No.209271

ゆる色びより第1話Scene2

フェリスさん

オリジナルです。前回の続きです。Scene1――http://www.tinami.com/view/205095
Scene3――http://www.tinami.com/view/219671

2011-04-01 12:52:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:526   閲覧ユーザー数:466

   Scene2 影の映らない机

 

 

「へ~、そんなことがあったんだ」

 

 翌日の昼休み、そう言って相槌を打ったのは向かい合うようにくっつけた机の反対側に座る芙蓉冬莉(ふようふゆり)ちゃん。今日の冬莉ちゃんは後ろ髪を二つに縛って肩の上から前に流している。わざわざ詳しく言うのには理由があって、冬莉ちゃんは入学してから出来た友達なんだけど、わずか一週間の内にストレート、ポニーテール、三つ編みとすでに幾つもの髪型を披露しているからだ。

 

 表情豊かな彼女は、五分と経たずに食べ終わった、私のより三倍は大きい弁当箱を片付けて、新たに取り出した購買のパンをとろけるような笑顔で頬張る。

 

 ……見てるだけでお腹いっぱいになりそうだよ。

 

 どこにそんなに入るんだろう? 私は目の前の人型ブラックホールを前に、ここ数日繰り返したのと全く同じ動作で小首を傾げた。

 

「そう言えばあの子、休み時間になるといつもどこかに消えるのよねぇ」

 

 左側に座ってゆっくりと弁当箱をつついていた馬酔木春流美(あせびはるるみ)ちゃんが、中空に目線を上げておっとりとした調子で呟いた。腰まである長い髪を首の後ろで束ね、眼鏡の奥に無垢な瞳を隠した春流美ちゃんは、いつも落ち着いていて、私の頼れる幼馴染みなのだ。出会ったのが確か小学校の頃。えっと、こういうのを確か――

 

「くさった縁?」

 

「くされ、でしょ。訂正するの何度目かしら?」

 

 ふう、っと呆れたように溜息をついて、でも優しく微笑んだ。顎に指をあてる仕草とか、どことなく大人っぽい、けど悪ふざけも良くする子供みたいな一面もある、そんな友達だ。

 

 大の甘党なうえ辛いものは食べれないし、部屋の中はぬいぐるみでいっぱいだし――

 

「お気にのぬいぐるみ抱いてないと寝られないし」

 

「ゆいゆい~。いきなり何言ってるのかしらぁ?」

 

「ひぃっ!」

 

 

 頭の中だけで考えてたと思ってたのに、声に出ちゃってたみたい。ゆったり口調は変わらないのに、いつもの通りの笑顔のはずなのに、は、春流美ちゃんからとてつもない殺気を感じるんですけど!?

 

「わたしが、何だって?」

 

 さらに笑顔に輝きが増した。……はずなのに、どうして背中に汗が伝うんだろう?

 

「まあまあ、はるるんも落ち着きなって。ゆかっちも悪気は無かったんだし、ね」

 

「悪気が無いからと言って、許せることと許せないことはあるのよ」

 

 冬莉ちゃんが間に立ってくれたおかげで、春流美ちゃんは口ではそう言いながらも私に向けた矛を収めてくれた。うぅ、怖かったぁ。

 

 目の端に溜まった水滴をハンカチで拭いながら、ところで、と私は口に出した。

 

「何の話だったっけ?」

 

「君が話題の提供者でしょうがっ」

 

「あいたー」

 

 冬莉ちゃんにぺしんと頭を小突かれて思い出した。昨日の放課後の事を話していたんだっけ。私は目線を二人から窓際のとある机に向けた。春流美ちゃんも冬莉ちゃんもつられて首を動かす。

 

 昼休憩ということもあって太陽は真上付近にあるため、日は机の縦一列の所までしか差し込んで来ない。そのうちの一つ、表面に光を反射して山吹色にきらめく机を私達は見つめていた。暖かな光に包まれているはずなのに、そこだけぽっかりと空いてしまった穴のように空虚な感じがした。

 

 ――誰も座っていない机が、ポツンと置かれてあった。

 

「ボクも違う中学だからなー。でも同じ中学の人に訊いたら、椚木さんってその頃から友達という友達もいなくて、休み時間になったらいつの間にかにいなくなっちゃってたみたいだよ」

 

 冬莉ちゃんが、どこからか仕入れてきた情報を教えてくれた。そうなんだ、って私と春流美ちゃんが口から零す。

 

 そのまま沈黙してしまった。何と言えばいいのか分からなかった。だからといって、そこから目を離すことが出来なかった。

 

「いよっし。ごちそうさまっ!」

 

「えっ?」

 

「はい?」

 

 この雰囲気に似つかわしくない台詞がいきなり耳に飛び込んできた。見ると、空になったパンの袋の山を前に手を合わせ、にひひと満足気に笑う冬莉ちゃんがいた。茫然と眺める私達をよそに冬莉ちゃんは椅子から立ち上がる。

 

「んじゃっ、行きましょっか!」

 

「え、と。どこに?」

 

 春流美ちゃんがおずおずと尋ねる。話の流れについて行けてないようだ。……私もだけど。

 

「椚木さんを探しにだよっ。二人は気にならないの?」

 

「それは気になるけど……」

 

 春流美ちゃんはちょっと迷ってから、

 

「そうね、行きましょうか」

 

 割とあっさり腰を上げた。そんな中、私は二人から目を逸らすみたいに机に目をやり、ぽつりと呟く。

 

「でも……」

 

「?」

 

 二人が私の方を見ていることが、何となく感じ取れた。小さな声で私は続けた。

 

「椚木さん、迷惑じゃないかな? 本当は一人でいたいだけかもしれないし……」

 

 言い終わるや否や、溜息が聞こえたと思った途端に、おでこを、

 

「あいたー!?」

 

 ――でこぴん、された。

 

 突然の事に驚き、ひりひりと痛むおでこをさする涙目な私に、冬莉ちゃんは満面な笑みでこう言った。

 

「優しい子なんでしょ? ボクたちが友達になりたいだけなんだよ。文句ある?」

 

 単純明快な言葉に私は目をぱちくりと瞬いた。春流美ちゃんが続けて言う。

 

「ゆいゆいは、違う?」

 

 二人の顔を見て、ふと誰もいない席に目を向けて、もう一度変わらぬ笑顔でそこに立っていた春流美ちゃんと冬莉ちゃんに戻す。

 

 本当に、この二人と友達になれて良かったなぁ。そんな風に今更ながら思った。

 

 ――そして、昨日初めて言葉を交わした彼女の事を思い浮かべる。

 

「私。……私あの子の笑顔が見たい、って、うわっ!」

 

 初めから答えなんて分かってたみたいで、私が言い終わるのも待たずに両側から腕を引っ張って駆けだしていた。

 

 教室を飛び出した私達は当てもなく廊下を走る。気持ちの良い風が髪を浮かし、後ろに消えて行った。


 
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