第二十六話 ~~ 一〇〇二四(いちまんにじゅうよん) ~~
――――――――――いつか必ず・・・・・必ずまた、君に会いに行くから――――――――――
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「――――――――っ!?」
まるで白い光に吐き出されるようにして、気がついたら、俺はまた黒の世界に戻ってきていた。
「・・・・・戻ってきたか。」
すると早々に、外史の俺は小さく呟いた。
恐らく、俺が記憶を見ている間はずっと待っていたんだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
正直、何を言っていいのか分からなかった。
あんな光景を見せられた後で、一体どんな言葉を口にすればいいのか見当もつかない。
だけど俺は、絞り出すようにして一つの質問を口にした。
「今のは、夢・・・・・・じゃないのか・・・・・?」
「・・・・・・残念ながら、全て真実だ。」
「そうか・・・・・・・」
俺は何を言ってるんだろう・・・・・
今見た光景が夢じゃないことぐらい、見て来た自分が一番よくわかってるじゃないか。
あんなリアルな夢があるわけない。
今見て来たものは、まぎれも無く現実だった。
愛紗の声も、温もりも、最後に見たあの涙も・・・・・・・・・・・・
全部・・・・・・全部本物だったじゃないか・・・・・・・・・
「・・・・・愛紗は、死んだのか?」
「そうだ・・・・・・俺を守ってな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
また、現実から目を背けるような質問をしてしまう。
今見て来たばかりの現実を受け入れようとしない自分が情けなくて、憤りさえ感じる。
けど、仕方ないじゃないか・・・・・・・
例え別世界だって、愛紗が死ぬなんて・・・・・・そんなこと信じられるわけがない。
しばらく頭の中をいろんな考えがぐるぐる回って、俺はまた黙ってしまった。
「あの後・・・・・・・・」
「?」
すると、黙ったままの俺を気遣うように、外史の俺はいきなり口を開いた。
「あの後俺は、残された仲間たちと共に戦かった。 董卓とも、曹操とも、孫策とも・・・・・・・そして、ついに全ての戦いを終わらせたんだ。」
「終わらせたって・・・・・・・それじゃあ、大陸は平和になったのか?」
「・・・・・ああ。」
本当ならここで喜ばなければいけないのかもしれないけど、そう言うカズトの声は暗いままだった。
当然だ。
大陸が平和になったって、彼女はもう居ないんだから。
「それで、その後は・・・・・?」
「それで終わりだ。」
「終わり・・・・・・?」
「言葉の通りだよ・・・・・俺の外史は、そこで終わった。」
「何・・・・・・・?」
言葉の通り・・・・・つまり何の比喩でもなく、カズトは外史が『終わった』という。
だけど、外史が終わる・・・・・・その言葉の意味が、俺には正直理解しきれない。
「全ての戦いが終わって、確かに大陸は平和になった。 そして気がついたら、俺はこの記憶だけの存在として外史の狭間をさまよっていた。」
「外史の愛紗を、助けるために・・・・・・・か?」
「・・・・・そうだ。」
その言葉で、俺は全てを理解した。
初めこいつは、外史は人の想念によって生まれると言っていた。
つまり、この外史を作ったのはこのカズトなんだ。
自分の世界で助けられなかった愛紗を助けるために、自分の世界を捨ててまで・・・・・・記憶だけの存在になってまで、この外史を創造し、そしてこうして俺のところにやってきた。
過去に戻って愛紗を助けることなんて、出来やしない。
だから、こいつは別の世界に願いを託したんだ。
たとえそれが、自分の愛した彼女ではないとしても・・・・・・・
「そうして外史の狭間をさまよっていた俺は、そこで別の外史の俺と出会った。」
「それが、俺だったのか・・・・・・」
多分カズトが言ってるのは、俺が初めてこの世界に来る前に出会ったあの時の事だろう。
そう、一人で納得していたのだが・・・・・・
「違う。」
「え?」
短い一言で、カズトは俺の言葉を否定した。
だけど納得がいかない。
確かにこいつはさっき『外史の俺に出会った』って言ったはずじゃないか?
「違うって・・・・どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。 俺がその時会ったのは確かに俺・・・・・つまり外史の北郷一刀だが、お前じゃない。」
「?・・・・・・・・」
ますます意味が分からない。
北郷一刀なのに、俺じゃない・・・・・?
それじゃあまるで、俺とこいつみたいな・・・・・・・・・・
「あ・・・・・・・」
俺の頭の中に、ひらめくものがあった。
「気付いたか? さっきも言ったはずだ。 外史は、一つじゃないってな。」
「また・・・・・外史の俺か。」
つまりはそういうことだ。
こいつが外史をさまよって初めて会ったのは、こことはまた別の外史の俺。
会話の初めにこいつが言っていた、星の数ほどある外史の一つ。
・・・・・・・いや、だけどちょっと待て。
それじゃあおかしいじゃないか。
「ちょっと待てよ! お前、愛紗を助けるためにその別の外史を作ったんだよな?」
「・・・・そうだ。」
「じゃあ、なんで俺のところに来た!? 愛紗は、その外史で助けられたんだろ!?」
そうだ、もしこいつが今いるこの外史の前に、他の外史を訪れて愛紗を救ったなら、その次・・・・・・つまり今いるこの外史を作る必要なんてないはずなんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やめてくれ、何でそこで黙るんだよ。
それって、つまり・・・・・・・・・・・
「助けられなかった・・・・・・・・のか?」
「・・・・・・・・・・・・・・すまない。」
カズトは短くそう答えただけだった。
つまり、俺に出会う前の外史でも愛紗は・・・・・・・・
「・・・・・・死んだんだな?」
「・・・・・そうだ。」
「それじゃあ、俺はその次の・・・・・・・・っ!」
言いかけた途中で、俺の頭の中を不吉な予感がよぎった。
冗談じゃない・・・・・・この予想だけは、当たっちゃいけない。
そう心の中で祈りながらも、俺はカズトに問いかけた。
「何回目だ・・・・・・?」
「!?・・・・・・・・・」
「この外史で、一体何回目なんだ!?」
「・・・・・聞かない方がいい。」
「言えっ!!!」
「・・・・・・・・・・・一万・・・・・・・二十三・・・・・」
「!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「一万と二十三回・・・・・・・・・・・それが、俺が繰り返してきた外史の数だ。」
「な・・・・・・・・・・・・・っ!」
言葉が出ない・・・・・・・なんて言葉じゃ到底表せないほど、俺は動揺していた
こいつが今口にした数字が、聞き間違えであればいいと一瞬のうちで何度も願った。
だけど時間が経つにつれて、それが現実なんだという実感が込み上げてくる・・・・・・
一万二十三回・・・・・・こいつの言ってることが本当なら、つまり俺がさっき見たような事がそれだけ繰り返されたってことになる。
つまり俺は、それだけ繰り返されてきた外史の一万二十四回目って事なのか?
・・・・・・・・そんなのありかよ
「言っていなかったが、俺は一人じゃないんだ。 今まで繰り返された外史の北郷一刀という個人の記憶が集まった集合体・・・・・・・それが俺だ。 今お前が話してる相手は、一万二十三人の北郷一刀の記憶そのものなんだよ。」
「それじゃあ、俺がさっき見たのは・・・・・・・」
「あれは、俺が持っている一万二十三回の記憶の中の一番目・・・・・・・全ての始まりの外史だ。」
「じゃあ、その全ての外史の中で愛紗は・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
聞くまでも無い。
今こうしてこいつがここにいるってことは、つまりそういうことなんだ。
俺と出会う前の一万二十三回までの外史。
そこにはそれぞれの外史の俺が居て、その全員が愛紗に出会って、その全員が・・・・・・・彼女を失ったんた。
さっき見た記憶みたいに・・・・・・・・・
「何度も・・・・・・助けようとしたんだ・・・・・・・」
沈黙の中、カズトは少し泣きそうな声で話し出した。
「最初に愛紗を失った外史から、何度も・・・・何度も外史を繰り返して、その外史の俺に、今回の様に力を貸そうとした。 だけど・・・・・ダメだったんだ。 時間や原因はそれぞれ違っても、何度繰り返しても愛紗を助けることはできなかった。」
まるで涙をこらえるような、苦しそうな声。
そうだ・・・・・きっと辛いのはこいつの方なんだ。
今まで一万二十三回の外史を繰り返してきたって事は、こいつはそれだけ愛紗の死を経験してるということ。
それでもあきらめずに、次々と外史をさまよい続けた。
時間にすれば、きっと何十年も・・・・・何百年も・・・・・・たった一人で。
「途中で何度も、もうやめてしまいたいと思った。 これ以上彼女を失う辛さを味わうくらいなら、いっそこの外史の連鎖を切ってしまいたいと・・・・・・・けどダメなんだ。 いくら頭でそう思っていても、心の奥にはずっと愛紗がいて・・・・・・・・気がついたら、また次の外史を創っていた」
「・・・・・・・・・・・・」
正直、俺には想像もつかない話だ。
大切な人を失って、その人を救う為に訪れた別の世界でまた失って・・・・・・そんな地獄見たいな事を、一万回も繰り返すなんて。
けど、想像は着かないけど、もし同じ立場だったなら俺は・・・・・・
「なぁ一刀・・・・・・俺を恨むか?」
「何・・・・・・?」
「俺は今まで、一万回以上も愛紗と出会いながら、その全てを救えなかった。 あの笑顔を、守り切れなかった・・・・・・そんな俺をさ。」
それは、突然の質問だった。
恨むか・・・・・・・だって?
そんなの、答えは決まってる。
「恨む訳ないだろ。 むしろお前には感謝してる お前が居なかったら、俺だって愛紗を助けられなかった。 ・・・・・・本当に、ありがとう。」
「・・・・・・・・そうか。」
短い返事だったけど、その声はどこか嬉しそうに聞こえたのは多分気のせいじゃない。
俺にこいつを恨める訳がない。
だってもし同じ立場だったなら俺は、きっと同じことを願うと思うから・・・・・・
「だから、これからもよろしく頼むぜ、カズト。」
「こちらこそ・・・・・と言いたいところだが、それはできない。」
「え?」
「今回お前に力を貸したことで、お前の精神とのつながりが薄れ始めている。 恐らく、こうしてお前と話すのもこれが最後だろう。」
「そうか・・・・・・」
少しだけ、寂しくはある。
今まで出てくるたびにうっとうしいと思ってはいたけど、こうして互いにせっかく分かりあえたのに・・・・・・
だけど確かに、いつまでもこいつの力を借りる訳にはいかないんだ。
俺の世界の愛紗は、俺が守らなきゃいけないんだから。
「一刀・・・・・・愛紗の事、頼んだぞ。」
「ああ。 任せておけ!」
この気持ちだけは嘘じゃないから、自信満々に言葉を返す。
それを聞いたカズトは、満足したように少し笑った。
「フ・・・・・。 一刀、これで最後になるが、一つだけ忠告しておく。」
「なんだ?」
「確かに、今回は愛紗を助けることができた。 だけどこの先、また愛紗に危険が迫らないとは限らない。 だからもっと強くなれ・・・・・・俺の力がなくても、彼女を守れるようにな。」
「ああ。 言われなくてもやってやるさ。」
「はは、それならいい。 それともう一つ。 次の虎牢関の戦い・・・・・・俺の知ってる通りなら、まず間違いなくあの子が出てくる。」
「あの子・・・・・・・・?」
「お前も名前くらい知ってるだろう。 恋・・・・・いや、呂布だ。」
「呂布!?」
知らないわけがない。
三国志を知らない人でさえ、恐らくその名前くらいは聞いたことがあるはずだ。
この群雄割拠の三国志の時代において、間違いなく最強であろう人物。
呂布奉先―――――――――
「呂布が・・・・敵にいるのか?」
「そうだ。 そして俺の経験上、彼女は愛紗たちでもまず勝てない。」
史実では呂布は、関羽・張飛・劉備の三人を一度に相手にして尚、互角以上の戦いをしたと言われている。
それが本当なら、確かに勝ち目はないかもしれない。
「だから、いいな一刀? もし呂布と戦うことになったら、絶対に誰も一人で戦わせるな!」
「・・・・わかった。」
言われるまでもない。
そんな危険な相手に、誰も一人で戦わせるもんか。
もし誰かがそうなったなら、その時は俺が戦ってやる。
そう心の中で唱えて、俺はゆっくりと返事をした。
「それじゃあ、俺はもう行く。 一刀・・・・・・感謝する」
分かれを告げるようにそう言うと、さっきと同じように周りから白い光が放たれた。
どうやら、これで本当にお別れらしい。
「こちらこそ。 ありがとう、カズト」
自分の名前に礼を言うのはなんだか変な感じだけど、きっとそれもこれで最後だ。
「・・・・・じゃあな。」
最後にカズトがそう言うと、白い光は今までで一番強く輝きだした。
そして俺は、ゆっくりとその光に飲み込まれていった――――――――――――――――――
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―――――――――――――――
「んっ・・・・・・・・」
目を開けると、そこには天幕の白い天井があった。
「・・・・・・・戻ってきたのか」
身体を起こし、自分の掌を見つめる。
なんだか、さっきまで夢の世界にいたとは思えないほど身体が疲れていた。
これじゃ、眠っていた意味がないな・・・・・
そんな事を考えながら、辺りを見回す。
すると、入口付近に建てられている蝋燭は寝る前に比べて大分減ってはいるものの、まだユラユラと炎をともしていた。
入口の隙間からも、日の光はこぼれていない。
どうやら、俺が眠りに着いてからそう時間は立ってないみたいだ。
とはいえ、俺自身は何日もあの世界にいたような気がする。
そんな不思議な感覚を覚えつつも、すっかりさえてしまった目をこすりながら寝台から降りる。
「・・・・・少し外に出るか。」
もう、外からは誰の声も聞こえていない。
きっと皆もう眠ってしまったんだろう。
今ならだれにも会うことなく、一人で考えにふける事が出来る。
そう思って、天幕の入り口をめくる。
「あ。 ご主人様。」
「!・・・・・・・」
瞬間、まるでまだ夢の中にいるのではないかと言う気分になった。
外に出たそこにいたのは・・・・・・
「愛紗・・・・・・・?」
この時の俺は、そうとう間抜けな顔をしていたと思う。
何度も瞬きをして、自分で確認するようにその名前を口にする。
何度見ても、間違いない。
そこに立っていたのは、まぎれもなく愛紗だった。
「あの、ご主人様。 えっと、昼間の事なのですが、まだちゃんとお礼を言っていなかったと思いまして・・・・・・・」
俺の方から視線をずらして、愛紗はもじもじと恥ずかしそうに言う。
「あの、今日は助けていただいて・・・・その、本当にありが・・・・・・」
がばっ!
「きゃっ!?」
言葉を交わす余裕なんてなかった。
愛紗が言い終わるより早く、俺は彼女の手を取って思いっきり抱きしめていた。
別に、考えてそうした訳じゃない。
自分でも不思議なくらい自然に、気がついたらそうしていた。
「え!? あの・・・・ご主人様・・・・・・!?」
突然の俺の行動に、愛紗は頬を赤らめながら困惑しているけど。
だけど、今だけは俺の勝手な我がままに付き合ってもらうことにしよう。
「愛紗・・・ありがとう・・・・・・っ」
「なぜご主人が礼を言うのですか・・・・助けてていただいたのは私の方で・・・・・」
「いいんだ・・・・・本当にありがとう。」
生きていてくれて・・・・・・それが俺の言葉の意味だけど、それは俺だけが知っていればいい事だ。
愛紗からの返事は聞かずに、ただ一方的に俺からの気持ちを繰り返した。
この世界に来て愛紗と出会ってから、もうどれくらい経っただろう。
いつからか俺は、こうして愛紗が傍にいてくれる事は、当たり前なんだと思うようになっていた。
今日も、明日も、それからずっと先の日だって、当然のように愛紗に会えるって勝手に思い込んでいた。
けど、違うんだ。
今回の事でそれが分かった。
もしかしたら、愛紗は何の前触れも無く俺の前から姿を消してしまうかもしれない。
もしかしたら、今こうしていることが、俺と愛紗との最後の触れあいになるかもしれない。
さっき見た、外史のように・・・・・・
「(だから絶対に守るんだ、俺が・・・・・・!)」
愛紗の細い身体を抱きしめながら、俺は誓った。
これから何があろうと、俺が愛紗を守って見せる。
今までの一万二十三回の外史がどんな結果だったって、俺には関係ない。
俺はこの世界で、この世界の愛紗を守るんだ。
いつか世界が平和になって、愛紗が傍にいてくれるのが当たり前だって心から思えるようになるまで。
やってやるさ、この一万二十四回目の世界で。
世界を守ることで愛紗を守れるなら・・・・・・。
これから俺は、そのために戦おう――――――――――――――――――――――――――
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二六話目ですww
今回はいつもの語り視点ではなく、一刀視点となっておりますノシ