期となった。
「賊の頭、島左近が打ち取ったーーー!!!」
軍勢ではなく唯強い男の元に集まっていた賊であるだけにその賊の頭の討死はその崩壊の決定打となった。
「ひいいいっ!お、お頭がやられた!?」
「勝ち目はもうねえ、俺はもう逃げるぞ!!」
クモの子が散らばるかのように一気に逃げ出す賊達に対して公孫賛軍の一部が追撃をしようと動くが大将の公孫賛はその動きを押し留める。
「止まれ!私達は勝ったんだ!これ以上の追撃は必要ない!」
剣を上に掲げながら叫ぶ公孫賛の命令にまず公孫賛の近くにいた兵達が反応して雄叫びを上げた。
「そうだ!俺達は生き残ったんだ!」
それを皮切りにして軍勢の中から歓声の声が湧きあがり、それは軍勢中に伝播していく。
追撃しようとした者達も周囲であがる勝鬨の声につられて動きをとめその中に加わっていき、公孫賛軍はその動きを止めた。
そんな公孫賛軍の様子を左近は少し離れた所から興味深そうに見ていた。
(へえ・・・。随分と若い娘さんが大将かと思ったら・・・中々の采配ぶりじゃないですか)
左近の目から見て少数で多数の賊と戦い続け、兵の多くがどこかしらに多少の傷を負っている公孫賛軍には賊を追撃出来る余力など残っていない事は容易に分かる。
そんな状態で無理に追撃しても恐らく公孫賛軍にはいくらかの被害が出るだろう。
いくら相手は賊といっても数は多いのだ。
だが勝ちを得た時にそのような判断をする事は非常に難しい。
勝っている状況においても自らの状態をしっかりと認識出来るか否かはまさに将として一流か否かの境目なのだ。
それ故に自らの軍の状況を理解して引き際を見誤らず、勝鬨をあげる事で追撃を押しとどめた公孫賛の手腕に対して左近は感心していた。
戦国の世において女性が戦場に出る事が無いわけではない。
左近の知り合いにも太閤豊臣秀吉の妻・ねね、西国の勇将・立花誾千代や徳川の弓姫・稲姫といった女性の武将は存在する。
だがそれでも戦場において将としての采配の才を持った女性というのは珍しく、左近の興味をひいていた。
だがいくら興味をひかれたとはいえ左近の思考がそこで止まる事は無い。
現在進行形で不可解な事態に陥っている状況において思考を停止する事は命を失う事になりかねない事を歴戦の戦人《いくさびと》である左近は身をもって知っている。
この時も左近は現在の状況を冷静に分析していた。
(それにしても『公孫』ねえ・・・。確か大陸の英雄・劉備の友人という人物に公孫瓚という人物がいたな。此処が何処だかは分からないが・・・大陸・・・明というのは間違いなさそうだ。だとしたら・・・少々マズイね・・・)
左近の認識では数年前に豊臣秀吉によって行われた朝鮮攻めによって日の本と明は交戦状態にある。
一応停戦状態にはあるものの両国の関係は決して良い物ではなく、左近が日の本から来たと知られれば一悶着起きるかもしれない事は左近には容易に想像出来た。
いざとなれば『公孫』の軍勢が自身に襲いかかってくる事がある可能性を左近が思案しながら公孫賛の様子を眺めているとその軍勢の先頭に立っていた娘が背後に三人程の兵士を引き連れて左近に向かって歩いてきた。
(いきなり襲いかかってくるっていうのはなさそうだね・・・)
左近は一応いつでも動けるように準備をしつつ公孫賛達が近づいてくるのを待ち受ける。
そして左近に近づいてきた公孫賛は・・・・
「ありがとう!おかげで助かった!」
ペコリと左近に頭を下げた。
Tweet |
|
|
4
|
0
|
追加するフォルダを選択
久々に投稿第3話です。